イセリア人間牧場奮闘記 before&after 作:あるいてごろりと
前作『イセリア人間牧場奮闘記』12話で、五聖刃やアイトラ達が語ったことが実現されています。
複製大樹内にある新生シルヴァラント大陸にあるイセリアには、住宅と商いの店舗による混合地域である。
行政的組織より依頼されたクヴァルが所属する『アスカード(略)』という名の道路舗装組織がイセリア内を舗装してからは、街の様子が少しずつ変わっていった。
舗装された広いレンガ道の両脇では様々な生活必需品や娯楽施設とな店舗が並び、1つ小道に入れば住宅街が広がるようになる。
住宅街の中には、個人営業の食事処や道具屋や服屋がぽつぽつと建てられており、どの店も地元の人達からは団らんや憩いの場として密かな人気を集めている。
その中にポツリと建つ喫茶店もそんな店の1つである。
木製の看板には、『喫茶・グミの木』と店の名前が彫られていた。
店の前には道沿いに花壇があり、赤や黄や紫、他にも緑や青といった様々な色彩の花が咲いて店を華やかにする。
玄関前の石畳の両脇には、青々とした芝が所狭しと根を張っている。
喫茶店の前に、竜車が一台停車する。
屋形から女性が下りると、喫茶店の入り口へと歩んでいく。
石畳の先、アンティーク調の木製のドアを開くと、カランコロンとドアチャイムが小気味の良い音を立てる。
ドアを開けた綺麗な緑色の髪をした女性であるプロネーマは、自然な流れでカウンターの一席に座った。
彼女の向かいに立つ眼帯をしたマスターは、プロネーマの姿を認めると慣れた手付きで珈琲を豆から挽いていく。
サイフォン式で入れた香りの沸き立つコーヒーが彼女の前に出された。
時刻は夕方5時過ぎ、まだ開店して数分のためか店内には2人しかいない。
「景気はどうかえ、フォシテス?」
「悪くはない。
新商品のグミを山ほど詰め込んだサンドイッチが割と売れていてな。
今日は、材料を多めに仕入れている」
「アイディアは、あの子のものゆえ当然じゃな。
バイト代はサービスせんといかぬな?」
「色はつけるつもりだ」
プロネーマが、カップを口に近づけて静かに一口飲む。
国道はそう遠くないはずなのに、意外と店内は静かである。
時折、授業を終えてわが家へと向かう学生たちの笑い声が聞こえてくるが、プロネーマは嫌な気などしない。
むしろ、街の雰囲気に浸るための不意に流れるBGMとすら思っている。
カップをソーサラーに置くプロネーマ。
フォシテスはカウンターの向かい側で備品の手入れをしつつ、彼女に声をかける。
「今日の仕事は終わったのか?」
「そうじゃな。
マグニスの農場の視察は終わっておる。
そうそう、道中クヴァルやロディルにも会うたな」
「そうか、マグニス達に…」
「聞きたいのかえ?」
「…次の来客までは聞こうか」
プロネーマは、興味がありつつもそれを表に出すまいとしているフォシテスの様子を見てクスリと笑い、話し始める。
△△
イズールドとパルマコスタの間には、広い海がある。
かつては、魚が豊富に捕れて人々の食卓を賑やかにさせていたが、多量の生活排水や産業排水の放出により、いつしか海は汚れ魚は匂って食べる者などほとんどいなくなった。
やがて時が経つと、人々は自身達が自然に生かされ、また自然と共に生きることがいかに大切かを理解するようになり、一人一人の意識改革と日々の環境改善の実行により、かつての海の景色を取り戻すことができた。
海が綺麗になることで、人々は益々集い始める。
アスカード(略)という名の組織を背負うクヴァルは、イズールドとパルマコスタ間の海をまたぐ大橋と海中トンネルの有料舗装道路を作ることに成功していた。
ちょうどイズールドとパルマコスタのど真ん中の位置を境にして、イズールド側が海中トンネル、パルマコスタ側に橋が造られている。
橋と海中トンネルの名前は合わせて『アークア・ライン』と呼ばれ、大陸を大きく迂回して目的地に行く必要もなくなり、移動時間も大きく短縮できるようになった。
維持費のために通行料金は少々お高いが、それでも利便性ゆえに毎日多くの馬車や竜車が行き交いしている。
有料道路の中心地点には、人々の休憩する場として宿泊やレストラン施設となる『海ほてる・zekkai』が建てられた。
オーナーを務めるロディルは、襟付きベストを着てロビーで客に挨拶をしていた。
相手は、クヴァルだった。
2人は、ソファに座り対面して話している。
「ふぉっふぉっふぉ。
今日はお休みのようですね、クヴァル殿。
どうぞゆっくりとしていって下され。
しかしまぁ、あなたが橋を造ってくれたおかげでいい仕事に就くことができましたぞ」
「これだけの規模の橋を造るのには骨が折れましたよ。
なにせ、海底に『マヨネーズ層』と呼ばれる軟弱な地盤があったため、橋を安定させるのにどれだけ悩んだことか。
結局、軟弱な地盤の層は思ったよりも薄くて特殊な重機を乗せた船を使い除去し、山砂と砕石で置換することでうまくいきましたね」
「いやはや、軽く話してはいますが苦労がたっぷりとにじみ出ていますなぁ」
「ですが、その苦労の甲斐あって人の往来も増えましたし良かったですよ。
それに、あなたの経営する海ほてるに宿泊できるようにもなりましたしね」
「ふぉっふぉっふぉ。
これはサービスしないといけませんな。
それとどうでしょう、今度休みを合わせませんか?
ソダで月夜でも見ながら、温泉でゆるりと一杯」
ロディルは、片手をクイッと上げるジェスチャーをする。
「それは是非とも行きましょう」
クヴァルは快諾した。
大陸から少し離れた洋上に浮かぶ孤島であるソダ島は、温泉が有名な観光地である。
昔は湧き上がる間欠泉を眺めるだけの観光ポイントだったが、「せっかく温泉が湧くなら入りたい」と人々の声が上り、旅館と公衆浴場を造り上げたのだ。
今では大勢の人が押し寄せる人気スポットと化している。
2人がスケジュールの確認をしていると、ベージュのスーツを着るプロネーマがやって来た。
その姿を見るなり、ソファから立ち上がる2人。
彼女は行政的組織に所属しているため、ロディルとクヴァルはどうにも頭が上がらない。
「なんじゃ、面白そうな話をしておるな。
妾は混ぜてくれぬのかえ?」
「ふぉっふぉっふぉ。
もちろん、あなたも誘うつもりでしたぞ」
ロディルは、言いつつプロネーマが微笑んでいることを不気味に思う。
何か不満でもあるのだろうか、と考えてみるが現状では思い当たることはない。
恐る恐る聞いてみる。
「…何かありましたかな?」
「ふむ、妾は何も言っておらぬが察しがよいのう、ロディル。
ロビー前の入り口付近で何やら不穏な会話が聞こえたゆえにな」
ロディルが視線を入り口に移すと、男が2人話をしていた。
何となく察し、そちらに向かって歩き自動ドアを通る。
ロディルがすぐ間近に来ているのに、壁を向いたままの2人の男は気が付いた様子もない。
ロディルは背後で聞き耳を立てる。
1人は金髪痩身の男性で、もう一人は頭頂部のみ茶色の髪を生やしたやや肥満体型の男だった。
肥満体型の男が話し出す。
「レミエルの旦那。
栄養ドリンクの『EX fear』の売れ行きは好調だぜ」
「そうか、ご苦労だった。
卸売業者として腕の良いお前と契約して正解だったな」
「よせやい、照れるぜ旦那」
「事実を言ったまでだ。
それと、実は新商品があってだな」
レミエルと呼ばれた男は、カバンから一本の小瓶を取り出す。
瓶は茶色のため、中身に何が入っているのかは分からない。
レミエルと話している肥満体型の男は、その瓶を食い入るように見る。
「旦那…これは…」
「ああ、とうとう完成したのだ。
『EX fear』を超える社会の奴隷を生み出すための栄養ドリンク。
飲んだものは、疲れなど忘れて心を無くしたかのように働き続ける代物。
その名も『High EX fear』だ!」
「こりゃすげぇっ!!
これを売れば、ますます懐が潤うってもんだぜ!!」
「フフフ。
お前の手腕に期待しているぞ、ヴァーリよ」
レミエルと肥満体型の男であるヴァーリはがっしりと固い握手を交わす。
2人して豪快に笑いだす。
ロビーの入り口を通るお客さん達は、2人の男の様子を見てひそひそと話をしている。
母親に手を引かれる子どもが興味津々にドリンクを指さす。
「将来、僕もあれ飲みながら働きたーい」
母親は血相を変えた。
「駄目よ!
飲まなくて良いような、優良組織で働きなさい!」
「わかったよー」
言葉とは裏腹に、子どもは不満げに頬を膨らませている。
そんな様子を見ていたロディルは、息を吞んだ。
この2人の不穏な商談のせいで、『海ほてる』への客足が遠のき売り上げが落ちることなどあってはならない。
人事査定に響いてはたまったものではない。
ロディルは、2人に声を掛けた。
「何の話ですかな?」
ヴァーリは、ロディルの方へ顔を向けて目を見開く。
頬をやや強張らせているのが見て取れる。
一方、レミエルはロディルを知らぬのかヴァーリと交互に見ている。
「お、お前はっ!!」
「どうした、ヴァーリ。
この男は何者だ?」
「こいつは、ロディルってんでこの『海ほてる』の支配人だ!
かつては、『EX fear』の製造に関わっていた男だが裏切って職を変えやがったんだ!!」
レミエルは、「そうか、この男が…」などと呟いている。
ロディルは、ヴァーリの指摘にたじろぐ様子を見せない。
「ふぉっふぉっふぉ。
裏切ったなどと誤解も甚だしいですぞ。
私は、刺激を求めてただ転職しただけですからな。
何より、あんな肌に合わない職場には長くいるつもりはなかったですぞ」
「ふ、ふざけやがって!!
お前が製造現場を抜けたせいで、機器メンテナンスができるものがいなくなって一時期生産数がかなり落ちてしまったんだぞ!!
こっちにまで影響が出てたまったもんじゃなかったぜ!!
せめて、辞める前に引継ぎぐらいちゃんとしやがれ!!」
「おやおや、そうでしたか。
マニュアルはちゃんと作成したはずですが、1から学ぶには難しかったと見えますな。
まぁ、過ぎた話はいいではないですか。
それより、お2人さん。
入口で周囲の人が嫌悪するような会話をずっとしていましたが、営業妨害と捉えてもよろしいですかな?
さっそく、あなた方の組織に連絡を取りたいのですが」
「くっ、覚えてやがれ!!」
自分の所有する竜車に向かって逃げ出すヴァーリ。
「おい、待つんだ!!」
レミエルは、ヴァーリを追いかけていく。
「ふぉっふぉっふぉ」
ロディルはそんな2人の背中を見送りつつ、愉快そうに笑っていた。
クヴァルが入口の様子が落ち着いたのを見届けた後に、プロネーマに話しかける。
「どうやら嵐は去ったようですね。
プロネーマ、あなたも元気そうで何よりです。
パルマコスタ側からここへ来られたのですか?」
「そうじゃ。
先にマグニスに会ってきたゆえにの」
「ほう、マグニスですか。
あちらは今大変でしょうね」
マグニスは、豚を育てて屠畜場へと出荷する養豚場の仕事を請け負っていた。
クヴァルの言う大変というのは、近年急に流行り出した豚疾病のことである。
感染力が高く、周辺の農場へ蔓延することを防ぐためにも一頭でも感染が確認された場合、農場の豚を全て処分しなければならない。
今までの飼育費用が無駄になること、そして何より愛情を持って育てた我が子のような豚を処分することに対して、農家達は容易に受け入れることなどできない。
兎にも角にも、農場内への感染防止が第一である。
感染ルートは、野生のイノシシと言われている。
マグニスは対策としてワクチン入りのもなかを山に撒いているが、大きな改善とまではいかない。
そのため、ピリピリした様子で毎日農場周辺の電気柵を確認したり、石灰の粉を散布することでイノシシの侵入を防いでいた。
プロネーマは、マグニスが営む農場に視察に来たのだが防護服の着用を義務付けられており、マグニスの感染防止の徹底ぶりに感心した。
そんなことを思い出しながら、プロネーマはクヴァルに返答する。
「確かに大変じゃな。
しかし、きっと大丈夫であろう。
あやつは精一杯やっておるよ」
実際に見てきたプロネーマが言うのだから、マグニスの仕事ぶりは信頼できるものなのだろう。
クヴァルも社会を支える仲間の健闘ぶりを想像して、自身の仕事への熱意を燃やす。
同時に、マグニスと再び会って話したい気持ちも出てくる。
「…落ち着いたら、どこかで飲みにでも行きたいものですね。
働きづめも良くはありませんから」
「それなら、フォシテスも誘ってここに泊ってもよいの。
皆の拠点のちょうど中心地点ゆえに集まりやすい」
「いいですね。
マグニスには私から話しておきますよ」
その後、しばらくロディルとクヴァルの組織運営の状況を話し合った。
行政的組織に何か要望や不満がないかプロネーマは聞いてみたが、2人共顔を強張らせつつ「無いです」と即答した。
人の出入りが増えてきたため、ロディルはすぐに仕事へ戻る。
「そろそろ向かわんとな」
プロネーマが腕時計を確認しながら言う。
クヴァルが聞くと、最後にフォシテスの喫茶店に行くとプロネーマは言った。
「それでしたら…」
クヴァルはプロネーマをその場に待たせてロビー脇にある土産売り場に寄る。
袋を片手に戻ってくると、海ほてるでも人気の落花生を生地の上に散りばめた、焼き菓子入りの包みを袋ごと彼女に差し出す。
それと、プロネーマにも道中、口に出来るような飲み物を渡した。
「2人によろしく言っといてください」
クヴァルは伝言を頼んだ。
△△
『喫茶・グミの木』の店内で語り終えたプロネーマは、再びカップを口元に運ぶ。
フォシテスは、時折相槌を打ちながらも静かに彼女の話を聞いていた。
「と、いうわけじゃ。
フォシテスは開業してずっとイセリアにおったから懐かしかろう?
それと、皆で泊まる話はどうじゃ?」
「ああ。
マグニスともしばらく会っていない。
…そうだな。
もう少し先で良ければ、休暇を取ろう。
こちらから必ず連絡をする」
フォシテスは、言いながらプロネーマのカップのコーヒーが少ないので、おかわりしようかと目線で伝える。
プロネーマは、残りを飲み干して返答した。
「よい。
気持ちだけ受け取るとしよう。
時間を考えるともうそろそろ出ぬと、帰宅する頃には暗くなってしまうわ。
あの子にも一目会いたかったのじゃが、またにしよう」
「伝えておこう」
「ふふっ、よろしく頼むぞ。
それと、クヴァルの土産じゃ。
あとで2人で食べるが良いわ」
「ああ、感謝する」
土産の入った袋を受け取り、レジ清算を済ませるとプロネーマは喫茶店を出ていった。
10分ほどしただろうか。
喫茶店の入り口のドアがカランコロンと鳴りつつ、開いた。
ウェーブのかかった金髪の少女が、制服姿で来店する。
「フォシテスさん、すみません!
日直で遅くなりました」
「気にするな。
事前に連絡をもらっていたし、客もまだ1人だ」
「1人…ですか?」
少女がキョロキョロと辺りを見回すが、客はいない。
だが、フォシテスがカップとソーサラーを流しで洗う様子を見て、すでに客が店を出たことを悟る。
「プロネーマが来た」
フォシテスは洗い物をしながら彼女に話す。
「プロネーマさんが?
会いたかったのに…。
入れ違いになったんですね」
少女は、残念そうな様子だ。
「またすぐに会えるだろう」
フォシテスはそう言いつつ時計を見る。
「いつも通りなら、これから客が増えるはずだ。
アイトラ、早めに着替えを済ませておくんだ」
「そうですね…分かりました。
すぐに準備しますね」
喫茶店は、元は民家であり内装工事をしている。
カウンター奥には部屋が2つある。
1つは扉の無い調理室であり、もう1つは簡易的な更衣室となっているためアイトラはそこへ向かった。
白の長袖シャツの上から紺色のエプロンを身に着けたアイトラが更衣室から出てくる。
パンツは丈の長い黒で、靴は高校から来た時と同じスニーカーである。
長い金髪は、束ねて低めのお団子ヘアにしてある。
アイトラの準備が終えると、大手の工場より仕入れたパンの在庫を確認した。
パンは成形・発酵させるのは時間と人手が必要なため、焼き直すだけの状態で保管してある。
「今日は多めに仕入れたんですね。
捌き切れるでしょうか」
「問題ない。
来客数と君がアイデアを出した『はみ出すほどのほおばりグミサンド』の好評具合を考えれば売り切れる。
それと、具材の仕込みも済ましてある。
仕事は、段取り良くこなせば必ず目標達成できるはすだ」
アイトラの考えた新商品を食べるお客さんの様子をフォシテスは思い浮かべる。
皆、口からグミをはみ出しながら頬張って食べていた。
商品名に嘘はない。
そして、食べたものは幸せそうな顔をしていたことも捌き切る自信の元となっている。
フォシテスの言葉を聞いたアイトラは、両手の拳を胸の前で握りしめ意気込む。
「私も頑張ります!」
フォシテスは、そんなアイトラの様子を見て僅かに口角を上げる。
「頼りにしている」
入り口のドアがカランコロンと音を響かせつつ開いていく。
そこには、白髪の年老いた女性が立っていた。
女性は常連だ。
フォシテスは、アイトラに接客を任せてカップの準備をしている。
アイトラは女性の姿を見ると、すぐそばまで歩み寄り笑顔で声をかける。
「いらっしゃいませ。
お待ちしていましたよ、マーブルさん。
ゆっくりしていってくださいね」
案内されて着席したマーブルは、アイトラへ穏やかにほほ笑んだ。
「アンタは、本当に笑顔が似合うね。
一緒にいると、アタシまで元気が湧いてくるよ。
それじゃ、いつものブレンドをいただこうかね」
嬉しそうな表情のアイトラから注文を受けて、フォシテスが豆を挽き始める。
店内に再びコーヒーの香りが漂い始めた。