変な女子に目をつけられてしまった哀れな男 作:無無
あと、前回のアンケートで坂柳が二つありましたが、一つ目が理事長だと思ってください。
ミスではなく伏線です(大嘘)
監視カメラの目が行き届かない部屋で、俺はクラスメイトの一人と会話──否、密談を始めようとしていた。
女子と密室で二人きりという状況、健全な男子高校生であれば普通はテンションが上がるはずだが、今の状況は素直にテンションを上げられるほど穏やかなものじゃなかった。
対面にちょこんと小さく座る、坂柳有栖が放つ静かなプレッシャーに、俺は完全に圧倒されてしまっていた。
小柄で可愛らしい見た目に反して、内側には強い意志が内包されているのがわかる。
葛城ほど積極的に行動を起こしていないにも関わらず、一部の生徒から熱狂的な支持を集めているのは、坂柳が放つ、この強者としての『圧』がおおいに関係しているのだろう。
「今日は突然のお誘いに応じていただき、ありがとうございます」
坂柳が柔らかく微笑む。
「気にするな。でも、本当に突然だな。俺達は二人で仲良くお話しするような間柄じゃなかったと思ってたが」
むしろ、その真逆だ。不本意ながら、俺は二か月前、公衆の面前で坂柳に喧嘩を吹っ掛けてしまった。そんなつもりはなかったものの、坂柳なんて取るに足らない的な発言をしてしまったものだから、坂柳からすれば俺という人間にそれほど良い印象は抱いていないはずだ。
敵視されて当然──けれど、今、俺の瞳に映る坂柳は、何故だか好意的な視線をこちらに向けていた。
まるで友達に接するみたいな笑みを湛えた坂柳がこんなことを言う。
「実はもっと前から芦名くんと話す機会を作りたいと思っていたんです」
「別にクラスメイトなんだから、いつでも話しかけてくれてもよかったのに」
思ってもない言葉を返してみる。
実際、俺と坂柳が教室で話そうとすれば、坂柳の取り巻き達が止めてくるのは想像に難くない。
坂柳に熱狂的ともいえる信頼を置く坂柳派の一派の中には、俺に対して並々ならぬ敵意を抱いている人間もいるのだ。そんな彼らが自分達が崇拝するお姫様に喧嘩を売った人間に敵意を向けるのは当然の流れだ。
だから、このように、周囲からの邪魔が入らない密会という形でないと、話すことすらままならないのが今の俺と坂柳の関係。
「そうかもしれませんが、自分から異性に話しかけるのは恥ずかしいものですから。特に気になっている男性ならなおさらです」
そう、淡々と述べる坂柳からは恥ずかしさの欠片も感じない。
言葉だけじゃなく、もっとそれらしく見えるように振舞ってほしいものだ。
口元はかろうじて笑顔を形作っているが、目がまるで笑っていない。
いくら坂柳が美少女と言えども、そんなので騙される男子は、相当の馬鹿しかいないだろう。
「それに芦名くんの周りには女性が多いですからね。私が話かけてよいものなのかと迷ってしまうのです」
「多いか?白石と西川の二人だけだろ」
「おや、一番仲の良い森下さんをお忘れのようです」
「......まあ、そうだな。一応は」
周囲の女性と聞いて、俺の脳は森下藍を女性として認識しなかったみたいだ。
俺にとっての森下は、危険人物や変人というイメージが先行して、異性として見ることは難しい。それは他のクラスメイトも同様みたいで、最初こそ森下の無駄な美貌に惹かれるものの、少し時間が経てば、いつの間にか恋愛対象から外れているようだった。
「つい最近まで、恋人関係かと思っていました」
「冗談でもやめてくれ」
思いがけない発言をしてきた坂柳をつい睨んでしまうが、本人は特に気にしていない様子で、口に手を当てて小さく笑っていた。
それにしても、この茶番はいつまで続くのだろうか。
「そろそろ、本題に入らないか。何も恋愛話をするために俺を呼んだわけじゃないだろ」
痺れを切らした俺は坂柳に言った。
学年随一の美少女と話す時間は代えがたい価値があるのかもしれないが、俺と坂柳はあくまで敵同士。腹に一物抱えてそうな人間と二人きりで過ごす時間は心臓に悪い。先ほどから、心臓がドキドキと高鳴っていて、鬱陶しいことこの上ない。
「フフ、そうですね。私として本当はもう少し芦名くんとの会話を楽しみたかったのですが」
なおもからかう様な口調を続けた坂柳は、ようやく本題に入ってくれるらしい。
「──次の試験、どうみますか?」
坂柳の鋭い視線がこちらを射抜いた。
......少し、意外だった。密会の場を作ってまで話したい本題がこの程度の内容なのかと。
次の試験──当然のことながら、一学期の期末テストを指しているのは明白だ。
4月の小テスト、5月の中間テストで圧倒的な成績を収めた坂柳は、やはり期末テストも全力を尽くすつもりらしい。それも、敵である俺に相談をしてまでだ。
坂柳の勉学に対する執念に俺は少し笑みを零してしまう。島崎と良い勝負かもしれない。
「まあ、それなりじゃないか。難易度はそう高くないと見ている」
「......理由を聞いてもよろしいでしょうか?」
「真嶋先生の話ぶりから何となく、だな」
「なるほど。そんなところから予測を立てているのですね」
感心したように坂柳が目を見開いた。
そんな、大したことは言ってないんだけどな。
「だから、前の試験と同様、今回も特に苦労はせずに済みそうだ」
「相変わらずの自信家ですね。ただの虚勢ではないのが、あなたの恐ろしいところです」
「虚勢も何もないだろ。どんな問題が出てくるか事前にシミュレートしておけば、安心して本番に臨めるわけだしな」
勉強なんてそんなもんだ。指定された試験範囲から、どんな問題が出題されるかをシミュレートするだけ。
そんな普通のことを言っただけなのに、坂柳は神妙な面持ちでこちらを窺っていた。
力量を推し量るかのような鋭い視線に怯んでしまいそうになる。
「それでこそ、です。大きな自信は徹底的なまでのシミュレーションに裏打ちされているのだと理解しました。しかし、そんなに上手く想像どおりに事が運ぶでしょうか?もし、想定外の事態に遭遇した時、あなたはどうしますか?」
多分、坂柳は4月の小テストのことを言っているのだろう。
数学の最後の三問。そのすべてが、一般的な学力を持つ高校生が解けるはずもない難問だった。俺は三問全て不正解という結果に終わったが、確かにあれは想定外の事態と呼べるものだろう。
だから、何だという話なのだが。
「その時に考えるしかないだろ。シミュレーションに沿ったものじゃなくても、その場で解答方法を模索することはできる。ギリギリまで粘って、自分の全力を出し切るほかない。お前もそうじゃないのか?」
一瞬、珍しくぽかんとした顔になった坂柳は、すぐにいつもの不敵な笑みに戻る。
「......なるほど。あなたはやはり厄介な存在です。わかってはいましたが、一筋縄ではいかないようですね。ええ、私も想定外の事態を目の前にすれば、あなたと同じようにするでしょうね」
俺達の考えは同じようだ。
でも、坂柳はあの3つの難問を全て解いて、満点を叩き出すほどの頭脳を持っている。
想定外の難問に遭遇する機会なんてそうそうないだろうと思ったが、今ここでそれを口にするのは野暮というものだろう。
「敵同士ではありますが、あなたとの会話から得られるものは多い。差し支えなければ、今後もこうして二人で話す機会をいただけませんでしょうか?」
「確かに敵とは思えない提案だな。まあ......たまになら」
そう答えると、坂柳はにっこりと女の子らしい笑みを浮かべた。
敵同士だが──可愛い女の子からのお願いに、俺は為す術もなかった。