変な女子に目をつけられてしまった哀れな男 作:無無
「──葛城さん。俺がリーダーをやってみてもいいでしょうか」
俺含め、Aクラスの面々は意外な人物の立候補に驚愕していた。
その男──戸塚弥彦は、常日頃、葛城の周りをついて回る、悪い言い方をすれば腰巾着で主体的に前に出るような人物ではなかったからだ。
当人にも自覚はあるようで、表情には明らかな自信の無さが浮き出ていた。そんな戸塚がなぜリーダーなんて大役に立候補したのか。戸塚の性格を考えれば、まず一番に葛城を推挙しそうなものだ。
葛城は少し沈黙を置いてから、圧のある声で戸塚に尋ねた。
「......理由を聞こう」
「ほ、本当は葛城さんこそ、リーダーに相応しいと思ってますが、リーダー当てのリスクを考えると知名度が高く他のクラスからマークされている葛城さんがリーダーになるのは危険だと思いました」
「ふむ。確かに一理ある。だが、お前が立候補する理由にはなっていないな。改めて聞こう。弥彦、お前はなぜリーダーになることを望む」
再び同じ問いを投げかけられた戸塚は一瞬苦い顔で俯いてから、意を決したように顔をあげた。
「俺じゃなくもいいんです......ただ、運が悪いことにこのクラスにはリーダーになっちゃいけない人間がいる。誰も立候補しなかったら、そいつが選ばれる可能性が高い。俺はそれだけは防ぎたいんです!」
戸塚の言葉には確かな決意が滲み出ていた。
自分の承認欲求の為ではなく、他者がリーダーになることを恐れての立候補。プライドだけ高い、ただの腰巾着かと思っていたが、それだけではないらしい。戸塚にしては中々に見上げた信念を持っている。
『そいつ』というのが俺じゃなければ、百点満点をあげていたところだ。
「そうか。お前の意見はよくわかった」
「な、なら俺がリーダーで──」
「早まるな。お前は立候補者の一人に過ぎない。他に立候補があれば、クラスで協議した上で誰かが相応しいかを決定する」
「わ、わかりました......」
葛城の言葉に戸塚が鼻白む。
意外ではないが、葛城は流石だな。自派閥の人間を一切贔屓することなく、公平な姿勢でリーダーを決定しようとしている。トップに立つ人間として、申し分ない性格だ。
「すまない。弥彦が先走ってしまったが、他にリーダーになりたいものはいるか?自薦他薦は問わない。この特別試験はリーダーの立ち回りが勝敗を大きく左右する。我こそはというものは手を挙げてくれ」
葛城が戸塚以外の候補者を募ろうとするが、誰一人手を挙げる様子はない。
そりゃあそうだろう。勝敗を左右するなんて言い回しをされたら、誰だって腰が引けるに決まっている。あと、葛城。自薦他薦は問わないとか恐ろしいこと言うなよ。そんなこと言うと──。
「はーい、芦名君がいいと思いまーす」
心底楽しそうにニコニコしながら、西川亮子が手を挙げた。
ほらな。西川みたいな享楽主義者が意気揚々とのってくるだろ。
そして、一度名前が挙げられれば、流されやすい生徒達が便乗していく。
「賛成ー!」
「まあ、妥当だよね。安心感?あるし」
「はい。芦名君に任せれば、安心です」
口々と賛成の意を表明するクラスメイト達──その中には、吉田や島崎、白石も当然のようにいた。
何故だか、坂柳派の人間も賛成しているため、ぱっと見クラスの半数以上が俺を支持している状況だ。俺、何もしてないよな......?もはや、無条件に担ぎ上げられてしまう現状に俺は内心絶望していた。
「芦名っ......!お前はまた......!」
戸塚がまた憎しみの籠った目で睨みつけてくる。何だよ、この理不尽の連鎖。俺にキレるんじゃなくて、推薦する奴にキレろよ。
どうにかして、辞退できないか考えていると、一人の生徒が少し苛立ちを孕んだ声でぼそりと言った。
「......空気読みなよ。さっき、船で問題起こしたばかりなのに、よく立候補できるよね」
突如湧いた自分への糾弾の言葉に戸塚が顔を引き攣らせた。
戸塚に思うことがあるクラスメイトは他にもいたようで、残酷にもこの一言だけでは終わらなかった。
「でしゃばりすぎ。芦名君に全部任せておけばいいのに」
「てゆーか、思ったけど戸塚君って芦名君にライバル意識持ってるよね。よく噛みついてるし」
「分不相応なんだよ。自重しろって」
戸塚への非難とともにAクラスにどんよりした空気が流れる。
的になっている戸塚は怒りや悲しみ、様々な感情が含まれた顔を見ていて可哀そうになるくらい歪ませていて、もう破裂寸前といった感じだ。
傍から見てる分には相当に見応えのある表情をしているが、こいつが破裂した結果、被害を被るのは俺だ。現にクラスメイト達が戸塚に非難の声をぶつけるたびに、戸塚は俺に対する怒りの感情を沸々と湧き上がらせている。
助け舟──じゃないが、少しだけサポートしてやるか。あくまで俺の身を守るためだが。
「戸塚が最初に言ったように、リーダー当てのリスクを考えると俺は不適格だと思う。龍園には確実に目をつけられているし、Bクラス、Dクラスにも名前は知られている。注目度が高い生徒は避けるべきだ」
うんうん、そうだよ。そこでこれ見よがしにピースしてるお前のせいだよ、森下。
「せっかく推薦してくれたところ悪いが、俺は辞退する。戸塚がリーダーをやりたいならやればいいと思う。熱意はあるみたいだし、俺は反対しない」
ここまで言ってやったんだ。もう噛みついてくるなよ。
合理的な辞退理由とともに、戸塚をリーダーに軽く推しておく。
これで溜飲が下げればいいんだが......。
「芦名君、辞退するのか......残念だけど、確かにリスクはあるよね」
「戸塚も芦名の謙虚さを見習えよ」
「流石、芦名だ。目立ちたいだけの馬鹿とは違うな」
......何人か、戸塚の神経を逆撫でする発言が出たが、まぁ最善は尽くした。
ひとまず自然な流れでリーダーを辞退するという目的は果たせたし、後は戸塚でも誰でもいいから、早くリーダーを決めてほしいものだ。そう考え、以降は傍観者として一歩引こうとすると、葛城がズカズカと大きな体を動かしてこちらに距離を詰めてきた。まだなんかあるのかよ。
「本当にいいのか、芦名。お前を強く推す者は多い。確かにリーダーを当てられるリスクは高まるが、結束力を高めるためにもリーダーになるという選択肢もある。お前が嫌でなければ、俺は是非──」
「か、葛城さん!何言おうとしてるんですか!?こ、こいつをっ......芦名をリーダーにするなんて馬鹿げてます!」
俺をリーダーとして推薦しようとしてきた葛城に戸塚が必死の形相で食いかかった。
豹変した戸塚を見て、クラスメイト達から小さな悲鳴が上がった。
普段へこへこしている戸塚が、こんな荒ぶった感情を葛城に向けるのは珍しい。
それほどまでに葛城が俺を推したことが受け入れられなかったのだろう。
「落ち着け、弥彦。これはあくまで提案だ」
「提案でも何でもっ!何でわざわざ敵に塩を送るような真似するんですか!あいつは俺がリーダーでいいって言ってるんだから、それでいいでしょ!」
「......落ち着けと俺は言った」
「ぐっ......!?」
葛城が一瞬にして、戸塚の片腕を捻り上げた。
戸塚が唸り声を上げならも、抵抗することができていない。
「すまなかった。話の続きだ。芦名、リーダーを務める気はないか?」
「ないな。結束力を高めるためって推薦理由は一理あるが、やっぱり俺はリーダーを当てられるリスクは最小限にしたい。他クラスから、戸塚がどの程度注目を集める存在なのかはわからないが、少なくとも俺よりはマシだ」
「......わかった。無理強いはしない」
「ただ、戸塚に一言だけ言わせてくれ」
本当は何も口を出さないつもりだったが、ここまで戸塚の暴走を目の当たりにして、何もしないわけにはいかない。まずは一つ、戸塚にリーダーとしての覚悟を問わなければいかない。
それを上手く示すことができれば、クラスメイト達も戸塚のリーダー就任に渋々ながらも納得してくれるはずだ。葛城に戸塚を放してやるよう伝えてから、俺は真正面から戸塚を見据えた。
「この特別試験はリーダーの働きが勝敗に直結する。まず、一つにどれだけスポットを確保できるかが重要になってくる。10か所確保できたとして、継続的に占有出来たら最終的なポイントは相当なものになるだろう」
「......そんなの偉そうに言うことでもないだろ。お前に言われるまでもない」
目も合わせようとしない戸塚はいじけたように唇を尖らせた。
これは、俺が何言っても響かないな。
けど、これだけは言っておかないとな。
「ただ、ポイントを稼ぐのはほどほどにしとけよ。スポットを占有する機会が多いということはそれだけ島内を移動するということだ。当然、人目に触れる可能性は高くなる」
俺は戸塚がスポット占有に熱を入れ過ぎて、結果、それが仇となることを懸念している。
リーダーを当てられてしまえば、せっかくスポット占有で稼いだポイントもパーだ。だから、スポット占有には細心の注意を払う必要がある。
戸塚がリーダーを希望すること自体には特に不満はないが、くだらない競争心のためにクラスポイントを減少させるような失態は取ってほしくない。
「だからな──負けて、大きくポイントを落とすようなことがあれば、自分のせい。そのくらいに思っておいた方がいい」
「......ッ。か、葛城さん。こんなプレッシャーかけてくるような奴は置いて、ベースキャンプを探しましょう」
「......そうだな。では、リーダーが決まったところで次はベースキャンプを見つけよう。皆、戸塚がリーダーであることは今後、絶対に口に出さないように」
クラスメイトに呼び掛けてから、こちらに一瞬目を向けた葛城が「すまない」と会釈した。律儀なやつだ。
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めぼしいベースキャンプを見つけるため、葛城主導のもと探索班を編成していた時だった。
その男は我が物顔でAクラスの仮拠点にやってきた。
龍園翔──入学早々、校内に悪名を轟かせ、1年生の中で最も危険視されている男。正直なところ、俺は龍園が苦手だった。
強そうな見た目に堂々とした態度、圧のある声、この男が発する言葉はどんなハッタリでも真実に変えてしまう力がある。そのせいで、1人の人畜無害な生徒は瞬く間に分不相応な悪名を轟かせてしまうこととなった。
とんだ鬼畜野郎だ。俺はこの男に憎しみの感情さえ抱いていた。
この悪辣そうな笑み。また、俺にちょっかいをかけにきたのだろうか。
龍園はすぐ近くにいたAクラスの生徒に何やら声をかけていた。
遠くにいて聞こえないが、声をかけられたクラスメイトは、少しだけ迷う素振りを見せてから、葛城のところへ小走りに駆け寄っていった。
龍園も後を追うが、何故だか肩をすくめて首を振った。
すると、今度は俺のもとに龍園を連れてやってきた。
「よぉ、芦名。きてやったぜ」
「......呼んでないんだが」
早々に偉そうな態度をぶつけてくる龍園に俺は辟易する。
一体、何の用なのか。無人島にきて特別試験が始まって、皆てんやわんやの状態で、なんでこんな早くに他クラスの俺に会いに来るんだよ。もっとクラスメイトと交流しろよ。友達いないのか。
「良い話を持ってきてやったんだ。そう嫌な顔を──」
「おいっ、龍園!てめえ、何勘違いしてんだよっ!」
「あん?」
俺は更に胃が痛くなるのを感じた。
突如、俺達の間を割って入るように食いかかってきたのは、戸塚弥彦。
何だよコイツ。常に誰かに噛みついてないと死ぬ病気なのか?
「Aクラスの代表に会いにきたみたいだな。勘違いしてるようだが、クラスの代表は葛城さんだ!話があるなら、葛城さんにしろよ!」
「誰だてめえ。よくわからねえが、雑魚が絡んでくんじゃねえよ。俺は芦名に話があんだよ」
第三者の乱入に苛立ったらしい龍園が睨みを利かせながら、戸塚に詰め寄る。
戸塚も喧嘩っ早いが、龍園も相当だな。この血の気の多い二人の間に挟まれる平和主義者の俺。悲惨な状況にもほどがある。
これ、流れ的に俺が仲裁しなきゃいけないのか?
クラスの連中は、ヒーローを見るようなキラキラとした目でこっちを見てくるし。
他人事だと思いやがって。
面倒くさいが、どうにかして止めてみるか。
そうして仲裁に入ろうとした時だった。
「何をしている、龍園。他クラスとの物理的な争いはルール違反だ。弥彦、お前もだ」
「す、すみません!葛城さん!」
「......てめえの腰巾着だったか。ペットの躾はちゃんとしておくもんだぜ」
「誰が──」
「やめろ、弥彦。それで何の用だ。まさか俺達を挑発するためだけに、Aクラスに接触しにきたわけでもあるまい」
葛城の言葉に龍園がぎらついた歯を見せて笑った。
「話が早くて助かるぜ。本当はこいつと交渉するつもりだったが、てめえも来ていいぜ、葛城」
前を歩き始めた龍園は、一度振り向き、不敵な笑みを浮かべて一言。
「──てめえらと手を組んでやる」
無人島での特別試験に嵐が巻き起ころうとしていた。
戸塚弥彦 好感度調査
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好き
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嫌い
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普通