イセリア人間牧場奮闘記 before&after   作:あるいてごろりと

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before&after

4人の祭司達は林の中を一晩中探し回っていた。

明け方になり、動かなくなったスピリアと腕の立つ傭兵をようやく見つけることができた。

 

(やっとかよ、待ちくたびれたぜぇ…!)

 

見た目は普通のおじさんである魔の者ことフーディーは、低木の枝の中に身を潜め祭司達の様子を伺っていた。

彼の耳に聞こえてくるのは、神子や腕の立つ傭兵の名前を呼ぶ祭司達の声であった。

祭司達の驚く声が、徐々に不安に満ちていくのをフーディーはまるでステーキに火が通るのを待つかのような気持ちで聞いていた。

恐らく腕の立つ傭兵は、晩の間に体は冷え切っており硬直しているはずだ。

祭司の1人は、腕の立つ傭兵の体に触れて虚しく首を振る。

腕の立つ傭兵に治癒魔術をかけていた祭司も術の継続を止めて肩を落とす。

 

残りの2人の祭司達は、懸命にスピリアに治癒魔術をかけ続けていた。

状態異常回復の魔術と体力回復の魔術を重ね掛けで行使するが、スピリアが目を覚ます気配は無い。

 

(あの神子には、魂がわずかに残っているから死んではいねぇ。

…じじい達はまだ諦めきれねぇのかもな。

ちっ、こりゃ時間がかかるぞ)

 

フーディーは、長時間の待機を嫌がり心の中で舌打ちする。

スピリアは、呼吸をしていた。

だが、脳が霊体化した魂のほとんどを持ってかれたスピリアの肉体は機能不全を起こし、目を覚ますことが出来なくなっている。

治癒魔術をいくらかけた所で、魂の全てを取り戻すことでもしない限り回復の見込みは無い。

祭司達にとって初めて見る症例でまだ判断がつかないためか、それとも諦め切れない気持ちのためなのか、懸命にスピリアへの治療を続けていた。

 

半日ほど時間が経っただろうか。

4人の祭司達は、とうとう治療を諦めた。

彼らは、かつて師より治癒魔術を教わった医学に精通する者達である。

自身たちの行動が、結果に伴わないことは早いうちに理解していた。

それでも魔術の行使を続けていたが、半日の時の経過をもってして断念した。

 

2人の動かない肉体のそばで座り込む4人。

フーディーは、舌なめずりをして様子を見ていたが再び舌打ちをした。

4人の祭司達は放心状態であったからだ。

祭司達の脳がこれ以上の負担は精神が耐えきれないと判断し、本能的に考えることを止めさせた。

フーディーからすれば、祭司達は絶望の一歩手前の状態である。

だが、思考の放棄によって最後のたった一歩を踏み込んでくれないのは実に歯痒いことだった。

フーディーは、葉が密集した枝木の間から目を覗かせて考える。

 

(くそっ!

泣きわめくなりして気持ちが事実を受け入れてくれりゃ、すぐに食い時だったのによ!!

こうなったら直接精神世界に干渉して、『調理』しちまうか?

…いや、俺はクロドレみたいにうまくはできねぇ。

その分野に精通した仲間になったばかりの夢魔もいねぇしな。

4人もいたんじゃ1人に憑りつく間に他の3人が俺に気づくだろう。

そうなりゃ、敵意が湧いて絶望どころじゃなくなっちまうかもしれねぇ。

『調理』は止めておくか。

大丈夫だ、いつまでも放心状態なんか続くわけねぇ。

もう少し…もう少しだ…!)

 

フーディーの期待を裏切り、祭司達はずっと放心状態であった。

4人ともその場から全く動こうとしない。

1日経っても、祭司達は心ここにあらずのままであった。

 

2日が経つ。

時折、長時間座ったままにより血行不良が起こるエコノミークラス症候群を本能的に防ぐためか、祭司達は上の空のままスッと立ち上がるがすぐに座り込む。

喉が渇いたのか革袋水筒に口をつけるが、目は遠くを見たままで口の端からだらだらと水をこぼしながら飲んでいる。

それを見ることしかできないフーディーは、空腹でストレスが溜まっていた。

祭司達と同じように頬はこけて、意識が朦朧としている。

我慢の限界だった。

頭の中では3日前に口にした白くて丸い物質を思い出す。

それは、腹の中の貯蔵庫にためておいた腕の立つ傭兵の魂だった。

だが、味の悪さを思い出したのかバツの悪そうな顔をする。

 

(今の神子の魂なんざ、口の中に入れるのもごめんだしな…。

祭司達の魂、まずくてもいいから食うか?

けど、きっともうすぐだろうしなぁ…。

絶品を前にして、諦めるわけにはいかねぇよなぁ。

くそう、なんか嫌になってきたぜ…)

 

腕の立つ傭兵の魂を再び取り出して消化器官に入れることを諦め、心の中で弱音を吐くフーディー。

その時、祭司の1人がポツリと喋り出すのを聞いた。

血走った目で茂みの中から様子を伺う。

彼の頭には、祭司が絶望の一言を漏らすことを望んでいた。

しかし、フーディーの希望は砕かれた。

 

「スピリア様は…生きておる」

 

長男祭司の言葉を耳にして、視線を向ける残りの3人の祭司達。

弱々しく長男祭司は、地面に視線を向けたまま話し出す。

 

「呼吸をしておる。

じゃが、体の内側に異常をきたしておるのか目を覚まさぬ。

毒でもない、石化でもない、麻痺でもない、封印でもない。

恐らく現在の治癒魔術で効果を発揮するものはないじゃろう。

はっきりと分かるのは、今のわし等にはどうしようもないということじゃ」

 

現実を突きつける意見を聞いて、改めてうなだれる他の3人。

だが、長男祭司の言葉は続けられる。

 

「じゃが、目を覚まさぬとしても第一の封印の開放の影響で、飢えの心配はない。

…批判を承知で聞きたい。

封印の解放を続けぬか?」

 

長男祭司の言葉に驚く3人。

フーディーも何を言ってやがる、と言わんばかりに目を見開く。

三男祭司が立ち上がり、拳を握りながらずんずんと進み長男祭司の前に立つ。

 

「何を言っておるんじゃ!

目の前のスピリア様がどうなっておるのか見てわからんのか!」

「分かっておる、分かっておるよ…。

じゃが、思い出してほしい。

スピリア様はパルマコスタで何と言っておった?」

「…再生の旅を…果たしたいと言っておった…」

「ならば、動けぬスピリア様の代わりに我々がその願いを叶えねばならん。

スピリア様の意思を我々が守らねばならん。

それとも、イセリアに引き返して、マナが枯渇し崩壊する世界を指でも咥えながら見ておるか?

それがスピリア様の考えじゃと思うか?」

「………」

 

三男祭司は長男祭司の顔を見て黙り込んだ。

長男祭司の目から溢れる一筋の涙を見ると、何も言えなくなっていた。

 

やがて、四人の祭司達は重い腰をあげた。

2人の祭司は、腕の立つ傭兵を地面の中に埋めた。

残りの2人は、動かないスピリアのそばからできるだけ近い距離で作業をしていた。

やや太めでまっすぐな4本の枝を用意し長方形に組み、ロープでしばり固定する。

その組んだ枝にシーツをかぶせて、シーツの端々に穴をあけてロープを通し、そのまま枝に何本も縛り付ける。

そうして簡易的な担架を作り、シーツの上にスピリアをなるべくゆらさないようにして乗せる。

 

一度、4人が集まり地中にいる腕の立つ傭兵へ祈りを捧げる。

彼の剣は、墓として土を盛った場所の手前に刺した。

その後、食料と水の在庫を点検し、地図を見て目的地への方角を定める。

旅に出る準備は出来た。

 

「行くかの」

「そうじゃな。

スピリア様、こんな方法でしか移動できなくて申し訳ない」

「守護天使様は認めてくれるかのう」

「なんなら、無理を通してでも認めてもらうわい」

 

簡易的な担架の四隅を4人が握り持ち上げ、一行は水の封印を目指した。

祭司達の様子を見ていたフーディーは、がっくりと肩を落とした。

 

(くそう…くそう…。

俺は諦めねぇぞ…!

いつか…どこかで…絶対に…!!)

 

 

○○

 

 

守護天使・レミエルは、水の封印の祭壇で顕現した。

 

スピリアが動けない状態であることは、すでにクルシス・ディザイアン内では把握している。

クルシスのトップは関心がなくなっているため、配下の天使達だけで会議をしたのちに、神子・スピリチュアの状態は再生の旅による負担に耐え切れず心を壊したからと結論づけた。

会議も午後に差し掛かると「旅も終わるのではないか」、という意見も出始めていたが、最終的に神子一行が祭壇にまで来た際に守護天使が不在にすることだけはやめておこうと彼らは方針を決めた。

最初は、導きを辞めてもいいんじゃないかという雰囲気だったが一部の者の意見によりひっくり返った。

例え、叶わなくとも中途半端に仕事を終えたくない者の意見が通った瞬間だった。

そのため、守護天使・レミエルは神子一行が確実に旅を何らかの理由で放棄するまで仕事を継続することになる。

 

レミエルは、白けていた。

今回の旅で、自身が四大天使の空位の座につけないことは決まっていたからだ。

事務的に仕事をこなす。

一行に向けて、チープな労いの言葉をかけ、祭壇に置かれたスピリアが身に着けるクルシスの輝石の成長を促す。

祭司達がこのまま封印の開放を続けたいと言ったので、レミエルは「次の封印で待っているぞ」という言葉で期待を持たせてその場を後にする。

封印の開放が中断されることがなかったため4人の祭司達は、安心したかのようにして息を吐いた。

それは、スピリアの目標に近づけたからだろうか。

だが、スピリアを見る祭司達の目には喜びなど欠片も映っていない。

 

祭司達は、碌に休みも取らずに次の封印の地を目指した。

危険な仕掛けが多いバラクラフ王朝内をスピリアが怪我しないように注意して進行する。

自身たちは途中仕掛けにより怪我を負うこともあったが、各々回復しながら進んだ。

一行は、目的地に辿り着く。

スピリアを祭壇に寝かせると、レミエルが現れる。

祝福が与えられて、風の封印の開放が終わった。

 

次の目指す場所であるマナの守護塔へと向かうために、ルインの祭司長からマナの塔のカギを受け取り行く一行。

だが、ルインには四男祭司だけが入ったため祭司長どころか町の者もスピリアの状態を知らない。

4人の祭司達は早く再生の旅を終わらせたかった。

動かないスピリアを見ると何度も胸が締め付けられる思いにかられるために、休息もあまりとらずにマナの守護塔へと入っていく。

 

塔の一階は、3人が床のスイッチを押していないと進むべき扉が開かないため、次男祭司と三男祭司と担架に乗せられたスピリアが残る。

長男祭司と四男祭司が魔物を倒しながら進むと、通信装置がある場所まで辿り着き残留組と先で落ち合う話をする。

残留組がスピリアと一緒に進む。

2人で前後から担架を持ち運ぼうとしたが、狭い階段を登らなければならず、担架を置いて次男祭司がスピリアを背負って進む。

途中で出てくる魔物は苦戦しながらも三男祭司が倒していった。

 

「重くなったのう、スピリア様」

 

ポツリと漏らす次男祭司に対して、三男祭司が注意する。

 

「これ、レディに失礼じゃろう!

こういうときは大きくなった、と言うんじゃ」

「おお、これはすまぬなスピリア様。

いつの間にか、大きくなったのう。

しかし、小さかろうが大きかろうが…。

どんなスピリア様じゃったとしても、目に入れても痛くないのは変わらんのう」

「ほほっ、同感じゃわい」

 

スピリアから返事はなかった。

次男祭司と三男祭司は、長男祭司と四男祭司と合流する。

魔物を倒したり回避しながら一行は祭壇まで辿り着く。

レミエルは淡々と祝福をスピリアに与えた。

 

4つの封印を解き、目的地はとうとう救いの塔となった。

しかし、困ったことに救いの塔に行くにも方法が分からない。

天を貫くような高い塔だが、そこへ続く道がない。

『再生の書』にも記されていなかったことだ。

 

四人の祭司達は、頭を抱えて悩んだ。

ふと三男祭司は、ハイマの宿屋の主と握手をした際に、困ったときは訪ねてほしいと言っていたことを思い出した。

 

「竜の話をしておったな…。

もしかすると、救いの塔に行けるかもしれぬぞ」

 

四人の祭司達は、動かぬスピリアを担架に乗せてハイマを目指した。

 

 

○○

 

 

祭司達がハイマに辿り着く。

三男祭司が宿【こだま】の扉を開けると、受付に座っていた宿屋の主人は驚いて立ち上がった。

 

「祭司様っ!

その恰好はどうされたのですか…!」

 

4人の祭司達の服装はボロボロだった。

スピリアを運びながらダンジョンの謎を解いたり、時折戦闘をしている内に所々が破けたり泥で汚れてしまっている。

三男祭司は、扉から一歩建物の中へ踏み込んでいたが服装を見て慌てだす。

再生の旅を終わらせることばかり考えていて、身なりのことなど全然構っていられなかったのだ。

三男祭司が自身の手を見ると、付着したまま乾いた土が薄皮となりつつあることに気づいた。

足元を見てみると、靴裏から飛び散ったであろう土の塊が床に散乱していた。

粗相に今更気づいた困り顔の三男祭司は、宿屋の主に申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「こ、これはいかん。

申し訳ないことをした。

ドアノブも汚い手で触ってしまったし、床も汚してしまった。

本当にすまない」

 

三男祭司がそそくさと外へ戻ろうとすると、宿屋の主人は慌てて追いかけてきた。

 

「待ってください!

汚れたならあとで拭けばいいだけです。

それに、妻の怪我を治した手を汚いなんて思えるわけがありません。

大変お疲れのように見えます。

どうか中に入って休まれてください。

ようこそおいでくださいました」

 

宿屋の主人は、三男祭司の乾いた土にまみれる手を取り、無理やり握手を交わす。

三男祭司は宿屋の主人の行動と熱意にどうにも参ってしまった。

 

「…すまぬな。

いや、ありがとう。

お言葉に甘えて世話になるかのう」

 

三男祭司は、それでも最低限のマナーを守りたいと言って水の入ったバケツと布を4つずつ用意してもらった。

4人の祭司達は各々体を拭いて靴や服の汚れをできるだけ落としてからスピリアと一緒に宿の中に入る。

宿屋の主人とおかみさんは動かないスピリアを見て驚いていた。

祭司達は、今のスピリアの状態は神子の試練の最中であるため、と嘘をつく。

治療はどうにもならなくて、この先どうにかなるのかも分からないなんて言えるはずがなかった。

 

おかみさんは一瞬顔をゆがませたが、すぐに「一階の寝室に運びましょう」と、宿屋の主人に言う。

スピリアは、おかみさんの使っているベッドの上に寝かされる。

すぐに水の張ったバケツと布が用意される。

どうやら、スピリアの体を拭くようだ。

おかみさんは、宿屋の主人に四人の祭司達の部屋を案内するように伝えて寝室の扉を閉めた。

三男祭司は、宿屋の主人に話す。

 

「肝の据わった良い奥さんじゃのう」

「ありがとうございます。

まぁ、私は絞られっぱなしですが…」

 

宿屋の主人は、後頭部に手を置いて困ったようにして笑う。

その後、祭司達を二階の部屋に案内した。

祭司達に着替えを渡す宿屋の主人。

4人の祭司達は、礼を言って服を着替えた。

三男祭司は忘れない内に、以前聞いた『竜の背中に人を乗せるのがやたらと好きな知り合い』の話を持ち掛ける。

宿屋の主人は、「救いの塔に向かわれるのですね?任せてください」と頼もしい返事をした。

 

あとから、宿屋の主人がかごを持ってきたので、脱いだ祭司の服はそこに入れさせてもらった。

ベッドに座り込む祭司達。

疲れがドッと噴き出たのか日中にも関わらず、すぐにでも眠れそうだった。

宿屋の主人は祭司達の様子に気が付き、「夕飯までまだ時間はありますし、ゆっくり休まれてください」と言い残して扉を閉めていく。

祭司達は気づけば泥のように眠っていた。

 

おかみさんは、自身の寝室でスピリアの顔を拭いていた。

頬や目元を拭うが、スピリアに反応は見られない。

苦しい様子は見られない。

単に、ぐっすりと眠りに落ちているだけにも見える。

声をかければ起きるんじゃないかとすら思える。

だが、事実は違うことをおかみさんは祭司達から聞いて知っている。

スピリアの顔を拭くおかみさんは、時折険しい顔をしていた。

ポツリと胸の内に湧く疑問が口に出る。

 

「どうして世界を救う子がこんな目に遭わなきゃならないの。

世界が救われたとしても素直に喜べないじゃない。

…神子様、旅を止める勇気すらない卑怯な私を許して頂戴。

それに、こんなことしか出来なくてごめんなさいね」

 

おかみさんは、その後神子の服を脱がし別の布で体も拭いた。

替えの服を着せて、脱がした服は洗濯して干す。

髪は櫛で梳いた。

昼寝をしていたおかみさんの幼い息子は、途中で起きてきた。

息子は、洗濯するための桶に水を入れて運び、一生懸命におかみさんの手伝いをしていた。

 

 

○○

 

 

祭司達が目覚めたときは、すでに外は真っ暗だった。

それに、四人とも腹ペコだった。

部屋のドアを開けると、階下から良い香りが漂ってくる。

受付にいた宿屋の主人が、ドアを開けた祭司達に気づく。

 

「妻が温かいクリームシチューを作っています。

もうすぐだと思いますので、良ければ一緒に食べませんか?」

 

テーブルの上には、ブレッドとクリームシチューが並ぶ。

久々にまともな食事を取ることができた祭司達。

料理は作れる方だが、その時間すらも惜しんでいたのだ。

おかみさんに美味しいことと礼を伝える4人。

長男祭司が、宿屋の主人に『竜の背中に人を乗せるのがやたらと好きな知り合い』の話をする。

 

「彼のことは問題ないと思います。

普段はルインに住んでいるんですが、祭司様達が休んでいる間にここからルインへ向かう商人に伝言を頼んでおきました。

きっと明日の朝には、ここに来ると思いますよ」

 

宿屋の主人の人脈と手際の良さに、祭司達は改めて感謝した。

 

 

○○

 

 

翌朝。

日の出の時間を過ぎ、ハイマの坂の上にある岩山の山頂に皆集まっていた。

祭司達と向かい合うのは、頭部に4本の角を生やした3頭の青い竜だった。

普通の人より一回り大きく、立派な翼が生え、背中には人が乗りやすいように鞍を背負わせている。

竜の間に立つのは、サングラスをかけた髭もじゃのおじさんだった。

 

「乗ったときに俺は騒ぐかもしれないが、害はないから安心しな!」

「うむ、よろしく頼む」

 

挨拶もほどほどにして、竜の背中に乗る一同。

背後で「乗った、乗った、乗っちゃった〜!」と、はしゃぐサングラスをかけた髭もじゃのおじさん。

四男祭司の後ろには、スピリアが乗る。

四男祭司とスピリアは落ちないように布で巻かれて固定される。

このとき、四男祭司の服の裾には一匹のヤモリがへばりついていたのだが、気付く者はいなかった。

宿屋の主人やおかみさんと一緒に見送りに来た幼い息子が、四男祭司に声をかける。

そばには、おかみさんが手を握って傍に立つ。

 

「おねーちゃん、おきたらあそんでくれる?」

 

幼い息子はスピリアのことを四男祭司に尋ねた。

おかみさんの握る手がほんの少しだけ強くなった。

四男祭司は「そうじゃのう。なんなら、天使になったスピリア様が遊びに来てくれるように頼んでみるかのう」と代わりに言うと、幼い男の子はニコリと笑った。

四男祭司に「気をつけてくださいね」と言うおかみさん。

言った後に視線を変える。

動かないスピリアとの別れを名残惜しむかのようにして彼女のことを見つめていた。

宿屋の主人は、簡易的な担架を背に抱え1人青い竜の背中に乗る三男祭司に話しかける。

 

「必ず戻ってきてくださいね。

まだ、何も返せていませんから」

 

宿屋の主人の言葉に、三男祭司は「充分なつもりじゃったがのう。それなら、また泊まらせてもらうとしようかのう」と返事をした。

 

「なんなら「行ってくるかのう」」

 

祭司達を乗せた青い竜は、救いの塔を目指して飛び立った。

 

 

○○

 

 

救いの塔の入口がもうわずかという地点で、降り立つ青い竜達。

サングラスをかけた髭もじゃのおじさんとの約束で、祭司達が地面に降り立つとすぐに竜達はハイマに向かって飛び立っていった。

救いの塔の入り口に近づくと、扉が開く。

中に入ったときに、四男祭司の服からヤモリが飛び出したが誰も気付かなかった。

 

祭壇の傍でスピリアを寝かせると、淡い光が降り注ぎ、守護天使・レミエルが現れる。

レミエルは事務的に語る。

 

「スピリチュアよ。

最後の封印を解き放て。

そして、人としての営みを捧げてきたもの。

そなたに最後に残されたもの。

すなわち、心と記憶を捧げよ」

 

スピリアに何らかの変化が起きる。

しかし、外見ではいまいち分からなかった。

レミエルは、横たわるスピリアをつまらなそうな瞳で見ている。

 

「ようやく終わりを迎えたか。

こんなことをしても四大天使の空位の座につけることはない。

私にとって、これは無意味だ」

 

冷たい発言に戸惑う祭司達。

レミエルは、祭司達に顔を向ける。

 

「馬鹿な奴らだ。

器にも成り得ぬ小娘をのこのこと運んできおって」

 

長男祭司が前に出る。

 

「器に成り得ぬじゃと!?

ワシらを騙したのか…!」

 

レミエルは、祭司の言葉に「はははっ」と嘲笑した。

 

「騙す?

騙されたのは、我々の方だ。

この神子も能無しのくせに、最強の戦士であるこの私に期待させるだけさせおって!」

 

長男祭司と次男祭司が横たわるスピリアの元に来る。

スピリアの両腕をそれぞれの祭司の肩に回し、彼女を立たせる。

長男祭司がレミエルに言う。

 

「スピリア様を連れて帰らせてもらう…!」

「私がそれを許すとでも思っているのか?

粉微塵にしてくれる!」

 

スピリアを運びつつ、入り口に向かおうとする長男祭司と次男祭司。

三男祭司と四男祭司は、レミエルと彼らの間に立つ。

三人を外へ出させるためにレミエルに杖を向ける。

 

「ここは譲らぬぞ!」

「なんなら、成敗してくれるわい!」

 

2人の杖先が光を纏う。

レミエルは、弓をつがえて向かい打つ。

 

 

 

 

△△

 

 

 

 

救いの塔の管制室内に設置された画面には、祭壇の様子が映し出されていた。

画面を見るのは、ユグドラシルとユアンである。

ユグドラシルは、ひどく退屈そうに戦いの様子を眺めていた。

ユアンは、眉間に皺をよせて画面を見ている。

やがて、ユグドラシルに食って掛かる。

 

「ユグドラシル、これは…」

「祭司達は抵抗をしているようだ。

だが、生きて外へ出ることはないだろう」

「そんなことは、分かっている!

私にこれを見せる理由はなんだっ!」

「次回の旅を確実なものにしたくてな。

気持ちが今までより入るだろうと思って、最後の顛末を見てもらうことにした。

本当ならクラトスにも来てもらいたかったが、不在だから仕方ない」

 

画面に映し出されているのは、レミエルに立ち向かう4人の祭司達の姿であった。

レミエルは、祭司達の行使する光系の攻撃魔術をワープによってかわしながら光の矢を放つ。

祭司の1人に命中するが、致命傷には至らず他の祭司が治癒術を使い回復する。

さらに、祭司達はそれぞれ『バリアー』によって自身の耐久性を向上させていた。

時折、レミエルは『フォトン』を行使する。

祭司の1人を対象として放ち、光が収束し弾ける。

ダメージを受けた祭司は膝をつくが、死に至る前に他の祭司から治癒術を受けて立ち上がる。

スピリアは、祭壇から少し離れた通路で横たわっている。

 

「祭司達はハーフエルフか。

さて、私は戻るとしよう。

終わったら、従卒天使達が現場の掃除をするからお前が指示を出すんだ。

そのあと、玉座の間に来い」

「お前は何も感じないのか…」

「姉さまのためなら、仕方のないことだろう?

それに、凄惨な光景なら今までだって何度も見てきたはずだ。

汚い奴らの反吐が出るような光景をな」

 

ユグドラシルが管制室から出る様子をユアンは拳を握りしめながら見送った。

従卒天使達への指示の役割を与えたのは、最後まで見るように意図してのことだろう。

こなさなければ、次回の神子が失敗したときも同じような目に遭うかもしれない。

 

(何度も見たからといって、平然としていられるわけないだろう)

 

ユアンは再び画面に目を向ける。

レミエルに向けて2人の祭司が杖を振るおうと近づく。

年のせいか動きが頼りない。

レミエルが腕を振るうと、光の波動がレミエルの周りで回転しながら外に向かっていく。

光の波動に当たった祭司達は吹き飛ばされる。

すぐに他の祭司が、回復魔術を行使し立ち上がる2人の祭司。

 

直後に、状況が一変する。

レミエルは、スピリアに向けて弓矢を放った。

割って入る祭司は、光の矢で貫かれる。

2番目にスピリアの近くにいた祭司の1人が、傷を負った祭司の回復準備をしている間に、レミエルは攻撃魔術の詠唱をしていた残り2人の祭司達の下へワープで接近し、光の波動で吹き飛ばす。

すぐに、レミエルは自身の真下に魔法陣を展開する。

 

回復魔術を発動させた祭司の四方から突如、光の槍が出現。

中心にいる祭司を貫く。

『ホーリーランス』を受けて倒れた祭司は動かない。

他の祭司は、一度は倒れた祭司に回復魔術を行使するが無駄であることをすぐに理解する。

矢を受けたのちに回復した祭司に向けてレミエルが光の矢を放とうとするの見て、2人の祭司はすぐにフォローへ入る。

 

先ほどのレミエルの戦法を恐れてか、3人の祭司達はスピリアの前で戦っている。

1人の祭司が、魔術を発動する。

レミエルの頭上から光球が出現し、下方へ角度を変えていくつもの光線が放たれる。

レミエルは、最初の光線が当たる寸前でワープし後退する。

 

祭司の1人が、魔術を行使する。

足元に幾何学模様を描く落ち着いた暖色系の光が浮かぶと、3人の祭司達が薄い橙色をしたいくつもの平たい層に包まれる。

それは、補助魔術の効果である。

祭司達は『アグリゲットシャープ』によって、力を上げていた。

その後、レミエルは攻めあぐねる。

1人の祭司が光系の攻撃魔術で遠距離攻撃をし、1人が回復、最後の1人が接近したレミエルに杖を振り後退させる。

状況に応じて2人の祭司が攻撃魔術に転じることもあり、レミエルは1人の祭司だけを狙うことができない。

レミエルは一度スピリアの近くにワープして見る。

だが、姿が見えなくなると祭司達は即座に振り向き攻撃魔術や打撃で対応してきたので、レミエルは慌ててワープで退避した。

 

こうなると、長期戦になる。

互いが牽制するために行使される魔術の光が、花火ようにして画面を覆う。

それから、しばらく時間が経った。

画面内は、静かな雰囲気をにじませる。

勝敗が決したようだ。

耐え兼ねたユアンは管制室を出た。

 

 

 

 

△△

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…。

若さが…あれば…のぅ…」

 

最後まで立ち、応戦していた長男祭司が終ぞ倒れる。

レミエルは、羽を羽ばたかせながら息を吐く。

 

「はっ…はっ…。

お、おのれ!

最強の戦士たるこの私にここまでたてつくとは!」

 

レミエルは手こずったことが余程気に入らないのか、眉間に皺をよせて倒れた祭司達をにらみつける。

祭司達のそばにより、足元に青白く光る文様を描いた陣を展開する。

陣からは、文様と同じような青白い色をした多数の羽が舞い上がっていく。

祭司達に向けてレミエルは、『ジャッジメント・レイ』を放ち吹き飛ばそうとしていた。

 

「そこまでだ!!」

 

レミエルが攻撃を取りやめて、声の元へと振り返る。

彼の表情が驚きに満ちていく。

レミエルの視線の先には四大天使の1人、ユアンがいた。

 

「ユ、ユアン様…!

なぜ祭壇へ…?」

 

レミエルが信じられないといった語調で尋ねる。

ユアンは、腕を組んだままレミエルの元につかつかと歩み寄る。

 

「いつまで続けるつもりだ。

もう1時間は経つ。

ユグドラシル様はとうに飽きれて玉座の間に戻ったぞ」

「も、申し訳ありません。

直ちに済ませますので…」

 

ユアンは、レミエルを通り過ぎて背後の祭司達を見る。

誰一人としてピクリとも動かない。

目を覆いたくなるような状況だった。

ユアンは、振り返りレミエルに話す。

 

「祭司達はもう死んでいる。

これ以上続ける意味はない。

それに…早めに治療を受けた方がいいんじゃないか?」

 

ユアンがレミエルの顔の一部分に向けて指を差す。

レミエルがその意味に気づき、自身の頬を手で拭う。

手のひらは血で染まっていた。

ひどくはないが、頬を裂傷している。

気付かないまでに戦いに集中していたのか、血を見て目を見開くレミエル。

ユアンは、続けて話す。

 

「ここの様子は映像で記録されている。

もしかすると、あとでユグドラシル様が確認するかもしれないが…。

まだその姿をカメラに映していたいか?」

 

ユアンの言葉を受けてレミエルは焦りの表情が出る。

 

「ク、クルシスに身を置きながら…!

このような無様な姿を晒してしまい、お詫びの申し上げようもございません!!」

「分かったら下がれ。

すでに従卒天使を手配している。

あとは、こちらで済ませよう」

「承知しました。

寛大なお心に感謝申し上げます」

 

レミエルは心中穏やかでなかった。

舐めていた祭司達4人に恥をかかされたのだから、当然ではある。

四大天使という夢にまで見た昇進も、負傷という評価の減点対象によって遠くなるかもしれない。

 

(次回の神子が失敗作だった場合、祭壇まで来た劣悪種達を我が一撃で葬ってやろう…!

全てを肉片にしてやる。

神子が器になってもよし。

ならなくても、今回の憂さばらしが出来る。

次回が待ち遠しくなってきたぞ)

 

壇上の転送装置を使い、意味深な面持ちのままレミエルは姿を消す。

その様子を見届けたユアンは、再び祭司達の状態を確認する。

 

4人の祭司達の中に息をする者はいない。

何本もの矢が刺さっている者や、中には体の一部が欠損している者もいる。

ユアンは、4人の祭司達の少し奥にいるスピリアを見る。

祭司達のものなのか、飛散した血がスピリアの服を点々とした赤で染めている。

祭司達に守られるように位置するスピリアを見て、ユアンはあることに気づく。

見た所スピリアの体や顔には傷が1つもついていないのだ。

モニター越しでも分かるほど、激しい戦いだった。

しかし、祭司達はスピリアを守り抜いたようである。

彼女が抜け殻のような状態であったとしてもだ。

ユアンは、自然と昔を思い出す。

それは、英雄が人間に刃を向けるきっかけとなった一日だった。

思い描くのは、起こり得たかもしれない空想の出来事だ。

 

(もし、我々3人が自らの命を賭してまでマーテルを守り切れていれば、どのような未来に変わっていただろうか…)

 

しかし、過去は変えられないし目の前の光景も救いがないことには変わらない。

考えることを止めて踵を返すユアン。

 

(こんな役割は二度と御免だ)

 

次があったとしても、すぐに管制室を立ち去ると決める。

ユグドラシルに状況報告をするため、その場を離れた。

 

 

 

 

△△

 

 

 

 

死亡した祭司達の近くに一匹のヤモリが寄ってくる。

ヤモリは、祭司達に触れる距離まで来ると止まり、目の前の祭司達の頭上を見上げる。

ヤモリには、祭司達の上にある何かが見えているようだ。

やがて、大口を開けて”それ”に食らいついた。

 

のちに祭壇へやってきた従卒天使達が、遺体や流れた血の清掃を始め出す。

1人の天使がスピリアを棺に納めようと近づく。

両手に携えた二本の剣の切っ先をスピリアの胸へと向ける。

そのまま押し込んで、とどめを刺した。

 

 

 

 

△△

 

 

 

 

「遅かったな、ユアン」

 

玉座の間に辿り着いたユアンにかけられた一言は、相変わらず単調な声だった。

決して怒りを含めたものではなく、ただありのままに思ったことを口に出しただけだ。

先程までの凄惨な出来事など、まるで無かったかのような一切の雰囲気をにじませない言葉だった。

 

再生の旅は幾度となく繰り返されてきた。

旅の回数が増すと、歴史の闇に葬り去られる神子の数も増えてくる。

逃げ出そうとした者、途中で心を壊した者、理由は様々だ。

ユアン自身も祭壇での殺戮を聞いたことぐらいはある。

実際に目の当たりにして思う。

あれを平然と見られるほど、自分の神経はイカれていないと。

 

クルシスの輝石を宿して4000年の月日が流れた。

再生の旅に関係なくとも、人の死に至る姿だって何度も目にしてきた。

やがて、冷静な態度を取るフリは身につける事ができた。

だが、死にゆく者達の悲惨な現場を見ると、胸の奥が収縮するような感覚は消え去らない。

 

ユアンは、再生の旅を始めた頃のユグドラシルはどうだっただろうか、と考える。

しかし、手のひらの上で人の命を転がす行為を悔やむような様子は初めから無かったようにも思える。

「人間なんて、汚い」と言い放ちマーテルの蘇生を計画・実行するようになってからのミトスは、自身にとって不必要な存在へかける情など無くしてしまったのだろう。

説得する気など無くなり、ユアンは返事をする。

 

「…従卒天使達が神子を棺に納めているはずだ。

時期に終わるだろう」

「そうか、ご苦労。

残念だったが、次に期待するとしよう」

 

残念の言葉には、死んだ神子や祭司達への想いなど欠片もないことをユアンは理解している。

全ては姉であるマーテルに対しての言葉だ。

 

「……そう言えば、クラトスはどうした?」

 

ユアンは、疑問に思っていたことがある。

クラトスは、目的達成のためにも再生の旅に同行することが多い(ミトスの指示があるからだが)。

しかし、今回の旅には同行していなかったようだ。

今回の神子は、手違いとはいえ固有マナが初代神子のスピリチュア並みと言われていたにも関わらず、なぜ同行させなかったのかユアンは疑問だった。

 

ユグドラシルは、ユアンの質問を聞くと突如姿を変えだした。

先ほどよりも背が低くなり、幼さが残るような顔つきに変わっていく。

ユグドラシルは、クルシスの輝石の力を使いこなし望んだ年齢の姿になることができる。

輝石を身につけたばかりの彼は、まだ14歳だった。

当時の姿に戻ったミトス・ユグドラシルは、淡々としつつも先程よりは柔らかい口調で話し出す。

 

「最初は、クラトスを同行させようと思っていたんだけどね。

1つ気がかりなことがあって、今で言う旧トリエット跡で探し物を見つけに行ってもらってたんだ。

まぁ、結局無くて無駄足だったけどね。

その後、途中で同行させようと思ったけど、神子の固有マナの結果がアレだと分かったからこっちに戻させたんだよ」

 

ユアンは事前に聞いていないことをやや不満に思いながらも質問する。

 

「探し物とは何だ?」

「魔剣だよ。

急に思い出してさ。

持ち主に悪影響を及ぼすから、神子達が触れないようにクラトスに回収させようとしたんだけども。

ほら、旧トリエットには火の封印があるから見つける可能性もあるでしょ?

まぁ、再生の旅を初めて700年近く経ってるから今更何だけどさ。

さすがに、捨てたのが4000年近く前の代物だから見つからなかったんだよね。

偶然が重なって、誰かが神子の気付く位置に魔剣を運ぶこともあるかもなんて思ったけど、我ながら心配が過ぎたかな?

もしかしたら、大きなミミズが食べたのかもね」

 

冗談のつもりなのか、ミトスはクスリと笑う。

ユアンは、ミトスの言う魔剣に…というよりも魔剣の素材を思い出していた。

カーラーン大戦中に、4人で討伐した敵の素材である。

人間の体を乗っ取ることができる厄介な魔の者だった。

人語を話し、とどめを差す直前に『私の意思を受け継ぐ者共が、お前らを絶望の淵に叩き落とす』などと、ありきたりなセリフを吐いていた。

討伐後は、角や羽を切り取り刀鍛冶師に渡して魔剣に変えてもらったのだ。

ユアンは、刀鍛冶師のおじさんの言葉を思い返す。

 

 

『ひゃぁぁ~~~!

この素材、持ってるだけでなんか吸われるううぅぅぅっ!!??

けど、これで良い魔剣作りた~~~~い!

ぴゃあああぁぁぁ~~~っ!!!???』

 

 

そうして出来上がった魔剣だが、持ち主に害を及ぼすらしくミトスは砂漠地帯に捨ててしまったのだ。

ユアンは、一通りの出来事を思い出して返事をした。

 

「さすがに、わざわざそのミミズを探し出して腹を捌く気にはなれないな」

「だね。

僕もあれについては、無いものとして忘れることにするよ」

「しかし、随分と前の話だな。

魔剣の名は何だったか…」

 

ユアンの言葉に、ミトスは腕を組み思い出そうとする。

 

「ええと、何て名前だったかな。

そうそう、思い出した。

魔剣の名前は種族名をそのままつけたんだった。

あの魔剣の名前は―――」

 

 

 

 

△△

 

 

 

 

絶海人間牧場の主たるロディルは、神子・アイトラ一行がイズールドに向けての支度を始めたという連絡を聞いたのちに、再び紅茶を飲んでいた。

リラックスしていると、ふとアイディアが湧き出ることもある。

そのため、ロディルは仕事をぶっ続けでおこなうことなどしない。

休憩時間は効率化のためにも大事な時間である。

頭に思い浮かぶのは、先ほど出会った劣悪種達のことだ。

 

(そう言えば、本に閉じ込められているあの2人…。

魔導砲のエネルギーに変換とかできませんかな。

エネルギーの変換が出来るなら、魔導砲に限らずとも今後の暮らしをより良くする魔道具の稼働エネルギーにもできるかもしれないですぞ。

肉体から魂を抽出する魔道具でも発明すれば、エネルギー源は世界中にいるわけですから資源にも困りますまい。

ふぉっふぉっふぉっ)

 

物騒なことを考えているロディルの耳に、突如女性の声が聞こえた。

 

《ここまでのようですね》

 

ロディルは、血相を変えて椅子から立ち上がり、あたりを見まわした。

しかし、人の姿など見当たらない。

だが、確かに声を聞いたのだ。

警戒しつつも耳を澄ましていると、目の前に光が降り注ぐ。

それは、破壊のエネルギーを持った光ではなく、日光が窓から室内へ差し込むような穏やかな光であった。

 

光はやがてシルエットを浮かび上がらせる。

シルエットは、徐々に顔や体を鮮明にしていく。

美しい女性だった。

杖を持った女性は、完全に顕現すると閉じていた瞼をゆっくりと開く。

ロディルの姿を目にした女性は、艶やかな唇を動かして話しかけてくる。

 

「すみません、ロディル。

あなたの魂の記憶を勝手に読んでいました」

 

ロディルは、その女性と話をするのは初めてである。

だが、知らない人ではない。

知らないはずがないのだ。

沸々と湧き上がってくるのは、夢の中での出来事だ。

大樹の枝に囚われていた彼女の姿を思い出す。

驚きつつも、ロディルは返事をする。

 

「なるほど、そういうことでしたか…。

あなたの姿を見て、様々な記憶が蘇ってきましたぞ。

我々五聖刃は、あなたを救うためにかつて共闘したんでしたな。

ふぉっふぉっふぉ。

生前ではありえなさ過ぎて、笑いが出てしまいましたぞ。

いや、失礼。

それでは、目的を聞いてもよろしいですかな?

マーテル様」

 

ロディルの言葉にマーテルは頷く。

 

「同化した神子の中に、魂が5分の1ほどしか無い者がいました。

私はあなたの生前の記憶を読み取り、残りの魂の在処を探していたのです。

ロディル、お願いがあります。

スピリチュアの魂を私たちが今いる大樹の下まで連れてきてはもらえないでしょうか」

 

ロディルは、了承した。

ほっと胸をなでおろし、お礼の言葉を伝えるマーテル。

ロディルは、確認したいことを話す。

 

「1つ聞いてもよろしいですかな?

恐らく、絶海人間牧場に行くことになるでしょうが、行くのは私だけでしょうか?」

 

マーテルは首を左右に振った。

 

「いえ、他の五聖刃の方々も目覚めてもらい協力を仰ぐつもりです。

ですが、気をつけてください。

あなたの記憶にあった肉体から魂を抜く者。

私は、カーラーン大戦中に似たような魔の者に会った記憶があります。

元凶は、弟達と共に倒したのですが…。

恐らく、一個体だけではなかったのでしょう。

魂を抜かれたスピリチュアやかつてのシルヴァラント王の存在を鑑みるに、きっと現代までその種族の生き残りが水面下で活動していると思われます」

 

ロディルは、マーテルの言葉を肯定した。

飛竜に乗って逃亡した兵が思い浮かぶ。

生前の記憶を追体験することで、その存在を改めて認識できた。

 

「それでは、鉢合わせしないように気を付けないといけませんな。

察するに、相手は魂に干渉できる者。

肉体を持たぬ私にとっては、避けた方が良い相手でしょうから。

もう一つ聞きたいですぞ。

マーテル様が接触したことのあるその個体は、どのような種族なのでしょうか?

大方、見当はついていますが互いの勘違い防止のためにも聞かせてください」

「…敵対した魔の者は、魂を食料とする存在です。

魂を抜いて空っぽになった肉体に入り込み、姿を変えて生きることもできます。

その存在の名前は―――」

 

 

 

 

△△

 

 

 

 

ミトスは過ぎ去りし過去からかつて戦った敵の名を、

マーテルは現代よりこれから脅威となる存在の名を口にする。

 

 

 

 

 

「あの魔剣の名前は、         だね」

          『ソウルイーター』

「その存在の名前は、         です」

 




クロドレ
ディザイアンの兵の1人。 「おほほほ」と笑うのが特徴の男。 トリエットでおじさんと化す。
ストリム達と共にたまたま遭遇したディザイアンの兵を襲い身体を乗っ取っていた。
ストリムと同じく世界が統合するまでおじさんだった。
女性のような顔立ちで、体型もスリム。



ストリム
イセリア人間牧場のディザイアンの一般兵。 トリエットでおじさんと化す。
前作『イセリア人間牧場奮闘記』のラスボス。
仲間とともに砂漠地帯にいたディザイアンの兵を襲い、体を乗っ取っていた。
しかし、トリエットで予期しない事態に巻き込まれてしまい、本編で2つの世界が統合するまでずっとおじさんだった。
運良く解放されたのちに、精霊マーテルの存在を知り身体を乗っ取ろうと画策する。

ストリムの綴りは、『stlim』。
文字をひっくり返すと『wilts』になる。
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