変な女子に目をつけられてしまった哀れな男   作:無無

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決意

 Bクラスに保護されていた森下を回収した俺は、すぐさま自クラスのベースキャンプへと撤収した。

 街灯1つない環境下で暗い森の中を進むのは危険だ。学校側は最大限、安全を確保しているとのことだが、完全な整備が行き届いているわけではない。

 場合によっては、不注意が原因で足を滑らせて崖下に転落するといった危険もある。

 Bクラスのベースキャンプに行きつくまでの間、通りがかった木々に目印を刻んでいたおかげで迷うことはなかったが、洞窟の入り口に到着する頃には辺りはすっかり真っ暗になっていた。

「ほう......結構長い道のりでしたが、無事に辿り着けるとは感心しましたよ。てっきり、このまま遭難するかと思いました。やるじゃないですか」

 上から目線でサムズアップしてくる森下を無視して、俺は入り口の前に立っている男に声をかける。

「森下を連れ帰ってきたが......もしかして、ここでずっと待っていてくれたのか?」

「ほんの2時間ほどだ。気にするな」

 そう言うと、葛城は洞窟の中へと入っていった。

 2時間というが、羽虫が鬱陶しく、じめじめと蒸し暑いこの環境で立ちっぱなしになるのは、そう楽なことではない。それもいつ帰ってくるかもわからない状況でだ。

 ありがとう、と一言感謝を述べ、俺は葛城に続いた。

 

 ───────────────────────────

 

 龍園からの200ポイントで購入したランプをいくつか配置しているため、洞窟内は明るい。

 クラスメイト達はちょうど晩飯を食べている最中だった。

 今朝、釣り上げた大量のムロアジが余っていたようで、昼間に引き続き、多くのクラスメイトが幸せそうに海の恵みを堪能している様子だ。

 大盛況で何よりだが、ムロアジの人気はそう長くは続かないだろう。明日明後日と続けば、食傷気味となり飽きていくはずだ。他の種類の魚も釣れればいいんだが。

 元々、釣り小屋に備えられていた餌を使用していたが、釣る魚のバリュエーションを増やすためには他の餌も試してみたほうがいいかもしれない。マニュアルにあれば、購入を提案してみよう。

 そんなことを考えていた時だった。

 クラスメイト達が俺と森下がやってきたことに気づくと、食事を放棄して、俺達──というか森下に一斉に詰め寄った。当然だが、森下がBクラスに寝返ったという疑惑は既にクラス中に伝わっていたようだ。

 それから、物凄い剣幕で糾弾の言葉を浴びせはじめる。

「森下、お前裏切ったって本当か!?」

「リーダー情報を渡してないだろうな!」

「芦名くん!どうなの!?」

 クラスメイトの一人が俺に水を向けてくるが、どう答えたものだろう。

 裏切っていないことは確かだが、それをそのまま伝えてもクラスメイトの森下への疑念は晴れそうにない。Bクラスのベースキャンプに身を置いていたという事実がある以上、何もしていませんでは話が通らない。

「そ、それは──」

「裏切るなんてとんでもない。これは任務です」

「に、任務......?」

 森下の言葉にクラスメイト達が唖然とする。

「私の行動は全て、ここにいるお方──芦名善の命令によるものです。当然、Bクラスに身を置いたこと──否、潜入したことも芦名善の命令です」

「せ、潜入って......おい、芦名。どうなんだ!?」

「......ま、まぁ。そうだな。森下は決して裏切ってなんかいない」

 ここでクラスの中から裏切り者が出たとなれば、クラスには大きな混乱が巻き起こる。

 ただでさえ、3つの派閥が存在しているという複雑な事情を抱えるAクラスにこれ以上、結束を弱めるような事態は起こるべきではない。

 森下に同調するのは癪だが、ここは合わせてやることにした。

「それで、その命令っていうのはなんなんだ!?」

「そうだ!潜入の意図は......?」

「──それは勿論、他クラスのリーダー情報を探るためだね。森下さんはAクラスのリーダー情報を売ったわけじゃない。むしろ、その逆。芦名くんの下した命令に従って、スパイとしてBクラスに潜入していた。そうだよね」

 そう推測を立てたのは、クラス内で強い発言力を持つ男──真田康生だ。

 今のところ、特定の派閥に所属していないらしい真田のフラットな意見は、Aクラス内では信頼のおけるものとして見られている。

「ええ、そのとおりです。私は命令に従い、Bクラスのリーダー情報を探り──結果、リーダーの特定に成功しました」

「お、おお!」

「流石、芦名くん!」

 そこは「流石、森下」でいいだろ......。中間テストの過去問の時といい、森下の手柄は自動的に俺のものとして受け取られている。森下は、本来自分の手柄になるべきことを、俺を隠れ蓑にすることで回避している。

 こいつの行動は基本的に不可思議で何を考えているかわかったものじゃないが、行動原理の1つとしてAクラスの発展があることは間違いない。それでいて、森下自身は決して目立とうとしない。

 芦名派の繁栄こそ、Aクラスの利になると考えているのだろう。

 俺が画策している『芦名派衰退プロジェクト』に対して、森下は言うなれば『芦名派繁栄プロジェクト』を押し進めようとしているのだ。

「予めジャージを汚し、食事を抜き、睡眠時間を減らす。私を極限まで弱った状態に仕立て上げることで、お人好し集団であるBクラスを欺くことに成功したのです。彼らは心底心配そうな顔つきで私を自分達のベースキャンプへと迎い入れてくれましたよ」

「......末恐ろしいね。それこそ、芦名君の真骨頂。こと謀略において、君の右に出るものはいないようだね」

 恐ろしいものを見るかのように、真田が額に汗を滲ませていた。

 ......フラットな意見を述べるとは言ったが、こいつも森下の術中に嵌ってきてるな。

 クラス内での発言力の強さを考えると、森下、戸塚に続く要注意人物として警戒したほうがよさそうだ。

「俺は何もやってない。Bクラスのリーダー情報を掴んだのはすべて森下の努力の成果だ。だから、功労者である森下を労ってやってくれ。悪いが、俺はさっさと飯を食べて寝ることにする」

 森下を探すため、島内を駆け巡ったことで、もう体はへとへとだ。

 クラスメイト達の暑苦しい賛辞を受け取っている余裕はない。

 俺の分の軽食と水を受け取り、俺は1人、テントへと戻った。

 

 ───────────────────────────

 

 時間が過ぎるのは早いもので、特別試験が始まってから、もう4日目になっていた。

 2日目は、森下のせいで密度の濃い1日となったが、それ以降森下は嘘のように大人しくしており、昨日も4日目の今日も森下が騒ぎを起こすような事態にはなっていない。

 嵐の前の静けさというか、森下が大人しくしていることにかえって不気味さを感じてしまうのは、これまで積み重ねてきた苦い思い出があるからだろう。

 このまま、静かにしていてくれればいいが......。

 そう心の中で願う俺は、クラスメイト達が寝入っているテントを抜け出し、ベースキャンプから5分ほど歩いた場所にいた。

 時刻は、23時過ぎ。あたりに人気はない。

「待たせたな、芦名」

 野太い声とともにやってきたのは、クラスメイトの葛城だ。

 どうしても話しておきたいことがあるから、どこかで時間を使って2人で会えないかと今朝コンタクトを取ってきたのだ。

 これが可愛い女の子からの逢引の誘いだったら良かったが、残念ながら相手は葛城。

 2人でしか話せないことというのは一体なんなのだろう。

「それで、話ってなんだよ」

「......Aクラスのこれからの話をしたい。他でもない、お前とな」

 要件を聞くと、葛城が厳かに告げる。

「派閥についてだな」

「ああ。このクラスには、3つの派閥がある。俺とお前と──この特別試験には参加していない坂柳の派閥がな」

「そうだな。改めて考えると、Aクラスの現状はあまりに異様だよな。さながら、三国志みたいだ」

「そうなると、お前は誰にあたるのだろうな。曹操か、あるいは──おっと、話が逸れてはいけないな。本題に入らせてもらおう」

 何故、最初に曹操の名前を挙げたのかは気になったが、横槍を入れてしまうのも変なので、俺は黙って葛城に話に耳を傾ける。

 いつにも増して、葛城の表情は真剣だった。

 強い意志を持った瞳は俺をじっと見つめており、今日俺を呼び出したのがただならぬ事情であることがわかる。

「お前に問おう。芦名善という男はAクラスの未来をどう考える」

「......未来、か」

「今は3つの派閥が台頭しているが、いずれクラスが1つになる機会は必ずやってくる。2つの派閥は消滅し、残る派閥のリーダーを務めていた者が、Aクラスをまとめるリーダーとなる」

 違いない。今が異様なだけで、解体されるか吸収されるか、何であれ1つに収束するのが自然の流れだ。

 現段階でいずれかの派閥に属する者も、どの派閥にも肩入れしていない者の、最終的にはたった1人をリーダーとして選ぶことだろう。Aクラスの生徒は賢い人間が多い。彼らだって、今後Aクラスが安定的に勝利を積み重ねる為にはクラスとして結束が必要だと理解しているはずだ。

 さて、重要なのは葛城がこの事実を以てして、俺に何を伝えようとしているのか。

 自分がAクラスのリーダーになるという宣戦布告なのか、あるいは──。

 何にせよ、葛城には正直な気持ちを伝えよう。

「肩透かしな回答になるかもしれないけどな......俺は、誰がAのリーダーになろうが正直どうだっていい。お前のいうとおり、派閥は最終的に1つになるだろうし、なるべきだ。そして、俺自身はリーダーになろうなんて考えちゃいない」

「......!意外だな。お前の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった」

 想定外の答えだったのか、葛城が目を丸くして言った。

 伝えられた。今度は間違いなく、俺の意思は葛城に伝達されたはずだ。

「俺は思い違いをしていたようだ。芦名善という男を見誤っていた」

「......どういうことだ?」

「すまない。今日、俺はお前を試すために呼び出した。Aクラスのリーダーを目指す1人の人間として、どういった決意と心構えを持っているかを知りたかったんだ」

 試す?俺は葛城の言葉に若干の違和感を覚える。

「かつて、お前は派閥を解体するといったな。くく......あれは、俺と坂柳の派閥を潰すという宣戦布告と受け取ってしまったが、どうやら違うらしいな」

 珍しく表情に笑みを浮かべる葛城が、なるほどな、と深く頷く。

 葛城は理解してくれたようだ。

 実のところ、俺がリーダーになることを望んでいなく、あの時の発言は自分の派閥を解体するという意図のもと発せられたものだということに。

「そうだ。俺は──」

「お前は根底から全てを壊そうとしているのだな。自分の派閥も含めて、Aクラスを分断する要素を取り除き、垣根を壊し、境界を繋ぎ、全く新しいAクラスを再構成することがお前の目的だな」

「......は?」

「それでいて、自分はリーダーの座に収まる気はないときている、通りでお前からは闘志のようなものを感じないわけだ」

 何やら、またおかしな勘違いしているらしい。

 勝手に1人で納得しているところ悪いが、ちゃんと認識を正さなければ。

「葛城。勘違いしているようだが──」

「安心しろ。お前の考えはここだけの秘密にしておく。公になれば、クラスに混乱を招くことになるだろうからな。それは俺の本意ではない」

 これは、何を言っても、聞き入れてはもらえなさそうだ......。

「揺らいでいた俺の決意は、ようやく固まった。誰がリーダーになるべき人間なのかもな。今日はこんな夜分遅くに呼び出してすまない。これからのお前の動向、俺はしかと見届けるぞ」

 満足した顔で葛城は1人でベースキャンプへと戻っていく。

 俺はまた、発言を誤ったのだろうか。

 後悔がまた1つ、積み重なった。

 

 ───────────────────────────

 

 芦名と葛城が去った後、1人の男が深い森の中に立ち尽くしていた。

 身体の震えが止まらない。

 夜の寒さのせいじゃない。これは、孤独だ。

 期待を裏切られ、取り残されたことによる魂の揺らめき。

 何故、こんなことになった。

 今まで派閥の為にと、こんなにも尽くしてきたのに。

 今回の特別試験だってそうだ。あの男に先を越されまいと、リーダーに名乗り出て、誰よりもクラスの為に奔走した。この4日間、スポットを必死で探索し、占有によるポイントは現時点で100を優に超えている。

 本来であれば、誰より評価されるべきなのに、誰も自分を賞賛してくれない。

 もしかすると、最初から敗北が確定していたのだろうか。

 どれだけクラスに益をもたらそうと、クラスメイトから絶大な支持を集めているあの男のせいで霞んでしまう。

 ──それだけなら、まだ我慢できたかもしれない。

 最悪なのは、自身がトップになるべきだと崇めていた男の裏切り。

 敵対すべき男と密談し、こともあろうに認めるような発言までした。

 まさか、葛城はもうリーダーになることを諦めているんじゃないか──そんな考えが頭に浮かんだ。

 違う違う違う。そんなはずがない。

 葛城派は......俺はもっと上にいく。

「駄目だ。まだ足りないんだ。もっとスポットを......スポットを見つけるんだ......!」

 芦名も、芦名を賞賛する奴らも、圧倒的なボーナスポイントを突きつければ、黙らせることができるはずだ。

 絶望に顔を歪めた男──戸塚弥彦は真っ黒な決意を胸に抱き、更なるスポットを追い求め、深い森へと足を踏み入れた。

 

 

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