変な女子に目をつけられてしまった哀れな男 作:無無
早くも無人島試験初日が終わりを告げ、俺達は2日目の朝を迎えた。
ベースキャンプとして確保した洞窟内は広く、高さもそこそこあったおかげで、中にテントを立てることもできた。テントの底に草葉で作った緩衝材を詰め入れることで、ゴツゴツとした地面もそこまで気にならない。
1週間を過ごす寝床としては上々だろう。
ここを発見した葛城の功績は相当に大きい。聞くところによると、船で島の外周を周った際に存在に気づいていたらしい。戸塚とDクラスが揉め事を起こしている最中、いつもは戸塚と行動をともにしている葛城がいないことが疑問だったが、あの時に島を分析していたのだ。
クラスメイトはもっと葛城を評価していいと思うが、戸塚の暴走による無意識なネガティブキャンペーン、葛城が最近生徒会に立候補して落ちたことが原因で、葛城派は以前より勢力が弱まっている傾向らしい。
そんなことなら、俺も生徒会に立候補して落ちれば、芦名派は弱体化してくれるのだろうか。
夏休みが終わったら、生徒会に駆け込んでみてもいいかもしれない。それで速攻で落としてもらえたら、派閥の信用もガタ落ち、衰退計画の一環として取り入れてみるのはアリだろう。
さて、Aクラスは昨夜話し合いで決められた担当に分かれて、各自行動を開始するところなのだが、俺は昨日見つけた釣り小屋で食料の調達を任されていた。
道具は向こうにあらかた揃っているので、持ち物は水と軽食のみ。
メンバーは探索班で一緒だったいつもの面々、吉田達だ。
ただ、俺はそこにある生徒を加えることを提案した。
そう──森下藍だ。どの探索班にも加わらず、1人で島内の散策に出てしまったAクラスの自由人もとい問題児。
昨日はふいをつかれて逃げられてしまったが、今日からは逃がさない。
俺はこの試験中、森下から目を離すつもりは一切ない。
「まさか、リーダーから直々に呼び出していただけるとは、至福の極みです。本日はどういった用件でしょうか」
「お前はAクラスの名誉ある釣り大臣に選ばれた。今日から1週間、日中の間は島内に建てられている釣り小屋で作業に勤しんでほしい」
俺が森下を釣り小屋の管理に加えようと思った理由は1つ。森下を完全な監視下におく為だ。
森下を放置すると、ロクなことにならない。この無人島試験においても、それは同じ。いや、むしろ自由度が高いこの試験は森下を更なる暴走へと導いてしまう危険性だってある。
たとえば、他のクラスのベースキャンプに乗り込んだりしてひと悶着を起こすとか、こいつなら平気でやれそうなのがこわいのだ。
だから、釣り小屋の管理を任されたのは幸いだった。
狭い小屋であれば、森下を閉じ込め、余計なことをしでかさないよう監視することができる。
「芦名善はサディストなのでしょうか?1週間、日中の間は釣りをし続けるとか頭がおかしくなりますよ」
森下が反論する。もっとも意見だ。
しかし、当然、この反論を踏まえての納得させるだけの材料は持ち合わせている。
「釣りをするのは、気が向いた時だけでいい。やる気が出ない時は小屋の中で寝ていてもいい。これならどうだ?」
「ふむ。つまり、試験期間中、ずっと居眠りしていることも可能であると」
「そうだ。ちなみに必要であれば枕と毛布も支給する。暑ければ、小型のサーキュレーターの購入も検討しよう」
「至れり尽くせり、ですね。でも、いいのですか?私1人にそんな物資を与えて。クラスから反発があるのでは?」
「それは問題ない。ある程度納得できる理由があれば、多少わがままを言っても、俺は多分許される」
誰かがクラス内での俺の地位を爆上げしたせいでな。
「なるほどなるほど。流石は今をときめくAクラスのリーダー......それで、そこまで手を尽くして私を釣り小屋に閉じ込めようとする理由はなんでしょうか?」
「......まあ、お前も最近結構頑張ってるから、ゆっくり休んでほしいと思ったんだ。野外生活を強いられるこの無人島試験、お前にはゆっくり釣りでも楽しみながら過ごしてほしいんだ」
森下の頑張りが俺の苦難に直結しているのは言わずもがな。
そう、余計なことをせずに釣りでもしていてくれれば──。
「いやですが」
「......理由を聞こう」
「今が正念場だからです。芦名善もお気づきのとおり、この特別試験は葛城派を打倒する絶好の機会でしょう?そんな時に芦名派閥の一番槍である私が呑気に釣りなんてしてられません」
簡単には、いかないよな。やっぱり。
これも想定内だ。芦名派を陰で盛り立ててきた立役者にして、この学校における俺の最大の敵。
一筋縄ではいかない存在だということは理解している。
「確かに絶好の機会かもしれない。けど、やっぱり思うんだ。普段余計──頑張っている森下に任せきりにならないで、ここは派閥のリーダーが直々に行動を起こすべきじゃないかってな」
「......一理ありますね」
俺の言葉に森下が少しだけ納得したような顔を覗かせた。
これは、いけるか?
「でも、やっぱり駄目です」
「......なんでだよ」
「昨日の体たらくを見て、あなただけに任せられないと判断しました」
むっとしたような鋭い目つきで森下が俺を睨む。
昨日の体たらく?もしかして、龍園の契約に関するクラスの話し合いでのことを言ってるのか?
「あの場であなたが取るべき選択肢は葛城派に徹底抗戦することだけでした。今のパワーバランスを考えれば、クラスメイトを言いくるめることもできたはずです」
「無理に意見を争わせる必要はないだろ。クラスメイトなんだから」
「クラス内の他の派閥を全部潰して、自分がリーダーになると豪語した男の発言とは思えませんね。薄々感じていましたが、あなたもしかして頭おかしいのでは?」
「......そ、それは」
森下の指摘に俺は口ごもってしまう。
不本意だったとしても、俺が他派閥に喧嘩を売ったというのは、この学校においては揺らぐことのない事実。
森下のアシストもあって、俺が訂正したところでもうどうにもならない段階まできているのだ。
クソ......一番頭がおかしいと思っていたやつに、頭がおかしい呼ばわりされるとか屈辱にもほどがあるだろ。
「もっとリーダーとしての立ち振る舞いを考えてほしいものです。こんな好機を目前に呑気に釣りなんてありえません。では、これにて私はこれで失礼します」
「おいっ、待て!」
一方的に説教してきた森下は、素早い動きで森の奥へと姿を消した。
......引き留めることは叶わなかったか。
これで森下藍は一時的に野に解き放たれてしまった。
でも、これで終わりじゃない。夕方になれば、腹を空かせた森下は食料を調達しにベースキャンプに戻ってくるだろう。
チャンスはまだある。説得のための他の手を考えておかないとな。
森下による被害を最小限に抑える。その意思を固くし、俺は吉田達が待っている釣り小屋へと足を運ぶことにした。
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「お、森下は口説けなかったか?ドンマイドンマイ」
「別に口説いてねーよ。あぶれてるから、こっちに入れてやろうと思っただけだ」
釣り小屋に到着すると、開口一番に吉田から慰めの言葉をもらう。
「まぁ、森下さんは自由奔放な方ですから」
「ああ。あれは誰かが手綱を握れるような存在じゃないな」
白石、島崎の言う通り、森下は自由奔放で制御がきかない。
この釣り小屋で監視下に置くというのはそもそも無謀なのかもしれないが、俺はそれでも諦めきれないでいた。
「まぁ、そんなに落ち込んでないで、今日はゆったり釣りでもしなよ。といっても、今のところ私達みんな釣果ゼロだけどね......」
残念そうな顔で釣竿を差し出してくる西川。
学校側がスポットとして登録している釣り小屋だというのに、全く釣れないらしい。
場所的にはそう悪くはなさそうだが、この練り餌が悪いのだろうか。
ここでの食料調達がままならないとなれば、きっと戸塚からは小言を食らうだろう。
それに他のクラスメイトだって、クラスに貢献できない俺達に冷たい目線を向けるかもしれない。
......これはまず──くはないな。
むしろ好都合。この全く魚が釣れないという釣り小屋スポットは、芦名派衰退プロジェクトの進行に大きく寄与してくれるかもしれない。
葛城派が精力的にスポットを占有していく最中、釣り小屋に閉じ籠って、何一つクラスに貢献できない芦名派。
表向きは必死に魚を釣ろうともがく様を見せつけ、けれども結果に繋がらない惨状。
少し地味なやり方だが、緩やかに派閥を衰退させ、派閥争いからフェードアウトすることを望む俺にとっては、ちょうどいいのかもしれない。
1週間、俺は水面に糸を垂らすだけ。楽な仕事だ。
「参ったな。少しは釣れるといいんだが──って、おお!?」
突如、物凄い力で竿が引かれる。
水面を見れば、そこそこ大きい影がゆらゆらと揺れ動いていた。
「まじかよ!?」
隣に腰を下ろしていた吉田が仰天した。
他の3人も自分の竿を置いて、俺のもとへ駆け寄ってくる。
「こ、これはでかい......!」
「お、貴重なタンパク源確保となるかな?」
「Aクラスのリーダーの力を見せつけてやりましょう!」
「お、おおおおおおおお!!!」
この状況下で、流石に手を抜いて獲物を逃がすという選択肢は俺にはなかった。
俺と魚の力比べに熱狂する4人の声援を胸に俺は力いっぱい竿を引いた。
大きな水しぶきを上げると、桟橋に獲物が叩きつけられる。
これは......全長40センチといったところだろうか。
背の中央に気に縦帯が走った細長い魚。魚に全く詳しくない俺には、何の魚か全くわからないが、毒はなさそうな見た目をしている。普通にスーパーの鮮魚コーナーとかに並べられてそうな感じだ。
「これは......ムロアジか」
「島崎くん、知ってるんですか?」
おもむろに魚の名前らしきものを呟いた島崎に白石が尋ねる。
「ムロアジ、名前のとおりアジの仲間だ」
「詳しいねえ、島崎くん。アジってことは食べれるの?」
「ああ、問題ないはずだ。旅行で八丈島に行った時、俺も漁港で釣ったことがある。ちなみに結構旨いぞ」
「まじかっ。あ、クーラーボックス入れなきゃな。結構大きいから、そのムロアジって魚?あと、2、3匹は入るな」
いきなり大物を釣ってしまい呆然とする俺をよそに、吉田がせっせとムロアジを運んでいく。
何をやってるんだ、俺は。この盛り上がり。クラスに持って帰ったら、さらに賞賛を浴びてしまうに違いない。
「芦名先生、どんどん釣っちゃってくださいよー。ほら、早く早く」
「大丈夫ですか?ほら、しっかり竿を握ってください」
白石に手を取られ、竿を無理やり握らされてしまう。
その間、手際よく西川が練り餌をセットしていく。
馬鹿な。こんなカスみたいな餌でコマセもなしに、二度も同じ奇跡が続くかよ。
「いやいや、流石にもう釣れな──うお!?」
俺の意に反して、瞬時に次の獲物がかかる。
そして、奇跡は二度だけではなかった。否、もはや奇跡ではないのかもしれない。
奇跡は起きないから、奇跡なのだ。
この後、俺は大量の釣果を引っ提げて、昼ごろにベースキャンプに帰還することとなった。
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戻って早々、瞬く間に周りを囲まれ、クラスメイトからは賞賛の声が上がった。
皆、2日目の昼間から魚にありつけるとは思わなかったらしい。
こんなことで......こんなことで賞賛を集めてしまうとは。
俺の望んでいた芦名派衰退プロジェクトは軌道に乗らず、むしろクラスメイトからの好感度は高まるばかり。
「魚釣ったくらいで大袈裟なんだよ。葛城さんもそう思いませんか?」
「うむ、このムロアジという魚。いけるぞ......!何か言ったか?弥彦」
「い、いえ。何でもありません......クソっ、魚釣るのがお前の役割なんだから、当然だろ......新しいスポットを見つけた俺の方が......」
この時ばかりはお前に同意だよ、戸塚。
俺は任された役割に従って、魚を釣っただけだ。新しいスポットを見つけた戸塚をもっと褒めてやれよ。そして、俺のことは空気同然に扱ってくれ。
次々と降り注ぐ感謝の雨にうんざりしていると......。
「芦名くん、大変です!」
珍しく慌てた顔をした白石が目の前に立っていた
「どうした?そんなに慌てて」
尋ねると、白石は呼吸を整えてから、神妙な表情で一言。
「森下さんがっ......森下さんがBクラスの手に落ちました!」
突如、白石から知らされた悲報に俺は唖然とする。
これから、もっと面倒な事態になるんじゃないか。
そんな恐ろしい予感に俺はため息をついた。