イセリア人間牧場奮闘記 before&after   作:あるいてごろりと

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クヴァル
唾棄すべき組織『ディザイアン』の幹部の1人。 細目で髪型はオールバックの男。
杖を用いて雷の魔術を使い戦う。
『エンジェルス計画』の発案者。
ロディルにパスワードは教えていない。

兵隊長は、強固な組織作りのためにあえて野心の強い者を選んだが、クヴァルが不利な状況になると彼の送別会をすぐに開こうとするため関わりたくなくなった。

好きな豚の部位はとマグニスから聞かれ、「豚足」と答えると毎年贈られてくるようになった。


黄の憂鬱

ソダ島で清掃をしていた絶海人間牧場の主たるロディルは、牧場に戻ると事務処理をしていた兵から神子達6人がトリエットを出たのちに第一の封印を解放したという報告を受けた。

 

トリエットは、ディザイアンにとって苦い思い出となった街である。

イセリア人間牧場から派遣された4人の兵の内、3人が行方不明となり残りの1人も心に異常をきたした。

はっきりとした日数は分からないが、数日滞在すればあちらの住人に取り込まれるという噂が流れていた。

また、滞在すると日数に比例して暑さで頭がやられてしまうのも被害者の判断遅れを促す要素として危惧されている。

実際に失踪事件が起きて皆が思うのは、トリエットには近づくべきではないという共通認識。

しかし、再生の旅がある以上トリエットに行く必要もあるかもしれない。

そこで決められたのは、1日以上滞在しないことだった。

 

短い時間であれば、取り込まれる可能性も限りなく低くなる(はずだ)。

また、複数人で行動を共にすることも義務付けられている。

さらには建物を損壊しておじさんを驚かせ、近づけさせないという自己防衛のためのアイディアも採用された。

トリエット内で人探しをするなら、フォシテスが描く手配書を使うのも有効手段である。

今後、ディザイアンの兵を脅かす脅威から身を守るためにも各牧場に周知徹底された。

だが、過去の惨劇を思い出しては胸を痛める者もいまだにいるという。

 

(我々ハーフエルフにとって、数年から数十年などあっという間のこと。

トリエットの事件の不安が収まるのはまだ時間がかかるでしょうかね)

 

事件をまるで昨日のことのようにしみじみと思うロディルに報告中の兵から言葉を足される。

 

「お忙しいのでしたら詳細は書面で確認されますか?」

 

言いながら兵の視線はわずかに下がる。

視線の先、ロディルの手に抱えられているのは布で巻かれた二冊の書物である。

絶海人間牧場に帰り着いた際に、部下の兵たちから「荷物は自分たちが持ちますよ」と言われたのだが、下手に触って本の中に封じられでもしたら大問題のため丁重に断った。

一度自室に本を運んでおきたいため、ロディルは兵から報告書をもらいその場を離れた。

 

道中、(自分で設計したのだが)変な乗り物に乗ったり複雑な転送装置の部屋で迷い行ったり来たりしながら何とか自室に戻ることができた。

本は中々重く運ぶのに苦労した。

よっこいしょ、とデスクの上に本を置く。

包装を解き、よく見ると分厚い本達からは異様な雰囲気が漂っていることに気づいた。

 

改めて、この本を部屋に持ってくることになった経緯を思い浮かべる。

ソダ島で清掃後の休憩を取っていた若い兵がたまたま見つけた代物である。

その書物にはエクスフィアが埋め込まれており、いわゆる禁書だ。

ロディルは、存在だけは知っていた。

テセアラにあるとされる禁書には、大きな力を持つ魔の者が封じられているという。

ロディルの目の前にある書物には、何が封じられているのだろうか。

 

そもそも誰が作ったのだろうか。

何が目的であろうか。

プロネーマから聞いたテセアラの禁書は、魔の者を封じまた試練のために活用されていると聞く。

この本もそうなのだろうか。

 

下手をすれば本の世界に囚われたまま一生出てこれないかもしれない。

ロディルはごくりと唾を呑み込む。

興味は非常にそそられる代物だ。

だが、一瞬躊躇するほどにはリスクの大きい危険な書物である。

 

(ええい!!

危険を承知で進まずして何が科学者か!!)

 

意を決したロディルは、本についているエクスフィアに手を伸ばす。

触れた瞬間、ロディルの体は渦を描くようにして本に吸い込まれていった。

 

「ふぉ~~~~~~~~~~~っっっ!!!???」

 

 

○○

 

 

意識がはっきりすると同時に辺りを見回す。

石壁に囲まれた一室で暗く、壁にかけられた燭台がなければ闇の中であったろう。

室内は狭く、真ん前の壁には木製の扉が一枚あった。

あたりには人や魔物の気配はない。

背後の床には、転送装置がある。

 

(ここから元いた場所にもどれるのでしょうか…。

しかし、テセアラの禁書は特殊な石がカギとなっていたはず。

石がなくともエクスフィアに触れただけで、ここに来れたのはなぜでしょうか?)

 

ロディルは、ソダ島で本を抱えて駆け寄ってきた若い兵を思い出す。

彼は、エクスフィアには器用にも触れることなく本を持っていたのだろうか。

どうにも考えにくい。

若い兵とロディルの違いはなんであろうか。

 

(私は禁書の存在を知っていて、さっきは本の中に入る意思を持って触れた…から?

知らぬ者は本の中に入ることが出来ない仕組みなのでしょうかね。

うーむ、推測の域を出ませんなぁ。

兎にも角にも…)

 

ロディルは扉の方へと歩み寄る。

ドアノブを掴み、ひねる。

木材のきしむ音が響くのを耳にしながら、扉を押し込む。

中は先ほどまでの一室よりずいぶんと広い部屋であった。

天井が高く、部屋を支えているであろう隅にある太く大きい柱がずらりと並ぶ。

床には赤いカーペットが敷かれており、その先には3つある段の手前で途切れている。

段の上には、来た者へ向き合うようにして豪勢な椅子が置かれていた。

椅子には、煌びやかな装飾の服を身にまとう年老いた男が座っている。

頭には王冠のようなものをかぶっていた。

 

(どこぞの王様にも見えますが、はてさて…)

 

どう声をかけようかと思ったのだが、ふと気づいたことがある。

男は部屋に来たロディルを見ていない。

顔はこちらを向いているが、焦点があっていない。

憔悴しているようにも見え、眼球は窪み頬はこけている。

見た目に反して、思っているよりももう少しばかり年齢は若いのかもしれない。

ロディルは、カーペットの上を歩き段の前で足を止める。

 

「おほん。

お初にお目にかかります。

私は、ディザイアンに所属する絶海人間牧場の主でロディルと言います。

あなたはこの本の主でしょうか?」

 

ロディルの問いかけに男は一瞬ピクリと動いたような気がした。

しかし、その後の反応がない。

もう一度、声をかけてみたが今度はピクリとさえ動かない。

予想通りではある。

どうにも、この男には生命力というものが感じられないからだ。

口元がわずかに動いていることに気づき、段を上り耳を近づけて聞き取ろうとする。

 

「知らなかったのだ。

…まさか、宰相が…だったなどと…」

 

ぼそぼそと喋って全然聞き取れない。

もし王族ならば、はっきり言わないと民や兵が困惑するのではないか、とロディルは思った。

老人はなおもぶつくさとつぶやいている。

 

「知らなかったのだ。

まさか、彼らが…だったなどと…」

「もし、ご老人。

聞こえていますか?

いませんか?」

 

男から返事は無かった。

 

「…うーむ、これでは引き返すしかありませんぞ」

 

ロディルは、目の前の老人が人間であることに気がついていた。

劣悪種など、いっそのこと引っ叩いて目を覚ましてやろうかとすら思った。

 

(いえ、そのような行為は脳が筋肉で出来ている者がしてしまう恥ずべきこと。

同族といえど簡単に意見を鵜呑みにしてしまう赤いドレッドヘアーのような行動は控えるべきでしょう。

私には私なりのやり方があるのですからね。

うーむ、言うことは聞かせたい。

しかし、反応は最初のごく僅か。

ならば…試してみますか)

 

ロディルは、一度引き換えして『日の目を見なかったヘルメット』を持ってくることにした。

 

 

 

 

△△

 

 

 

 

スピリチュアが率いる神子一行は、砂漠地帯で封印を解放したのちにオサ山道を通り漁師村のイズールドで村民の協力を得て、海を渡ろうとしていた。

しかし、村民の反応は良くなかった。

恰幅の良い漁師と思われる男が神子達に事情を話す。

 

「申し訳ないですが、先日の嵐で時化てしまいましてね。

いえ、波はもう収まりつつあるんです。

ただ、問題は海流が荒れている時に食事にありつけなかった魔物達なんですよ。

もうしばらくの期間、奴らは獲物を求め目の色を変えて活動するはずです。

魔物に襲われる危険が大きいのに、出船するのは大きなデメリットなんですわ。

パルマコスタにある蒸気船ならともかく、この村には頑丈な船がないですしね」

 

目を伏せて後頭部を掻く漁師。

海路はどうにもならなさそうである。

スピリチュアは漁師に「こちらこそお手間を取らせて申し訳ありません」と言い頭を下げた。

それだけだとばつが悪いので、網の上で干してあった魚を購入してその場を離れた。

4人の祭司の内の1人がスピリチュアに声をかける。

 

「スピリチュア様」

「…あの、祭司様。

人前でも出来れば、イセリアにいる頃のように『スピリア』と呼んでください」

 

祭司はうっかりとした表情をした。

 

「おおっ、そうじゃったな。

これは失敬。

スピリア様、これはもう陸路で進むしかありませんな。

北へ向かいますかのう」

「陸路で行けるんですか?

よくご存知でしたね」

「年取れば色々と経験するもんでしてな。

ただし、道は知っておるが魔物が強いルートじゃ。

突付いた者を石にしてしまう鳥もいますし、棍棒を持ったオーガが繰り出すローキックも強力でのう。

準備は万全にして行きますかのう。

今から『えもーしょなるばるーん』でねこにんと勝負に行ってこようかと思いましてな。

アイテムをがっぽり持って帰ってきますぞ」

 

祭司は表情を豊かにするためか、顔に手を当ててマッサージをし始めた。

次に、両手を上げてにこやかな表情でバンザイをしたり、すごく悲しい顔で俯いたりしている。

 

「助かります。

私も必要な装備を皆さんの分も含めて購入してきますので、後で落ち合いましょう。

魔物が強いルート…祭司様がそう言うならば私も心して臨みます」

 

言いながら、彼女は祭司がスピリアと呼んでくれたことにホッとしていた。

スピリチュア(以下、スピリア)は、その名を呼ばれることを苦手としていた。

なぜなら、自身の名は初代神子と全くの同名だからである。

導師と呼ばれた初代にあやかろうと両親がそのままの名をつけたのだが、当人からしてみれば恐れ多い話である。

 

まだ、世間を知らぬ幼い頃は良かった。

村の大人達は、子どもの少ないイセリアでスピリアのことをやたらと可愛がっていたからだ。

ご近所付き合いとは別に敬意を持って接していたのは、もちろん次代の神子であることと初代と同じ名前が関係していたのだが、無邪気な幼子であった当時のスピリアは知らぬまま過ごしていた。

 

時が経ち小さな学校に通うようになり、世界再生の旅について知識を得ることで、『スピリチュア』という名がいかに我が身に合わぬものかを思い知らされた。

 

初代再生の神子・スピリチュアはマーテル教の創始者である。

彼女は7人の賢者を率いて説法をしながら各地を周り、人々の心を救済してきたという。

さらに、パルマコスタでは教会を立てたことも授業で知った。

 

自分とは世界が違いすぎると思った。

その日から、彼女は周りの者に愛称として『スピリア』と呼ばせるようになる。

周囲の反応はいまいちだったが、押し通した。

 

正直、親がこの名をつけたことを恨めしくも思った。

初代や女神マーテルにすら良からぬ感情を抱いたこともある。

スピリアは神託の日が近くなるのと比例して、不安がどんどん大きくなっていった。

年の近い子がいないため、学校に1人で通う彼女に相談できる仲の良い友人などいない。

時折、喉が締め付けられるような感覚に襲われていた。

 

一部を除き期待の言葉ばかりかけてくる大人には、うんざりした。

内心、ため息ばかりついていた。

1人で生きていけるなら、逃げ出したいとすら思うこともあった。

条件ばかりをつけて実行できない自分も嫌になった。

 

考えが少し変わったのは、神託の日である。

再生の旅など行きたくないと思いつつ、嫌嫌祭壇で祈りを捧げると、スピリアの前に祭司の服装をした金髪の男が現れた。

彼は宙に浮いており、その現象は背中から生えた真っ白で綺麗な羽が生えているためだとスピリアはすぐに気づいた。

男は、レミエルと名乗った。

 

「スピリチュアよ。

お前は女神マーテルに近いマナを保持している。

初代再生の神子と同じぐらいにな。

これは滅多にないことだ。

ゆえに期待しているぞ。

世界再生の日は近い。

封印の解放に向かうのだ」

 

周りの大人達が口にするような中身が空っぽの言葉ではなかった。

マナについては、スピリアには確認しようがない話だが、レミエルは言い切った。

初代再生の神子と同じぐらい、と。

初代再生の神子が自身ではなり得ない存在なのは分かっている。

だが、あれだけ手放したいほど膨張していた不安が胸の中で軽くなっていた。

自分でも世界の救済ができるのかもしれない、と思った。

同等だと何ができるのか分からないが、全く何もないよりかは良いはずだ。

自然と世界再生の旅に意欲が湧いてくる。

旅立ちの日に母親から弟ができたと言われ、なおさら気持ちが強まった。

こうしてスピリアの再生の旅は始まった。

 

 

◯◯

 

 

スピリア一行は、海路を諦めて時計回りに大陸を歩いて回ることにした。

まず目指すのは、イズールドから一番近い所にあるハイマだ。

民家はないが、宿がある。

結構な距離を歩くし強いモンスターから逃げるのも疲れるので、体を休める場所を目的としていた。

 

海沿いの道を歩きながら、スピリアは少し前の出来事を思い出していた。

イセリアを出たスピリアは、トリエットの猛暑のせいで早くも心が折れかけていた。

正直、しんどすぎて歩くのも嫌になっている。

 

(意欲が湧いた…はずなんだけどなぁ)

 

お供の祭司達も砂漠地帯を目前にして競争を始め、足腰を痛めてしまった。

そのため、トリエットに着くのも思ったよりも時間がかかったのである。

そんな数日前の事を思い出しながらも、スピリアはハイマに向けて歩む。

良いことは何があっただろうかと考えたが、トラブルばかりの気がしてならない。

 

(前途多難。

でも、あのアメ細工のムチは甘くておいしかったな)

 

スピリアがもう1つ思い出すのは、トリエットの裏路地で出合ったディザイアンの兵が作ったムチの味だ。

ドロドロに溶けてはいたが、甘い物好きなスピリアが絶賛するほど美味しいムチだった。

 

(イズールドの船に乗れれば、パルマコスタで美味しいお菓子がすぐにでも食べられたかもしれないのに、嵐だなんてついてないな)

 

周りの祭司達や腕の立つ傭兵らに悟られぬよう背筋を伸ばして歩くスピリアだったが、気持ちとしてはがっくり肩を落としていた。

そこでふと思い出す。

自身の体の変化についてだ。

 

(そういえば、朝も駄目だったし。

もう、食べられないのかな…)

 

スピリアは暗澹たる気持ちで昨日の出来事を振り返る。

 

 

◯◯

 

 

スピリアは旧トリエット街の地下に隠された第一の封印を解放したのちに、レミエルから祝福を授かった。

封印の場を離れると急に具合が悪くなり倒れてしまう。

動くことも出来ず、野営をすることにした。

何時のまにかスピリアは寝てしまっていた。

夜中に目を覚ますと、余程苦しんでいたのか身体が汗だくになっていることに気がついた。

 

(砂漠の夜にこれは風邪を引いちゃう…)

 

けれども凍えるような感覚はなかった。

それは、スピリアの体にシーツがかけられているのと焚き火が近くにあるからだと気付いた。

 

意識のない自分の体を労ってくれる祭司達や腕の立つ傭兵に感謝した。

体を横たえたままふとある方向に目を向けると、祭司の1人が杖を自分に向けてかざしている姿が目に映った。

杖の先は淡い光を灯している。

ジッと見ていても目が傷まないほど優しい光だった。

スピリアが目を覚ましたことに気づいた祭司は、杖を離す。

 

「祭司様…?」

「ごほんっ。

起きられましたかな、スピリア様」

「すみません、あれから眠っていたみたいでして。

皆さんには苦労をかけます」

 

祭司は自分のひげを撫でている。

 

「再生の旅においてのワシ達の役割は神子をサポートすることですゆえ、気になさらんでくれ。

それなのに、こやつらはスピリア様が頑張っている中、ガッツリと眠りおってからに」

 

祭司は振り返り、大の字になって眠る3人の祭司達に目を向けた。

スピリアは薄っすらと微笑むようにして彼らのことを見る。

4人の老人には、自身が小さい頃からお世話になってきた。

鬼ごっこやままごとにも相手をしてくれたし、虫取りをしたこともある。

彼らに対して募るのは良き思い出の日々ばかりだ。

ちなみに、4人の祭司は兄弟であり、4人が立て続けに話すときは長男から順に喋るのが特徴である。

今起きているのは長男の祭司だ。

 

「皆さんもお疲れでしょうから。

私はもう大丈夫ですので、祭司様も休まれてください。

それに傭兵さんが見張りをしてくれていますし」

「むぅ、そう仰るのであれば。

ああ、それと念のため説明しておきますかのう。

恐らく今のスピリア様は、体が天使に近づいた影響で体調を崩したのであって一時的なものに過ぎないかと。

しかし無理はなさらぬように」

「はい、ありがとうございます」

「ほほっ、顔色が良くなったようで何より。

そういえば、料理をしたんじゃった。

焚き火の近くに神子様の食事を取ってありますからのう。

明日も歩きますので、食べて体力をつけてくだされ」

 

言うと、祭司はゴロリと横になってすぐに寝息を立てていた。

スピリアは、焚き火のそばに置いてあるロールキャベツが入った器を手に取る。

作ってから時間が経っていたようで、器から熱は感じられない。

スプーンも器の中に差してあり掴む。

ロールキャベツを小さくスプーンで切り、掬い上げて口にしようとして、ピタリと手を止めた。

 

(あれ…。

何だか…食欲がない)

 

器を手にした時から、見た目に関しては『美味しいんだろうな』とは思っても、それを『食べたい』とは思わなかった。

数時間食べてなかったのだから食事を取るといういつもの流れで器を手元に寄せたのはいいが、スムーズにスプーンを口に運べない。

必要ないとすら一瞬考えてしまったほどで、その思考を振り払うようにして首をふる。

 

(失礼なことを思っては駄目!

自分勝手過ぎる…)

 

スピリアは突如湧いて出た利己的な思考を恥じた。

せっかく祭司様が作ってくれたのだから、好意を無駄にしたくない。

ロールキャベツの乗ったスプーンを口に運んで咀嚼する。

味が無かった。

スープには色も付いているのに全く味が無いとは考えられない。

飲み込んで再びスプーンでロールキャベツを掬い、口に運ぶ。

やはり変わらない。

疑問に思いながらも3口目、4口目を食べる。

5口目になると、吐き気を催した。

食事を続けさせないようにするためか体が拒否反応を起こす。

スピリアは口元を手で抑えつつしばらくの間、口の中にある異物を外に出さないように耐えていた。

大きな吐き気の波が収まると、少しずつ喉の奥に咀嚼物を飲み込むようにして食べた。

その後も同じことを繰り返した。

心の中で、祭司達に何度も謝罪する。

苦しさで目に涙を浮かべつつ、スピリアは食事を取り終えた。

 

次の日に、スピリアは祭司達に昨日のロールキャベツのお礼を言った。

続けて、食事の時間が遅かったので朝食は抜きにしたいと伝えた。

やはり、食欲が無かったからだ。

年老いた祭司達は、「昨日食べられたのであれば、まぁ」やら「わしら梅干しみたいな奴らだけで食べても味気ない」とか「傭兵さんもおるじゃろ。じゃが…」だったり「なんなら、スピリア様との食事が生きがい」などと様々な意見が出た。

 

スピリアは「お茶だけでも良ければ」と言い輪の中に入る。

一時の団らんに心が安らいだ。

同時に今後の食事は、少しの量でも祭司達と取りたいとも思った。

 

食事が終わると、スピリアは少し散歩したいと言った。

お腹いっぱいで動けない祭司達は了承したが「町の外で迷子になると心配だから」と、腕の立つ傭兵を護衛につけられた。

 

(私ってそんなに迷いやすいのかしら?)

 

危険な旅で用心しているのは分かるが、子供扱いにちょっとだけ不満なスピリアだった。

 

 

 

 

△△

 

 

 

 

アスカード人間牧場の兵らは、日々エクスフィアを製造するべく勤めていた。

エクスフィアの製造には、生きた人間が必要となる。

まず人間にはコンベアに乗ってもらい、人1人がすっぽり入る棺のような箱に収める。

このあとに、エクスフィアとするための機械がガッチャンゴッチャンするのだが、大きな課題があった。

 

「また奴隷が逆走したぞー!!」

 

奴隷がコンベアで大人しくしてくれないのである。

生産ラインに立つディザイアンの兵が叫ぶと残りの者は、逆走する奴隷達を取り押さえる。

作業上、兵にとっても危険なため、もちろんコンベアの稼働は停止せざるを得ない。

しかし、取り押さえても機嫌を損ねた奴隷達は言うことを聞いてくれない。

頬を膨らましてすねてしまっている。

機嫌を直してコンベアに再び乗ってくれるのも数日を要してしまう。

こうなると、牢屋に戻すしかなくなる。

何度も試したことで、結果は分かりきっている。

 

このような事を繰り返しているため、最終工程のエクスフィア化にまで行き着く割合がかなり低い。

低位安定してしまっている生産性の改善は、アスカード人間牧場の課題の1つであった。

奴隷達の取り扱いに苦労する兵達の顔には疲れの色が見えていた。

 

次の日に、違う奴隷を牢屋から出して作業を始める。

まず、まだ運転していないコンベアの上にディザイアンの兵が立ち、奴隷達に手招きをする。

奴隷達は、好奇心に従うままコンベアの上に並び立つ。

ディザイアンの兵がコンベアから下りると、稼働ボタンを押す。

動き出すコンベア。

このとき、奴隷達は稼働音と自分達の位置がスライドしていくことを不思議に思いキョロキョロと辺りを見回す。

逃げ出さないかとヒヤヒヤし、ゴクリとつばを飲み込むディザイアンの兵達。

奴隷は動かず、胸を撫で下ろす面々。

 

ここまではいい。

しかし、もう少しで棺のような箱に入れられる所になると事態は一変する。

 

「また奴隷が逆走したぞー!!」

 

何度も聞いた兵の台詞が室内を満たす。

急に逆走しだす奴隷たちを見て、兵達はあわててコンベアの稼働を止めて取り押さえる。

機嫌を損ねる奴隷達。

こうなると、作業は進まない。

また今日も牢屋から出し入れするだけの日となってしまった。

 

 

◯◯

 

 

兵達の業務日報を確認したアスカード人間牧場の主であるクヴァルは、自身の部屋で頭を悩ませていた。

 

(コンベアには乗ってくれるのに、次の工程の直前で毎回逆走されてしまうのは何故でしょうか…!

このままでは、あの女からまた嫌味を言われてしまいますよ)

 

コンベアの導入は、割りと最近始まったばかりである。

今までは、最後のガッチャンゴッチャン以外は手作業でエクスフィア化をしていたのだが、奴隷に接触する機会が多いほど、兵達の怪我する回数も多かった。

そのため、ほとんど接触しなくてもよいコンベアを導入した。

能率を上げてエクスフィアを大量生産することも目的だった。

しかし、思わぬ誤算がクヴァルを苦しめる。

頭を抱えてどうしたものかと考えていると、室内に設置している立体映像装置が起動する。

装置の上に浮かび上がってきたのは、五聖刃の長であるプロネーマであった。

 

「小言を言いに来たが、時間はあるかえ?

クヴァル」

「そう言われると素直に『はい』とは言えないですよ、プロネーマ」

 

プロネーマはクヴァルに説教した。

新しく導入したコンベアをうまく使えないこと。

エクスフィアの生産数が少ないこと。

ディザイアンとしての面子について。

あと、何故か時折脱走者がいることについて。

クヴァルは、自覚があることなので耳が痛かった。

 

「し、しかしですよ?

エクスフィアの生産数を優先するなら手作業でやらなければいけないのですが、人手が足りません。

プロネーマ。

あなたから呼びかけて人員補充をして頂けないでしょうか?」

 

プロネーマは腕を組んでクヴァルを見下す。

ひやりとするような眼差しだった。

 

「何故、妾が呼びかけねばならぬ?

仮にも最高幹部の1人ならば、そなたが他の牧場主に呼びかければよかろう」

「あなたから呼びかければ、上司からの業務命令ということで手間なく出来るんですよ!

分かってて言っていませんか!?

大体私、知っているんですからね?

数日前のトリエットの事件後、あなたから動いてフォシテスの仕事のフォローをひそかにしているでしょう!

普段会議を見ている感じだとマグニスもそうですけど、彼らに比べて私に対しての接し方がぞんざいじゃありませんか!?」

 

熱く語るクヴァルとは対照的に、プロネーマはやれやれと言わんばかりの変わらず冷めた態度を取り続ける。

 

「案ずるでない。

何もそなたを1番ぞんざいに扱っているわけではない。

これでも五聖刃の長よ。

仕事に私情は挟まぬ。

ちゃんと意識してロディルと大差ない程度に扱っておるわ」

「ワースト1位の人と同じ括りにされても安心できませんよ!?

もはや差別に近い区別を止めてほしいと言っているんです!」

「差別などと過剰な表現はやめてもらいたいものよ。

感情に身を任せて勢いをつけると話がまとまらぬぞ?

ほれ、一度水でも飲んで落ち着くがよい」

 

ヒクヒクとこめかみを震わせるクヴァルだったが、確かに冷静になる必要性は感じていたのでマグカップに水を注いでグイッと飲み干した。

飲み終わるのを見届けるとプロネーマが口を開く。

 

「話を戻すが、コンベアに乗った奴隷達が引き返すのは毎回同じ位置なのかえ?」

「ええ、そうですね。

どの奴隷も箱に収納する工程の直前で逆走を初めています」

「その位置に異常はないのかえ?」

 

プロネーマも一応、問題の解決に協力する気ではいるらしい。

クヴァルは腕を組んで思い出しながら話す。

 

「あの位置のコンベアにはトンネルのような覆いがしてあって内部の様子は分かりません。

一応、途中で中の様子を確認するための透明な窓が取り付けてありますが、そこから覗いても変わった様子はありませんでしたよ?」

「奴隷達は窓の位置では大人しくしておるのか?」

「はい、至って変わらぬ様子でした。

やはり、問題は窓の先にある位置。

箱で収納するステージ直前に逆走しています」

「ふむ。

それならクヴァルよ。

コンベアの稼働を停止して覆いの中を兵に確認させよ」

「確かに、内部の点検らしい点検はしていませんでした。

分かりました。

変化があればまた報告しますよ」

 

クヴァルの話にプロネーマは頷いた。

ようやく方針が見いだせて良かった、と思うクヴァルであった。

 

「ところで話は変わるのですが、私が担当するアスカード人間牧場って、アスカードから遠い所にあるのに何でこの名前なんでしょうか?

ルイン人間牧場とかの方が良くないですか?」

「何じゃ、知らぬのか。

そなたが担当する区域は複数あるゆえ、省略しておるのよ。

あいうえお順で最初に来る名前を取って付けておる」

「ほう、そういうことでしたか。

ちなみに正式名称を確認してもいいですか?」

 

クヴァルは興味本位で聞いてみた。

軽い気持ちだった。

後に、聞いたことを内省した。

 

「アスカードイズールドハイマバラクラフ王朝ユウマシ湖ルイン人間牧場じゃ」

「…以前より思っていたのですが、私の担当区域広すぎませんか?

他の3人より圧倒的じゃないですか。

もはや、嫌がらせですよね?

あと、バラクラフ王朝とユウマシ湖は住人いないですし、イズールドはどっちかというとフォシテスじゃないですか?」

 

イズールドがディザイアンの手にかからない平和な漁村なのは、クヴァルの抱える作業量が原因であった。

 

「そんなことはない。

ロディルはああ見えて、海域を担当しておる。

陸地よりも海の方がよっぽど広い。

それと、フォシテスにイズールドを担当させるとなると砂漠地帯とオサ山道を超えねばならぬ。

度を超えた負担は仕事のパフォーマンスが落ちるゆえ」

「海域の担当って、余程のことが無い限り何もしなくても良いのでは…。

あと、私のパフォーマンスは一切考慮してませんよね?

…いや、もういいです。

もうこの話は止めましょう。

何だか頭が痛くなってきました。

とにかく、コンベアに関しては分かり次第報告しますから」

 

クヴァルはもやもやを解消したかったが、これ以上プロネーマと話をしても返って悪化するだけだと判断して止めた。

早く1人になりお茶でも飲んで落ち着きたかった。

 

「では、そろそろ通信を切るとしようぞ。

普段からそのぐらい素直であれば良いのだが。

糸目と科学者は大概裏切るゆえにこちらも気を張って疲れるわ」

「あっ!

今、ハーフエルフを見た目で判断しましたね!?

部下を信頼しない上司は、部下からも信頼されないんですよ!

聞いていますか!?

 

……くっ!

通信を切りましたか。

あの女狐め。

ひそかにロディルと共同開発している魔導砲の実験体にでもしてやりたいぐらいですよ」

 

クヴァルはロディルと2つの共同作業を行なっている。

1つ目ははるか昔に『トールハンマー』とも呼ばれた兵器の復活である。

魔導砲の復活はロディルから持ちかけられたのであるが、実現できれば強力な戦力となる。

いざという時には、プロネーマの寝首を搔くことも容易にできるかもしれない。

クヴァルは何度か絶海人間牧場にも足を運び、製造に協力している。

そのためか、絶海人間牧場に迷うことなく出入りも出来るし、器具機材の位置もロディルより把握していた。

なんなら、絶海人間牧場内にある電気室に配置された配電設備の修理作業に赴いたこともあるぐらいだ。

 

取り組みについて、もう1つはクヴァルが提唱する『エンジェルス計画』だ。

人体を用いてハイエクスフィアを製造する。

大量生産が可能であれば、『無機生命体の千年王国』も夢ではなくなるのだ。

ただ、クヴァルの思惑はロディルとは違うところにもあった。

正確には今は、だが。

2つの計画が始めた頃は日々が充実していた。

 

理不尽なまでの作業量は体にストレスを蓄積していく。

大きなストレスがもたらしたのは、食欲の減退であった。

今朝もはちみつをかけたヨーグルトしか口にしていない。

お昼はみかんを入れた寒天ゼリーだ。

晩飯はさすがにタンパク質を取らないと体が持たないので、マグニスからもらった豚足にするつもりである。

『エンジェルス計画』成就もはやくアスカード(中略)人間牧場から新しい環境に栄転し、作業を減らしたいからという考えに変わっていった。

魔導砲に関しては、脳内であのプロネーマがいる救いの塔に向けてぶっ放しストレス発散することがある。

同じような処遇のロディルも最近、『たまにユグドラシル様や女狐のいる所に一撃見舞う想像しちゃうんですよ、参りましたなー』などと口にするようになった。

一応、ユグドラシル様の名は口にしない方が良いとクヴァルは注意しておいた。

 

ぞんざいな扱いを受ける者同士、通じるものがあるらしい。

これも待遇の差が大きいのが理由であろう。

やはり、良い組織というものはハーフエルフを大事にしてくれなければ成り立たないのだ。

ただ、ロディルは時折クヴァルに探りを入れてくる。

「そう言えばエンジェルス計画の保存データのパスワードって何でしたかな?

え?そもそも教えていない?

ふぉっふぉっふぉ。失敬、記憶違いでしたか」

「お忙しいのであれば、代わりますぞ。

え?雑務ですか?

なら、やりません」

などと怪しい発言ばかりしている。

 

(やっぱり通じてませんね…)

 

ロディルがワースト1位の扱いを受けるのも致し方ないと思うクヴァルであった。

 

 

◯◯

 

 

その後、兵達がコンベアのトンネル内部を確認すると側面の壁に3つのシミを見つけた。

3つのシミは配置的に人の顔にも見えたため、兵達は「これは確かに…」や「ああ、怖いな」または「俺も逃げる」と逆走する理由に納得し、清掃をした。

それ以降、奴隷達が逆走することは無くなった。

 

クヴァルは正常に生産出来ているのを見て、胸のつかえがとれて安堵する。

気づけば、空腹感が出てきている。

今日の晩飯は久々に豪華な物にしようかと考えた。

自分の部屋に戻るために兵に声をかけてコンベアを止めてもらう。

 

(しかし、私の部屋は敵から身を守るためにコンベアを上った先に作りましたが、出入りの度に止めなきゃならないですし失敗ですね。

部屋にはトイレがないから1日の間に何度も止めなきゃですし。

エクスフィアの生産数を落としてまでやることでは無かったですね。

声をかけた兵もどことなく不満気に見えましたし)

 

先程の兵も「あっ、部屋に戻るんですか。コンベアさっき動かしたばかりでしたが…。あっ、大丈夫っすよ。ひとっ走り行って停止ボタン押して来ますね」などと言っていたのをクヴァルは気にしていた。

 

部屋に戻るとほぼ同時に立体映像装置が起動した。

映し出されたのは、プロネーマではなく伝令役の天使だった。

 

「おや、プロネーマはどうしたのですか?」

「彼女はテセアラに出張中のため、代わりに私が。

ユグドラシル様より指示があります」

「ユグドラシル様から私に…?

珍しいですね。

指示内容は何でしょうか?」

「再生の神子がハイマに入った直後、崖の上で落石が起きて出入り口が塞がれてしまったそうです。

早く旅を終わらしたいから、撤去作業へ取り掛かって欲しいとのことです」

「………」

 

一難去ってまた一難。

クヴァルの仕事は湯水の如く湧いて出る。

食欲もなくなっていた。

今日の晩もまた柔らかい物しか食べれないだろう。

ロディルと同様、救いの塔へ向けて魔導砲をぶっ放したくなるクヴァルであった。

息抜きのために外に出ようと考え、内線で兵にコンベアを止めるように伝える。

兵は、随分間が空いたあとに小さく「………はい」と力無く言い、クヴァルは申し訳なく思った。

 

(近道しますか…)

 

クヴァルは、人間牧場付近の抜け穴に直通する道に入り進む。

通路を作るきっかけは、遅刻ギリギリの兵がいたからであった。

兵は申し訳なさそうに何度も頭を下げるが、遅刻寸前なのは変わらない。

どうしても朝が弱いハーフエルフもいるのだろうと、クヴァルは皆で話し合った。

外から牧場施設内への通路は、その兵が朝礼に間に合うように相談して作ったのである。

出口付近になると背丈ほどの高さの岩が視界に入る。

侵入もしくは脱走者を出さないように配置したものだ。

クヴァルは懐から『ディザイアンオーブ』を取り出す。

掲げると、岩が不自然に横スライドして外へ出られるようになる。

太陽の光を浴びてセロトニンを分泌させることで、気持ちが少しばかり和らぐ。

満足して牧場施設内に戻るクヴァルであったが、まさか脱走者も使っているとは露ほども思わぬディザイアンの面々であった。

 




スピリア
再生の神子。 初代ではないスピリチュア。
甘い物が好きだが、旅立つまでケーキを食べたことがなかった。
面識は無いが、弟の名前はピッテウス。

豚肉は食べたことがない。
(イセリアでは鶏しか育てていないため)
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