変な女子に目をつけられてしまった哀れな男 作:無無
「ふぅ、中々良い運動になりましたね」
「嘘つけ。後半は息も絶え絶えだったろ」
綾小路達と別れた後、引き続き島内の探索をしていた俺達だったが、途中、森下の体力が限界に達したため、ベースキャンプへと引き返すことになった。
本当は島内を全て周り尽くす気でいたから、残念だ。
もし、森下も白石も同行していなければ、1人でのびのびと探索できていたのだろうが、俺は特段2人を恨んではいなかった。
むしろ、2人が──というより、白石がいたからこそ、良かったこともある。
Dクラスの綾小路との巡り合わせは、櫛田と白石の間柄から生じた奇跡的な産物だ。
もしも、俺一人で探索していたなら、そのままDクラスの連中の横を素通りしていたかもしれない。
俺は心の中で白石に深く感謝する。
白石のおかげで、高度育成高等学校もまだまだ捨てたものじゃないと気づけた。
龍園、葛城、坂柳、森下、白石、西川、戸塚、あとは新たに加わった堀北などの数々の強敵が道を阻む障害として立ちはだかり、もはや俺の望む平穏な学校生活は訪れないんじゃないかと思っていたが、そう悲観しすぎることもなかったのだ。
俺には味方がいた。
タチの悪い風説の流布に騙されず、純粋に1人の同級生として俺と接してくれた男がいた。
ほんの一言二言話した程度で大袈裟かもしれない。
けれど、あの短い一時は綾小路が如何に懐の深い男だと理解するには十分な時間だった。
はぁ......何かのきっかけで戸塚とチェンジしてくれないかな。
そんなことまで考えてしまう。
しかし、現実は残酷で、そんな俺に都合の良い展開は起こりえない。
「......悲しいな」
「よくわかりませんが、この男、急に感傷に浸り始めましたよ。情緒不安定なのでは?」
「いえ......これはこれから地獄を見せる他のクラスへの慈悲の言葉でしょう。哀れみの心を持ちながら、それでも一切手を抜かずに敵を殲滅する。芦名くんらしいですね」
ああ、本当に悲しいよ。
俺が発した5文字の言葉は異常な形で解釈され、最終的には俺自身が悲しきモンスター扱いされてしまうのだ。
これはもはや誇張とかそういった領域を超えた、言うなれば捏造だ。
もう片方は辛辣な言葉を浴びせてくるし、もう終わりだよこの陣営。
「お、帰ってきたか。葛城から聞いたけど島の散策してたんだってな。俺にも声かけてほしかったぜ」
そう言って現れたのは、比較的まともな派閥メンバーの吉田だ。
続いて、比較的まともな派閥メンバー2号の島崎と、危険な派閥メンバーの西川も現れた。
「何となく1人で行きたい気分だったんだよ」
そう答えると、何故か複雑な表情になった吉田がずいっと距離を詰めてきて、肩に手を回してくる。
そして、顔を近づけて、他のメンバーに聞こえないように耳打ちをはじめる。
「1人で行きたい気分?お前、白石を同行させておいてそれは通じねーぞ。怪しいぜ......やっぱシャンプーの件は──」
「シャンプーの件はまじで知らねーよ!それに白石は勝手に着いてきたんだよ、森下と一緒にな」
「な、なにぃ......勝手に着いてきたってお前......森下はともかくさぁ......」
「単に暇だっただけだろ。後でお前も誘ってみればいい。もしかしたら、一緒に来てくれるかもしれないぞ」
「な......そ、それはまだ心の準備が......まあ、信じるよ。とりあえずは......」
おそらくまだ納得はできていないだろうが、吉田はすっと腕をほどく。
白石に絡まれると、結果的に吉田や、白石に好意を寄せる他の男子達に絡まれるから厄介なんだよな。
「え、なになに。芦名くん、お気に入りの女の子を2人も侍らせて、無人島デートしてたのー?羨ましいなぁ。今度は私も連れてってよ」
......嬉々として爆弾を投下してくるやつもいるし。
見ろ。今の発言のせいでまたクラスメイトから注目を浴びちまった。
これで俺は『自派閥の女子を好き放題に侍らせる軟派な男』って印象がクラス内に根付くことになる。まったく、仮にも俺の派閥のはずなのに、メンバーが全員敵に見えるってどういうことだよ。
「芦名、今日はメジナが釣れたぞ。ただ、お前がいないと、どうしても漁獲量が大きく下がってしまうな」
クーラーボックスの中身を見せながら、島崎が少し悔しそうな顔で言った。
そうだ。まだ島崎という唯一まとも寄りな奴がいたな。他と同様、俺を持ち上げる傾向があるのは仕方ないが、他のメンバーに比べるとまだ危険は低い。このまま周囲に毒されず、そのままの島崎でいてほしいものだ。
「十分だろ。逆に釣りすぎても、処理に困る。そのくらいがちょうどいい」
クーラーボックスにぎっしり詰まった魚達を見て、俺は言った。
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無人島生活、最後の晩がやってきた。
明日の正午には試験の結果発表が行われ、俺達は再び船に戻ることになる。
最初はあまり気乗りがしなかった試験だが、いざ終わりを迎えると思うと、少しだけ寂しく感じてしまう。
洞窟の中で夜を過ごすことも、丸一日釣りに没頭することも、深い森の中を駆け抜けることも、これからの人生で訪れる機会はそうそうこないだろう。
高度育成高等学校は特別な理由がない限り、学校の外に出ることが禁じられているから、少なくとも3年間はそうだ。
だから、今はただ、特別試験が与えてくれた非日常感を存分に味わおう。
自分の力で釣った魚を自らが調理して食べる。
今まで俺はそんな経験をしてこなかったが、存外良い気分だ。
努力が成果となって返ってくることはもはや当然で、そこに何の感情も沸くことはない。そう思っていたのに。
「これで終わり......か」
気づかない内に声に出ていたらしく、吉田が近くに寄ってくる。
「お、芦名もこの無人島生活を名残惜しく感じてたりすんのか?意外だなー」
「......そうだな。も、ってことは吉田もそうなのか?」
「まあな。最初こそ絶望したけど、3日目あたりには結構楽しくなっててさ。俺達Aクラスって今まで一丸になって何かを頑張る、みたいなことなかったじゃん。派閥は3個もあって、クラスメイトが味方だったり敵だったりする。けど、この試験では芦名派も葛城派も坂柳派も手を取り合って、協力できたと思うんだよ」
......吉田は感慨深そうに語るが、それは本来、当然そうなって然るべき話だ。
クラスが団結し、目標に向かって一丸となって進む。
そうすることで、はじめて実力主義のこの学校で他のクラスとしのぎを削りあうことができるのだ。
リーダーの不在、クラス内の闘争、不和がもたらすデメリットは大きい。
学力が高く真面目な生徒が多いからこそ、Aクラスは小テスト、中間テスト、期末テストで優位を取り、結果として全クラスで圧倒的なトップを維持できているが、これから先はわからない。
この無人島試験のように、学力とは全く異なるスキルを求められる試験がこれからもっと増えるかもしれない。
そうなった時、組織として団結力に乏しいAクラスがこれまでどおり他のクラスに勝利し続けるのは難しいだろう。この試験だって、もしかすると最下位になる可能性もあるかもしれない。
極端な話をすると、他のクラス全てからリーダーを当てられた場合、それだけでマイナス150ポイント。
坂柳の欠席と橋本の誤占有が加わって、マイナス230。
リーダーを当てられたことにより、戸塚が必死こいてかき集めたスポット占有によるボーナスポイントは帳消し。
さらに、龍園と結んだ契約が成立すれば、翌月からは毎月、坂柳を除く生徒1人1人が2万ポイントを龍園に献上する必要がある。
これだけであっという間に、Aクラスは阿鼻叫喚に包まれることになるだろう。
考えられる限り、最も最悪な未来で、それは実際に明日起こりえることだ。
「この試験が終わった後も、前よりは仲良くやれると思うんだよ。そう考えると、結構わくわくしてこないか?」
「......ああ。そうだな」
大勝利を飾ることで結束を高める良いきっかけになるか、それとも坂柳派閥の権威を強めることになるか。
どういった結末を迎えるかは、明日になるまでわからない。
今はただ、各々が輝かしい未来を祈って、眠りにつくのみ───......ふいに感じたのは微かな違和感。
そして、その違和感が間違いでなかったことが次の瞬間、証明されることになる。
「芦名くん、大変です!森下さんが姿を消しました!」
「な、なんだと......白石。俺は確か森下の監視を頼んでいたよな」
「すみません......ですが、お手洗いの時まで監視するのは、森下さんが可哀想で......」
そんな古典的な手法で逃げられてしまったというのか。
だが、白石を責めることはできない。
「中々戻ってこないので、仮設トイレの方に様子を見に行ったら、こんなものがすぐ近くに落ちていました」
「......D」
『D』、と一文字だけでかでかと書かれた用紙を手渡される。
十中八九、Dクラスに行くということだろうが、いくら何でも安直すぎる。
こういう書き置きって、普通もっとこう暗号とか織り交ぜて洒落た感じにするもんじゃないのか?
いや、そんなことはどうでもいい。重要なのは、森下がDクラスに向かったということだけ。
「行ってくる」
「お、おい。この後、結構雨降りそうだけど大丈夫か?」
「すぐに森下を連れて帰ってくるから心配はない。万が一体を冷やして風邪ひいたとしても、明日の結果発表までは持ちこたえる。リタイアはしない」
「芦名くん。今朝一緒に散歩した時、通りかかった小川の近くから声がきこえました。おそらく、付近にDクラスのベースキャンプがあると思います」
「助かる......!」
白石の助言を胸に、俺は駆けだした。
おそらく森下も白石と同じで、Dクラスがベースキャンプを構える場所に心当たりがあったからこそ、隙を見て抜け出したのだろう。
今朝の探索で森下には絶望的に体力がないことがわかっている。
俺の足ならば、すぐに追いつけるだろう。
「おー、あいつ足めっちゃ早いなぁ......あ、というかさ......あいつと一緒に散歩したのって──あれ、なんか白石すげえ嬉しそうだけど、どうした?」
「......そうですね。彼はとても魅力的な方ですから。見ているだけで、近くにいるだけでつい頬が緩んでしまうのでしょう」
「へ!?あ、あー。確かにあいつって凄い奴だもんな!わかる......うん、わかるぜ......」
気のせいかもしれないが、後ろからラブコメの波動を感じる。
上手くやれよ。吉田。
友人の幸せを願い、俺は更にギアを上げる。
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深い森の奥。
2人の女子生徒が対峙していた。
ガールズトークなどといった温和な空気はそこにない。
あるのは殺伐とした、純粋な武力の応酬だけ。
黒い髪を長く伸ばした女子──堀北鈴音が膝をつく。
体力はもう限界だった。
目の前で余裕のある笑みを浮かべる伊吹澪とこうして交戦する以前に、堀北の体は弱り果て、とても戦えるような状況ではなかった。
そんな満身創痍だった堀北がそれでもなお、伊吹と戦うことを選択したのはひとえに自分のプライドを守るため。散々、クラスメイトを下に見えるような発言をしてきた自分が、Dクラスを絶体絶命の危機に陥れようとしている。
キーカードを奪われた──伊吹が奪ったカードを取り返さなくては、Dクラスは大きな損失を被ることになる。
それだけは避けなくてはならない。
クラスの為だなんて、格好つけた言葉を言う権利は自分にはない。
自分の尊厳を守るため、兄に認められる人間になるため、こんなくだらないことで躓いていられない。
誰一人として仲間がいない、友達がいない、一匹狼な堀北鈴音という人間。
強くあればそれでいいと思っていた。けれど、強さすらも失われれば、私は一体どれくらいの価値が残るのだろうか。
「は、離しなさい......」
伊吹が堀北の前髪を掴み上げた。
「悪いな。私も色々立て込んでるんだ」
一切の躊躇なく、伊吹の手のひらが堀北の頬を打ちつける。
堀北は強い衝撃に意識が飛びそうになるのを、ギリギリのところで耐え、何とか伊吹の手を振り払った。
「こんな強引な方法が許されると思うの......?」
「さあ。答える気はないな」
伊吹が足を大きく上げた。
ああ、次の一撃で私はとうとう沈んでしまうのだろう。
決着がつく寸前、堀北の心には既に諦めの感情が浮かんでいた。
何が悪かったのだろう。どうすれば良かったのだろう。どこで道を間違えたのだろう。
......ああ。何もわからない......そうか、私がDクラスになったのは──。
瞬間、すぐ近くの茂みから大きな影が飛び出した。
......何で、あなたがここにいるのよ。
私がこの学校で最も警戒し、危険視していた男。
芦名善が、そこには立っていた。