イセリア人間牧場奮闘記 before&after 作:あるいてごろりと
私はクララの手を引いて地下室を出た。
てっきり見張りの町民がいるものと思っていたが、周囲には誰もいない。
処刑の準備をしているのだろうか?
なんにせよ運が良い。
一度振り返ってクララを見る。
彼女は、私の握る手を振り払う様子もない。
姿は変われども、変わらない落ち着いた様子が間違いなく彼女であることを実感させる。
だが、あまり感傷に浸ってはいられない。
まずはキリアを探そう。
このまま3人で町の外に出よう。
貧しい暮らしが待っているかもしれない。
だが、必ず最後には幸せな家庭を取り戻してみせる。
私は決意を胸に先へと進む。
クララの手を離さないよう意識しながら。
先に、自宅に向ってキリアを呼ばなければ。
町民の目をうまくかいくぐれるだろうか。
いや、きっと大丈夫だ。
不安を胸に抱いたまま、総督府の扉を押し開く。
開いた扉の隙間から、光が溢れ出る。
目も開けられないほどの眩い光量だった。
だが、なりふり構っていられない。
構わず扉の先に進む。
私は驚いた。
今いるのは総督府の前にあるはずの広場でなかったからだ。
見覚えのない、どこかも分からない所に私はいた。
辺りはただ真っ白な空間だった。
天井も床も全てが白い。
上下左右が同じ景色というのは、平衡感覚が狂いそうだ。
真っ直ぐ立っているのかも疑わしく思える。
私は手の感覚に違和感を覚える。
さっきまで握っていた彼女の手の感触がないのだ。
振り返るが、そこには誰もいない。
先程通った扉もいつの間にか消えていた。
ただ、真っ白な景色がどこまでも続くばかりだった。
私は、気が焦る。
なぜ、クララがいなくなったんだ。
キリアを探すにはどこへ行けばいいんだ。
たまらず、大声を出す。
「クララ!!
どこにいるんだ!?」
声はおろか、姿は見えないままだ。
「キリア!!
頼む、返事をしてくれ!」
だが、声は空間に空しく響くばかりであった。
何度も呼びかけたが状況は変わらない。
やがて私は膝から崩れ落ちた。
床とも思えない白い空間に力なく両手を置く。
なぜ、クララがいなくなったんだ。
キリアはどこに行けば会えるんだ。
どうして、こんな訳の分からない所にいるんだ。
私はもう妻と娘には会えないのか?
そう思うと、不安が胸の中で渦巻く。
「ようやくここに来れたか」
聞き覚えのある声がして私は頭を上げる。
目の前には、かつてディザイアンに殺されたはずの父上が立っていた。
立ち姿も厳格な雰囲気も記憶のまま変わらない。
父上を前にして、私は立ち上がり声をかける。
「なぜ、父上が…」
ここにいるのですか、と言い切れなかった。
私の中で、今の状況に対してある答えにたどり着きつつあるからだった。
父上は、もうこの世にいないはずだ。
つまり、父上と同じ場所に立つ私ももしかしたら…。
「私は死んだのですか…?」
父上は頷いた。
自分の死を受け入れるよりも頭に浮かぶのは、クララとキリアの姿だった。
2人は無事なのだろうか。
ここにいないということは、2人は生きているということだろうか。
そのあと、死を理解した私に少しばかり欠けていた記憶が戻った。
そうだ、私は地下室で殺されたのだ!
ディザイアンの兵と話したあとに神子達と出会った。
話をしている途中、気付けば後ろから刺されていたのだ。
倒れたあとに見上げると、そこにはキリアが立っていた。
だが、その者はキリアではなく別の者だった。
正体を明かした者を彼ら―、ロイド達が倒してくれる。
クララのことを無責任にも彼らに託し、私は死んだのだ。
なぜ、今まで忘れていたのだろうか。
「思い出したか?」
父上は、私に問いかける。
傍からみて分かるほど、私はうろたえてしまったようだ。
「…はい」
私の力ない返事を聞くと、父上は頷く。
すると、厳しい顔つきで私のことを睨み始めた。
「お前は何をやっているんだ!!」
怒声が耳に響き渡る。
当然の言葉だった。
その一言で、今まで犯した愚行の数々が頭をよぎる。
私の言葉によって、大勢の者が騙された。
空っぽの希望を胸に抱かせたまま人間牧場に送られた者達がいた。
殺された者も数えきれないほどいる。
「あろうことか、お前は町民を騙し続けた!
町を守るはずの総督でありながらだ!
なぜ、敵と戦おうとしなかったんだ!?
お前は、わが身可愛さで道理を外れたことをし続けたとわかっているのか?」
分かっている。
だが、クララの姿を…。
いや、これは言い訳に過ぎない。
なにせ、私は自分が怪我をしないように立ち振る舞っていたのだから。
むしろ、総督の地位が無くなることを恐れて手段を選んでいた。
ディザイアンと戦って、薬を得る手段もあったはずなのに、だ。
町民から金をむしり取り、あまつさえ敵であるディザイアンに横流ししていた。
クララを取り戻すためと思い、立場を利用した。
犠牲者は私が選んだも同然だ。
私が殺したも同然だ。
父上が、私の襟を掴み上げた。
「それに、だ。
お前はキリアの死にも気づいていなかっただろう?
父親として恥ずかしくないのか!」
やはり、キリアは殺されていたのか。
どうやら、ロイドは私に優しい嘘をついてくれたらしい。
だが、薄々気づいてはいた。
ロイドの様子を見て、何となくではいたが…。
私は父上のもっともな指摘に何も言えなかった。
キリアがいつ殺されたのかも分からない。
クララのことばかり考えていた、そんな言葉も恥の上塗りにしかならない。
一緒にいながら、娘の存在を見ていなかったも同然だ。
父上の言う通りだ。
私はキリアに父と名乗るのも恥ずべき行為をしてしまった。
それに、私のしてきたことをクララは聞いて喜ぶだろうか。
そんなはずはない。
何もかも決断を誤ったのだ。
「殺された町民や孫の無念を思えば、私がお前を粛清したいくらいだ。
…だがな」
父上の言葉が区切られた。
襟から父上の手が離れる。
わずかに考えた様子を見せてため息をつく。
仕方なく言う、と決めたように見える。
再び私を見る目には、先ほどまでの怒りが少しだけ和らいで見えた。
「お前は今や死んだ身だ。
今さら手にかける必要もないだろう」
いいえ、父上。
やはり、私は粛清されるべき存在だ。
私は先ほど、クララとキリアを連れて町を出るつもりでいた。
だが、逃げ出す途中でクララやキリアを人質に取られ、また総督として人々を騙すようディザイアンから指示されたら…。
きっと、繰り返すかもしれない。
人々を騙し、わが身可愛さで敵に塩を送り続ける立場へ戻るかもしれない。
私は心の内面で、自身の境遇を環境のせいにしているのだろうと思った。
全ての罪を誰かのせいにし、自分の非は認めない卑怯な存在なのだろう。
私の考えを露知らず、父上は語り続ける。
「それに、キリアはだな。
あの世に続く川を渡る前に自分が死んだと気づいたらしい。
川辺で座り込んでしまって、いくら呼びかけても動いてくれないんだ。
私じゃ、あの子を支えられないようだ。
見かねて、お前を呼びに来た」
キリアは、まだ子どもだ。
あの年でこの世に未練がないはずがないのだ。
しかし、キリアは何を思って川辺にいるのだろう。
誰かを待っているのだろうか。
きっと、クララだろうと思った。
母親の愛情をたっぷりと注がれた親思いの自慢の子だ。
キリアに会いたい。
会って何を話したらいいか分からない。
父上は、自分ではキリアを支えられないと言っていた。
しかし、だからといって私に何ができるだろうか。
私の役目は何だろうか。
キリアの話し相手ぐらいにはなれるだろうか。
町民を騙し続ける姿を見せてきた。
その上、娘の死すら気づけなかった私が、今更どう接していいか分からない。
だが、いくら自分を卑下したところで会いたい気持ちは変わらない。
そのあと、地獄に落ちようとも構わない。
「分かりました、父上。
キリアに会って来ようと思います」
父上は頷き、進むべき道に指を差した。
相変わらず真っ白な空間である。
だが、他に行く道はないので、私はそこへ向って歩き出す。
歩く私の背中に、父上の言葉がかけられる。
「お前が死んでから、この世では時間がしばらく経っている。
クララさんは無事に元の姿にもどったから安心しろ」
私は心から安堵した。
拳を握り、幸福を嚙み締める。
「よかった…」
思わず言葉を漏らしてしまう。
クララとはここで会えない寂しさもあるが、それ以上に喜びの方が大きい。
どうか、長生きしていつまでも幸せでいて欲しい。
父上は、胸をなでおろす私に言葉を続ける。
「もう一つ、言っておきたいことがある」
私は振り向く。
父上はまっすぐにこちらを見ていた。
父上の言葉が罵声だとしても今の私は素直に受け取るつもりだ。
クララに対する想いが叶ったのだから。
「お前は総督としてクズだ。
子を持つ父親としても同様にクズだ。
だがな、クララさんの姿が変わってもお前のたった一つの気持ちはブレなかった。
唯一、夫としてはマシだった」
言い切ると、不本意なのか父上は視線を逸らした。
もう一度こちらに視線を向ける。
「ただやり方はもっと何とかならなかったのか」
私が何か言おうとすると、父上はそれ以上聞く気が無い様子だった。
「さっさと行け」
今の話もお互いに死んだ身だからこそ、言えたのだろう。
私は、父上に一礼する。
振り返り、また歩み始めた。
〇〇
歩き続けると、先の方で異なる景色が見えてきた。
真っ白な空間から抜け出せるようだ。
しばらく歩くと、先に見えていた景色の中へと辿り着く。
今立っている場所には、地面があることに気が付く。
空はどんよりとしていて、辺りは土と砂利ばかりだ。
少し先には大きな川が見える。
どうやら、あの世へと続く道に来れたようだ。
川を渡れば、私は地獄に落ちるのだろう。
左右を見ると、幾人もの人々が川を目指して歩いていた。
みな、この世で亡くなった者達なのだろう。
しかし、妙に数が多かった。
もしかしたら、1000人はいるのかもしれない。
いつからここにやってきた人達なのだろうか。
これだけの人数となると、シルヴァラントの町1つや2つの人口でも足りない。
もしや、災害でも起きたのではないか。
これ以上、何かに巻き込まれて亡くなった人達は見たくなかった。
キリアに会う気持ちが無ければ、夢の世界の話であってほしいと思ったことだろう。
人々は川の前で扇状に広がっていた。
中央には、案内人らしきものが1人で対応しているようだ。
ほとほと困った顔をしている。
何かトラブルでもあったのだろうか。
気の毒だが、今は川を渡るつもりはないので大勢の人達を避けて進んだ。
私は、一度川の袂まで進むが近くにキリアは見当たらない。
川下に向って歩く。
流れはゆるやかだった。
いつの間にか、人っ子一人見えなくなった。
この道であっているのだろうか。
もしかしたら、上流側だったろうか。
しかし、引き返して間違っていたらと思うと進むしかなかった。
幸い、穏かな川の流れとせせらぎの音は、私の不安がそれ以上膨らまないようにしてくれた。
やがて、俯きながら座り込む少女を見つけた。
髪はクララや私のような金色で、頭の左右に束ねている。
すぐにキリアだと分かった。
もう数mの距離まで近づく。
不意に、地下室で冷たい目をして見下ろす姿が思い出される。
感情の読みとれない氷のような目をしていた。
いや、違う。
あれはキリアではない。
それに、キリアが私のことをどう思っていたとしても、私から足を遠ざけるべきではない。
今更の話だが。
「キリア」
私は声をかけた。
声が届いたのか、キリアはぴくりと身体を震わす。
顔を上げて、左右を見渡した。
私と視線が合うと、すぐに立ち上がった。
どれだけここにいたのだろうか。
衣服の色はくすんでいた。
また、転んでしまったのではないか。
頬には擦り傷がついていたのだ。
「お父さまっ!!」
キリアは、私に向って駆け出した。
私の元にたどり着くと、そのまま腹部に顔をうずめて抱きつく。
身勝手かもしれないが、娘の様子を見て私は恨まれていないと知りホッとしていた。
顔を上げて私を見るが、今にも泣きだしそうな表情をしていることに気が付く。
私は屈んで、キリアと同じ目線で話した。
「キリア、1人にしてすまない」
謝罪の言葉に、キリアは首を左右に振る。
下ろした両手を握りしめて、娘は俯いて話した。
「ごめんなさい」
なぜ、キリアは謝罪の言葉を口にしたのだろう。
謝らなければならないのは、私の方だ。
私はキリアの両肩に手を置いて、事情を聞く。
「どうしたんだ。
どうして、キリアが謝るんだ」
キリアは、私の目を見る。
先ほどよりも、目が潤んでいる。
「わたし…わたし…。
お母さまの姿が変わられてから。
お父さまがずっと辛い様子でいたことを知っていたのに。
力にならなきゃって、思っていたのに…!」
キリアは涙をぽろぽろと溢し始めた。
小さな肩を震わせている。
「何もできないまま死んでしまったから。
それに、力になれなくて…ごめんなさい」
キリアの言葉を聞いて、目を見開く。
私は何も知らない愚か者だ。
キリアは、ここで1人ずっと私の身を案じてくれていたのだ。
娘は小さく声を上げて、泣いている。
「キリアが…謝ることじゃ―」
言葉がつっかえてしまった。
私は、たまらずキリアを抱き寄せる。
頭の中に巡るのは、夢の中で見た記憶。
そうだ、キリアは私の手伝いをしようとしていたじゃないか。
あれは夢ではなかったのだ。
どうして、私は娘のことをちゃんと見てやれなかったのだろう。
どうして、私は娘の大きな決意に気づけなかったのだろう。
守るべき命は、目の前にもあるのに!
私は、私はなぜっ!
「キリア…。
キリア、許してくれ。
全部…全部私のせいなんだ。
私が不甲斐ないせいで、キリアを不幸な目にあわせたんだ」
キリアは、泣きながらも私の肩にうずめた首を左右に振っている。
その様子を衣服越しに肌で感じ取ると、私は祈らずにはいられなかった。
ああ、女神マーテルよ。
地下室で神子が言ったように。
もし、私の胸の中にあなたがいるのならば…。
数々の罪を犯したにも関わらず、
娘と共にいたいと思う身勝手な私の願いを…少しだけでもいい。
どうか、どうか叶えてはもらえないだろうか。