変な女子に目をつけられてしまった哀れな男 作:無無
吉田から指定された場所──先日、龍園とひと悶着あったカフェに到着すると、既に席を確保していた吉田に手招きされる。
今度はテラス席ではなく、店内の入り口付近にある席だ。
広々とした丸テーブルには、吉田以外に、島崎、白石、西川の姿もあった。
あの時と同じメンツだ。
全員揃って、真剣な面持ちでじっと座っており、俺が来店したのを確認しても、表情一つ変えない。良い感情を持たれていないのは、明らかだった。
「悪い、待たせた」
一言詫びを入れて、余っている椅子に腰を下ろす。
さて、呼び出された理由についてだが......。
勝手に派閥を解体した俺に文句を言う為に場を設けた──というのは、違うだろう。
短い付き合いではあるものの、吉田の性格を考えると、そうした行動を取るとは思えない。
あるとすれば、気持ちの整理のためだろう。
しっかりと意見を交わし、俺の発言の真意を確かめたい。きっとそんなところだ。
ただ、それは吉田に限った話で、島崎や西川はもしかすると俺の身勝手な決定に文句を言うこともあるかもしれない。二人とも、思ったことは正直に意見するタイプだ。
まあ、そうなった場合は大人しく受け入れるだけだ。今回の一件において非は俺にあり、この場にいる面々には俺に文句を言うだけの正当な権利があるのだから。
白石は──よくわからない。
龍園が俺の悪事(大嘘)を公然の場で暴いたあの瞬間、白石は肩を震わせていた。
顔を伏せていたのと併せて考えると、嗚咽を堪えていたんじゃないかと推察しているが、実際のところわからない。でも、あの瞬間、どういう理由か白石を悲しませてしまったのであれば、やはり俺は文句を言われて然るべきだ。
「──この間のことについて、俺なりによく考えてみたんだ」
最初に口を開いたのは、吉田だった。
「正直頭の整理はまだできてない。でも、このまま時間が流れるのを待つのだけは駄目だってそう思ったんだ」
友人として接していた人物に気づかぬ内にスパイに仕立て上げられた事実、派閥を解体するという俺の発言、吉田にとってこの二つの情報は相当に吉田に混乱を招いたことだろう。今の吉田の表情から、どれほどの不安を抱えているのかは察するに余りある。
「だってさ......龍園に追い詰められた、あの土壇場であれだけの啖呵を切ってみせたんだ。友達の俺が応えてやらなきゃ、嘘だろ......!」
「............ん?」
「わりぃ、ビビっちまった。俺には無理だって......自分が情けねえよ」
悔しそうな表情をした吉田が拳をテーブルに振り下ろした。
応えるって......何に応えるんだ?それに俺は啖呵なんて切った覚えはない。
そんな恰好良い表現が似合うような発言を、俺はしなかったはずだ。
よくわからないが、とりあえず吉田には非がないことを言っておくとしよう。
「別に情けなくはないだろ。悪いのは全部俺だ。お前の意志を問うこともせず、勝手な発言をした。悪かった」
「やめろよ。謝られると、こっちが惨めになる。俺はあの時、一緒になって周りの奴らに言ってやるべきだったんだ......」
「......派閥を解体するって?」
「ああ、そうだ」
妙に熱の籠った瞳で吉田が首肯する。
そんな堂々と頷かれてもな......自分達の派閥を解体します、なんてトップである一人が言えばいい話だ。
いや、待て......吉田は派閥の解体に消極的でもなかったのだろうか?
......嫌な予感がした。この互いの意見が完全にすれ違っている感覚。
もしかして、俺はとんでもない間違いを犯してしまったんじゃないか。そんな考えが頭をもたげた時にはもう遅かった。
「葛城派も坂柳派も俺達がまとめて倒してやるって言うべきだったんだよな。でも、あの時の俺はそんなの無理だろって思った......そんな大それたこと、できるはずないってな」
「お、お前......何言って......」
「何日も悩んでようやく結論を出せた。遅くなって悪い!もう腹は括った!今にして思えば、あのチョコレートパフェは、俺に喝を入れるためのメッセージだったんだよな。クッソ......今更そんなことに気づくなんて、ダサすぎだろ!」
何を言っているんだ......あのパフェにそんな深いメッセージが込められてるわけねえだろ。ただ、解体宣言をメンバーの前で高々としてしまった手前、あの場にいるのが気まずくなって、吉田に託して逃げただけだ。
「ダサくなんてありませんよ。あの時は勇気を出せなかったとしても、今はこうして芦名くんと共に戦うことを決意した。私は恰好良いと思いますよ」
「や、やめてくれよ、白石。俺はそんなんじゃ......」
白石の賞賛の言葉に照れた吉田が恥ずかしそうに頭を掻いた。
仲良くやれてるのは大変結構なことだが、二人のやり取りに俺はまるでついていけていなかった。
「......私も頑張ってみることにしました。坂柳さんや葛城くんのような凄い方々と戦うのは少し怖いですが、芦名くんが隣にいるなら、弱い私でも少しは勇気を出せそうなんです」
普段はぽやんとしている白石が力のこもった声で宣言する。
葛城と坂柳と戦う?倒す?
どうしてそんな話になっている。しかも、俺が言い出しっぺみたいな口ぶりはなんだ。
俺は派閥を解体するとしか────待て、もしかして、坂柳派と葛城派を解体するって捉えられたってことか?
『芦名派閥』というワードを声に出すのが嫌で、省略して『派閥』を解体すると発言したが......。
先日の自分の発言を思い起こしてみる。
『俺は派閥を解体する』
『派閥なんて一つで十分。クラスをまとめるリーダーなんて、一人いれば十分なんだよ』
こんなことを言っていた気がする......。
こいつら目線では、俺は、『派閥(坂柳派と葛城派)を解体する。俺がリーダーになるべき』的な威勢のいいことを声高々と宣言していたってことか。ち、違う......俺はそんな傲慢なイキり野郎じゃない。龍園に敗北したことを契機に派閥争いから脱落した負け犬であるはずなんだ。
この二人は駄目だ。揃って、見当違いな解釈をしてやがる。
そうだ、島崎。頭の良いお前なら、わかってくれるはずだよな?
期待の視線を送ると、島崎がふっ、と笑った。あ、多分駄目なやつだ。
「お前のせいだからな、芦名。俺はこのままAクラスとして卒業できればいいとそう思っていたんだ。それがなんだ。お前が巧妙に張り巡らせた罠に気付かない内に引っかかり、気づけば派閥の一員になっていた。更には、坂柳派と葛城派を同時に敵に回すだと?馬鹿げているだろう」
そうだ、その通り。馬鹿げているんだ。
坂柳派と葛城派を敵に回すのなんてやめて、大人しく長いものに巻かれるべきなんだ。
「──だが、面白いと思ってしまった。俺はお前に乗るぞ、芦名」
な、なんで乗るんだよぉ......島崎までもが悪い流れに呑まれているこの状況──あとは西川だけだ。何とか3人の決断を思いとどまらせる発言を西川が繰り出してくれれば、状況が変わってくれる可能性はまだある。
西川はあの時、真顔でメニュー表を見つめているだけだった。落胆も動揺も表情に出さず、あれはつまり俺に失望したという意思表示だと受け取れた。
「まぁ、私は派閥作ってみればって提案した、言い出しっぺだしねぇ。何日も悩んだヨッシーと違って、私の腹は最初から決まってるんだよね。それにしても、あの時は笑いを堪えるのに必死だったなぁ。だって、全部仕組んでたんでしょ?凄すぎだって。人間、とんでもないものを目の当たりにすると笑いがこみあげてくるもんなんだね」
「............」
最後の頼みの綱すら絶たれてしまった。
この場に集まった4人は皆、俺に煌々と期待の目を向けている。
これはもう──引き返せないよな。
吐いた唾はもう呑み込めない。
きっと、俺が坂柳か葛城に大敗を喫するその時まで、こいつらはリーダーとしての俺の振る舞いに期待し続けることだろう。二陣営と明確に勝敗を分かつ機会がいつやってくるかはわからない。
三年生に上がってからかもしれないし、あるいは一か月後かもしれない。
その時まで、俺は自分の言葉足らずが原因で、一つの派閥を引っ張っていかなければならないのだろう。
......いや、まだ諦めるな。
「もし──先日の俺の発言がハッタリだったなら、お前らはどうする?口を衝いて出た言葉なだけで、実はただ虚勢を張っただけかもしれない。最後にもう一度だけ聞く。本当に坂柳派、葛城派とやり合う覚悟があるのか?」
派閥の面々の表情を窺いながら、俺はこわごわと尋ねる。
一同は一瞬だけ呆気にとられた顔になるが、すぐに先ほどの期待に満ちた表情に切り替わる。
「さっき言ったろ?腹は括ったってな。もう日和らねえ」
「はい。共に戦うと決めましたから」
「俺達に逃げ道を用意してくれているみたいだが、心配はいらん。流石のお前も一人で二つの派閥を相手取るのは無謀だろう」
「でも、案外一人でもやっちゃいそうなのが、怖いところだよねぇ」
やはり、後戻りはできない、か。
俺以上に覚悟が決まっているこの4人を思い留まらせるのは不可能みたいだ。
その後、今後の展望等について雑談しつつ、軽食を済ませた俺達は、店を後にした。
島崎、白石、西川はケヤキモールでそれぞれ別の用事があったみたいで寮には直帰しないようだった。
なので、寮までの帰路は俺と吉田の二人となった。
「いやぁ......怒涛の展開すぎてビビるぜ」
両腕を頭の後ろに回した吉田が、楽しそうに言った。
こいつも大概、楽観的だよな。
俺に着いてくるってことは、坂柳派と葛城派を敵に回すってことだ。
「......そういえば、島崎はちょっと触れてたが......その、スパイの件はどう思ってるんだ?」
龍園の推理──俺が吉田をスパイに仕立て上げた件について、あの瞬間の吉田は間違いなく動揺していたはずだ。仲良くやっていた存在が実は自分の行動を操っていたなんて、考えただけでも気味が悪い。
少なくとも、俺はそう考える。
本来、絶縁を言い渡されても仕方のない所業を行ったというのに、なぜこうも平然としていられるのだろうか。
人を欺くという行為はそう簡単に水に流していいものじゃないはずだ。
けれど、吉田はあっけらかんとした態度で言った。
「あれなー。まぁ、確かにビビったし、ちょっとショックではあったんだよ」
「なら、なんで──」
「でも、全部が全部、嘘ってわけじゃないだろ?勉強会に潜入させるっていう主目的が前提にあったとしても、俺と白石との関係は純粋に応援してくれてたんじゃないかって思うよ」
勘だけどな、と吉田が付け加える。
「俺はお前みたいに頭がキレるわけじゃないから、スパイって言われても、未だにピンときてない。だから、余計なことは考えずにとりあえず信じてみようと思ったんだ。今のところ、白石との距離は確実に詰められてるしなっ」
ばしっと強く肩を叩かれる。
ああ、そうか。今になって、ようやく俺は吉田健太という人間を少しだけ理解できたのかもしれない。
多分、こいつは単純とか馬鹿とかそういう言葉で言い表すには勿体ない──ただのお人好しなのだ。
そして、それはきっと他の3人にも共通して言えることだ。
白石も島崎も西川も、得体の知れない存在を前にして、なおも俺をリーダーとして立てることを選んだ。いっそ見限って、早い内に坂柳か葛城の元に駆けこんでいれば良いものを。
さっさと負けて、他派閥に下れればと思っていたが......少しは粘ってみてもいいかもしれない。
日の落ち始めた空を仰いで、そんなことを思い始めていた。
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別の用事があるなんて、真っ赤な嘘だった。
本当はそのまま、皆と一緒に寮まで歩いて帰ろうと思っていたのだ。
普通の友人のように、歩調を合わせて、取り留めのない話をしたりして......。
けれど──駄目だった。
あの場に留まり続ければ、頬が緩むのを抑えられなかったからだ。
変に思われたくなかった。友人に向ける朗らかな笑みじゃなく、どこか危ない笑みを浮かべてしまって、勘の良い彼に気取られてしまうことが怖かった。
私はあくまで観察者。普通の学生として、3年間を過ごすこと。
それが私たちに課せられた役割なのだ。
こんな大事になるとわかっていたら、最初から近づこうとはしなかっただろう。
本当に......彼はただの地味なクラスメイトに過ぎなくて、これから大波乱を巻き起こすことになるなんて想像もつかなかった。
だから、彼が開くという勉強会へも興味本位で参加しようと思った。
彼の存在なんて眼中になくて、ただ、私に好意を寄せている吉田くんがどんな反応をするのかが見たかった。ただ、それだけだ。
吉田くんと恋人関係を結ぼうなんて気は一切ないし、はっきり言ってそうなる可能性は0だけど、感情表現豊かな彼が浮足立つ姿を見るのは、質の良い暇つぶしになると思った。
「......芦名くんのせいですからね?私は、ただ、クラスメイトが開いた勉強会に参加して......彼が設立した──いえ、本人の意志に反して、誕生してしまった派閥に、場の空気に流されて入ってしまっただけなんです」
初めて彼を見た時、私と同じ目をしていると思った。表舞台に立つことはなく、傍観することを望む観察者の目。
「でも......私も芦名くんも駄目みたいです。運命の悪戯で、目立つことを望まない私達は表舞台に引き摺りだされてしまった。ふふ。けれど、私はできる限り、目立たないようにはします。言いつけはきちんと守らなければなりませんから」
寮の部屋の窓から、空を眺める。
彼も今、同じ景色を見ているかもしれない。
もし、そうなら、どんなにロマンチックなことか。
「ああ、かわいそうな芦名くん。これから、私にどんな景色を見せてくれるのでしょうか......」
無人島編書かなきゃとは思ってるけど、3巻をまだ読み返し終えてないんです......
10話終了時点のヒロインレース
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