変な女子に目をつけられてしまった哀れな男   作:無無

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無人島試験
治安維持


 時間が経つのは早いもので、この学校に入学してから既に4か月が経過していた。

 期末テストを乗り越え、一学期を無事に終えることができた俺達は、高校生活初めての夏休みを迎えていた。

 普通の学校なら、夏休みが始まれば、家でごろ寝したり、親の実家に帰ったり、はたまた部活動に精を出したりするのかもしれない。

 けれど、ここは高度育成高等学校。普通の学校とは一味も二味も違う。

 俺達の学校は、夏休みの期間を使って、なんと1学年全員を2週間のバカンスに招待してくれることとなった。

 それも豪華客船に搭乗し、学校側が貸切った無人島にて、綺麗な海と豊かな自然に囲まれたアウトドアを楽しめるという。内訳としては、前半1週間は無人島内のペンションにて生活、後半1週間は船内にて綺麗な海を背景に、ゆったりとした贅沢な船旅を楽しめるという。

 流石は国が出資しているだけある。そこらの遊覧船なんかとは桁違いな威容を放つ、正真正銘の豪華客船に乗れるなんて、普通の高校生じゃまず無理な話だろう。

 船内には、ケヤキモールに負けずとも劣らない様々な施設が内設されており、利用料は全て無料。お財布事情なんて気にせず、好き放題に娯楽を満喫できる。

 これほどまでの至れり尽くせり。2週間まるごと貸し切りするとなれば、オフシーズンだったとしても、何十万もかかるはずだ。

 豪華客船なんて人生で一度も乗ったことのない俺は、感動に胸を高鳴らせていた──今、正に甲板の上で。

 乗客は優に100人を超えているのに、船内に窮屈さはなく、むしろ広々としているとすら感じられた。

『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まり下さい。間もなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義ある景色をご覧頂けますでしょう』

 突如、付近に設置されていたスピーカーからアナウンスが流れる。

 意義ある景色とは、少し表現が独特だな。美しい景色、綺麗な景色など、もっと言い様はあったのではないだろうか。まあ、考えすぎかもしれないが。

「おーい、こっち来いよ、芦名。景色めっちゃ良いぞ」

 物事を深く考えすぎてしまうのは、俺の悪癖だ。

 アナウンスの内容など考えても仕方がないと判断し、俺は吉田の声の方向へ向かった。

 変に考えず、意義ある景色とやらを目に焼き付けてやろうではないか。

 無人島とは聞いたものの、場所や島名など具体的な情報は何一つ知らされていない。

 移動手段が豪華客船だから、目的地である島も相応の規模感を誇っているんじゃないかと期待していたが、実際のところどうなのだろうか。

「おい邪魔だ、どけよ不良品ども」

 吉田のところへ向かう最中、不快の滲んだ声が空気を貫く。

 賑わっていた生徒達の声がすっと、静まった。

 どうやらトラブルが発生しているらしい。

 こんな時にも、トラブルか。せっかくのバカンスなんだから、そうカリカリするなよ。

 とはいえ、外輪から見る分には、人間同士のトラブルは俺の大好物だ。

 さて、どんな奴がこの静寂をつくりだし──って、あいつ戸塚じゃねえか!?

 戸塚の後ろには、何人かのAクラスの生徒が控えていた。全員が嘲弄するかのような笑みを浮かべている。

 視線の先には、バランスを崩した状態でデッキの手すりを掴んでいる男子生徒。

 位置関係を見たところ、突き飛ばしたのは戸塚で間違いないだろう。 

 ったく、あいつ何やってんだよ。保護者はどうした、保護者は。

「テメェ何しやがる!」

 突き飛ばされた生徒の友人らしき男ががなり立てる。

 俺の記憶に間違いがなければ、あれは確かDクラスの須藤だ。

 須藤は、戸塚に対し、今にでも殴り掛かりそうなほどに間合いを詰めていた。あれは誰かが止めてないと駄目なやつだな。須藤は入学して間もない頃に、何度か他クラスと問題を起こしたと聞いている。

 派手で厳つい見た目通り、見るからに短気で、人を殴ることに抵抗がなさそうに見える。それでも、距離を詰めるだけに留めているのは、過去の失敗があったからだろうか。

 最近は、須藤に関する悪い噂はめっきり聞かなくなった──が、人はそう簡単には変わらない。

「馬鹿なお前らでも、この学校の仕組みは理解してるだろ。ここは実力主義なんだよ。不良品は立場を弁えるべきだ。こっちは天下のAクラス様なんだよ」

 見下すような視線で戸塚が、暴言を吐き捨てる。

 取り巻きの生徒もニヤニヤとその様子を見ている。

 戸塚......クラス内では劣等生のくせして、Aクラスの威光を笠に着て、他クラスを愚弄するとは、なんて愚かなやつなんだ。それに、腰巾着の腰巾着をしている取り巻きも中々に滑稽な様だ。

 まぁ、特に止めようとは思わないが。この場には、体調不良者を除いた一学年全員が揃っている。そんな状況下で、喧嘩の仲裁なんてしようものなら、大きな注目を集めるのは必至。第二、第三の龍園を生み出さない為にも、ここは『見』に回るのが吉だろう。

 須藤が手を出して一発アウトか、その前に周りの生徒が止めにかかるか。二つに一つ。

 どちらの結末を迎えるかはわからないが、久しぶりにこういうチリチリとした空気を楽しませてもらうとしよう。そうして、観察者に徹しようとした時だった。

 ぽんと、後ろから肩を叩かれる。振り向いた瞬間、じわりと汗が額から垂れてくるのがわかった。も、森下藍......こいつが俺に何らかのアクションを起こすのは、不幸の前兆だ。

 現に瞳を煌々とさせていることから、また余計なことを考えているに違いない。

「やっちゃってください」

「な、何をだ......」

「Aクラスの『帝王』として、ここはクラスメイトの暴挙を鎮圧するべきです。ささ、事態が悪化する前にどうか御威光をお示しください」

「示すかっ。あと、勝手に変な異名をつけるんじゃねえ。浸透したらどうするっ」

「安心してください。まだ、学校全体の半分くらいにしか浸透してません」

「学校!?学年じゃなくて、学校!?」

 頼む、冗談であってくれ。こちとら注目を浴びすぎて、おちおち一人でケヤキモールを散策するのも偲ばれるっていうのに。学校全体にまで悪名が轟いたら、とうとう外に出るのさえ億劫になるだろうが。

「恥ずかしがる必要はありません。ささ」

 言いながら、森下が全体重をかけて俺を戸塚達の方へ押し込もうとしてくる。

 ただ、森下の力が貧弱すぎて、一ミリたりとも動かせてはいないが。

 ああ......くだらない押し問答をしていると、デッキに集まりつつある生徒達の視線がこちらに向き始めていた。

「おいおい。無理にそいつに押し付けようとすんなって。戸塚の面倒まで見る義理はないだろ」

「そうだ。クラスメイトであろうと、俺達には関係のないことだ」

 吉田と島崎!

 そうだ、言ってやれ。戸塚に構ってやる必要なんて全くない。

 須藤なんて知り合いですらないし、俺達が介入する必要なんて全くなし!

「けど、この状況を収められるのはお前しかいなさそうなんだよな......戸塚を制御できる葛城もいないし、赤髪を止められそうなやつもいない。クラスメイトっぽい奴らが頑張って、止めようとはしてるけど」

「ただ、戸塚が起こしたトラブルを解決することで葛城に貸しを作れるという考え方もできる。あいつは義理堅い男だ。先を見越して、行動を起こすのも一つの手だろう」

「なっ......!?」

 加勢のはずが、敵に回ってしまった。

 状況は1対3。周りの生徒も「よかった。あいつが止めてくれそうだ」とか呑気なことほざいてるし。

 期待の視線が徐々にこちらに集まってくる。

「おや、どうかしましたか?」

「あれ、うちのクラスの戸塚くんじゃん。また、他のクラスの人にちょっかい出してるー」

 西川と白石も騒ぎをききつけたのか、デッキにやってきた。

 ここで二人が俺に加勢してくれれば、状況はイーブンになる。西川は望み薄だが、白石なら味方になってくれる可能性がある。頼む、助けてくれ、と白石に目で訴えかける。すると、白石は柔和な笑みを作ってから、一言。

「頑張ってください♪芦名くんの力で解決してあげましょう」

 心底愉快そうな様子で森下とともに、背中を押してくる。

 ......意外と力強いな。よくわからんが、絶対に俺に問題を解決させようという執念じみたものを感じる。

 そこに西川の力も加わり始めたことで、俺も諦めがついた。

 ──仕方ない。ただ、クラスメイトとして仲裁するだけだ。ここで俺が出張るのは、特段おかしなことでもないはず......と思っておこう。さっと仲裁して、すぐに場を離れればいい話だ。

「戸塚。そのくらいにしておいたらどうだ」

「......芦名ッ」

 制止の言葉をかけると、戸塚が親の仇を見るような目つきで睨みつけてくる。

 こいつ、まじで俺に対する当たりが強いんだよな。

 すれ違いざまに肩をぶつけられた回数は数えきれないほどだ。

 だから、なるべくこいつには関わらないように心がけていたのだが。

 俺はため息をついて、戸塚をじっと見る。

「な、なんだよ、その目は。やんのかよ」

「落ち着けよ。こんな場所で騒ぎを起こしたら、葛城の顔に泥を塗ることになるぞ」

「......ッ!?そ、それは......」

 俺の警告に、戸塚がさーっと顔を青くさせた。

 戸塚弥彦の習性は既に理解している。

 こいつの思考は基本的に葛城中心だから、葛城に焦点を当てた論を唱えることで大打撃を与えることができる。

 自分が葛城に迷惑をかけるという警告は効果抜群のはずだ。

「俺のことが嫌いで、言うことを聞きたくない気持ちはわかる。けど、今大事なことはそうじゃないだろ」

「う、うぐ......か、葛城さんには......」

 先ほどまで調子づいていた戸塚が、急速に萎れていく。

 よし、これで解決だ。俺の言葉は、本来の意図とは異なる変な意味に解釈されることが多いからな。最小限の言葉でこの場を収めることができたのはでかい。

 須藤は突然この場に介入してきた俺を見て、何が起こっているかわからないといった表情で動揺している。

 あの様子だと、もうひと悶着起こることはないだろう。意外なことに須藤は戸塚に比べればいくらか理性的な側面も持ち合わせているようだしな。

 さて、お望み通り場を収めたことだし、俺の役目はもう終わりだ。

「これで満足したか?森──」

「本日もAクラスの治安維持に尽力いただき、感謝の言葉に尽きません。皆様、お騒がせして申し訳ありません。葛城一派の暴挙はここにおわす、芦名派のリーダー、芦名善がここに解決いたしました。今後、葛城一派がまた騒ぎを起こすようなことがあれば、芦名派の者にお知らせください」

 デッキに集まっていた生徒達にぺこりとお辞儀すると、森下はすぐに俺の後ろに隠れる。

 すると、さっきまでも静寂が嘘だったかのように、生徒達がざわつき始める。

「芦名?なんか聞いたことあるぞ?」

「葛城派はAクラスの中では過激派だったのか」

「でも、坂柳派も結構過激って話を聞くけど」

「Aクラスって、鼻につく連中が多いイメージだったけど、あんなやつもいるんだね」

「芦名ってあれだろ。Aクラスの派閥を統一して、自分がリーダーになるって宣言してるやべーやつ」

「あの龍園に喧嘩売ったこともあるらしい。その場にいたアルベルトが芦名の放つ圧で一歩も動けなかったって話だ」

「いや、実は立ったまま口から泡を吹いて気絶してたらしいぜ」

「こわ......喧嘩も強いってことかよ」

 あー......また、やりやがった。

 俺は背後に隠れている元凶を睨みつけるが、じっと体を固くして、俺の背中に張り付いてやがる。

 言いたいことだけ言って、地雷をばら撒いた後は、責任だけ俺に全部擦り付けてくる恐ろしい奴、それが森下藍という女だ。

 入学してからの4か月で迷惑をかけられたことは数知れず。こいつとバスで隣にならなければ、同じクラスにならなければ、隣にならなければ──俺には、きっと素晴らしく充実した学校生活が待っていたはずなんだ。

 あったはずの未来に想いを寄せながら、俺は足早にその場を去った。

 ────背後から途轍もない怨嗟の感情を向けられながら。

「芦名善......俺は絶対にお前を許さない。絶対ッ......」

 

 

 ───────────────────────────

 

 

 颯爽とデッキに姿を現し、瞬く間に場を収めた男──芦名は役目を終えて足早にこの場を後にした。

 Aクラスとの揉め事の渦中にいたオレ達の存在感はなかったかのように、デッキには芦名への歓声だけが残っていた。比較的涼しかった船上が一瞬にして熱気を帯びていた。

「Aクラスにも、あんな奴がいるんだな......」

 感心した様子で池が呟いた。

 この場に一緒にいた山内も、須藤も、俺が倒れかけたのを心配してきてくれた櫛田も同じような感情を抱いているらしく、しばらくの間、皆一様に固まっていた。

「噂には聞いていたけど、凄いね。僕も騒ぎを聞きつけて駆けつけたんだけど、彼が全部解決してくれたんだね」

「有名なのか?」

「うん、芦名善くん。Aクラスの三大派閥を率いるリーダーの一人。彼の派閥──芦名派は現時点でAクラスの最有力派閥として注目されているんだ」

 オレの疑問に、平田が丁寧に説明をしてくれる。

 三つの派閥が台頭している群雄割拠のAクラス──そういえば、以前堀北が話題に出していたのを思い出した。

『ふざけた男ね。馬鹿げている』

『脈絡もなく、悪口を言ってくるのは困るからやめてくれ。せめて理由までつけてくれると助かるんだが』

『自意識過剰ね。別にあなたに対して言ったわけじゃない』

『なら、よかった。それで、ふざけた男って言うのは誰なんだ?』

『──芦名というAクラスの生徒よ。敵対するクラスメイトを全て潰し、自らがリーダーとしてクラスを支配すると名乗りを上げているみたいね。実際に会ったことはないけれど、噂通りだとすると、恐ろしく欲深く傲慢な男よ』

『へえ、Aクラスも大変そうなんだな』

『......なぜ、彼のような人間がAクラスで、私が──』

 あの芦名か。堀北が話していた人物像と違いすぎて、芦名と聞いてすぐに思い至らなかった。

 どちらかと言えば、真反対だ。クラスメイトを潰すどころか、手際よくトラブルを解決してみせた。芦名が場を収めた後、芦名派と思われる女子生徒が傅いて、妙なことを言っていたのも気になった。

 彼女の言葉をそのまま受け取ると、芦名の行動は治安維持の為であるとのこと。

 治安維持が必要ということは、つまるところAクラスの治安が乱れているという事実に繋がる。更に整理すると、おそらく治安の乱れに関わっているのは、葛城派。オレを突き飛ばし、須藤と睨み合った男も葛城派だろう。

 それは芦名の説得の言葉の中に、明確に含まれていた。

『落ち着けよ。こんな場所で騒ぎを起こしたら、葛城の顔に泥を塗ることになるぞ』

『俺のことが嫌いで、言うことを聞きたくない気持ちはわかる。けど、今大事なことはそうじゃないだろ』

 必要最小限の効果的な言葉のみを選択し、芦名はスムーズに葛城派の男を諫めてみせた。

 そう、諫めたんだ。反感を買うようなことも一言も口に出さず、騒ぎを沈める為だけに芦名は行動したように思えた。

 これが敵対勢力を全て潰すと発言する男の言葉だろうか。

 公衆の面前で正義を振るい、自分の派閥こそが正義と周知するためのパフォーマンスの可能性も十分に考えられるが、どうもしっくり来ない。

 後味の悪い感覚を胸中に残しながら、徐々に距離を縮める無人島をオレはぼんやりと眺めた。

 

 




3、4日に1話程度のペースで投稿できればと思います。
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