イセリア人間牧場奮闘記 before&after   作:あるいてごろりと

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超克者

【大樹三階層・マーテルのプライベートルーム】

~マグニスが消えた直後~

 

「マグ…ニ…ス」

 

マーテルがベッドの上で横たわり、マグニスの名前を呼ぶ。

マーテルは大樹の内部であれば状況が把握できる。

しかし、それ以外にも彼女がマグニスの消失を知ったのは、自らにかかる負担によってである。

五聖刃は体が独立している以上魂も分離にしているように見えるが、彼らと精霊マーテルはいまだ見えない糸で繋がれたような状態にある。

繋がれている以上、マグニスの魂が満足したとてこの世から消えることはないはずだった。

だが、不測の事態が起きたのはマーテルの存在が不安定であることを示していた。

もちろん、不安定である原因は五聖刃という異物と繋がれたことによる体調不良である。

そうして、五聖刃と精霊マーテルを結ぶ糸が体調不良によりほつれてしまい、マグニスのあの世への旅立ちを許してしまった。

 

マグニスが突然消える事態は、マーテルにとって大きな負担となった。

今の五聖刃と精霊マーテルとの関係性についてだが、いっぱいに水を張ったグラスを精霊マーテルとすると五聖刃はグラスの底に沈むコインのようなものである。

マグニスの魂が手順を踏まずに精霊マーテルから完全に離れることは、謂わばグラスの中に無理やり手を入れてコインを抜き取るようなものであった。

コインを抜き取る際にグラスから水があふれ波紋が広がるように、精霊マーテルの同化した魂達が揺れ動き外部へ漏れ出そうになる。

体からこぼれそうな魂を無理に器に抑えようにも、体外へ流動する動きが止められない。

下手に魂を器につなぎとめようとすれば器が負担に耐え切れず、歴代の神子やマーテル、タバサで構成された精霊は崩壊してしまう危険性すらあった。

 

だが、マーテルは持ち前の高いセンスでグラスからあふれる水…つまり自身からこぼれる魂を意図的に一つに絞り放出することで精霊本体の体を保つことに成功する。

ベッドの上で横たわるマーテルの体から魂が1つ放たれていく。

最初は白くて丸い玉であった。

ベッドから離れて床に転がると、玉は形状を変えていく。

少女の形を成していくのだ。

 

完全に顕現した少女は目を開く。

長い金髪はウェーブがかかっており、見た目の年齢は十代半ばから後半である。

マーテルが意図的に放出した魂は、アイトラであった。

アイトラは、先ほどまで同化していたマーテルや歴代の神子達と記憶や知識を共有している。

そのため、現状の理解に時間はかからなかった。

 

「マーテル様!」

 

アイトラは苦しそうにするマーテルに声をかける。

辛い状態で額に汗を流しながらも、マーテルは真剣な眼差しでアイトラに話す。

 

「あなたが適任です。

下の階の状況は分かっていますね?

どうか行ってあげてください」

 

五聖刃と見えない糸という契約で直接結ばれているのは精霊マーテルである。

加えてマーテルは、体外へ放出されたアイトラの魂には五聖刃というマナ回復を阻害する異物とリンクをしないようシステムを組んだ。

そのため、アイトラは体調不良でなくて済んだ。

出来れば、マーテル自身も影響がない様にしたいが、異物の存在を消すことができないため誰かが引き受けねばならない。

アイトラは共有した記憶から、五聖刃の面々のことを思い出す。

夢魔のときと同様、再び敵に立ち向かう彼らの姿に感謝と心配な気持ちがあふれ出る。

アイトラは、決意を言葉に表す。

 

「…分かりました。

私も皆さんの力になりたいですから」

 

頷くマーテルは、アイトラに助言する。

 

「大樹の内部であれば、精霊の一部と化していたあなたにも力が使えるはずです。

イメージしてください。

かつて、戦っていた頃の自分を…。

そして、共に戦ってくれる者に手を差し伸べてください」

 

マーテルは、手のひらをアイトラに向ける。

手のひらから小さな光の玉が出て、アイトラの胸の中に入り込んだ。

 

「加護の力を渡します。

どうか仲間のために使ってあげてください」

 

アイトラはマーテルの想いを魂が放出される以前から理解している。

同化していた頃の記憶は、共有されているからだ。

託されたのは、世界の未来。

アイトラはマーテルの手を握りしめる。

 

「必ず、想いを繋いでみせます」

「ええ、任せましたよ。

私は作り変えられた一階層を元に戻しにかかります」

 

言い終わると、マーテルは目を閉じて集中する。

ベッドで横たわりながら、わずかに乱れた呼吸のまま作業に取り掛かっていた。

体に負担がかかりっぱなしだが、まだ有利な戦局とは言えず手を休めるわけにはいかないため、アイトラも彼女を止められない。

アイトラは二階層へ下るためのドアを見る。

自身の行うべきことを頭の中で反芻し、決意する。

まずは深呼吸。

だが、時間はあまりない。

胸の前で両手を組み、目を閉じてイメージする。

 

旅の際に魔物と遭遇し、戦っていた自分の姿だ。

彼女にとって過酷な旅であった。

ふと、同行した者達の姿がアイトラの頭に浮かぶ。

その中に、祭司服の少年の姿も当然思い描かれる。

始めは苦しそうな表情ばかりをしていた。

だが、旅を続けていく中で、少年の顔が柔和になっていく様子をアイトラは感じていた。

その変化を見て、どこかホッとする自分がいた。

過酷であったが、辛いことばかりではなかったのだ。

 

(最期の時だって、君がいてくれたから…)

 

やがてアイトラの背中から薄いピンクの羽が顕現される。

それは体内のマナを循環させて放出し飛行能力を得られるマナの羽である。

彼女の胸には、現在クルシスの輝石は宿されていない。

だが、大樹の内部は精霊の精神世界でもあるゆえにマーテルの力を行使できるアイトラは、想像心をもってかつての力の源を創造できた。

アイトラは三階層のドアを開くと、階下に向って飛んでいく。

 

 

 

 

△△

 

 

 

 

【大樹二階層】

~アイトラ復活後~

 

剣を呑み込み変貌したヴァーリは、自分の姿を手でさすり確認していた。

額には二本の角、手の爪は尖り、歯も牙となり鋭くなっている。

手鏡を持ち合わせていないため、本人には確認しようがないが目も爬虫類の瞳孔のように変化していた。

ヴァーリは、喜びでプルプルと身体を震わせる。

 

《これがソウルイーターの力か!

体の中にどす黒い物が湧きだしていく感覚…たまらねぇ!

やはりあいつらと組んだのは正解だったぜ!!

なぁ、オイ?》

 

視線の先には祭司服の少年がいた。

少年は杖を力強く握りしめているが、顔を強張らせている。

術も行使できない状況下、このままでは一方的な展開になるのは少年にも予想できた。

ヴァーリは、時計の針が動くような速度で一歩ずつ歩み寄ってくる。

 

《で、どうするんだ?

俺の邪魔をするのか、どうなんだ?》

「お、俺が…。

俺がここにいるのは…!」

 

ヴァーリが歩みをピタリと止めた。

俯いて額に手を添えている。

若干、辛い様子にも見える。

少年はよく分からない状況に困惑した。

やがてヴァーリは顔を上げる。

 

《いや、やっぱやめだ》

「……?」

 

先ほどまで高揚していた様子のヴァーリが冷静になり、少年は不気味に感じらながら様子を窺う。

 

《さっき食った剣の意思か?

頭の中でよ、声が何度も言ってくるんだよ。

奪え、奪えってな。

俺も否定する気はねぇ》

 

方針は明らか決まったような言葉だった。

 

《そういうわけだ、諦めて奪われるんだな。

苦しみたくなきゃ抵抗しない事を進めるが…まぁ、どっちでもいいぜ》

 

言い終わると、ヴァーリが腰を低くする。

間を置いて、一気に駆け出してきた。

舌なめずりをして、威圧感を与えてくる。

少年に選択肢はほぼ無い。

攻撃出来ないのなら、生きるためなら、回避するしかないのだ。

振り向く余裕も無いが、一瞬背後の三階層に続くドアが頭に浮かぶ。

どうか敵の意識が自分に向いたままでいてほしいと願いながら、壁沿いに走り出す。

 

(魔術は使わない…!

何をしてくるんだ!?

とにかく、どうにか距離を取って逃げないと!)

 

少年が左へ動くと、ヴァーリも進行方向を変更してくる。

三階層への入り口からさらに離れることは、出来ればしたくなかったが命あっての物種だ。

もう少し離れることを決めて足を動かす少年。

更に進行方向を変えたヴァーリは、少年の元まで近づくとヘッドスライディングをかましてくる。

 

《アイテムスティール!!》

 

地べたを擦る摩擦音が大きく響く。

少年は飛びのいてぎりぎりで回避する。

底を滑っていたヴァーリは、壁の際にぶち当たる。

コンクリ製の壁にヒビが入った。

砂ぼこりが舞う。

唖然としてヴァーリの突進した壁を見る少年。

人間が拳を叩きつけても、簡単に傷はつけられないだろうことは少年にも分かる。

 

(アイテムって、俺の命のこと…?

なんにしても一度でも食らったらやばい!)

 

ヒビの入った壁からいくつかの小石が転がる音がする。

砂ぼこりの密度が薄くなり、状況が見えてくる。

ヴァーリは無傷で立ち上がる最中だった。

ほこりを取るようにして膝をはたきながら立ち上がり、少年の方へ振り向く。

 

《運よく避けたか…。

だが、次は無いぜ。

武器を使わせてもらうからな》

 

少年は三階層への入り口近くまで戻ると、ヴァーリの言葉を反芻する。

 

「武器…」

 

さっきは何とか躱せたにすぎない。

これ以上リーチを広げられともう避けきれないかも、と少年は不安に思う。

ヴァーリは、右手を少年に向けてかざす。

 

《ピコハン!!》

 

少年の頭上から空間から赤と黄色に染められたハンマーが顕現し、落下してくる。

空気抵抗の為か、落下速度はそこまで早くない。

だが不意を打たれた少年は、飛び込むようにして躱さざるをえなかった。

少年が元居た場所にハンマーの平らな面が落ちると、地面を叩いた時の衝撃でハンマーの中の空気が押し出されて笛の音が鳴る。

口笛を鳴らすヴァーリ。

 

《へえ、これも躱すか…。

まだガキのくせに、戦いは慣れているようだな》

「…少しの間、旅をしていたからね」

《魔物の相手でもしていたのか?

職業柄、雑談は嫌いじゃねぇけどよ》

 

再び、手を前に構える。

今度はヴァーリの頭上からハンマーが落ちてきて、柄を握った。

先ほどとは変わって、青い色をしている。

 

《今はお前の魂をこの手に取りたくて仕方がねぇ!》

 

青いハンマーを投げつけてきた。

少年は屈んで間一髪避ける。

安堵したのも束の間、少年の前方にはもう一つの青いハンマーが現れていた。

ヴァーリが時間差で投げつけたのだ。

しゃがんだ姿勢では躱しようがなかった。

 

(これは…まずい…)

 

被弾することを察したとき、1人の少女の声が二階層に響いた。

 

「ピコハン!」

 

赤と黄色のハンマーが少年の背後から現れて頭上を通り過ぎていく。

それは青いハンマーと衝突し、『ぴこっ』と音を鳴らして互いに消滅する。

ヴァーリは、三階層に続く入り口を見ると、閉まっていたはずのドアが開き少女が姿を覗かせていた。

少年もそちらに目を向ける。

 

「アイトラ…様…?」

 

少年は信じられないような目でアイトラのことを見る。

アイトラは懐かしむような目で少年のことを見ていた。

 

「うん…!

ようやく…ようやく会えた!」

 

駆け出して、少年を抱きしめる。

始め、驚きで少年は固まっていたが、すぐに顔を赤くしてアイトラの両肩を手で軽く押し、体同士に隙間を作る。

 

「そのっ!

今はっ!

敵がいてっ!」

 

少年の声は少し上擦っていた。

アイトラはヴァーリを見て、すぐに少年に顔を向ける。

 

「そうだね、油断しちゃいけないよね。

待たせてごめん、それと…」

 

アイトラは、少年の肩に触れる。

アイトラの手を通して、少年へと力が流れる。

少年の体が光に包まれた。

すぐに光は消えたが、少年には何かしらの変化が起きたのだと察した。

 

「アイトラ様…これは一体…」

「これで君も戦える」

 

アイトラは微笑んで話す。

 

「ここを守ってくれて、ありがとう」

 

少年は少女の笑顔を見て、過去の様々な事を思い出して一瞬呆ける。

だが、先程アイトラに注意したことを今度は自分がやってしまっていると気づき、両の頬に手のひらを打ち活を入れる。

パァンッと音が鳴り、アイトラの肩がびくりと上下した。

少年はアイトラの言葉をいくつか頭の中で反芻したのち、一番聞きたいことを確認する。

 

「ほんとうに、本当にアイトラ様なんですか?」

「うん。

今は君と同じ魂だけの存在だけどね。

マーテル様のおかげでここに来れたの。

一緒に頑張ろう」

「…はは。

色々起きすぎて、頭がこんがらがりそうです」

 

言いつつも、少年は離れた位置にいるヴァーリと向かい合う。

ヴァーリは、2人の少年少女を見て忌々し気な顔をする。

 

《あれがマーテルか…?

いや、話に聞いてた姿とちげぇな。

どっちにしろ、ガキ2人で何が出来るってんだ!!》

 

少年は足元に魔法陣を展開する。

先ほどとは異なり、自信のある顔つきになる。

戦える力が使えるからだけではない。

守りたい少女がすぐ隣にいるからでもある。

杖をヴァーリに向ける。

 

「あんたに抵抗できるよ。

ファイアボール!」

 

少年の元から、いくつもの火球が飛んでいく。

ヴァーリは、急に攻撃してきた少年の行動に驚く。

戦闘経験のほぼ無い男は、咄嗟の判断ができずに成す術もなく火球を体に浴びた。

 

 

 

 

△△

 

 

 

 

【大樹一階層(右)】

~クヴァルがクロドレにやられたあたり~

 

フーディーの口から取り出された魂が形を成すと、ボータの姿になった。

ボータが目を開く。

面と向かって立っているのは、ロディルだった。

ボータは目の前の人物に、不思議そうな口調で話す。

 

「五聖刃のロディル…?

お前は死んだはずでは…」

 

このとき、ボータは気付いていなかった。

背後にいる自身を食った存在にだ。

ロディルはボータに向って大きな声を出す。

 

「ワシのことは、今はどうでもいい!!

すぐにその場を―――」

 

言い終わる前にボータは、フーディーに後頭部を掴まれる。

 

「動くな」

 

フーディーの手からボータの頭部に何かが流れる。

ボータは力むが抵抗できない。

 

(ぬっ…!

体が動かせん)

 

ピタリと動きが止まりびくともしない様子のボータ。

先程のボータは寝起きのような状態だった。

そのため、フーディーに隙を突かれてしまった。

ロディルの姿を見て気を取られてしまったのも大きい。

フーディーはミスリルソードを持つ手の甲で、額の汗を拭う。

失敗せずに済んで安心したようだった。

 

「ふぅ。

じゃあ次は、っと」

 

ボータの体に黒い文様が刻まれる。

ロディルは、フーディーが現実世界に干渉できる力をボータに与えたのだと悟った。

ここでフーディーは、ミスリルソードをボータの足元に落とす。

わざとではない。

落としてしまったのだ。

ボータは、背後のフーディーに向けて殺気を放っている。

体は動かせずとも、抵抗はできるようだった。

そのため、フーディーは思わず手の力が緩んでしまった。

ボータは足元に魔法陣を展開した。

術の攻撃対象は、やはりフーディーだ。

焦りながらもフーディーは叫ぶ。

 

「俺に攻撃するなぁっ!!」

 

ボータの足元の魔法陣が消えた。

 

「…ここはどこだ。

それに、お前の目的は何だ」

 

低い声でボータは尋ねる。

背後にいるとはいえ、うかつに手を出せないほどの落ち着きようだ。

だが、フーディーはボータの体がいまだ動かない様子を見て内心ホッとしていた。

 

「へっ、慌てさせやがって。

ここは大樹の中だ。

俺の目的だ?

大樹の精霊になったマーテルをぶっ殺すんだよ。

お前と一緒にな」

 

さすがのボータも自身が死んだときと状況が大きく変わったため、困惑した態度を見せる。

 

「ここが大樹の中だと…?

それに精霊…マーテル様!?

どういうことだ」

 

フーディーは、ボータの言葉には答えず命令する。

 

「もういいだろ。

剣を拾え、ボータ」

「ぐっ、体が勝手に…」

 

ボータは言われるがまま床に落ちているミスリルソードを屈んで拾った。

ロディルは、敵に報連相の義務は無いだろうが、念のため聞いておく。

 

「何をしたのですかな?」

「ぐははは!

暗示だ。

おめぇの泣きっ面を見るための下準備だよ!

仕上げだ!!」

 

フーディーが、ボータの後頭部を掴む手に力を込める。

ボータの額に数本の筋が浮かび上がる。

 

「うっ!

おっ…おおおおおおおっっっ!!!」

 

ボータは白目を剥く。

ほくそ笑むフーディー。

ボータはミスリルソードを持つ手に力をこめてロディルを睨みつける。

ボータから殺気が放たれて、ロディルは冷や汗をかく。

フーディーは後頭部を掴んだ手を離す。

殺気を向けられながらも、ロディルは科学者的な好奇心からフーディーに質問する。

 

「仕上げの内容を聞いてもよろしいですかな?」

 

また、質問してくるロディルの態度にフーディーは嘲笑した。

 

「おいおい、遺言がそれでいいのか?

今ボータには強い暗示をかけた。

ロディル、お前を殺さねぇと死の恐怖がこいつにずっと襲い続ける暗示をよ。

いがみ合っている人間もハーフエルフも共通して恐れるのが死だからなぁ。

ぐはははっ!!」

 

フーディーは大きく笑う。

ボータを暗示で操り、ロディルと戦わせるようだった。

ロディルは再度確認する。

 

「私と戦わねば、死の恐怖が襲い続けるのですか?」

「ああ、そうだ。

ボータが暗示から解放される条件はただ1つ。

お前が殺されることだよ。

見せてもらうぜぇ、レネゲードとディザイアンのいがみ合う醜い姿をよ」

 

だが、ロディルはフーディーの言葉を聞いてきょとんとした。

ニヤニヤとするフーディー。

 

「どうした、現実が受け入れられないような顔してよ。

まさか五聖刃ともあろうロディル様が、ぶるっちまったのか?」

「ふぉっ…」

 

ロディルは小さく言葉を漏らす。

フーディーには、漏れた言葉が弱々しく感じられた。

だが、その言葉は徐々に大きくなっていった。

 

「ふぉっふぉ…。

ふぉっふぉっふぉ。

ふぉーーーーふぉっふぉっふぉっっ!!」

 

腹を抱えて笑い出すロディル。

そんな科学者の様子を見てフーディーは、ため息をついた。

 

「暗示をかけられたわけでもあるまいに、恐怖でおかしくなっちまったか。

つまらねぇ最期だな。

まあいい。

ボータ、ロディルを殺せ」

 

ロディルは涙が出るほど笑ったのか、目じりを指で拭う。

ボータは、いまだミスリルソードを持つ手に力をこめたままだ。

行動に移さないためか、最悪な暗示が効いているようで低くうなりながら唇を噛みしめている。

嚙みしめたときに切ったのか口の端から血を垂らしていた。

ロディルは、フーディーに話す。

 

「いやはや、確かに指摘された通りですぞ。

ワシは、現実が素直に受け入れられなかったようです。

まさか、あなたが暗示をかける相手のことを碌に調べもしない愚か者だなんて」

「は?」

 

フーディーは疑問を口にするも、単におかしくなったロディルの狂言だと判断する。

ロディルは続けて話す。

 

「レネゲードはネズミのようにこそこそ隠れ、ときに堂々とエクスフィアを回収していくような大胆かつ厄介な組織なのは、さすがにご存知ですかな?

ワシは絶海人間牧場で起きたことをつい最近、録画ビデオで目にしたのですがね」

 

ロディルは、ボータに視線を向ける。

 

「2人の兵を率いるその男…。

私が閉じ込めた神子一行を逃がすために、自分達の命を投げだしたのですぞ。

何の縁を感じてそうしたのかまでは分かりませんが…。

死んでしまっては、探求心に従い知識を広め深めることも、結果を得て心を満たすことも出来ません。

私から言わせてもらうと、そいつらはあふぉですな」

 

フーディーは、ロディルの意図が分からずイライラしている様子だ。

 

「…何が言いてぇ」

「いやいや、ですからね―――」

 

ロディルが言い切る前にボータが動き出した。

ぐるりと体を反転させ、手にしたミスリルソードを頭上にかかげる。

ビキビキと腕に筋が浮き出ている。

 

背後にいたフーディーは、目を見開く。

ボータはそのままミスリルソードを振り下ろした。

ユアンがフーディーの胸につけた横一文字の傷と交差するようにして、胸から腹部にかけて切り裂いた。

 

「ぎゃああああああああっ!!」

 

十字傷から血が飛び散り、絶叫するフーディー。

ロディルは、すっかり笑顔が消えて嘆息する。

 

「他人のために自分の命を投げ捨てれるその男が、死の恐怖を乗り越えられないはずがないでしょう。

やれやれ、奴の調査不足は笑えましたが、分かりきった結果などつまらないですな。

これなら、新作魔道具の試運転でもしている方がよっぽどハラハラするわい。

…む?」

 

まだ倒れていなかったフーディーは、切られたあとに腕を振るう。

そこには空間の裂け目が出来た。

フーディーは、ボータの腕を掴む。

すると、ボータの体にできた黒い文様が消えた。

現実世界に干渉できる力を解いたのだ。

 

「は…はなれろおおおおおお!」

 

フーディーは恐怖のためか、慌てるようにしてボータを空間の裂け目へと投げ入れた。

直後に空間の裂け目は閉じた。

フーディーは、地面へとうつ伏せに倒れこむ。

余程ダメージを受けたようで、地面に顔をくっつけたまま荒い呼吸をして肩が上下していた。

すると、フーディーの耳元に床を鳴らす音が聞こえてくる。

冷や汗ダラダラのフーディー。

足音は頭の先で止まった。

 

「ふぉっふぉっふぉ。

もう、こと切れる寸前ですかな?

駄目ですぞ、頑張りなさい。

あなたにはまだやれることがあるはずですぞ」

 

ロディルの無慈悲な声援を聞いたフーディーは、今の言葉が決してソウルイーター側に寝返る発言ではないと分かっている。

だからこそ、おぞましい意味に捉えられた。

 

「あなたがさっき作り出した裂け目とか、魂を貯蔵する体の構造とか是非とも知りたいですなぁ」

 

ねっとりとした言い方だった。

フーディーは、2人の男がつけた傷のせいで、もう立ち上がる気力すらない。

ロディルからの追撃を恐れたフーディーは、生きたいという本能に従い言葉を紡ぐ。

 

「く、空間の裂け目は…移動手段だ。

今出したのは、大樹の外に繋げて…」

「おお、そうでしたか。

便利な技をお持ちのようですな。

情報提供感謝いたしますぞ。

それでは、魂を貯蔵する体の構造はどうなっていますかな?」

「こ、構造だ…?」

 

フーディーの疑問に思う言葉を聞いて、ロディルは手を前に出して制す。

 

「確かに、自分の体内の構造を知ることは出来ませんね。

いやはや、失礼いたしました。

うーむ、ですが困りましたな」

 

ロディルの顔は全然困った様子などなかった。

 

「やはり、内部構造は本人ではなく他者が知りえるもの。

これでは解剖するしかありませんぞ。

状況を考えると控えるべきかもしれませんが、こんな興味深い実験材料が目の前にいては、我慢が出来ないのも仕方ないというもの。

私に残された時間も少ないですが、これは消えるまで科学者の血に従い続けるしかありませんぞ。

死んでも生涯探求…何と素晴らしい言葉でしょう。

それにまぁ…」

 

ロディルは背後をちらりと見る。

 

「あちらの戦いも終わりのようですし、今がチャンスですな。

(クヴァル殿が倒れていますが、消えてないならまあ大丈夫でしょう)」

 

フーディーに向き直る。

 

「さて、準備はよろしいですかな?

ふぉっふぉっふぉ」

 

嬉々とした目で語るロディル。

フーディーは、このままでは死を超える恐怖を味わわせられるのではないかと怯えていた。

 

 

 

 

△△

 

 

 

 

【大樹の外】

 

空間の裂け目から大樹の外へと放り出されたボータ。

地面の上を転がり、やがて止まる。

 

「ぐっ…」

 

手で地面を押して立ち上がる。

暗示は解けつつあるようで、額に浮いていた筋も沈んでいく。

白目の中にも黒色が灯る。

ボータの目の前には、小さな大樹があった。

神聖な雰囲気を醸し出す大樹を見て、先程のフーディーの言葉を思い出す。

少なくとも、どちらかがマナの枯渇する2つの世界の危機を回避しているだろうことは想像できる。

ボータには、ディザイアンやクルシスはどうなったかは分からない。

生前、ロイドに『真の意味で、世界再生の成功を祈っている』と伝えた。

その時のボータは、大樹復活のためにはマーテルを永遠の眠りにつかせることが必要条件だと考えていた。

 

(我々の目的は成就したのか…?

しかし、あの男の発言は…)

 

フーディーは大樹とマーテルの存在を口にしていた。

両立などできないはずだった。

 

(マーテル様…ユアン様…)

 

ボータは、過去を振り返る。

ある日、ボータはユアンに同行していた。

ユアンの体から何かが落ちる。

指輪だった。

拾いあげるとき、不可抗力でそこに刻まれた名を知った。

声をかけると、ボータが持つ指輪を見て珍しく慌てる様子のユアン。

大切なものであることは誰でも分かるぐらいだ。

ユアンのことを思うと、想い人である存在が消えることは穏やかとは言えない。

出来れば末永く結ばれて欲しいと思っていたが、世界のためにマーテルを眠らせるという覚悟を決めた主の意思も最もである。

しかし、状況は予想出来なかった展開になったようだ。

 

(先ほどのやつの言葉を信じるなら…だが)

 

現実に引き戻されるようにして、背後で魔物の声が響いた。

警戒して振り返り、驚くボータ。

 

「ユアン様…」

 

そこには、ダブルセイバーを振るい魔物と戦うユアンの姿があった。

多対一の状況だ。

ボータは、助太刀しようと目の前にいる魔物を掴もうとするがすり抜ける。

この時、死んだ魂である自分は戦いには参加できないことを悟った。

 

ボータは主を見る。

ユアンとの付き合いは長い。

言葉を発する前から、体の些細な動きで意思が分かることも多い。

そのためユアンの立ち回りを見て、大樹を守るために戦っていることは容易に理解できた。

 

(大樹の存在が事実であれば、マーテル様も…)

 

経緯は全く把握できないが、ユアンがそこにいることは大樹だけではないとボータは思った。

それだけではない、と思いたかったのもある。

理由はユアンを思うがためだ。

魔物の数は多いが、ユアンのばっさばっさと切り捨てる様子からかなり圧倒しているものと思われる。

主の隣に立てない自分に腹を立てながらも、状況を受け入れた。

 

(ユアン様であれば、大丈夫だ)

 

そう考えると、ボータの姿が薄くなっていく。

自身が死んだ魂であることを知っているボータは、現在の自分の体に起きた変化がどういう意味かを理解する。

冷静に、あの世へ行くことを受け入れる。

 

その時、ユアンの背後にいたドラゴンが回転して尾を振り回す姿がボータの目に映った。

咄嗟に叫ぶ。

 

「後ろですぞ!!」

 

ユアンは屈んで尾を躱し、ダブルセイバーを振るってドラゴンを切りつけた。

悲鳴のような声をあげながら、地面へと倒れるドラゴン。

ユアンは、大樹の方へ目を向ける。

 

「……ボータ?」

 

視線の先に、声の主と思われる人物はいなかった。

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