イセリア人間牧場奮闘記 before&after   作:あるいてごろりと

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紫の決意

絶海人間牧場の主であるロディルは、『日の目を見なかったヘルメット』を取りに一度本から脱出していた。

本の中にある転送装置に乗れば、簡単に外の世界へと出れるのだ。

辺りを見回して自室であることを確認する。

内線を入れて事務員兵に時間を聞く。

推測していた経過時間と差はなかった。

つまり、本の中と外の世界では、時間の流れに差がないようだ。

自身の部屋の時計は、本の影響を受けているかもしれないことを考慮して信用しなかった。

 

ロディルは、自身の机の脇に置いていたジュラルミンケースを取り出して中身を確認する。

ヘルメットはケース内にあった。

蓋を閉めてエクスフィアがはめ込まれた本の前に運び出す。

再び、エクスフィアに触れる。

吸い込まれていくロディル。

 

気が付くとやはり同じような暗い一室にいた。

背後には転送装置がある。

目の間には木製のドア。

ドアを開くと先ほどまでとはガラリと雰囲気が変わった城内の謁見室のような部屋に移る。

歩を進めて豪華な椅子に座る男の前に立つ。

さっきと変わらず視界に入っているはずなのに、男の目はロディルにピントが合っていない。

耳を立てると、ぼそぼそと話しているが決してロディルに語っているわけではない。

 

「さて、それじゃあ実験を始めますかな」

 

まず男の頭に乗せてある王冠らしきものを外した。

何だか、男がムッとしたようにも見えるのは気のせいだろうかとロディルは思う。

ジュラルミンケースから『日の目を見なかったヘルメット』を取り出して男に被せた。

男は一瞬、「うっ」と声を出していたが他に反応らしきものはない。

ロディルは、咳払いをして話す。

 

「ごほんっ。

私の目の前にいる男よ。

声が聞こえているなら返事をしなさい」

 

男の顔が歪んだ。

何かに抵抗しているようにも見える。

 

(やはり、一時的ですら気持ちのつながっていない相手ですから効きが悪いですな。

しかし、先ほどよりはまだ見込みがありますぞ)

 

もう一度、二度、三度と根気強く声をかけ続ける。

反応は乏しいままだ。

だが、徐々に受け入れてきたのか、男の歪んだ顔が緩んでいく。

 

「もう一声ですかな。

統制というのは大変ですな。

私もしがない人間牧場の主として勤めておりますが、思いもよらぬことだらけですぞ」

 

ロディルは、先程目の前の男がぼそぼそと言っていた言葉を思い返し、相手が少しでも共感するであろうことを話した。

身なりや部屋の雰囲気からして、そういった立場である者と容易に理解できたためだ。

やがて、男の目はくぼんだままだが瞳に生気が宿る。

別人かと思うほどに顔つきが気品ある者へと変わっていく。

今までは意識が混濁していたのかもしれない。

ロディルが指示を出すことにより刺激がわずかに与えられた影響だろうか。

どことなくスッキリとした表情にも見えた。

ゆっくりと口元が開かれるのをロディルは確認した。

やがて、男は話し出した。

 

「な、なんだこの被り物は…!

私の王冠を外すでない!」

 

ヘルメットがお気に召さなかったようで文句を言っていた。

しかし、変化はあった。

ロディルはニヤリとほくそ笑む。

 

「ふぉっふぉっふぉ。

失礼、あなたが意固地な物ですから仕方がなかったのですぞ。

どうかご無礼を許されよ」

「…貴様は何者だ。

私にこんな事をして許されると思っているのか?」

「私はしがない牧場の主ですぞ。

ちなみに、どう許されないのかお聞かせ願いたいですなぁ」

 

聞くと男は周りを見て黙りこんだ。

どうやら本人自身に相手を裁く実行力はないらしい、とロディルは推測した。

武力のない一個人など取るに足らない。

だが、情報は聞きだしておきたい。

 

「失礼いたしました。

私は世情に疎い身でして。

あなたの身分を鑑みることもせずに声をかけたことを謝罪いたしますぞ。

ただ、たまたま見かけた本の中に封じられたあなたを不憫に思い、救い出したい気持ちでここに参った次第なのです」

 

男はロディルの言葉と現在の状況が結びつくか考えているような表情をしていた。

 

「本の中…?

今我らがいるここがか?

どういうことだ…だが。

そうか、もはや驚くまい。

原理は分からぬが、知らぬ間に移されたようだな。

全く、情けない話だ。

いや、私の方こそすまない。

もはや私には王としての権限などない。

貴殿のような者の志に感謝する」

 

まっすぐにロディルを見据えて礼を言う男には、王として遜色ない雰囲気が漂っていた。

ロディルは、男の言葉を聞いて自身の想像が当たっていたことにやや気持ちが昂る。

 

「王…やはりあなた様は王なのですな!

気品ある出で立ちでしたので、間違いないと確信していましたぞ。

失礼ながら、どこの国の王かお聞きしてもよろしいですかな?」

「ふっ。

確かに、世を知らぬようだな。

だが、構わぬ。

私はシルヴァラント王国を治める王だ」

「シルヴァラントの王…」

 

ロディルは少し困惑した。

テセアラならともかく衰退世界であるシルヴァラント大陸に王族はいない。

しかし、目の前にいる男が嘘を言っているようにも見えない。

何より、まだヘルメットは被ったままだ。

 

(本の中は時間が停滞している…。

つまりははるか昔に存在していた王ということですかな?

バラクラフ王朝もあることですし、あり得ない話ではない。

なぜ、本の中にいるかは分かりませんが)

 

ロディルはいつの時代の王か気になり質問する。

 

「もう一つ確認したいことがありますぞ。

あなたが王としてシルヴァラントを治めていた前後に、何か歴史に残るような大きな出来事はなかったでしょうか?」

「何をおかしなことを言っている。

誰もが記憶に残るような出来事ならあったであろう。

何せ、長きにわたり続いた『カーラーン大戦』が終結したのだからな」

「ふぉっ!?」

 

ロディルはさすがに驚いた。

今や古代大戦とも呼ばれる魔科学兵器の使われた、歴史上最も長く最も凄惨な戦いが『カーラーン大戦』である。

1000年間続いた古代のシルヴァラントとテセアラの王国が起こした戦争の終結は4000年近くも前の事だ。

すなわち、目の前にいる男は少なくとも4000年を生きていることになる。

本の中にいることが、劣悪種である人間の寿命を遥かに上回る生存を可能にしたのだろうか。

疑問は尽きない。

 

「シルヴァラント王よ。

どうか落ち着いて聞いてください。

今の時代は、あなたが王に即位してからおよそ4000年もの時間が経過しています」

「な、なんだとっ!?

まさか、そこまでとは…」

 

呆然とした表情のシルヴァラント王。

無理もない、とロディルは思う。

だが、病人を労わる看護師のような気持ちを抱けない。

目の前にいる男は、やはり劣悪種である人間に他ならぬからだ。

 

続けて、いつから・どのようにして、本の中に封じられていたのか聞いてみた。

急に、王の体がぶるぶると震え出していた。

まるで、狼におびえる羊のような様は王としての威厳が急に曇って見えた。

青くなった唇から言葉が吐き出される。

 

「この本にいつからいたのか…分からぬ。

だが…、私は肉体から魂を離された。

思い出すのも恐ろしいが…、私は一度不気味な男の腹の中にいたのだ。」

 

言い終えると、王は額に片手を添える。

それが無意識に不安を抑えようとする仕草であることをロディルは見抜いていた。

だが、構わず質問をする。

 

「肉体から魂を離すとは?

それに、腹の中とはどういうことでしょうか」

「分からぬ。

とにかく、そういった感覚があったとしか言えぬのだ。

きっと、私はその男の手により魂を肉体より取り出された。

そして…、私は食われたのだ…!」

 

ロディルは思考する。

シルヴァラント王の肉体は、もはや存在せずに魂だけがこの世に存在している。

そして、しばらく男の腹の中にいた…。

きっと、男は人間ではないし恐らくハーフエルフでもない。

長寿のエルフでも魂を食べるなどと聞いたこともない。

 

(つまりは…魔の者ということですかな)

 

テセアラにあるというエクスフィアがはめ込まれた本には、ニブルヘイムの次代の王候補が封じられているという。

シルヴァラント王を腹の中に入れた後に、本の中に封じこめたのもそういった輩なのかもしれない。

 

「しかし、下品な話ですな。

なぜ一度腹の中に入れた王を再び取り出して本の中に封じるような真似をしたのでしょうか?

食物を口と胃で何度も反芻させる牛じゃあるまいし」

「…腹の中から取り出された私は、男の声を聞いた。

やつは、『絶望を熟成すれば益々美味しくなる』と言っていた」

「ふむ、どちらかと言うと王の魂はワインのような扱いをされたわけですな。

いやはや、無礼極まりないですぞ」

 

王は、失礼な例えに怒る様子もなく俯いていた。

頭の中は恐怖でいっぱいなのだろう。

ロディルは言いながら『絶望』という言葉を記憶に刻む。

 

(絶望を熟成…。

すなわち、魔の者の嗜好品が負の感情で満たされた魂ということでしょうか)

 

なんとなく、『クルシスの輝石』の成長条件を思い出す。

神子にとり付ける輝石は、負の感情によって育まれるからだ。

そのため、ディザイアンは神子に数々のいやがらせをしてきた歴史を持つ。

きっと、旅の終わりに近い神子の魂は魔の者からすれば絶品であろう。

 

(魔の者が神子を狙う要因にもなりかねない話ですな。

まぁ、この王に勝る者はそういないでしょうが。

これはまた、レネゲードだけでも煩わしいのに厄介な事ですぞ)

 

目立った活動をしていない所を考えると、魔の者はそもそも現代まで生きているのか分からない。

だが仮に生きている場合、ユグドラシルの提唱する『千年王国』に支障をきたす条件を持つ存在なのは間違いない。

ロディルは魔の者の正体を突き止めようと王に質問をする。

 

「王よ、私は決心致しましたぞ。

私の正義の心が叫んでいるのです。

悪しき輩をとっ捕まえて見せますぞ。

その輩の特徴を教えて下さいますかな?」

 

王は左右に首を振った。

どうにも話がスムーズにいかないことを王の反応を見てロディルは予感した。

 

「奴の姿は…宰相だ」

「自身に仕えてきた者に裏切られたということでしょうか?

気の毒ですが、それなら宰相の外見上の特徴を言ってもらえれば済む話ですぞ」

 

王はもう一度首を振る。

 

「言葉が足りなかったな。

宰相の姿をしていた、といった方が正しいだろうか。

私が肉体から魂を引き離される際、そいつは宰相の姿をしていた。

どこから見ても私に長年仕えた男の姿をしていた。

しかし、私には分かる。

あれは宰相の姿をしただけの別物だ」

「…私の勘にすぎませんが、宰相は王よりも先に魂を食われたのではないですかな?

そして、魂が無くなり空いた宰相の肉体にそいつは入ったとか」

「分からぬ。

しかし、あり得ぬ話ではない。

声すら宰相のものであったからな」

 

魔の者は魂を取り出して食べ、さらに肉体を乗っ取ることができる可能性が出てきた。

つまりは、他者を演じることで人を騙す存在。

特定がしづらいのは容易に想像できる。

本当に厄介極まりないとロディルは思う。

 

「もう一つ聞きたいのですが、王が絶望するような事柄に心当たりはありますかな?」

「…遠慮なき態度もそこまでいくと逆に気持ちが鎮まるものだな。

そうだな、私の絶望…。

民を置いて囚われてしまったこと、2つに分断された直後で不安定な国を支えられなかったこと、そして…。

4人の英雄たちを信じることが出来なかったこともだな」

「4人の英雄とは…?」

「その反応からして、大戦は後世に伝わっても彼らのことは歴史に残らなかったようだな。

いや、それも私の愚行ゆえか」

「4人の英雄の名を聞いてもよろしいですかな?」

 

ロディルの問いに、王は頷く。

 

「ミトス・ユグドラシル、マーテル・ユグドラシル、クラトス・アウリオン、ユアン・カーフェイだ。

彼らは戦争により消費したマナで滅びかねない世界を救ってくれた大恩ある勇者達だ。

それを…」

 

現代のシルヴァラントでは、マーテルは女神とされミトスだけは英雄扱いされている。

残りの2人は、歴史に名を残されていない。

ロディルは、嘆息する。

ユグドラシルの為すべき計画を把握していたからだ。

 

(下らないですな。

かつて世界を救おうとした男が、いつの間にか姉を甦らせるために4000年近くも時間をかけて『無機生命体による千年王国』創設を目的としたなどと…。

おかしな方へ方針を変えるようでは、下の者はついてきますまい。

やはり、支配者の器ではないですぞ)

 

4000年間、上の者が1人の女性を救おうと活動していることに対してロディルは飽き飽きしていた。

改めて、魔導砲を復活させた暁には救いの塔に目掛けて発射することを強く思う。

ふと前を見ると、王がこちらを驚いた眼で凝視していることに気が付く。

不審な顔つきだったのだろう。

深呼吸して、穏やかな表情を意識して作るロディル。

 

「話の腰を折ってしまい、申し訳ないですぞ。

私は歴史と偉人が大好きな故に、現代史に残らぬ英雄が不憫だと怒りに震えていたのです。

どうぞ、続きを話してください。

ええと、4人の英雄の話でしたな」

 

王は若干戸惑いながらもロディルの言葉通りに続きを話してくれた。

 

「う、うむ…。

私は彼らを裏切ってしまった。

世界が分断された後に、宰相からとある話を聞いたのだ。

『4人の英雄が我々を裏切り、マナを独占しようとしている』とな。

焦った私は悩んだ。

国を守るためならば、例え大恩ある者達でも道理に外れた行動をとるならば剣を向けなければならないのか、と。

悩んだ末に答えを出した。

彼らの下に兵を出して裏切りの意志あれば切り捨てよ、と指示を出した」

 

王は一旦、言葉を区切る。

何かを受け入れることを決意するためなのか、一呼吸おいてから話を続けた。

 

「出兵した者達は戻ってこなかった。

恐らく殺されたのだろう。

その時の私は、やはり宰相の言うように彼らが裏切ったのだと思い込んだ。

手際よく情報を集めた宰相がいなければ事態はもっと悪化していた、と考えたほどだ。

だが数日後に、肉体から魂を切り離されたことでその考えは間違いだと知った。

きっと、宰相の姿をした者は王国…いや、世界すらをも陥れるためにデマを伝えたに違いない。

兵が殺されたのも、4人の英雄達の逆鱗に触れるような事を起こしたからではないか。

もしかすると、その出来事すら奴の意志によるものではないかとすら考えてしまう。

私は今更ながら思う。

なぜ、彼らを信じることが出来なかったのかと」

 

王の表情は暗い。

魂だけの存在となった無力な男には、もうどうしようもないことだ。

再び俯き、過去の決断を悔やんでいる。

 

 

 

 

△△

 

 

 

 

旅立つ前にはスピリアの母のお腹は大分、大きくなっていた。

スピリアが新たな命を宿した弟妹について聞く。

 

「その子の名前は決まったの?

あっ、でもまだ男の子か女の子かも分からないか」

「男の子よ。

何だかそんな気がするの。

名前はピッテウスにするわ」

 

スピリアの母はフンと鼻を鳴らし、胸を張って自信満々に答えた。

直感のはずだが、言い切る母を見ているとなぜだかスピリアもそんな気がしてきた。

 

(私が再生の旅を成功させないと、その子の子どもか孫が次回の旅に出てしまうのかな。

それとも世界が滅びるのが先になってしまうのかな…)

 

スピリアが思うのは、再生の旅がもたらす結末と自身の家系の結婚事情についてだった。

再生の旅はマーテルの器となるための試練。

試練を乗り越えて器に成れれば、世界は救われる。

だが、16歳にしてその者の人生は終わりを迎えることとなる。

スピリアが失敗した場合、次代の神子は彼女と同様に親や兄弟と長く一緒にいられない。

 

(私が見送る側だったら嫌だな。

『世界を救えるなら』なんて割り切れないと思う…)

 

スピリアが真っ直ぐに世界を救うことだけを考えないのは、4人の祭司達の影響もあった。

マーテル教に身を置くイセリアの祭司であれば、神子には世界を救う意義を伝えなければならない。

だが、4人の祭司達は独自の価値観を持っており、神子に教育するという仕事をほどほどにしていた。

要するに、サボっていた。

雑談したり遊んだりして過ごす日々も少なくなかった。

スピリアは幼い頃に、いつから祭司をしているのか4人に聞いたことがある。

 

「5、6年かの。

意外と短いじゃろ?」

「それまでは、野宿したりアルバイトしたり起業したりして暮らしとったな」

「そうじゃな。

パルマコスタで商いをし始めたのに、『イカ・ガワーシ』とかいう老舗に叶わず、すぐに店を閉めなきゃいけなかったのは悔しかったわい」

「なんなら、野宿生活の方が長かった」

 

スピリアにとって周りに比べて変わった生き方をする祭司4人は、唯一と言っていい刺激を求める居場所となっていた。

変わっていたのは生き方だけでなく考えもだ。

スピリアに神子としての期待の言葉をかけない。

親しみを持って接してくれるご近所さんのような存在だった。

それがありがたかった。

学校が休みの日、村には歳の近い子どもがいないのもあって朝から4人に会いに行っていたぐらいだ。

スピリアの顔を見ると嬉しそうに祭司達がくれる飴は、甘い物好きに拍車をかけている。

神子としてしか見てこない大人に辟易していたスピリアの心を祭司達はほぐしてくれた。

 

家系の結婚事情については、祭司達がスピリアに話をしてくれたことで知った。

マーテル様の器となるべく者は、固有マナが近いものでないといけない。

恐らくだが、血もそうなのかもしれないと祭司達は言っていた。

本当かは確認しようがないから、分からない。

けれど、面白いと思った。

失礼な話だが、女神にも自分たちと似たような血が通っているんだ、とスピリアは子どもながらに関心した。

さらに聞いた話としては、血脈を維持するため初代再生の神子・スピリチュアの代から次の神子を産みだすよう血が近いもの同士で結婚をしてきたのではないか、ということだ。

要するに、再生の旅が終わらないと家族内もしくは近縁の者同士で子孫を作る義務がつきまとってくる。

自由な恋愛が出来ないのだ。

それは大変だ、と子どもながらにスピリアは思った。

 

イセリアから旅立つ日に、母親から子どもの話を聞いたスピリアは早くも(妹かもしれないが)弟に情が移っていた。

弟には好きな人と結ばれて、我が子もしくは孫と好きな時に顔を見せ合える人生を過ごして欲しい、と思った。

 

(そういえば、私や両親の髪色は金色だけどマーテル様も同じだったのかな?

固有マナが近いんだし、多分そうだよね。

そうじゃなかったら、マーテル様の身内の人が金髪で私達はその人の子孫になるもんね)

 

スピリアは、物思いに更けながらイセリアの村を出た。

 

「天使になっても甘い物を食べ過ぎるんじゃないよ」

 

母がスピリアの背中に声をかける。

振り返ると、普段気丈に振る舞う母にしては珍しく心配そうな表情をしているように見えたスピリアであった。

 

「うん、お母さんも体に気をつけてね」

 

 

○○

 

 

スピリアが目を覚めると、丸太を並べた天井が見えた。

暖かく感じるのはシーツが体を覆っているからだろうか。

どうやら自分は木造の建築物の中にいて、ベッドで寝ていたということに気が付く。

先ほどまで見ていた、旅立ち前の日々の振り返りも夢だったようだ。

上体を起こして周りを見ると、誰もいない一室だった。

違和を感じ、頭に手を当てると布のような物が巻かれていた。

たぶん、包帯だろうと思った。

何となくだが、思い出してきたのだ。

 

(確か…ハイマの入り口目指して、崖際の坂道を皆で登っていて…。

立札の近くに立っていた宿のおかみさんと話をしていたら、ディザイアンの人達が来たんだ。

一悶着あった後に、落石が起きたんだっけ。

それで…)

 

ズキリと頭に痛みが走る。

鏡が無いから分からないが、もしかしたら包帯には血が滲んでいるのかもしれない。

包帯を触った手に付着しなかったのは、時間がたったからだろうか。

 

 

○○

 

 

ハイマの入口でおかみさん(そう呼んだら気に入ってくれた)と話していたスピリア達の背後からディザイアンが数名強襲してきた。

腕の立つ傭兵が剣で防いだお陰でその場は助かったが、彼らは間違いなくスピリアを殺しにかかってきていた。

姿を見たスピリアは声を上げる。

 

「ディザイアン…」

「フン、我々がディザイアンか。

面白いことを言う」

「それはどういう…」

「何も知らなくて良いな、神子は」

 

1人が魔術を使うために、詠唱し始める。

ここでおかみさんがディザイアンの姿をした者達に詰め寄った。

宿に人が来なくなるような真似はしないでほしいと注意している。

ディザイアンの姿をした者は舌打ちをし、手を振り払い突き飛ばした。

おかみさんの体が壁にぶつかる。

頭を打ったらしく、ズルズルと滑り地面に横たわり気絶するおかみさん。

他所見をした魔術使いが、「あっ!」と言いながら崖の上へ『アクアエッジ』を飛ばしていく。

もとから亀裂でも入っていたのか、水の刃が壁に当たった衝撃で事態は一変する。

小石が降ってきて上を見上げる一同。

突如始まる大岩と小石のどしゃ降り。

鈍く重い音が響きながら近づいてくる。

 

驚き退散するディザイアンらしき者達。

腕の立つ傭兵は一番危険個所にいた次男祭司と四男祭司を両腕で抱えて走る。

 

「向こうへ行きましょう!」

 

もう全力で走れない長男祭司と三男祭司は、スピリアに言われた方にヨタヨタと駆けていく。

祭司達が後ろを振り返ると、背中から薄いピンク色の羽を展開したスピリアが気絶したままのおかみさんの下へ向かっていた。

 

「スピリア様!」

 

祭司達の声を聞きながらもスピリアは、おかみさんの腰と膝裏に手を回して持ち上げ、祭司達のいる方を見る。

 

(ごめんなさい!)

 

クルシスの輝石を胸に宿してからは妙に力が強くなったため、おかみさんを腕の立つ傭兵の元へ投げる際は細心の注意を払った。

 

(あっ!)

 

だが、祭司達のはるかに頭上へと飛ばしてしまう。

腕の立つ傭兵は、一度ジャンプするともう一度空中を蹴り上げた。

無事におかみさんをキャッチする腕の立つ傭兵。

スピリアは謝罪しようとしたが、腕の立つ傭兵が頭上を指さしたため意識を切り替える。

一か八かだったが、スピリアは頭上から降ってくる大岩を何とかよけることができた。

しかし、どうやら小さい石が頭に当たってしまったようだ。

視界が急に暗くなった。

 

 

○○

 

 

そこから意識が途絶えたことを思い出した。

心配なのは祭司達4人に腕の立つ傭兵とおかみさん。

頭の怪我が完治していないということは、祭司達に何かがあったのだろう。

スピリアは、部屋の扉に目を向ける。

 

(皆は大丈夫かな…。

部屋、抜け出してもいいよね?)

 

ドアノブを回して手前に引く。

空いた隙間からひょっこりと顔を出して、左右を見る。

静かな空気が漂い、窓から差し込んでくる日の光が通路を明るく照らす。

すぐ近くには階段があった。

手すりに近づいて下を覗くと、簡易的な受付があり宿の主人と思しき者が座っている。

上階に行く階段はないため、二階建ての建物のようだ。

トントンと段を踏む音を鳴らして、一階に下るスピリア。

宿の主人が気づいたらしく、顔を向けて「ああ…」と力なく声をかけてくる。

見た目からして年は30~40代だろうか。

 

「目が覚めたのですね、神子様。

良かった」

「はい。

あの…ベッドを貸していただきありがとうございます」

「いえ、簡素な物しかなくて申し訳ない。

お怪我の具合はどうでしょうか?」

「まだ少し痛みますが、大丈夫です。

あなたが包帯を巻いてくれたのですか?」

 

スピリアが聞くと、宿の主人は小さく「それは…」と言い、目を泳がせた。

何だろうか、と彼女は宿の主人の態度を不思議に思った。

質問を変えてみる。

 

「私と一緒に旅をしている者達がいるはずですが、彼らは無事でしょうか」

「傭兵の方なら、今崖の上に乗った土砂を除いてくれています。

彼がいなければ男手は私一人だけだったので、非常に助かります。

私ももうすぐ行かなければ。

それと、妻が無事なのは神子様のおかげと聞きました。

今は二階の部屋で安静にしています。

時期に目を覚ますでしょう。

感謝いたします」

 

立ち上がりお辞儀をしたまま宿の主人は外へ向おうとする。

慌ててスピリアは外へつながるドアの前に立ちふさがる。

苦い顔をする宿の主人。

その表情を見て、不安がよぎるスピリア。

 

「まだ、無事を確認していない人達がいます」

「…あの4人なら怪我もありません。

今は外で神子様を待っています」

 

仲間が大事に至らなくて済み、スピリアはホッと息を吐く。

宿の主人は言葉を紡ぐ。

彼女は、何となく嫌な予感がしていた。

 

「ですが、神子様…悪いことは言いません。

あの4人は、私の妻やあなたに杖を向けて魔術を使おうとしていました。

何とか止めた後に、問い詰めたら白状しましたよ。

ハーフエルフです。

他の祭司が来れるのであれば、すぐにでも縁を切った方がいい」

 

宿の主人がスピリアをまっすぐに見据えてくる。

彼の頭の中には4人の祭司達を思い浮かべているのか、瞳には侮蔑の色が浮かんでいた。

ハーフエルフは、人間とエルフの間に産まれた第一世代のことを呼ぶ。

ディザイアンはハーフエルフが大半で構成されていることから、関連付けた人間よりディザイアンでないハーフエルフも忌み嫌われている。

また、ハーフエルフの中にはディザイアンでなくとも短命で魔術の使えない人間を見下す者もおり、双方嫌い合うことを後押ししている。

さらに、ハーフエルフは人間と同じような豊かな感性を持っており、物静かな人柄で穏やかな生活を好むエルフとはそりが合わないため、こちらの関係も良くないという。

故に、生活圏内にハーフエルフがいることを嫌がる人間は少なくない。

エルフにとっても同様かもしれない。

スピリアもそのことはイセリアで祭司達から聞いて知っている。

 

(だからと言って…!)

 

スピリアは、宿の主人に感情をそのままぶつけたくなる。

祭司達がおかみさんやスピリアに使おうとしていたのは、治癒魔術だ。

怪我した人を治療するという善意を阻害する理由にはならないし、してはならない。

 

だが、スピリアは言葉にできなかった。

口喧嘩で勝つことは、事態を治める手段ではないと思ったから。

そのようなことを大人しく外で待っている祭司達も望んでいないのを知っているから。

祭司達を困らせるようなことはしたくない。

だが、現状は変えたい。

スピリアはだらりと下げた両手を握りしめ、宿の主人に静かに頭を下げる。

 

「お願いします。

宿の中に祭司様達を入れてください。

あの人たちが使おうとしていたのは、怪我を治すための魔術です。

先ほど奥様は無事と言いましたが、医術をかじってはいますか?

もし、そうでないのなら…どうか彼らに見させてあげてください。

必ず、快方に向かいますので。

決して、奥様に危害は加えません。

ですから…」

 

必ずなんて保証はどこにもない。

なにせ、スピリアはおかみさんの容態を知らないのだから。

人を助けるのだって傭兵や祭司達頼りだ。

彼女自身は頭を下げて、少しばかりの許可を得ようと頼み込むことしかできない。

おかみさんの救出だって、上手く出来たなんて到底思えない。

スピリアはそんな何もできない自分が嫌で、両の拳を握りしめた。

頭を下げて小さな声を出すスピリアは、宿の主人にどんな風に見えたのだろうか。

少しの静寂の後、観念したように息を吐いた。

 

「…神子様が、そこまで言うのなら。

確かに、私は軽い手当しか出来ません。

私には分からない傷があり、妻に大事があっては困ります。

ですが、ハーフエルフに対しての嫌悪は簡単に拭い去れるものではありません。

同じハーフエルフであるディザイアンの連中は、私の両親や友人を殺しましたから。

どうかそれだけはお忘れなきように」

「…はい。

ありがとう…ございます」

 

宿の主人は、妻のいる二階の部屋へと向かった。

スピリアは、視界がぼんやりとしていることに気付く。

目元を拭い背後のドアを開けて外に出た。

祭司達4人は膝を抱えて座り込み、崖の向こうをぼんやりと眺めていた。

 

ドアの開いた音が遅れて聞こえたのだろう。

振り返ってスピリアの姿を見ると、慌てて駆け寄ってきた。

4本の杖をグイグイと向けてくるのを制止して、スピリアは事情を説明した。

ちらりと崖上の土砂を撤去していた傭兵を見ると、すぐにこちらに気づいた。

スピリアが無事を表現する意味合いで軽くお辞儀をすると、向こうも手を挙げて返した。

 

二階のおかみさんが寝ている部屋に5人は入り、そばに立つ宿の主人の監視下で祭司達が治療をする。

ほどなくして、治療が終わったらしい。

心なしか、いまだ目をつむるおかみさんの顔の血色も良くなった気がする。

 

「ありがとうございます、神子様」

 

宿の主人は、スピリアに向けて礼を言った。

その態度に、スピリアの胸の内で濃い霧のようなものが広がる。

 

(私じゃないのに…)

 

おかみさんの部屋を出ようとすると、次男祭司が「おや?」と言い、ドアが少し開いていることに気づく。

確かに閉めたのを確認したはずだったが、とのこと。

宿の主人は黙っていた。

解決しないので、一行はそのままドアを開けて出た。

おかみさんのいる部屋を出た直後、通路でスピリアは四方から杖を向けられて全回復した。

頭の包帯もすぐに外せたのだが、胸の内の濃い霧が晴れることは無かった。

もちろん、祭司達にお礼は言った。

 

夕暮れ時には、おかみさんも目を覚ました。

申し訳なさそうに6人に向けて謝罪をし、治療の礼も言った。

おかみさんの提案(宿の主人にも話は通したらしい)で、6人は無料で宿泊していいことになった。

 

宿の隣にはタープテントが張ってあり、食事はそこで振る舞われた。

焚火を囲いながらの食事の最中、傭兵は土砂の撤去中につるはしやスコップを持ったディザイアンの兵と鉢合わせしたが、気まずい空気が流れたかと思うとそのまま撤退していったということを話した。

祭司達は、「最初の奴らがまた戻ってきたのかのぅ」やら「けど、何で撤去するんじゃ?」やら「ここに泊まってみたかったんじゃろう」やら「なんなら、ディザイアンじゃないのかも」などと話していた。

スピリアはもそもそと軽くパンを食べて水で流し込む。

少しばかりだが、これ以上は食べられれない。

スピリアは、食事をあまり取れないことをすでに皆に話していた。

皆は、天使化の影響を理解して食べたくなったらで良いと言ってくれている。

団らんも程々にして、1人になって気持ちを整理したかったので、「ごちそうさまです」と言い席を立つ。

立ち上がり宿の入り口に向かうと、ドアの隙間から小さな男の子がスピリアをジッと見ていた。

3歳ぐらいだろうか。

スピリアはそばによって膝を折り、屈む。

 

「どうしたの?」

「ぴかぴかきれいだったね。

あとみんなでごはん、たのしそうだなって」

 

暗くなり始めた空を見ると、まだ少ないが星が出てきている。

恥ずかしそうに言う男の子を見て、スピリアは微笑む。

イセリアにいる弟が生まれて、成長すればこのような姿が見れただろうかと思った。

宿の中からパタパタと足音が聞こえてきた。

ドアを開けて姿を見せたのは、おかみさんだった。

 

「あら、神子様!

ごめんなさいね。

うちの子が迷惑かけてしまったかしら」

「いいえ。

楽しくお話してただけですよ。

ね?」

 

スピリアの言葉に男の子は何故か自信を持って力強く、うんと頷く。

その様子が可笑しくて、スピリアは思わず笑みがこぼれてしまう。

おかみさんも2人の様子を見て、安心したようだ。

 

「それなら良かった。

あの神子様。

治療だけでなく、意識を失った私を助けてくれたそうですね。

それに…」

 

言葉を詰まらせるおかみさんを見て、スピリアは祭司様達の話だなと思った。

 

「ウチの主人はまぁ、色々遅い人でして。

無礼なことをして、ごめんなさい。

しばらく説教してました!

雑巾のように絞りましたので、どうか許してやってはいただけないでしょうか。

それと二度も助けていただきありがとうございます」

 

深々と頭を下げるおかみさん。

なぜだか一緒になって頭を下げる男の子。

当たり前だが、この人たちは悪くないとスピリアは思った。

宿の主人に対してだって、実際憎く思ってなどいない。

当人なりのどうしようもない理由があったのだから。

祭司達だけ特別に見てほしい、などという押し付けはひっくり返せばまた別の差別の要因となりかねない。

難しい問題だ。

心のもやが晴れないのは、ハーフエルフだからという理由で双方がいがみ合う世の中に思うことがあるからだ。

そして、再生の神子などと言われているのに何もできない自分自身に対して抱く負の想いのせいだ。

スピリアは立ち上がり、おかみさん達に頭を下げる。

 

「私の方こそ、宿と食事の恩は忘れません。

ありがとうございます。

必ずや世界を救って見せますね」

 

スピリアはそう言うと、二階の部屋に戻った。

 

 

○○

 

 

2時間ほど経っただろうか。

スピリアのいる部屋のドアがノックされた。

ガチャリと開けると、そこには長男祭司がいた。

 

「明かりがまだ点いていたものですから。

良ければ、話でもしながら夜空を見ませんかな。

今日は星がキレイですぞ」

 

スピリアは、快諾した。

長男祭司に「温かいものでも飲みませんか?」とスピリアは尋ねる。

この体でもココアぐらいなら少しは飲めるだろうと思ったからだ。

頷く長男祭司。

スピリアは2つのマグカップに温かいココアを入れた。

 

外に出ると、空一面には小さな星が煌々と明かりを灯していた。

1つ1つの明かりの存在は、頼りないが尊い。

2人は座り込み、星空を眺めながらホットココアを飲む。

スピリアにとってココアは味のしない飲み物だったが、体が温まるので落ち着く。

長男祭司に礼を言う。

 

「疲れが取れます。

ありがとう」

 

つい、昔のような言葉遣いになる。

 

「ほほっ。

礼を言うのはこちらじゃよ。

スピリア様が説得してくれたからこそ、ワシらは宿に入り治療ができたのじゃからな」

「…説得なんてものではありません。

小さい子どものするような泣き落とし、わがままみたいなものでした。

私…駄目ですね。

まともに意見すら言えなくて。

再生の旅に出た神子のやることが、その程度のことなんですから。

初代神子様のような人々を教え導く説法なんて一生できる気がしません」

 

苦笑いをするスピリアを見て、長男祭司は顎髭を撫でながら「ふむ」と言う。

 

「ワシらは、とうの昔にスピリア様に導いてもらいましたぞ」

「私がですか…?

けど、そんな大層なことをした記憶なんてありませんけども」

 

謙遜ではなく、スピリアには本当にそのような出来事に覚えが無かった。

 

「スピリア様がまだ小さい頃の話じゃが」

 

長男祭司は、思い出しつつ語り出した。

 

 

 

ほわん ほわん ほわわ~ん

 

 

 

スピリアが7歳になったとき、母親に連れられて近所の祭司達の元へと向かった。

母親と手をつないでいたが、遊び相手の祭司達を見るとすぐに駆けだした。

 

「さいしさま~!」

 

祭司達もまたしゃがみ込み、両手を広げて歓迎する。

4人ともにっこにこの笑顔だった。

 

「祭司じゃよ」

「ワシの方が祭司じゃよ」

「ワシが一番祭司じゃよ」

「なんなら、おじいちゃんじゃよ」

 

もう数mというところまで来て、スピリアは躓いて転んでしまった。

すぐに起き上がるも、ひざ頭がすりむいてしまっている。

母親は「あらあら」と言いつつも、割とあるのかそこまでは心配ではない様子。

母親とは対照的に、大口を開けて驚愕する4人。

4本の杖がすぐに掲げられる。

 

「回復じゃあ!『キュア』!!」

「もっと回復じゃああ!『キュア』!!」

「もっともっと回復じゃあああ!『キュア』!!」

「なんなら『ナース』じゃああああ!」

 

過剰な回復魔術を唱える四人。

スピリアは、転んだことも忘れて4人が持つ杖の先から発せられる光を眺めていた。

彼女の周囲では、3人の白衣の天使が縦横無尽に駆けまわる。

祭司達は、代わる代わる『ナース』を唱えて白衣の天使たちを30分以上走らせ続けた。

ようやく、術を止めた頃には延々と走らされた白衣の天使達は、膝に手を当てて腰を曲げたまま荒い呼吸をしていた。

我に返った祭司達が「ごめんなさい」と謝ったが、白衣の天使達は皆くたびれて返事もできぬまま消えていった。

気付けば、これまたいつもの事なのかスピリアの母親がいなくなっていた。

体育座りをしたまま、ぼーっと杖の先を眺めているスピリアが残されていた。

やがて、スピリアが立ち上がり祭司達の元に歩み寄ってくる。

 

「ありがとう、さいしさま!」

 

スピリアは満面の笑みでお礼を言った。

 

「ぴかぴかして、きれいな魔法だったね!」

 

その言葉に照れて頭を掻く4人の老人祭司達。

 

「あたしが神子になって旅に出るときは、その魔法がたくさん見れるんだね!」

 

スピリアの言葉を聞いて、顔を曇らせる4人。

彼女はそれに気づき首を傾げる。

 

「どうしたの?

おなか、いたいの?」

「い、いや。

そういうわけじゃないのじゃが…」

 

4人は顔を見合わせて、頷く。

 

「スピリチュア様。

旅のことで話があるのですが…」

 

4人は自身たちが普段はエルフと身分を偽っているハーフエルフだと話した。

ハーフエルフ同士は互いの存在に気づきやすいため、今後の旅で絶対にばれるので前もって話しておきたかったらしい。

人間とハーフエルフによる種族の醜い争いを見せることになるかもしれない。

実際、無実のハーフエルフを人間が襲った事件を4人は耳にしたことがあった。

ハーフエルフが共にいることで、旅のリスクが大きく跳ね上がる可能性が高いのだ。

そうなるとスピリアに委ねることがある。

4人以外の別の祭司を連れて旅に出るか、ということだ。

まだ幼い子に判断してもらうようなことではないかもしれないが、4人はどうしても聞いておきたかった。

イセリアに残り、スピリアの無事を祈るのも祭司としての一つの役割ではある。

話を聞いたスピリアは尋ねた。

 

「どうしてきれいな魔法が使えるさいしさま達が嫌われなきゃいけないの?」

 

まだ差別意識を知らぬ純粋な疑問だった。

 

「あたし、好きだよ。

皆もきっと好きになってくれると思うんだけどなぁ」

「皆が皆、1つのことを好きにはならないのじゃ。

それが良くも悪くも多様性でしてな。

そもそも魔術を見る機会など無いかもしれぬし」

「うーん、むずかしいことは分からないよ。

けど、知ったら好きになる人だっているよね?」

「それは…そうかもしれぬが…」

 

腕を組んで、うんうんと唸るスピリア。

やがて何かを思いついたのか、ぱっと明るい表情となる。

 

「じゃあさ、旅の途中であたしが皆に言うよ。

きれいな魔法が使えるさいしさま達は悪い人じゃないよ、って。

ハーフエルフって人達にも良い人はいるんだよ、って。

あたしが、良い人だって思う人をたくさんにするよ。

そしたら、安心して旅が出来るよね?」

 

屈託のない笑顔で幼いスピリアは言った。

 

 

○○

 

 

「ワシらはその時に旅に出ようと決心したんじゃ。

そして、旅が終わるまでスピリア様の傍に仕えようとも。

悩みなど吹っ飛んだわい。

スピリア様は良き導きをして下さったよ」

 

スピリアは、正直覚えていなかった。

良い話にも思えるかもしれないけど、当人に記憶がないから誇らしくも思えない。

どう返答したものか、と考えていると長男祭司は「ほほっ」と笑った。

 

「覚えてないじゃろう。

しかし、スピリア様の気持ちはあの頃と変わっておらぬよ。

今日の出来事が証明してくれておる」

「でも、私がしたことなんて…」

「結果を見れば、ハーフエルフを忌み嫌って居る者の住まいに我々は入り、治療することができた。

誰しもができることではない。

当然、ワシら4人だけでは成し得なかった大きな事じゃ。

あの時のスピリア様の言葉通りじゃ。

じゃから、どうか自信を持って下され。

ワシらにとって、スピリア様は信頼に値するだけの器をもっておるのじゃから」

 

やはり、祭司達は神子として成し得なきゃならないことではなく、スピリアのやったことを見てくれている。

言葉通りにはできてはいない、でも少しでも祭司様達の望んだ結果にできたのかな、と思った。

そう考えると嬉しい気持ちが湧いてきて、透き通ったものが心に染みていく。

ずっと胸の内にあったもやが、いつの間にか晴れていた。

スピリアは膝を抱えて顔をうずめる。

まだ味覚があったのなら、口の中はしょっぱく感じたのかもしれない。

 

 

○○

 

 

翌朝、荷物をまとめて皆で一階に下りると宿の主人が待っていた。

おかみさんは洗い物をしているらしく、男の子もそばにいるそうだ。

宿の主人は頭を下げてきた。

 

「先日はすみませんでした。

その…種族については災いある者として聞いたことがあり、昨日の落石とお客様の来訪を繋げてしまいました。

申し訳ありません」

 

宿の主人は、非礼を詫びた。

しかし、どこか浮かない顔をしている。

 

「できる限りは、種族の偏見はしないつもりですが…。

時折、思い出すんですよ。

家族や友人を殺した者達の顔を…」

 

三男祭司が宿の主人の前に出て、手を差し出す。

宿の主人は一瞬呆けた顔をしたが、理解して握手に応じた。

不安そうな顔をしている。

 

「この握手が気持ちの離れた…、形だけのものにしないように努めます」

「形から入ることも大事じゃよ。

それに、ここを去る以上ワシ達に構わなくても良いのにお主は抱えて葛藤しておる。

苦労しておるのに不快に思うかもしれないが、ワシはそれを嬉しく思う。

旅が終わったのちに怪我人が出たら、いつでも呼んで欲しい。

スピリア様のお墨付きの魔法ですぐに治すからのう」

 

宿の主人の困り顔が薄まったようにスピリアには見えた。

 

「ありがとうございます。

そのときは是非とも頼りにさせてください。

あの…救いの塔へはどうやって行くおつもりでしょうか?」

 

今度は三男祭司が若干困り顔で思案し始めた。

 

「うーむ、まだ決めておらん。

先にいくつか行くところがあってのう」

「もし、手段が無ければまたここに寄ってください。

知り合いにやたらと竜の背中に人を乗っけるのが好きな奴がいますので。

きっと、力になれると思います」

 

会話を終えたのち、宿を出て立て札のあった所を一行は通る。

道を塞いでいた大岩小石はもうすっかり無くなっている。

スピリアが振り返ると、3人が宿の前に立っていた。

男の子が手を振ってくる。

スピリアも彼に向かって、手を振った。

宿の主人とおかみさんはお辞儀をしていた。

 

(そういえば…。

あの子って、祭司様達がおかみさんを治療しているときにドアから覗いていたよね?)

 

あの時は気が気ではなかったが、確かにノブが動きわずかにドアが開いていた。

男の子がジッとおかみさんが治療されているのを見ていた気がする。

もう一つ、スピリアが思い出すのは夕食後に会った男の子の言葉である。

 

『ぴかぴかきれいだったね』

 

あれは星の事を言っているのかと思ったが、長男祭司と見た夜の星の方が絶景である。

宿に暮らしているはずの男の子がそれを知らないとは思えない。

それに、過去形で話しているのも違和感があった。

 

(そうなると、男の子が見たぴかぴかっていうのは…)

 

もう一度治療する場面を思い出す。

ピンと来て自然と微笑む。

スピリアは、人々には良いハーフエルフもいることをもっと知ってほしいと願う。

彼女は、世界再生がその一助になれば、と強く思った。

 

 




スピリアの祭司達
スピリアと一緒に旅をする年配の祭司達。 四人兄弟。 スピリアのことを可愛がっている。
魔術を使うことができるハーフエルフ。
かつて、スピリアの怪我を治した出来事がきっかけで再生の旅に同行することを決意。
治癒術が扱える、マスターボルトマンのかつての弟子達。
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