イセリア人間牧場奮闘記 before&after   作:あるいてごろりと

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幕間③ ―壊れた心―

神子一行は、第二となる水の封印まで解放することができました。

途中、解放の影響で体調を崩したアイトラを皆は休ませます。

その後、水の封印のあるソダ島から西に向かいパルマコスタを目的地としました。

まずは休息を取り、物資を蓄えておくためです。

 

7人とも、たらいで海を渡り大陸まで戻ります。

岸辺まで着くと、2人の祭司は桟橋の杭とたらいをロープで繋いでいました。

残りの3人の祭司達は、パルマコスタへ戻る道と日程を確認しあっています。

アイトラと祭司服の少年は、岸辺から海を眺めていました。

 

アイトラと少年は、桟橋に到着すると祭司達の手伝いを申し出ました。

ですが、彼らは自分達がするから体を休めるようにと彼女に伝えます。

封印の開放が、神子にとって負担であることはすでに周知の事実だったからです。

祭司の1人が、少年に神子のそばにいるように指示を出しました。

 

空は、雲一つない快晴の一日です。

海から陸へ吹かれる風は、温かく心地の良いものでした。

波も穏やかで、しぶきが飛ぶこともありません。

海鳥が甲高い声で、「クゥー、クゥー」と鳴いています。

 

やがて、一羽飛び立つと他の海鳥も羽を広げて続きました。

海鳥達は上へ上へと飛行していきます。

ある一定の高さまで来ると、ゆっくりと優雅な様子で空を渡り始めました。

海鳥達は、ルールの無い上空でもぶつかることもせずにそれぞれが自由に飛んでいます。

 

アイトラは、空を見上げました。

彼女は、海鳥達にどこか憧れを抱いたような眼差しをそそいでいました。

ふわりと風が吹くと、ウェーブのかかった金髪を優しくなびかせます。

アイトラは隣に立つ祭司服の少年の方へ顔を向けると、眉を八の字にして静かに言います。

 

「皆に羽が生えたら、争いは無くなるのかな」

 

 

 

 

△△

 

 

 

 

第二となる水の封印を解くまでに、アイトラと少年は訪れた村や道中出会った様々な人達の悩みを聞いて解決に努めました。

飼い猫が見当たらなくて困っているおじいさんのために捜索したり、竜車の車輪が外れて途方に暮れていた商人に修理の手伝いを申し出たり、数日出稼ぎに出た親を寂しく待つ子ども達の遊び相手にもなったりしました。

少年とアイトラは、人間やハーフエルフ関係なくいくつもの悩みを解決していきました。

意外にも、祭司達はあまり油を売らないようにと注意はしても、それ以上引き留めようとはしませんでした。

 

少年の心は、いつしか達成感とやりがいを得ることで充実した気持ちで満たされていきました。

誰かの悩みを解決することで、隣で笑顔になるアイトラの存在も大きかったです。

ですが、中にはどうにもならず気持ちが晴れない出来事もありました。

それは、やはり種族の問題です。

 

とある日に旅の道中で人間とハーフエルフの歪な関係を目にすることがありました。

帽子をかぶったハーフエルフの者は、町の中で人間と暮らしていました。

ですが、どこかびくびくとしていて落ち着かない様子でした。

人間に話しをするときも、時折上擦った声になっています。

 

帽子の者は、人間にいつ自分の正体がバレるか恐れていたのです。

もしバレたら、人間がどのような行動を取るか分かりません。

もちろん、危害を加えない者もいますし、村全体が寛容な場合もあるでしょう。

ですが、種族の違い故に幾度もの争いが起きた事実があります。

 

帽子の者にとって、過酷な環境には違いないでしょう。

それでも、安定した暮らしをするためにも人間に近づき、町の中で生きることを選びました。

帽子の者は、アイトラ一行に隣町にしか売っていない薬を買いに行きたいのでお供をして欲しいと依頼しました。

道中、帽子の者はアイトラ一行の中にいる祭司服の少年の姿を見ると、自身もハーフエルフであることと今の生き方を話します。

神子達に対して、同情を誘い何か援助を求めているわけではありませんでした。

 

ただ、ハーフエルフと人間が共にいる一行なら自分の話をしても害は無いと思ったのです。

帽子の者は、少年にどのような経緯で神子達と旅をしているのか尋ねました。

若干躊躇しつつも、少年はここ最近の出来事を話しました。

話を聞き終えた帽子の者は、気の毒そうに少年へ声をかけました。

 

「君も耳が尖っていなかったら良かったのにな」

 

 

 

 

△△

 

 

 

 

少年は、穏かな海で海鳥が鳴くのを再び耳にしました。

アイトラと同じように、鳥達のようにぶつかり合わない生き方が出来ればと思わずにはいられませんでした。

 

(あの帽子の人は、安心して暮らせる日がいつか来るのかな…)

 

少年を不憫に思ったハーフエルフの帽子の者にとって、身分を隠す生き方は強いられた苦しい処世術だったのでしょう。

互いに人の形をしていながら、異なる存在。

人間は魔術が扱えず、ハーフエルフよりもうんと寿命が短い生き物です。

その違いは無視できず、同じ生活圏にいることでどうしても確執が生まれてしまうのです。

 

『皆に羽が生えたら、争いは無くなるのかな』

 

少年は、先程のアイトラの言葉を聞いて人間達に両親が殺されたことを思い出しました。

思い出すのも辛い、凄惨な出来事でした。

胸にずしりと重いものが乗っかるような気持ちになります。

ですが、少年はその気持ちにフタをすることで平常心を保つように意識しました。

 

「平和のために何が必要でどうするのが正しいことなのか、俺には分からないです。

ですが、人間だけでなくハーフエルフのことも想ってくれるアイトラ様の気持ちは間違っていないと思います」

 

祭司服の少年は本心を語りました。

少年自身も彼女のおかげで、救われたためです。

ですが、返答した内容が彼女にとって救いになるか自信はありませんでした。

アイトラは、優しいまなざしで少年を見ます。

 

「ありがとう。

…うん。

私、頑張るからね」

 

アイトラは、無理に気持ちを奮い立たせているようでした。

再び、海に目を向けます。

少年は、何とか彼女に元気を出して欲しいと思いました。

それと同時に、アイトラにこのまま旅を続けて欲しいか、ふと考えました。

少年が彼女と旅をしているのは、神子が確実に天使になることでハーフエルフにとって生きやすい世の中にしてもらうためです。

 

ですが、2つ目である水の封印の開放を初めて見た少年の目には、倒れて辛そうにしているアイトラの姿が映りました。

祭司達が特に驚きもせずに彼女を休ませる様子を見て、1つ目の封印を開放したときも同様のことが起きたと察しました。

さらに、祭司達から火の封印を開放後、アイトラの味覚が機能しなくなったことも聞きます。

 

(どうしてアイトラ様に辛いことばかり起きるんだよ。

この先も封印を開放していったらどうなるの…?)

 

だからこそ、少年はアイトラが旅を続けて大丈夫なのか心配になったのです。

ですが、首を左右に振って考えを改めます。

 

(アイトラ様が天使にならなかったら、またハーフエルフの犠牲者が出るかもしれないし…。

すみません…アイトラ様…)

 

心の中で謝罪をしました。

 

「どうしたの?」

 

俯いた少年の顔をアイトラが覗き込んで尋ねてきます。

我に返った少年は、彼女に何を話すか頭を振り絞って考えます。

 

「…アイトラ様」

「うん」

「その…慣れないたらいでの航行は大変でしたね。

海がグミで出来ていたら、歩いて渡れましたのに」

 

少年は、自分で何を言っているんだろうかと思いました。

アイトラがグミ好きであることは、旅の途中で知っています。

だからといって、海をグミにするなんて話は違うんじゃないかとすぐに思い当りました。

 

「いや、あの…。

今のは忘れてください」

 

少年は、恥ずかしそうに訂正しました。

 

「それって素敵な考えだと思う!」

 

アイトラの声が弾みました。

少年に向ける目が爛爛と輝いています。

その目を見て少年は、戸惑います。

アイトラは、なおも語ります。

 

「ソダ島は観光地なのにお客さんが少ないのは、たらいに乗るのを怖がる人が多いからだと思ってたの。

君の言うように、海をグミにすれば解決だよね。

やっぱり、グミは幸せの元なんだなぁ。

あっ、でも海を固めるだけのゼラチンってどれだけ作ればいいのかな?」

 

アイトラの話を聞いていた少年は、この人天然だなと思いました。

だけども、楽しそうに話す彼女を見ると心が温まります。

少年が見るアイトラの印象は、幸せなこともつらいことも当たり前のように感じる普通の少女です。

そのため、もう一度悩まずにはいられませんでした。

 

(どうして天使になる前に、こんな旅をしなければならないのだろう)

 

少年は、16歳の少女に対してクルシスが作った試練に疑問を抱きました。

 

 

〇〇

 

 

パルマコスタにたどり着き、休息を取り物資を買い集めた一行はアスカードに向けて旅立ちました。

道中、魔物と遭遇して戦闘が始まります。

今まではアイトラと祭司達が戦っていました。

祭司達は、前衛とアイトラの護衛をする後衛とに分担しています。

祭司達は、持つ杖の先端を外すと、中から刃が出る仕込み杖を武器としていました。

 

水の封印解放前からの戦闘では、祭司達は控えることもありました。

新たな戦力が加わったからです。

祭司服の少年が参加していました。

彼は以前、アイトラが石にされた際にトラウマを克服し、魔術を行使できるようになっていたのです。

 

その上、エクスフィアを手に入れる機会も得られました。

旅の途中、平原でディザイアンの兵1人と神子一行は出会いました。

無謀にも兵は、頭上でブンブンとムチを振り回します。

アイトラに嫌がらせ行為をする気満々でした。

 

しかし、5人の祭司達が杖の先から刃を出す様子を見ると、兵は降参しました。

さすがに、アイトラと少年含めて7対1では敵わないと思ったのでしょう。

肌に着けていたエクスフィアを差し出して敵意が無いことを表します。

少年が使い方を聞くと、兵は背後の5人の視線に肩を震わせながら丁寧に教えました。

兵から手に入れたエクスフィアは、祭司服の少年に渡されそのまま装備したのです。

 

ある時は、複数の魔物とも戦いました。

前衛では3人の祭司が切り込みます。

アイトラは、天使術を行使しサポートをしていました。

少年が足元に魔法陣を展開します。

 

「後ろの魔物を狙うんだ!」

 

後衛の祭司が、少年に指示を出します。

言われた通りに、火の玉を打ち出しました。

後衛の敵に『ファイヤーボール』が当たりひるみます。

前衛の祭司1人が目の前の敵を切り倒すと、もう1人の祭司が少年のひるませた魔物に駆け寄り杖に仕込んだ刃を振るいました。

 

 

〇〇

 

 

「先の戦闘だが、連携が取れていたな」

 

野営の準備がひと段落したところで、一番武器の扱いに長けた祭司が祭司服の少年に話しました。

今まで聞いたことのない褒め言葉でした。

 

「よ…良かったです」

 

少年は言いつつ頬を人差し指でさすります。

どうにも照れている様子でした。

ただその祭司は、少年の行使できる魔術では単独で戦うべきでないと言います。

魔術師という特徴からも、連携を取って対応するべきだと話しました。

 

「あっ、そういえばですけど」

 

何かに気づいた少年は、懐に仕舞っていたナイフをその祭司に見せます。

父親からもらったもので、これで敵に接近された際に対応できないかと聞きました。

祭司は、否定的でした。

リーチが短く、まだ少年では戦闘での扱いに慣れていないためです。

 

「隙をつくことはできるかもしれないが、そう何度も使える手段ではない。

いざという時だけだな。

それよりも、まずは魔術での戦闘に注力した方がいい」

「それなら、実践ではしばらくナイフを使わないので合間に鍛錬してくれませんか?」

 

少年は祭司に、頼みました。

強くなるために、使える手数は増やしたかったからです。

強くなりたいのは、アイトラを守るためでした。

それに、もし敵に接近されたら以前のように彼女にかばってもらうなんて事態はもう嫌だったからです。

 

「専門外だ」

 

祭司は、少年の提案を断ります。

使っている武器の形状が違うので、当然の反応でもあります。

どうにも耳を傾けてはもらえないようでした。

少年は悔しそうに肩を落とします。

すると、話を聞いていたらしいアイトラが少年の隣に立って祭司に言いました。

 

「私からもお願いします。

武器を使う練習さえしておけば、いざという時に役立つはずです」

 

アイトラは頭を下げました。

少年も彼女に倣い、同じように頭を下げます。

 

「お願いします。

使い方は俺が勝手に学んでいきますので」

 

頭を下げたままの2人を見て、祭司はあきらめたように嘆息しました。

 

「隙間時間で良いならば、稽古に付き合おう。

ただし、甘いものではないからな。

擦り傷や打撲ぐらいは覚悟しておけよ」

 

2人が顔を上げると、祭司は背中を向けて立ち去りました。 

どうやら聞き入れてもらえたようです。

少年は、隣にいるアイトラを見ます。

彼女は少年と目が合うと笑みを見せました。

 

「良かったね」

「アイトラ様も言ってくれたおかげです」

 

少年は、彼女に礼を言います。

 

「ううん、君のまっすぐな気持ちが伝わったからだよ。

私も前衛で戦えるぐらいになりたいから、一緒に頑張ろう」

 

アイトラは、嬉しそうに言いました。

その笑顔を見て、彼女を守りたいと願う気持ちは少年の中で益々強まりました。

 

「はい!

…あれ?」

 

彼女を守るというより、隣に立って戦う流れになっていることに気が付いた少年でした。

 

 

〇〇

 

 

アスカードまでもうすぐという所でした。

ふと、アイトラが耳を澄ませます。

 

「神子様、どうしましたか?」

 

祭司の1人が、アイトラに何があったか尋ねます。

 

「人の足音と魔物の声が聞こえます!」

 

一行がアイトラの言う場所に駆け寄ると、1人の少女が杖をついて歩いていました。

目には包帯を巻き、杖の先端を地面に探るように軽く叩いています。

杖での確認が終わると、ゆっくりとした足取りで進んでいました。

周囲に魔物がいますが、少女を襲う様子はありません。

 

「目が見えないようだな」

 

盲目の少女を見た祭司の1人が話しました。

魔物の世界は、弱肉強食です。

人だって弱者であれば、捕食の優先順位は高いはずです。

いつ魔物に襲われてもおかしくないのに、魔物は盲目の少女の存在にすら気づかない様子でした。

 

「あの…旅の方ですか?」

 

アイトラが盲目の少女に声をかけます。

彼女は杖で地面を探るのを止めて、顔を上げました。

目を包帯で覆った顔をアイトラへと向けます。

人がいることに安心したのか、少しばかり微笑んでいるようにも見えました。

 

「ええ、そうよ。

あなたは?」

 

はっきりとした口調で返答しました。

 

「私は、再生の旅を続けているアイトラと言います」

「再生の旅…。

まぁ、神子様でしたの。

私、目が見えないのだけれどもおじいさんから色々話を聞いて旅のことも知っているのよ。

そうなると、歳は私と同じなのね。

こんな所で会うなんて思いもしなかったわ」

 

いつの間にか雲に覆われた空が、周囲を薄暗くします。

やがて、ぽつぽつと雨が降り始めました。

一行は、体を冷やさないよう盲目の少女と木陰まで移動します。

祭司の1人は、盲目の少女から発せられる独特な香りに気づきました。

 

「魔物が襲ってこなかったのは、ホーリィボトルを使っていたからか」

 

盲目の少女が頷いて返事をしました。

 

「その通りよ」

 

ホーリィボトルの中の液体を体にかけると、魔物が探知しづらくなるのです。

そのため、盲目の少女は1人で旅が出来たのです。

ですが、ホーリィボトルの在庫はもう無いようでした。

 

「村の人が、行きの分だけくれたの。

私が遠くまで行けるようにって。

ねぇ、神子様。

アスカードに続く道はこっちかしら?」

 

とある方角へ指を指した盲目の少女が、アイトラに質問します。

アイトラが祭司達に確認を取ります。

どうやら間違いないようです。

祭司服の少年が、驚きます。

 

「方向が分かるんだ…」

「ええ、この辺は昔おじいさんと来たことがあったから何となくね」

 

盲目の少女は、どこか懐かしい想いに駆られたのか頬が緩みました。

祭司服の少年が興味深そうに聞きます。

 

「どこの村から来たの?」

「あっちよ」

 

盲目の少女が、村の名を口にせず指を指します。

祭司服の少年は、躊躇なく方角を示す少女の様子に感嘆な声を出しましたがすぐに表情が固まりました。

盲目の少女が指を指す方角には、少年が両親と住んでいた山があったからです。

その山の麓には、両親を襲った人間の住まう村がありました。

 

「その村って…」

 

祭司服の少年が言いかけましたが、盲目の少女はすぐにアイトラへ声をかけました。

 

「ねぇ、神子様。

私、すぐにでもアスカードの方へ行きたいの」

 

どうやら盲目の少女は、急ぎの用でした。

アイトラは、皆に出発できるか聞いてみます。

雨足が強くなる前に、アスカードに向かうのは賢明な判断です。

誰一人として、拒む者はいませんでした。

 

 

○○

 

 

一行は、アスカードが目前の所まで辿り着きました。

その町は、崖際に作られています。

向って左側には高い山、右側には底の見えない深い谷があるのが特徴です。

雨は幸い、それ以上強まることはありませんでした。

 

「風の抜けるような音が聞こえる…」

 

盲目の少女の言葉に、アイトラはアスカードの右隣の深い谷を通る風だと説明します。

その言葉に、盲目の少女はぽつりと言いました。

 

「そっか…。

やっと着いたのね」

 

彼女は方向転換し、深い谷の方へと歩き出します。

アイトラは慌てます。

 

「待って!

そっちは谷だから危ないよ!」

 

盲目の少女は、アイトラの言葉など気にせずどんどん進みます。

アイトラは、駆け出して少女の背中を追います。

盲目の少女は杖先で分かったのか、谷に落ちる寸前でくるりと身を反転してアイトラと向き合いました。

アイトラは、盲目の少女が冗談を起こしたのかと思いましたが、そうではありませんでした。

 

「私ね、死にに来たの」

 

アイトラは、始め彼女の言葉が受け入れられませんでした。

 

「………え?」

「目の見えない人など村の役に立たないから死んでくれ、って。

その方が村の人達も救われるってさ。

昔はおじいさんがかばってくれたけど、少し前に病気で亡くなってね。

村の人は、近場で死なれたら気分が悪いからホーリィボトルを数本私に持たせたんだ」

 

アイトラは、困惑しました。

ですが、うろたえている場合では無いと思いました。

少女がここまで来た経緯がすんなり呑み込めなくとも、今の事態をどうにかしないと、と考えました。

盲目の少女を死なせたくなかったのです。

 

「だめだよ、自分の命を犠牲にしないで」

「どうして?」

 

盲目の少女の言葉に、アイトラは戸惑います。

祭司服の少年や5人の祭司達がアイトラの背後まで来ますが、盲目の少女が飛び降りるのを危惧して近づけません。

盲目の少女は、続けて話しました。

 

「私ね、おじいさんから40年前の再生の旅について聞いたことあるの。

おじいさんが平原を歩いていたら、4人の祭司達が全然動かない神子様を運んでいたんですって。

事情を聞いたら、『試練を受けたから』だと説明したそうよ。

あなたも前回の神子と同じように自分を犠牲にして、世界を救うんでしょう?

村の役に立とうとする私と同じじゃない。

なのに、どうして止めようとするの?」

 

アイトラは明らかに動揺していました。

自身が封印を開放し天使化を進めていく最後には、マーテルの器になることは前もって分かっていました。

ですが、封印を開放していく毎に自身の体がどうなっていくかまで予想は出来ていませんでした。

アイトラは、自分の心臓の鼓動が早まるのが分かりました。

 

盲目の少女の話は、自分の未来の姿を連想させました。

食欲がなくなり、眠れなくなり、そしてこの先動けなくなる…。

アイトラは、意見ができなくなっていました。

盲目の少女は、アイトラの黙り込んだ様子に気が付きます。

 

「…ごめんね、神子様。

別にあなたを傷つけたいわけじゃないの。

少し意地になってしまったわ。

私、さっきは村の役に立つためと言ったけど、そんな考えは全く持っていないの。

むしろ、嫌いよ。

ただ、あんな冷酷な村を早く出て死にたいだけ。

こんな不自由で誰からも協力されない世界を私は生きていけないわ」

 

盲目の少女の言葉は、さらにアイトラの感情を揺さぶりました。

神子として使命を果たすべきために生きる存在。

世界を救うためにも逃げることは許されない、自由に生きる道など無いのです。

道を隔たれているのは、2人とも同じでした。

 

「ああ、おじいさん。

待ってて、すぐに行くからね」

 

盲目の少女は、両手を広げます。

どこか安らかな表情をしているようにも見えました。

そのまま背後に倒れていきます。

深い谷に向けて、体を降下させました。

 

「だめぇっ!!」

 

アイトラは、背中からマナの羽を展開して飛び立ちます。

そのまま谷に入り込みます。

ですが、盲目の少女の落下速度には追い付けません。

伸ばした腕は、少しも届いてはくれませんでした。

 

祭司服の少年と4人の祭司達は、困惑して体が動きません。

祭司の1人は崖際に駆け寄り、下に向かうアイトラに言います。

 

「聞いてはなりません神子様!」

 

しかし、アイトラはどんどん谷底へ向かう盲目の少女に意識を向けるばかりでした。

2人の距離は開きすぎて、もう救助は土台無理な状態でした。

盲目の少女の体は、暗い谷の中へと溶け込みます。

そこから少しの時間が経つと、アイトラのみ聞こえる音が谷の底から響きました。

 

「あっ…ああっ…」

 

アイトラは、その音を耳にして目を見開きました。

彼女の視線は、今もなお谷の中へ吸い込まれています。

何も見えないはずなのに、目を離すことができませんでした。

突如、アイトラが息を詰まらせました。

 

「うっ…!

ぅあっ…あっ…」

 

空中で停滞するアイトラの様子がおかしいことに、先程声をかけた祭司が気づきました。

すぐにこちらへ戻るように言います。

崖際に戻ると、アイトラは座り込みます。

喉元を抑えて、苦しそうに呼吸をしていました。

 

「あまり大きく息を吸ってはなりません。

吸った息をゆっくり吐き出してください」

 

祭司は、アイトラの背中をさすりながら伝えます。

祭司服の少年も駆け寄り、心配そうに声をかけました。

しばらくすると、徐々にアイトラの呼吸が落ち着いてきました。

彼女の目からは、涙が溢れています。

 

「私…助けられなかった」

 

無念の言葉でした。

 

「私じゃ…世界は救えない…」

 

最後は力なく言いました。

祭司達は言葉に窮しました。

祭司服の少年は、アイトラを抱きしめます。

初めて会った時を思いながら、彼女に伝えます。

 

「俺は、アイトラ様に助けられたから!

お願いだから…自分を責めないで!」

 

以前、自責の念に囚われたからこその言葉です。

ですが、彼女が抱えた思いは簡単には除けられそうにありません。

降りそそぐ雨は、彼らの気持ちをより重苦しくしました。

 

 

〇〇

 

 

一行は、アスカードに宿泊しました。

祭司の1人の提案で、数日泊まり込みます。

アイトラの心を癒すためでした。

ですが、宿泊中彼女の表情は乏しいままです。

 

数日後、第三の封印を目指してアスカードから出発します。

少年は、何度かアイトラに声をかけます。

彼女は、力無い笑顔で返事をします。

その姿を見ると、少年の心は痛みました。

 

第三の封印があるバラクラフ王朝へと到着しました。

トラップや仕掛けを解いていきます。

戦闘は、祭司達と少年が務めました。

アイトラは、祭司達に言われて彼らの後ろに控えていました。

 

奥にある祭壇へと辿り着きました。

アイトラが、祈りを捧げると守護天使・レミエルが現れます。

白い羽を広げた金髪の男は、いつものように労いの言葉をかけます。

レミエルは、疲弊したアイトラを見ても何とも思わない様子です。

 

「よくぞ第三の封印を開放した。

神子アイトラよ!

クルシスからの祝福だ。

さらなる天使の力を授けよう」

 

アイトラの頭上から、数個の光の玉が螺旋を描いて降り注ぎます。

今までと同様、その玉は彼女の中に取り込まれました。

このとき、アイトラはびくりと肩を震せます。

背後の彼らには見えませんでしたが、彼女の表情は恐怖が侵食していました。

レミエルは、去り際に言います。

 

「また次の封印で待っているぞ」

 

祭壇から守護天使の姿が見えなくなりました。

アイトラは、ゆっくりと地面に足をつけると背中の羽を閉じます。

皆が彼女の元へ向おうとしました。

ですが、その前にアイトラはうつぶせに倒れました。

 

「アイトラ様ッ!?」

 

祭司服の少年が駆け寄ります。

封印解放後、毎回アイトラは体調を崩しています。

ですが、今回はいつもよりも疾患が起きるのが早かったのです。

少年は彼女の肩を揺さぶりますが、返事はありません。

 

アイトラの瞳は、光の宿らない虚ろなものと化していました。

生気を感じないのです。

少年は何度も呼びかけますが、無駄でした。

祭司達はどよめきます。

 

アイトラの精神は、先の事件で限界に達していました。

封印解放後にクルシスより授けられた祝福が、彼女に何をもたらしたのか誰も分かりません。

ですが、輝石の成長が彼女の精神に影響したのは間違いありません。

祭司の1人はアイトラの様子を見ていましたが、やがて顔を伏せて拳を握りました。

 

「今回も…ダメなのか…」

 

神子アイトラは、第三の封印を開放したのちに心を壊したのです。

 

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