変な女子に目をつけられてしまった哀れな男   作:無無

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邪推する王

 中間テストの結果が発表された。

 平均点は驚異の93.5点。全教科で満点を取った者も何人かいるらしい。

 これも、事前に上級生から過去問を入手し、クラスメイト達に配布してくれた森下のおかげだ。

 決して、『芦名派閥のあるお方』とかいう意味不明な存在のおかげではない。

 そもそも、俺の苗字を冠する派閥の存在を認めた覚えは一切ないし、これからも認めるつもりはない。

「よっ!お前のおかげで助かったぜ~」

「芦名君、ありがとう!これからもAクラスを引っ張っていってね」

 放課後になると、満面の笑みを浮かべたクラスメイト達が一斉に俺のところにやってきて、口々に感謝の言葉を述べ始めた。

 中には、感涙に瞳を潤ませる者もいた。

 無視してもよかったのだが、それは流石に印象が悪いと思い、「礼なら森下に言えよ。過去問を配ったのはあいつなんだから」と森下にクラスメイト達を押し付けようとしたのだが、これも失敗。

 俺の言葉を変に解釈して、「謙虚だなぁ」とか「仲間に功績を譲っているんだ」とか「上に立つ者の鑑ね」とか、俺の意志と逆らうようにまた一段と評価を上げてしまったらしい。

 さらに、もう一つ厄介なことがあった。

 俺を勝手に信望しはじめる者と同時に、俺に憎しみをぶつけてくる存在も現れたのだ。

 代表的なのが、戸塚弥彦。いつも葛城の後ろをひょこひょこ着いて歩いている金魚の糞であり、葛城派以外の人間にはやたらとあたりが強い男。また、他のクラスの人間を馬鹿にする態度が目立っており、よく葛城に窘められている印象だ。

 できる限り敵を作ることを避け、平穏な生活を送りたいと考える俺とは正反対の人間。絶対に相容れることはないだろう。

「皆、リーダーに感謝しているようですね。側近の私も鼻が高いです」

 そして、今回の一件で俺の精神にとてつもない大打撃を与えた存在、森下藍がいけしゃあしゃあとそんなことを言う。

 ある意味で戸塚より厄介な存在だ。

「お前のことを側近と認めたことは一秒たりともない」

「え?なら、側近と認めてもらうためにもっと頑張ります」

「わ、わかった。側近でいいからもう頑張るな......」

「イエッサー。では、私はこれで。さようなら、芦名善──いえ、リーダー」

 ビシッと妙にキレのある敬礼をした森下が、廊下に駆けていく。

 余計なことをしなければいいが。頼むから、入学した頃みたく放課後はずっとベンチで寝転んでてくれ。

 どこまでも自由人な森下がこれ以上暴走しないよう、俺は心の中で深く祈った。

 

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「あー、早く夏休みになんねーかなー」

 食事が配膳されるのを待つ中、吉田が大きく伸びをしながら言った。

 場所はケヤキモールのとあるカフェ。

 俺達は、テラス席の丸テーブルを5人で囲っていた。

 HRが終わってからすぐ来店したため、自分達以外の客はまだいない。

 休日の昼時なんかは大勢の生徒達でごった返すほどの人気店だから、今みたいなすっきりとした店内はなんだか新鮮だ。

「確かバカンスに行けると真嶋先生は言っていたな」

「期末テストを無事に乗り切れたらって条件付きだったけどねー」

「私達なら大丈夫だと思います」

「ヨッシーはやばそうじゃない?一人だけ学校に置いてけぼりになったりして」

「や、やめろよっ、西川。縁起でもないこと言うなよ!」

 吉田と西川の騒がしいやり取りをぼんやりと聞き流しつつ、俺は一人ぼーっとしていた。

 ......バカンスか。

 青く透き通る海の上でボートに乗ってゆらゆらと浮かぶ自分の姿を想像してみる。

 海の流れのままに、目的地を定めず、ただ流れていくだけ。

 ──ボートが突然ひっくり返る想像をしてしまった。

 波のせいじゃなく、明らかに人の手によって水面に叩きつけられ、そのまま海底に向かって足を引っ張られる感覚。悲しいかな、これが俺の今の心理状態に違いない。

「まあ、やばくなっても芦名君がいれば平気でしょ。今を輝く新派閥のリーダーだし」

「おいおい、あんま芦名に負担かけんなよ。期末テストくらい、余裕で乗り切って見せるぜ!」

 気づけば俺の話題になっていた。

 意外にも吉田は俺に負担がかかることを心配してくれているようだった。

 アホなだけで基本的には良い奴だし、特に不思議はないが。

「でも、芦名君にはクラス全員助けられましたね」

「ああ。まさか水面下で森下に指示を出していたとはな。俺達も一杯食わされたというわけだ」

 珍しく島崎が表情を崩して、くつくつと笑った。

「いや、あれは森下が勝手に──」

「森下の話だと、入学初日の時点で芦名についていくことを決めてたらしいぜ。ただの変人だと思ってたけど、先見の明があったんだな。ちょっと羨ましいぜ」

 何大嘘こいてんだ、あいつ。やっぱ放置しとくと危険みたいだな。

 俺のいないところで、何を言われるかわかったものじゃない。

 幸いにもあいつは、俺をリーダーと見立てて、従順な部下に成りきっているから、これからは余計なことをしないよう傍に控えさせるのが良いかもしれない。

 それにしても、テラス席を選んだのは間違いだったかもしれない。

 道行く人達──おそらく同学年と思われる生徒がちらちらとこちらを好奇の目で見てくるのだ。

 あれがAクラスの第三勢力、あれが芦名か、と値踏みするような視線。

 聞いた話だと、他のクラスにはAクラスのように坂柳派、葛城派といった派閥が存在しないらしい。

 Bクラスは一之瀬という女子がリーダー的立ち位置みたいだし、Cクラスも同様に龍園という男が一人で仕切っているらしい。Dクラスに関しては、そもそもリーダーが存在しないという。

 勿論、BもCも一枚岩ではないかもしれないが、他クラスから見れば、誰が仕切っているかは明確に認知されている。だからこそ、Aクラスのあり様は物珍しく映るのだろう。

 第三勢力が現れたとなれば、猶更だ。

 吉田は「俺達、有名っぽい?」と若干嬉しそうに頭をかいてるが、冗談じゃない。

 有名になれば、それだけ危険が増える。降りかかってくる火の粉を払う必要もある。

 ──ほら、今の状況がまさにそうだ。

「よぉ、随分楽しそうじゃねえか。芦名」

「......そうでもない」

 馴れ馴れしい台詞と共に目の前に現れた、不敵な笑みを浮かべた長髪の男。

 一目でこの男が誰なのかわかった。

 龍園翔──入学して間もなく、どんな手を使ったか、Cクラスを一瞬にして手中に収めた男。聞くところによると、クラスを恐怖政治で支配してるのだとか。

 興味本位でCクラスを覗きに行ったことがあったが、教室内の雰囲気はAクラスとは大きく異なっていた。

 柄の悪そうな者、不真面目そうな者、意地の悪そうな者──もはやそういう面々を学校側が集めて、Cクラスという教室に詰め込んだとしか思えない異様な雰囲気を放っていた。中には、大人しそうな生徒もいたが、やはり普通とは言い難い、少し異質な空気を醸し出していた。

 そんな個性の強そうな集団をまとめたのが、この龍園翔という男らしい。

「美女を二人も侍らせてるとは、良いご身分だ。血の気の多いCクラスの連中と交換したいくらいだ。なぁ、伊吹」

「......ッうっさい」

 伊吹と呼ばれた女子生徒は嘲るような龍園の笑みに猛然と反発した。

 なるほど。これは確かに血の気が多そうだ。

 恐怖政治といえども、反発がないわけではないらしい。

「噂には聞いてるぜ。あの葛城と坂柳に一杯食わせたキレ者がAクラスにいるってな」

 鋭い眼光はそのままに、龍園が口の端を上げる。

「噂によれば、随分と早い段階で過去問の存在に気づいたらしいじゃねえか」

「別に大したことないだろ。他のクラスも最終的には手に入れたって聞いたが」

「クク......そう、大したことじゃねえ。不良品の集まりのDクラスでさえ、最終的には過去問を手に入れた。裏技の存在に気づくのが少し早かったぐらいで周りの奴らは持ち上げすぎた」

 ......龍園は一体何をしにきたのだろう。わざわざ俺のことをこきおろしに来たのだろうか。

 でも、これは俺にとってはむしろ好都合だ。今、カフェの周りには俺と龍園の対面に興味を持った生徒達がギャラリーを成しはじめていた。この状況、利用するほかない。

 ここで如何に俺が無能であるかを主張できれば、学年中に『芦名派閥』が大したことのない派閥だと知れ渡ってくれるかもしれない。

 苦々しい顔を作って、俺はあえて敵意の籠った視線を龍園に向ける。ポーズはしっかり取らないとな。 

 さあ、龍園。存分に俺のことをこきおろしてくれ!

 俺もできる限り、見苦しく見えるように頑張るからな。

「──視野が狭いんだよ。他の奴らは」

「......え?」

「重要なのは過去問をいち早く手に入れたことじゃねえ。てめえが、どうやって葛城と坂柳を出し抜いたかだ」

 これは......俺の期待する展開とは違う気がする。むしろ、悪い予感が沸々と湧いてきた。

「クク......思い当たる節はあるみてえだな」

 いや、ないですけど。

「てめえは手始めに葛城派にスパイを潜り込ませた──勉強会っていえばわかるだろ」

 わかんねえよ......何だよ、スパイって。訳知り顔で語る龍園に反論しようとしたときだった。

 隣に座っていた吉田が青ざめた表情をしていて、震え声で言った。

「お、俺......確か、芦名に言われたっけ......葛城の勉強会に全参加した方がいいって」

「どうやら、自分がスパイに仕立て上げられた自覚がなかったらしいな」

 ギャラリーがおおおっ、とざわつく。

 いや、言ったけども。言ったけど、それは白石とのエンカウント率を高める為のアドバイスとして言っただけであって、別にスパイとして送り込んでねえよ。

「あのな──」

「勉強会での出来事、参加者について詳しく聞かれなかったか?」

「き、聞かれた......主催者の葛城と、あとは戸塚についてよく聞かれた記憶がある......」

「リーダーと側近か......情報を盗むとしたら、確かにそこだな」

 駄目だ。もう俺が吉田をスパイとして送り込んだことが前提として話が進んでいる。

 というか、吉田。葛城はともかく戸塚に関してはお前が聞いてもないのに愚痴零してただけじゃねえか。

「でも、俺は途中で勉強会には行かなくなったぞ。それに、そのことに関して芦名に咎められたりはしてない」

「なら、そいつはお前以外に新しくスパイを確保してたってことになる。いるんじゃねえか?葛城の勉強会に参加していた奴がお前の派閥には」

 いやいや、流石にいるわけ......。

「俺のことか......」

 いたわ......島崎。こいつは、5月の中旬くらいまでは勉強会に足繫く通っていたはずだ。

「だが、俺は吉田とは違い、自らが選択して葛城の勉強会に参加した。その後、芦名にコンタクトを取ったのも俺の意志だ」

「それは果たしてお前の意志か?お前はなぜ芦名にコンタクトを取った」

「それは......芦名が勉強会を開くと吉田と話していたからだ。そこに成績優秀者の白石と西川も参加すると聞いて、俺は参加を決意した」

「クク......まんまと釣られたわけだ。これは俺の推測だが、芦名が勉強会を開くって話はすぐにクラスに広まっただろ?」

「......ああ。やけに大きな声で吉田と話していたからな。開催するといったその日の内にクラスの大半には知れ渡っていたはずだ」

 この龍園という男──もしかしてとんでもない馬鹿なんじゃないか。

 新派閥のリーダーとして台頭?した俺を困らせる為に大嘘を吐いているのなら大した奴だが、おそらくそういった意図はなく、大真面目に語っている。

 初めはこの場にギャラリーが集まっていることを好機と捉えていたが、龍園の邪推によって最悪な状況へと一転した。見当違いな邪推でも、龍園が放つ高校生離れした覇気のせいで説得力が増しているのが非常にまずい。

 気づけば、どんどん人が増えている。取り返しのつかないことになる前に否定しなければ。

「それ以上、妙な言いがかりをつけるのはやめろよ。お前の言っていることは全て出鱈目に過ぎない」

「そう焦るなよ。それとも、それも周囲を欺くための演技か?だとしたら、大した役者だぜ」

 は、話がまるで通じない......何を言っても、邪推されるこの状況、もしかして詰みなんじゃないか?できることなら、この場から逃げ出したい。でも、そうなれば、もう疑いを晴らす機会はないかもしれない。

 スパイの件はもう無理そうだから、違う視点から攻めるしかない。

「なら、坂柳の方はどうなんだよ。今度は橋本、鬼頭、神室あたりが俺のスパイだって主張するつもりか?」

「どうだろうな。俺の見立てじゃあ────」

「そこまでです」

 龍園が次なる邪推を繰り出そうとした瞬間──ギャラリーの中から一人の少女が現れた。

「まだゲームは始まったばかりです。フフ、早々に種明かしをしてしまってはつまらないでしょう」

 不敵な笑みを浮かべた坂柳有栖が立っていた。 

 

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