イセリア人間牧場奮闘記 before&after 作:あるいてごろりと
【大樹一階層(右)】
フォシテスが裂け目から放り出される。
地面へと落ちる前に体勢を整えて、着地する。
そばには、床に寝たままのクヴァルがいた。
「フォシテス…?
マグニスはどこにいるのですか…」
フォシテスは、頭上の閉じつつある空間の裂け目を睨みつける。
「クヴァル、説明はあとだ。
アイトラが上の階にいる。
敵もだ」
クヴァルは、驚いた様子で話す。
「アイトラが…」
離れた位置にはプロネーマが杖を支えにして座り込んでいる。
命に別条は無いが、クロドレとの戦いが応えていた。
先程のフォシテスの声が、彼女にも聞こえたようで彼に質問をする。
「まだ、敵がいたのかえ?」
「ああ」
眉根をよせるプロネーマ。
知らぬ間に敵の侵攻を許したことが腹立たしく、また自身の責任を感じている様子だった。
クヴァルは、辺りを見渡す。
遠くでは、ロディルがいる。
「フォシテス、あなたの無線機を貸してもらえますか?
ロディルを呼びます。
敵の数は?」
フォシテスは耳に装着していた無線機をクヴァルに投げて渡した。
「2人だ。
内、1人は人の姿をしていなかった」
クヴァルは耳に無線機を取り付けつつも、まだ敵が2人いる状況を考える。
開戦前の打ち合わせでプロネーマより聞いていた話では、マーテルが侵入してきた敵を人数を彼女の力で分散させるということだった。
実際、ソウルイーターは3人同時に現れることは無かったのでマーテルの策は上手くいったものだとクヴァルは思っていた。
だが、明らかに事前に把握していたよりも多くの敵がこの大樹の内部にいる。
クヴァルが思い出すのは、フーディーが魔物の魂を取り出していた様子。
(魂を食らうだけでなく、自身の腹の中にストックできることは分かっていたのですが…)
クヴァルは苦虫を嚙み潰したような表情になる。
クロドレが空間の亀裂に投げ入れたものが、二階層の敵だったと推測したためだ。
明らかに違和感ある行動を読み取れなかったことを恥じた。
(あの時、プロネーマに二階層へ戻るよう伝えるべきだったか…!)
だが、今となってはどうにもならない。
現状の対策に努めなければならないとクヴァルは思いなおした。
「急ぎましょう」
フォシテス達が階段を目指そうとしていると、空間の裂け目が上空に現れる。
そこからヴァーリが飛び出して地面へずしりと重そうな音を立てて着地した。
身長はフォシテスよりも倍近い大きさであるヴァーリが近くに立つ。
空間の裂け目は、徐々に閉じていった。
ヴァーリがその階層にいるメンツを眺める。
《ほう、向こうにはロディルとフーディーがいるな!
お前ら皆五聖刃か!?
4人しかいねぇようだが。
さっそく楽しませてもらうぜ!》
ヴァーリが腕を振るい空間の裂け目を作る。
もう一つの裂け目はプロネーマの背後に出現した。
腕をその中に入れると、プロネーマの肩に触れる。
プロネーマはすぐに杖を使い打ち払った。
ヴァーリは手を引っ込める。
《おっと!
反応が良いな。
ソウルイーターの力が俺に言うのよ。
お前を抑えておけってな。
自分の変化に気がついたか?》
「何を言うておる。
…これは」
プロネーマがある事に気がつく。
魔術が使えないのだ。
それにワープもできない。
ヴァーリはニヤニヤと笑みを浮かべる。
《加護の力を消しといたぜ。
お前はもう戦えねえ》
言い終わるとほぼ同時に、ヴァーリは腕を振るう。
自身の目の前に空間の裂け目が1つ作る。
だが、他にもフォシテスの周囲にいくつもの空間の裂け目が現れた。
ヴァーリは、天井に向って大口を開けると黒いエネルギーを溜め始めた。
自身の目の前の亀裂にエネルギー弾を打ち込もうとしていることをフォシテスは理解した。
(先程のプロネーマへの攻撃を考えると、私の周囲にある亀裂のどこかから攻撃が来るのだろうな)
だが、フォシテスは構わずヴァーリに向かって走り出した。
ギョッとしたヴァーリが、即時にエネルギー弾をキャンセルした。
《躊躇なさすぎだろ!!》
目の前の空間の裂け目に右腕を殴りこむようにして通す。
フォシテスの周囲の空間の裂け目の1つから、ヴァーリの右腕が突如現れた。
場所はフォシテスの右側からだ。
右目が眼帯であるフォシテスの死角を狙ってきた一撃。
だが、難なく躱された。
そのまま速度を落とすことなく、ヴァーリとの距離を詰める。
《ちぃっ!!》
ヴァーリが今度は左の拳を直接フォシテス目掛けて放つが、魔導銃の側面を拳に当てて受け流された。
ヴァーリの拳が地面に当たった瞬間、フォシテスは魔導銃で拳をはじく。
体勢が崩されたヴァーリは、そのまま転倒し始める。
自分の体が地面に接触するまでのわずかな時間、ヴァーリはとても時間がゆっくり流れるように感じていた。
それは命の危機感からだった。
フォシテスが魔導銃をヴァーリに向けていた。
《おいおい…》
発射音が響く。
フォシテスの放った光線は、ヴァーリの腹を貫通した。
ヴァーリは自身の腹を見て、自身の命がもう間もなくであることを悟った。
《まだこれからだったのによぉ!
もう…終わりかよぉぉぉ!!》
ヴァーリが戦闘不能になったことをフォシテスは確認していた。
「こちらは急いでいるんだ」
ヴァーリは、瀕死の状態だった。
体が少しづつ分解されていく。
だが、巨体から急に濁った泥水が広がった。
大量の泥水は、一気に一階層を埋めていく。
水量も相当なもので、フォシテスの腰より上まで届いていた。
「くっ…!」
フォシテスと同様、プロネーマとクヴァルも予期せぬ事態に警戒した表情になる。
問題はここからだった。
一階層を張った濁った泥水は粘度が高かった。
固い木の年輪の床も柔らかい泥に変換されており、足を踏ん張って進むことが出来ず身動きが取れない。
何処からともなくヴァーリの声が聞こえてくる。
《全く、またあっさりやられちまったじゃねえか。
けど、今回は違う!
只じゃ終わらねえ!
この階層の作りを少し変えさせてもらったぜ》
最初は悔しそうなヴァーリが、徐々に愉快そうな声になっていく。
《生きている頃に想像したもんだぜ。
トイズバレー鉱山に土砂が流れ込んだらどうなっちまうのかってな。
まさか、あのシミュレーションが今に活きるとは思わなかったが。
だからよ、ただの泥沼を出しただけだ。
溺れなきゃ、命の危険もねえさ。
だが、お前らを足止めするには十分だ。
そう、十分なんだ》
今度は自分に言い聞かせているような声だった。
《なんせ、あの五聖刃相手に時間稼ぎをしているんだからな。
生前に比べれば、大きな功績を残したと言えるだろうぜ。
満足だ、あとは仲間に託すぜ》
やがて、ヴァーリの声は聞こえなくなった。
フォシテスは『エアブレイド』を泥水に向けて放つ。
だが、風の刃は重たい泥を割っても細い筋しか作れない。
その上、またすぐに泥は元の形に戻ってしまった。
(これでは、サイクロンやエアスラストでも無理か…)
風の魔術では、泥水を消し飛ばすことは不可能と判断する。
プロネーマは、ヴァーリのせいでワープが出来ない。
ロディルなら足場を作れるのではないかとフォシテスは思ったが、随分と遠くにいてあれでは狙いが定まらない。
フォシテスは、深く息を吐きだす。
冷静に努めることにした。
(私だけでは…無理か)
自身の力だけでは、状況を好転できないと理解したフォシテスは近くにいるプロネーマに声をかける。
「プロネーマ、アイトラの救援にすぐにでも向かいたい。
知恵を貸してくれないか?」
フォシテスの真剣な眼差しに込められた想いをプロネーマは感じ取った。
彼女の表情が柔らかくなる。
「やっと人を頼ることを覚えたのかえ?」
「…ああ。
死んでやっとだ」
生前フォシテスは自分の身の丈に合わない仕事量を自身の力でこなそうとしていた。
後にプロネーマに指摘を受けて分担したが、自分から彼女に頼ったのは初めてのことである。
プロネーマは、クヴァルに指示を出す。
「クヴァル、ロディルと無線をつなぎ状況を伝えよ!
もしサボっている場合、現状打破の案を提示せねばそれ相応の仕置きを与えるともな」
クヴァルは、急いで無線を入れる。
「ロディル!
聞こえますか!」
返答の声はすぐに届いた。
『その声はクヴァル殿ですかな?
この泥水はいったいなんなんですか。
少し流されましたし、器具が汚れましたし、こんなんでは実験をしようにも出来ませんぞ!』
プロネーマの言った通りサボっていたようだが、一先ずクヴァルは状況を話す。
『なるほど、上の階にはまだ敵がいるのですか。
これはやられましたな。
時間が惜しいのに、泥水などで足止めを食らっていては…』
「ええ、ですからクヴァル。
どうにか対応できないでしょうか」
プロネーマはどこまで思っているか分からないが、クヴァルもロディルが手段を持ち合わせていることに期待した。
直接解決につながらなくとも、きっかけになるアイディアが出てもいい。
1人で対応できないのであれば、相談して複数人で意見を出し合った方が早くに対処できるかもしれない。
少し間があったあと、クヴァルの耳に取り付けた無線機からロディルの返事が聞こえた。
『うまくいく保証はありませんが、他の方に足止めしてもらうのはどうでしょうか』
クヴァルは耳を疑った。
その足止めできる者はどこにいるかピンとこない。
「まさか、上の階に置いてきたあの少年にですか?」
クヴァルやロディルと一緒にいたときの少年は加護を受けていない魂であった。
要するに、敵からすれば無抵抗な草食動物のようなものである。
ロディルが少年を足止めに使う気ならば、もはや卑怯に加えて外道な科学者である。
いや、もしかしたら元々卑怯で外道な科学者なのかもしれない。
だが、続くロディルの言葉は、クヴァルの予想とは違っていた。
『ふぉっふぉっふぉ。
いえ、違いますぞ。
私のそばに動けないソウルイーターがいましてな。
腹の中に取り込んだボータを出してきたのですぞ。
今はもういないですがね。
ですから、クヴァル殿。
まだ腹の中に戦える者がいるのであれば、その者達に足止めをお願いしようと思うのですがいかがですかな?』
クヴァルは悩む。
本当にソウルイーターが魂を腹の中に蓄えているのか、それに移送手段はどうなるか。
不確定要素が多い。
だが、悩む時間すら惜しい状況だった。
「分かりました、ロディル。
私に出来ることは?」
『良い返事ですぞ。
これは何の保証も無いのですがね。
魂をクヴァル殿の方へ飛ばしますから、誘導してやって欲しいですぞ』
「…うまくいくでしょうか」
クヴァルは不安な様子で尋ねた。
先ほどからプロネーマの刺すような視線のせいで焦りが出てしまう。
『科学者は、何度も実験に失敗するものですぞ。
しかし、日ごろの失敗はいざという時の糧になります。
やれることが限られているなら、あとは進むのみでしょう』
見切り発車もいいところである。
だが、クヴァルはロディルの言葉が妙に頼もしく感じられた。
「合図をお願いします」
『ええ、ではまたあとで』
話が終わる流れだったが、クヴァルは付け足した。
「あと、失敗すればプロネーマから仕置きがあると思います」
『…冗談にしては笑えませぬな。
いや、ほんと…』
無線は途切れた。
クヴァルは、フォシテス達に状況を話す。
まずは、ロディルのアイディアを試したいとクヴァルは2人に主張した。
フォシテスとプロネーマは、承諾する。
プロネーマの失敗したら何してくるか分からない視線にクヴァルは内心不安に思いつつも、3人は待機することになった。
△△
【大樹二階層(右)】
~クヴァルとの無線後~
ロディルはすぐそばにいるフーディーに向き合っていた。
フーディーは無線を聞いていたようだ。
先程からニヤニヤとした表情でロディルのことを見ている。
「面白え話だがよ、俺が素直に従うと思うか?」
「ふむ、1つ聞いてもよろしいですかな。
腹の中にある魂を数十m向こうの階段入り口まで吐き出すことは可能でしょうか?」
フーディーは、愉快そうに返答する。
「おう、そうだな!
できるともよ。
外のユアン相手にもやったんだけどよ。
遠くまで吐き出せなきゃ、一気に大量の魔物の魂を出現させられねぇからな。
皆、一か所に出したらぺちゃんこになるだろ?
で、俺が素直に従うと思うか?」
フーディーは、瀕死に近いにも関わらずロディルの決意をくじかせることを楽しんでいる様子だった。
だが、当の本人はフーディーの態度などお構いなしにどこにしまっていたのか、ポケットに入るようなサイズの薄いケースを取り出した。
今度は逆にフーディーが尋ねる。
「それは何だ?」
「これは『ウイングパック』というものですぞ。
まぁ、改良版ですがね」
ロディルはウイングパックからジュラルミンケースを取り出し、その中にしまっていたヘルメットを手に取った。
そのまま口以外動かせないフーディーの頭に被せる。
ロディルに乱暴な言葉が飛んでくるが、彼の言葉を1つ聞いて押し黙った。
「静かになさい」
フーディーの口が開かなくなる。
(な、なんだこりゃ。
口がいうこときかねぇ。
っていうか、ロディルの言うこと聞いてんじゃねぇ!)
自分の口をまるで他人のように怒るフーディー。
少しすると、口が開き声に出た。
「っぷはぁ!
さっきのは一体何なんだ!?」
ロディルは顎に手を添えて、フーディーの様子を見ていた。
「ふむ、時間は十数秒といったところですかな。
我々は少しばかり顔を合わせて対話をしただけの仲。
意識を共有したのは、せいぜいイルカについてどう思うか程度。
飲みにケーションをとった他の五聖刃のメンツほど親睦を深めたわけではないため、『日の目を見なかったヘルメット』の効力は彼らと比べて百分の一以下ですが…。
まぁ効力といっても、要するに命令を効く時間が短いだけ。
指示を出す時間が長くても影響ないはずですから、何とかなるでしょう」
ロディルの言うことが理解できないフーディー。
怖いのは、何も分からないのに淡々と作業が進められていくことだった。
「それでは、ソウルイーターよ。
私の言葉を腹の中にいるであろう魂達に伝えなさい」
ロディルはフーディーに話す。
現在、女神マーテルは歴代の神子達と魂を共にしている。
そんな彼女らが危機的状況に陥ってしまっている。
もし彼女達を救いたいと少しでも思うのであれば、戦える力を持つ者に限って外に出て協力して欲しい、と。
「ソウルイーターよ、あなたに加えて言いますぞ!
今先ほど話した条件に当てはまる魂を向こうのクヴァル殿達の元へとその口から吐き出しなさい!!」
フーディーはこらえようとしていたが、一度喉元を鳴らすと途端に表情が一変した。
えづきだして何かを吐こうとしている。
(ち、ちくしょう!
腹の中にいる、いくつかの魂が暴れやがる!!
く、苦しい!!)
やがて、その時は訪れる。
フーディーが5つの手のひらサイズの球体である魂を口から吐き出した。
ロディルは泥水の中で小さくガッツポーズをとる。
あとは、うまく放物線を描いて数十m先まで飛んでいけばいい。
だが、吐き出した瞬間にフーディーは最後の力を振り絞って黒くて丸い玉を1つ吐き出した。
黒くて丸い玉は、すぐに鳥型モンスターであるホークへと姿を変える。
ホークは、イセリア周辺にいる大型の鳥だ。
しかし、状況を打破するには十分な存在である。
フーディーは指示を出した。
「前を飛ぶ魂を全てはたき落とせぇ!」
ホークが目標を定めて、突進をかける。
(俺の本能が告げてきやがる!
この魂達を送っちゃならねぇ!)
傍にいたロディルは初級魔術でホークへ攻撃することを試みるが、魔術の発動よりもホークが5つの魂に追いつく方が早かった。
足のかぎ爪でまとめて魂達を傷つけ落さんとする鳥が迫ってくる中、1つの魂の動きに変化が起きた。
急ブレーキをかけ、ホークに向って体当たりをしてきたのだ。
ホークは弾かれたのち、慌てて翼をばたつかせて落下しないように体のバランスを取る。
フーディーは、驚きつつも体当たりをしてきた魂を睨みつける。
(あの魂は…!
110年前、俺が夜襲をかけたときに神子と一緒にいた剣士!
ちくしょう!
ここぞとばかりに邪魔しやがって!
味がまずいからって、貯蔵庫に入れずに消化してりゃ良かった!)
力を使い果たしたのか、体当たりをした魂は落下していく。
ロディルの近くの水面に触れると、ずぶずぶと底の方に沈んでいった。
「ストーンブラスト!」
行使した魔術により、ホークは自身の真下より発射された石の礫をもろに食らい消滅する。
ロディルは、射出された残り4つの魂達の様子を見てあることに気が付く。
冷や汗が首筋を伝う。
振り返り、フーディーを見ると徐々に体が崩れている。
ユアンとボータによってつけられた傷によって限界を迎えていた。
ロディルは、そんな状態のフーディーに文句を言う。
「あの魂達に加護はついていないのですか!?」
現実世界では死んだ魂は生きている者に干渉ができない。
しかし、精神世界でもある大樹の内部であれば、加護がなくとも物や人に触れることはできる。
だが、マナを利用する行動ができない。
つまりは、魔術が使えない。
4つの魂が、都合よく肉体のみで戦う者とも考えにくい。
フーディーは、ざまあみろと言わんばかりの顔でにやつく。
「頼まれてもねぇからな。
物忘れを俺のせいにするんじゃねぇよ。
計画は失敗か?
ぐははは!
無駄骨…だった…な…」
限界に達したフーディーの体が真っ黒になり、ボロボロと崩れていく。
拳を握りしめるロディル。
だが、まだ可能性が消えたわけではない。
送った魂達は戦えなくとも、足止めぐらいは出来るであろうからだ。
ロディルは、クヴァルに無線を入れる。
「そちらに4つの魂を放ちました。
二階へ送るようにフォシテス殿へ伝えて欲しいですぞ!」
ロディルが言い終えると、4つの魂に眩い光が灯ったのが見えた。
「あれは…もしや加護の光ですかな。
となると、マーテル様が…」
△△
【大樹三階層】
~フーディーが魂を射出した後~
(急がないと!)
ベッドで横になっていたマーテルは、下の2つの階層の状況を把握し、すぐに近くの椅子の上に置いてあるエクスフィアがはめ込まれた本に手を伸ばした。
体が本の中へと吸い込まれていく。
目を開くと、マーテルは石作りの部屋にいた。
室内は薄暗いため、壁にかかるランタンの明かりの存在が妙に頼もしい。
背後には転送装置が設置されておりここから元の場所に戻れることが察せる。
他に部屋から移動できそうなのは、真向かいにある木製の扉だけだ。
マーテルは、しんどい体にムチを打つ。
壁に手を添えて少しずつ木製の扉へと歩んでいった。
本の中は時間の影響を受けないことはロディルの記憶を見て把握していたが、それでも彼女なりに急いで進んだ。
扉を開くと、そこの空間は壁や床材が木造となる一室であった。
室内には、同じ作りの椅子と机が何台も綺麗に並べられている。
全ての机と椅子の向きと配置は、壁の一面へと向かうようになっていた。
その一面には、緑色に塗られた板が貼り付けられている。
手前には、教壇と思しき台もある。
また、部屋の両側には風通しを良くするためか窓がいくつもついていた。
出入り用の引き戸が同じ壁面に二箇所あり、奥は細い廊下になっている様子だった。
(ここは…学校のようね)
マーテルが目的の人物を探そうとキョロキョロ見回すが、視界には入らない。
目を閉じて耳を澄ますと、かすかな呼吸音が聞こえた。
(確か、ロディルの記憶では…)
机に手を置きつつ、体をやっとの思いで進ませる。
教壇近くまで来ると、より呼吸がはっきりと聞こえてきた。
マーテルは、黒板と教壇の間まで足を運ぶと、シーツの上で眠っている少女に出会う。
長い金髪は後ろで束ねられていた。
「スピリア…」
マーテルは、少女の姿を見て安心したが、緊張感が少し抜けたためとしんどいのもあって床に膝をついて座り込む。
自分の胸に手を置くと、そこから小粒の光る丸い玉を取り出す。
スピリアの五分の一の魂だ。
その魂を寝ているスピリアの体に入れる。
魂は音もなくすんなりと彼女の中に浸透していった。
「う…ん…」
スピリアが目を覚ます。
魂が1つになったことで、機能不全が治り意識が戻ったのだ。
ぼーっとした顔で起き上がるスピリア。
彼女の前には、座ってこちらを見てくるマーテルがいた。
「マーテル…様?」
スピリアは名を言いつつ、何で女神が彼女だと分かったのか理解できずに混乱した。
これはスピリアの五分の一の魂が関係している。
スピリアの小さな欠片の魂は、マーテルや歴代の神子達と同化していたため彼女たちの記憶を共有していたのだ。
記憶を持った欠片の魂は、残り五分の四の魂と一つになることでスピリアが生前経験していないことでも把握することができた。
「目覚ましたか、スピリア。
取り急ぎ、あなたに伝えたいことがあります」
マーテルの声を聞きながら、スピリアは呆けたように見ていた。
(綺麗な方だなぁ)
そう思うスピリアにちくりと頭痛が走る。
最初、寝起きのせいかと思ったがそうではなかった。
徐々に彼女の中に、記憶が蘇ってきたのだ。
それは、生前彼女が魂を分断されたあとの記憶だ。
傍から見れば、動けない状態で意識など無いように思えるスピリアだったが、実はそうでは無かった。
心を捧げるというクルシスの輝石が最終段階まで進んだ神子と同様、五分の一の魂になり意識が無いように見えても彼女は外部の音を耳にしていたのである。
小さな彼女の魂が、生きることにもがいていた結果だ。
彼女の頭の中に、旅の最中に仲間からかけられた言葉が巡る。
それは、スピリアが魂を奪われたのち、簡易的な手製の担架で運ばれている最中だった。
『スピリア様、簡素な作りの物で運んで申し訳ない』
『ワシら、モノづくりの経験が浅いんじゃよ』
『出来るだけ揺らさないよう運ぶので、どうかご勘弁を』
『なんなら、乗り心地の文句でもいいから何か言ってくれんかのう』
それは、旅の途中で魔物に襲われたときだった。
『魔物が来たから、ここで休んでくだされ』
『ちょいと数が多いようじゃな』
『傭兵さんがいてくれればのう』
『なんなら、6人で…。
いや、すみませぬスピリア様』
それは、夜も深まり冷たい風が吹きすさぶときだった。
『スピリア様、寒くありませんかのう』
『焚火が小さいじゃろうか』
『もっと火をおこしてあったかくせんといかんわい』
『なんなら、ワシらは風上にでも座るかのう』
それは、ボロボロの祭司服の男達が食事をしているときだった。
『食料が少なくなってきたのう』
『6人で食べてた頃が懐かしいわい』
『あの頃は食事が美味しかったものじゃな』
『なんなら、夢でもいいから皆でご飯を食べたいわい』
それは、救いの塔でのときだった。
『スピリア様を連れて帰らねば!』
『あやつを近づけてはいかんぞ!』
『スピリア様を守るんじゃ!』
『なんなら、ワシが囮になるからその隙に攻撃するんじゃ!』
スピリアは俯いてボロボロと涙をこぼしていた。
負担をかけた申し訳なさと、動けない自分を最後まで見捨てないでいてくれたことへの感謝の気持ちが、胸の内で混ざり波打つ。
やがて、目元を袖で拭ったスピリアは顔を上げ、心配そうな表情をするマーテルを見る。
「私、もう姪がいるんですね」
アイトラのことだった。
スピリアの魂の一部は、全ての神子やマーテルと同化していたため、記憶の共有が出来ている。
そして、アイトラの現在の危機的状況をも把握出来た。
さらに、アイトラの生前の記憶をも共有し、当時の生活を鮮明に思い浮かべることができた。
場所はイセリア。
まだ再生の旅は随分先となる幼いアイトラの頭を撫でて可愛がる男性がいた。
アイトラは、その男性に向けて笑顔を向けている。
彼女の父親だ。
傍らには、微笑む母親もいる。
幸せに包まれたような親子の姿が、そこにはあった。
父親は、周囲の村人からピッテウスと呼ばれていた。
スピリアは、自身の生前の記憶を辿る。
村を出発する時のことを頭に浮かべた。
お腹の膨らんだ陽気な母から聞いた話を思い出していたのだ。
スピリアの弟となる子の名前もピッテウスであった。
スピリアは思考する。
(弟とも直接会ったことすら無いけれど…)
しかし、スピリアは旅立つ前に母のお腹にいる弟に願った。
普通の人生を過ごして欲しい、と。
弟は、一時でも幸せな家庭を築くことが出来た。
結局、娘は再生の旅に出てしまったけれども。
だが、魂だけの存在とはいえ、愛娘の命が脅かされているのなら、弟はどんな手段を使ってでも救いたいと願うはずだ。
(それに、私だって姪を助けたい!)
決意したスピリアは、目の前のマーテルに尋ねる。
「マーテル様。
どうすればいいか、教えてください」
スピリアの言葉を聞いて、マーテルは重苦しく話し出す。
彼女にこれからやる事を強いらなければならないからだった。
「今、4人の魂が危険な環境にも臆さず、助太刀に入ろうとしてくれています。
お人好しで勇敢な4人の魂の波長は、ほとんど同じなのです。
血縁者…兄弟なのでしょうね。
彼らの癒しの力を必要としています。
私は、彼らに術を行使してもらうためにも加護を与えなればならないのですが、マナが足りません…」
「祭司様達が…」
マーテルは、こくりと頷いた。
スピリアは、先ほどまでマーテルや歴代の神子達と同化してた魂の記憶を引き継ぎ、現状をすでに把握している。
しかし、インプットされた情報量が多くて彼女一人では方針が定められなかった。
そのため、マーテルとの会話をすることで、やるべきことが分かった。
スピリアは手をマーテルへ差し出す。
「マーテル様、私の全てを使ってください!
私…再生の旅では出来ないことばかりでした。
だからせめて、身近な方達の力ぐらいにはなりたいんです」
決断は早かった。
16歳の少女にこれから与えなければならないことは、普通は過酷なことである。
蘇った意識を再び消失しなければならないからだ。
それでも、スピリアは澄んだ青い瞳でマーテルのことを見ていた。
迷いは無いように見えた。
ただ一つだけ、スピリアは胸の内で謝罪した。
(勝手な判断をしてごめんなさい。
でも、祭司様達の癒しの術は…必ず力になるから!)
マーテルは、差し出された手を受け取る。
「ありがとう。
あなたの想いを必ずや彼らに届けます」
スピリアは光の玉となり、マーテルの中に取り込まれた。
額に汗を浮かべながらマーテルは、4つの加護を付与する小さな玉を出す。
足元に魔法陣を展開し、4つの玉を転送した。
(どうか、お願い。
打ち勝って…)
マーテルの体は、アイトラを放出したこともあり相当具合が悪い状態だった。
スピリアの同化だって、少しでも体力に余裕を持たせるためである。
よって、ギリギリまで力を使い果たしたマーテルの体は、術の使用後に床へ倒れていった。
△△
【大樹1階層(右)】
~フーディーが魂を放出した後~
『クヴァル殿!
そちらに行きますぞ!』
クヴァルはロディルから無線で指示を受け、フォシテスに伝達する。
クヴァルの位置からでも、上空を軌道を描いて飛んでくる光る魂が確認できた。
落下地点は、フォシテスと二階層へ続く階段入り口の間辺りだとクヴァルは予想する。
「フォシテス!
あの魂をあなたの魔術で二階層へ送って下さい!
力は抑え目に!」
「ああ」
フォシテスが二階層の階段入り口に向って横向きの『エアブレイド』を放つ。
出力を調整しており、威力のほぼ無い刃が通ったあとには風の道が出来上がる。
4つの魂達が風の道に乗ると、勢いよく階段入り口まで流れていき、そのまま風の行くままに上階へと浮上していった。
「クヴァル、あの魂は誰なんだ?」
フォシテスの問いにクヴァルは首をふる。
「分かりませんが、今はあの者達に頼らざるを得ないでしょう」
「妾達も急ぐぞえ」
プロネーマの言葉に2人は頷く。
フォシテスは、沼から出ようと足に力を入れる。
魔術もワープも使えないプロネーマも同様だ。
これで終わりではない。
素性の知らぬ魂達に頼みたいのは、五聖刃が二階層に行き着くまでの時間稼ぎだ。
フォシテスやプロネーマの様子を見て、クヴァルも時間がかかろうともあがこうと決意した。
○○
ロディルは、階段入り口を目指す三人の仲間の背中を見る。
(私の位置からでは、遠いですな)
そう思いながら、ロディルは濁った泥水の中に腕を挿し込む。
感触を頼りに手を動かす。
服も腕も髪も汚れるが、構わず作業を続けた。
やがて、目的のものに指先が触れると、手繰り寄せて救い上げる。
ロディルの手の中には、先程の体当たりをした魂が泥にまみれる姿で収まっていた。
「よくぞ、やってくれました。
安心なさい。
あなたが繋げたものは、無駄にはなりませんぞ」
ロディルの賛辞が届いたのだろうか。
それとも、己のしたことに満足したのだろうか。
手のひらの上に乗る魂は、ゆっくりとその姿を消していった。
△△
【大樹二階層】
少年の体はボロボロだった。
肩には矢が刺さり、祭司服はいくつもの破れた跡が残る。
レミエルは、本気を出しているように見えないのに一方的であった。
少年は足元に魔法陣を展開する。
すぐにレミエルが目の前にワープしてきた。
胸を蹴られ、仰向けに倒れる少年。
石でできた天井を見ながら考えたのは、アイトラのことだった。
(旅の途中の時も、救いの塔の時も…さっきだって。
守られてばかりだ…。
俺が弱いから…)
少年は起き上がり、足元に魔法陣を展開する。
しかし、今度は頬を殴られて地に伏すような格好となる。
(今の俺、情けない姿だな…)
もはや、逃げ回る力も残っていない。
時間稼ぎにも限界が来ていた。
一方、レミエルは少年の抵抗が弱まってきており頃合いと判断する。
「どうした、先に小娘から終わらせてもいいのだぞ」
弓をつがえてアイトラに向ける。
慌てて立ち上がった少年が、杖を握りしめると急に咳き込みだした。
口を手で覆い、咳が止むと手のひらを眺める。
血で濡れていた。
(これ…毒なんじゃ…。
もしかして、さっきのハンマーが…)
アイトラの咳が聞こえ、見ると意識の無い彼女の口元から血が垂れている。
再び咳きこむ少年。
レミエルは2人の状態異常に気付いた様子だった。
「このまま、ほっておいても良いが…いや、やはり目障りだな」
なおもアイトラに向けて弓をつがえていた。
レミエルの言葉を聞いた少年は足を引きずるようにして、壁際に向って歩き出す。
歩く先には以前、動かないままのアイトラがいた。
レミエルは、不思議に思う。
(何をするつもりだ?)
少年は、アイトラの前に来ると膝立ちのまま両手を広げた。
彼女を守り通したい様子である。
レミエルの少年を見るその表情は、あきれ果てたものであった。
「やはり小娘同様、愚かな判断をしたな。
かばって何になる。
お前のあとにその娘を殺すだけだ。
神子の命を犠牲にしてでも、私に向ってきた方がよほど勇ましく見えたぞ」
少年は咳をしつつも、レミエルの言葉に答える。
「あんたには大事な人が…いないんじゃないの?
だから、自分の命を賭してでも守りたい気持ちが分からないんだよ」
レミエルは、冷たい目つきで少年のことを見る。
だが、何かを思い出しすぐにその様子は落ち着きを見せた。
「ふはははっ!
そうか、ようやく分かった。
私の術でアイトラと一緒に死んだ小僧だったか。
あのときの茶番は存外面白かった!
しかし、だ。
心の壊れた小娘に守られているお前は、随分とみじめに思えたぞ」
少年が唇を噛む。
指摘されたことは、少年も思っていたことで反論などできない。
敵対する者に言われて無念の思いが広がっていく。
「く…そぉ…」
少年のかすれた声などレミエルは、もはや気にしていない。
つがえた矢をひきしぼり放とうとする。
その時、階段入り口から風が吹き込んできた。
一瞬何事かと思ったレミエルは、入り口を見る。
そこには、4人の祭司服を着た老人達が立っていた。
「スピリア様に何かを託された気がするんじゃが」
「ワシもじゃが、何か申し訳なさそうに託された気がするのう」
「喜んで協力するのに、スピリア様らしいといえばらしいの」
「何なら、死んでも手伝うわい」
レミエルは、彼らのことを覚えている。
屈辱を与えられた忌まわしい過去が蘇った。
「何故貴様らがここにいるっ!」
祭司達は、レミエルを見て話し合う。
「あやつじゃな」
「あそこに2人倒れておるぞ」
「どっちを手助けするなんて考えるまでもないのう」
「なんなら、先手必勝じゃ!」
祭司達は4人とも足元に魔法陣を展開する。
長男祭司が魔術を唱える。
「レイ!」
「ちぃっ!」
レミエルの頭上に光の玉が出現し、いくつもの光線を地面に向けて射出する。
レミエルは離れた位置にワープし回避するが、次男祭司が続けざまに魔術を発動した。
「フォトン!」
ワープ直後で回避が出来ない。
レミエルに向って光が収束し、弾ける。
「がぁはっ!」
意識がわずかに飛び、ふらつきながらも地面に着陸する。
三男祭司と四男祭司が同時に『レイ』を発動する。
レミエルは、傷む胸を抑えながら頭上にあらわれた2つの光る玉を忌々し気に見る。
同時に、次男祭司が足元に魔法陣を展開していた。
(ワープを…。
いや、また移動先を狙われるか)
レミエルは、羽を動かして回避することを選ぶ。
光の玉に動きが見られる前に飛び出す。
飛行する最中に射出された光線が羽をかすめた。
(厄介な!)
3人の祭司達は、代わる代わる術を発動してレミエルに休む間を与えない。
その間に、長男祭司は少年とアイトラの元まで来ていた。
「大丈夫かのう?」
少年は、急に現れた老人祭司に声をかけられて戸惑う。
レミエルに攻撃しているとはいえ、敵か味方か知らないのだから当然である。
「あんた達は…ゴホッゴホッ!」
長男祭司は、少年の顔色と吐いた血を見る。
「何かされたのかのう?」
少年は、長男祭司の人柄を見て敵ではないと判断し正直に答える。
「もうここにはいない奴に毒を受けたみたいで…。
アイトラ様も受けてしまって…。
お願い、あの人をたすけて…」
薬でも応急処置でも何でもいい、と少年は思いながら言葉にした。
「…この子は…」
アイトラを見ると長男祭司が少し驚いた様子だった。
だがすぐに、足元に魔法陣を展開する。
「リキュペレート」
アイトラや少年の足元に文様が描かれた。
文様からは、ホタルのような淡い光がゆっくりと立ち上っていく。
光に包まれている最中、咳が出そうな感じが無くなっていることに少年は気付いた。
自分の胸をさする。
(毒がなくなった…?)
急いでアイトラを見る。
心なしか顔色が良くなっているように見えた。
ほっと息を吐く少年。
「矢が刺さっておるの。
治療をしたいのじゃが、少し我慢してもらってもいいかのう」
少年は先ほどの術で、祭司が治癒術を使えることを知ったため素直に矢の刺さった肩を差し出す。
長男祭司は矢の節を掴むと、引き抜いた。
「うぐっ…!」
「すまぬな。
ようこらえたわい」
言いつつ長男祭司は、足元に魔法陣を展開する。
「ハートレスサークル」
3人を覆うほどの文様が足元に描かれて、頭上から光が降り注ぐ。
少年は身体の傷が一気に癒えていくのが感覚で分かった。
痛みも無くなっていく。
少年は、降り注ぐ光を見る。
先ほどの術もだが、治療する者をいたわるような優しい光の術だった。
レミエルと交戦する三人の老人祭司と目の前にいる老人祭司を見る。
生前、ハイマで宿の男性から聞いた話を思い出した。
「ありがとう。
もしかして…神子スピリア様と一緒に旅をしていた祭司の人?」
「む?
どこかで会うたかのう?」
少年は、首を振った。
「ハイマの宿の人から聞いたんだ。
アイトラ様の先代がスピリア様みたい」
長男祭司は、アイトラのことを見る。
「よう似ておると思っとったらそういうことじゃったか。
あれから、時が大分過ぎたのならば…『こだま』の親子には、会えなくて申し訳ないことをしたのう」
「宿の人達は、スピリア様達に会えなくて心配していたみたい。
…また、どこかで会えないかな。
スピリア様だって、マーテル様に頼めばきっと…」
「ほほっ。
そう言ってくれるだけでも、ありがたいわい。
そうじゃのう、きっかけさえあれば是非とも話をしようかのう」
長男祭司は、穏やかに答えた。
少年は、祭司はハイマの宿の人から聞いた通りの人柄だと思った。
振り返って、アイトラの様子を確認する。
「ねぇ、アイトラ様がまだ目を覚まさないけど大丈夫?」
長男祭司が頷いた。
「傷は癒えておる。
直に目を覚ますじゃろう」
改めて安心した様子の少年。
すると、三人の祭司達が少年たちの元へと後退してきた。
「一気にたたみかけようと思うとったが、あやつ持ち直してきたわい」
「押され気味じゃ」
「なんなら、ちょっと怪我をしたわい」
長男祭司が三人の祭司に、治癒術をかけて回復する。
回復を終えると、長男祭司は簡潔に三人の祭司達に少年とアイトラのことを説明した。
レミエルは、一度回避に専念していたためか肩で息をして祭司達を睨みつけていた。
「老いぼれどもめ!
再び、私の前に現れるとは!」
少年は、長男祭司に話しかける。
「何かあったの?」
「うむ。
救いの塔で、戦ったんじゃよ。
やられたがのう」
三人の祭司達は、少年と長男祭司の後ろで倒れるアイトラを見て「回復したそうじゃが、もう一度しとくかのう」やら「スピリア様にそっくりじゃのう」やら「なんなら、もう一回ぐらい回復するかのう」などと話している。
長男祭司が少年に問いかける。
「ワシらは、マーテル様や歴代の神子が危機に瀕していると聞いたのじゃが。
敵はあやつでいいのかのう?
というか、あやつなら良いんじゃが」
「うん、レミエルがそうだけど。
どうして?」
長男祭司は、レミエルを見つつ髭を撫でた。
「だってワシら、あいつ嫌いじゃもん」
いつの間にか一緒に並んでいた三人の祭司達も長男祭司の言葉に頷く。
少年は、子どもっぽい言い方に思わず吹き出してしまう。
目じりを拭いながら、先ほどまでの絶望にも思える気持ちが無くなっていたことに気が付いた。
「うん、俺もあいつ嫌いだ。
一緒に戦ってもいい?
アイトラ様を守りたいんだ」
「ほほっ、もちろんじゃよ。
…今度は、守った先があるようじゃな」
快諾した長男祭司の反応を見て、呼吸を整えたレミエルが笑い出す。
「ふははは!
どうやら、再び死を味わいたいと見える。
負け犬達がよくそういきり立てるものだな!」
長男祭司がレミエルに言葉を返す。
「前回のようにはいかぬよ。
なにせ、お主に殺されるときに望んだ『若さ』が、今回ここにおるのじゃからな」
長男祭司が少年の背中をポンと叩く。
次男祭司達が順番に話す。
「どれだけ長生きしたのか知らぬがのう。
皺の少ないお主には分かるまい」
「ジジイもやる時はやるんじゃよ」
「なんなら、ここが老体に鞭打つ正念場かのう」
レミエルが憤る。
「好き放題言いおって!
今度こそ消え去るがいい!」
少年はちらりと背後を見る。
(アイトラ様、これで終わらせますから。
レミエルの思い通りにはさせない。
マナ不足の世界なんて絶対に作らせません。
ですから、アイトラ様はもう苦しまなくていいんです)
少年は、再びレミエルを見る。
世界再生の旅の果て。
前方にはかつて自身達を殺めた敵。
後ろには守りたい存在。
並び立つ五人の祭司服を着た男達が、杖を構えた。