変な女子に目をつけられてしまった哀れな男 作:無無
「芦名君主催の勉強会、私もご一緒していいですか?」
声の主は思わぬ人物だった。
白石飛鳥──入学初日に吉田が一目惚れした女子生徒。
常日頃から吉田が頻繁に名前を出すものだから、勝手に親しみを覚えていたが、実のところ、俺は白石とまともに言葉を交わしたことがなかった。席は近いから挨拶程度は交わすが、それだけだ。
だから、ここは白石と話す機会が多い吉田に応対を任せたかったのだが、残念なことに吉田はフリーズしている。突然の白石の勉強会への参加希望に脳がショートしてしまったらしい。
普段うるさいくらいに白石への愛を語っているのに、いざ本人からアプローチされるとこれだ。肝心な時に使えないやつめ。
冷めた目で吉田を見てから、俺は改めて白石に向き直る。
「もちろん構わないが。意外だな」
「意外、ですか?」
白石がきょとんと首を傾げる。
「だって、葛城の勉強会には参加してないんだろ」
「ええ。クラスメイトとの交流を深められるのは魅力的でしたが、私は大人数があまり得意ではなくて。小規模な勉強会があれば参加したいと思っていたところ、芦名君と吉田君の会話が耳に入ってきたので......すみません。盗み聞きみたいで感じ悪いですよね」
申し訳なさそうに白石が頭を下げた。
けれど、俯きながら若干上目遣いでこちらの様子を窺ってくるあたりがちょっとあざとい。
「そんなことはない。ただ、勉強会って言っても吉田がいきなり言い出したことだからな。本当に開催するかは──」
「時間は水曜日と金曜日の放課後。今日は木曜日だから、明日が第一回になる予定だ。な、そうだよな!?」
「はぁ?......ああ、そうだよ。明日やる、らしい」
フリーズ状態から復活し勝手にスケジュールを組む吉田に苛立つも、あまりにも目がマジだったため、俺は渋々受け入れる。
吉田は、この機会を絶対に逃すまいと考えているらしい。
確かに好きな女の子が一緒に勉強したいって言ってきたわけだから、今の吉田の気迫にも納得だ。
ここで俺が言葉を濁して、勉強会自体がおじゃんになれば、これから三年間、吉田からネチネチと小言を言われるのは想像に難くない。まあ、吉田のおかげで俺の人脈も地味に広がりつつあるし、恩返しとして多少は協力してやってもいいかもしれない。
「明日ですか、わかりました。それで場所についてですが......あ、真嶋先生が来たので詳しい話はあとで」
楽しみにしてます、と小声で言うと、白石は自席に戻っていった。
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放課後になった。この日の吉田は、様子がおかしかった。
いや、いつもおかしい気はするが、白石の勉強会参加が決まってからは特におかしかった。
授業の合間で白石と勉強会の詳細について話しあっていたのだが、吉田は気合が入りすぎたせいか、完全にから回っていた。俺としてはドン引きだったが、白石はそんな吉田を微笑ましそうに見ていた。
もしかして、白石も吉田に気があるのではと一瞬思ったが、どうなのだろう。
突然、勉強会への参加を申し出てきたのも、吉田と一緒に勉強がしたかったと考えれば納得がいく。
案外脈ありなのか?
ぎこちない感じはあれど、普段から吉田は積極的に白石とコミュニケーションを取ろうと頑張っている。
その努力が実を結び、遂には白石から好意を寄せられる結果となったのかもしれない。
──ただ、それはあくまでも希望的観測。
俺は、白石飛鳥という女子生徒の心の内がまるで読めないでいた。
人間観察が得意であると自負しているが、白石は入学初日、自己紹介の段階から得体のしれない存在だった。
ここまで本心を見せない人間がいるのかと、驚いたものだ。
けれど、勉強会という閉ざされた空間で言葉を交わせば、あるいは白石の本心を垣間見ることができるかもしれない。吉田の応援も勿論するつもりはあるが、俺は俺で美味しいところは逃さず、じっくりいただこう。
「おい、帰らないのか?」
帰りのHRを終えてから、自席に座ったまま動かないままいる吉田に声をかける。
クラスメイト達は大半がもう教室から散っていっている。
「あー、そうだな」
空返事が返ってくるも、吉田は動こうとしない。
もうこのまま置いて帰ろうか。そう思った時だった。
「ちょっといいか」
「お前は......島崎か。どうしたんだ?」
声を掛けてきたのは、同じクラスの島崎だった。
席は俺の二つ右隣で、つまりは森下の右隣り。
今のところ被害は出ていないようだが、俺と同じくはずれくじを引いた者同士というわけだ。
「お前が開くという勉強会。俺も参加を希望していいか?」
こいつもか......。
吉田の戯言で開催が決定した勉強会──特にクラスに周知もしていないのに、なぜか参加希望者が出てくる。
さっきも白石と仲の良いらしい西川という女子も参加が決定したところだ。
「一応、理由を聞いていいか?ほら、葛城が既に勉強会を開催してるだろ。あっちには参加してないのか」
「している。ただ、もうこれ以降は参加することはないな。あそこで得られるものはないと判断した」
「そ、そうか」
中々はっきりモノを言うやつだ。まだ、ちらほらとクラスメイトが残っているのに、棘のある本心を隠そうともしない。
島崎は淡々とした様子で続ける。
「あれは、勉強会という名目の馴れ合いの場だ。別にそれが悪いことじゃないのはわかっているし、クラスにとってむしろ有益であることは理解している。ただ、俺が求めていたものではなかった」
なるほど。
島崎は純粋な学力向上のみを目的として葛城の勉強会へ参加したのだろう。
しかし、残念ながら島崎が求めるものはそこになかったと。
「けど、俺が──というか吉田が発案した勉強会も島崎が理想とする場じゃないかもしれないぞ。場所と時間は決まったけど、具体的にどういったスタイルで勉強会を実施するかはまだ決まっていない」
「構わない。合っていないと感じたら、次回から参加を見送るだけだ」
「そうか。今のところ、参加者は俺、吉田、白石、西川の4人だけど、構わないよな?」
確認を取ると、島崎は頷いた。
「4人の内、芦名と白石はこの間の小テストで上位を取っていた成績優秀者。吉田と西川も決して悪くない点数だった。参加者の平均的な学力で言えば、葛城主催の勉強会よりかなり高い。是非、参加させてほしい」
こうして、白石、西川に続き、新たな参加者が加わった。
正しく、勉学の求道者。癖があって面白そうな男だ。
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そして、勉強会当日。
参加メンバーは昨日の時点で決まっていた、俺、吉田、白石、西川、島崎の5人だ。
放課後になると、俺達は全員揃った状態で勉強会の開催場所、ケヤキモール内にあるファミレスへと足を運んだ。
念のため、勉強を主目的とした滞在が可能であるかを店舗に問い合わせたところ、他の客に迷惑にならなければいいとのことだった。もちろん、何かしらのメニューを頼むのが前提条件ではあるが。
「よ、よし。じゃあ、始めるか」
全員に飲み物が行き渡ったところで、吉田が勉強会の開始を切り出した。
若干口調がぎこちないのは、勿論この場に想い人である白石が同席しているからだろう。
加えて座席の位置としては、女子2人、男子3人がそれぞれ横並びになっており、吉田と白石は向かい合う形となっていた。意図したものではないだろうが、吉田の緊張を更に高める大きな一因となっているだろう。
ちなみに島崎は吉田の左側、俺は右側に座っている。
「あんまちゃんと考えてなかったんだけど、各々持参してきた参考書で勉強しつつ、わからない部分があったら互いに教え合うって感じでいいよな?」
「はい、それで良いと思います」
「うん、賛成ー」
「よろしく頼む」
こうして、俺達の勉強会は始まった。
合間に雑談を交えつつ、勉強する中で生じた不明点を互いに教え合い、平和に時間が経過していった。
吉田は最初こそ緊張していたものの、徐々にいつもの調子を取り戻し始め、元来の明るい性格で場を盛り立てていた。
そんな中、吉田が一つの話題を振った。
「それにしても、この間の急な試験範囲の変更には困ったよな。俺、この学校はそういうところ、もっとちゃんとしてると思ってた。一週間分の勉強の成果がチャラだぜ?」
「いや、お前ほとんど勉強してなかっただろうが。なんなら、学級外の時間で教科書開いたのは今日が初めてなんじゃないか?」
試験範囲の変更に嘆くポーズを取る吉田を指摘すると、白石が面白そうにクスクスと笑った。
「やっぱり芦名君と吉田君のやり取りは、面白いですね」
「だねー。吉田君のボケに対して、芦名君が良い感じにツッコミ入れるのがいいよね」
どうやら、女子陣から俺達のやり取りはウケがいいようだ。
別にこちらとしては自然な会話でしかないのだが。
「お、おい。これからもっとボケるから鋭いの頼むぜっ」
白石の好感触に活路を見出したのか、吉田がひそりと囁いてくる。
「無理にボケると空回りするからやめとけ」
「うっ、確かにそれはそうかも......わ、わかったよ」
納得してくれたようで良かった。
吉田の調子の良さは長所でもあるが、想い人を前にしたこの場においては自分の首を絞めることになりかねない。
「そういえば、島崎君って芦名君、吉田君と仲良かったの?教室であんま喋ったとこ見たことないんだよね」
そう、西川が島崎に水を向けた。
当然の疑問かもしれない。
俺と吉田は、参加者の勉強会への参加動機を知っているが、参加者同士はどういった経緯で今日の勉強会に参加することになったのかを把握していないのだろう。白石に直接誘われた西川は別として。
「教室外でも話すことはない。二人とまともに会話したのは、昨日が初めてだ」
「へー、それがまた、どうして勉強会参加に繋がったの?」
「休み時間にお前達が勉強会について話しているのが聞こえてな。興味を持って参加を表明させてもらったところ、主催者の芦名に快諾してもらったんだ」
「そうそう。俺が主催したわけじゃないけどな」
一応訂正しておく。このままだと、間違った理解が皆の共通認識になりそうだしな。
「へえ。ちなみに葛城君の勉強会には?」
「参加していたが、もうすることはないだろうな。俺にはあの空気は合わなかった」
昨日、俺に伝えたことと同様のことを島崎が伝える。
「まー、何となくわかるかも?私は参加したことないけど、何となく合わなそうな感じ?」
「私も参加してませんね。大人数は少し苦手なので」
「俺は最初のちょっとだけ。今は行ってないな。理由は......ま、まあ、何となくだな」
理由を言いかけて、焦ったように吉田が濁す。
白石が来なかったから、とは口が裂けても言えないよな、吉田。
「芦名君はあちらに参加したことはあるんですか?」
「ないな。空気が合わなそうと感じたのもそうだし、白石と同じで大人数はあまり得意じゃない」
「ですよね。私もこのくらいの人数が一番ちょうどいいです」
同意見を見つけたのが嬉しかったのか、白石が手を合わせる。
どうだ、この空気に溶け込むような発言。
全体の意見に上手い具合に同調し、自分の意見を主張する。
無難な意見を繰り出すことができたことを自画自賛していると、ふいに白石がこんなことを言い始めた。
「葛城君の勉強会に参加している方々は、Aクラスにおける葛城派閥として認知され始めているみたいですね」
「なんか、そうらしいな。戸塚が触れ回ってるだけな気がするけど」
「えー、なら、島崎君も一応葛城派閥だったってことになるのかな?」
「やめてくれ。俺はただ学力の向上を目的として、参加していただけだ。勝手にそんな括りに入れられるのは困る。仮に俺が派閥に参加するとしたら──」
「坂柳さんでしょうか?」
白石の言葉に島崎が頷く。
「あくまで、どちらかと言えばだがな。仮にこのクラスが派閥ごとに二分されるとなれば、今のところは坂柳派に傾いている」
「え?なに?もしかして、近いうちにどっちの派閥につくか選ばなきゃいけない感じ?やっべ、全然気にしてなかったわ......」
吉田が焦ったように頭を抱えた。
「中立でも良いのでは?葛城君も坂柳さんも自派閥への参加を強要する方々ではなさそうですし」
そう白石がフォローを加えたが、どうだろう。
たとえ、トップが強要しなくとも、下につく者が同じように考えるとは限らない。
例えば、葛城派の戸塚なんて、積極的な勧誘活動を行っているようだしな。どっちつかずが続けば、中立の立場を責め立ててくる可能性も十分に考えられる。
仮にどちらかを選ばなければならないとしたら、俺はどちらを選ぶのだろうか。そんな考えが頭に浮かんだ時だった。
「なら、この勉強会も派閥にしちゃえば?」
ふいに西川がそんな提案をしてくる。
まさか。こんな5人しか参加していない、今日始まったばかりの小規模の勉強会が派閥なんて馬鹿げている。
西川の冗談半分の思い付きに笑みを零してしまうが、他の者はどうやらそうではなかったらしい。
「え?まじ、それは結構面白そう!」
「私も良いと思います。ただ、派閥となるとリーダーが必要ですよね」
意外にも吉田と白石が賛同し、もう派閥ができることは確定したかのように話が進み始めている。俺としては長いものに巻かれて、できる限り目立たない立ち位置にいたかったんだが......。それに、規模のでかい派閥が二つも現れている中、零細派閥が立ち上がったところで吸収されるのがオチだ。
島崎。冷静で聡明なお前ならわかってくれるよな。
期待を込めた視線で島崎に語りかける。
「そうだな。この勉強会が派閥の始まりだとすれば、発起人がリーダーになるのが道理だろう」
お前もかよ......さっき、どちらかと言えば坂柳派とか言ってたくせに。
さて、島崎の意見を取り入れるなら、リーダーは吉田ということになるが、こいつで大丈夫か?
さっきまで派閥への加入に難色を示していた男だ。派閥を率いる立場に向いているとは思えない。
吉田、お前だってリーダーなんて柄じゃないだろ。否定してやれ。
「そっか。芦名になら俺は任せられるぜ!」
「......は?」
「私も良いと思います!」
「いいんじゃない?意外と向いてそう」
「俺も特に異論はない」
吉田の丸投げに、まさかの反対意見なし。
白石。お前、さっきから「良いと思います」しか言ってねーじゃねーか。本当に良いと思ってんのか。
俺にリーダーなんて向いているわけがないし、異論もありまくりだ。
色々と言ってやりたいことはあったが、まずは端的に一言だけ言うことにした。
「絶対に断る」
よし。まずはタグを削除、と。