イセリア人間牧場奮闘記 before&after 作:あるいてごろりと
少年は、両親と共に人里離れた森の奥地で生活していました。
時折、人間達が住む村へ周辺で採取した薬草を売りに父親と2人で出掛けます。
得られたお金で必要な物資を買い込みました。
夕方頃に家へ戻ると、母親の作った温かい料理が待っていました。
父親からは薬草の選別方法と狩猟についてを学びました。
弓矢で父親が仕留めた野生動物の解体方法を教わりました。
いつの間にかナイフの扱いだってお手の物です。
温厚な父親は、柔和な顔つきで褒めてくれました。
母親からは魔術についてを学びました。
母親が家事の際に使っていたので、少年は自分から魔術を教えて欲しいと言いました。
基礎的な魔術を習得して、隙間時間に家事の手伝いをしました。
穏やかな性格の母親は、おっとりとした声で家事の出来具合を褒めてくれました。
遊びの時間など取れない生活でしたが、少年は今の暮らしを気に入っていました。
○○
「救いの塔が出たぞ。
神子様が世界にマナを満たしてくれるぞ」
朝から父親が嬉しそうに話します。
「そしたら、この辺りでも色んな野菜が作れるかもしれないわね」
母親も父親に向って笑顔で話します。
「ああ、それに神子様がきっとハーフエルフも過ごしやすい世界にしてくれるだろう」
父親の言うように、森の中の暮らしは心穏やかでも人間の村へ行くときだけは違いました。
種族の違いが露見して、ひどい目にあったハーフエルフの話を少年は両親から聞いたことがあります。
2人とも「中には良い人間もいるんだけどね」とは言っていましたが、どちらにせよ少年は家のまわりから出たくない気持ちになります。
そのため、村へ行くのは正直好きではありませんでした。
ハーフエルフであることがばれないように、とがった耳はフードで隠しています。
絶対に人の前で耳をさらさないように、と両親との約束でした。
2人の真剣な表情を見て、それがいかに大切なことであるかを察します。
少年は、約束を頑なに守り続けました。
ある日、村に下りた際に村人達が集っているのを見かけました。
父親が事情を聞くと、作物が魔物によって荒らされていたようです。
それもかなりの被害らしく、しばらくひもじい生活を余儀なくされるほど荒らされていたとのことです。
村人達は嘆き、なぜこんなことが起きたのかと口々に言いだしています。
1人が、誰か魔物を呼んだのではないかと言い出しました。
すると、あっという間に村人達は近くの者を疑い始めます。
「お前が食料を手にしたまま林の中に入っていくのを見たぞ!
エサでもやったのか!?」
「お前の畑は被害が少ないな!
自分の畑だけ魔物除けの薬でも撒いたんじゃないか!
この卑怯者!」
難癖つけて他者へ責任を取らせようとしています。
村人達は、誰か元凶を見つけたい意思に駆られていました。
父親は少年に早く村から出ようと言います。
その時、少年は余所見をして歩いていた村人とぶつかりました。
少年のかぶっていたフードがはらりと取れて、特徴的な耳が人の目に触れます。
「こいつ、ハーフエルフじゃないか!」
「余所者が災いを呼んだんだ!!」
村人達の視線が2人に集中します。
ハーフエルフと知られて村人達に被害の元凶だと糾弾された少年と父親は急いで森の奥地へと戻ります。
ですが、村人達は武器を持って後をつけてきていました。
3人が住む家屋を見つけると、火を放ったのです。
慌てて外へ出ると、村人達は両親を拘束しました。
まだ子供である少年は、どうしていいか分からず立ちすくんでしまいました。
残りの村人達が、少年の下へと近づいてきます。
「走って!!」
母親が声を荒げました。
初めて聞くような大きな声でした。
父親は、暴れて村人達の注意を引きます。
こちらも初めて見るような怖い形相でした。
槍を持った村人が父親に突進するのを見ました。
父親が低く呻くと、倒れて動かなくなりました。
母親にも矛先が向けられました。
ですが、母親は決して少年から目を背けませんでした。
「お願い!
走って!!」
もう一度母親から逃げるように言われた少年は、その場を離れました。
何処へ行けばいいのか分かりませんでしたが、真っ暗な森の中をひたすら駆け抜けました。
息を切らしながらも無我夢中で走り続けました。
魔物に襲われなかったのは、幸運に他なりません。
林の中で疲れ果てた少年は、木に背中を預けて座り込んでいました。
服はボロボロで、どこか焦げ臭い匂いを放っています。
思い出すのは、両親との日々の暮らしと先ほどの惨劇でした。
決して豊かではなくとも、ずっと続いて欲しいと思っていた日常があっという間に壊されました。
先程の槍で突かれた父と取り押さえられて武器を向けられた母を思い出します。
もう両親にはきっと会えないと、少年に思わせました。
それに、種族が違うだけでなぜあんな出来事が起こるのか理解できませんでした。
「どうして…」
少年から嗚咽の声が漏れました。
◯◯
「大丈夫?」
そんな声が目の前で聞こえました。
少年が顔を上げると、中腰の少女が心配そうな表情で見ていました。
綺麗な金色の髪と澄んだ青い瞳の少女でした。
いつの間にか、夜は明けつつあるようでした。
地平線で曙光がうっすらと辺りを照らしていました。
少年の心とは正反対の景色です。
遠くの美しい景色が両親といた小さな幸せの日々を想起させてしまい、再び嗚咽を漏らします。
日の光に照らされて、身体は温まるのに心は冷たいままでした。
「大丈夫だから、落ち着いて」
再び声を耳にすると、いつの間にか自分が抱きしめられていることに気づきました。
不思議なことに、少女の声は壊れそうな少年の気持ちを抑えてくれました。
それでも泣き出す少年は、心に空いた穴を塞ぐ何かを求めるようにして、しばらく抵抗せずに少女に身を任せました。
○○
「何があったの?」
朝日が少し昇ったあと、少女の問いに少年は答えました。
自分がハーフエルフであること、村人達に襲われたこと、両親がかばって殺されたこと。
全てを話しました。
話し終えると、少女が泣いていることに少年は気が付きました。
「ごめんなさい」
少女が謝罪しました。
「どうして謝るの?」
「私も人間だから」
少年は両親が良い人間もいると言っていたことを思い出します。
(多分、この人はそうなんだろうな)
自然と憎い気持ちが湧きませんでした。
少年は、少女が謝ることではないと伝えます。
手を伸ばし、指先で少女の頬を流れる涙を拭います。
「…何だか、私が慰めてもらっているみたい」
少年は、全くもってその通りだと思いました。
ですが、先程よりも少しばかり気持ちが落ち着いたことは事実です。
少女が寄り添ってくれなかったらと想像しました。
きっと、心が壊れていたことでしょう。
でも、壊れなかったからといって自分が助かったとは思えませんでした。
もう恐らく両親にも会えません。
それに自分が何をしたいのかも分からないからです。
暗い影のようなものが心を覆います。
ふと、少女の後ろから人間が近づいてきたことに気が付きました。
「アイトラ様。
そろそろ次の町に向かいましょう」
祭司の男が、少女に声をかけました。
少女の名はアイトラということを少年は知ります。
そこには、5人の祭司服を着た者達がいました。
アイトラは、立ち上がって振り返ります。
「あっ、分かりました。
もう行くんですね」
アイトラは背後でいまだ座り続ける少年のことをチラリと見ます。
祭司服の者達は、少年の耳が見えたようで訝しげな表情をしました。
言葉にはしていませんが、人間ではない少年のことを疑いの目で観察しています。
十中八九、ハーフエルフだと勘付かれていました。
アイトラは、何かを思いついたようにして少年に顔を寄せます。
「私、世界を再生する旅をしているの。
良かったら、一緒に来ない?」
急な誘いに少年は戸惑いました。
アイトラの真っ直ぐな瞳は、旅の誘いが本気であることを告げています。
祭司達の動揺の声が聞こえてきますが、彼女は少年から視線を外しません。
少年はどうするか考えます。
世界再生の旅については、両親から聞いて知っていました。
ですが、少年はアイトラが本当に世界を救済してくれるのか正直疑っているぐらいです。
それほど、種族の争いは根深いものだと身を持って体験したからです。
少年は、彼女に問いかけます。
「世界が救済されれば、争いは無くなるの?」
アイトラはすぐには返答出来ませんでした。
今しがた被害を受けたばかりの少年の気持ちを慮ったためです。
マナが満ち、作物も豊富に作られれば種族の争いを無くすきっかけにはなります。
ですが、人の心は多種多様です。
程度は違えど、差別意識を持つ者が救済後も出る可能性はゼロではありません。
「無くなるかは分からない。
でも私はそうしたい」
この返答は、簡単に『できる』と言われるよりは少年にとってよっぽど信頼のできる言葉でした。
(この人が天使になるなら、今よりはマシな世の中に変えてくれるかもしれない)
まだ気持ちは重たいですが、決意します。
もうハーフエルフだからという理由で、苦しむような出来事を無くすために。
そして、少しばかり頼りない神子の旅を手助けするために。
少年の気持ちが表情に出て伝わったみたいで、アイトラが手を差し出します。
少年は、その手を握りました。