変な女子に目をつけられてしまった哀れな男 作:無無
「1週間の無人島生活でずっと釣りをするのも退屈だろうし、何より飽きただろう。今日はゆっくり島を散策でもしてみたらどうだ?」
そんな葛城の提案に乗って、俺は今、どこを目指すでもなく、心ゆくままでにこの島の大地を踏みしめていた。思い返してみれば、2日目以降はほとんどの時間を俺は釣り小屋で過ごしていた。だから、この無人島にどんな景色が広がっているか、どんなスポットがあるかを俺はあまり知らない。
森下がBクラスに突撃した際は、Bのベースキャンプを求めて島内中を駆け回ったが、景色を楽しむ余裕なんてものはなかった。
そう考えると、葛城がくれたこの時間は貴重だ。
言っておくが、別に釣り小屋に引き籠り、釣りだけをする生活に不満を覚えていたわけではない。今日だって、俺は終日あそこに身を置いているつもりだったのだから。
だが、やはり葛城には感謝しなければならない。
未知は俺にとって何にも代えがたいご褒美で、この無人島には未知がふんだんに込められている。
都会暮らしではとても味わうことのかなわない、雄大な大地の匂い、自然と共に広がる風景。
ああ、最高だ。
──横に森下と白石がいなければ、100点花丸をつけれたところだ。
派閥の連中なら絶対に着いてこようとするだろうと、誰も近くにいないタイミングを見計らって出発したのに、いつの間にか音もなく隣にいたのだ。それも、自分達がいるのがさも当然かのように「さあ、行きましょうか」なんて高いテンションで出発の号令をかけてくる始末。
警戒対象の1人である西川を撒けたのは不幸中の幸いかもしれないが、白石と森下の2人だけでも相当厄介だ。
森下は言わずもがな、白石も最近は怪しい動きを見せることがある。
この試験の初日に、配布されたマニュアルを見て、「あ、このシャンプー、芦名くんが使用されているものと同じですね」と言われた時は流石に心臓が止まるかと思った。
白石の言葉を聞いたクラスメイトもぎょっとした顔で固まっていたからな。特に吉田を筆頭とした白石に好意を向けている男子達は黒い感情が籠った目で俺を見ていた。
すぐに「冗談です」と白石が弁明したことで場は収まったが......シャンプー、俺が使ってるものとまじで一致してたんだよな......。怖いから、これ以上は何も考えなかったが。
この件で、高育の要注意人物ランキングの上位に白石は名前を刻むことになったのだ。
「天気が悪いですね......今日は一雨降りそうですね、芦名くん」
「そうだな。地面がぬかるんで足元が危なくなりそうだから、降り始めたらすぐにベースキャンプに撤退した方が良さそうだな」
心配そうな表情で空を見上げる白石に俺はそう言葉を返す。
悪天候にこそ、Aクラスが選んだ洞窟というベースキャンプは効力を発揮する。
Bクラスなんかは開けた場所にいくつかテントを立てていたから、あれは大変だろうな。
テントに籠れば、雨風は凌げるが、どうしても行動が制限されてしまう。
快適とは言い難い狭いテントの中で縮こまることしかできないだろう。
その点、洞窟は良い。食料調達や偵察は難しいが、簡易的な料理などは可能だ。
勿論、火を使った料理は不可能だが、調達した食材の切り分けだったり、釣った魚の下処理くらいはできる。
このように他のクラスより行動の幅が広くなるだけで、大きなアドバンテージを得ることができる。
「何を言っているのですか、天気が荒れた時こそ勝負の時ですよ。悪天候に喘ぐ他のクラスに奇襲をかける大チャンスです。相手が弱っている時にこそ本領を発揮するのが芦名善のやり方でしょうに」
「どんなやり方だよ。言っとくが、小雨でも俺はベースキャンプに引き籠るつもりだからな。他のクラスに奇襲を仕掛けるなんてもってのほかだ」
「まあまあ、森下さん」
「そうだ、言ってやれ。白石」
「芦名くんはこう言っていますが、きっと最後には大暴れしてくれますよ。きっと今も早く暴れたくてうずうずしているはずです」
「お前もそっち側かよ......」
1対2の状況に、俺は落胆する。
駄目だ、うちの女子陣は。
森下や西川に比べて、白石は比較的まともではあると思っていたが、この間のシャンプーの件と言い、もう普通の女子として見ることは難しいかもしれない。
吉田......白石は確かに顔も良いし、清楚で優しい性格をしているが、実は結構ヤバそうな女だぞ、こいつは。
今からでも白石はやめとけと言ってやりたいが、恋は盲目。
吉田は単純で真っすぐな性格をしているから、簡単には聞き入れてはくれないだろうな。
「まぁ、期待するのは勝手だ。残念ながら、その期待が裏切られるのは確定だが」
「はい♪期待して待ってます」
「白石飛鳥もわかっているじゃないですか......あ、リーダー、前方に正体不明の生命体を発見。撃ち落としますか?」
「正体不明......?なんだよ、ただの他のクラスの生徒じゃねえか。あと、撃ち落とすな。飛んでるわけでもあるまいし」
野生動物でもいるのかと、一瞬ビビってしまった。
森下が指さす先には、6人組の生徒。うち男子が2人、女子が4人の構成だ。
最初に目に入ったのは、茶髪を短く切りそろえた女子──櫛田桔梗だ。
櫛田は学年では結構な有名人で、天性の愛嬌と美貌で多くの男子達から人気を得ている生徒だ。
Aクラスにも、ファンが何人かいて、まるでアイドルのように櫛田のことを崇拝している。
次に目に入ったのは、Cクラスの伊吹だ。伊吹とは直接話したことはないが、以前ケヤキモールで龍園に絡まれた時に近くにいたのを覚えている。
あとは、堀北鈴音。彼女のことも知っていた。高育の生徒会長である堀北学の妹である彼女もまた、学年ではそこそこ名前が知れている。兄の影響が強いのだろう。
そして......ああ、思い出した。
あの茶髪のイケメンは顔だけ認識している。無人島に到着する前、デッキで戸塚に絡まれていた須藤の近くにいた男子だ。おそらくは須藤と友人関係なのだろう。
残り2人は......女子の方は見たことがあるような気がする。俺の記憶が正しければ、多分Dクラスだ。男子の方は全く知らん。よくわからんが、多分Dクラスだろ。何となくそんな気がする。
それにしても妙なメンツだな。Cクラスの伊吹がDクラスの生徒達と行動を共にしている。
おそらく、伊吹はDに龍園が差し向けた刺客で、今はスパイ活動中ってところか。
なら、ここは変に交流せず、スルーが正解だろう。
金田の時見たく、龍園の策略を邪魔してしまうかもしれないからな。
「おい、森下。絶対に前方の奴らに絡むんじゃねえぞ。頼むから、少しの間口を閉じてくれ」
「嫌ですが......そんな睨まなくていいじゃないですか。わかりましたよ。少しだけです」
渋々といった感じで森下が口をきゅっと結んだ。
これでよし。面倒なことになる前に、迅速に地雷処理ができた。
......と、安心していたのだが。
「わぁ!白石さん!こんなところで会えるなんて、奇遇だね!」
俺の右隣を歩いていた白石に反応した櫛田が、嬉しそうな顔をしながら小走りでこちらに駆けてきた。
「こんにちは、櫛田さん。お久しぶりですね」
どうやら、白石と櫛田は知り合いらしい。
参ったな。櫛田は人脈が広いとは知っていたが、白石とも知り合いだったなんて。
まさかの繋がりに唖然としていると、白石と挨拶を済ませた櫛田は、今度は俺の方に詰め寄ってくる。
「芦名くんだよね!Aクラスの!」
「そ、そうだが......」
「すごい!うわぁ......聞いてたとおり、凄いオーラがある。あ、ごめんね。私、櫛田桔梗って言います。よろしくね!」
「......ああ、よろしく」
完全に櫛田のペースに吞まれていた。
この圧倒的光属性。櫛田の背後には後光すら見えた気がした。
闇属性ばかりのAクラスに慣れてしまった俺からすれば、櫛田桔梗は眩しすぎる。
今だって俺の隣には闇属性筆頭の......なんで、俺の後ろに隠れてるんだよ、森下。
無表情の森下が息を殺して、俺の影と同化していた。流石は闇属性といったところか。
「芦名くんとは前から話したかったんだ!芦名くんの凄い噂はDクラスにも轟いてるんだよっ。ね、堀北さん?」
「さあ。私は別に興味ないわ。そんな男」
櫛田に話を振られるが、堀北は興味ないと一蹴。
別に肯定的なリアクションを求めてたわけじゃないが、堀北さん、なんかアタリ強くないですか?
「あはは......芦名くん、堀北さんと何かあったりした?」
これには櫛田も苦笑い。
「いや、断じて何もない。というか、喋ったことすらないな」
「え、ええ......あ!綾小路くんは知ってるよね!芦名くんのこと」
素っ気ない態度を貫く堀北から、今度は茶髪イケメンに櫛田は水を向けた。
「ああ、もちろん知っている。有名人なのもそうだが、何より俺は船上で助けてもらったからな」
「あ、確かに!戸塚くんと須藤くんが喧嘩しそうになっていたのを止めてくれたよね」
覚えていたのか......いや、覚えてないわけがないか。
あれだけ目立ってしまったんだ。騒動の渦中にいた──今、櫛田から綾小路と呼ばれた男が俺のことを認識しているのは当然かもしれない。
「礼を言う機会がなかったが、あの時は助かった。ありがとう、芦名。俺はDの綾小路清隆だ」
深く頭を下げてから、綾小路が自分の名前を名乗る。
「別に大したことはしてないから、気にしないでいい。元々、Aクラスの生徒がつっかかったのが原因だし、むしろ、こっちが謝りたいくらいだ」
「芦名は良い奴だな。やっぱり噂は噂でしかないんだな」
「俺に関する噂なんて全部嘘だと思ってくれていい。周りが勝手に騒ぎ立ててるだけで、俺は大した人間じゃない」
説明すると、綾小路は「そうなのか。色々と大変なんだな」と素直に納得し、心配してくれた。
......なんか、久しぶりにまともな人間と会話している気分だな。
変に俺のことを持ち上げず、他の人間の意見に振り回されず、フラットに接してくれる。
初対面ながら、俺の綾小路に対する印象は爆上がりだ。こういう奴と日向ぼっこのような平々凡々な学校生活が送れたらどんなに幸せだったことか。
──そんな幸せな気分に水を差す人間がいた。
「綾小路くん。騙されないで。その男がどれだけ危険な男か、あなたはわかっていない」
突如、失礼な発言とともに会話に入ってきたのは、堀北だ。
何だよ、こいつ。俺と綾小路の会話に横槍を入れやがって。
「あまり失礼なことを言うなよ。芦名はいい奴だぞ」
「それが罠よ。彼は一見普通に見えるけど、Aの主力である坂柳さんや葛城くんと互角以上に渡り合う強者。噂によると、彼はクラスメイトを駒のように操ることで直接手を下すことなく、目的を達成することを得意としているそうよ」
堀北の主張に俺は思わず、呆れてしまう。
また、噂かよ。自分で見たわけでも聞いたわけでもないことをよくも堂々と喋れるものだ。
学業に関しては優秀だと聞いているが、頭は柔軟ではないらしい。
これはどう説明したところで、思考ロック状態の堀北が納得することはないだろう。つまりは、話すだけ無駄だ。
「悪いな、芦名。気分を害したら、すまない......櫛田」
「あ......う、うん!じゃあ、私達はそろそろ行くね。明日で試験は終わっちゃうけど、最後まで頑張ろうね!」
険悪になりそうな空気をいち早く察知した櫛田が、申し訳なさそうにDクラスの生徒達を先導していく。
それにしても......堀北の代わりに謝ってくれるなんて、ほんと良い奴だな。綾小路は。
この学校に入学して、初めて自ら友人になりたいと思える人間に出会えたかもしれない。
少しだけ心が軽くなった気がした。