変な女子に目をつけられてしまった哀れな男 作:無無
「まだゲームは始まったばかりです。フフ、早々に種明かしをしてしまってはつまらないでしょう」
俺と龍園の間に割って入ってきたのは、Aクラスの坂柳有栖だ。
後に続いて、橋本、鬼頭、神室の三人が姿を現す。
「へぇ、中々面白そうなことになってんじゃん」
「どこが......はぁ、なんで面倒そうなところに首突っ込むかな」
この状況を見て愉快そうに笑う橋本、逆に神室は面倒くさそうにため息をついていた。
鬼頭は特に口を開く様子もないが、本人が放つ物々しい空気がギャラリーに少なからず圧を与えているように見える。
Cクラスの番長に絡まれたと思えば、次は坂柳ときた。
同じAクラスではあるが、加勢するためにきてくれたとは考えにくい。
『彼は言いました。あんな奴らにクラスは任せていられないと』
中間テストの解答をクラスメイトに配布する前、森下が高々と言い放った言葉だ。
この森下の大嘘により、俺はクラスメイトからは尊大で自信に満ちた存在だと思われているらしい。加えて、『あんな奴ら』──つまりは葛城と坂柳を真正面から挑発したことになっている。
坂柳とは、まだ直接言葉を交わしたことはない。
だから、彼女が俺に対しどんな感情を向けているか、まるでわからない。
「そこまでです」と、龍園の迷推理を止めてくれたのは助かったが、目的が分からない以上、油断はできない。
ゲームとか種明かしとか言っているあたり、龍園と同様にズレた考えを持っている気がするが......。
「おいおい、芦名にあっさり裏をかかれた負け犬が何の用だ。まさか、負け犬らしく無様に飼いならされて、ご主人様の為に加勢しにきたってわけじゃねえよな」
「......」
「大丈夫です、鬼頭くん」
龍園の挑発に鬼頭が動きを見せようとするが、坂柳が手で制する。
苛ついた様子など欠片も見せない坂柳は、堂々と龍園に言い放つ。
「加勢するつもりはありません。彼は私の敵ですから。そうでしょう、芦名くん?」
坂柳は俺に視線を合わし、にこりと綺麗な笑みを向けてくる。
か、かわ──じゃない。やっぱ、完全に敵認定されているみたいだ。加勢しにきてくれたという僅かな希望は断たれてしまったようだ。
「なら、このまま黙ってみてればいいじゃねえか。この大勢のギャラリーの前で俺に負かされるこいつの無様な姿をな。せっかく競合相手を潰してやろうとしてんだ。止める理由なんざないはずだぜ?」
「彼は私に宣戦布告をして、強力な対戦相手として名乗り出てくれました。ですから、彼を負かし、引導を渡すのは私の役割です。今、あなたはDクラスとの間で問題を抱えているはずでしょう?Aクラスを相手にする前に、まずはそちらを優先するのが良いかと思います」
「......知ってやがったか。流石に耳が早えな」
つまらなそうな顔で龍園が坂柳に睨みを利かせる。
龍園が抱えているというDクラスの問題。俺も風の噂で聞いていた。
確かDクラスの生徒がCクラスの生徒を殴ったという事件。
渦中の人物は──確か、須藤という男子生徒。不良品と揶揄されるDクラスの中でも、最も名が通っている男だ。勿論、悪い意味で。
「けど、関係ねえな。Dクラスなんざ、片手間で相手にできる。それにそいつがお前の敵だろうと俺には関係ねえ。葛城も坂柳も、芦名も全員潰してやる」
「随分と自信がおありですが、あなたにできるのでしょうか?」
「クク、残念ながら芦名は既に潰したも同然だ。芦名、お前が裏で糸を引いていた事実は、俺がこの場で洗いざらい看破してやったんだからな。お前は確かに葛城と坂柳を出し抜き、力を示したが......得体の知れない存在に無条件で着いていくほど周りは馬鹿じゃないぜ」
龍園が嘲るような笑みで俺に視線を送った。
裏で糸を引いていたという龍園の主張──俺からすれば見当違いも甚だしいが、周りの反応は残念ながら龍園と同じのようだ。その証拠に、先ほどまで俺に対し、期待の籠った視線を送っていたギャラリーの連中は、打って変わってどこか恐ろしいものを見るような目で俺を見ていた。
「てめえはやり方を間違えたんだ。今、周りを囲んでいる連中も不気味がって着いていこうとは思わねえだろうな」
「不気味......か。確かに、そうみたいだな」
吉田は、困惑した様子で俺と目を合わせようとしない。
島崎は、じっと訝しむように俺を見ていた。
西川は、普段の愉快そうな笑みは嘘のように消えており、真顔でメニュー表を見ていた。
白石は、俯いており表情は見えないが、肩を震わせていた。
──まあ、こんなものだろう。
俺は、この4人の反応に特に不思議はなかった。
人が人に抱く感情なんてものは、所詮この程度で、小さなきっかけ一つで大きくあり方を変えてしまうものなのだ。
自分の期待に沿う人間じゃないと判断した途端、一瞬にして態度を変える。
だから、下手に目立つのは嫌だったんだ。
傍観者であり続けられれば、こんな面倒な事態に巻き込まれることはなかったが、一応は俺の目的は曲がりなりにも龍園の手によって遂げられることとなったな。
周囲の信頼を裏切った以上、これ以降、葛城、坂柳の対抗馬として担ぎ上げられることもなくなる。現時点でかなり目立ってしまったのは大きな負債となったが、今後の学校生活で目立たないようにひっそりと息を殺す日々を続ければ、いずれはフェードアウトして誰も俺に注目しなくなるだろう。経験則をもとにすればの話だが。
でも、折角大勢のギャラリーが集まっているのだから、わかりやすく終わりを宣言した方がいい。
責任の所在は別にあるとしても、問題の中心となっているのが俺であるならば、俺自身がしっかりと区切りをつける必要がある。
そう──俺自らが芦名派閥の終わりを告げるのだ。
「さっきから好き放題言ってくれたが、俺からも言わせてくれ」
「なんだよ。惨めったらしく弁明でもするつもりか?いいぜ。その方が俺がてめえを潰したって事実が色濃くAクラスの連中に刻み込まれるだろう」
龍園の荒唐無稽ないちゃもんには、いい加減腹が立ってきていたんだ。決め顔で発言すれば、全部が全部真実になると思うなよ。
「──まず、龍園。俺を潰すといったか?馬鹿を言うなよ。そもそも、勝負の土台にすら立っていないんだよ。坂柳の言葉を借りれば、俺に構ってないでDクラスと小競り合いでもしてろよ」
言葉のとおり、俺は勝負の土台に立っていない。担ぎ上げられただけで、誰かに喧嘩を吹っ掛けられる筋合いなんてないのだ。
そんなハリボテ同然の相手に噛みついてないで、今はDクラスとの問題を解決すべきだ。
今のところ発言全てが見当違いな龍園にとっては意味がわからないだろうが、とりあえず言いたいことを言ってやった。意味はあとで理解すればいい。どうせ今は何を言っても通らないんだからな。
「......てめえ。言いやがるじゃねえか。クク、おもしれえ」
愉快そうに龍園が舌なめずりをした。
何が面白いのか知らんが、次だ。
「次は坂柳、お前だ」
「この流れで何を言われてしまうのか、楽しみで仕方がありません」
「ゲーム?強力な対戦相手?勘違いするな。そもそも、お前は敵ですらないんだよ。葛城も同じだ。勝負する必要もない」
お前達の目標は、Aクラスでの卒業であるべきだ。
思想が違うからといって、内部分裂をしている場合じゃない。
基準となるクラスポイントを競う相手──対戦相手は他クラスであるべきだ。葛城も坂柳も上手く協調して結束できれば、このまま三年間、他のクラスに追い抜かれることなく、Aクラスを維持することは可能なはずなのに、それをしない。本来、クラスメイトである俺達が勝負するなど、徒労でしかない。
「やはり、あなたは面白いです。これからがますます楽しみになってきましたよ」
これもまた、何が面白いのか知らんが、次だ。
俺は龍園と坂柳から目を背け、テーブルを囲む元仲間達に視線を向ける。
もはや新派閥の輝かしいリーダーとは言えない俺のことを、もう既に見放しているのかもしれない。坂柳派か葛城派か、身を寄せる場所に目星をつけはじめている可能性も十分にあり得る。
それほどまでに先ほどの龍園の言葉は刺さっていたようだからな。
「最後に一つ──俺は派閥を解体する。別々の方針を掲げる派閥が2つも3つもあれば、クラスメイトはどの方針に従うべきか迷うだろ。なんて、不本意ながら三つ目の派閥を作ってしまった俺が言うのはおかしな話かもしれないけどな」
ギャラリーが更にざわつく。「嘘だろ」、「なんて大胆な発言なんだ」と驚愕の声がちらほら聞こえてくる。
確かに大胆かもしれない。
けど、Aクラスが坂柳派と葛城派、そして芦名派の三つにクラスが分裂している事態が異常であることは確か。
誰かが声を大にして指摘すべきだったのだ。
おそらく坂柳や葛城の反感を買うのを恐れて、誰も指摘しなかったのだろうが、フェードアウトする前に置き土産として言っておくことにしよう。
「派閥なんて一つで十分──いや、一つしかないなら、それはもう派閥とは言えないな。クラスをまとめるリーダーなんて、一人いれば十分なんだよ」
それが坂柳なのか葛城なのか。
結果は誰にもわからないが、早々に決着をつけてほしいものだ。
言うべきことは全て言えたので、俺は席を立つ。
「俺が頼んだチョコレートパフェは──そうだな。吉田、お前にやる」
1500ポイントの高額パフェを吉田に託し、俺はギャラリーをかき分けて、カフェを後にする。
皆、呆然としていたが、構わず歩みを進めた。
振り返りはしない。
ただ、期待を裏切ってしまった後味の悪い罪悪感だけが深く胸に渦巻いていた。
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次の日の朝、俺は重い足取りで寮から学校へと向かっていた。
昨日、あれだけ注目を浴びてしまったのだ。
閉鎖的な環境のこの学校では、噂が広まるのは一瞬だろう。
期待の目を向けられていた派閥のリーダーが突然、派閥の解体を宣言。
周囲からは当然、芦名善という男子生徒はとち狂ってしまったと思われることだろう。
事実、近くを歩いた生徒は、俺を視認するやいなや、悉く距離を取ってくる。
予想はついていたが、中々、心にくるものだ。
これが、しばらく続くとなると気が気じゃない。
俺はあちらこちらから降り注ぐ視線に気持ち悪さを感じながら、Aクラスの教室へと足早に歩みを進めた。
教室に入ると、クラスメイト達が一斉にこちらを見た......が、すぐに視線を逸らす。
いや、唯一戸塚だけは狂犬のような鋭い視線で睨みつけてきたが。なんだよ。もう派閥争いから離脱したんだから、目の敵にする必要もないだろ。
無視して、自席に腰を下ろす。
吉田は既に教室に着いていたようだったが、振り向くことすらしなかった。
あちら側からアクションがないのなら、こっちも関わらないのが賢明か。
若干の居心地の悪さを感じていると、右手側から小さく丸めた紙が飛んでくる。
当然、犯人は森下藍だ。
「......正直、ここまで大胆なことをするとは私も想定外でした」
と、引き気味で言われる。
森下にすら引かれたとなったら、とうとう終わりだな。
しかし、こいつはどうしてか俺を担ぎ上げようとしていたみたいだったから、やはり派閥の解体は残念に思っているのだろう。申し訳ないとは欠片も感じないが。
その日は、特に誰にも話しかけられることなく、一日が終わった。
次の日も、その次の日も、同じだ。
俺を勝手に信望していた連中から文句の一つでも言われると思っていたが、杞憂だったらしい。
このまま目立たず、ひっそりと学校生活を送るという目的は案外簡単に果たされるかもしれない。
今日も誰にも挨拶を済ませることなく、通学鞄を肩にかけ、教室から出ていこうとしたときだった。
「......待てよ」
後ろから、がしっと力強く肩を掴まれる。
あの日以降、話すことはなくなった吉田がそこにはいた。
妙に真剣そうな面持ちの吉田は、そのままぴたりと動きを停止させていた。
なんだろう。勝手にスパイにされたという恨みとやらを返すつもりだろうか?
しかし、次の瞬間、吉田の口から出てきた言葉は意外なものだった。
「俺は覚悟を決めたぜ......今日の19時、あのカフェで待つ」