イセリア人間牧場奮闘記 before&after 作:あるいてごろりと
「がはぁっ!!
あ、ああああ!!」
レミエルがナイフの刺さった胸を抑えてうめき声をあげる。
少年が与えた一撃は致命傷だった。
膝をつき、コントロールが効かなくなった体が床に倒れる。
(慈悲を…!
私に…慈悲を…!)
何かに縋るようにして天井に向って手を伸ばす。
しかし、そこには何者の姿も無い。
レミエルにナイフを突き立てた少年は座り込み、悶え苦しむ様子を唖然とした表情でただ眺めていた。
人を刺したのは初めてだ。
死んだ動物を解体した時とは違い、想像を超えた反応をする敵の姿を見て自然と手が震えていた。
レミエルの魂が消失する寸前、体が光に包まれて弾ける。
光と共にレミエルの姿は完全に無くなった。
魔術による攻撃を受けたようである。
少年が背後を見ると、瓦礫から出た長男祭司が杖をレミエルの元居た場所に向けていた。
必要の無い一撃に思えたが、長男祭司が彼に言った言葉でその行動の意味を少年は理解する。
「トドメをさしたのは、ワシじゃ。
お主は誰も殺しておらぬ」
先程の攻撃は、少年に人を殺めた意識を持たせないようにするためだった。
少年を見る長男祭司の目には、どうかそう思って欲しいと願いがこめられている。
死闘を終えたばかりとは思えないような、見る人によってはどこか情けなさすら感じられるような目をしていた。
少年は一度、倒れたアイトラのことを見る。
まだ彼女は気を失ったままだ。
再び、長男祭司のことを見る。
「うん…」
少年は否定せずに、力なく返事をした。
ホッとしたような表情をする長男祭司。
徐々に気持ちの落ち着いた少年は、残りの祭司達の様子が気になり振り返る。
矢を受けた次男祭司の下に三男祭司と四男祭司が来ていた。
三男祭司が矢を引き抜いてすぐに四男祭司が治癒魔術をかけている。
命に別状は無さそうだった。
今度は少年が安堵した表情を見せる。
長男祭司が自身へ治癒を施すと、少年の隣に座り込む。
「戦いは終わったのかのう?」
「分からない。
下の階で敵が倒されていれば終わりだけども…」
ディザイアンの五人が戦いを続けているのであれば、加勢に行った方がいいかとも思ったが、少年はマーテルの保護からすべきではないかと思い当たる。
「まずはマーテル様を探さないと!」
長男祭司が少年の言葉を聞いて顎髭を撫でつつ、返答する。
「ふむ。
下の階から敵が来るやも分からんしのう。
しかし、マーテル様はどこにおるんじゃろうか」
天井はレミエルの攻撃によって吹き抜けている。
辺りには、降り注いだ瓦礫や三階層に存在していた家具や植物が散乱していた。
「もしかしたら、瓦礫の中にいるのかも」
今の所、女性の声は室内に響かない。
気絶して動けない可能性もあった。
「もし怪我でもしていたら大変じゃな。
すぐに探すとするかのう」
長男祭司は立ち上がり、のそのそと歩み寄ってくる三人の祭司達の下へ行きこれからすることを説明する。
少年も一緒にマーテルを探すが、出来るだけアイトラから離れないようにした。
室内は先ほどまでの戦いの時と比べると打って変わって静かな空気に包まれており、瓦礫の転がる音と時折老人祭司達の声がするだけである。
下の階からも階段を駆け上がるような物音一つしない。
少年が下の階に警戒して耳を澄ませていると、長男祭司の疑問に思うような声が聞こえた。
「本があるのう。
何か普通とは違うみたいじゃが」
残り三人の祭司達がわらわらと集まってくる。
「石があるのう」
「これは…エクスフィアじゃろうか」
「なんなら、似たような本をその辺でも見たのう」
四男祭司が見たのは、元々はレミエルがいた方の本である。
長男祭司が手を伸ばす。
「ぬおおおっ!!??」
長男祭司が赤いエクスフィアのはめ込まれた本を触ると、その体が吸い込まれていった。
だが、すぐに本から出てくる。
三人の祭司達は、短時間で出入りしてきた長男祭司を見て狼狽える。
長男祭司は、そんな中真剣な目で兄弟を見ていた。
「本の中にマーテル様がおった!
危険な状態じゃ!」
長男祭司の雰囲気から事態を把握した三人の祭司達は、互いに顔を見て頷いた。
老人祭司達は、一度引き返して少年に声をかける。
少年は、変わらずアイトラが目に見える距離でマーテルの捜索をしていた。
「ちょっといいかのう」
長男祭司の呼びかけに少年は顔を向けて返事をする。
「うん。
どうしたの?」
「マーテル様を見つけたのじゃが、ちと面倒な所におってのう。
お主は来るか?」
少しだけ間があった。
「…マーテル様は無事なの?」
「無事とは言えないんじゃが、ワシ等にかかれば問題ないのう」
「そっか。
それなら、俺はここにいるよ。
アイトラ様の傍から離れたくないから」
長男祭司は、少年の声を聞いて目を細める。
生前、救いの塔で意識のないスピリアを守ろうとしていた自分たちのことを思い出していた。
(ワシ等では、成し遂げられなかったが…。
よく頑張ったのう)
少年の意思を尊重した長男祭司は、返事をする。
「それもそうじゃのう。
もし、敵が来たならば無理しないでくれるかのう」
長男祭司の言葉に対し、少年は素直に頷いた。
「うん、分かった。
あの、祭司様達。
出会ったばかりなのに…。
一緒に戦ってくれて、ありがとう」
少年の声を聞いた4人の祭司達の表情が和らぐ。
長男祭司が返答した。
「お主の神子様を守る姿を見て、信頼できるとすぐに判断できたからのう。
それに、礼を言うのはこっちじゃわい」
唐突に出会った少年と老人祭司達は、わずかばかりの時間で共闘の道を選んだ。
生前、互いに神子という存在を守りたい強い意思がそうさせたのかもしれない。
長男祭司が、三人の兄弟の顔を見回す。
「行くかのう」
祭司達は、本に手を触れた。
〇〇
四人の祭司達は、石壁の牢獄を思わせるような部屋に転移した。
「暗いのう」
「壁の松明だけが頼りじゃな」
「なんなら、もうちょっと明るくしてくれんかのう」
三人の祭司達は、杖を構えたままキョロキョロと辺りを見回す。
「こっちじゃ」
長男祭司が、部屋の奥にある扉へと進む。
扉を開くと室内が一転して広い部屋になる。
そこはスピリアの心が映し出した生前通っていた学校の一室である。
三人の祭司達は、懐かしいものを見るような目つきになる。
「教室じゃな」
「イセリアのものに似ているのう」
「なんなら、そのままに思えるのじゃが…」
長男祭司が黒板の方に向かうので、三人の祭司達がついていく。
教卓近くでは、マーテルが倒れていた。
長男祭司が膝を床について呼びかけるが、返事は無く苦しそうな呼吸をしている。
「ワシが1人でここに来た時、『インスペクトマジック』で調べておる。
マーテル様で間違いない。
伝説の女神様が、精霊じゃったとは意外じゃが」
インスペクトマジックは、相手の種族や体力などといった情報を見抜く術である。
「様々な魂で構成されておる。
スピリア様の魂もここに…」
長男祭司の言葉を聞き、どよめく三人の兄弟祭司達はそれぞれが術で確認する。
「今の状態はマナ切れが近いからのようじゃが、ワシだけでは供給するマナが足りん」
精霊はマナで構成されている存在だ。
体を蝕む毒が術の使用後に自然と起こるマナの回復を妨げていたため、存在が危ぶまれていた。
だが、他者から供給されれば一時しのぎとはいえ体力を回復できる。
長男祭司の説明を聞き、得心がいった次男祭司から順に話し出す。
「そこでワシ等全員のマナを渡すというわけじゃな。
しかし、根本的な治療にはならんのう」
「じゃが、対処療法でも治療が必要な状態じゃ。
精霊相手に年寄りのマナの量なんぞ、たかが知れておるがのう」
「なんなら、覚悟せねばならんのう」
わずかに静寂の時が流れる。
長男祭司がぽつりと漏らす。
「ワシ等がここまで来れたのも、奇跡みたいなものじゃな」
「確かにそうじゃのう。
これ以上望むのは贅沢というものじゃ。
師はこういうとき、どうしたじゃろうか」
「考えるまでもなかろうよ。
マスターボルトマンは、怪我をしていたら魔物でもすぐに治癒術をかけようとするお人じゃった。
やるべき仕事そっちのけでのう」
「なんなら、師の方が怪我をしないか冷や冷やすることも少なくは無かったのう」
昔を思い出して老人達は、「ふぉっふぉ」と笑う。
治療を受けて元気になった魔物から逃げ惑うかつての師の姿が、4人の心の強張りをほぐしてくれた。
やがて、気持ちが固まったのか長男祭司が立ち上がり、杖を両手で握りしめて足元に魔法陣を展開する。
三人の祭司達も続く。
やがて、術の行使には充分な時間が立つ。
四人の祭司達は、『チャージ』を発動した。
○○
「…ん」
マーテルが目を覚ます。
片側の頬や身体に圧を感じ、自分が教壇で倒れていることを思い出す。
力を使いすぎたため、意識を失っていたのだ。
今は、先ほどまで感じていた鉛のような体の重さが無くなっている。
起き上がり視線を上げる。
そこには何者の姿も見当たらない。
マーテルは、自身の手のひらを見つめる。
(この体の状態…。
自然に回復したとは思えないほど、マナが満ちている。
それに、五聖刃との魂のつながりは未だ保ったままなのに。
一体、どうして…)
何者かの干渉を受けたのは間違いない。
その者が、この教室の空間を訪れたのならば何故姿を見せないのか。
マーテルは、自身が気絶するまでの経緯を思い巡らしていた最中、ふと目元に違和感を覚える。
手のひらを頬に当てると、涙を流していることに気が付いた。
「スピリア…」
まだ融合して間もないためか、マーテルはスピリアの感情を感じ取っていた。
「あなたの仲間たちが、ここまで来てくれたのね」
4人の祭司達は、力を使い果たして消えていったのだ。
小さな頃から彼らの治癒術を受けていたスピリアは、マナの回復が彼らのおかげであることと、目の前にいない理由が分かりマーテルの身体を通して気持ちを表現していた。
「彼らはきっと希望を私達に託してくれたはず…。
だから…、どうか悲しまないで」
マーテルは、溢れるスピリアの複雑な感情を止める術を持たず、彼女の魂に気持ちを寄り添い続けた。
○○
マーテルがエクスフィアの本から出ると、瓦礫の山が散乱する二階層に出た。
状況は把握していたが、改めて目視すると戦いの激しさがより感じ取れる。
マーテルは、大きな瓦礫の向こうにアイトラと少年の気配を感じた。
少年が倒れるような動きを感知したが、起き上がったアイトラが駆け寄り受け止めている。
そのままアイトラは、少年を床に寝かせて自身も座り込む。
少年の頭部は、アイトラの膝の上に置かれていた。
(あら、これは…。
姿を見せない方がいいわね)
アイトラもマーテルの存在は認識しているはずだが、探す素振りを見せない。
もちろん、敵がいないこともマーテルが無事な事も理由に含まれるが、彼女には優先したいことがあるのだろう。
マーテルは瓦礫の影で目を閉じ、一階層右側の泥沼と化した床を元に戻すために集中した。
△△
「もう、戦いは全部終わったから」
「そう…でしたか」
「気を失っていてごめんなさい」
「良いんです。
アイトラ様は悪くありません」
アイトラの言葉を聞いて、少年は息を吐きだす。
少年の体は疲れ切っていた。
短い時間の間に自身にとって大きな戦いがあったからだ。
最も、疲労の大部分を占めているのは、ヴァーリに殴られたことと、レミエルによって胸に穴を空けられたことである。
治療は神経を張りつめて蓄積した疲労までは戻せない。
だが、少女の膝に頭を乗せて横になる今、少年はどこか心地よさを覚える。
「何だか不思議な気持ちです」
「どうして?」
アイトラが聞きながら、少年の顔を覗き込む。
少年の視界には、わずかばかりの天井と少女の表情が映っていた。
「過ぎたことは戻せないはずなのに、やり直したような気分になっていますから」
「私も同じだよ」
アイトラは、少年の頭部に手を置いてそっと撫でた。
「…救いの塔で君が手を引いてくれた時、私の心は自由になれた」
少年は、アイトラと目を合わせたまま静かに話しに耳を澄ませる。
「怖かった。
命を捧げると決められた人生が…ずっと怖かった。
心が鎖で縛られたような感覚のまま毎日を過ごしていた」
神子なら誰しもが持ち得る感情である。
そうして、日々を過ごすうちに膨張した恐怖に耐えられなくなった神子達は、逃亡したり心を壊してきた。
「だけど、君が外へ連れ出そうとしてくれた時に、鎖が解かれたような気持ちになれたの。
不安もあったし、君のことで心配もしたけど。
ああ、もう私…逃げていいのかなって。
そう考えたら、心が軽くなったんだ」
迫りくる槍から少年を庇うことができたのは、少年の行動があってこそだった。
「だから、君のおかげ。
ありがとう。
私の心を自由にしてくれて」
アイトラの素直な言葉が少年の胸の内に染み入る。
救いの塔での少年の行動は、旅の果てに奪われるものが彼女の望まないことだと思ってしたことだ。
だが、あのときのアイトラは話せることができず、感情を表現できる状態でも無い。
少年は、自身のやったことが自己満足に過ぎないものかもしれないという気持ちを密かに抱いていた。
アイトラとの別れが嫌で、世界の再生を切り捨ててでも自分の感情を優先させてしまったという考えを持っていた。
だが、今しがた彼女の言葉を聞いて少年は報われたような気持ちになる。
「あの時は必死でした。
情けない姿でしたけど…」
「そんなことない。
かっこよかったよ」
少年の目頭が熱くなる。
だが、アイトラの表情を見上げて気づくことがあると、片手を上げて彼女の頬に添える。
目元から流れる涙を親指の腹で拭った。
初めて会った時も同様のことをした。
その時は、少年の心は冷え込み傷だらけだった。
今は、暖かい心地で安らぎすら感じられる。
「アイトラ様はこれからどうするんですか」
「これからマーテル様達と一緒に、世界のマナを安定させないといけないの」
少年はアイトラの表情を見る。
使命感を感じさせる瞳だ。
しかし、再生の旅の時とはまた違った決意が見えた気がした。
今の彼女は胸の内に希望を秘めている。
1人でないとはいえ、世界を支えるという大役に気後れする様子は微塵も無い。
少年は、素直な気持ちで声をかける。
「俺、応援しています。
アイトラ様がマーテル様達と一緒に世界を守れるように。
俺にとっては、世界は二の次ですけどね」
いたずらっぽく微笑む少年の体が透けていく。
役目を果たしたと心から思ったためである。
アイトラは、少年の異変を察して動揺する。
「だめっ…」
うろたえつつもアイトラは、彼女を見つめたまま動じない少年の目を見る。
覚悟が決まった者の揺るぎない瞳だった。
初めて会った時は、凄惨な事件のために絶望に満たされていた。
だが、今その瞳はかつての弱さを微塵も感じさせない。
ゆえに、アイトラも覚悟を決めた。
(強くなったね)
自身の手で涙を拭い、少年に伝える。
「君と会えて、本当に良かった」
少年が年相応の笑顔を見せる。
「俺もです」
少年の魂は、空気に少しずつ溶け込むようにして消えていった。