変な女子に目をつけられてしまった哀れな男   作:無無

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信頼

 俺はとことん運が悪いらしい。

 視界に映る惨状に、俺は後悔とともにため息をついた。

 ベースキャンプから小川までの道のりを最短距離で走り抜くため、整備が行き届いていない険しい道を駆使した結果がこれだ。

 凸凹とした地面に、無造作に生えっぱなしになっている植物、道と呼べるかもわからない場所で2人の女子生徒が相対していた。片方の女子──堀北鈴音は地面に崩れ落ちており、もはや立ち上がる気力すら残っていない様子。

 もう一方の女子──伊吹澪も多少は消耗しているものの、まだまだ余力は残している様子だ。

 眼前の状況をありのままに受け入れるとすると、堀北と伊吹は何らかの経緯で、この薄暗い森の中で戦闘を行うに至ったのだ。結果、伊吹が勝利を収めたと見るのが正しいだろう。

 さて、運悪く、このキャットファイトに居合わせてしまった俺の立場を考えよう。

 目的地までのショートカットが災いして、ちょうど伊吹と堀北の合間に割って入るように飛び込んでしまった俺は一体どうするのが正解だろうか。

 俺の脳内に3つの考えが浮かぶ。

 

①見なかったことにして、引き続きDクラスのベースキャンプへと向かう

②正義のヒーローとして、追い詰められた堀北を救う

③喧嘩両成敗。暴力沙汰を起こした2人を学校側に突き出す

 

 俺としては、①が最も望ましい選択肢だが、一応②と③に関しても検討しておこう、

 ②は正直、あまり気が進まないな。

 窮地に陥った女の子を救う展開は、健全な男子高校としては心躍るモノなのかもしれないが、生憎と救う対象が堀北だ。初対面の時点で俺に対して、最初から敵意剥き出しだった上に、あろうことかこの女子は俺と綾小路の会話を邪魔したのだ。

 あれがなければ、もっと仲良くなれたかもしれないというのに。

 ということで、『正義のヒーロー作戦』はなしだな。

 ヒーローにだって、助ける相手を選ぶ権利はあるからな。

 次に③。これは1生徒として、最も正しい選択だ。

 学校側が敷いたルールに則って、クラス間の暴力行為を許されざる悪行として白日の下に晒す。

 この『高育の忠犬』作戦を選ぶのもいいかもしれない。

 

 はじめに、①が望ましいと言ったが、この選択肢にはデメリットがある。

 もしも、学校側が既にこの2人の戦いをどこかで監視していたとして、この場に居合わせ、見て見ぬふりをして逃走した俺に罰を与えるという理不尽も考えられる。傍観者も加害者理論だな。

 ......どうしたものか。

「芦名。あんた、なに?もしかして、正義のヒーローにでもなったつもり?」

 俺の登場により、呆然としていた伊吹だが、すぐに我に返ったようで、そんな問いをぶつけてくる。

「いや、俺は断じて正義のヒーローじゃない。言っとくが、そこで膝をついている堀北を助けようなんてこれっぽっちも考えてない」

「残念だったな、堀北。こいつはあんたを助けにきたわけじゃないってさ」

 追い打ちをかけるように伊吹が堀北を嘲笑する。

「別に......彼に期待なんてしてないわ。彼の悪い噂はよく聞くもの。ここに現れたのだって、きっと私を嘲笑うため。そもそも......彼はあなたに呼ばれてここにきたのでしょう......?」

 嘲笑うためって......そこまで性格終わってないっての。

 堀北の勝手な物言いに苛立ちが湧き上がる。

 こんな絶体絶命な危機でさえ、ここまで毒を吐く度胸は素直に感心するけどな。

「はぁ?なんで、私がこんな最低なやつと組まなきゃいけないわけ?いくら凄い奴だとしても、こいつと組むなんて死んでもお断りだ」

「......」

 ......そこまで言うか?どちらもほとんど喋ったことがないというのに、何故だか滅茶苦茶嫌われている。これもどこぞの誰かが流した事実無根の噂のせいだ。

 よし、①はやっぱりやめにしよう。ここは③の『高育の忠犬作戦』により、学校側からの株を上げ、同時に芦名善という生徒がとても正義感の強い男であることを証明し、悪評を塗り替えてやろう。

 少し目立ってしまうのが痛いが、既に十分すぎるほど目立ってしまっているので、そこはこの際気にしないことにする。

 問題は、伊吹と敵対することで同盟相手である龍園の反感を買わないか、というところだが......そもそも、うちとの同盟の件は伊吹には伝わってないのか?

 伊吹が俺と組むことが全身全霊で拒絶しているあたり、龍園が持ち掛けた契約はCクラス内で公にはされていないのかもしれない。

 まぁ、どちらでもいい。俺がCクラスの生徒を暴力行為として告発したとして、龍園と結んだ契約内容に抵触することはない。躊躇いなく、正義を振るえるというわけだ。

「俺もお前と組むつもりはない。だって、それってお前の悪行に加担するってことだろ。生憎と芦名派はクリーンな派閥なんでな」

「よく言う。まぁ、あんたにその気があろうとなかろうとどちらでもいい」

「......」

 伊吹が俺に対し、戦闘の構えを取る。

「この現場を見た以上、あんたにも眠ってもらうから。せっかく、目的の品を手に入れたんだ。教師を呼ばれて面倒な事態になるのは避けたい」

 次の瞬間、伊吹が目の前から消えた。

 ──否、姿勢が大きく下がり、視界から外れたのだ。

 気づいた時にはもう遅く、低い姿勢から繰り出される蹴りが俺の鼻先を掠める。

「......ッ」

「へえ、避けれるんだ。でも、あんたの反応速度は知れた。すぐに終わる」

 今の一瞬で俺の力量を読み取ったらしい伊吹が余裕綽々な笑みを浮かべる。

 まるで躊躇のない蹴り。明らかに戦い慣れている動きだ。

 深く考える間もなく、伊吹は次なる攻撃に打って出てくる。

「ほらほら......ッ!格好つけて出てきたわりには、防戦一方じゃん!」

 素早い身のこなしから飛んでくる攻撃はどれも蹴り。

 リーチが長く、どんな態勢からも繰り出してくる蹴りは、的確に俺の体に捉えている。

 今のところ急所への直撃は避けれているが、まともに何発か食らってしまえば、一気に崩されてしまうだろう。

 それだけに伊吹の攻撃は完成されていた。

「......ッ。カポエイラか......?」

 伊吹の動きを俺は、そう推測する。

 一見、不規則に見える伊吹の攻撃はよく観察してみると、一定の規則性に従って、流れのある動きだ。

 自由でありながら、基本動作が土台となっているであろう伊吹の動きは、さながら踊っているようだった。蹴り主体の格闘技は様々あるが、今の伊吹の動きに一番近いのはカポエイラだ。

「だったら、なにっ!知ってたところで、何もできないくせに!」

「......そうだな。カポエイラを使う相手なんて初めて会った。どう対処すればいいか見当もつかない」

「なら、さっさと沈め!」

 そう、俺はカポエイラを知らない。

 でも、弱点は見えてきている。そして、俺はその弱点を突くことができる。

 伊吹が地面に踏み込み、残った足を大きくしならせ、一直線に俺にぶつけようとする。

 やっぱり、このタイミングがベストだよな。

「堀北!伊吹の足首を掴め!」

「......なっ!?」

 蹴り技に共通して言えることは、軸足が命だということだ。

 いくら縦横無尽に技を繰り出すことができようと、軸足を抑えてしまえば、一瞬にして安定が崩れる。

 バランスを失った伊吹は体を支えることができず、そのまま強い衝撃とともに、地面に打ち付けられる。

「かはっ......!」

 ナイスアシストだ、堀北。よくあの一瞬で応えてくれたな。

「この......卑怯......者......」

 最後に怨嗟の籠もった声をぶつけてきた伊吹は、かくりと、そのまま気を失ってしまった。

 多分、堀北との戦闘で相当疲労が蓄積されていたのだろう。

 今の一撃は、疲弊した伊吹を倒すには十分な威力を持っていたみたいだ。

「堀北。お前と伊吹の間に何があったのかはわからないが、取り敢えずは一件落着だな......って、堀北も既に限界だったか」

 伊吹と同様、堀北も地面にへたり込んでいた。

 ありがとう、堀北。

 不幸にもこの場に居合わせた俺は、伊吹に襲われることになったが、堀北のおかげで難を逃れた。

 学校側が現場を監視していたとして、俺が特別試験のルール違反者として処罰を受けることはないだろう。防戦一方で拳1つ振るっていない俺は、ただの被害者でしかない。

 ああ、よかった。あとはどうにかして先生を──。

「芦名?」

「......あ」

 俺の名前を呼ぶ声がした。

 堀北の声では......ない。

 声の主が誰か、俺は既に見当がついていた。

 こわごわと俺は後ろを振り返る。

「何があったんだ?」

 そこにはやはり──想像通り、綾小路清隆の姿があった。

 いつもながらの無表情だが、その中には微かに困惑の感情が見えた。

 当然のことだ。

 綾小路からすれば、この状況はあまりにも異様。

 地面に倒れ伏す女子生徒2人を前に平然と立っている男の姿。

 こうなるまでの経緯を知らない者がみれば、この惨状を作り出したのが俺であると真っ先に疑いにかかるのが自然。それは綾小路も例外じゃないだろう。

 現に綾小路は困惑とともにその場に立ち尽くして、俺をじっと見つめている。

 もし、この状況を学校側が監視していないとしたら?

 綾小路が、俺を違反者として告発した場合、かなり危険な状況になるのは間違いない。

 だって、俺は自らの潔白を証明する手段を何一つ持っていないのだから。

 この状況は、学校側以外の第三者には観測されてはいけなかったのだ。

 登場人物は、伊吹、堀北、俺の3人で、学校への報告を行うのは、当然俺だ。

 偶然この場に居合わせてしまい、遂には巻き込まれた被害者が俺なのだ。

 けれど、綾小路という第三者が登場することで状況は一気に形を変える。

「綾小路。俺は......」

 何もやっていない。むしろ、今、ここで堀北と一緒に倒れている伊吹に襲われた被害者なんだ。

 ......そんなこと、誰が信じる?

 誰も信じるはずがないだろう。なぜ、被害者の方がピンピンしているんだ、と普通なら考える。

 じわりと全身に汗が駆け巡っていくのを感じる。

 ここでも......そうなのか?

 結局、俺は何をしても舞台に上げられ、当事者としての責め苦を味わうことになる。

 立ち尽くし、困惑した顔で状況説明を求める綾小路を目の前に言葉が出てこない。何を言っても言い訳じみた発言になってしまいそうで、どうしようもないと思ってしまっている。

「────そういうことか」

 俺は沈黙している間に、綾小路は自分で結論を出したらしい。

 当然、俺が加害者であるという図式だろう。何もおかしくはない。

 むしろ、綾小路の理解は正常だ。

 突き出される覚悟はできている。一切の抵抗をする気はない。

「ありがとう」

「......は?」

 綾小路の口から出た言葉は感謝だった。俺に疑念を向け、責め立てるわけでもなく、あろうことか「ありがとう」と一言感謝を告げた。

 何を言っている。どういった意図だ?

「堀北を助けてくれたんだよな。そこで倒れている伊吹はDクラスで大きな問題を起こしたんだ」

「問題......?」

「悪い、内容は詳しく言えないんだが......要は、諜報活動だ。疑惑の目を向けられた伊吹はDクラスの持つ重要な情報と共にベースキャンプから逃亡を図り、それを堀北が追いかけた」

 重要な情報──綾小路はあえて言葉を濁しているが、間違いなくキーカードの情報だろう。

 なるほど。だから、堀北と伊吹は戦っていたのか。

「だからって、なんで俺に感謝することになるんだ?この状況を見て、堀北が俺に助けられたと、本当にそう思うのか?」

「ああ。Dクラスの機密情報を盗んだ伊吹がそこで倒れているのが答えだ」

「でも、堀北も一緒に倒れてるだろ。俺が伊吹と堀北、2人ともやっちまったとは考えないのか?」

「考えないな」

 きっぱりと綾小路が言い切る。

 そんな綾小路の言動に不可解さと共に、形容しがたい感情が胸の中を渦巻くのを感じながら、問い返す。

「もしかしたら、俺は伊吹がDクラスの情報を盗もうとしていたことを知っていて、漁夫の利を狙おうとしていた。そうも考えられるんじゃないか?」

「ないな」

「さっきから随分はっきりと言ってくれるが、その信頼はどこからきてるんだ?俺と綾小路は今朝、知り合ったばかりの関係だろ」

 人間関係における信頼というものは、そんな短期間の内に醸成されるものじゃない。

 だから、綾小路の言葉は信頼から来るものじゃない。綾小路の善性を根源とした希望的観測に過ぎない。

「確かにオレはお前と知り合ったばかりだ。当然、お前という人間について知っていることなんて、微々たるものだろう。けど、少ない情報からでもわかることはある」

 ......わかるわけがないだろう。

 俺は綾小路に少し呆れていた。まだ、俺を責め立ててくれていた方がマシだった。

 根拠もなく信頼を向けられるなんて、信頼されないことよりも不快だ。

 そのはずなのに──。

「無人島に到着する前、船上でAクラスの生徒に絡まれているオレ達を見つけて、仲裁しにきてくれたよな。その件について俺が感謝の言葉を告げた時、お前は言ったんだ。『むしろ、こっちが謝りたいくらいだ』、と」

「それは......社交辞令かもしれないだろ」

「そうかもな。でも、俺はそうは思わなかった」

 淡々と綾小路は続ける。

「根拠はない。お前はオレが思っているような人間じゃないかもしれない。けど、自分なりに情報を整理して、お前という人間をどう解釈するかは、結局のところオレ次第だ。──結果、オレはお前を信じることにした。堀北を助け、伊吹という脅威に立ち向かってくれた正義感の強い人間としてな」

 何も言葉が出てこなかった。

 綾小路の言葉に反論できなかったからじゃない。

 むしろ、穴だらけで説得力に欠ける綾小路の一方的な考えに呆れて、モノが言えないのだ。

 全くもって、阿保らしい理屈だ。

 そうして、俺はしばらく立ち尽くしていた。

「堀北と伊吹のことは任せろ。クラスメイトの力を借りて、一旦はベースキャンプまで運ぶ。お前は......森下という生徒を気にかけてやった方がいい。現在、森下はオレ達のベースキャンプに火をつけた放火魔として疑惑を向けられ、逃亡中だ」

 俺はすぐに場を離れることにした。

 綾小路とこれ以上、同じ空間に留まりたくなかったからだ。

 このままあいつと言葉を交わし続けるのは、危険だと直感的に判断した。

 取り敢えずは、森下の行方を捜すことにしよう。

 

 

 

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