セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

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◆2018/10/5

「先生はスコーピウスと先生はやたらめったら仲がいいけどどんな関係なの?」

「そ、そーんな浮気を問い詰める彼女みたいな目をしないで?」

 

二年生になってひと月。無事に進級できた喜びも日常に塗り潰されたころである。

お菓子にお茶付きとはいえ一人で変わり者の教師がいる準備室に行くのは気が重かったが、スコーピウスも用事があるので仕方がない。

それに、彼に求められることが段々と高度になってきているのは確かだ。どうにもお茶ついでのお手伝い、という範疇を超えていると気づいてしまったのである。となればこれは甘い皮にくるまれた補習授業。

これ以上誤魔化されてやるものか、と意気込むも様々を天秤にかければまだ彼に従っている方が賢い選択に思えた。それゆえ、アルバスは呼び出されるままに魔法薬学準備室へと向かい、補習を受けているのである。

 

「スコーピウスのお父さんは比較的仲のいい後輩で、色々あって生まれる前から知ってる、そんだけ!」

 

しいて言うなら、スコーピウスのお兄ちゃん、みたいな。とレイが呟いたのでアルバスはそれはないだろと突っ込んでおいた。親より年上の兄は違法の香りがする。

 

「ほら、手が疎かになってるよ。一所懸命に刻んで。無心で、指先には気を付けて」

 

アルバスはなぜか日々鍛えられているナイフスキルを駆使し、レイが認める大きさに薬草を切り揃えていた。補習授業時以外にも、お茶に誘われるたびにこの仕事を任されているので、お手の物になりつつある。

 

「君はね、不器用ってわけじゃないんだよ。反復練習すれば一級品のナイフ捌きを手に入れることができるんだから」

「褒めすぎじゃない?」

「いいやぁ?確実に早くなってるし、大きさも揃えられるようになってる。素晴らしい。授業中僕の横に立って助手やらない?」

「人の前に立つのは絶対に嫌」

 

一年生のころからじわじわアルバスの手際を伸ばしてきたレイは彼の仕上がりに満足していた。一年でここまで手際が良くなるなんて。後足りていないのは知識と慌てない心だけである。

 

「刻み終わりました、帰っていい?」

「もう一杯飲んでいきなよ」

 

レイが軽く杖を振れば専らアルバス用となりつつあるマグカップにミルクティが注がれた。意外と有無を言わせないところがあるよな、とアルバスは改めて椅子に座った。出された菓子も一級品で舌が喜ぶ。アルバスだって彼とのお茶会は嫌いじゃないのだ。少し面倒なだけで。

だからこそ気の迷いだったのだ。今日はスコーピウスがいないし、ついでに魔法も見てあげようか、と言われ、それに乗ってしまったことは。

 

「じゃあ、浮遊呪文から見せてもらおうかな」

 

レイはアルバスの前に白い羽を一枚置く。そして彼に杖を握らせた。よほど苦手なのだろう、杖腕に必要以上の力がこもっている。これは悪い癖だ。ここの矯正から始めた方がいいだろう。

 

「アル、一回杖おいて」

「え……」

「で、お茶を飲んでクッキーを食べる」

 

そこから始めよう。レイは改めてお向かいに座りなおすと自分もクッキーを食べ始めた。ほろりと砕けるスノーボールクッキーの豊かなバター感。個人的にはどんぶりいっぱいこのクッキーが盛られていても食べきる自信がある。

 

「えっと、クッキーを?」

「ミルクティーもあったかいうちに、ね?」

 

ずい、と寄せられた皿。わけもわからず従う。アルバスが選んだのはレモンアイシングのかかった星形のクッキーだった。それを咀嚼し、紅茶も飲む。

 

「アルバス、イメージの話で悪いんだけどさ」

「うん、」

「もしアルバスが夏休みの課題をしようと机に向かおうと思ったときに、君のパパにさ、早く宿題をやれ!って言われたらどんな気分になる?」

「今やろうとしてたのに!って怒りたくなる」

「そうなるよね。僕にもその気持ちわかる。じゃあさ、君が杖だとして、呪文を使うのに強い力で捕まれてすごい剣幕でぶん回されたらどんな気分?」

「!」

「そう。その反応。いいね。もうちょっと力を抜こうか」

 

アルバスは利き手を揉んだ。力が入っている意識はなかったが、確かに強張っている。深呼吸をして、改めて杖を握ると今までで一番しっくりきた気がした。

 

「魔法はアルバスにとってどんなもの?」

「早めに成功してみんなを見返したい」

「君ってば結構気が短いよね」

 

レイは明確に力が抜けた良い姿勢のアルバスの後ろに回った。彼の肩に手を乗せ、彼の短気を諫める。焦りも重圧もなければアルバスは何にだってなれると証明してやりたかったのだ。

 

「どんな道もはじめの一歩が大事だよ」

 

一番初めに習う浮遊呪文、唱えるべきはわかるね?と杖を構えたアルバスの手を取る。小さな少年の手はしっとりと熱い。

 

「杖との付き合いが浅いうちは魔法の精度が低くなる傾向にある。だって、杖だってまだアルバスとの関係を量ってるところだから。慣れるまでは集中力が必要。慌てたり、怒りながら使ったりするのは杖側も困惑しちゃうんだよね」

 

杖には主人を選ぶ性質がある。そして、主人を認めなければ従わない、なんてお転婆もいるのだ。アルバスの杖がどうかは杖の素材や忠誠心に明るくないレイにはわからなかったが、一つ、明確に言えることがある。アルバスは杖と仲良くできていない。

 

「じゃあ、浮遊呪文を唱えてみようか」

 

レイにとられた手が振るわれる。そして、正しい発音で呪文を唱えれば用意された羽根は緩やかに、しかし高く宙に浮いた。

その結果をもってレイは確信する。彼の魔法が上手くないのは自分とは明確に違う理由である、と。

 

「多分アルバスは、恐れ、苛立ち、とかネガティブ魔法が強いタイプなんだね」

 

その言葉にアルバスは小首をかしげた。耳慣れない魔法が強い、などと言われても理解は難しい。

 

「ネガティブ魔法ってなに?」

 

レイはアルバスでもわかるように説明をする。ネガティブ魔法、というのは魔法族であれば誰しもが持っている魔力のことである。幼児期に魔法を習わずとも魔法が使えるのはこれが原因だ。

時折いるのだ。成長のバランスが崩れてこれが優位になった結果、魔法そのものに苦手意識を持ってしまう子供が。

ネガティブ魔法は想いや欲求が高まって発露する無意識の魔法である。杖を用いて理性で制御した魔力を行使するのとは根本的に違う。ゆえに学校で習う魔法との相性が良くないのである。

そしてなにより、これはある種、思い込みの力でもあるのだ。アルバスが、自分は魔法が下手だと思えば思うほど深淵に引き込まれてしまうだろう。

そうならないように自尊心やらを引き上げる必要があるが、アルバスの性格や周辺環境からは案外難しいと容易に想像がつく。

アルバスが上手くやっていくためには多分、ハッフルパフあたりが良かったのだろう。あそこは今も昔も朗らかで穏やかな寮だ。それでも、付き合えばわかることだがアルバス以上にスリザリンな少年もいないのだ。何とも難しいことである。

 

「まぁ、成長とともにバランスはとれるからね。心配しなくても杖あり魔法も簡単に使えるようになるよ」

「成長とともにって、いつ?」

「個人差があるからねぇ、なんとも……」

 

魂の成熟も魔力の制御も一朝一夕で手に入るものではない。変に期待させても申し訳ないのでレイはこの手の質問に関してはやんわりとした答えを用意している。

レイが口に含んだストレートティーはしっかりと渋く、直前のクッキーの余韻をすっきりと洗い流してしまった。

 

「先生は有名な魔法薬学の学者なんだよね」

「ありがたいことにね」

「なんか、薬とかでできないの?」

「できないことはないけど」

 

アルバスは杖をしまうと前のめりでレイに手を伸ばした。何を言われるか理解したレイは先んじてシレンシオをかけたい気持ちに駆られたが相手は生徒。それもまだ幼い二年生だ。そんなことをしたと校長にバレでもしたらとんでもないことになる。

 

「僕にその薬ちょうだい」

「劇薬だから無理」

 

ぴしゃり言い切ってレイはフィナンシェを口に入れた。これはどこの家から送られてきたものだったか。焦がしバターの効いたレイ好みの逸品だ。

 

「生徒が困ってるのに!」

「あんのねぇ。僕は薬を作る側の人間であって正しく処方する癒者じゃないんだよ。魔法が使えなくて困ってるならちゃんと診断書貰っておいで。そうでもないのに勝手気ままに僕を犯罪者にしないでほしいな」

 

僕はここで先生をやってたいから。

レイが言葉尻にほんの少しだけ呆れを滲ませればアルバスも引いた。それでも苛立ちが口の端から漏れ出る。空気中にピリピリ感じ取れるくらいのネガティブ魔法の発露。この子、よくオブスキュラになっちゃわなかったよな、といっそ感心する。

 

「魔法使いなのに魔法が使えない、パパはあんなにちゃんとした魔法使いなのに。闇の帝王だって倒せるような凄い魔法使いなのに!この気持ち、魔法が上手な先生にはわかんないだろ!!」

 

魔法が上手。そう言われるようになって随分経った。教師になるのに問題ないくらいには上達した自覚はある。

大きな目から涙をあふれさせる彼を見ているとなんだか懐かしささえ思い出された。それなのに心の中を踏み荒らされたみたいに感じるのは一体何故なのだろう。

彼が不安定だというのはわかっているのだから、もう少し優しくしてやった方が良かっただろうか。もっと、可哀想だね、と寄り添ってやればよかっただろうか。セドリックならこんな時どんな声をかけるのだろうか。

それでも、性根が子供のままのレイは自分が正当だと思う言い分をぶつけてしまう。

 

「その願いに見合うだけの努力はした?」

 

レイはひどく冷たい表情でアルバスに語りかけた。不正をして力を手に入れるのに、払う対価の重さを彼は知らない。だからこそ軽々しく抜け道を求める。

たまたま、自分には好きなことに対する才能があった。それを伸ばせる環境があった。けれど、こうなるための努力だけは惜しまなかったつもりだ。

何をせずとも与えられる、そう思うのはさすがに教育上よくない。レイは必死に取り繕って教師の顔を続ける。

アルバスなら気づかないという侮りは勿論あった。憧れの先輩、を表面にコーティングした自分の、人当たりだけがよさそうな適当な笑顔にも。

 

「アルバス、君に僕の秘密を一つ教えてあげる」

 

ならぬことを成すこと、それこそが魔法である。本来それは人知を超えたとてつもなく恐ろしい御業だ。

身の丈に合わぬ力を欲した自分が受けた罰を子供に負わせてなるものか。力に溺れ、世界がたった一つだけになってしまった自分のような化け物を、もう二度と生み出してはいけない。自分だけでいいのだ。破滅するまで坂を転がり落ちる人間など。

 

「僕が魔法上手いのは寿命を半分にしたからだよ」

「え?」

 

いまなお、レイの魔法使いとしての形はちっとも正しくない。それでも人生の半分以上をこの異常な状態で運用しているのだ。今更どうってことない。

大容量の魔法を行使すれば倒れるから魔法薬に頼りっぱなし。どんな副作用が出るかなんて度外視だ。なにせ、どんなに苦しかろうとも自分の寿命は通常の魔法族の半分。今更それがもう五年へずれようが知ったことではないのである。

 

「誰より努力したつもり。努力して今、君の前に立ってる」

 

子供にいうことでもなかったかもしれないが、おためごかしは不信に通する。子供はバカではないときちんと覚えている大人子供としてそれが正しいと思ったのだ。

 

「俺は座学と魔法薬学以外落ちこぼれの生徒だったからさ。嘘だと思うならマクゴナガル先生にでも聞いてみて。妖精の呪文も変身術も、箒で飛ぶのすらからっきし。でも、この学校に居残るために。放課後を続けるために魔法が使える必要があったから」

 

無論。アルバスはレイの言葉を文字通りの意味だとは受け取っていない。寿命が半分になるほど厳しい研鑽を積んだ、と理解しただろう。それでいいのだ。今はまだ。それでも。

 

「大丈夫。さっきの浮遊呪文上手だったよ。今は成長期でちょっとバランスが悪いだけ。慌てなくたって練習を重ねれば初級呪文なんか余裕で使えるようになるさ」

 

ぽろぽろと、止めどなく零れ落ちる涙。止め方もわからずにアルバスはミルクティーを飲んだ。

 

「今の話は僕とアルの秘密ね。スコーピウスだって知らないんだから」

 

何度か頭を撫でてやるもアルバスの涙は止まらない。言い過ぎたとは思っていないし、この子にはこれくらい言わないと伝わらないだろう。それに、泣けるうちに泣いていた方がいいと思うのだ。人に弱いところを見せる、という行為は大人になればなるほど難しくなるのだから。

ぐずるアルバスに声をかけることもせず、見守る。だんだんと落ち着きを取り戻した彼は恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

「先生、ごめんなさい」

「いいのいいの。慣れっこですよ、これくらい」

 

ひらひら手を振ったレイにアルバスの三角だった目元が緩んだ。

事実、子供の癇癪はよくある話だ。これでも全寮制の学校で二十年近く教師を続けているレイにとって、これくらいの癇癪は可愛いもんである。今回はちょっと内容が看過できなかっただけで。

 

「僕も、たくさん練習すれば魔法が上手くなる?」

「断言する。きっと僕より何倍もすごい魔法使いになるよ」

 

すっかりぬるくなってしまったミルクティーを温めなおしながらアルバスに告げれば、ほとんど止まったはずの涙がまたこぼれ出した。

 

「僕は箒にも乗れないし、杖にも嫌われてる。パパとはまるきり何もかも違うのに、みんな僕の後ろにパパを見てる。僕はパパじゃない、僕は僕なのに」

 

それを聞いて合点がいった。難しい問題だ。本人が気にしなければいいだけ、と言ったらそれまでなのだが、長男と違い彼は随分繊細な性格をしている。

本当に、すべての要因が彼にとって上手くない方に転がり続けているのだろう。スリザリンに入ったポッターの息子。その、冠が彼を苦しめ続けている。

 

「先生は、僕とパパを比べないでいてくれる?」

「あはは、だって君はハリーじゃないし、比べるもんじゃないだろ。どっちかっていうと、スコーピウスのお友達、のほうが僕の印象として強いしね。あとは可愛い後輩、とか?」

 

そんなに泣いたらカサカサになっちゃうよ。いつでも練習に付き合ってあげるから泣き止んで。そんな風に宥めればようやく落ち着いたらしい。

 

「じゃあ、せっかくだから元超級落第生の僕が一番得意な魔法見ていく?」

 

可愛い後輩が笑顔を取り戻せるようにレイは杖を取り出した。星の輝く放課後を終わらせないために、優しい黄色の一番星を思い浮かべてレイは呪文を唱える。

 

「ステラカスカディア」

 

準備室に星が降る。使う場面がちっとも思い浮かばない美しいだけの呪文。世界をほんの少しだけロマンチックにしたいだけの魔法だ。

それでも何となく。この体になって初めて使った魔法はこれだった。出力のミスで病院でメテオを降らせてしまったのは記憶の中に鮮明に残っているけれど。

 

「魔法は、すなわち理論だ」

 

無形である意識、を有形の星の瞬きに変える。レイの場合はネガティブ回路を用いているため、心理状態がひどく反映される。

彼らが死んでからこっち、なるべく揺らさないように平常を保ち続けた。揺らげば魔法は狂気にとって代わる。その綱渡りを失敗させたことは今のところない。

 

「アルは魔法を使いたいという強い気持ちは十二分に持ってる。だったら、あとは正しさを極めればいい。正しい杖の持ち方、呪文の発音、杖の軌跡。そうすればおのずと応えてくれるようになる」

 

レイが反対呪文を唱えれば二人のための幻想的な星空はすっかり失せてしまった。

代わりに響くノックの音。レイが扉を開ければスコーピウスが借りてきたばかりの本を抱えている。

 

「アルバス、よかった、まだいたんだね。僕もお茶会に参加していい?」

 

今日のお茶会もこれでようやく賑やかになるだろう。スコーピウスのおしゃべりは場を明るくする魔法みたいなものである。

目元を拭ったアルバスはすぐに笑って友人を迎え入れた。

 

「アル?ここ僕の部屋なんだけどな?」

「先生は、スコーピウスにお茶出さないの?」

「出すけど!?」

 

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