変な女子に目をつけられてしまった哀れな男   作:無無

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ランチメイト

 入学式を終え、敷地内の利用に関する諸々の説明を受けた後、その日は解散となった。

 時刻はまだ昼前の午前11時。寮の部屋に戻るには早すぎる時間だ。

 昼食の調達がてら、敷地内の探検でもしてみようか。

 敷地内にはケヤキモールという大型のショッピングモールがあり、一般的な定食屋、中華、フレンチ、イタリアン、ファーストフード等、豊富な飲食店がテナントとして入っているという。

 学食やコンビニ弁当で済ませるのは味気ないので、せっかくだし色々と店を見て回って吟味しながら、ランチに興じたいところだが──さて、クラスメイトの誰かでも誘ってみようか。

 森下は解散になるやいなや一瞬で姿を消していたため、選択肢には入らない。

 まあ、たとえこの場に残っていたとして、誘ったかどうかはわからないが。

 森下以外で現時点で面識があるクラスメイトは橋本のみだが、あいつはつい先ほど女子を連れて、仲睦まじげにモール方向に向かっていったのを見た。入学初日とは思えない積極さだと感心してしまうが、コミュ強でそこそこ顔も良い橋本にとってはなんてことないのかもしれない。

 俺のことを知っているらしい橋本。できれば、俺の過去について触れ回らないようやんわりと口止めしておきたかったところだが、クラスメイトである以上機会はいつでもあるだろう。

 さて、誰を誘おうと考えている内にクラスメイトはもうほとんどこの場から去ってしまっていた。

 今日は、もうぼっち飯でいいか。おそらく、新入生は皆ケヤキモールに殺到するだろうから、早い内に良さげな飲食店を見つけよう。

 そう決心し、出口に向かおうとしたところだった。

「......クソっ......ちくしょう。俺はなんて臆病者なんだ」

 俺と同じく棒立ちになって、何やら涙ぐんでいる男が正面に見えた。

 こいつは確か──吉田だ。

 教室では一つ前の席に座っていて、真嶋がSポイントの説明を行った際、ただ一人質問した男。

 自己紹介では活発そうな印象を受けたが、今の吉田からは不気味なほどまでに負のオーラが滲み出ていた。

 よほどショッキングな出来事があったのだろうか。吉田の背中は随分と小さく見えた。

 声をかけるべきか。良識的な感性がある人間なら、クラスメイトが落ち込んでいる姿を見れば、何か励ましの言葉を送ったり、相談を聞いたりするのが正解の行動なんだろうが......悪い、吉田。

 落ち込んでいる人間に声をかけると面倒なことになると、俺の経験則が言っている。

 残酷な判断かもしれないが、俺はお前よりランチを優先する。もたもたしてたら、入れる店もなくなるかもしれないしな。

 心の中で謝罪して、改めて出口へと歩き始めるが、吉田の横を通り過ぎる瞬間、「......お前はいいよな」と何ともか細い声が聞こえた。

「それは、もしかして俺に言ってるのか?」

 思わず、足を止めた。

 すると、吉田はぎぎぎっと油をさしていない機械のようなぎこちなさでこちらに向かって首を半回転させた。

 この男、泣いている......悔しさと、そして何故か怒りの籠ったような鋭い目つきで俺を睨んでいた。怒りの感情を向けられる覚えなんてまるでない。

「当然だ。今、体育館に残ってるAクラスの生徒は俺とお前だけだ、芦名」

「そうみたいだな。けど、俺は『いいよな』なんて言われても、まるで意味がわからない。羨ましがられるようなことをした覚えはない」

 そう正直な気持ちを口にすると吉田がカッと目を見開いて、がっしりと両肩を掴んできた。

 な、なんだこいつ!?

「芦名っ。お前、入学初日のくせして女の子とイチャイチャ会話しやがって!一番むかつくのは橋本だが、お前は二番目にむかつくぜ!!」

「女の子!?イチャイチャ!?突然何言ってんだお前っ」

 俺のことを別の誰かと勘違いしているのだろうか。

 それほど記憶に残らない自己紹介ができたのであれば、俺の思惑どおり進んでいるということになるが、覚えのない出来事で怒りを買うのは心外だ。

 ──いや、待てよ。もしかして、その女の子っていうのは......。

「まさか、森下のことを言ってるのか?」

「そうだよっ。それ以外に誰がいるんだよ!くっそー、自覚がないんだとしたら猶更タチが悪いぜ!オラッ、俺に謝罪しろ!何喋ってるかはあんまり聞こえなかったが、楽しそうに会話してるのが前に座っている俺にはよーく感じ取れたぜ!」

 馬鹿な。あれが楽しそうな会話に感じ取れたとか、こいつのセンサーはバグってるのか?

 こっちは森下の奔放な語り口調にペースを乱されまくっていた覚えしかない。

「別に普通に話してただけだろ。それにお前だって、隣の女子と楽しそうに会話してなかったか?」

「そう見えたか?けど、実態は俺が空回りし続けて、隣の──白石は愛想笑いを返してくれるだけだったよ」

「なら、俺達は似たもの同士ってことだな。周囲からは一見楽しそうに見えても、その実それほど会話が盛り上がっているわけではなかったってことだ」

 それに、俺からすれば愛想笑いが返ってくるだけマシだ。

 こっちは無表情で毒と妄言を吐かれ続けただけなんだからな。

「......なるほど。イチャイチャは俺の勘違いだったってことか。確かに本当にイチャイチャしていたのなら、今頃は体育館なんかに残らずに、森下と二人でランチを楽しんでるはずだ」

 どうやら納得してくれたらしい。 

 さっきまでの剣幕は嘘だったかのように、吉田は落ち着きを取り戻していた。

 良かった。変に邪推するような奴じゃなくて。

「悪かった。お前も俺と同じで失敗してたんだな。意気揚々と隣の席の美少女にトライして、無様に敗北したわけだ」

「ん?ま、まあそうなるな」

 何か誤解されている気がするが、ここは一応賛同しておく。否定すると、面倒そうだし。

「......新生活の滑り出しは大失敗だと思ったけど、そこまで悲観することじゃないらしいな。別にフラれたわけでもないし、何より同じ境遇の友達ができた」

 吉田が俺の肩をぽんと叩く。

 つい先ほどまで泣き腫らしていた顔には涙の跡だけが残っていて、今はとても爽やかな表情をしている。感情の波が激しいやつだ。

 「いくぞ」と吉田が前を歩き始めたので、とりあえず着いていくことにした。

 どうやら、ぼっち飯は回避できるらしい。

 

 ───────────────────────────

 

 俺達が入ったのは、某有名ファーストフードチェーン店だ。

 入学初日で所持金も10万あるのだから、お高めな店を選択するのもアリなんじゃないかと提案したが、吉田の「辛い時はハンバーガーをコーラで胃に流せば解決する」という持論を持ち出せれて、俺は渋々納得することにした。

 店内はそこそこ込み合っていたが、何とか席を確保することができた。

「そういえば、吉田はなんでさっき泣いてたんだ。臆病がどうとか言ってた気がするが」

「ああ。あれはな......正直情けない話であまり聞かせられるようなものじゃないんだが、芦名にならいっか」

 つい先ほどテーブルに届けられた出来立てのハンバーガーを頬張りながら、吉田が語り始める。

「実は、白石をランチに誘おうと思ったんだ」

「ああ、隣の席の」

 白石飛鳥。吉田の隣の席──つまり、俺の斜め前に座る女子生徒のことだ。

 直接話していないから詳しいプロファイリングはできなかったが、物静かで少しおっとりとした雰囲気を持っている、というのが自己紹介では感じられた。ちなみに男子からの受けはすこぶる良かった。

 言葉には出さないものの、熱烈な視線がいくつも白石に向けられていた。

 その中には、当然吉田も含まれている。

「上手く会話ができなかったのが悔しくてさ。挽回するなら、ここだ!って思ったんだ」

「それで、結果はどうだったんだ?」

「......誘えなかったんだよ。だから、俺は臆病者なんだ。理事長が小難しい話をする中、どうやって誘うのが自然かずっと考えてたんだけどさ。いざ、入学式が終わってみて、いざ誘おうと思うとまるで体が動かなかった」

 ハンバーガーの包み紙をくしゃっと悔しそうに吉田が握りつぶした。

 俺はまた吉田が泣き始めるんじゃないかとハラハラしていた。

「俺はその場から動けず、他の女子達と談笑しながらモールに向かう白石を呆然と見てることしかできなかったんだ」

「......そうか。でも、良かったじゃないか」

「はぁ!?何がだよ!全然良くねーよ!」

 小さいテーブルはばしっと叩きつける吉田。

 俺はどうどうと諫めると、吉田の肩に手を置いて言った。

「落ち着け。お前の話だと、白石は女子と一緒にモールに行ったんだろ」

「そ、そうだけど......」

「男子とは行ってないんだろ。お前は臆病風に吹かれたかもしれないが、まだ先は越されてない。気づいてないのか?お前以外にも何人かは白石を狙ってるってことに」

「な......!?」

 吉田の顔が一瞬にして青ざめる。

 この様子だと、ライバルの存在に気づいてないどころか、考えもしなかったらしい。

「だ、誰だ!そのライバルってイケメンじゃないよな!?」

「一番に気になるのがそこかよ。それと、どんな奴がライバルかは教えられない」

「お、おいおい!教えてくれたっていいだろ!」

「お前のためだ。クラスメイトを恋敵として意識したくないだろ」

「そ、そりゃそうだけどさぁ......でも、匂わせておいて、それはひどいぜ」

「確かにそれは俺が悪いな。じゃあ、一つだけ教えておくと、橋本は違うからな」

 そう言うと、吉田の顔に少しだけ安堵が生じる。

 どうやら、ライバルとして真っ先に頭に思い浮かべたのが、橋本だったらしい。

「でも、興味は持ってるかもしれないな。狙えれば狙おう的な感じで」

「さっきからお前は俺を翻弄して楽しいのかっ!?」

 悪い。正直言って楽しい。

 失礼な話、感情の揺れ動きが激しく表情にも出やすい吉田は、実に観察のしがいがある。

「けど、安心しろ。今日に限って言えば、別の女子をランチに誘ったみたいだからな」

「確かにな......でも、明日は違うかもしれない」

「それはそうだな。ただ、焦りは禁物だ。何の準備もせずに挑めば、かえって白石に悪い印象を与える可能性がある」

「け、けど、白石って入学初日で俺を含めた何人かの男子から注目されてんだろ!?行動は早く起こすに限るって!」

 俺が中途半端に情報を与えたことにより、吉田はかなり焦りを感じてしまっているらしい。

 けれど、ここで吉田が無策で特攻しても正直希望は薄い。白石が実は既に吉田に一目惚れしてる、あるいは物凄く押しに弱いといった性質を持っていない限り。

 だから、ここは安心材料を与えてやることが重要だ。

「吉田。お前は白石と同じクラスで隣の席。物理的な距離と話す機会の多さという点においては、この学校の誰よりもアドバンテージがある。白石の前、後ろ、右隣りの席は幸運にも全員女子だ」

「お、おおおおおおっ!!そう聞くと、俺って凄い恵まれてる!?神も俺に味方してるってことだよなぁ!」

「そうそう、神も吉田に味方してるだろうな」

 適当に相槌を打つと、吉田はLサイズの容器に入ったコーラを一気に呷り、喜びに体を打ち震わせる。

 なんか、ここまで乗せられやすいと逆に怖いな。

 将来、吉田が怪しい詐欺に引っかからないか心配になってきた。

「いや、もしかすると神はお前かもしれないな!......いや、待て。お前なんで白石の前後左右の席構成しっかり覚えてんだよ!まさか、お前も狙ってるとか......ってそんなわけないよな。お前は森下狙いなんだからな」

 吉田が安心しきった表情でにかっと笑った。

 乗ってしまった俺も悪いが、早くこの誤解も解かないといけないな。

 俺はハンバーガーの最後の一口を頬張った。

 

 

 

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