イセリア人間牧場奮闘記 before&after   作:あるいてごろりと

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紫の秘めたる決意

プロネーマ・マグニス・フォシテス(と抱えられた祭司服の少年)達が転送されて大樹の内部1階へと戻ると、そこにはクヴァルとロディルしか姿がなかった。

ロディルは、顎に手を添えて何やら考えている。

3人の転送に気づいたクヴァルは一瞬不安な表情をしたが、すぐに気持ちを改めたのか平静を装った様子で出迎える。

 

「戻りましたか。

収穫の程は…」

 

言う途中で、何かに気づいた。

 

「おや、フォシテス。

その子供は?」

 

クヴァルの視線はフォシテスが脇に抱える祭司服を着た少年へと注がれる。

 

「ソウルイーターと接触した。

相手は3人だ。

その内1人の腹を殴ったら、この少年が出てきた」

 

簡潔すぎるフォシテスの返答だったが、クヴァルは慌てる様子を見せなかった。

 

「それはそれは。

詳しい事情をすぐに聴きたいところですが…」

 

一先ず、優先するべきことをクヴァルは決めていた。

 

「抱えたままではその子どもの体を悪くしそうですし、ひとまず横にしましょうか」

 

クヴァルとフォシテスは、部屋の隅で少年を下ろしに行く。

プロネーマは、マーテルの姿を探して辺りを見回す。

だが、2階層の会議室にはいないようだった。

彼女は、人の居ぬ方へ顔を向けたロディルに尋ねる。

 

「ロディル、マーテル様はどこにおられる?」

 

返答は無かった。

何だったら、視線すらも向けなかった。

 

「…うーむ。

やはり、接続を切り離したまま我々の魂を維持できる媒体を探すしかないですな。

しかし、どのようにして。

マーテル様のような創造主の代わりもいないですしな。

このまま切り離すとその辺の無力な魂と同一になってしまいますし。

いやはや、もう潔く…」

 

1人でぶつくさと言うロディルにプロネーマは苛立ちを見せる。

 

「ロディルっ!」

「ふぉっ!?

おや、プロネーマでしたか。

びっくりしましたぞ。

戻ってこられたんですな」

 

今しがた気づいたようで、ロディルは名前の呼びかけに驚いていた。

相当集中していた様子を見て、プロネーマは呆れていた。

大樹の内部に侵入者がいた場合、この男は気付く間も無く正面からやられるのではないかと思ったからだ。

プロネーマは嘆息しながらも、マーテルの所在をロディルに問う。

ロディルは珍しく意味深な顔つきで返答する。

 

「マーテル様は容体が芳しくないようでして」

「何じゃと!?」

 

プロネーマがすぐに上の階層に続く階段に向おうとするが、ロディルが引き留める。

 

「お待ちください、プロネーマ。

命に別条はありませんぞ。

あなた方がパルマコスタにいる間、マーテル様の容態についてはクヴァル殿と話していたのですが…。

まぁ、一度皆を集めましょうかな」

 

 

○○

 

 

2階層の会議室の中央にて、5人の元幹部達が集う。

まずは、プロネーマがパルマコスタでの出来事を話す。

敵対する者達の人数や特徴、彼らの目的、明日大樹の下へ襲来するであろうことも話した。

 

「それなら丁度良いかもしれませんな」

 

ロディルが言うので、プロネーマ達は首を傾げる。

その後、クヴァルが状況を話す。

 

「マーテル様は、現在3階層の自室にて休まれています。

3人をパルマコスタへ送ったあと、体調を悪くされたので階段を上がろうとしていたのですが、途中で座り込んでしまいました。

見かねて、私とロディルで部屋まで運んだのです」

 

クヴァルは、周囲の者達の表情を確認しながら話した。

マグニスは眉間に皺をよせ、フォシテスは静かにクヴァルに顔を向けて話を最後まで聞く姿勢を見せる。

クヴァルは、話を続ける。

 

「問題についてですが、自室に運んだ後にマーテル様本人から問いただした内容、それに私とロディルの診断によりある程度推察はできています。

結論から申し上げますと、マーテル様は術で使用したマナを自力で回復できる状態ではありません」

「何じゃと…?」

 

プロネーマが驚いて口を挟む。

クヴァルは説明を続ける。

 

「マーテル様は、器となるタバサや歴代の神子達の魂が合わさった特異な存在の精霊です。

ですが、今は身体の構成が脆くなっており、個々に分離しかねない状態となっています。

つまり、このままでは精霊としての存在が維持できなくなるかもしれない危機的状況なのですよ」

 

ここで、フォシテスがクヴァルに尋ねた。

 

「マナを自力で供給できない理由は何だ?」

 

質問に対して、クヴァルは少しだけ表情を曇らせる。

 

「原因は、我々です」

 

理解ができないとばかりに、マグニスが声を荒げる。

 

「おいおいっ!!

そりゃ、どういうことだ?」

 

クヴァルは説明する。

人やハーフエルフ、それにエルフやドワーフが持つ固有マナは、言わば遺伝子もしくは血液のようなものだと。

マーテルや歴代の神子の固有マナは近しいものであるため、同化しても心身に異常は見られないが五聖刃は別である。

全く異なる固有マナを持つ五聖刃の魂との同化は、精霊マーテルをマナの回復のできない状態にし、術を使用すればするだけ生命を徐々に蝕む危険な行為であったのだ。

クヴァルは説明を続けた。

 

「我々との同化は偶然に過ぎなかったのでしょう。

本来であれば、不純物はその後自然に取り除かれたはずです。

古い角質が意識しなくてもはがれるのと同様にして。

しかし、マーテル様は我々を取り込んだままにしていた。

何故かは分かりませんが、恐らくあの方の意思でそのようにしていたのでしょう。

これは先ほどロディルと推察したものであって、マーテル様へ聞いてみたのですが…。

プロネーマ、あなたに全てを話したいと返答を受けました」

 

この時、プロネーマは夢の世界でユグドラシルを模した夢の住人から言われた言葉を思い出していた。

 

『元々、お前たちはこの世界にとって異物のようなものだ』

 

(あれは夢魔の作り出した世界のことではなく、妾達がマーテル様の精神世界にとっての異物…という意味であったのだな)

 

クヴァルはプロネーマに話す。

 

「今から見舞いも兼ねてあなたにマーテル様の意思の確認をお願いしたいのですが。

これから私たちがどうするかの決断は、その後からでも遅くはないと思われます。

先ほどは、緊急事態だったので私とロディルが対応しましたが、もう一度女性の部屋に入るのはやはり躊躇しますから。

それに、マーテル様の意思を尊重してあなたが行くべきでしょう」

「承知した。

場合によっては、その後すぐにでもここを出てゆかなければならぬな」

 

プロネーマの言葉にクヴァルは頷く。

マーテルの存在が危ぶまれるなら、大樹より立ち去るのは当然である。

他の者達も動揺する様子もなく、覚悟は決まっていた。

プロネーマは、スピリアの魂が入っているであろう本を抱える。

そのまま席を立ち、階上に向かった。

 

 

〇〇

 

 

プロネーマは、2階層の木製の扉がある所へと進み、ノブを掴んで開けた。

ほんのりと明るい階段が照らしだされ、先へと行く。

2階層の外側をぐるりと囲むような螺旋階段を上りきると、再び木製の扉が現れた。

プロネーマがドアをノックすると弱弱しい返事が聞こえてきたため、扉を開ける。

 

「失礼いたしまする」

 

3階のマーテルの自室は、植物に囲まれていた。

部屋の中心にはベッドが置かれている。

彼女が横になるベッドの周囲では、色彩豊かな花が飾られている。

 

「お加減が優れない中、申し訳ありません」

 

プロネーマは、ベッドの前で膝をつく。

マーテルは上体を起こそうとしたので、プロネーマが止めようとする。

だが、彼女は手を伸ばし制した。

 

「いいのですよ。

…事情はクヴァル達から聞いていますね?」

「はい。

何故、我ら五聖刃をマーテル様の下に留めたままでおられるのでしょうか?」

 

マーテルは一度息を吸い、深く吐き出す。

額は汗ばんでいる。

プロネーマはタオルの所在をマーテルより確認し、近くの引き出しから1枚取り出して彼女の額を拭く。

 

「ありがとう。

…そうですね。

以前話したことから始めますね。

現在のあなた達は、私の体から分離しているように思えるかもしれませんが、使い魔という契約上繋がりを持ったままです。

なぜ、今の関係を続けているかというと…。

スピリアの魂の捜索はもちろん大きな理由です。

ですが、もう1つは私のわがままからです」

「わがまま…でありますか?」

 

マーテルの言葉にプロネーマは疑問を口にする。

いまいちピンと来ていない様子だ。

 

「ええ、そうです。

あなた達も弟の身勝手な計画に巻き込まれた被害者だと、私は思っています。

人間という他の種属を虐げることが、職務として定められたも同然の環境を用意させられてしまったのですから。

ですが、死後…私の夢の世界であなた達は考えや行動を改め、人間との和を築きあげました。

今のあなた達の姿は、かつての組織の一員とは思えないほど眩しい存在として私の目に映っています。

いずれは契約を解き、分離しなければいけません。

ですが、もう少しだけ…私の望んだ世界を叶えてくれるようなあなた達を見ていたかったのです。

魂が同化したのは、きっと何かの縁だと思いました」

 

マーテルは、4000年前の死を目前とした時、ミトスに『誰もが平等でいられる世界であってほしい』と、願いの言葉を口にした。

夢の世界での五聖刃や歴代の神子達が作り上げた人間とハーフエルフが仲良く仕事をして暮らす世界は、彼女の理想郷そのものだったのである。

マーテルは、そんな願いを叶えてくれた彼らともう少しばかりの時間を共にしたかったのである。

 

「私は歴代の神子以外の者と魂の繋がりを持つことへのリスクは承知していました。

しかし、マナを生み出す大樹を守るという役目がありながら、私欲に走りました。

ですから、私のわがままです」

 

プロネーマは慎重に、しかし確かな意思を持って話す。

 

「光栄でございまする。

ですが、マーテル様。

妾は自らの意思でユグドラシル様に仕えておりました。

被害を受けたなどと感じてはおりませんし、あの方のために働けたことに後悔など何もありませぬ。

フォシテスやマグニスだって同じ想いでしょう」

 

自然(ナチュラル)にクヴァルとロディルの名は省かれた。

ロディルは生前間違いなく裏切ったのだし、クヴァルもユグドラシルを敬えど魔導砲計画に加担していた。

プロネーマの口から嘘でも2人の名前が出ないのは致し方ないのかもしれない。

そうとは知らないマーテルは、プロネーマの気持ちを強く感じ取る。

 

「弟は部下に恵まれたのですね。

あなたにはいくら感謝しても尽きません」

 

プロネーマは、マーテルの言葉に込められた気持ちが読めなかった。

 

「…?

礼を言われるようなことなどしておりませぬが…」

 

プロネーマの謙虚な言葉に、マーテルは首を左右に振る。

 

「いいえ、特にあなたには弟のことで大恩があるのですから。

…ディザイアンもクルシスも人々を長年苦しめたあってはならない組織です。

ですが、目的を達成するための組織という手段を失っていれば、弟の心はもっと壊れていたと思います。

そうなっていたら、気持ちを改めるような最期を迎えることも無かったかもしれません」

 

ミトスの目的とはもちろん、姉であるマーテルを復活させることである。

一度はコレット・ブルーネルという器に姉の魂を宿して目的を達成したはずが、マーテルの拒絶により望んだような結果は得られなかった。

その後、姉の言葉を捻じ曲げて解釈し、デリス・カーラーンへ移住しようと目的を変更した。

だが、最後にはロイド達の執念に負け、4000年間貫いたはずの姉の蘇生を諦めたのである。

 

精霊化したマーテルは、ミトスの最期をロイド達から聞いていた。

もし、マーテルとの再会を果たせず目的を変更しなかったら。

もし、戦いに敗れ諦めることもなかったら。

器を作ろうとしている計画初期の段階で、世界再生の旅が二度とできなくなるほど組織が完全崩壊していたら、きっと姉への執着心は一層強まっていたことだろう。

組織を失ったミトスは、より残酷な方法で器を作ろうともがいていたかもしれない。

だが、生産性において個が群を上回ることはない。

ミトスは器を作ることができぬまま全てを恨み、かつての仲間達すら近づけない程に狂っていた可能性だってある。

ある種、ミトスにとって組織とは安定剤の役割を果たしていたといえる。

 

コレット・ブルーネルの体に宿ったマーテルは、ミトスのしてきた非人道的行為を咎めた。

だが、彼女にとってたった一人の弟だ。

悪事に手を染めて、そのツケを払うために命を散らす結果だったとしても、その最期の心はどうか穏やかであってほしいと望むのが家族というものである。

 

「ユアンもクラトスも弟の意思には心では賛同できず、組織の維持に消極的でした。

彼ら2人と与えられた仕事を淡々とこなす天使達だけでは、クルシスの運営はままならなかったかもしれません。

主君の為に意欲を持ち、臨機応援に仕事に取り組んだあなたの存在が大きかったと思います。

ですからプロネーマ、これは1人の姉として言わせてください。

これまで弟の…ミトスの心を支え続けてくれてありがとう」

 

マーテルは、最後の言葉が罪であることを知っている。

なにせ、多くの人間やハーフエルフ達の人生を狂わせた行為に感謝しているも同然と思われてもおかしくない言葉だからだ。

だからこそ、世界を守る精霊としてではなく、姉の言葉として彼女に礼を伝えたのである。

 

「…もったいなき…お言葉です」

 

プロネーマは、顔を伏せたまま返事をした。

 

 

○○

 

 

その後、プロネーマは明日ソウルイーターが来る情報を伝える。

 

「それならば、明日まで護衛をお願いしてもいいですか?」

 

マーテルは、プロネーマに頼み込んだ。

それは、明日まで五聖刃の魂を分離しないことにつながる。

マーテルなりに、体に負担をかけることを言い出しづらいプロネーマの心中を察してのセリフだった。

 

「ご迷惑をおかけしますが、必ずや大樹とマーテル様をお守り致しまする」

 

改めてプロネーマは、敵が来ようが来まいが明日中にマーテルの体から消える意思を伝えた。

マーテルは名残惜しい表情を一瞬したが、承諾した。

 

「お願いしますね。

明日で無ければ、現実世界の伝手に頼ります。

ですが、ソウルイーターが魂に憑りつくのであれば、あなた達の力が必要だと思っています。

それと…」

 

マーテルの視線は、プロネーマの持つ本に移る。

 

「先ほどのあなた達がパルマコスタから戻ったときに使用した転移の術ですが、今の私のマナの量ではもう使えません。

ですが、スピリアの魂と同化することで、彼女の持つマナでもう一度だけ扱えます。

もしくは、それと同程度の攻撃魔術も使えます。

なので…」

 

話を聞いていたプロネーマは尋ねる。

 

「ですが、妾達の魂を分離するのにもマナを消費する術を使うのではありませぬか?」

 

マーテルは、やや気落ち気味に肯定する。

 

「転移の術ほどは消費はしませんが、その通りです。

戦闘が長引くと、あなた達との魂を分離するだけのマナが確保できないかもしれません。

ごめんなさい、先程のはあなた達の信頼を損ねるような発言でした」

 

マーテルは、自身が戦闘に参加することは五聖刃を頼りにしていないことにつながると気づき謝罪をした。

プロネーマには別に不満の様子は無かった。

 

「いえ、大事に参じようとする意志は分かりまする。

しかし、今のマーテル様は世界に必要とされる身です。

可能な限り、戦闘の場には立つべきではないかと…」

 

プロネーマの意見はもっともだった。

マーテルとしては、再生の旅が始まるよりもずっと前から何もできない状態だったので、今度こそはという思いもあった。

だが、判断を誤れば責任はマーテルだけが負う問題ではない。

若干残念そうな気持ちを抱きつつも、プロネーマの意見を受け入れた。

 

「分かりました。

それに、戦闘に確実に参加できる保証もありませんでした。

スピリアの魂と同化するかは彼女次第でしたから」

「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」

 

プロネーマはスピリアの魂の状態によっては同化できないのかもしれないと思ったが、続くマーテルの言葉は違ったものだった。

 

「彼女と対話をしたいと思っています。

もしスピリアが私との同化を拒んだ場合、彼女の意思を尊重しようと思います」

 

マーテルは神子達の自由を奪ってきたことに対して、負い目を感じていた。

そのため、スピリアの魂の自由意志を奪うようなことができないのだ。

ミトスが討たれたのち、マーテルが精霊となるときには彼女の意思は関係なく歴代の神子達と同化した。

だが、今回は事前に対話ができるのだ。

マーテルは、プロネーマのことを見つめる。

その表情には、プロネーマに申し訳なく思う意思を感じさせた。

 

「できれば、ソウルイーターを倒してあなた達の魂を分離させたあとにスピリアに会いたいのです。

マナが回復できず、このような姿で会いにいくのは気が引けますので…」

 

今のマーテルは立って歩くだけでもふらつくような状態だ。

そんな姿をスピリアが見たら心配とびっくりが混ざったような反応をするだろう。

結果として、スピリアの自由意志をゆがませてしまう。

 

「それであれば、ここで休まれてください。

明日敵がくれば必ずや、討ち果たしますゆえ」

 

プロネーマの言葉にマーテルは安堵したような顔になる。

 

「ええ、頼りにしています。

ひとまず、本は私のそばに置いてもらってもいいでしょうか」

「承知致しました」

 

プロネーマは、椅子をマーテルの頭のそばに移動させて、その上に本を置いた。

マーテルは、プロネーマに2つ伝える。

 

「大樹の内部であれば、ここでも何が起きているか把握できます。

…2階ではお客さんが目を覚ましているようですね」

 

お客さんとは、祭司服の少年のことだ。

プロネーマは、他の五聖刃がマーテルに負担をかけるような事をやっていないか心配になる。

そんな彼女の胸中を知らぬマーテルは話を続ける。

 

「状況は把握できますが、先程言ったように転移は使えませんので注意をしてください。

一応、私の精神世界なので、念じれば敵の侵入する経路は変更可能です。

必ず1階層の2部屋に分断させますので、あなた達は2:3に分かれて1階層で待機してください」

 

もし五聖刃の1人が2階層で待機していた場合、1階層の2部屋は2:2で待機することになる。

マーテルが敵3人を分断させたとしても、どちらかが2対2となってしまう。

そのため、敵を1人にした部屋では五聖刃2人で対応し、敵が2人の部屋では3人で対応できるようにマーテルはする予定だ。

1部屋で5:3にしないのは、乱戦は視界に全ての敵を収めづらく、死角からの攻撃で傷を負うリスクが高いからだ。

プロネーマは了解した。

マーテルはもう1つの事を伝える。

それは彼らにとっての新たな戦力の話だった。

現状、五聖刃はマーテルの力が無ければ大樹の外に出られない。

彼女が転移を使えない以上、五聖刃は内部で敵を向かい打つしかなかった。

 

ソウルイーターの目的が世界を支配することであれば、大樹を傷つけるようなことをしないだろうが魔の者の考えがどこまで一貫しているか分からない。

達成が厳しくなると、ヤケを起こすかもしれない。

外で向かい打って、ソウルイーターを内部に侵入させなければ万々歳である。

マーテルは、それができる人物の名をあげる。

 

「ユアン様…でございますか?」

 

驚くプロネーマ。

マーテルは、頷いた。

 

「今や大樹の守り人です。

きっと、力になってくれるでしょう」

 

プロネーマは、疑問に思ったことを尋ねてみる。

 

「ユアン様がおられるのならば、妾達は今すぐにでも分離した方がいいのでは?」

 

マーテルの意思はともかくとして、五聖刃が彼女達との魂の分離を引き延ばしたのは、戦える者がいないからだ。

しかし、敵が3人いたとしても、古代英雄であれば決して引けは取らないほどの実力者であることをプロネーマは知っている。

ゆえに、五聖刃の魂を早く分離してマーテルの体力とマナを回復させてもいいのではないかと思ったゆえの発言だ。

 

「それは最善策とは言えません」

 

マーテルは、はっきりと言った。

 

「ユアンのことは信頼していますが、相手の出方が分からない以上策を出来るだけ用意した方がいいでしょう。

私の体調も分離してすぐに良くなるわけではありませんし」

 

このときプロネーマは、マーテルの視線がプロネーマから少しだけずれていることに気づく。

何か隠している様子にも見て取れた。

 

(そういえば、妾達ともう少しいたいのはマーテル様のわがままだと言っておったが…)

 

何となく、その理由には先があるのではないかと彼女は思った。

プロネーマは、再度疑問を口にする。

 

「確認いたしまするが、世界の救済の役目を五聖刃にも担わせることで、妾達の抱える罪を少しでも減らしたいわけではないのですね?」

「まぁ、驚きました。

どうして分かったのですか?」

 

マーテルは本当に驚いた様子だった。

危機的状況なのに、どこまでもお人好しのようである。

マーテルの邪気の無い態度に、プロネーマはどう言ったものかほとほと困った。

結局、断ることなど出来ずに明日まで大樹に残ることになる。

 

 

 

 

△△

 

 

 

 

「アイ…トラ様…。

うっ…」

 

祭司服の少年が目を覚ます。

仰向けに寝ていたようで、真っ先に見えたのは灰色の天井だった。

長い間眠っていたのか、ぼんやりと頭はすぐには情報処理が仕切れない。

ひとまず顔を横にして周囲を確認する。

 

「ここは…?」

 

辺りは綺麗な石壁に囲まれた円状の部屋だった。

三か所の通り口があり、一階層へ下る通り口が2つ。

残り1つはマーテルの自室に上がる通り口だ。

はっきりとしてきた少年の視界に、人影が何人か入る。

部屋の中央で何やら話していたようだった。

 

「階下で向かい打つのは当然として、一階層は2部屋に分かれています。

どのように配置しましょうか?」

 

細めで金髪オールバックのクヴァルが質問する。

すると、赤いドレッドヘアーのマグニスが意気揚々と返答する。

 

「俺はフォシテスと同じ所で良いぜ!

2人で敵を3人とも倒すからよ。

お前らは安心して茶でも飲んでな。

ガァーハッハッハッハッ!!」

「こちらの部屋が空になる可能性もあるがな」

 

眼帯に腕の金蔵棒といった装備をしたフォシテスが、マグニスに指摘する。

マグニスは苦虫を嚙み潰したような顔をした。

 

「だが、マグニスの直感の高さは頼りにしている。

どっちに行こうか?」

「ハン!

最初からそう言えよ。

左にすっか」

 

フォシテスが聞くと、マグニスは2つの階下に降りる階段の左を指さした。

 

「それでいいか?」

 

フォシテスがクヴァルに聞く。

クヴァルは両手を肩の高さで左右に広げて、やれやれといったジェスチャーをしながらも承諾する。

 

「では、私とロディルとプロネーマは右の部屋に行きます。

もちろんプロネーマが決定を下すのですから、あくまで一案ということで…」

 

祭司服の少年は、上体を勢いよく起こす。

三人が物音に気付き、顔を向けると少年が杖を構えて立っていた。

ひどく警戒している様子だ。

 

「あんたたちは…誰?」

 

少年の問いかけには答えず、フォシテスはつぶやく。

 

「目を覚ましたか」

 

フォシテスは視線をクヴァルに向ける。

どうしたものか、と目で問いかけていた。

そんな視線に気づいたクヴァルは小声で相談する。

 

「まずは落ち着いて状況の説明をしましょうか。

過激な発言は警戒されるでしょうから慎重にいきましょう」

 

フォシテスは頷き、少年に声をかける。

 

「私たちは怪しい者じゃない」

「嘘だっ!!

俺が今まで見た人の中でもアンタは相当怪しい者だよ!」

「……」

 

少年は、今まで眼帯と左腕に金属棒を身に着けた人に出会ったことが無かったのだろう。

眼帯だけならまだ良かったはずだ。

だが、金属棒とのセットは確かに怪しすぎる。

フォシテスは、意気消沈してしまった。

すると、ロディルがフォシテスの背後より前へ出て、少年の元へ歩み寄ろうとする。

 

「ふぉっふぉっふぉ。

フォシテス殿、ここは私にお任せ下され」

「そこの怪しく笑った人も不気味だから近づくな!」

「……」

 

少年は今まで「ふぉっふぉっふぉ」と笑う人に出会ったことが無かったのだろう。

「ふぉっふぉ」だけならまだ穏やかな老人らしい笑い方で済んだはずだ。

だが、「ふぉっふぉっふぉ」は確かに不気味である。

ロディルも沈黙した。

 

マグニスに至っては、コンタクトに失敗した2人に対して豪快に笑いかけた所で、フォシテスとロディルに取り押さえられた。

子どもを落ち着かせるのに随分と難儀している一行。

ディザイアンで学ぶ機会もなかったのだから、仕方がないのかもしれない。

くせ者揃いの五聖刃には向かないことであった。

プロネーマもちょっと浮いてるから無理だろう。

するとクヴァルが咳をして、少年に声をかける。

 

「ごほん、私が説明しましょうか。

まず、中央の席へどうぞ」

「…何が狙い?」

 

不審がる少年に、クヴァルは柔らかい言葉とほほ笑んだ表情で接する。

 

「いえいえ、少し話をしたいだけですよ。

君も現状を把握しておきたいのではないでしょうか?」

「それは…そうだけど」

 

クヴァルが円卓に並べられた椅子に少年を案内する。

この時、クヴァルは少年の真向かいに座るのではなく斜め向かいに座ることを意識した。

向かい合うと、心理的に意見が対立し口論になりやすいためだ。

会議でより良い案を生み出すならともかく、少年に緊張を強いては本末転倒である。

斜め向かいであれば、緊張感は多少は和らぐはずだ。

 

クヴァルは今いる場所が大樹の内部であることを祭司服の少年に話した。

少年は辺りをキョロキョロと眺めてクヴァルに聞く。

 

「ここから出られるの?」

「我々だけでは無理ですね」

「どういうこと?」

 

クヴァルは、少年が恐らく死んで魂だけになっていることを伝える。

少年は、完全には納得できていない様子だったが、無理もない。

いきなり死んでいると言われても、受け入れられないのが普通である。

クヴァルは少年に魔術が扱えるかを尋ねる。

 

「出来るけども…どうして?」

「今ここで使ってみて下さい。

君が魂だけである証拠をその目で見ていただきたいのです。

特異な存在を除きますが、死んだ身で現実に干渉などできないはずですから」

 

言われた通り、少年は魔法陣を展開しようとした。

が、クヴァルの言う通りだった。

魔術が使えないのだ。

少年は困ったような顔でつぶやく。

 

「どうして…」

「それが世界のシステムなのでしょう」

「アンタは使えるの?」

 

少年の質問にクヴァルは首肯する。

 

「ええ、恐らく明日までの期限ですがね」

 

クヴァルは自嘲するように鼻で笑った。

少年が理由を尋ねてくるので、精霊マーテルと自身達の境遇を簡潔に話した。

大樹から出るには、彼女の力が必要であることも話す。

念のため、ディザイアンの話は避けて伝えている。

 

「女神マーテル様が存在している…!

ってことは、器になった神子がいるの?」

 

少年は食いついて聞いた。

 

「そこは複雑な話です。

器になったのは、タバサという神子ではない方でしてね」

 

タバサはマーテルの器を目的としてドワーフによって作られた存在。

少年にとっては知らない人物だ。

クヴァルは続けて、歴代の神子達も同化していることを話した。

 

「歴代の神子…」

 

少年は、小さな声で口にした。

何かを言いたそうにしている。

クヴァルは少年の様子から察した。

恐らく、生前関わった神子がいたのだろう。

 

(どのような関係か分かりませんが、ここで会えるとは思えませんし…)

 

クヴァルは歴代の神子について話すか逡巡していた。

しかし、現代の神子を除けば彼女たちは誰もが悲惨な末路を迎えている。

少年がそれを知らないのであれば、あえて口にしないほうがいいのかもしれないともクヴァルは思った。

その時、マグニスがタイミング悪く愚痴をこぼした。

 

「しっかしよぉ。

ディザイアンの俺達がガキの世話とはなぁ!」

 

ぎょっとするクヴァル。

フォシテスとロディルが再びマグニスの口を塞ぐがもう遅かった。

少年のクヴァル達を見る目が、一変する。

 

「アンタ達…ディザイアンなの?」

「そ…その通りです」

 

少年は無言で席を立ち、駆け足でその場を離れる。

壁際で杖を構えて、警戒レベルMAXの態勢を取っていた。

クヴァルは顔を両手で覆い、肩を落とした。

 

 

 

 

△△

 

 

 

 

「ふむ、それでこの事態になったわけじゃな?」

 

三階層から降りてきたプロネーマは、状況を見てクヴァルに説明を求めた。

一通りの話を終えたクヴァルは、プロネーマに謝罪する。

 

「非常時に、面目ないです」

「原因はマグニスじゃろう」

 

ひとまずマグニスはプロネーマから注意を受けた。

 

「俺が間違ったこと言ったってのかよ」

 

当の本人は、口を尖らせて反論した。

確かに、彼らはディザイアンである。

しかしプロネーマは、叱責した。

 

「時と場所を弁えぬか!」

 

プロネーマは正論を言い放った。

 

 

○○

 

 

五聖刃は、円卓の席に着き打ち合わせをし始めた。

その間祭司服の少年は、壁際に座り込み五聖刃を疑わしい目で眺めていた。

しかし、五聖刃側もあまり時間に余裕があるとは言えない。

手荒にしないことを態度で示して、様子見することにした。

 

プロネーマは、マーテルとの話を皆に伝えた。

五聖刃達と同化をずっとしていたのは、彼らへの罪滅ぼしと恩返しだということ。

マーテルの容態は、自分達が出ていくまで良くならないこと。

明日を持ってして、魂を分離させることなど、だ。

それに大樹の外でユアンが守っていることも話したが、クヴァルを除くと元四大天使の一角だということしか知らぬ者がほとんどであった。

プロネーマは、一言説明しておく。

 

「ユアン様の存在は、間違いなくソウルイーターにとって痛手となるであろう」

 

それからクヴァルは、1階層の人数の配置についてをプロネーマに話して承諾を得た。

続いて、ロディルが気が付いたように発言する。

 

「おっと、フォシテス殿。

これを渡しておきますぞ」

 

もし左右の部屋のどちらかに敵が固まってきた場合に備えて、ロディルはフォシテスにイヤホン型の無線機を渡す。

改良版ウイングパックに仕舞ってあったものだ。

打ち合わせはそこで止めた。

時間がもう大分迫ってきていたからだった。

 

「あいつはどうするよ?」

 

マグニスは壁際に座り込む祭司服の少年のことを皆に尋ねる。

 

「加護を受けていない状態なら二階層のここにいてもらったほうが良いじゃろう」

 

プロネーマは、少年の敵意はマーテルや神子には無いと判断し皆も納得した。

祭司服の少年は、打ち合わせ中一度姿が見えなくなった。

どうやら1階層に行き、出口がないかを見て回っていたようだった。

皆気づいていたが、マーテルの部屋へは向かっていなかったので特に口出しをしなかった。

少年は2階層に戻ると、先ほどのクヴァルの話を少しは信じたようで再び座り込んでいる。

このとき、ロディルはふと五聖刃らの姿を眺める。

 

(不思議なもんですな。

生前を遥かに超えた協力体制…。

わしらは何を求めて今、行動しようとしているのか)

 

ロディルは胸の内にある想いを深く探ろうとするが、途中で止めた。

静かに燃えるような気持ちに直に触れるのが、恥ずかしくなったからだ。

 

(わしにもあったんですな、こんな気持ちが…。

ですが、あんまり見たくないもんですな。

…わしにはどうにも、この気持ちは眩しすぎますぞ)

 

ロディルはそう思いつつも、他の五聖刃を見るとこれからのことを成し遂げたい思いが湧いてくる。

 

(やはり、ワシは裏切るのが性分なのですかな。

ふぉっふぉっふぉ。

運命に抗いたくなってきましたぞ)

 

目指す階下の1階層は、マグニスとフォシテスが左の部屋、プロネーマ・ロディル・クヴァルは右の部屋だ。

彼らは皆、1つの思考で動いている訳ではない。

様々な考えを持つ不純物の混じり合いだ。

しかし、純粋じゃないゆえに成り立つ強固な関係もあるのかもしれない。

 

世界を掌握せんとする敵に備えて、五聖刃が1階層へ続く階段へ歩みを進めた。

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