変な女子に目をつけられてしまった哀れな男 作:無無
Aクラスには、二つの派閥が存在する。
入学初日にして大きな存在感を放ち、5月の小テストを契機に、本格的なクラス運営に乗り出した男──葛城康平率いる葛城派。
高い背丈にスキンヘッドという見た目のインパクトも相まって、他クラスからもAクラスの重要人物として既にマークされているらしい。
そして、もう一人。
今のところ、葛城ほど大胆な行動は起こしていないものの、着々とクラス内から有力な味方を引き入れており、4月の終わりに実施された小テストでは、驚異の満点を叩き出した天才──坂柳有栖率いる坂柳派。
「──しかし、Aクラスには、実はもう一つの派閥が存在した。入学初日に実施された自己紹介では、読書が趣味という何とも面白みのない一言を繰り出した男がいた。小テストでは、85点という優秀ではあるけれど取り立てて賞賛するほどでもない微妙な得点を叩き出した男だったが──その後、何を考えたのか、葛城派、坂柳派に次ぐ新たな派閥を発足した男──芦名善。彼はこれからこのAクラスに大きな嵐を呼ぶこととなるのだった......」
長々とした妄想を吐き連ねた森下はすっきりした顔でふっとため息をついた。
「満足したか?」
「はい。これからが楽しみになりますね。彼がこれからどのようにして嵐を呼ぶのか気になりますね」
「嵐なんて呼べるわけないし、呼ぶとしてもつむじ風程度だと思うぞ。あと、当人にそもそもその気がないだろうな」
「まるで自分が当人であるかのような台詞ですね」
「当人だからな」
......疲れる。最近、話す機会が少なくなり、ちょっかいをかけられることもほとんど無くなった為、森下から飽きられたのかと思っていたが......最悪だ。
吉田が早々に派閥の発足をクラスの一部の連中に勝手に触れ回ったせいで、すっかり『芦名派閥』という口に出すだけで怖気が立つ派閥がクラス内に周知されてしまった。
俺は、絶対に断る、と言って、あの場では保留ということで話をついたはずなのに。
もう既にクラス中に知れ渡ってしまったとあっては、もう簡単に取り消すことはできない。
何より最悪なのは、森下が興味を持ってしまったことだ。
いつもの無表情さとは一転、爛々と目を輝かせて、今朝からうんざりするほどに絡んでくる。
「私は嬉しいのですよ。芦名善が、まさかこれほどまでに大胆な行動を起こすとは」
「まだ、何もしてねーだろ......」
「そんなことはありません。既に二大派閥が存在する中、新たに派閥を発足すること自体があまりに大胆な行動です」
それは......確かにそうだけど。森下じゃなくても、誰だってそう思う。
命知らずというか、既存の派閥に喧嘩を売っているようなものだ。そんで、その派閥のトップが俺?
クソっ。これも勉強会の集まりを派閥にしちゃえば、なんて馬鹿げたことを言い出した西川と、それに同調した三人のせいだ。
いや、一番悪いのは、吉田。お前だ。
本来お前が背負うべき役割を俺に丸投げした罪は重いぞ。
万死に値する。
「やべぇ、後ろ向くのが怖え。そ、そんな怒ることかよ......むしろ派閥のトップって結構かっこいい響きだと思うんだけどな......」
「私はナイスプレイだと思ってます、吉田君」
「え、まじ?はは、だよなっ!」
だよな、じゃねーよ。
白石、お前は自分の発言がどれだけ吉田に強い影響を与えるかをよく理解した方がいい。
ここで、白石が「派閥なんてやめましょう。大人しく長いものに巻かれるのが賢い選択です」とか言ってくれれば、吉田の暴走を止められるのだが、当の白石が新派閥に謎にノリノリの為、どうしようもない。
「面白そうなので、私も新派閥に入ることにしました。これから派閥に精一杯貢献する所存なので、どうぞよろしくお願いいたします。リーダー」
「リーダーって呼ぶんじゃねえ......ハリボテ同然の派閥に入るのは勝手だが、派閥の名前を掲げて変な行動を起こすのだけはやめろよな」
「わかりました。手始めに葛城、坂柳派の両陣営に宣戦布告をいたします、リーダー」
「もう勘弁してくれ......」
駄目だ。話がまるで通じない。
もはや反発してもどうにもならないことを悟り、俺は机に顔を沈めた。
勝手に俺名義で派閥が発足された上に、もう既に第三勢力としてクラス中に認知されていて、加えて、Aクラス一、厄介な人物に目をつけられた。この事実が俺の平穏であったはずの学園生活をぶち壊しつつある。
どうにかしなければ。どうにかして、このふざけた流れを変えないと。
そう一人、決心したのであった。
───────────────────────────
ケヤキモールのとあるカフェの一角で4人の生徒がテーブルを囲んでいた。
「なぁ、姫さん。そろそろ例のヤツ、クラスの連中に配布した方がいいんじゃないか?このままだと、葛城派に先を越されるぜ」
そう忠言したのは橋本正義だ。
「問題ありません。葛城派の動向は逐一チェックしていますが、そういった動きは見られないようです」
忠言を受けた女子──坂柳有栖は橋本の言葉に焦った様子を見せず、落ち着いた態度で言った。
「スパイってやつ?抜け目ないね」
言葉とは裏腹に関心なさげに賞賛を送るのは、神室真澄。
入学して間もなくして、坂柳に付き従うようになった女子生徒だ。
「流石は姫さん。けど、俺の努力の成果はしっかり有効利用してほしいもんだ。もし、先を越されるようなことがあれば、俺の掻いた汗が無駄になっちまう」
「......上級生にポイントをいくらか握らせて、手にいれただけだろう」
肩をすくめる橋本に、筋骨隆々の強面──鬼頭隼が指摘する。
「早い段階で交渉に成功した橋本くんには感謝しています。けれど、あれを出すのはもう少しあと......そうですね、中間テストの一週間前がタイミングとしてベストだと考えています」
「一週間後じゃねーか。悠長にしてると、もしかすれば葛城派以外に人間に先手を打たれるかもしれないぜ」
「橋本。気持ちはわかるけど、ちょっと焦りすぎじゃない?葛城派以外で警戒すべきクラスメイトなんていないと思うけど」
なおも忠言を辞めない橋本に少し苛立った様子の神室が反論する。
「もしかして、先日発足したという新派閥の存在を橋本くんは懸念されているのでしょうか?」
「......確か芦名だっけ。吉田とか白石とかと派閥を作ったってやつでしょ。あんなの警戒する必要ないと思うけど。放課後、一緒に勉強してるだけの仲良しグループじゃないの?」
「そうかもな。けど、仲良しグループでも何でも派閥は派閥だ。警戒するに越したことはないぜ」
橋本正義が適当そうな態度に見えて、その実臆病なほどに慎重な男であることを、この場の三人は理解していた。しつこく警告を繰り返すのにも、何らかの意図があるのだろうと。
坂柳有栖も直感していた。具体性のない橋本の言葉の裏には、葛城派閥以外を警戒する根拠があるのだろうと。
その根拠を問いただしても良かったが、坂柳はそれをしないことにした。
「──もしも、葛城派閥以外に脅威が存在するとすれば、それは私にとって願ってもない話です。葛城くんは対戦相手としては少々物足りないと感じていたのです。フフ、橋本くんの警戒が正しければ、面白いことになりそうですね」
新たな敵の台頭の予感。
坂柳は、静かに笑った。
───────────────────────────
中間テストまで、残り10日を切った。
悪い夢は覚めてくれなかったようで、派閥のトップになってしまったという絶望感が連日、俺の心を蝕んでいた。しかし、トップの苦悩に反して、派閥メンバーは楽しそうな日々を送っているようだった。
吉田は、勉強会を通じて白石と一緒に入れる時間が増えて幸せそうだし、白石も白石で積極的な姿勢を見せる吉田を煙たがることなく、楽しそうに会話に応じている。
時折、島崎がそんな二人の姿を羨ましげに見ており、それを更に外側からニヤニヤと面白そうに眺めている西川。何というか、こういうのを青春って言うのかもしれないな。けど、その青春の裏側で苦しんでいる男のことももっと気にかけてくれよな。
あとは、森下藍。突然の派閥の参加を申し入れてきた女子。現状、俺にとって最も脅威とされている生徒。
こいつのせいで俺の胃はますますキリキリさせられている。
坂柳派と葛城派の両派閥に宣戦布告するという先日の発言はどうやら冗談だったみたいで、特に大きなアクションは今のところ起こしてはいないようだが......まだまだ油断はできない。
とりあえず、教室内にいる間は森下のことを監視することができるが、放課後まではマークできない。
もういっそ放課後も張り付いて見張るべきか?ストーカー扱いされる危険性はあるが、それよりこいつが変に暴走するリスクを最小限に抑えて、既に半壊している俺の平穏な学園生活を守ることの方が重要な気がする。
「よし──これでHRは終わりだ。以上、解散」
号令を終えると、真嶋が教室から去っていった。
さて、どうしようか。今日は勉強会もないし、早速森下の監視を──。放課後の行動を決めようとした時だった。
「──Aクラスの皆様方。少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
よく通る声がAクラスの教室に響いた。
帰宅の準備に入っていたクラスメイトの面々が一斉に声の主に視線を向ける。
「......え?」
誰かが困惑の声を出した。
他の者も何人かは驚きに目を見開いたりしている。
当然だ。だって、声の主は普段こんな風に目立った行動を取ることのない生徒だったから。
俺も驚いていた。
何故かって──声の主が森下だったからだ。そして、同時に嫌な予感。
よくわからないが、止めなければ──そう思った時には遅かった。
「芦名派閥よりご報告があります。非常に重要で、皆様にとって大変有益な情報を今から共有いたします」
一方的に宣言すると、森下はつかつかと教壇へと向かっていった。手には紙の束が握られている。何をするつもりだ。森下が声を発してから、まだそれほど時間は経過していないはずなのに、俺の体には滝のような汗が流れていた。
「後ろに回してください。はい、そうです。足りなかったら、先生に言ってくださいねー」
紙を受け取った生徒は......皆、不思議そうな顔で紙面を眺めている。そこまでインパクトの強いものではないのか?
「なんだこれ」
吉田が最後の一枚を渡してくる。
おそるおそる俺は紙面に目を通すが......。
「テスト......の解答?ちょっと待て、中間テスト?」
わけがわからなかった。
中間テストは10日後のはずだ。
クラスメイト達の様子を窺うが、皆俺と同じような反応をしていた。
まさか、盗んだんじゃないだろうな。普通に考えれば絶対にありえないことだが、森下に限って言えば否定しきれない。そういう突拍子もないことをやってしまえる危険性が森下には確かにある。
「これはあるお方の命令で私が秘密裏に入手した書類です。皆様はこの書類を見て疑問に思ったかと思います。なぜ、テストの解答を?なぜ、中間テストと書いてある?当然の疑問です」
絶妙にむかつく語り口調だな。
森下は、困惑するクラスメイト達をよそに続ける。
「これは──去年の中間テストの解答です」
森下の言葉に教室がざわつく。
「ここでヒントを出します。去年の一年生が4月に受けた小テスト、そして、今年私達が受けた小テスト。実は内容が同じなのです」
一層教室がざわついた。ヒントと言ったが、これはもう答えを言ったのと同じだ。
言わなくても、わかる。森下が俺達に配ったもの。それは──。
「もう面倒なのでもったいぶらずに教えちゃいますね。先ほど私がお配りしたものは、10日後に私達が受ける中間テストの解答でしたー。ぱちぱちぱち。ほら、皆様も拍手。ぱちぱちぱちー」
森下が催促すると、まばらな拍手が起こった。
皆、目の前で起こったことを現実として受け入れられていないのだ。
「一つ聞いていいですか?」
困惑の感情が教室内に渦巻く中、冷静な所作で挙手したのは、真田康生。
物静かで落ち着いた性格をしていて、確かこの前の小テストでは、坂柳に次ぎ、葛城と同率2位の90点という高得点を叩き出した男だ。
「この解答用紙が今年の中間テストと一致している根拠についてご説明していただきたいです。それともう一つ。森下さんの言う『あるお方』についても伺いたいです。その方が誰なのか、Aクラスの人間なのか、上級生なのか、はたまた教師なのか」
「根拠ですか。いいでしょう。では、次はこちらを。これが去年の小テストの解答です。ほら、私達が受けたのと一致しているはずです。予想はついているでしょうが、これらを私との長い交渉の末、授けていただいたのは2年の方です。その方が言うには、その年の小テスト、中間テストもまた、2年前のそれと一致していたと言います」
「......なるほど。よく理解できました」
真田が静かに頷くと、おお、とちらほらと歓声が上がる。
「次に『あるお方』についてでしたね。一つ言っておくと、私はこのクラス内のとある派閥に属しています」
まさか、と声が上がる。
俺に向かって無数の視線が注がれている気がするが、きっと気のせいだろう。
だって、俺は森下に命令なんて出してないんだから。
『あるお方』っていうのは、多分、宇宙の意志とか、集合的無意識とか、そういうスピリチュアルめいたものだ。森下はちょっと電波が入ってそうな性格をしているし、そんなところだろうな。
「彼は言いました。坂柳派も葛城派もいつまでも答えに辿り着かないから、俺が動く羽目になったと」
「彼は言いました。あんな奴らにクラスは任せていられないと」
「彼は言いました。芦名善こそがAクラスを率いるに足る存在であると」
おおおおおっ、と声が上がった。
大歓声が降り注ぐ中、二つの視線が俺を鋭く射抜いていた。
「あんな奴ら......か」
「フフ、面白いことになりそうですね」
「......帰りたい」