変な女子に目をつけられてしまった哀れな男   作:無無

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放火魔

「これ、どうすんだよ......」

 1人で勝手に素っ転び、気絶している戸塚を見下ろし、俺はため息まじりに呟く。

 試しに頬をつついてみるが、反応はまるでない。

 これは当分目覚めないだろうな。

 ......まさか、死んだってことはないよな?

 いくら相手が戸塚と言えども、俺は少し心配になった。

 地面に頭を打ったみたいだが、咄嗟に戸塚が取った下手くそな受け身のおかげで、致命的なダメージにはなっていなさそうだ。実際、出血などは見られないし。

 代わりに目に見えるくらい大きなたんこぶが後頭部にはできていた。

 短い睡眠状態を持続した結果のボロボロな体に、物理的な大ダメージ。

 これは......試験続行は難しいよな。

 戸塚が致命的な状態ではない、というのはあくまでも素人目線の俺の推測。

 大事を取って、船に乗船しているらしい医者に診てもらった方が良いだろう。

「......こんな時、通信機があれば良かったんだけどな」

 そうすれば、すぐにでもベースキャンプにいるクラスメイト達に連絡を取って、船に戸塚を運ぶのを手伝ってもらえただろう。

 しかし、現実は厳しく、連絡を取る手段はなく、ここにいる俺1人で何とかしなければならない。

 幸いにも船が停泊している浜辺は近く、全速力で向かえば、そう時間はかからない距離だ。

 戸塚を背負いながらという条件付きでも、まぁ20分かそこらで辿り着ける。

 ──しかし、こいつ、さっき嵌めやがったとか抜かしてたんだよな......。

 意識を失う直前、戸塚は俺に対し、見当違いな怒りを向けていた。

 もし、転倒時の衝撃で前後の記憶がぶっ飛んでいたりしない限りは、目を覚ました戸塚は、きっと俺のことを責め立ててくるはずだ。

 自身のリタイアの原因は俺にあると喧伝し、これまで以上に敵愾心を向けてくることは容易に難くない。そうして、一部の生徒もそれに同調して、俺に疑惑の目を向けてくるかもしれない。

 助けない、という選択肢もある。

 俺は戸塚に指一本触れていない。戸塚が頭を打ったのはあくまでも不注意で、俺が関与した形跡なんてものは一切存在しない。

 仮に戸塚が暴力によって強制的にリタイアされたと訴え、学校側が大掛かりな科学捜査をしたとしても、それらは全て徒労に終わることだろう。

 ──俺が戸塚を手ずから船まで運び、指紋という名の証拠を持たせてやらない限りは。

 戸塚を助けることによって得られる益はない。逆に、助けること自体が俺に不利益を生じさせる可能性がある。

 俺は、地面に倒れ伏す戸塚を見下ろした。

 1週間、島内を駆け回ったせいか、ジャージには至るところにほつれが生じ、ボロボロに汚れている。ほんの数か月前に支給されたジャージをここまで汚したのは、Aクラスで──否、学年で戸塚1人だけだろう。

 動機は何であれ、戸塚はAクラスに大きな貢献をした。その証拠が、この汚れたジャージだ。

 

 もう一度、俺は自分が取るべき選択肢を考えてみる。

 このまま、戸塚を放置したとして、俺が学校側から処罰を受けることはない。

 けれど、そうすれば、戸塚はこの冷たくぬかるんだ地面の上で野ざらしになり、ただでさえボロボロな体を更に追い詰める結果となるだろう

 戸塚を助けたい──なんて気持ちはさらさらないが、クラス1の功労者が迎える最期としては、あまりにも不格好だ。

 それに、このまま野垂れ死なれたりしたら、いくら何でも目覚めが悪すぎるよな。

「......重い」

 背中にかかる重みを感じながら、俺は浜辺へと足を向けた。

 

 ───────────────────────────

 

 船まで戸塚を運び、諸々の手続きをした後、ベースキャンプに戻った頃には、10時を回っていた。洞窟からは一切の光が漏れ出ていない。もう遅い時間だ。皆、眠っているのだろう。

 ──この男を除けばだが。

「随分と帰りが遅かったな。Dクラスのベースキャンプに向かったと聞いていたが」

「森下を連れ戻しにな。けど、結局あいつとは会えなかったよ。もうこっちに戻ってきてるんだろ?」

 経緯は謎だが、Dクラスでボヤ騒ぎが起きた際、森下はDクラスの生徒達から、放火の疑いをかけられ、逃亡したという。

 綾小路からその情報を聞いた俺は、島内のどこかで身を隠しているかもしれない森下を捜索したが、本人は一直線にAのベースキャンプに帰還していたのだ。つまり、俺の行動は全て徒労に終わったということだ。

「ああ。点呼の開始前にはな。戻ってきた直後の森下は随分と憔悴していたようだったが、Dクラスで何かあったのだろうか?」

「知らん。色々あったと聞いてるが、詳細は明日改めて追及することにする。今はもう寝てるだろ?」

「そうだな。俺以外のAの生徒は全員眠っているはずだ」

 誰が決めたわけでもないが、Aクラスの生徒達は、皆10時を回る頃には、全員が床についている。

 というのも、やはり夜の時間を作ってできることが少ないからだ。

 洞窟の外は、深い森に覆われ、月の光も微かにしか届かないし、中も当然暗闇に包まれている。

 Aクラスは複数のランプを購入物資として保有しているため、闇夜の中の行動も一応可能ではあるが、日中に比べれば、効率は落ち、危険も増す。

 戸塚が良い例だ。あいつの場合は疲労やストレスなどの様々な原因も重なっているが、夜の暗闇が包む島内を懐中電灯1つで無理に歩こうとしたから、あのような悲劇を呼び寄せた。

「葛城は、俺と戸塚を待っててくれてたんだよな」

「無論だ」

「そうか。なら、もう戻ろうぜ」

 俺は葛城の横を通り抜け、洞窟内へと足を進める。

「何を言っている。戸塚がまだ──」

「戸塚はリタイアした。ここに戻ってくることはもうない。次に会うのは、船上だ」

「なっ......一体、どういうことだ!?」

 普段は冷静沈着な葛城が、珍しく動揺した姿を見せ、声を荒げる。

 けれど、俺はそんな葛城には構うことなく、「詳細は明日伝える」とだけ言って、一直線に男子テントへと向かう。

 悪いな、葛城。

 今日は色々ありすぎて、さっさと寝たいんだ。

 戸塚の件は、リタイアまでの経緯を説明して、「はい、そうですか」で終わる話じゃない。

 これは言うなれば、派閥争いに繋がる話なのだから。

 

 ───────────────────────────

 

 無人島試験におけるAクラスの活動は、朝7時から始まる。

 7時を過ぎてもテントに籠ったままの生徒がいれば、心を鬼にしてたたき起こすのが、Aのルールだ。まぁ、真面目で従順な生徒が多いAクラスには、今のところそういった寝坊助はいない。

 ──ただ1人を除いて。

「芦名くん、連れてきましたよ」

「......意外と強引ですね、白石飛鳥は。それで、私に用とは何ですか?芦名善」

 女子用テントから歩いてきた白石の右手には、恨めし気な視線をこちらに送る森下が繋がれていた。睡眠があまり取れていないのか、目の下にはうっすらとクマができていた。

「昨日の出来事についてだ。当然、心当たりはあるよな」

「......昨日?心当たり?何のことでしょうか?」

 一瞬の沈黙を挟んでから、森下が顔色を変えずにすっ呆ける。

 流石のポーカーフェイスだ。普段から無表情を貫いているだけある。

 けれど、昨日、Dクラスのベースキャンプで森下が何かしらの騒ぎを起こしたことを綾小路から伝え聞いている俺からすれば、そんな森下の姿は滑稽に映っていた。

「Dクラス。火事。逃亡」

「何だよ、その穏やかじゃなさそうなキーワード......」

 俺が発した3つの単語に吉田が顔をしかめる。

 当の森下は......まだ、無表情を保っていた。

「はて、急に何を言いだすのでしょうか?」

「お前は昨日、Dクラスのベースキャンプに潜入しようとした。そうだよな?」

「ええ、それは否定しませんよ。書き置きも残していましたし」

 書き置きというのは、白石が発見した『D』と書かれた用紙のことだろう。

「なら、Dクラスでボヤ騒ぎが起きていたことも当然知ってるよな」

「......知りませんね。私は早々にあの場所を去ったので。もし、あなたの言うボヤ騒ぎが起きていたのであれば、それは私が去った後のことでしょう」

 なおも知らぬ存ぜぬを突き通そうとする森下だったが、俺は森下の視線が少しだけ泳いだのを見逃さなかった。

「嘘だな。ボヤ騒ぎがあった際、お前がDのベースキャンプにいたという情報を掴んでいる」

「それは確かな筋からの情報なのですか?」

「当然だ。Dクラスの綾小路が言ってたからな」

 ソースは綾小路。これ以上に信用できる情報源は存在しないだろう。

 そう言うと、ここにきて初めて、森下の表情が微かに崩れた。不服そうにジト目で俺を睨みつけてくる。

「......1つ、簡単な問いを提示しましょう。その何処の馬の骨とも知れないDクラスの男と、この数か月間、共に派閥闘争を生き抜いてきた相棒とも言える私。どちらが信頼に足りますでしょうか?」

「綾小路」

「芦名派閥の皆様、聞きましたか?まさかの即答ですよ。この男は既にDクラスの綾小路とかいう男に洗脳されてしまったに違いありません」

 

 そう周りに訴えかける森下に対し、吉田、島崎、西川、白石の4人は同意することもなく、困った顔で森下を見つめ返していた。

 日頃の行いというやつだろう。いつも森下に追い詰められてばかりいる俺だが、今日は珍しくこちらが優勢だ。良い機会だ。四面楚歌の森下に更なる追い打ちをかけてやろう。

「綾小路の言葉が信用できないと主張するなら、今度は他のDクラスの生徒に直接聞き込みをしに行くのはどうだ?ボヤ騒ぎがあった時、森下がその場に居合わせていたかどうかをな」

「な、なんという鬼畜な男でしょうか......皆さん、残念ながら、この男はおそらくDクラスと通じています。口裏を合わせて、私を放火魔として仕立て上げる準備が既にできてるようですよ」

 またも吉田達に助けを求める森下だが、誰一人として要請に応じてくれる者はいないようだ。

「芦名がお前を放火魔に仕立て上げるメリットはなんだよ......つか、やばくないか。森下がほんとに放火したってんなら......」

「間違いなく、今回の試験の結果に影響が出るだろうな。最悪、失格になるかもしれない」

 顔を青くしながら頭を掻く吉田に、神妙な面持ちで島崎が答える。

 島崎の隣に立っている西川も珍しく、動揺しているようだった。

 当然だ。クラスメイト、それも同じ派閥の人間に放火魔の疑いがかかっていると知れば、普通は冷静ではいられないだろう。

 しかしながら、この場には普通じゃない反応をしている人間が1人だけいた。

 最近、俺目線での警戒レベルをじわじわと上げてきている白石だ。

 白石は特に焦った様子もなく、いつもと変わらない柔らかい笑みを森下に向けていた。

「森下さん、安心してください。放火程度なら、きっと芦名くんが揉み消してくれます」

「放火した前提で話を進めようとするの、やめてもらえますか?」

 さらっと犯人扱いする白石に、森下が困ったように眉尻を下げた。

 森下にドン引きされるとは、来るところまで来たな。

 ちなみに、白石に片思い中の吉田も引いている様子。おそらく、吉田が白石に対して感じていた、ミステリアスな雰囲気を放つ美少女という印象は少し薄れてきているんじゃないかと思う。

 ミステリアスを超えて、不思議ちゃんを超えて、遂には『森下』の領域にまで踏み込もうとしている。

 あと、俺に放火を揉み消すほどの権力は当然ない。どんなイメージだよ。

「......仕方ないですね。もう降参です」

「それは罪を認めるってことでいいのか......?」

 両手を挙げ、やれやれとため息をつく森下に問う。

 流石に放火はないだろうと思っていたが、まさか本当にやらかしたのだろうか。

「いえ、私は無罪です。ただ、Dクラスの生徒達に放火の疑いをかけられたという点に関しては認めることにします」

「正直に答えてくれる気になったってことでいいんだよな?じゃあ、次だ。なんで疑いをかけられることになったんだよ」

「いいでしょう。しかし、今から話す内容は涙なしには語れない内容ですよ。何故、私が放火の疑いをかけられてしまうことになったのか。あれは昨日のことでした。雨の気配を感じる曇天の中、薄暗い森を──」

「端的に」

 森下のペースに呑まれることを危惧した俺は、結論を話すように促す。

 すると、俺の反応が面白くなかったのか、森下はむっと唇を尖らせた。

「Dクラスのベースキャンプにこっそり潜入してたところ、付近で火の手が唐突に上がったのです。疑われることを避けたかった私はすぐさまその場を離れようとしたのですが、それが逆に怪しく映ってしまったようで疑いを掛けられてしまいました。終わりです」

 涙なしには語れないとは何だったのだろうか。

 あまりにも短い説明で、森下の弁明は終わった。さっき言いかけた曇天のくだりとか絶対に必要なかっただろ。

「それだけかよ」

「端的に言えば、ですよ。本当はたくさんのドラマが詰まっているのですが、芦名善が急かすものですから、泣く泣くカットしたのです」

「そのドラマに関しては、暇な時に聞いてやる。それで、だ。お前の放火の疑いについてだが......」

「え、まさか信じてないのですか?やはり、これは事細かい情景描写も取り入れるべき──」

「推定無罪。以上」

 放火の件に関しては、一旦ここで締めくくることにした。

 もうすぐ点呼が始まるしな。

 

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