変な女子に目をつけられてしまった哀れな男 作:無無
仮拠点から少し歩いたところで龍園が立ち止まる。
周囲に人気がないことを確認した龍園は懐から1枚の用紙を取り出した。
「用件はこいつだ」
葛城が龍園が差し出した用紙を受け取り、俺は隣から内容を覗き見る。
紙面の一番上には、特別合宿ポイント譲渡契約証書と記載されていた。
「契約証書......?」
「俺の署名は既に済ませてある。後はAクラスの代表者が署名すれば、この契約は締結されるぜ」
龍園が持ち掛けた契約の内容は簡単に言うと、こうだ。
(1)CクラスはAクラスに対し、200Sポイント相当分の物品を購入して譲渡する。購入する物品は、Aクラスが自由に指定できる。
(2)Cクラスは、BクラスとDクラスのリーダーが誰であるかを探り、得た情報をすべてAクラスに伝える。
(3)本契約に同意したAクラス所属の生徒全員は、毎月2万プライベートポイントを龍園に譲渡する。
一見すると、Aクラスに利がある契約内容となっていた。
(1)と(3)はニュアンスが異なるものの、実質的には同じ内容で、ポイントの増減としてはほぼプラマイゼロと考えてよいだろう。要はポイントの前借り。本試験での生活物資の購入において、Aクラス自体が保有するポイントを使うか、Cクラスに前借りするか、ただそれだけの違い。
つまり、重要なのは(2)の内容。
Cクラスが得たリーダー情報を提供してもらえるというものだ。
仮にBとDのリーダー情報を獲得し、見事リーダー当てに成功すれば、100のクラスポイントを獲得でき、2クラスはそれぞれ50ポイントを失うことになる。クラス競争で更なる差をつけることが可能となる。
ただ──それはあくまで全てが上手くいった場合の話だ。
提供されたリーダー情報が誤っており、リーダー当てに失敗した場合、Aクラスは大きな損失を被ることとなる。
「どうする、葛城」
問うと、葛城は少し考える素振りを見せてから、一言。
「この契約はクラスメイトの同意が前提となっているな。一度、持ち帰って検討することとしよう」
「クク、そうしな。1時間後、Cクラスの人間を寄越す。それまでに結論を出しとけ」
じゃあな、と言い残して、龍園は一人この場を後にした。
俺と葛城も契約内容をクラスで検討すべく、早急に仮拠点に戻ることにした。
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「──以上が、Cクラスが提案してきた契約内容だ。この契約に同意すべきか否か、今から議論を開始したいと思う」
契約内容をクラスメイト達の前で読み上げた葛城が宣言する。
1クラスメイトとしては、こういう時、テンポ良く仕切ってくれる人間がいると非常に楽だ。
「こんなの断る理由はないと思いますよ。提案してきたのが龍園の野郎だと考えると、複雑な気持ちになりますが」
開口一番に戸塚が賛同の声をあげるが、提案者が龍園ということが気に入らないのか、苦い感情を表情に浮かべていた。
俺と葛城が龍園に連行される前、雑魚と吐き捨てられたことを根に持っているのだろう。
「リーダー当てでポイント得られるのは大きいね。こっちがポイント得られるのもそうだけど、当てられたクラスにマイナスが発生するから、ポイントの差を100ポイント分あけられる」
「ああ、それにスポット占有で獲得していたポイントもゼロにできる。他クラスに大打撃を当てられる好機と考えると、十分に受け入れるに値する契約だと思う」
戸塚以外のクラスメイトも概ね契約内容を受け入れているようだった。
理由としては、やはり、リーダー当てで得られる恩恵だ。
「けど、龍園くんが本当のリーダー情報を教えてくれるとも限らないよね?」
次々と賛成が集まる中、ここにきてクラスの男子、真田康生がはじめて批判的な意見をあげた。
「確かに他クラスのリーダー情報を入手し、最終日にリーダーを当てることができれば、僕たちAクラスは大きなアドバンテージを得ることができる。ただ、それはリーダー情報が正確だった場合に限るよね」
「......そ、それはそうだね」
上手くいくことを前提として、楽観的に考えていた一部のクラスメイトは真田の批判的な意見を受けて、面食らったようだ。
そう。必ず上手くいく確証はない。リーダー当てに参加するということはそれだけリスクを背負うということ。
あとは、龍園がなぜAクラスに利があるように見える契約を持ち掛けてきたことに関しても議論するべきだ。
一方的な旨味を享受させるほど、龍園は善人ではないはずだ。
「もし、契約を受け入れることをクラスの方針とするならば、リーダー情報の正確性は必ず担保するよう龍園に伝えよう」
真田の懸念に対し、葛城が答える。
ただ、それでも真田の契約に対する懐疑的な考えは簡単にはなくならないようだった。
「それなら、正確性の証明についても考える必要があるね。写真か現物があれば、一応は安心できると思う」
「ああ。しかし、現物となると難しいだろう。この無人島試験では略奪行為は禁止だ。龍園は危険な男だが、ルールの抵触によって試験自体を失格となる可能性がある以上、そこまでの危険は冒さないだろう」
そうなると、必然的に写真による証明をしてもらう必要がありそうだ。
......ただ、龍園のことだ。略奪行為と悟られない、たとえば他クラスのベースキャンプに侵入し、キーカード本体を盗み取ってくるくらいの大胆さを発揮しないとも限らない。
キーカードの情報を提供される側の俺達からすれば、龍園がどんな手段を使っていようと直接的な影響はないが。
「芦名。お前はどう考える?」
ここで葛城が俺に水を向けてくる。
──正直、俺個人の考えとしては、龍園の提案はあまり魅力的じゃない。
Aクラスは現状、クラスポイントで言えば、圧倒的にトップ。
多少魅力的に思える提案であっても、下手に博打を打たず、安定的なスポット占有のみでポイントを確保していくことの方が重要な局面に思える。
しかし、クラスメイト達のほとんどは龍園の提案を受け入れる腹積もりのようだ。
真田も最初こそ懐疑的だったものの、リーダー情報を確実に得られるなら、と肯定的な意見に傾きつつある。
この流れで、クラス内で多少の影響力を持ってしまった俺が反対意見を出すと、更に議論が縺れて面倒になることだろう。
ベースキャンプの設定、生活基盤の確保、スポットの占有など、スタートダッシュが肝要となるこの試験において、平行線となりそうな話し合いで時間を潰してしまうのはあまりにもったいない。たとえ、俺がクラス間の勝敗にそこまで興味がないとしても、俺のせいでクラスが不利な状況に陥るのは避けたい。
「俺も、龍園の契約を受け入れることに異論はない」
そう賛成の意を示すと、『芦名派』を自称している連中も口々に賛成派に加わることを決めていた。
最終的に、Aクラスの意見は満場一致という形となり、議論は終わりを迎えた。
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予定通り、1時間後にCクラスの遣いがやってきたので、俺と葛城は結論を伝えるべく、龍園に再び会いに行くこととなった。
契約書には、代表者として葛城の名前が書いてある。
契約が原因で不利な状況に陥った場合、責任者としてクラスメイトの批判を一手に引き受けるつもりらしい。
全員、同意済みなのだから、葛城一人に責任が集中する流れにはならないと思うが、葛城の考えは頑なだったため、代表者の記入欄に葛城の名前を記載することに俺は同意した。
契約書を受け取った龍園は、同意のサインを見て、ニヒルな笑みを浮かべた。
「契約成立だな。芦名、代表者はてめえかと思ったが、まさかもう葛城に派閥争いで負けたか?」
「どうだっていいだろ。それと、改めて確認するが、リーダー情報の証拠はきっちり押さえてくれるんだろうな」
「当然だ。BクラスかDクラスか、最低でもどちらかのリーダー情報を提供することを約束するぜ」
「証拠は写真か現物で。写真であれば、カメラ代はCクラス持ちだ。あと、BクラスかDクラスか最低でも1クラスのリーダー情報が提供されなければ、契約は反故となる。その場合、お前らから提供された200ポイント分の物資は返却しない」
「そう念押しすんなよ。同盟相手をもっと信用しろ。契約書だってあるんだしな」
「信用するかどうかはお前の働き次第だ。では、これで話は終わりだ。芦名、戻るぞ」
葛城が龍園に背を向け、仮拠点に歩いて行ったので、俺もそれについていく。
これで、契約は成立だ。
願わくば、この契約がポイントの前借りだけで終わらないことを祈ろう。
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次に俺達はベースキャンプの確保に移ることにした。
数十人単位で候補地を探すのは非効率なため、5人単位の班を編成。
計8班に分かれて、島内を調査。予めて設定した時間にこの仮拠点に戻って、ベースキャンプ決めの議論を始める手はずとなった。
「よろしくな。つっても、いつものメンツだが」
俺が所属する1班は、俺、吉田、島崎、白石、西川の5人。
吉田の言う通り、特に新鮮味のないいつものメンバーだった。
ちなみに森下は班決めには参加せず、1人で森の奥に消えてしまった。
女子1人は危ないと、森下を追った男子がいたが、あえなく撒かれてしまったようで、しょんぼりとした態度で仮拠点に戻ってきていた。
森下が『芦名派』を名乗っているということを考えると、これは俺の監督責任だろう。
調査の最中、見かけ次第保護することにしよう。