イセリア人間牧場奮闘記 before&after 作:あるいてごろりと
マーテル達が一階層に下ると、直径90mにも及ぶ広い部屋には大勢の人でごった返していた。
ほとんどの者が大樹の内部を見て、歓喜やら感心やらの声を上げている様子だ。
その中の一部の者が、階段を下ってきたフォシテスに気が付く。
「フォシテスさんだ!」
その名を呼んだ者の周囲にいる者達も、会話を止めてフォシテスへと視線を向ける。
反応は様々だった。
口元を手で覆う若者、手を振って来る子ども、お辞儀をする淑やかな女性、踊り出す中年夫婦…。
大勢いる老若男女の顔を見渡して、フォシテスはぽつりと言葉を漏らす。
「お前たち…」
イセリアの村や人間牧場で何度も見た顔ぶれだった。
現実世界の話ではない。
彼らはかつてマーテルの精神世界で、生活を支え合ってきた夢の住人達である。
先程、フォシテスの名を呼んだ者は、夢の世界で野菜をくれた男性だった。
「またフォシテスさんにお会いできるなんて…」
そう呟く女性は、夢の世界でフォシテスに袋詰めのアップルグミを渡してくれた道具屋の女性である。
「お変わりありませんか?
私はいつも通りですよ、はっはっはっ」
尋ねてくる中年男性は、夢の世界で村長をしていた者である。
「ああ。
元気そうで安心したぞ」
フォシテスの耳には、「またクヴァルさんに会えるなんて!」や「ロディルさんもいるぞ!」などと言った声も入ってくる。
マーテルの言っていた1000人もの人数は、イセリアだけの住人では多すぎる。
どうやら、各人間牧場や周囲の村の者達がこぞって集まってきたらしい。
フォシテスの下へ歩み寄ってきたイセリア地域の住人達に、事情を尋ねる。
「もう会えないかと思っていたぞ。
どうやってここへ来たんだ。
それになぜ…」
フォシテスは、次々と頭に浮かぶ質問を口に出そうとしていたことに気が付いて口を閉じる。
気持ちの乱れようが少しばかり恥ずかしいのもあった。
背中が大きく見える青年が代表して答える。
彼は夢の世界で起こった夢魔の策略による『要の紋受け取りミス事件』の際、心強くも自分たちも捜索を手伝うと進言してくれたディザイアンの兵隊の恰好をしていた者である。
「マグニスさんが大樹まで案内してくれたんです!
青い髪の人が魔物の群れの死体の中で立ってて、ちょっと怖かったですが…」
背中が大きく見える青年の視線をフォシテスが追うと、そこには見間違うはずのない赤いドレッドヘアーの男ことマグニスが立っていた。
マグニスはニヤリと口角を上げると、肩を揺らしながら歩いてくる。
普段の豪胆な様子が歩み方にもにじみ出ていた。
フォシテスの前まで来ると、口を開く。
「どうしたよ、フォシテス!
幽霊でも見たような顔じゃねぇか!」
「…私も含めて皆そうだろう」
フォシテスは、マグニスにあの世に行ったのでは無かったのかと聞いた。
「どうやらあの世は人手不足らしくてな!
管理人がオーバーワークに耐え切れずに、泡を食って退職したんだよ!」
浸透しずらい情報が多すぎる。
いつの間にか、フォシテスの隣に立っていたクヴァルが改めてマグニスに質問した。
「あの世に管理人がいたのですか?」
マグニスは肯定した。
「ああ、そうらしい。
川を渡る際に、マナーのなっていない奴がいたら笛を吹く奴だったそうだぜ」
さらに、いつの間にか隣に立ったプロネーマも尋ねる。
「マナーのなっていないとは、あそこに見える奴らかえ?」
皆がプロネーマの視線の先を見ると、五聖刃の誰もが見慣れぬ者達が夢の住人の中に紛れていた。
頭の上に氷の粒を乗せたもこもこし過ぎる服を着る者、トングとゴミ袋を持った若い水着姿の男女六人、足裏に丸くて大きい履物をした忍者のような姿の者達だった。
マグニスは、誰に笛を吹いたかまでは覚えていないと答えたのち、管理人が退職するまでの経緯を簡単に説明する。
「俺が川に来た頃には、管理人は退職する直前だったから夢の住人に聞いたんだけどよ」
どうやら管理人は、夢の住人がわらわらと川に集まってくると血相を変えていたらしい。
タイミング的には、フォシテス達が夢魔を倒して夢の世界が終わりを迎えた頃だ。
その時から、今までの期間は実は数日しか経っていない。
管理人は、しばらくは大勢の者を見ても頑張って仕事をしようとしていたようだが、夢の住人以外で癖の強い死者も多かったようだ。
川の渡り方の案内を何度も繰り返し尋ねる者がいたり、リメイク版はいつ出るんだと聞く者達がいたのだ。
管理人は、マナーのなっていない者に笛を吹いたり、ファンなら大人しく待つよう説得したりしている内にいつしか限界を迎える。
体が固まり、思いつめたような表情を数秒間したのちに、感情が爆発したようだった。
『1000人以上をワンオペとかもう無理ぃっ!!
辞めまーす!
この仕事、辞めまぁーす!!』
夢の住人(背中が大きく見える青年)曰く、一度管理人は姿を消したという。
恐らく、上司と話し込んでいたのだろう、とのこと。
そうして、マグニスが川へ来た頃には、管理人は喜んでいるような申し訳なさそうとも取れるような表情で声を響かせていたという。
『辞めましたぁー!!
皆さん、後任決まるまで現世でさまよっててぇ!
ごめんなさーい!!』
現世に戻すのは、勝手に川を渡らせないための措置なのだろう。
マグニスはしみじみとした様子で、管理人が消える時の光景を思い出しつつも話す。
「それで現世に戻ってきたんだがよ、たまたま大樹の近くにいてな。
そんで、周囲に夢の住人達が集まってたからここへ連れてきたんだよ」
フォシテスはマグニスの言葉を聞いて、耳を疑うような気持ちになる。
(1000人以上を…ワンオペだと…)
川を渡すための案内の時間がどれだけかかるのか分からないが、普段1000人が同時に来ることなどないのだろう。
それだけの人数を相手するだけでも心身への負担は大きい。
しかも、実際には癖の強い者への対応をしていたため、後続の者達が川を渡れなかったという状況だ。
業務の遅延のストレスも重なっているはずだから極限状態になってもおかしくはない。
実働時間を考えてみても、寝て仕事するだけの生活だったと容易に予想できる。
川の管理人が退職を選ぶのも無理はない。
(労働環境改善が、あの世では普及していないのか?)
緊急時にパートやアルバイトを雇う方針など微塵も無かったのだろうか。
フォシテスは、管理人の上司に何か言いたい気持ちが湧いてくるが、はやる気持ちを抑える。
あの世に行って改善したとしても、これからやることの阻害にしかならないからだ。
フォシテスは、息を吐いて気持ちを整える。
黙っているフォシテスを見て、マグニスは言葉を付け加える。
「今の現実世界にはよ。
川から戻された魂が、あちこちにいるみてぇなんだよ」
フォシテスは、クヴァルが先ほど二階層で話したことを思い出す。
複製大樹は、アイトラが創造した世界にあの世へ行けなかった魂達を招き余生を過ごさせるために作られた。
川から戻された者達が招かれれば招かれるだけ、五聖刃のやるべき仕事は増える。
だが、フォシテスの目の前には大勢の仲間達がいる。
人海戦術も可能だ。
何より、彼らと共にまた関係を持てることは喜ばしい。
隣にいるクヴァルやプロネーマやロディルを見ると、フォシテスと目が合う。
誰にも否定の意思は見られなかった。
どうやら、考えは一致したようだ。
フォシテスの胸の内には、気づけば熱意が宿りつつあった。
「マグニス、良く戻ってきてくれた」
さらに、周囲で視線を向けてくる夢の住人達のことも見る。
「それと皆もだ。
協力してもらいたいことがある」
その後、代表してマーテルが複製大樹の存在と成り立ちを説明し始めた。
もちろん、今後の目的もだ。
大樹の一階層は、新生活に向けての意気込みで歓喜の声に満ち溢れた。
やる気に満ちた夢の住人達が騒ぐ中、壁の隅に移動して様子を見ていたフォシテスに声をかける者がいた。
「あの子は今、どこにいるんだい?」
フォシテスは、その者を見て上の階に目を向ける。
「二階にいるから、案内しよう。
他の者には、まだこれから説明することがあるだろうから、お前だけだが」
「おや、あたしだけいいのかい」
フォシテスは、その女性のことをよく知っていた。
感謝と謝罪の気持ちが混じる者である。
「ああ、お前なら構わない」
△△
アイトラは複製大樹の内部で祈りを捧げるような姿勢で、念じ続けていた。
始めは、真っ白な空間だった。
アイトラが念じると、徐々にであるが空間に変化が起きる。
大地が現れ、海が湧き、空が上部を覆う。
次に山が隆起し、海へと流れる川が通り、空には雲が漂いだした。
さらには、山には草木が生え始め、水辺では魚が泳ぎ、空に向けて鳥が飛び立つ。
マーテルは、三階層に植物を創造していた。
精神世界であれば、生命すらも創造できるのだ。
アイトラは額に汗を流しながらも、なおも祈り続ける。
そうして、創られた広大な新世界の形は、シルヴァラントを彷彿とさせるものであった。
アイトラだけで創造できた代物ではない。
彼女は、同化した歴代の神子達の記憶と知識を共有している。
生前、行われたのは非人道的としか言えない再生の旅。
道中で彼女達を襲ってくるのは、何もディザイアンやレネゲードや魔物だけではない。
己の恐怖に打ち勝つことができず、逃げ出した者も少なからずいる。
彼女達が見てきた景色は様々なものであった。
旅の最中にも関わらず迷子を捜そうとして山中に入った神子、海を眺めるのが好きな神子、己の不自由を嘆き空を見た神子、逃げ出して人の立ち入らない場所から絶景を見た神子。
様々な視点から世界を見た神子達との記憶の共有は、アイトラが新世界を創り出すのに大いに役立った。
彼女達の旅は無駄ではなかったのだ。
更には、テセアラの神子達の記憶を基にしてシルヴァラントにはなかった自然を創り上げる。
雪の降る地域を創り出したり、山中を衰退世界では見られなかった鉱石で溢れさしたり、テセアラ特有の植物を生やしたり、人が入れる温泉を湧かしたりもした。
形成された世界が安定した頃、アイトラは座り込んだ。
荒い呼吸を繰り返し、疲労でぐったりとしている。
1人の少女が行うこととしては、荷が重すぎたのだ。
それでも、彼女はやり遂げた。
ふらつきながらも立ち上がる。
(皆さんの所に、行かないと…)
これから、五聖刃やマーテルに報告をしなければならない。
だが、複製大樹から外に出ようとするが、足元が覚束ない。
自身のものとは思えないほど感覚の鈍くなった手を振ると、人一人が通れるほどの大きさの門が現れる。
重たい足取りのまま門を何とか通り抜けると、アイトラは二階層に出てこれた。
しかし、彼女の視界が霞み、目に映る空間は左右に揺れつつ形も歪んでいた。
(あれ…誰かがそこに…)
とうとう体が前に向って倒れそうになったとき、彼女の体が受け止められた。
アイトラの顔は、小柄な者の肩に置かれる。
「大丈夫かい?」
アイトラは身体を支えられたまま顔を上げる。
抱き留めた者の顔を見ると、驚いて目を見開く。
その目には潤いが増していく。
やがて、頬を伝って流れた。
「泣き虫なのは、相変わらずだね」
老婆が、言葉とは裏腹に安堵した声で話す。
「だって…」
アイトラの声色は、甘える子どものようだった。
「うん?」
老婆が優しく聞き返す。
「だって、会いたかったのに…。
会えないはずだと思っていた人が、目の前にいるんですから」
アイトラはその者の背中に手を回して、弱々しくも抱きしめる。
「仏頂面とその仲間達から聞いたよ。
あたしらが住める所を作っていたんだってね。
それに、あんたの様子を見ればそれがどれだけ大変なことだったか少しは分かる。
仕事はひと段落ついたかい?」
アイトラは老婆の声を聞いている内に、心が穏やかになっていくのを感じていた。
「はい。
ついさっき終わりました」
「みんなのために、よく頑張ったね。
あんたに本を使ったのは、やっぱり正解だったよ。
あんたの努力と苦労は、これから必ず実を結ぶさ。
だから、一旦休みなよ。
まったく、あんたは無理するのが良くないね。
こんなにへとへとになるまで働くだなんて、もってのほかだよ」
アイトラは、厳しそうに言う彼女の頬に一筋の涙が伝うのを見た。
「マーブルさん…」
2人は、再会を喜び抱きしめ続ける。
フォシテスが二階層の壁に背を預け、腕組みをして目をつむる。
その表情は、普段の堅物にしてはどこか柔らかく見えた。
〇〇
フォシテスが合流し、座り込んで休憩をするアイトラはマーブルに戻ってこれた理由を尋ねる。
あの世に行く際に川を渡ることについては、自身の経験からアイトラも知っている。
マーブルは、管理人の働き方について伝えた。
たくさんの人数を1人で対応していたという、恐ろしい働き方についてだ。
アイトラは、片手を胸の上で軽く握りしめる。
想像を絶する労働環境を思い浮かべたからだろう。
(1000人以上を…ワンオペだなんて…)
アイトラは、管理者の上司に掛け合いたい気持ちが湧いてくるが、管理者が退職した以上どうしようもない。
これから働き方を変える管理者に幸福が訪れてほしいと、アイトラは心の中で祈りを捧げた。
「アイトラ、一階層には懐かしい顔ぶれがいるぞ」
フォシテスが、イセリアの夢の住人を含む大勢の人達が一階層にいることを彼女に話した。
「夢の世界の人達もここにいるんですか…!」
頷くフォシテス。
アイトラは、表情をほころばせた。
やがて、休息を取り終えたアイトラ達は複製大樹を持って一階層に向かう。
彼女達と複製大樹を見た夢の住人達が、野太い歓喜の声や黄色い声を送る。
プロネーマが一度場を静めて、改めてアイトラに自己紹介をしてもらう。
ぺこりとお辞儀をして挨拶をするアイトラ。
さらに、どのような世界を創造したかを話した。
拍手の音が一階層の空間を埋め尽くす。
マーテルがアイトラの隣に立ち、複製大樹を大樹の近くに植えることを説明する。
「植える前に、皆さんアイトラの創造した精神世界に入ってもらいましょう」
マーテルが言うと、夢の住人プラスαの人達が列を作って順々に複製大樹に触れて内部へと入って行った。
そんな光景を眺めていたクヴァルに、ロディルが話しかける。
「クヴァル殿、二冊のエクスフィアの本があったはずですのでそれも持っていきましょう」
「…何に使うのですか?」
訝しむクヴァルに、ロディルは淡々と説明する。
「本の時間差を利用して、あっという間に物の製造をしようかと思いましてな。
暮らしやすい世界の発展の役に立つはずですぞ」
話を聞き終えたクヴァルは、警戒心を解いた。
「なるほど、それはいいアイデアですね」
実際には、エクスフィアをはめ込んだ本は三冊ある。
シルヴァラント王が入っていた本。
スピリアが入っていた本。
ロディルは、二階層で拾い上げたレミエルの入っていたエクスフィアの本を懐に隠し持っていた。
△△
複製大樹の内部に入り込んだ者達は、世界に植えられた木材を使って家を建てた。
釘やトンカチなどは、アイトラが創造できるが作りの複雑な物までは不可能だったからだ。
食料も創造に頼らず、自然の食物を採取したり、豊富な土壌で畑を作ることにした。
それと、ロディルの提案したエクスフィアの本を利用した製造法が始まる。
モノ作りが好きな者が最初に入り込み、工場のような心象風景を作ってもらった。
それぞれの本には、数十名の者があとから入り込み、加工した木製もしくは鉄製(ドブメッキ含む)の資材が搬出されていった。
これらの資材の供給はさすがにアイトラに頼ったが、今後は世界に干渉できる別の神子がもう1人交代制で派遣される予定だ。
本の中に入ってすぐ現れる石壁の部屋は、広い部屋に改良されたため搬出もスムーズだった。
加工した資材を創り出したのは、新たな街づくりをするためだった。
街づくりには、テセアラの発展した文明を取り入れた。
これから招かれる魂達を満足させるには、衰退世界では実現しえなかった生活性の向上が必須だ。
まずは住む場所と綺麗な水が供給出来るように人々は努めた。
その後、ロディルとクヴァル指導の下で船舶技術を発展させていった。
シルヴァラント大陸では、海上移動した方が荷物の運搬時間が短縮できる地域間も多いためだ。
また、陸上でも運搬を容易に行うため、道を舗装していく。
のちに、竜車や馬車が交易のために頻繫に行き来する姿が見られるようになる。
荷物の往来する街々の発展と比例して、仕事の種類も増していく。
さらに学校や病院など様々な施設が出来ることで、ますます働き口の選択肢が増えていく。
自分に合う仕事を選べるようになっていったのだ。
現実世界の迷える魂の捜索は、夢の住人数人がかりで定期的に行われた。
現実世界を散策し、亡くなった魂を見つけ次第、複製大樹へと招く。
始めは、現実世界で悲惨な目に遭い落ち込んでいた魂達も、新世界で美味しい食事を口にし、安全で快適な暮らしをしていく内に明るい表情へと変わっていく。
ほぼ毎日、現実世界を探索した夢の住人達が彷徨う魂を複製大樹へと招いてくる。
「トリエットで、出禁がどうのこうのと嘆く老人を連れてきました!」
「アスカード付近の谷底で、少女を見つけました!」
「ハイマで彷徨っていた、熟年夫婦を連れてきました!」
「アリシアと名乗る少女が、日帰り旅行目的で来訪されました!」
招かれた魂は、生活能力を確認される。
暮らしの場を与えられるのは当然として、生活能力の有無によりさらに手厚い保護が与えられるのだ。
場合によっては、夢の住人と共に暮らすこともある。
五聖刃は初め、1つの組織に所属して働いていた。
しかし、定期的に行われた会議で地域を分担して管理した方が良いと話し合い、いくつかに区分けされた各地域に住み働きながらも世界を裏側から監視する立場につく。
プロネーマは変わらず世界の行政的組織に身を置いていたが、フォシテスは喫茶店を経営し、マグニスは養豚場、クヴァルは道路舗装組織の仕事に就いた。
アイトラはクヴァルから学生から始めてみてはどうかと提案を受けて、フォシテスの喫茶店でアルバイトをしつつも学業に勤しむ日々を送る。
会議はリモートで行われることが多くなり、直接対面することは以前よりも少なくなっている。
だが、久々に会えば旅行に行ったり飲み会を開く仲であることには変わりない。
新世界のどこかの地域に問題があれば情報を共有して、対策をおこなっていく。
内容的には生前でディザイアンとして行ってきた仕事に近しいものだが、目的は大きく異なる。
今は世界を支えるためだ。
ロディルは隠し持っていたエクスフィアの本を利用して、自身の研究に没頭した。
だが、世界の発展という目的がありつつも、調子に乗って管理区域の生活排水や研究品の製造過程で排出される汚濁物質の処理を怠り、海に流して汚してしまう。
これにはプロネーマが怒り心頭だった。
察したロディルは夜逃げしようとするも意外な人物達から捕らえられる。
△△
真夜中に研究施設からコソコソ抜け出るロディル。
「ふぉっふぉっふぉっ。
しばらく息を潜めてますかな。
まぁ、アイトラ殿に泣きつけば許してもらえるでしょう」
背後で砂利を踏むような音が聞こえて振り返る。
3人組が圧をかけて立ち塞がっていた。
中心の人物が話す。
「見つけたぞ、ロディル」
ロディルは、久々の再会に驚いた。
「ボ、ボータ!
この世界に来ていたのは知っていましたが、その台詞は一体全体どういうことですかな」
言いつつ、逃走した方が良いとロディルは判断していた。
様子を見ながら、三人から遠ざかろうとするがすぐに距離を詰めてくる。
ボータは涼しげな表情で問いに答える。
「利害一致による一時的な雇われだ。
お前を捕らえるように貴様の仲間から頼まれたぞ」
「プ、プロネーマがっ!?
こんなにも早く手を打ってくるとは!」
数日前の話である。
絶海人間牧場でソウルイーターより避難していた人間達と共に新世界に招かれたボータ達。
始めは、五聖刃とも一触即発の雰囲気を漂わしていたが、アイトラが間に入ることで事態は変わる。
何故か五聖刃と仲良くしている先代神子の介入が、会話のきっかけを生んだのだ。
アイトラは、現在五聖刃のやっていることをボータ達に説明、さらに亡くなった者達が救われるのはマーテルも望んでいることを話した。
上司の愛する者の名を聞き、流石のボータも戸惑う。
マーテルの現状の話を聞き、やり方次第だが五聖刃には手を出さず新世界で生きていくことを決めた。
現実世界のどこかにいるであろう、亡くなったレネゲードの兵も招くことを条件として。
レネゲード側としては、あくまで五聖刃が新世界を守る立場であり続けるならば、協力関係の姿勢でいる腹積もりである。
だがもし、生前のような行いが見られれば反旗を翻すことだろう。
話は、ロディルの夜逃げ阻止の時まで進む。
ボータの左右にいる元レネゲードの兵もやる気満々だ。
「覚悟しろロディル!」
「相変わらず懲りない奴だ!」
ロディルは何とかなだめて隙を窺おうとしていた。
「ちょっと、そういきり立たないで下さい。
我々は絶海人間牧場の別れ際で、良い感じの絆が芽生えていたではありませんか」
ロディルは元レネゲードの兵2人に情で訴えかけたが、2人の様子からして全く効果は無かった。
「知るか!
大体、死の原因のお前が絆などと言える立場か!」
「大人しく捕まれ!」
隙は無いようである。
「そ、そんな…」
ボータが歩み寄ってくる。
「ユアン様といつか再会できる日が来るまでに、この世界をこれ以上汚すことは許さんぞ」
「ふぉーーーっ!!」
後に、このロディルの行動がきっかけで五聖刃と夢の住人の代表者達は、要求されれば会議内容や五聖刃の行動方針を開示させることができる第三者委員会的組織を作る。
立案したのはクヴァルである。
「一つの組織が力を持つと、腐敗していくのは生前で十分理解しているからです」
その言葉を基に作られた第三者委員会的組織に席を置くのは、ほとんどがボータ含むレネゲードのメンバーだった。
彼らと五聖刃の立ち位置は生前とあまり変わらないように思えるが、この世界では戦わず面と向かって意見出来るのが大きな差である。
△△
ボータ達に捕まったロディルは五聖刃やアイトラが集う場に運ばれて、しばらく説教が行われた。
「ロディルさん。
クヴァルさんと大樹を作ってくれたことは感謝しています。
ですが、今回のことは反省して下さい」
アイトラでさえも正座するロディルに対して腰に手を当ててプンプンしていた。
「とふぉふぉ。
いや、ワシは世界のために研究していただけで…」
地に足を着くプロネーマが、一喝する。
「黙りゃ!
まだ説教が足りぬと見えるぞえ!」
顔が真っ青になるロディル。
「ふぉっ!?
もう、足が痺れて…」
当然、エクスフィアの本は没収された。
ロディルは研究職の立場を追いやられ、栄養ドリンク製造組織に就職してメンテナンス作業を行うも、肌に合わないという理由により短期間で自己都合による退職をする。
実は、レミエルとヴァーリも夢の住人によって新世界に招かれたのだが、彼らは術が扱えないことを知るやいなや起業して財力をもって世界を牛耳ることを企み出す。
もちろん、五聖刃の定期会議でも扱われた案件だが、脅威にならないと判断された。
汚れた海は、夢の住人達が「自分達もやることだけに注視して、環境への意識が足りなかった」と反省し、浄化に努めた。
新世界は、全ての出来事が人々を幸せするわけではない。
それでも、種族を問わず全員に平等な権利を与えられている。
統合前の現実世界の過酷な環境よりも生活は幾分良くなり、人々には笑顔が溢れていた。
招かれた魂は、数年〜数十年、長いものは数百年以上を過ごした後に後任の管理者が配属されたあの世へ旅立つことになる。
一応、新世界の人数把握の為に、旅立つ前に役所的組織で手続きをすることが義務付けられた。
複製大樹の内部の世界は住宅地や公共施設が建ち、舗装された道を荷馬車や竜車や歩行者などの人々が行き交うようになる。
働く者、休日に目的地に向けて移動する者、とりあえず散歩する者、目的は様々だ。
あの世の川から戻ったシルヴァラント王は、ハイキングを趣味とし始めた。
結構な頻度で、耳を帽子で隠さなくなったおじさんと山へ突撃している。
娯楽施設も立ち並ぶようになる。
人気があるのは、竜の背中に人を乗せるのがやたらと好きな老人が建てたテーマーパーク『乗った、乗った、乗っちゃったランド』だ。
アルタミラの遊園地を基にして造られている。
招かれた子ども達は、はしゃぎながらも様々な竜の背中に乗って遊んでいる。
流石に本物の竜ではないが、それでも訪れた者は中々楽しんでいた。
アナウンスする老人の声も弾んでいる。
△△
ある日、『乗った、乗った、乗っちゃったランド』より帰路につく2人の親子がいた。
大きな方の名はドア。
かつて、パルマコスタで民衆より支持を得ていた男である。
小さな方の名はキリア。
ドアの娘である。
夕焼けももうすぐという時間帯、日の光に照らされながらキリアはドアと並んで歩き家路につく。
「あの、お父さま」
「どうしたんだ、キリア」
「今日のテーマパーク、楽しかったです。
色んな背中に乗って遊ぶことができたのも、お父さまがこの世界で一生懸命働いてくれたおかげです」
親子はあの世の川からやはり現実世界へと引き戻されていた。
後に、夢の住人達に発見されて新世界へと招かれたのである。
新世界で、暮らしの場と働き口を紹介された。
キリアは、普段学校に通っており現実世界より招かれた子どもや幼い夢の住人達と共に勉学に励んだり遊んだりしている。
そういった話を夕飯時にキリアから聞いたシングルファーザーのドアは、安心していた。
まだ訪れてそう長くはない世界で、娘がうまくやれているかは気になるものである。
働くことでそこそこ資金の貯まったドアは、キリアと一緒にテーマパークを訪れていた。
「キリアが喜んでくれて嬉しいよ。
私も色んな背中に乗れて楽しかった。
また行こうか」
父親も楽しめたことを知り、嬉しそうな表情をするキリア。
「はい!」
キリアの元気な言葉にドアは胸が救われるような思いになる。
シングルファーザーになって不安は感じていた。
クララがいない中で、親子としてやっていけるのかと思ったがキリアのおかげで何とかなっている。
始め、ドアは1人でキリアを支えなければと考えていたが、一緒に過ごす内に自身もキリアと話したり遊ぶことで支えられていることに気が付く。
「今日の夕飯だが、何が食べたい?」
普段はドアが手作りの料理を振舞っている。
生前、全く料理などしてこなかったこともあり、卓上に出される料理も茶色いものばかりだが、キリアはそれでも喜んで食べてくれている。
内心、バランスよく作らないとな、とドアは思っていたが。
書店で購入したレシピ本は、少しずつ付箋の数が増えていっている。
キリアは照れくさいのか、両手をもじもじとしていた。
「あの…昨日のハンバーグ、美味しかったです。
今日もお願いできますか?
出来ればでいいのですけれど…」
余程、気に入ったらしい。
「もちろんだ。
実はおかわり用だったんだが、昨日の残りがあってだな。
煮込みハンバーグにしてみるのはどうだろうか?」
キリアが想像したのか、「わぁっ」と声を弾ませる。
「私も手伝ってもいいですか?」
「助かるよ」
キリアが両手でドアの手を握る。
2人の帰路を照らす日の光は、どこまでも明るい色彩で道を照らしていた。
△△
そこは統合後の現実世界、ソウルイーターを打倒したあとの話である。
祭司服を着た少年が原っぱの上で横になっていた。
空をぼうっとしながら眺めている。
(暇だ…)
暇だった。
自身は魂だけの存在で、あの世の川から現実世界に戻されたのだがやることがなかった。
最初は生前見慣れた土地に飛ばされたので、周囲を散策していた。
たどり着いたのは、木々に囲まれた村1つが収まるほどの土地である。
そこは生前、少年にとって苦い思い出の場所だ。
だが、少年がその場所を見た際、村など無かった。
周りの風景からして、そこがあの恐ろしい村であることには違いないと断言できる。
しかし、低い雑草が生い茂るばかりで、畑や木造の家や柵など全く見当たらないのである。
まるで、不都合でもあって大きな力により地図から村を消されたのでは無いかと思うほど、人の生活していた跡など欠片も無かった。
不思議に思いつつも少年にとっては、却って村の存在をにおわせないことはありがたかった。
旅の中でトラウマを克服したので、村を見た所で吐くほど気分が悪くなるようなことは無いが、やはり思い出すことは気持ちが良くない。
実家に寄ろうかとも思ったが、何となく避けたい気持ちが湧く。
特に目的も無く、少年は歩き出した。
そして、たどり着いたのは林と原っぱの境に立った木の下である。
そこから見えるのは、見覚えのある形をした山々や人々が往来するであろう草の無い土がむき出しとなった道である。
林の並びや遠くに見える山々からして、少年はここで間違いないと確信していた。
アイトラ達と初めて出会った場所だ。
(アイトラ様、今何をしているのかな)
少年はクヴァルから芽生えた大樹の話を聞いていたが、さすがに場所までは分からない。
草原に横になり、空を眺める。
のんびりと漂う雲が、時間の経過への意識を薄れさせる。
(川に戻るまで、何をしたらいいかな)
目をつむり、一眠りしようと思っていた。
不意に声をかけられる。
「ここにいたんだ?」
聞き覚えのある声が聞こえ、目を開く。
上から覗き込む少女の顔を見て、驚きつつもその名を呼ぶ。
「アイトラ様…?」
少女が微笑む。
「良かった。
知らない所にいたらどうしようかと思ってたけど、すぐに会えた」
上体を起こす。
何となく夢でも見てるのかと思って辺りを見渡すと、少し離れた位置で少年とアイトラを見守るフォシテスとマグニスと目が合った。
アイトラが少年の視線の先に気が付く。
「フォシテスさんとマグニスさんは、旅の護衛をしてくれてるんだ」
「護衛…ですか?」
「うん。
魂だけだから2人とも戦えないんだけど、野営をして私が眠っている間に周囲を警戒してくれたり、ゴーストと会った時には肩に担いで運んでくれたりね」
加護を受けていない五聖刃は、現実世界に干渉することはできない。
それは、魔物側も同じだが、唯一ゴースト系だけは別である。
アイトラにも危害を及ぼす可能性があるため、護衛を必要とした。
それに、フォシテス達は肉体を持たないアイトラに彼女の意思で触れることを可能とする。
彼女もゴーストと同様、肉体を持たないが精霊の一部であるがゆえに、現実世界にも干渉できる存在なのだ。
「無理を言って旅に出させてもらったの」
「どうしてですか?」
「君と会いたかったから。
今、私ね。
新しい大樹の中に世界を創って過ごしているんだよ」
少年はその言葉だけでは、全容の把握は仕切れない。
まさか、知らぬ間にアイトラが複製大樹の女神様的な存在になっているとは思いもしない。
アイトラは、少年に向って手を伸ばす。
「一緒に行こう?」
心地よい風が吹いて、アイトラの髪を揺らす。
何となく、少年は今回の旅は陰りの無いものになるのではないかと予感する。
旅の最中で、これまでの経緯を尋ねようと思った。
「はい、一緒に行かせて下さい」
少年は、差し出された彼女の手を握った。