変な女子に目をつけられてしまった哀れな男   作:無無

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嵐の前の静けさ

 5日目の朝、俺は相も変わらず、釣り場にて食料調達に勤しんでいた。

 葛城派がスポットの占有、探索を担当、芦名派が食糧調達を担当するという役割分担は、試験開始初日から継続されていた。聞くところによると、現時点で占有したスポットの数はかなりのものだという。

 几帳面な葛城が、簡易的ではあるが島内図を作成しており、どこにどのスポットがあるかを的確に書き記しているおかげで、発見したスポットを継続的に占有することができているという。

 やはり、この特別試験における一番の功労者は葛城だと言えよう。

 森下がBクラスのリーダーの特定に成功したことで、50ポイントの追加クラスポイントが約束されたが、スポット占有で獲得予定のボーナスポイントに比べれば全然少ないだろう。

 意外なのは、大量のスポット占有には、戸塚が大きく貢献しているということだ。

 他クラスからリーダーを特定されるリスクがあるため、占有自体は戸塚1人で行うことができないが、スポットの発見のため、戸塚は1日中、島内を探索しているという。それもクラスメイト達が寝静まっている夜中も含めてだ。

 いつ睡眠の時間を取っているかわからないが、先日見かけた戸塚の目元には深いクマが削られていた。葛城含むクラスメイト達はそんな戸塚に対し、心配の声をかけているが聞く耳を持ってくれないらしい。

 かくいう俺も一度声をかけたみたものの、戸塚から返ってきたのは、拒絶の言葉だった。

「邪魔をするな。お前は黙って食糧だけ調達していればいい」

 これ以降、俺は戸塚に話しかけていない。

 戸塚がスポットの探索に異常な執念で取り組んでいるのは、おそらく俺へのライバル意識が根源となっている。

 戸塚の執念によって築き上げられた功績によって、クラス内での葛城派の地位が上昇することは俺にとって喜ばしいことだが、頑張りすぎが逆に不幸な結果を生み出す可能性を俺は危惧していた。

 この特別試験には、クラス内の脱落者1人につき、30ポイントが差し引かれるというルールが存在する。

 もしも、戸塚が寝る間も惜しんでスポット探索に熱中したことが災いして、試験期間中にぶっ倒れたりすれば、その時点で脱落扱い、クラスメイトから大バッシングを受けることは目に見えている。

 葛城の右腕的ポジションにいる戸塚がやらかせば、必然的に葛城派自体の評価が下がる。

 そんなことは絶対にさせない。

 俺が葛城派を終わらせない。

「そういや、坂柳派の連中ってどうしてんだろうな。トップの坂柳が欠席なわけだろ?」

 今のところ、釣果ゼロの吉田が海面を眺めながら、呟いた。

「......俺もあまり注視しているわけではないが、食糧の調達や他クラスの偵察など様々な役割を担っている印象だ。特に怪しい動きはないと思うが」

 吉田の疑問に島崎が答える。

 確かに、坂柳派はこれといって大きな動きを見せることなく、今のところはクラスの為に尽力しているように思える。ただ、葛城の指揮下にいるわけではなく、あくまでも自分達の判断で行動しているようだが。

「はい。坂柳さんがいないのに、意外にもよく働いてくれて──」

「そうそう、俺達はちゃんとクラスに貢献してるからさ。今は派閥争いなんて気にせず、クラス一丸となって特別試験の勝利を目指そうぜ」

「......!」

 いつからいたのだろうか。

 突如として姿を現した男、橋本正義が人の好さそうな笑みを浮かべて言った。

「は、橋本。お前、いつの間に......」

「釣果はどうだ?今日もたくさん釣ってくれると助かるぜ。お、芦名は相変わらず調子が良さそうだな。ったく、釣りの才能まで持ってるなんて、羨ましいぜ」

「才能ってほどじゃないだろ。それで、何しにきたんだ?橋本」

「はは、そう冷たい言い方すんなよ、芦名。俺はただ、仲間の様子を見に来ただけだって」

 ここに現れた目的を率直に聞くと、橋本は一瞬困ったように笑ってから、馴れ馴れしく肩に手を回してくる。相変わらず、距離の近い奴だ。

 話す機会が多いわけではないが、普段の学校生活でも、隙を見つけて俺に話しかけてきては、このように距離を詰めてくる。それ以外でも、時折、橋本は俺に対し意味ありげな視線を送ってきている。

「2日目だっけ?森下をBクラスに潜入させたのって。ほんと感心したぜ」

「あれは森下が勝手にやったことだ。俺は指示していない」

「そうなのか?でも、それなら尚更凄いな。指示しなくても、お前のために動いてくれるってわけだろ。ああ見えて、意外に忠誠心があるんだな」

 見当違いな解釈をする橋本がうんうんと、納得したように頷いた。

 本当に俺に対し忠誠心を持っているなら、何もしないでほしいんだけどな。まあ、そもそも森下に忠誠心なんて欠片もなく、あくまでも俺を体のいい神輿と思っていそうな節があるのだが、それを今説明しても橋本は納得しないだろう。

「忠誠心って話をするなら、お前も中々のものだろう。坂柳の為に色々働いてるだろ」

「まぁな。けど、俺のは忠誠心って言えるほど綺麗なものじゃないぜ。奴隷根性って言うのか?無理難題を押し付けてくる姫様に、ひいひい言いながら従ってるだけだ」

 台詞の割りには、橋本の表情には大きな余裕があるように見えた。その涼しい顔には、奴隷根性なんて言葉はまるで似合わない。

「なら、今回の試験は指示を与える坂柳がいないから困ってるんじゃないか?」

「だな。でも、俺は坂柳派であると同時にAクラスの一員だ。だから、今回の試験ではクラスの為に力を尽くしてるぜ。そりゃあもう、馬車馬のようにな」

「──でも、昨日はスポットの誤占有をしちゃったみたいだけどねえ」

 俺と橋本の会話に横槍を入れたのは、西川だ。

 気まずくなるのは目に見えていたので、俺はあえて触れていなかったのに、本人を目の前にしてぶっこんでくるのは流石といったところだ。

 痛いところを突かれて苦笑いをする橋本に、西川は言ってやったと言わんばかりにニヤニヤと薄い笑みを浮かべている。

「はは......あれはほんと痛い失敗だった。クラスメイトには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。俺のせいで50ポイントもマイナスになっちまったからな」

「ほんとかなぁ?申し訳なさそうには見えないけどね」

「西川、そのくらいにしてやれ」

 橋本に対し好戦的な態度を見せる西川を止める。

 まあ、西川が追及したくなるのもわからないでもない。

 言葉に反して、橋本の表情にはあまり反省や申し訳なさといったものを感じ取れないのだ。

 そして、それをあえて俺達に見せつけているような空虚さすらも感じられる。

「これから頑張るから勘弁してくれ。試験の終わりは近いが、できることをやるつもりだ」

「ああ、そうしてくれ」

「了解。じゃあ、俺はそろそろ戻ることにするぜ」

 この場にいるのが気まずくなったのか、橋本は足早に去っていった。

 橋本の背中が見えなくなると、まず吉田が深くため息をついた。

「俺、あいつ苦手だわ」

「同感だ。相変わらず、腹の底がわからないやつだ」

 それに同意を示す島崎。

「スポットの誤占有をしたっていうの、わざとやったって思うのは私の考えすぎかなぁ」

「それは流石にないでしょう。反省こそあまりしていないように見えましたが、自身が所属するクラスのポイントをわざと減らすなんて普通ではありません」

 そう、白石の言う通りだ。

 クラスポイントをあえて減らすなんて、普通はしない。

 50ポイント減れば、クラス間競争で一歩後退することに加えて、月ごとに生徒1人につき支給されるプライベートポイントも5000ポイント減少することになる。

 ただ、それはあくまでクラスポイントという視点の話だ。

 本試験で競うのはあくまでも、試験限定で配布されたSポイント。

 結果的に余剰分がクラスポイントに流れるが、クラスポイントの総量は勝敗には関係ない。

 つまり、橋本がこの試験でAクラスが敗北を喫することを目的としているのならば、ルール違反によってSポイントを減らしにかかった可能性も考えられる。この試験は、リーダーが戸塚になったこともあって、葛城派が中心として動いている。そんな中、他クラスに負けるようなことがあれば、敗北の責任は葛城派──と考える生徒もいるだろう。

「まあ、考えても仕方のないことだ。失った50ポイントは帰ってこない......それで、森下。何で橋本が来てからずっと無言なんだよ、お前」

 橋本が来るまでは、ひたすら俺にうざがらみしてきたのに、今は海面をぼーっと見つめて、ピクリとも動いていない。なんなら、釣り糸すら垂らしていない始末だ。

「橋本正義のことは嫌いなので。彼が去るまで石になっていました」

 躊躇いなど全くなく、率直に森下が言った。

 考えてみれば、森下が橋本と会話するところなんてほとんど見たことがなかったが、まさか嫌いだったとは驚きだ。同時に、森下が特定の人物を嫌うことも意外だ。

 俺のあずかり知らないどこかで橋本に嫌悪を向けるきっかけでもあったのだろうか。

「ちなみにどうして嫌いになったのか、聞いていいか?」

「だって、いかにも裏切りそうな顔をしていますし」

 身も蓋もない理由だった。哀れ、橋本。

 

 ───────────────────────────

 

 日が落ち始めた頃、龍園から渡されていた無線機が鳴った。

 応答ボタンも押すと、すぐに通信が繋がった。

「よぉ、芦名。もう5日目になるが調子はどうだ?」

「悪くはない。生活環境も食糧事情にも満足してる。このまま何事もなく、試験を終えられそうだ」

 そう言うと、無線機の向こうから、くつくつと龍園の低い笑い声が聞こえた。

「随分と余裕みたいじゃねえか。まだ、リーダー当てっていう大きなイベントが残ってるってのによ。まさか、他クラスのリーダーを既に全員見抜いている、とか言わねえよなぁ」

「なわけないだろ。Aクラスはスポットの占有と食糧の確保で精いっぱいだ。他クラスの偵察にはあまり人員を割けていないのが現状だ」

 一応は坂柳派が主だって偵察をしてくれているみたいだが、今のところ成果はないようだ。

 さっきの橋本の態度を考えると、坂柳派がクラスの為に真面目に偵察してくれているのかは甚だ疑問ではあるが。

「安心しろよ。契約に従って、他クラスのリーダー情報は俺達が押さえてやる。最低でも50ポイントのクラスポイントの増加が見込めるだろうな」

「今のところ、調子はどうなんだ?BかDのどちらか片方のリーダー情報はもう掴めていたりするのか?」

 既にBの情報を入手した俺達からすれば、もう一方のDの情報を得たいところだ。

 そうすれば、100ポイントの増加およびBとDに50ポイントずつマイナスを食らわせることができる。

「Dクラスは問題ねえだろうな。あいつらは今回の試験でも内輪揉めを起こしてやがる。付け入る隙はいくらでもあるだろうな。後は俺が送り込んだスパイが上手くやるはずだ」

 よし、これは中々いい風向きだ。

 Bクラスについては既に入手済みなので聞く必要はないのだが......こちらがBの情報を握っているということを龍園に勘繰られたくはない。どちらも知らない体でBクラスについても俺は聞いてみることにした。

「Bクラスはどうなんだ?Dに比べて連携が取れているクラスみたいだし、牙城を崩すのは難しそうだが」

 そう聞いてみると、何故だが、龍園が沈黙した。

 あまり上手くいっていないのだろうか。

「悪い。急かしてるわけじゃないんだ。Dクラスの方で成果が出せそうなら──」

「Bに送り込んだスパイが消息を絶った」

「......は?」

「金田悟だ。あいつにも当然、お前と同じように無線機を渡してある。試験期間中のBクラスの内情を知るため、そしてリーダーが誰であるかの報告を聞くためだ」

 消息を......絶った?

 一体どういうことだ。Bクラスに潜入していた仲間が突如として、消息不明。

 龍園からすれば、気が気でないだろう。

 まさか、Bクラスの策略とでもいうのだろうか。

 Bはスパイの存在に気づいており、何らかの方法で金田を監禁しているとか?

 もしくは脅しをかけて、自主的にリタイアさせたとか。

 そんな荒っぽい手法をBクラスが──一之瀬が取るとは思えないが......。

 金田は......無事なのか?金田......かねだ?

 俺は顔も名前も知らないはずの金田のことが、心の底から心配になった。

 しかし、俺はどこかでこの名前を聞いた覚えがある気がする。

 ──次の瞬間、脳内に言葉が響く。

 

『そうですね。金田という無実の生徒がこれを機にクラスメイトから疑いの目を向けられることがないことを祈ります』

 あっ............。

 ......違う。違うだろう。そんなはずがない。

 あの時は、金田はBクラスの誰かしらのことだと思っていたんだ。

 まさか......まさか、森下が盗んだキーカードを仕込んだ荷物が龍園が送り込んだスパイのものだとは思わないだろう。

 ぶあっと、嫌な汗が体を流れる。

「どうしたよ、芦名。急に黙って。金田のことについて何か知ってるのか?」

「......いや、知らないな。Bクラスに潜入した生徒の事情なんて俺が知るわけないだろ」

「クク、よく言うぜ。てめえも自分の駒をBに潜入させてたんだ。当然、金田に関する情報を得てるはずだろ」

 無線機の向こう側の龍園のニヤついた顔が容易に想像できる。

「何のつもりか知らねえが、てめえはわざわざ自分の駒をBに送った。経緯は知らねえが、金田は消息不明。無関係とは言わせねえぜ?」

「勘違いしてるようだが、俺は何も関知していない。Bにうちの生徒が潜り込んだのは事実だが、それはそいつの独断だ」

「あくまでも自分は手を下してないとくるか。いいぜ、今はそうやってお高く止まってろ。いずれ、引きずり下ろしてやる。それと──契約も履行させる。Dのリーダー情報をてめえらに渡すことでな」

 返事をする間もなく、無線機がぶつっと切れる。

 ......やべえ。龍園、めちゃくちゃキレてるじゃねーか。

 同盟相手に自分の計略の邪魔をされれば誰でもああなるか......クソっ、俺はまじで何もしてないのに。

 森下がBクラスに勝手に潜入して、勝手にキーカードを盗んで、勝手に金田の荷物に紛れさせただけなのに......。

 龍園と契約を結んでおいて、相手側の契約の履行条件を潰すような真似をしてしまうこととなった。

 でも、まだ大丈夫だ。Dクラスへの潜入は順調そうだし、森下もDクラスのベースキャンプに行こうとする動きは見られない。2日目にこってり絞ってやった成果といえるだろう。

 このまま順調に進めば、無事に龍園との契約は正式に果たされることとなる。

 そう、これを以て『芦名派衰退プロジェクト』は一歩前進することになるのだ。

 最終日は正午までであることを考えると、実質的に勝負をかけられるのは、明日──つまり、6日目だ。

 そこで何事もなく、龍園がDのクラス情報の奪取に成功できればいい話だ。

 頼む。明日は絶対に何も起こらないでくれ。

 深く、俺は天に願った。

 

 

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