イセリア人間牧場奮闘記 before&after   作:あるいてごろりと

2 / 36
フォシテス
悪の組織『ディザイアン』の幹部の1人。 左腕に金属棒をはめて眼帯をつけている。
夢の世界では、先代神子と五聖刃達とで結託して夢魔を葬った。
風の魔術が得意だが、肉弾戦もこなせる万能タイプ。

マグニスからもらう豚肉が好物。
好きな部位は肩ロース。


赤の情景

絶海人間牧場にてロディルは、とある研究データをまとめている最中である。

とある研究とはヘルメットのデータについてのことだ。

五聖刃の集まりの際、言葉通りに肉体を動かすヘルメットで実験をおこなっていた。

ヘルメットを取り付けた奴隷達に指示通りに体を動かすことが出来れば、ディザイアンの兵隊達は手間が省けるのと鞭を振るう際の身体への負担を減らすことができると思っていたから製造した。

結局、製造費の面から実用化は見送られたが、凝り性のロディルはひそかに研究を続けている。

 

実験には、対象結果を必要とする。

録音機にロディル自身の言葉を保存し、ヘルメットをかぶった状態で音声を流す実験をロディルはおこなっていた。

指示内容は、とりあえず何でもよかったので『まぁ、そういきりたたずに投影機を見なさい』という言葉を流す。

体は動かない。

続けて、『魔導砲へ続く通路を海水で満たしてやりましたよ』という音声が録音機から流れるが、またもや体は動かない。

これは命令形じゃないのが原因かもしれないが…。

対象サンプルは最低3つはあった方が良いので、最後に録音してあった『どれ。まずはわしが装備して輝石の力を試してやるわい』という言葉を流して耳にするがピクリとも反応しない。

 

「やはり、録音した言葉では反応しませんねぇ。

生の音声でも自分の言葉は反応しませんでしたし。

それなら…」

 

ロディルは、以前救いの塔でヘルメットの実験を行った際に録音した五聖刃の言葉を流してみる。

再生ボタンを押した直後、プロネーマの『お茶を全部飲み干せ』という音声が流れて、びくりと体を震わすロディル。

しかし、これは恐怖による条件反射でヘルメットは稼働していない。

 

(もう時間は経ったのに心臓に悪いですな)

 

いつの間にか額が汗ばんでいることに気づき、手持ちのハンケチで拭う。

念の為辺りを見回す。

誰も居るはずが無いのに。

何も起きないことを確認して、ホッと安堵する。

 

「そうなると、予想した通りということですかな」

 

救いの塔内の会議室に取り付けてあった監視カメラの映像内容を端末の画面で流し、日の目を見なかったヘルメットの動作に齟齬がないかを確認する。

目視で見る分には、命令直後にしっかり稼働している。

映像の確認は、納得いったのか次の行動に移る。

 

ヘルメットには今までの稼働状況が記録されている。

記録している稼働状況の内容は、ヘルメットをかぶった者の脳活動についてである。

側面には穴があり、その穴に刺した端子は導線を伝い端末へとデータを吸い上げ、ヘルメットが肉体を動かした際の脳活動はどのようなものであったか周期ごとに分析する。

集計した数値をまとめて線グラフを作成し、研究材料を完成させるための細胞ともいえる、鋭角に上下する一本の線を穴が開くほど見つめる。

しばらくして口角を上げるロディル。

 

「ふぉっふぉっふぉ。

面白いデータが取れましたな」

 

ロディルが興味を抱いたのは、予想の範囲内だがヘルメットが正常に稼働するのはある条件付きだということだった。

条件内容は、直接対面もしくは近距離での指示でないとヘルメットは動かないものと考える。

録音した言葉や画面越しの映像からの指示では意味がないようで、これは脳の働きが関与しているとロディルは思った。

それと、指示内容の時間制限は実験データを見る限り数十秒は問題ないであろうことも分かる。

さらに、マグニスがフォシテスに(無意識に)複数指示できたことも良きデータ採取ができたとロディルをホクホクにさせた。

 

ロディルは、それから一年の歳月をかけて脳について学ぶ。

ある時からは、絶海人間牧場で16~690歳までの健康な兵隊達の手を借りて実験をした。

健康状態を確認するために、前もって400ccの血液を採取する。

量が多いのは、検査結果に問題なければ後々輸血用にでも使うためだ。

終わったらお礼にドリンクとドーナツをプレゼントした。

兵隊達は喜んで、いつでも実験を引き受けたいと言っていた。

実験内容は、ヘルメットを被った状態で対話をさせるといったもの。

様々な者たちの脳波を調べ、結果をまとめる。

ドリンクとドーナツが好評のためか、参加希望者は連日満員御礼。

それが約一年。

ハーフエルフにとっての一年など微々たるもの。

しかし、ロディルにとっては悩んだ末にスケジュールを作った一年。

これには訳があったが、ヘルメットに対してより理解を深めるための日々は至幸であった。

 

対面して話をした際に、活発に働く脳の領域は前頭前野の内側と側頭葉の一部である。

興味がある話題ほどより活発に働くのだが、音声を聞くのと画面越しの会話だけではそれらの脳の働きが非常に鈍いことをロディルは調べ上げた。

確かに、とロディルは思った。

五聖刃との会議でも、直接話すのと画面越しの会話では緊張感が違う。

 

(たまに、画面に映らないと油断しているのかズボンが寝間着らしき者もいましたな…)

 

恐らく脳の活動も異なっているのだろう。

いつだったかロディルは思い出すことがある。

直接対面して会議をしたとき、牧場をより高次元で運営するための30ヵ年計画発表の最中、5人とも士気が高まり妙に波長があった感覚を覚えていた。

画面越しの会話でも息の合うときはあったが、あの時ほどの波長があったという気持ちの高まりはなかった。

誰かと脳や気持ちがリンクした、というような心地よさを一番味わえるのは直接会話をしたときなのだろう。

ヘルメットを稼働させるためには、直接会話しないと活発に働かない脳の領域を使うことがカギとなっているようだ。

つまりは『共感』である。

共感さえできるのであれば、初対面の奴隷でもすぐに指示して体を操れるということだ。

 

(作り直して、共感の必要なしでさらに画面越しの指示でも稼働するようにした方がいいですかな?

できるかは分かりませんが、分からない未知の領域を開拓するのが科学者というもの。

いや、費用が足りないうえにまだまだ実験しないと製造まで着手できない。

実験に付き合ってくれる兵隊達に渡す茶菓子だって、衰退世界では在庫に限りもありますし…。

魔導砲の計画のことも考えると、いくら長寿のハーフエルフといえども優先事項をつくっておかなければ、後々痛い目に合いそうですな)

 

ロディルは、残念だがヘルメットについての研究は一旦保留とした。

ため息をついたのも束の間、絶海人間牧場内に警告音が鳴り響いた。

急いで画面を見ながら詳細を調べる。

画面に映ったシルヴァラント大陸のマップに渦のようなマークが点滅していた。

 

「これは…嵐が来ますな」

 

 

 

 

△△

 

 

 

 

この日、シルヴァラント大陸ではサイクロンが発生した。

サイクロンと言ってもハーフエルフが行使する上級魔術ではなく、自然発生したサイクロンである。

砂漠地帯を除き温暖な気候のシルヴァラントでは、海面水温が温かくなりやすく、また大気の上下の層を流れる風速差が小さいことも関係しておりサイクロンが発生する条件が整いやすいのである。

 

絶海人間牧場よりもずっと東にある海洋上で徐々に成長したサイクロンは、ゆっくりと北上していた。

サイクロンの進行方向にはパルマコスタ人間牧場があり、もう明日の朝から2日間は暴風域に覆われると予想されている。

被害を考えればディザイアンの兵隊達を働かせている場合ではないと牧場主のマグニスは判断した。

日々のエクスフィアの量産よりも同志であるハーフエルフの安全を優先する。

 

(よりによって、仕入れ前のときにかよ)

 

強固な要塞でもある人間牧場だが、今は食料の備蓄に不安があった。

パルマコスタ人間牧場の兵隊達は、『ダブルワークは仕事の質を下げる』や『二兎を追う者は一兎をも得ず』などと言って兼業を毛嫌いしており農業をやっている者がいない。

そのため、食料は劣悪種である人間達から供給してもらうのが常であった。

 

今月、パルマコスタからの食料の仕入れはまだである。

備蓄は少ない。

サイクロンが上陸すれば、仕入れ自体が先送りになることは容易に想像できた。

もし食料がつきれば暴風吹き荒れる中、パルマコスタへと大勢の人々を連れ歩いていかねばならない。

少人数での調達も考えたが、街から戻る際すでに暴風域に入った道を進むとなると、荷車に縄でくくった荷物を吹き飛ばされてしまうのがオチだろう。

サイクロンの通過前に、強風域のパルマコスタまで全員でいけばいい。

マグニスは兵隊長と話し合って方針を固めた。

一応、五聖刃の長で上司にあたるプロネーマに判断を仰ぎ、指示を待つ。

 

「急ぎ準備を整えよ」

 

立体映像で姿を見せるプロネーマは、マグニスの提案通りにパルマコスタ人間牧場にいるディザイアンの兵隊と奴隷達を安全な街に移動させるように指示を出した。

プロネーマは念のため、人間達も連れていって欲しい理由を付け加える。

労働力である人間が下手に牧場から脱走でもしようとして怪我でもすれば、後々治療や病床の確保…怪我人が多ければテント設営などもしなくてはならず、人手を割かれてしまう。

そもそも脱走自体を抑制したいので、兵隊の目の届く所に配置するべきである。

その上、奴隷である人間を牧場にほおっておけば、内部に細工でもされて後の運営に深刻なダメージを与えかねない。

 

一番のリスクは、人間牧場内に仕掛けてある爆弾を起動させられてしまうことだった。

人間が端末をいじれるとは思えないが、事故というのは浅はかな危機意識から発生しやすいのは、親組織であるクルシス指導の下、ディザイアン内で常々教育されていることである。

床に転がる釘一本だって凶器となり、人間達が反乱を起こすきっかけとなりかねない。

そのため、工具類や資材の持ち出しだって決めた場所にキチンと戻すようにしているし、持ち出し日・返却日・工具名や資材名・数量・確認者などを記入する用紙だって配備されており、リスク管理が徹底されている。

 

最初から人間も連れていくつもりだったマグニスだが、プロネーマの発言内容を下手に突いて文句の言い合いになるのも面倒なため黙っていた。

代わりに湧いて出た疑問点を払拭したくてプロネーマに質問する。

 

「このままサイクロンが北上すれば、パルマコスタ人間牧場にぶつかるけどよ。

このあとの進路はどうなる?」

「心配いらぬ。

パルマコスタ人間牧場を北上したのちに、ゆっくりと左に曲がり海洋上で消え去る予定。

ロディルは『絶海人間牧場では、常々余裕を持って食料は備蓄していますぞ』などと生意気なことを言ってきおったがな」

「ちっ、そうかよ。」

「そう粗野な態度を取るでない。

確かに、あやつのいざという時の備えには感心するところもある。

しかし、それは絶海人間牧場という特殊な環境下があってこそとも言える。

別にそなたの判断遅れとは誰も思っておらぬわ。

それよりも人間との連絡を取って早く避難をした方がよいぞ」

 

言い終えるとプロネーマの立体映像が消える。

急遽、マグニスはパルマコスタを治める領主と連絡を取り、イセリア人間牧場とイセリアで結ばれている『不可侵契約』を今日から3日間だけ例外的にパルマコスタとパルマコスタ人間牧場間でも締結することを提案して了承を得た。

不可侵なのでパルマコスタ内にある一部の宿と商店をこちら側だけが使わせてもらうような契約内容となっている。

言わば、隔離に等しい扱いだが致し方あるまい。

 

兵隊や奴隷の数を確認し、荷物をまとめさせてパルマコスタ人間牧場を出る一行。

草原の中を通る一本の道を人の群れが埋め尽くす。

荷物を奴隷だけに持たせるようなことをマグニスはしなかった。

いやがらせをしてエクスフィアを成長させるならともかく、今は人命を優先している。

第一、重い荷物を奴隷達に持たせて隊列を乱すようなことなどわざわざする理由がない。

一刻も早く避難をするべきなら荷物は兵隊達も持つべきだ。

誇り高きハーフエルフならば自分の分ぐらい自分で持て、だ。

 

空にはわずかに雲がかかっているだけで、まだ嵐を思わせない様子だ。

だが、明日にはここら一帯は立っていることも危うい危険な場所と化す。

急がず焦らず、しかし確実に列は前へと進んでいく。

奴隷達は2組に分けられて、それぞれ前後から挟むようにしてディザイアンの兵隊達は配置されている。

マグニスは、全体を見渡せるように一番後方にいた。

 

(戦に行くわけじゃねぇし、別に前にいなくていいだろ)

 

マグニスは、列に乱れがないか確認しつつ、少しだけ空と地平線の間を眺める。

視界に映るのは、天へと届くと思わせるような長い塔だった。

 

『救いの塔』―――。

 

16歳となり選ばれた少女が、世界を救うために旅をして向かう終着点。

救いの塔の出現後、神子はイセリアの村を出る。

今回の神子・スピリチュアはマーテルの固有マナに最も近いと言われている少女だ。

マーテルの器としてこれ以上ない人材と言われ、計画成就のためにも上位組織クルシスでは連日連夜会議をしていたらしい。

 

(テンションも上がらない連中が、よくもまぁずっと同じ部屋で面を合わせられるもんだ)

 

マグニスは、心の中でぼやく。

クルシスは、天使の羽(黒い羽の者もいるが)を生やした者共で大半が構成されている。

彼らは『クルシスの輝石』の作用で、肉体や感覚器官が強化もしくは一部調整できる能力を得ている。

ただし、代償として一握りの者達を除きほとんどの者の感情が希薄となっている。

きっと、朝に通路で会っても「おはようございます…」とだけ無機質な声で挨拶を交わし、日中は業務報告のみの会話だろう。

仕事を終えると、帰り際に「お疲れさまでした…」と言い組織から自宅へ帰る。

そうして、また太陽が昇るとクルシスへロボットのように出社するような生活を送っているはずだ。

マグニスは、そんな生活を想像してぞくりと肩を震わせた。

『無機生命体による千年王国』を公に否定することはしないが、今は少なくともクルシスの輝石に頼るようなことはしたくないな、と本心から思った。

 

神子が身につけるクルシスの輝石の成長のためには、封印を解いたあとに出てくるクルシスの案内人が授ける祝福が必要とされている。

他にも、ディザイアンが任されている恐怖を与える行為もある。

そのため、街中で大きい声を出す・鞭を見せつけるなどの神子の心に負担となるようなディザイアンからのいやがらせは計画的におこなわれる。

張り上げる声だってそうだ。

神子を前に緊張してどこか破けたような声を出さないためにも、日々の発声練習は欠かさない。

段取り8分、仕事2分。

段取りをしっかり済ませておけば、仕事は8割完了したも同然である。

ただ、連日連夜の会議中にユグドラシルからはやりすぎないようにと釘を刺されたらしく、幹部会のときのプロネーマはやけに慎重に言葉を選んで発言していた。

 

 

恐らくスピリチュアは神託を受けて、イセリアの村を出たばかり。

数日後であれば、砂漠地帯に南下するのみで海洋上で霧散する嵐の危険に身をさらされることもないだろう。

しかし、嵐が通り過ぎればマグニス達は急いでパルマコスタから人間牧場へと戻り、神子が身に着けるクルシスの輝石の成長を促す演劇活動の準備をしなければならない。

 

兵隊達には、鞄の中にいやがらせマニュアルを入れて来るように言い、パルマコスタで過ごす2日間の空いた時間に読み込むよう伝達した。

もちろん、マグニスもマニュアルは持参している。

神子がやってきたら、パルマコスタの広場で首の柔らかい兵を人間に変装させて一芝居打つ予定だ。

演技をする兵からは、「どのタイミングでコキャりますか?コキャる角度はどれぐらいがいいでしょうか?」などと質問をされて、熱心に打ち合わせをしていた。

 

(絶対に成功させねぇとな)

 

マグニスは、兵の熱意にあてられていた。

 

 

○○

 

 

パルマコスタについた一行は、各々が街の人に案内されて宿へと足を運んでいた。

部屋の振り分けだが、プライバシーを考慮して兵隊と奴隷は別々の部屋となっている。

無論、奴隷が脱走を企てぬように三交代制で兵隊が宿の廊下で見張りにつく。

時折、壁の向こうからワイワイと声が聞こえるのは酒盛りでも始めたからであろうか。

マグニスは、宿の主と2人きりの相部屋になった。

 

「俺はここの店主をしているレイジネスだ。

狭い部屋で窮屈かもしれないが我慢してくれ」

「…マグニスだ。

いや、世話になるぜ」

 

互いに軽い挨拶を済ませるが、すぐに沈黙が訪れる。

 

(なぜだ…。

なぜ、このマグニスさまが初対面のむさい男と相部屋に…)

 

宿の主はマグニスと同様、筋骨隆々であるため部屋のむさ苦しさが濃く思われた。

牧場主という肩書きから、ちょっとぐらいは良い部屋を期待していたのだが思わぬ筋肉サプライズをもらってしまった。

モリモリの2人はダブルベッドに腰掛けて、向かい合っている。

二人の距離は1mにも満たない。

宿の主は、肩まで毛先がかかる長さの茶髪で固い雰囲気をまとった筋肉質な中年の男性である。

鼻の下には、手入れのされたひげが真一文字に生えている。

 

2人とも腕組みをして、互いのことをじろじろと見ていた。

静寂な空気がしばし室内を満たしていたが、マグニスがあることに気が付いて口を開く。

 

「お前、ハーフエルフか?」

「!!

…よくわかったな」

 

宿屋の主は、意外そうな顔をする。

同族であると確信を持ったマグニスは、腕組みを解く。

 

「俺はハーフエルフに関しては勘が良くてな。

しかし、妙だな。

姿を偽って人間と働くのはなぜだ?」

 

ハーフエルフは人間に忌み嫌われている存在である。

耳の形が丸い者ならバレないこともあるが、もし気づかれれば迫害されるリスクがある。

そのため、ひっそりと息を殺すようにして可能な限り存在を薄めて人里の中で暮らす者もいる。

リスクがあるとはいえ、村を築く人間達が作る家や食料が手に入る恩恵を考慮すれば、危険な森で野生児のような生活をするよりも我慢するだけの価値があるのだ。

マグニスは理解できない考えだが、目の前の男もそうだろうかと思った。

 

宿屋の主ことレイジネスは、じろりとマグニスの顔を見た。

目の前の男に話していいものか決めかねているようにも見える。

マグニスは、レイジネスの返答を黙って待つ。

やがて、腕組みを解いて話し始める。

 

「随分と昔に仲間とこの街に来たんだが、俺だけが気に入ってしまってな。

ここの飯は極上とは言えなくとも安定して美味い。

色んな人間がいるのも悪くない。

そんな理由だ」

 

パルマコスタというシルヴァラント大陸では大きくて色んな人間が集まる街の雰囲気と飯が気に入り、宿屋の主は身分を偽ってでも居住を決めたらしい。

バレたら迫害、良くて無傷で追放だろうか。

常にリスクの伴う生活は、心身にとって良くない。

ハーフエルフというだけで己の好きな生き方もできず、不利な立場であることはマグニスにとって面白くない。

きっと、目の前の男も苦労をしてきたに違いない。

レイジネスをどうにか引き入れて、安全な生活を保障できないかと考える。

 

「人間牧場の兵隊に志願しねぇか?

ハーフエルフなら歓迎するぜ」

 

レイジネスは、再びじろりとマグニスのことを見つめる。

しかし、考えをもとから変える気は無かったのかすぐに返答する。

 

「悪いが断らせてもらおう。

先ほど言った通り、色んな人間がいて飯が安定して美味いからお気に入りの街なんだ。

意にそぐわない返答ですまなかったな」

「いや、かまわねぇぜ。

奴隷に鞭うつ仕事が割に会わねぇハーフエルフだっているからな。

押し付けるつもりはねぇよ。

まぁ、俺からすれば劣悪種どもの中に紛れ込んででも生活しようとする奴らの気持ちは今一わからねぇがな」

 

皮肉ではなく素直な感想だった。

馬の合わない連中の群れの中で過ごす気持ちなど想像もしたくない。

レイジネスはうまくやっているようだが、そもそも種族を偽ること自体が下手に出ているような気がしてマグニスの性分には合わない。

2人の意見が一致しなかった以上、これ以上は答えの出ない意見の押し付け合いになりかねないためマグニスは引いた。

レイジネスがマグニスの顔を凝視している。

少し気味が悪いので質問する。

 

「なんだ?

俺の顔に何かついているのか?」

「そうだな。

その顔の傷…良ければ経緯を聞きたいと思ってな。

獣につけられたものではあるまい」

 

マグニスの顔には鼻の上や目元などに傷痕がある。

すでに治ったものだが、傷の存在が昔を思い出すことがある。

1つの傷は左の眉の上から目元へ走り、まぶたの上を横断している。

その傷にマグニスはそっと触れる。

まるで触れることで、当時の記憶を呼び覚まそうとするように。

 

「これは劣悪種との戦いのときについたもんだ。

テセアラ…つっても分かんねぇか。

ある地域でディザイアンと人間が争ったことがあるんだよ。

もうずっと前の話だけどな。

当時の人間どもは、まだディザイアンのことを甘くみていたらしい。

同志であるハーフエルフ達がとある村で迫害されている、そんな情報が現場から近い人間牧場に回ってきた。

事態を収めようとした人間牧場の兵隊達は、村に遠征したんだが誰も帰ってこなかったんだ。

 

あんまり同志が劣っているような言い方はしたくねぇんだけどよ。

とにかく、劣悪種相手に隙を突かれたんだろうよ。

厄介だったのは、周辺の村が結束して反乱軍を作りやがったことだ。

数日後、危機感を抱いて編成された兵隊達が再び遠征されたが、思った以上の勢力になっていたみたいでな。

そいつらも帰ってくることはなかった。

遅すぎた報告を受けた上層部は、1つの人間牧場に配置された兵隊達だけでは鎮圧できないと判断して、俺の上司の指示で各地の牧場主と兵隊達を招集したんだよ」

 

少しばかり間が空いたからか、レイジネスが口を挟む。

 

「一筋縄ではいかなかったようだな?」

 

マグニスは一度黙り込む。

レイジネスが言うことは図星だった。

劣悪種相手に苦戦したことが腹立たしい。

しかし、マグニスが黙りこんだのはそれだけが理由ではない。

凄惨な光景が脳内で蘇ったからだ。

レイジネスは、眉間に皺を寄せるマグニスを見て立ち上がる。

 

「酒でも持ってこよう」

「何だ、急に?」

 

レイジネスは扉を開けたところで、振り返った。

 

「俺は酒の味は分からんが、酔った方が腹を割って話せそうだと思ってな。

それとも、ここで話は止めておくべきかな?」

 

マグニスはフンッと鼻を鳴らす。

 

「いいさ、上等な奴を頼むぜ。」

 

 

○○

 

 

パルマコスタワインをグラスに注いで呷るマグニス。

レイジネスも軽く飲み干す。

長い距離を歩いたからだろうか。

5杯ほど飲み干すと、高揚感が湧いてくる。

マグニスは、普段よりも酔いが早く回るのを感じていた。

空になったグラスを差し出す。

 

「さっきの話の続きだけどよ」

 

マグニスのグラスにパルマコスタワインを注ぎ終わったレイジネスの手がピタリと止まる。

マグニスがジッとレイジネスの手元を見て、2人ともグラスに酒を入れ終わったら話す意思を見せる。

察したのか、レイジネスは自分のグラスにワインを注いだ。

マグニスはグラスに口をつけて軽く飲む。

 

「近場の牧場は人間どもの勢いを抑えきれず、逆に攻め込まれて籠城せざるを得なくなっていた。

それだけじゃねぇ。

奴らそれだけじゃ飽き足らず、近くにこっそりと身を隠して生活していたハーフエルフ達を引っ張りだして、あろうことか虐殺しながら数日間生活していたんだよ。

まともに食事も与えず、空腹で立ち上がれねぇ多くの同志達に対して、人間どもは気晴らしに死ぬまで暴行を加えていたらしい。

俺たちが駆けつけた時、人間の村にはハーフエルフの死体の山が出来ていた。

地面に転がっていたのは血の付いたヘルメットでよ。

ディザイアンの兵ですらやられていたことが分かった。

あの惨い光景は今でも忘れねぇ」

 

辛うじて息があるが、地面に横たわり呻くハーフエルフ達もいた。

顔はあざだらけ、服だってめくれば中はひどいものだった。

人間達は言う、『これが復讐だ』と。

この事件がきっかけで鎮圧後もディザイアンは人間をより憎むようになった。

事情を知らぬ人間側もディザイアンやハーフエルフの横暴さを知り、さらに忌み嫌うこととなる。

負のスパイラルだ。

マグニスは、再び自身の顔に刻まれた傷に触れる。

 

「カッとなるのは良くねぇよな。

集団戦で冷静さを失えば、そいつから陣形が崩れていくのによ。

気がつけば武器を持った人間に囲まれていた」

 

傷が疼き神経が暴れる。

心臓の鼓動とリズムを合わせるようにして、ズキズキと一定の間隔で痛みを主張する。

レイジネスが口を開く。

 

「それほどの光景だったのだろう。

ならば、感情的になるのも無理はない。

傷はその時につけられたのか?」

「ああ、そうだ」

 

熱くなって特攻したマグニスは武器を持った人間達に囲まれながらも奮闘していた。

大きな斧を振るい敵を薙ぎ払い、視界の外からの襲撃にも手慣れた様子でクローのついた盾をかざして防ぐ。

人には使えない魔術を用いて、弓矢を放つ者どもを吹き飛ばす。

後方から剣を振り上げる人がいた。

マグニスは気付き、振り返り様に斧を振るう。

一撃で敵を切り倒したが、目元に切り傷を負う。

それでも痛みなど感じず、頭では人間を殲滅することだけを考えていた。

自分の体のことなどなりふり構っていられないほど、怒りで満たされていた。

二度目、三度目の切り傷を顔に負っても躊躇なく前進する。

 

マグニスは一旦話を止めて、酒を飲む。

 

「傷の経緯はこんなもんなんだが、まだ聞くか?

俺は別にいいぜ」

「…そうだな、聞いても良いのならば。

何があったか教えてもらおう」

 

マグニスは、再び語り出す。

赤い髪のまるで獅子のように暴れる男を見て、人間達は攻撃の勢いが衰えていく。

たった一人前線に立つ牧場主の男に、制圧されかねない状況だった。

戦況が変わったのは、人間どもを統率する首謀者の1人が参戦したときだった。

 

「不意をつかれたとはいえ、あっという間だったぜ。

そいつは素手で顎を殴りやがってよ。

脳が揺れたのか、意識が朦朧としちまった。

だが、覚えているぜ。

そいつは興味を無くしたのか俺の前から離れようとしたんだ。

ムカつくったらありゃしないぜ」

 

首謀者の男がマグニスから離れ、代わりに近づいてきたのは複数の人間達。

マグニスが立てない様子を見るが、まだ警戒しているのか武器を構えたままそろりそろりと歩み寄ってくる。

やがて、武器の届く範囲まで来た。

 

「あの時はさすがに死を覚悟したぜ。

敵の1人が剣を振り上げた時はよ。

だが、そうはならなかった。

なぜだと思う?」

「…頼れる応援部隊が来たのか?」

 

レイジネスの言葉を聞いて、マグニスはニカリと歯を見せて笑う。

 

「半分正解だな。

応援は来たが、隊じゃねぇ。

後続の部隊は大半が左右の人間の相手をしていたからな。

助けにきたのは、1人だ」

 

マグニスの言葉を聞いたレイジネスは、顎下に指を添えて考え込む。

やがて、ピンときたようで口を開いた。

 

「思い出したよ。

『ディザイアンの英雄』か」

 

相手からは出ないであろうと思っていた言葉を聞いて、マグニスは少々驚く。

 

「知っていたのか?」

 

レイジネスは頷く。

 

「先ほど話した仲間は、ディザイアンに務めていた。

今は知らないが。

たまに会って話すときに聞いていたよ。

鬼神のように暴れ、首謀者を1人残らず殺して英雄扱いをされた男がいるとな。

そのような者を忘れる訳がない」

「そうか、じゃぁテセアラのことも知っていたのか」

「無論だ」

 

マグニスはバツが悪そうにして後頭部を掻く。

その時いってくれりゃ良かったのによ、と思った。

レイジネスはグラスを置くと、腕組みをして座りなおした。

夜は更けこみ、隣のはしゃぐ音などすでに聞こえなくなってきている。

加減も分からず飲み過ぎて寝てしまったのだろうか。

 

「続きだけどよ。

英雄…フォシテスって名前も知っているよな?

そいつは、俺の周りを取り囲んでいた人間どもを次々に倒していってな。

俺をぞんざいに扱いやがった敵も驚いて振り返っていたな。

あの時の野郎の顔は傑作だったぜ!

すぐにフォシテスとあの野郎がおっぱじめてよ」

 

マグニスは、フォシテスと敵の戦いを語る。

フォシテスと敵の実力は拮抗しており、なかなか決着がつかないでいた。

双方、攻めあぐねて一度距離を置いた。

フォシテスが発動した風の魔術『エアスラスト』を敵は素早く移動してかわす。

二度目の魔術の発動時には、敵は隙を狙って懐に飛び込んできた。

フォシテスはすぐに魔術をキャンセルして、肉弾戦が始まる。

 

長い時間が過ぎた。

経過しすぎていた。

前線でマグニスがこじ開けた敵勢力の穴は、後続の部隊が入り込み攪乱するには十分であった。

気がつけば、陣形を崩された人間どもの勢力はすっかり勢いを無くし戦える者達の規模は縮小の一途を辿っていた。

剣を持ったディザイアンの若い兵が、フォシテスと交戦する敵を横から近づき狙う。

 

気付いた敵はパッと顔を向けて、兵の下へ駆け出した。

フォシテスの「下がれ!!」という言葉は叶わず、敵の発する圧をまともに受けた兵は身体を強張らせ固まっていた。

敵は指先を伸ばし、貫手を兵に向かって突き出した。

 

尻もちをつく兵。

前を見ると兵の目はより見開いた。

フォシテスの背中が視界に入る。

兵をかばったのだろう。

しかし、あまりにも残酷な場面だった。

 

フォシテスの右目から血が流れていた。

敵の手首をつかんではいたが、貫手の勢いを完全に殺すことが出来なかった。

指先は、右目に届いていた。

敵は思わぬ事態に舌打ちをする。

邪魔をされたためか、もしくはフォシテスという対等に戦う相手を失ったことが不満であったためか。

 

だが、フォシテスはひるまず右の拳を前方に振るう。

驚きながらも後退してかわす敵に追撃するようにして、風の魔術『エアブレイド』を発動する。

横方向に体をずらし、風の刃をかろうじてかわす敵に対してフォシテスは一気に詰め寄った。

そこからは、互いに一歩も引かぬ攻防が続く。

彼らの激しい動きは止まらず、息をする間もないように見えるほどだった。

 

耐えかねた敵が後退しようと片足を下げたとき、地面の上を靴底が数十センチすべりぐらりと身体がゆがむ。

長時間の戦いに耐えきれず、体の疲労が限界に達していたようだ。

足を滑らせて前かがみになった敵の頭部目掛けてフォシテスは殴打した。

倒れる敵に、フォシテスは風の魔術をいくつも発動させる。

その後、わずかな時間で決着は着く。

 

「敵がぶっ飛ばされた所にさっきの剣を持った兵がいたんだけどよ。

そいつは、敵が乗っかってきた後にビビッてしまったのか白目をむいたのよ。

けど、少ししたらすぐに意識を取り戻してたぜ。

逆に首謀者は、ピクリとも動かなくなっていたな。

味方にこういうのもなんだが、もうちょっと精神面を鍛えるべきだな」

「……」

 

首謀者を倒したフォシテスは、右目から血を滴らせながらもすぐさま残りの首謀者を討ち取りに駆け回った。

残った左目は以前変わらず、怒りの炎が燃え盛っていた。

 

のちに人間どもは頭をやられたことで士気がなおさら下がり、降参を求める者も出てきた。

だが、降伏を許すハーフエルフはもはやいなかった。

数時間後、その地で息をするのはハーフエルフのみとなった。

 

 

○○

 

 

酒が回り、マグニスは頬が紅潮していた。

レイジネスも心なしか、まぶたが下がってきている。

 

「だからよ、俺はフォシテスに命を助けられてしまったんだよ。

悔しいったらありゃしねえよ」

「…ふむ…。

つまりは…、ディザイアンの英雄を超えたいと…言うことか?」

 

マグニスは、自分の中で答え合わせをする。

フォシテスが傷付きながらも奮戦する姿には、正直認めるものがある。

回復してマグニスも制圧に参戦していたが、制圧後もフォシテスのことをある種憧れのような目で見ていた。

普段は素直な態度に出れていないが。

レイジネスの問いかけに首を振る。

 

「そうじゃねぇ。

英雄なんぞ呼ばれちゃいるが、戦いの無くなった日々を過ごすあいつはどこか腑抜けたように見えて仕方がねぇのよ。

信頼するユグドラシル様を崇めるのが悪いとは言わねぇが、俺はそんな姿を見たいわけじゃねぇ。

あいつには英雄のままでいてほしいんだ。

よく聞け、俺がこんな思いをしているのはだな?

あの時、共に戦えなかった俺自身に腹を立てているからだ。

超えたいわけじゃねえ、並びたいんだよ。

なあ、おい。

聞いてるか?」

 

ふと見ると、レイジネスはうつらうつらとしてほとんど眠っていた。

器用にも、座った体制で腕組みをしたままだ。

興をそがれたのか、マグニスは白けた顔をする。

夜は大分深まっていた。

昔のことをここまで話すことになるとは思わなかった。

人間牧場以外のハーフエルフに会えたからだろうか。

 

「酒の飲み過ぎだな。

明日も仕事だし、俺ももう寝るか」

 

翌日の朝、マグニスは兵隊長に部下と奴隷の点呼をとらせて、次の日の朝にパルマコスタを出発するまでいやがらせマニュアルを読み演技の練習をするように伝達する。

レイジネスからは、「昨日の話を聞いて思ったのだが、奴隷の管理は今ので十分なのか?」と聞かれた。

マグニスは、ハッと言い笑う。

 

「人間ならあの事件に関係ない奴でも根こそぎ排除する、ってか?

そういうことをする奴は、ビビッているんだろうな。

恐怖は無知から湧いて出るんだよ。

奴隷の家族や友人関係、趣味、その他諸々…それらを理解して対応すれば恐れるに足りねえ。

劣悪種をうまく丸め込むには、まず理解が一番だと俺は気付いたのよ。

それに、案外利用する価値はあるもんだぜ?」

 

レイジネスは、特に反論もしなかった。

「俺はうまい食事がとれればそれでいい」とだけ言っていた。

人間を根絶やしにされたら、食事に困るとでも言いたかったのだろうか。

 

荷物をまとめた一行は、パルマコスタを出発する。

マグニスは、宿の主に礼を言い列の後に続く。

明日には、フォシテスに連絡でも取ろうかと思っていた。

サイクロンの件については、対応策含めて報告書を作成しプロネーマに提出しなければならない。

その後は各牧場で土地の条件や施設の条件に見合った対応策を求められることだろう。

忙しかろうが提出期限は順守されるはずだ。

後に対策会議を五聖刃で行うことも容易に予想できる。

だがその前に、フォシテスに情報を伝えておけば書類作成の時間に余裕ができる。

マグニスは貸し1つをフォシテスに作るつもりだ。

それがいつかの救助に見合うものだとは決して思わない。

 

(いつか返してやるよ)

 

決意を胸に、奴隷と隊と共に帰路についた。




マグニス
卑劣な組織『ディザイアン』の幹部の1人。 赤いドレッドヘアーと顔の傷が特徴的なワイルドな男。
大斧とクローのついた盾を使い戦うが、肉弾戦も得意。

幹部達に豚肉を配るのが何気に好きである。
全部の部位が好みだが、あえて言うならばバラ肉が最も好き。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。