変な女子に目をつけられてしまった哀れな男   作:無無

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隣人ガチャ

「思ったんだが、この座席順ってどうやって決められたんだろな」

「雑な話題の振り方ですね。そんなに私と会話する口実が欲しかったのですか?芦名善は」

「......」

 森下の棘のありすぎる対応に俺は押し黙る。

 どうやら、俺は隣人ガチャで大外れを引いたらしい。

 最悪だ。何といっても席の配置があまりにも悪すぎる。

 俺の席は窓側の一番後ろの席。右隣は森下。

 左には、綺麗に磨かれた窓と無地のカーテンだけ。

 前に座るクラスメイトは右隣の奴と談笑してる以上、俺の会話相手は森下のみに絞られる。だが、その森下には、俺と言葉を交わす気は一切ないらしい。

 バスから散々一方的にちょっかいをかけてきておいて、こっちから会話を試みればこの態度。なんというマイペースな女子なんだ。

「まあ、良いです。会話下手な芦名善のその勇気に免じて、話を聞いてあげましょう。えっと、なんでしたっけ。座席がどうかしましたか?」

 一応話を聞いてくれる気にはなったらしいが、この言いぐさ。

 いっそ、カーテンに向かって話しかけた方が良いのかもしれない。

「......いや、さっき座席表を見て思ったんだが、席順に法則性がないと思ってな。普通、入学初日の席って名前順で決められてたりするだろ。俺は芦名の『あ』、その隣のお前は森下の『も』。前は吉田の『よ』だ。名前順じゃない以上、どうやって席の配置が決まってるんだろうな」

「ふむふむ、なるほどなるほど。席順は無作為に決められていて、私と隣の席になったのが運命的だとそう言いたいわけですね。全く、芦名善は回りくどい言い方をしますね」

「いや、全然違うけど......」

 不幸にも隣人となってしまった変人少女、森下とくだらない掛け合いをしていると、教室の扉がガラッと開いた。

 入室したのは、黒いスーツに身を包んだ男性。年齢は30半ばくらいだろうか。

 男はそのまま教壇に向かうと、力のある眼差しで俺達を見た。

 強面というわけではないが、どこか力強さのある雰囲気を放つ男に、教室がぴりつくのを感じる。

「Aクラスの諸君。クラス担任を務める真嶋智也だ。以後、よろしく」

 予想はついていたが、やはり担任か。

 真嶋の手短な言葉に対し、クラスの面々は緊張した面持ちで挨拶を返した。

 うむ、と小さく頷いた真嶋は、手に持っていたフォルダから資料の束を取り出した。

「では、早速だが、資料を共有する」

 真嶋が配ったのは、見覚えのある資料。合格通知と同時に学校から送られたものだ。

 「既に読んだものだろうが、通例なんでな」と補足すると、真嶋は資料の内容をなぞるように説明を始めた。

 寮制度の学校であること、物理的にも電子的にも在学中は外部との接触が禁じられていること、学校の敷地内には数々の娯楽施設があるなど。真嶋の言う通り、既知の情報であったが、隣の森下は「60万平米とは凄い学校ですね。さながら小さな街のようです」と感心していた。

 まるで初めて聞いたみたいな言い方だなと小声で尋ねると、「だって、初めて知りましたし」と返ってきた。まじかよ、こいつ。

「では、最後に。君達が最も気になっているであろう、この学校のシステム、『Sシステム』について話そう。まずは、これを」

 真嶋が配ったのは、一枚のカード──学生証だ。

 曰く、この学生証はクレジットカードのような役割を有していて、敷地内にあるものなら何でも購入することができ、購入できないものはないという。単位はポイント、1ポイントにつき1円の価値があり、ポイントは毎月1日に自動で送金されるらしい。

 次に真嶋は学生証の使い方を簡単に説明すると、最後に小さく一言。

「お前達全員には既に10万ポイントが振り込まれている」

「えっ......?」

 クラスメイトの誰かが思わず、驚愕の声を上げた。

 他の生徒も声には出していないものの、明らかな動揺の色を見せている。

 当然だ。

 一般的な金銭感覚を持っている人間なら、今の真嶋の言葉に驚かないわけがない。

 ポイントは、毎月1日に自動で送金。俺達には、既に10万ポイント──つまり、10万円が与えられているのだから。

 寮費、水道代、光熱費、通信費とは関係なく、10万円。

 学生が月に与えられる金額としては、破格だ。

 動揺を隠せない生徒達に一息つく暇も与えず、真嶋は淡々と告げる。

「この学校は、実力で生徒を測る。10万ポイントは、この学校に入学したお前達の価値と思ってくれていい。前述したとおり、敷地内には数々の施設が存在する。価格も日本における標準的な価格帯の範疇にある。よほど金遣いが荒くない限り、問題なく日常生活を送ることができるだろう。ただし、卒業後は全てのポイントが回収される決まりだ。貯金せず、三年間の内に使っておけ。また、ポイントの貸し借り、譲渡も可能だ。ただ、ゆすりや恐喝は当然のことながら、禁止だ。以上、質問のあるものはいるか?」

 一通り、ポイントに関する説明を終えると真嶋が質疑応答に入るが、教室にはしばらく沈黙が流れていた。

 沈黙を破ったのは、どこか忙しなさそうな印象を抱かせる男子。ちょうど俺の正面に座っている男だ。

「ほ、ほんとに10万円振り込まれてるんですか!?限度額とかもないっすか!?」

「後で確認してみるといい。振り込まれていなければ、あとで職員室に来い。また、限度額も存在しない。仮に1000万ポイント貯蓄できたとして、それをひと月で使い切ることも学校側は特に問題としない」

 興奮した様子で質問を投げかけた男子生徒は真嶋の返答を聞いて、小さくガッツポーズを決めていた。

 それを見た何人かのクラスメイトが笑い声を零すと、教室に流れていた固い空気が少しほぐれた。

「他に質問はないようだな。では、楽しい学生生活を送ってくれ」

 そう言うと、真嶋は教室から出ていった。

 次の瞬間、一気に教室にどっと活気の声が溢れ出た。

 担任教師がいた手前、大人しくしていた反動からか、さっきまでの静けさとは打って変わって教室内は大盛り上がりだ。

「どうしました、芦名善。あなたは嬉しくないんですか?10万円相当の通貨が支給されるのですから、ここは諸手を上げて大はしゃぎすべきところですよ」

「そういうお前もあまり嬉しそうには見えないけどな」

「これでも喜んでますよ。ただ、手放しには喜べないのも事実です」

「へえ、その心は?」

「都合が良すぎる話には必ず裏があるということです」

「......お前、意外と考えてるんだな」

 真嶋からの説明にただただ歓喜する他のクラスメイトと違い、意外にも冷静な意見を口にする森下に、俺は素直に感心する。

 流されやすい奴なら、空気に呑まれて他の奴らと一緒に喜びそうなものだが、森下は違うらしい。ただのマイペースな変人ってだけではないらしい。

「芦名善は失礼ですね。こう見えて、私はかの選ばれしメンサ会員なんですよ?どうですか、驚きましたか?」

 いや、やっぱただの変人かもしれないな......。

 ちっちっち、と指を振りながら得意げな顔をする森下を見て、そう思った。

 

 

 ───────────────────────────

 

 

「突然すまない。これから三年間共に学業に励む学友として、俺は皆のことが知りたい。ここは一つ、自己紹介の場を設けさせてくれないだろうか」

 わいわいと賑わう教室によく通る力強い声が響いた。

 声の主は、廊下側の一番前の席──つまり、俺のちょうど対角線上に座っていた一人の男子生徒だ。

 目鼻立ちがしっかりとしていて、ガタイが良いその男は立ち上がると、礼儀正しくクラスメイトに向けて一礼した。

 まず、目がいったのは頭頂部。

 本人の趣向なのか、はたまた病気なのか、見事なまでのスキンヘッドだった。

 つい先ほど教室を出ていった真嶋に比肩するくらいの貫禄がその男にはあった。

 ただ、今の短い時間で見せた礼儀正しい所作と言動から、それほど怖い印象は抱かない。他のクラスメイトも同じように感想を抱いたのか、最初こそ驚いた顔をしていたものの、すぐに自己紹介の提案を受け入れ始めていた。

 自己紹介、か。正直言うと、面倒だ。

 数十秒かそこらの短い時間を使って自分のことを知ってもらう。

 他人のことを分析するのは得意だが、自己分析が苦手な俺にとってはあまり面白いものじゃない。

 森下はどう思っているのだろうと、隣に視線を送ってみると明らかに面倒くさそうな顔をしていた。まあ、そういうタイプだよな。お前は。

 さて、どうすれば、目立たずに地味な印象をクラスメイトに与えることができるだろうか。隣に座っているやつは全く参考にならないし。

「協力、感謝する。では、早速だが提案した俺から自己紹介させてもらおう。俺は葛城康平という。俺の頭を見て怖い印象を抱いた者がいたらすまない。これは病気だ。怖がらず、遠慮せずに話しかけてくれると嬉しい」

 深々とお辞儀をする葛城にクラスメイト達から拍手が注がれる。

 なんというか、カリスマ性を感じる男だった。着席する前に見せた笑顔は若干固さがあったが、紡がれた言葉からは確かな実直さと友好的な姿勢が感じ取れた。

 人から信頼される人間特有の空気感が葛城にはある。

 葛城が先手を切ってくれたおかげか、クラスメイト達が次々と手際よく自己紹介を済ませていった。

 真嶋が来る前に俺と森下に挨拶にきた橋本なんて、緊張した素振りなんて一切見せずに冗談を交えて、笑いを起こしている。森下はその様子を見て、鼻で笑っていた。どうやら、橋本はさっきの一幕で森下から随分悪い印象を抱かれてしまったようだ。

 まあ、クラスの大半から既に好印象を得つつある橋本が変人の森下一人に嫌われたところで何ともないだろうが。

「お、次は私の番ですか」

 そして、森下の番がやってきた。

 今のところ、そこまで癖のある自己紹介をするクラスメイトはいなかったが、森下はどうだろう。

 バスでの邂逅、そこから今に至るまで続いている俺との奇妙なやり取り。

 それらをこの自己紹介の場で遺憾なく発揮してしまえば、間違いなくクラスメイト達の森下の印象は『変な女子』となるだろう。

 他者の人となりを判断するにあたって、第一印象が与える影響というのは極めて大きいらしい。

 三年間クラスが変更されないことを考えると、更に大きな意味を持つことだろう。

 しかし、森下が果たしてそんなことを気にするだろうか。

 俺は緊張の面持ちで森下の自己紹介を待つ。

「森下藍です。以後、よろしく」

 ──正直、心の奥底ではとんでもない発言をぶちかましてくれるんじゃないかと少し期待の気持ちがあったが、森下の自己紹介はそれはもうあっさりとしたものだった。

 いや、むしろあっさりしすぎていて、逆に目立っていたかもしれない。

 他のクラスメイトは自分の趣味だったり、特技だったりありきたりなプロファイルを手短に伝えていたが、森下がクラスに伝えたのは自分の名前だけ。ある意味で変人と認識されたかもしれないが、面白みはあまりない。

 若干失礼なことを考えていると、森下がこちらをじろりと睨みつけてきた。

「何ですか。白昼堂々、隣に座る女子をそう熱の籠った視線で視姦するものではありませんよ」

「お前、そういうことはもっと小さい声で言えよな。俺の印象が悪くなるだろうが」

「これから悪くなるので問題ありませんよ。この後、盛大に大滑りする芦名善の無様な有様が私には既に見えています。でも、骨は拾ってあげるので安心してください」

 無表情でこちらにピースを向けてくるが、何も安心できない。

 第一、自己紹介で大滑りなんて、無理にボケをかましたりしない限りありえないだろ。

「お前な......」

 言っている間に俺の番が回ってきた。

「はい。芦名善のターンです。では、どうぞ」

 

「──芦名善です。趣味は読書。特にミステリーを好んで読みます。これから、よろしくお願いします」

 言い終えると、クラスからはそこそこの拍手。

 よし、掴みは上々。森下のように変に目立つことなく、次の日には忘れられていそうな極めて地味な自己紹介ができた。これで空気に溶け込む準備はできた。

 注目を浴びることなく、思う存分に自分の趣味(人間観察)に没頭することができる。

「これが大トリの自己紹介ですか。全く、あなたには失望しましたよ。芦名善」 

 隣で勝手に失望してるやつがいるが、今は気にしないでおこう。

 俺は満足のいく自己紹介ができたことに安堵のため息を漏らした。

 

 

 

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