変な女子に目をつけられてしまった哀れな男 作:無無
白石から森下が寝返ったとの報告を受け、俺は足早にBクラスのベースキャンプを探しに島内を駆け巡った。
当然、場所はわからない。
広大な島内から、他クラスのベースキャンプに辿り着くのは難しい。
とにかくしらみつぶしに探しまくるか、どこかでBクラスの生徒を見つけて、尾行するかのどちらかだ。
森下のやつ......世話かけさせやがって。
白石は慌てていたが、Bクラスの手に落ちたってのは、あくまで森下の演技、フリのはずだ。
大方、同情を引くような言葉を弄して、人の良い生徒が多いことで有名なBクラスの同情を上手く買ったのだろう。森下ならやりかねないと思っていたが、まさかこんなに早く行動を起こすとは思わないだろ......。
それに、何より驚いたのはコミュニケーションに難のあることで定評がある森下が、スパイとして敵陣に潜入できたことだ。
ああ見えて、意外に演技派なのだろうか。
とにかく、一刻も早く森下を回収して、最悪の事態を食い止めなければならない。
そうして、探索から30分ほどが経過した頃だった。
「ったく、酷いよな。クラスメイトをベースキャンプから追い出すなんて」
「うちだと、絶対に考えられないよなー」
ちょうど近くを歩いていたらしい2人組の生徒の声を聞いた俺は咄嗟に木の陰に体を隠した。
あれは──Bクラスの生徒か?名前は憶えていないが、いつだったかBクラスの教室を覗いた時、目に映った生徒だ。
「でもま、一之瀬に拾ってもらえたんだから、幸せだよなぁ」
「俺も拾われてぇな......」
「馬鹿、お前は元々Bクラスだろ」
どういう会話内容だ?
経緯はわからないが、他のクラスから追放された生徒をBクラスが受け入れたことが会話内容からわかる。
まさかな。流石にそれはないだろう。
白石の話だと、森下はBクラスのベースキャンプにいるらしいが、別にあいつはAクラスから追放されたわけじゃない。
「1人は顔に殴られた痕まであんだぜ?龍園も酷いことするよな」
「俺、Bクラスで良かったと心底思う。Cクラスの生徒だったら、毎日息苦しかっただろうな。まじ、一之瀬最高」
......良かった。森下のことではないらしい。
追放されたのはCクラスの生徒。森下ではないようだった。
「薪もだいぶ集まったろ。そろそろ帰るか」
「そうだなー」
そうして、Bクラスの2人組みの男子はゆっくりとした足取りでベースキャンプへと向かっていった。
好機だ。俺はバレないように一定の距離を取って、2人組を尾行する。
警戒心が足りない奴らだ。
尾行されている可能性なんて全く考慮していないのか、振り向きもせずに呑気な顔をして歩いていく。
しめしめと思いながら、俺はBクラスのベースキャンプへと向かった。
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2人組がベースキャンプに到着してから、10分ほど間隔をおいてから、俺も中に入っていった。
すると、俺の存在に気付いたBクラスの生徒がすぐに立ち塞がった。
「えっと......君は?」
「Aクラスの人間だ。クラスメイトがここで世話になっていると聞いて、様子を見に来た」
そう言うと、俺に応対した男子は、のほほんとした顔から一転して、怪訝な顔になった。
Aクラスというワードに反応して、警戒心を隠すことなく露わにしはじめる。
この特別試験中、あるいは夏休みに入る以前にAクラスの誰かに嫌がらせでもされたのだろうか。
例えばそう、戸塚とか戸塚とか戸塚とかな。
Aクラスの生徒はプライドが高く、鼻にかけた人間が多いという他クラスからの悪評のほとんどは戸塚が原因という。この男子もあるいは戸塚の被害者なのかもしれないが、あいつの代わりに弁明するのは癪だ。
とりあえず、要件だけ端的に伝えることにした。
「ここに森下って女子生徒がいるはずだ」
「......ああ、いるよ」
「そうか。なら、話は早い。連れて来てもらえると助かるんだが」
「......断る」
「......!?な、なんでだ......」
想定外の言葉に、動揺しながらも俺は聞き返す。
「彼女は今、ひどく傷ついているんだ。クラスメイトにベースキャンプを追われて、ここに行きついた」
「ま、待て待て。なんか勘違いしてないか?別に森下は追放なんてされていないし、万が一されたとしても傷つくようなメンタルしてないぞ」
「......最低だね。女の子がこんな過酷な試験で仲間から見捨てられて、どんなに辛かったのか君には想像もつかないんだ」
一体、こいつは誰の話をしているんだよ。
あと、この妙にキザというか、ヒロイックな口調はなんなんだ?
Bクラスの生徒ってみんなこんななのか?
出会って早々、敵対されてしまった状態に焦っていると、ベースキャンプの奥からぞろぞろと生徒達が集まってくる。そして、その中の一人が恐ろしいものを見たかのような瞳で言った。
「こ、こいつ。芦名だ......」
「え、あの!?」
「まじか......これがあの芦名か......」
どの芦名だよ......。
森下のせいで校内ではかなり有名になってしまったことは嫌なくらいに自覚しているが、実際どういった見られ方をしているか詳しくは知らない。聞けば憂鬱な気分になるのは目に見えているから、できるだけ俺に関する噂はシャットアウトしているのだ。
「あの......自分が率いる派閥以外は全て潰すって宣言した......」
あー、やっぱ。それだよな。だと思ったよ。
「入学式初日に担任教師に喧嘩を売った......」
売ってない。
「龍園を一撃で沈めた......」
沈めてない。
「Aクラスの統治が終わったら、Bクラスを潰すって言ってた......」
言ってない。
「一之瀬を手籠めにしてやるって......」
言ってない。
......なんだこのクラス。喧騒とは縁がない平和なクラスって聞いてたけど、俺に関する物騒な噂に溢れすぎている。一度、教室を覗いただけで特にBクラスの生徒と交流があるわけでもないのに。
おかしい。こんなの誰かが俺の噂を直接Bクラスに流しているとしか......あ。
「早く森下を出してくれ。あいつをこれ以上、ここに留めておくととんでもないことが起きる」
一歩前に足を進めようとするが、Bクラスの面々が大勢で距離を詰めてくるせいで、全く前に進めない。
「森下さんを追い出したのも、お前らしいな......!」
「藍ちゃんかわいそう!こんなひどい人のクラスで虐められてたなんて!」
ち、違う......むしろ、虐められてるのは俺なんだが......。
しかし、弁明しようにも頭に血が上り、怒り狂ったBクラスの生徒達に俺の言葉など届くことはない。
「帰れ!帰れ!」
「暴力はんたーい!」
「白石さんに気安く話しかけてんじゃねーぞ!」
「絶対に藍ちゃんは渡さん!!」
これは駄目だな......Bクラスは全員俺に敵対状態。完全に悪の親玉みたいな立場として見られている。そういうのは龍園の役回りだろーが......。
一旦引き返すか?ムロアジを大量に捕獲して、貴重なタンパク源を賄賂に森下を返還するよう持ち掛けてみようか。Bクラスの圧に押されて、踵を返そうとした時だった。
「はーい!ストップストップ!」
俺のことを糾弾する鋭い声を切り裂き、よく通る快活な声が響いた。
途端にBクラスの生徒達が期待に満ちた顔つきになる。
「ほ、帆波ちゃん!?」
「い、一之瀬がきてくれたぞ......!」
まるで推しのアイドルを目の当たりにしたファンのような反応に俺は困惑した。
一之瀬帆波。当然知っている。
Bクラスをまとめるリーダーで、学校内でもよく名前を聞く生徒だ。
悪評だらけの俺と違って、一之瀬の噂はどれもポジティブなものばかり。正反対の存在なのだ。
「皆、そうやって疑ってかかるのはよくないよ。まずはちゃんと話を聞くべきだと思う」
「ほ、帆波ちゃん......」
一之瀬の芯のある言葉を受けて、クラスメイト達はびっくりするくらいにしおらしくなった。
ご主人様に叱られた子犬のようだ。
「君、芦名善くんだね。噂は聞いてるよ」
「......どうせ悪い噂だろ」
ああ、結局は一之瀬も先入観で既に俺を判断しているのだろう。
そう考えたが、どうやら一之瀬は他の生徒とは一味違うらしい。
「そうだね。だけど、私は信じてないよ。ただ、君が凄い人だってことは事実として知ってるよ」
「......凄い人?」
「うん。だって、君はあの坂柳さんや葛城くんと対等に渡り合ってるんでしょ。Aクラスには友達が何人かいるんだけど、皆口を揃えて、君は凄いって言ってるからさ」
それも結局、過大評価の結果に過ぎないんだけどな、と言いたいがここは抑えておく。
他の生徒に比べれば、この一之瀬は話が通じそうだ。
上手く交渉して、森下を引き渡してもらおう。
「実のところ過大評価されているだけで、俺自身は大したことないんだ。Bクラスをまとめる一之瀬帆波に比べれば全然な」
「私?いやあ、それを言うなら私も全然だよ。あはは、何か親近感湧いちゃうな」
楽しそうに一之瀬がからからと笑った。
これはいけそうだな。
お人好しという噂は本当のようだ。この調子で聞こえの良い言葉を並べ立てれば、無事に森下は奪還できることだろう。
「ほんと、噂で人を判断するのは良くないね。直接話してわかったけど、君って良い人だね」
「あ、ああ......一之瀬には敵わないけど」
一之瀬の眩しさに若干罪悪感が湧いてくる。
あと、さっきからBクラスの男性陣の目つきが怖い。
まさか、こいつら全員一之瀬狙いか?このまま一之瀬と談笑していたら、恨みを買いそうだな。
さて、森下を連れ戻す為の切り口を考えていると──。
「おや、芦名善じゃないですか。こんなところで何をやってるんですか?」
現れたのは──目的の生徒、森下藍。
Bクラスから貰ったらしい果物をむしゃむしゃと頬張っていた。
寛ぎすぎだろ、こいつ......図々しさが限界突破してやがる。
「お前を連れ戻しにきたんだよ」
「ご苦労様です。では、皆さん。リーダーのお迎えが来たので、これにて私は失礼します。私を保護していただいたお礼は後ほどお送りします」
マイペースな森下は呆然とするBクラスの生徒達の合間をすり抜け、俺の隣に並ぶ。
「森下さん、君は芦名善に酷いことをされたんじゃ......」
「小さいボロ小屋に監禁されかけた話は!?」
「丸一日、海を眺めさせられるという拷問の話は?」
口々にBクラスの面々が森下に叫ぶ。
けれど、当の森下はけろっとした顔で言った。
「まぁ、リーダーの傍若無人を許すのも部下の務めです。寛容な精神で許してやろうというわけです」
リーダーと部下の立場が逆転しているような珍妙な言い回しに、この場にいる全員が唖然としていた。
言うと、森下は俺の袖を引き、ベースキャンプに背を向けた。
いくら何でもあっさりしすぎだろ。人の良いBクラスの生徒達は森下がここを去るのを惜しむような表情をしているが、森下にそういった感慨はないようだ。冷めてんなぁ......。
けど、結果として目的は達成できた。監禁だの拷問だのBクラス内での俺への評価を著しく下げられていたが、早い段階で被害の拡大を抑えられたのは大きい。
複雑な感情を抱えた俺は、森下とともにAクラスのベースキャンプへと帰還するのだった。
「......要注意人物だね。Aクラスの芦名くんに森下さん」
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「あ、そういえば、これ返すの忘れてました」
ふと、隣を歩く森下が思い出したかのように呟いた。
「何をだよ......って、お前、それは!?」
森下がポケットから取り出したのは、一枚のカード──キーカードだ。
そして、キーカードには、『白波千尋』というBクラスの生徒の名前が刻んである。
「芦名善が悪いんですよ。変なタイミングでやってくるんですから。名前だけ確認して、本人にこっそり返そうと思っていたところを......やれやれ、これだから芦名善は」
肩をすくめて、ため息をつく森下に俺は何も言えなかった。
何故かって。この試験では、略奪行為はNG。ルールを犯した生徒だけでなく、クラス自体が失格となるのだから。
「お前、すぐに元の場所に戻してこい......」
「ええ......面倒ですね。ですが、ここで盗難が発覚して、私が犯人だとバレた場合、芦名派に未来はなくなる。ふむ、わかりました。あなたの要求を呑んであげましょう」
面倒そうに眉を下げた森下は、再びBクラスのベースキャンプに向かって歩いていった。
10分後、森下は何事もなかったかのような無表情で戻ってきた。
「どうだった?怪しまれなかったか?」
「ええ、大丈夫でした。忍者顔負けの私の潜伏術でBクラスのテントに忍び込み、適当な鞄に詰め込んでやりましたよ」
「......まあ、ひとまず良しとするか。できれば、白波本人の鞄に入れておくのが理想的だったが」
「そうですね。金田という無実の生徒がこれを機にクラスメイトから疑いの目を向けられることがないことを祈ります」
その後、Bクラスのベースキャンプでまたひと悶着起こることを俺達は知らない。