変な女子に目をつけられてしまった哀れな男 作:無無
「よし、飯食いに行くか」
午前の授業が終わると、吉田が立ち上がり言った。
4月も終盤だが、基本的に昼食は吉田と一緒に摂ることが恒例となっていた。
たまにAクラスの他の男子も誘うことがあり、おかげでかなり交友関係を広げることができている。コミュ力が高い吉田さまさまだ。
俺一人だったら、こうはいかなかっただろう。
「今日は何食うかな」
券売機に並ぶ吉田が伸びをしながら、言った。
「たまには趣向を変えて、山菜定食はどうだ?」
「ばっか、食べ盛りの男子高校生が山菜定食で満足できるかよ」
「でも、無料だぞ」
「いやいや、俺達は月10万貰ってんだぜ?タダってのは魅力的かもしれないけど、俺は多少金出してでも美味しいもの食いたいね」
前々から山菜定食への挑戦を提案してきたが、吉田にはお気に召さないらしい。
高度育成高等学校の食堂には、無料で注文できるメニューが存在する。
それが山菜定食。食べてる人はあまり見ないが、質素で健康には良さそうなので、俺的には悪くないんじゃないかと思っている。ただ、カレーやとんかつ定食等の人気メニューと比較すると、山菜定食だと物足りないのも事実。
俺も毎度選択肢には入れているものの、結局は別メニューを選んでいる。
「......カレーにするか」
「ほら、やっぱ山菜定食は選ばないだろ?じゃあ、俺もカレーで」
配膳台で出来上がったカレーを受け取ると、俺達は席へと進む。
よし、席についたところでいつもの話題に入ろう。
心苦しいが、吉田のためだ。
「で、今日も誘わなかったんだな」
「え!?ま、まあな。誘うにも準備ってもんが必要だろ」
カレーにがっつく直前、俺の言葉によって吉田のスプーンが止まった。
早くに吉田の顔には冷や汗が流れていた。
「白石を食事に誘うと言ってから、もう一か月が経過しようとしているみたいだが」
「そ、それはだな。ま、まあ?毎回誘おうとは思ってるんだ。でも、誘いをかける前に西川のやつが白石を搔っ攫うんだから仕方ないだろ!?」
「なら、事前に確認を取っておけばいいだろ。あと、昨日、二年の男子に告白されたらしいぞ」
「うっそだろ!?結果はどうなんだよ!」
突如告げられた驚愕の事実に吉田が目を見開く。
「安心しろ。噂によると振ったらしい」
「なんだよ、ビビらせんなよ......つか、入学して間もない一年を口説こうとするとか手が早いな、その二年。あと、相変わらずお前は耳がはやすぎ。どっからそんな情報仕入れてくるんだよ」
「本人とその周囲からだ。尤も直接聞いたわけじゃないけどな」
「盗み聞きかよ。でも、お前のその地獄耳を活かした白石速報には毎度感謝してます」
吉田が拝むように手を合わせてくる。
そう、俺は入学式のあの日、吉田と出会った頃から白石との恋路が上手くいくようにサポートしている。
今のところ成果が出る可能性はゼロに等しいが、そのゼロをどれだけプラスにできるか試行錯誤している。今みたいに、白石関連の情報を仕入れて伝えたり、白石へのアプローチを催促しているのだが、毎回吉田が日和るため、ファーストステップも踏めていない状況だ。
「できる限り、力は尽くす。俺にできることは事前準備だけ。後は吉田の勇気次第だ」
「あ、芦名。俺はお前という友人を持てて幸せだ。お前も森下関連で悩みがあったらいつでも相談しろよな」
「いや、前も言ったが、あいつとは結局何もないんだって。ただ、悩みとして色々ある。例えば、授業中に脇腹を何度も小突いてくるとかな」
「おいおい、そりゃあスキンシップってやつだろ。正直言って悩み風自慢にしか聞こえないぜ。もし、白石と授業中にそういうスキンシップができたらどんなに幸せかって話だ」
何度も森下との関係性については説明してるんだけどな。実際、Aクラスでは森下藍という人間は奇行を繰り返す変人というイメージが通っており、吉田もそのことは認知しているはずだ。
ただ、いまだに森下のことをちょっと変わり者の不思議ちゃんと思っている節もある。
森下は顔だけはそこそこ良いものだから、そんな女子と良くも悪くも近い距離で会話できることを羨ましがっているのだろう。
いつか森下と吉田が席替えなどで隣の席になる機会があれば、やつの脇腹への突きの威力が笑えないものだと理解してくれるはずだ。
「っと、全然食事進んでねーな。芦名、食事のペースアップな」
逃げたな、こいつ。まあ、いつものことだ。
その後、適当な雑談を交えながら、俺達は昼食を済ませた。
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5月1日。この日は、朝からAクラスの教室がざわついていた。
慌てた表情で口走る言葉は皆同じ──ポイントの支給額がおかしい。
今日が支給日ということ自体、頭からすっかり抜けていた俺は、先に教室に着いていた吉田の話を聞いてようやく気付いた。確かに支給額は4月に比べて6千ポイント少ない。
つまりは、9万4千ポイントが5月の支給額。
学校側が支給額を誤ったのではないか、他のクラスの生徒はもっと少なかったらしいと様々な情報が錯綜したが、最終的には真嶋が来てから聞けばいいということで、一旦Aクラスの喧騒は収まった。
ちなみに話をまとめたのは葛城だ。こういう時、皆をまとめられるリーダー的存在は重要だと考える。
学級委員という明確な役割は存在しないが、葛城はAクラスにおけるリーダー枠に収まりつつあるのかもしれない。
「お前はそこまで焦ってなさそうだな」
隣で涼しい顔をしていた森下に尋ねる。
「都合が良すぎる話には必ず裏があります」
「夢がないな」
「芦名善だって月に10万ポイント貰えるなんて思ってなかったでしょう。人の心を信じられず、何か裏があるんじゃないかと疑わずにはいられない芦名善らしい考え方です」
「身に覚えのないレッテルを貼るのをやめろ」
「レッテルじゃなくて、事実です」
入学して一か月が経過しても、相も変わらず森下はこの調子だ。
今のところは森下の奇行と毒舌を隣の席の俺が受け止め続けているが、もし席替えでもしたらと思うとゾッとしない。クラスメイトへの森下への評価は変人から奇人へと変わることだろう。
いや、だいたい同じか。
朝礼の1分前になると、真嶋が教室にやってきた。
クラスメイト達は早く支給額の真相を問いただしたいと目で訴えているが、真嶋は特に気にする様子もなくいつも通り朝礼を進めていった。そして、最後に。
「──さて、お前達が聞きたいことについて話そう。もちろん、本日支給されたポイントについてだ」
やはり、きたか。
「まずはこれを見てもらおう。お前達なら、すぐに理解できるはずだ」
真嶋が手に持っていた筒から、白い厚手の紙を広げて黒板に貼り付けた。
磁石止めされた紙に書かれた内容を見て、クラスメイト達が次々と目を見開く。
中には、内容の意味がわからず首を傾げている生徒もいたが、おそらく大半は瞬時に理解したことだろう。
紙面には、AクラスからDクラスが上から縦に並べられ、文字の横にはそれぞれ三桁の数字が書かれていた。
Aクラス 940
Bクラス 650
Cクラス 490
Dクラス 0
Aクラスの横には、見覚えのある数字が書かれていた。
正確に言えば、桁が2つ少ないが、上三桁は一致している。
俺達が本日支給されたのは、9万4千ポイント。そこから桁数を2つ減らした数字が書かれているのだ。
そうなると、後は単純。
他のクラスも紙の数字の100倍のポイントを支給されたであろうことが伺える。
まあ、Dクラスに関しては0に何をかけても0のままだから、さぞ悲惨なことだ。
おそらく今頃、Dクラスは阿鼻叫喚に溢れているのではないだろうか。この一瞬だけはDクラスに配属されなかったことが悔やまれる。
「なるほど。真嶋先生、理解できました。それらの数字が、本日、俺達に支給された額と密接な関係を持っているということが」
「そのとおりだ。他の者も理解できているようだな」
真嶋がクラスを見渡して、言った。
けれど、数字の意味がわかったところで、クラスメイト達には新たな疑問が生まれたはずだ。
その疑問を代弁したのは、またしても葛城だ。
「ただ、それとは別に説明をしていただきたい。支給額がなぜ変動し、クラス間でこれほどまでに数値の差が開いているのか。俺の解釈が正しければ、Dクラスの支給額は0ポイントということになります」
「......数値の差、か。要はこのクラスは優秀な生徒が多いクラスということだ」
「む、それはどういう......」
含みを持たせた真嶋の返答に葛城が若干たじろぐ。
しかし、真嶋の真意を理解できたのか、もう一度口を開いたその時だった。
「──この学校は、実力で生徒を測る。10万ポイントは、この学校に入学したお前達の価値と思ってくれていい......でしたよね」
これは、真嶋が入学式の日に俺達に言った言葉だ。
そして、それを今この場で引用した生徒──坂柳有栖にクラスの視線が集まる。
「真嶋先生は元より答えを提示していました。10万ポイントは、入学した時点での私達の価値。しかし、今はもう一か月が経過しています。その間、何を想い、どう振舞ったかで私達の価値も上下します」
教室にいる誰もが目が離せなかった。
葛城のような威厳はないはずなのに、吸い寄せられてしまう魅力を坂柳という女子生徒は持っていた。
一言一句聞き逃してはならない。本能に従うように、命令に従う従順な兵士のように、静かにただ、じっと坂柳の次の言葉を待っていた。
「入学時点に比べ、60ポイント分、私達Aクラスの価値が下がったのでしょう。内訳については私の知るところではありませんが」
「て、てことはDクラスは!?」
「残念ですが、彼らは1000ポイント分──あるいはそれ以上に評価が下がるようなことはしていたのでしょう。考えられるのは、遅刻、欠席、後はこの間行われた小テストの結果も関係しているのかもしれませんね。わかりやすい例でいえば、内申点が一番近いのかもしれませんね」
なるほど、と感嘆の声がちらほらと上がる。
この短いひと時で、坂柳は多くの生徒から一目置かれたはずだ。
葛城は少し悔しそうだった。おそらく、坂柳と同じ結論か、近い結論を導き出せていたのだろう。
ふむ、坂柳は勿論、葛城も中々に味わい深そうなやつだ。
「慧眼だな、坂柳。今から説明しようと思ったことをほとんど言われてしまったな。Aクラスの諸君。坂柳が言ったように、今皆の前にしている数値はこの一か月でのポイントの増減の結果だ。指標はお前達の普段の素行、実力が基準となっている。遅刻や欠席、授業中の居眠りなどは勿論のこと、些細なミスが首を絞めることになると思え。まあ、これはあくまで一例だ。詳しい内訳については生徒には秘匿することになっている」
真嶋の言葉に教室中がひりつく。
要は連帯責任ってわけだからな。自分一人がミスすることで、クラスに迷惑をかけてしまうのだ。
そして、その迷惑というのは人が最も重要視する要素の一つ、金銭に繋がってくる。
クラス中が息を呑む中、追撃するように真嶋は言った。
「では、ここで早速、お前達の実力を示す指標の一つ、小テストの結果を発表する。これを見ろ」
そう言って、真嶋はさっきの紙に重ねるようにして、厚紙を黒板を貼りだした。
「うわっ。晒し首かよ。容赦ねえ......」
晒し首。言いえて妙かもしれない。厚紙にはクラス全員の名前と点数が書かれていた。
でも、吉田。お前、ちゃっかり70点取ってんじゃねーか。
お馬鹿キャラのくせにそこまで悪くない点を取ってるのが生意気だ。吉田みたいなタイプは30点くらい取って絶望に嘆くことで初めて可愛げが出てくるというのに。
「お、おい。芦名お前っ。85点とか天才かよっ。お前みたいなクールなキャラは勉強ができないとかそういう弱点があって、初めて可愛げが出てくるんだぞ!」
まさか、晒されることになるなんてな。
こんなことなら、65点くらいに──いや、吉田に負けるのは癪だから75点くらいに調節しておけばよかった。
「生意気ですね、芦名善。この私を5点上回るとはどういう了見ですか」
森下も森下でそこそこ頭が良いらしい。
こいつ、頭が良いタイプのやばいやつだったのか。ますます、危険だな。
それにこの不服そうな顔。授業中の脇腹への突きが一層激しくなりそうだ。こいつは多分自分の奇行によるクラスポイントの低減とかあまり気にしなさそうだし。
やっぱ、75点が理想だったかもしれないな。
次はもう少し抑えよう。
前と右のやかましさに呆れた俺は天井を見上げた。