「アルバス~、お茶しよ~おいで~」
スコピも来たらいいよ、とレイは授業終わりの二人を誘った。このままの調子だとアルバスが二年生になれないかもしれないという懸念の元、補習を開始したのだ。低学年への補習の極意はそれとわからぬように誘うことである。
こちらの思惑がバレていないうちは美味しいお菓子と紅茶をもらいながら対価に薬草を刻まされているだけだと錯覚してくれる。それが手際の訓練だとは思いもせずに。
スコーピウスも誘ったのは警戒を解くためだ。入学して半年。日を追うごとにアルバスの表情は曇り続けている。
「先生、」
「大丈夫……へっへっへ、悪いようにはしないさぁ……」
「人攫いの物言いなんだよなぁ」
とはいえ、今日の授業はこれでおしまい。夕飯までは時間もある。お茶とお菓子につられて二人はレイの誘いに乗った。
「うふふ、いらっしゃい、僕のお城へ……」
教室の奥。魔法薬学準備室に招かれた二人はそわそわと落ち着かない様子である。それもそのはず。魔法薬学の材料というのは見た目が恐ろしいものも多い。ずらりと並んだ瓶の中、何らかの目玉がびっしり入っているものなんか今日日、ホラーハウスでもお目にかかれないような見てくれをしていた。
「お茶とお菓子はね、唸るほどあるから。アルバスはなんか好みある?」
恐ろしい棚とは反対側。すらりと並べられた茶葉用の缶は高級品から庶民的なものまで勢ぞろいである。とはいえメーカーこそ多種多様であったが、種類そのものは三種だけだった。
「選びようがなくて悪いね。僕あんまり紅茶得意じゃなくて」
アルバスが悩んでいるのでレイはスコーピウスの好み通りにポットに茶を入れる。彼の分に関しては聞くまでもない付き合いなのだ。
「スコピはおやつ何がいい?」
「ナメクジゼリーかフィーフィーフィズビー!」
「相変わらずドラコが聞いたら泣いちゃうラインナップ」
同士。と言いながらレイはおやつ箱からスコーピウスが好んでいる駄菓子たちを提供した。むろん、いまだに販売を続けている例の臓物ヌガーもこの中に入っている。
そんな二人の間にあるあまりに慣れた光景にアルバスは目を丸くするしかなかった。
「スコーピウスと、先生は知り合いなの?」
「「まぁ、そんなとこ」」
結局アルバスはごく一般的な価格帯のティーバッグを指さした。それをマグに入れてお湯を注げば英国では一等なじみ深いイングリッシュブレックファーストが完成する。レイは謙虚すぎるアルバスのためにクッキー缶を目の前に置いた。
「好きなだけ食べてね」
「えっ、いいの?」
「言ったろ、唸るほどあるんだって」
スリザリンと言ったら貴族。貴族と言ったらご機嫌伺い。レイは歌うように唱えて各種菓子が詰まったおやつ専用の棚をアルバスに見せた。ほとんど菓子屋のバックヤードだ。確かに、一人で食べる量ではない。
「先生は何者なの?」
「うーん、君たちの先輩。元スリザリン生で、はみ出し者で、スコピの親と懇意にしてる、一般教員?」
アルバスから一切納得のいっていない視線を浴びてしまう。そこまでおかしなことを言ったつもりはないのだが。
「そんなことより、今一番大事な情報は僕は君たちの味方ってこと、かな」
だからなんでも頼ってね。レイはクッキー缶の中からココアのディアマンを取り出して口に入れた。歯触りが良いキラキラの砂糖をかみ砕く悦楽は高級クッキーの醍醐味だ。
「なんでもって?」
「授業中に解決できなかった疑問とか、寮で自習するときにはかどる時間帯とか、見つからない大鍋の隠し方とか、図書室で禁書の棚の本を借りる方法とか?」
禁書はまだ難しいけど、座学系の勉強についてなら任せて、と胸を張るレイにアルバスは目に見えてがっかりした。
「アルバスは勉強嫌い?」
「好きな奴いるの?」
レイとスコーピウスは顔を見合わせる。彼らは知識ジャンキーなのだ。レイは実技に関してはからっきしだった過去があるため知識の偏りがあるが、スコーピウスにはそれすらない。各々に専門を持ったオタクは、虚空でろくろを回しながら反論する。
「その、あの、楽しいよ。新しいことを知るのはすごく楽しい。効能が一個しかないと思ってた薬草から新しい効果が引っ張れた時のわくわくと言ったらね、心臓が口から飛び出そうになるから、」
「新しくないことも楽しいよね!ホグワーツの歴史とか、知ってると、あの絵画の中の人がいつも寝てるのにはそんな理由が!?とかあるし、さ。そうだアルバス。僕と一緒にお城を散歩する?」
アルバスはオタクたちの熱意に思わず距離を取った。おかしな人々に関わってしまったぞ、という後悔が頭の中に渦巻く。これに興味を示すと大変なことになるのは請け合いだ。結局、どんな反応をするのが正しいかわからず、とりあえずクッキーを口に入れた。
薬学オタクと歴史オタクはかみ合いそうでかみ合わない。しかし、各々にリスペクトはあるのだろう。アルバスに何を教えたら面白がってもらえるか、という議題で盛り上がり始めてしまう。
その様子にアルバスは無意識に唇を尖らせてひたすらお菓子を口に入れる。のけ者にされたみたいで居心地が悪い。
そんな不機嫌な彼が缶の中身を食べ尽くそうかというころ、ようやく本日の議論は纏まったようだった。
「アルバス、今日は僕の手伝いしてくれる?」
「……、僕魔法薬学得意になる自信ないよ」
「大丈夫。小さいナイフを使って葉っぱを切る、そんだけ!」
ならいいけど、とアルバスはマグの中身を飲み干した。家にいた時には怒られている量のクッキーを食べることもできたので今の彼は仲間外れの不満こそあれど多少機嫌もよい。レイはそこを計ってアルバスに指導することにしたのだ。
彼は他人からの視線に敏感だ。それだけならば思春期にありがちな自意識の揺らぎでしかない。しかし、彼が気にするのは陽気で器用な兄と英雄たる父である。彼らと比べられているかもしれない、というプレッシャーがアルバスには常にかかっているのだ。
その上「あのポッターの息子がスリザリン」という圧もある。ありとあらゆる視線が矢のように刺さっている錯覚を起こすのも無理はない。元来比較的落ち着きのない子供である彼は様々な単純ミスを犯し続けていた。
「初級魔法薬学に必要な技能はね、教科書読解力と手際の良さ。この二点ができれば結構どうとでもなる」
レイはアルバスのマグを片付けて、まな板と薬草、そしてナイフを用意した。スコーピウスは別の机に移ってもらったし、ここからは個人レッスンだ。
「慣れれば持っただけで重さがざっくりわかるようになるけど、これは経験値を積まないとできない技だから秤を使おうね」
レイのアクシオに応えて両天秤がやってくる。片側に目安となる重りが乗っているので、後は切っては乗せるという地道な作業を繰り返すだけだ。
「そんなねぇ、面白くないな、みたいな顔しないんだよ。先生傷つく」
「地味だから大鍋混ぜたりがいいな」
「そっちの方が重労働だけど、やる?魔法使わないでずーっと鍋混ぜてる?二時間くらい。目を離して焦げ付かせでもしたら最初からまたやってもらうけど」
「さぁ!先生!薬草の切り方を教えて」
すごい勢いで傾いた天秤にレイは笑ってしまった。大人の魔法使いは杖の一本で鍋を混ぜ続けるけれど、アルバスではそうはいかない。それを理解したのだろう。しっかり腕まくりをしてナイフを握った。
「そしたら、まずは基本のにゃんこハンド。指先とお別れしたくなければ猫の手が基本フォルムね。少ない分には足せるから、切るのは小さめから始めよう。一つ切ったら天秤に載せて、釣り合いを取っていく、はいチャレンジ!」
初期魔法薬学に関しては女子の方が得意という統計がレイの中にある。これは単純な話で、母親のキッチン手伝いを幼いころからしているからだ。刃物を扱う基本を教わっている者が多い。特に、マグル出身者は顕著である。彼女たちは生粋の魔法族や貴族階級出身者よりよほど達者にナイフを扱う。まぁ、大概の場合動物的原料を扱ううちにこの教科が嫌いになってしまうのだが。
魔法薬学の材料となる魔法生物はどうしたってグロテスクなものが多い。そうでなくとも内臓やら眼球やら虫のしぼり汁が何の気になしに材料に混ざってくるのがこの教科の第一ハードルだ。きゃるるん、ふぁふぁ、ぽよよ、みたいな愛くるしい見た目の素材はごくまれなのである。
ごめんな、少女たち。惚れ薬の原料がユニコーンの鬣、虹のかけら、ハート形の木の実、後はお砂糖と素敵なものいっぱい!とかならよかったんだけど、現実はそう甘くない。基本的にはほとんどの構成部材が口に含むのをためらう見た目をしている。
それに、可愛い魔法生物は大概の場合愛護の観点から魔法薬にならない。だって嫌だろ、ニフラーの姿焼きが必須です、みたいな薬。
世界は広いからマンティコアを愛護しようとする輩もいるにはいる。しかし、マンティコアはニフラーより圧倒的に魔法薬の材料として認知されている。命は等しく尊いといった口でマンティコアは狩るのだ。差別だとは思うのだが、これこそが人間のエゴである。
ちなみに、ニフラーを原料にした薬がないわけではない。あるにはある。世の中にはニフラーに並々ならぬ敵意を示す人種もいるのだ。主に銀行関係者。彼らが駆除したニフラーのしっぽや血液は魔法薬界隈では珍重されている。
閑話休題。
「これで、均等……?」
アルバスはようやく天秤を釣り合わせることに成功したらしい。彼の隣で違う作業をしていたレイはその天秤を見やる。確かにきっちり計れていた。これなら問題ないだろう。
「ありがとうアルバス、じゃあ、お皿をこっちに頂戴。で、後三セットだけお願いできる?」
「うん、やってみる」
「慌てずにやっていいよ。授業じゃないからね」
アルバスの真剣なまなざしにレイは微笑んだ。本当は、一対一の授業がいつでもできればいいと思うのだ。彼には間違いなくそれが必要である。
劣っているわけでも悪いところがあるわけでもない。アルバスはただ単に焦り癖があるだけなのだ。
特に、スリザリンという空間が本当はポッターであるアルバスにはよくない。魔法戦争終結後も、スリザリンにはどうしたって偏見の目が向けられる。
内情も知らない外野が他所の寮を推し量るなんてナンセンス極まりないと思うのだが、いかんせん英国魔法界史上最も悪名高い人間を輩出してしまった実績があるのだ。こればかりは曲げようのない事実。
誰しもが清廉潔白ではない。ほかの寮からだって幾人も犯罪者は出ている。それと同じで今回もたまたまスリザリンから犯罪者が出ただけ、なのに。犯罪の規模が大きすぎたばかりに後続にまで悪影響を出してしまっている。
先の戦争の英雄の子供がスリザリンだなんて、という偏見。本来子供にも、寮にだって善も悪もないはずなのに。
人の営みの中で善人と悪人とはわかりやすい形の対立として描かれてしまうのだ。
レイは黙々と作業をこなすアルバスから離れスコーピウスにお茶のお代わりを入れてやる。暇にさせて悪いな、と思っていたが彼は彼で図書室から借りたばかりの本を読んでいた。
「興味を惹かれるものあった?」
「あるよ!良くも悪くもうちの本棚とは根本からしてラインナップが違うからね」
「そいつはよかった。スコピほど勉強熱心な子には禁書の棚の本の貸し出しサインも格安でご提供」
「魔法使いのソネットとか?」
「それは、御父上に頼んでください、うちの図書室には所蔵されていません」
「パパに頼んでもダメって言われるよ絶対」
「僕もそう思う」
朗らかに発禁本のタイトルを出すあたり冗談の好きな子供である。冗談としてはおっかないものではあるが、スコーピウスに限って闇に傾倒することはないだろう。彼は人一倍誰かの痛みの分かる素直な子供だ。
「君たちの放課後を取っちゃって悪いけど、あと少しだけ待っててくれる?」
「もちろん」
スコーピウスの返事と同時にアルバスから声がかかる。思っていたより早い完成にレイは嬉しくなった。手をケガすることなく、言いつけられた仕事をきちんとこなせた。その達成感が彼の糧になってくれればこんなに嬉しいことはない。
「ありがと、じゃあ検品します。で、その間にもう一個だけ頼みたいことがあるんだけどいい?」
「すぐ終わる?」
「あと三分だけ僕にちょうだい。ついでにスコピもお願いしたいんだけど……、本いいところ?」
「しおり挟んだよ」
「ありがとーう」
レイは二人をそれぞれ煮える大鍋の前に立たせた。中身は同じである。アルバスはつい先日吹き飛ばしたばかりである魔法具にあまりいい印象はない。
「その鍋、三分だけ見張っててほしく。で、ピンクっぽく色が変わると思うから教えて。僕が火からおろす」
「なんで見張る必要が」
アルバスの疑問はもっともである。ほかの作業をしながらでもできるだろうに、なぜわざわざ見張っていて、などというのだろう。この液体に何か秘密でもあるのだろうか。
アルバスと同じ疑問を抱いたらしいスコーピウスが口を開く。
「この薬は何?」
「マダムポンフリーに頼まれたちょっと特殊な解熱剤」
いつもは特大大鍋で一発で作るんだけど、今他の薬品で使っちゃってて。二鍋に分けるしかなくて困ってたんだよね。
などと、こともなげにレイが言ったので、質問方法を間違えたと悟るスコーピウスである。オタクというものは前提条件を皆が理解していると勝手に思い込んで話し出すから始末に負えない。
「鍋を見張ることが絶対条件なの?」
アルバスの疑問にレイは説明不足を悟った。そして今度こそ、彼らの求めた回答を提示する。
「魔法薬って不思議なもんでさ、レシピの中に当然の顔をして三分間目を離さない、みたいなのがあるんだよ。なんでか、目を離すと失敗するの。わかんないでしょ?僕にも理由はよくわかんないけど、目を離さないでほしいんだよね。僕の二日の努力が文字通り水の泡になるから」
これが、初回に説明した【センス】に当たる部分です、と説明すれば、やはり彼らは小首をかしげたままである。もうこれは、そういうものである、と思って諦めてもらうよりほかない。
「この葉っぱを入れたところから三分くらい、色が薄っすら変わるまで、目を離さないで見ててね」
二つの鍋の中に月桂樹の葉を一枚ずつ。薬に触れれば葉脈すら残さず面白いように溶けた。
ふつり、と鍋は煮え、監視人の彼らに甘い香りをもたらす。さらりとしていた液体がとろみを持ち、泡がはじけるたびに、ほふりと芳香を振りまくのだ。
「焼き立てパンのにおいがする」
「僕はミルクティとチョコレート」
「同じ薬品なのに?」
「なんでだろうな……」
「特殊な解熱剤って言ったでしょ。それは低学年用なの。各々が好きなものの香りと味に化ける解熱剤で、効果はばっちり出る」
言いつけを守り目を離さない二人に感心しつつ、レイはこの薬についてざっくりと説明をしてやった。
ある魔法生物は人の魂に干渉し、個人の恐怖心を利用する。そのほかにも、幸福を吸い取るものがいたりと、記憶と心の結びつきを揺さぶる魔法生物は多々いるのだ。
であれば、人間側がそれを利用できないはずもない。
それこそがレイがこの薬に施した画期的な仕掛けなのだ。
この薬は過去、体調を崩したときに心が和んだ記憶や心の底にある好きなもの記憶を引き出す。ゆえに、思い浮かぶものは千差万別。
親元から離れ、友達がいる寮でもない一人ぼっちの保健室の夜。体調も悪く落ち着かない中で薬と聞いて泣き出す子供が多い。そんな子供のための特別処方である。
「アルバス、薬の色、今何色してる?」
「透明……あ!薄ピンクになってきた、かも」
「よーし成功。目を離しても大丈夫だよ、ありがと」
「先生、僕の方も」
「はーい、スコピもありがと」
杖の一振りで鍋を火から上げる。あたり一面柔らかくて甘い香りに包まれた。レイはお日様とはちみつの香りを吸い込んで温かくなった心地だ。
「せっかくだからちょっとだけ舐めてみる?」
「病気じゃないのに?」
「ごく少量なら栄養剤くらいの効果しかないし平気だよ」
レイは新品の薬さじに液体を取ると二人へ手渡した。薬である、とわかってはいるが各々好みの香りがして自然と口に含んでしまう。
良薬は口に苦し、というがこれは甘露。到底薬とは思えない甘美な味わいに頬が落ちるようだった。許されるならホットミルクに入れて毎晩飲みたいところである。
「ポットの中身をこれにしてずっと飲んでたらダメ?」
「僕この液体の中を泳ぎたい」
「用法容量を無視して飲むと、むやみやたらな幸福感から好きな人に感謝を伝えて踊り狂いたくなるよ」
「……それの何が問題なの?」
「普段から推奨される行いじゃないかな、踊るのはどうかと思うけど」
純粋な子供の目の光にレイは焼かれそうになる。しかし、何とか耐えた。まだまだ子供の二人には重大な親との確執はないのだろう。だからこそこの薬は低学年用なのだ。
レイは子供たちの微笑ましさに頬をまるきり緩めながら、大鍋の中身を瓶へと詰め、ラベルを張っていった。
「さ、今日はここまで。お茶につき合わせて悪かったね。喉乾いてるだろうからアイスティーを用意しておいたよ。残ったお菓子食べたら好きに解散してね」
アルバスとスコーピウスはレイに促されるままに少し濃いめのアイスティーと残りのおやつで休息をとる。この教室は二人にとってはどこより安全な場所だった。
ストローで紅茶を飲む一年生のあどけない姿に癒されつつレイは手際よく仕事を進めた。これが終わったら大鍋の修理だ。魔法省には是非とも教育費を弾んで欲しいところだが、こういう点で魔法使いというのは厄介なのである。
マグルであれば大穴が開いた鍋を治すより新しいものを買った方が早いだろう。しかし、魔法使いはそうはいかない。杖の一振りであらかたのものの修理ができてしまうのだ。魔力の無駄使いに大いなる反対の意を示したいところだが、これに忌避感を抱くのは魔法界でもレイくらいのものだろう。
積み重なった修理対応待ちの鍋を見てレイはため息をついた。そして、子供というのは敏いもので聞き逃してはくれない。
「先生、僕、この間の授業で大鍋に穴開けただろ」
「ああ、うん、それがどうかしたの?」
「学校の備品を壊してごめんなさい」
「え、ありがとう気にしてくれて……教師人生、そこで謝られたの初めてかも……」
アルバスの捨てられそうな子犬の顔はレイの心を打ちぬいた。可愛い後輩がこのように申し訳なさそうに謝っているのだ。そりゃ、アルバスが無茶をやった鍋の穴はもう鍋買いなおしたほうがいいようなものだった。けれどこの態度。見通しが随分よくなった鍋なんて可愛いものである。
「気にしないで、アルバス!穴開けたって死にやしないから!穴開けて死んでたらロングボトムなんて今頃爆発してるよ!」
スネイプ先生が怖くて毎回ド緊張の挙句、何度も何度もやらかしてたんだよ。鍋なんて穴開けすぎてそろそろあけた穴つないで星座作れるほどだったんだから。バイトとしてその掃除してたの僕なんだよね。と軽く言えば子供たちは驚いたらしい。どうにもレイが親世代であることを忘れていたようだ。
「だから、もしロングボトム先生に意地悪言われたら僕に言いつけるんだよ。僕が責任をもって首をとってあげるからね。まぁ、彼の性格でそれはないと思うけどさ」
「先輩は頼りになるなぁ」
「っ!」
からりと鈴の音で笑ったアルバスの先輩呼びに心臓が跳ねた。今までもいなかったわけではない。基本は先生だけれど、寮が同じだと分かった子供たちから「じゃあ、先輩だね」と言われたことは何度だってある。
それでも面と向かっての先輩、はなかった。ゆえにレイの中を致死量の喜びが駆け抜けてしまったのだ。お迎えが見えそうである。
実際に学生だった頃には後輩から慕われるタイプでは一切なかったし、ドラコがごくまれに呼ぶくらいのものだった。ただ、彼の先輩呼びはレイが求めていたものとは温度感からして違うのだ。
久方ぶりに真っ赤になるまで照れた気がする。レイは自分用にも用意してあったアイスティーを飲み干して先生の顔を取り繕う。
「存分に頼ってよ。君たちより長く学校にいるから、人がいない道にも詳しいんだ」
教師が勧めるのには適していないかもしれないが、日陰の歩き方に関しては一家言あるつもりだ。教室以外にも安全な場所は意外とある。
勝手気ままな自分を先輩と呼んだ可愛い後輩だ。慈しむことの何が悪いというのだろう。
それでも、放課後に教師とずっといるというのも中々に良くないことだ。スネイプにべったりだった自分が言えたことではないけれど、一年生の間くらい、居心地のいい場所探しの冒険はすべきである。
名残惜しいけれど、時々遊びにおいで。そう言って、レイはスリザリンのはみ出しっ子二人にお菓子を持たせるのだった。