セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

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◆2020/9/2

翌日のこと。スコーピウスと引き離されるかもしれない、とレイはアルバスに泣きつかれた。一つもわけが見えてこないため、そのままアルバスへの聞き取りを開始する。

どうにも、英雄様はスコーピウスを闇だと思っている、らしい。スリザリンにおいてほとんど太陽みたいな無邪気さを誇るスコーピウスで闇ならヴォルデモー卿はなんだろう。ペンタブラック?

 

「スコーピウスは悪くないんだ、全部ぜんぶ、僕がやろうって言った!」

「それを聞いてくれなかったってこと?」

「アルバスは悪くないっていうばっかりで。僕が悪いのに!校長先生に言って、僕らを引き離すんだって。スコーピウスの生まれも、なんで、なんでそんなひどいこと!」

「オッケー、アルバス。落ち着いて」

 

キャンディーを渡して頭を撫でればアルバスの荒かった呼吸が落ち着く。

 

「あの剣幕のままだろうからどう転ぶかわからないけど何もしないで手をこまねいてるのも癪だ。やれるだけやってくる」

 

ここは自由の学び舎ホグワーツ。学校が好きだった男に何を言ってもわからないだろうけど、ここで仲間のために戦わないなんてありえない。すべては、スリザリンなれば。

アルバスには自室待機を命じ、校長室に押しかけてみればこれである。天下のハリーポッターがマクゴナガル校長に詰め寄るところに出くわしたというわけだ。

ノックをして入ったこちらにも気づかずに泡吹いちゃってまぁ。言ってることがあまりにも独りよがりなので夢でも見ているのかと思った。

 

「アルバスにスコーピウスを近寄らせないでいただきたい」

「聞いてないんだけど?」

「あぁ、君に聞かせるつもりはなかったから」

「僕はスリザリンの寮監だ」

「責任は学校にある、そう言ったじゃないか」

「なるほど……?スリザリンは信用ならないって顔に書いてあるよ、ポッター」

「事実だ!」

 

本来、超絶穏健派のレイは今にも逃げ出したい心地に駆られ続けている。しかし、仲間のため、という芯だけで戦えていた。

なんで魔法界の英雄に立ち向かわなきゃならないんだ、という気持ちもあるが、今なら自分の中にある全てのヘイトを彼にぶつけられる気がした。それは即ちとてもよくないこと、だ。

ちらりと校長へ目をやれば静観を決め込んでいる。ジニーも何を言ったものかと思案しているらしい。

だからこそ、レイは努めて冷静に怒れる獅子に対峙する。怒鳴ること、力を誇示することで我を通せると思ったら大間違いなのだ。

 

「今の失礼極まりなさすぎる偏見には目をつぶるよ。日本には仏の顔も三度までってことわざがある。それで?ハリーはうちの寮生になんて?」

「アルバスとスコーピウスを引き離してほしい。そうでなければ僕は魔法省からの圧力をかけさせてもらう」

「残機一だ、ポッター。学校に魔法省から圧力って言った?そぉう。何なら闇の魔術に対する防衛術の教授ポストを用意しようか?きっと今の君なら、素晴らしく基本的で杖の一つも使わない防衛術の授業ができるだろうねぇ」

 

今自分が何言ってるのかもわかんなくなってるんでしょ?と暗におちょくればさらにヒートアップ。かつては日本人らしく舌戦を苦手としていたが、スネイプとイッケイに鍛えられた弁舌は伊達じゃない。

 

「誰があんなガマガエルと」

「お部屋にはピンクの壁紙に猫ちゃんのプレートが必要かな?それと、あの忌々しい羽ペンがいる?アルバスセブルスポッターは嘘をついてはならない!」

 

あ、やべ、言い過ぎた。と思った時には後の祭り。後先考えていないハリーに胸ぐらを掴まれた。てっきり殴り飛ばされると思ったのだが、案外相手も大人だったということ。今殴られたら大人の大号泣を晒すところである。危なかった。

まじまじ相手を見やれば、きゅうと小さくなる瞳孔。今ここで暴力に訴えてしまえば自分の案が通らないことを肌感覚として理解しているのだろう。うーん、そのバランス感覚。そういうところの判断は本当に上手な人だなぁ。

 

「今の自分の客観視はできた?」

 

冷静に冷静に。別に刺激したいわけじゃない。殴られるなんて以ての外。ただでさえ尋常じゃなく疲れているのに余計なダメージを増やしてなるものか。ハリーは大きなため息をついてレイを離した。落ち着きなよ、と椅子を勧める。

この部屋の主に目配せすれば少しばかり睨まれた。学生だったら大減点は免れなかっただろう。危なかった。

うなだれるハリーに声をかけたのはマクゴナガル。レイは敵意を真っ向から浴びて心は折れている。それに昨日からのあれこれの処理に追われ疲労で完全にグロッキー。

この後授業なんだよなぁ、すごいよなぁ、教師って、なんて完全なる逃避を始めていた。てか、ハリーも仕事に行けよ、俺をいじめんな。

 

「魔法薬学教室、および寮監室でレイの監視付きであれば二人の交友は不問とします」

「そんな!レイはスリザリンですよ!?」

「あなたの息子もスリザリンですが?」

 

ハリーの叫びに対応したマクゴナガルの声も自然と大きくなる。大人の大声ほど嫌な物もない。レイは耳を塞いでしま板衝動に駆られたが、何とか我慢した。

ああもう、聞きたくないんだよなぁ。お互い仲良くなんか出来っこないんだから寮の名前出すのやめようぜ。

ちょっとぐらいなら暴言も許してくれるだろうか。今めちゃくちゃなアウェーだけど。このわからずやに言ってしまっていいだろうか。何を言ったのかもわかっていない様子にレイはため息をついた。

アンガーマネジメントには五秒が良いとされている。しかし、あんなことを言われて引き下がれるレイではなかった。

そして、レイの脳内でスネイプがゴーサインを出す。

うん、先生ならそう言ってくれると思ってた。

 

「うちの可愛い後輩になんか文句ある?」

ハリーは自分の失言に今更気づいたらしく顔色が変わった。追撃だ、このチャンスを逃がしてなるものか。

「アルバス・セブルス・ポッター。いい名前だよね。そんなに可愛くない?だったら俺が育てちゃおっかな」

 

扱いやすいグリフィンドールの息子と娘がいいならいいよ。アルバスのこと俺がもらってあげようか?

にっこり、渾身のセドリックスマイル。これは本気だ。お前がいらないっていうなら、こんな息子欲しくなかったっていうなら俺が大事に大事に可愛がるよ。

 

「あのさ。アルバスにスリザリンでもいい、悪くない寮だって言ったらしいじゃない。でもいい、って、何?何様のつもり?グリフィンドール以外はよくないって無意識の侮りだ。スネイプ先生が聞いたらきっとハリーポッターから大減点」

 

ジネブラには悪いけど、こいつ御しきれないなら同罪でしょ。がんばれ奥さん、そんなつもりないけど気に食わなきゃ後で俺のこと殴りに来ていいからさ。

 

「そんなことしない」

「え?忘れちゃったの?グリフィンドールで一番点を引かれてたのは君だ。勝手に俺の先生を英雄視しないでくんない?先生はただの人間だよ」

「スネイプは素晴らしい人だった」

 

その叫びにレイの残機はゼロになってしまった。低くて重い声が出る。意味わかんないんだよ。愛に生きたとか、そういう話。先生が愛していたのはお前じゃない。大切にしてたのはお前じゃない。図に乗るな、先生への侮辱だ。

愛情を美談に仕立てるありきたりな所作に反吐が出る。

 

「そもそもお前がスネイプ先生の何を知ってるっていうんだよ」

 

どろどろの感情。大人が大人に向けるべきではないそれ。最期の最期に先生の持っている尊くも歪な愛の形を知って、彼その人を知った気になるなんて。先生のことを理解もせずに祭り上げるなんて。あまつさえ、息子の名前にするなんて。気持ち悪いったらありゃしない。

こいつを殴るんじゃ到底釣り合わない侮辱に体中の毛が逆立つ。アルバスは悪くない。目の前のこいつにちゃんとした教育を施さなかったダンブルドアが悪い。

やばぁ、いまならアバダ撃てそう。

一触即発のレイとハリーの間に流れる空気を割いたのは猫の一声だった。

 

「折れなさいポッター」

「マクゴナガル先生!」

「先に礼儀を欠いたのはどちらですか」

 

でも、も、だって、もいい大人が使う言葉ではありません。

ぴしゃりと言い切った校長にレイは賛辞を送りそうになったが、この流れはよくない。知っているのだ、喧嘩はすなわち両成敗であると。

 

「あなたたちが学生だったなら間違いなく今期の寮杯争いからグリフィンドールとスリザリンの離脱を命じるところでしたよ。ポッター、ハセオ。恥を知りなさい」

「お、おっしゃる通り、」

 

めちゃんこ怒ってるじゃん先生!と嘆いて小さくなるレイである。先ほどまでの威勢はどこへやら。気力はしぼんだ風船になり、今すぐベッドでぺちゃんこになりたい気分だった。

「仲直りをしなさいとは言いません。ただし、大人の付き合いというものがあります。わかりますね?」

眼鏡の奥、鋭く光る眼光。どれだけ年月を重ねても先生というのは先生なのである。しかも、ホグワーツという場のバフもかかっているのだ。いま、彼女に勝てる手札を持つ者はいない。

へにょへにょで今にも泣きだしそうな四十路の大人はハリーに手を差し出した。

 

「言い過ぎました、ごめんなさいポッター」

「えっ、あ、うん。調子狂うな……」

 

君ってフレッドとジョージと遊んでた時もこんなだっけ?と懐かしい名前が聞こえる。彼らは同志で取引先だ。今なお、そうであるというのはジョージと自分の秘密であるが。

副業は許可されているものの、さすがにずる休みスナックボックスの販売をしているジョークショップと取引があるというのは教師として内密にしたいものである。

ハリーは差し出された手に手を重ねる。氷みたいに冷たい掌はうっすら震えていた。

 

「あ、でも、いらなくなったら本当にちょうだい。アルバス可愛いから。俺ちょうど息子欲しかったし、」

「レイ?」

「じっ、冗談だよ!ジネブラおっかない顔しないでよう」

 

手をほどけばいつも通り。ハリーもよく知った寄る辺ない葦みたいな日本人、レイになる。普段怒らない人物ほどなんとやら、というが彼もそのタイプなのだろう、と勝手に結論づけておいた。

 

「マクゴナガル先生。わかりました。ただし、そのほかの場では一切の交流を許さない。授業も別、談話室でも離れてもらう。もし、マクゴナガル先生が監視を怠って二人でいるようなことが分かればその時は僕が駆け付けますから」

「そんな暇あるなら仕事しなよ」

 

思わず漏れてしまった突っ込みにハリーの眼光がまた鋭くなる。すっかり戦う意思を使い切ったレイはごめんて、と謝罪だけしておいた。

 

「……いいでしょう!」

 

校長室から出た三人は各々生活に戻ることにした。もうすぐ四年生の授業だ。とはいえ、新学期早々はきちんとした授業をしないと決めている。綿密な準備がかったるいというのもあるが、生徒側だってまだ休み気分が抜けない。なれば夏休みトークで場を温めるのが吉だと思っている。

 

「ポッター、もういっこあった」

「何」

 

明らかにピリッとした空気。ジネブラさんがいなくなる前に言ってやらなきゃ怖くて泣くかもしれない。ふえぇん助けてイッケイくん、次点でユウト!セド先輩は最後に俺を慰めてぇ!と心の中で手札の親友たちを召喚しようとするがそうもいかない。

やらねばならないことをやる。いわねばならないことを言う。それってのはこんなにも難しい。

 

「スコーピウスについて」

「……出自の話だろ。調べないよ」

「え、ほんと、ありがとーう?でもなんで?」

「ジニーに怒られたんだ、それだけ」

 

あ、いうまでもなかったですか、そうですか。と彼の奥様に目を向ければ彼女はこの後ハリーに説教する気満々のようだった。どの時代も、どの国でも怒ったお母ちゃんっておっかないもんである。特に彼女は女傑モリーウィーズリーの娘さんだ。

 

「じゃあ、僕からってのもおかしいけどアルバスのケアはさせてもらうからね。親子喧嘩もほどほどにしなよ」

 

ケアの一言に何か言いたげではあったがジニーの手前これ以上の追及はできないハリーである。それに、今自分が行ってもアルバスの火に油を注ぐだけだというのはわかっているのだ。ここはアルバスの信頼熱い大人に任せるべきだろう。

その信頼できる大人、でいられることが何より羨ましい。

 

「君はいいよな、アルバスとちゃんと話ができて」

「いいよな、じゃないよ。ここまでにどんだけ頑張って生徒からの信頼を勝ち取ったと思ってんのさ」

 

ハリーの言い分にまたカチンときそうになるが、こいつはいわゆるアダルトチルドレン。親と子供の関わり方を理解しないまま親になってしまったのだ。その点では確かに哀れだと思う。でも、許される物言いと許しちゃおけない物言いってものはあると思うのだ。

本来親は無条件に信頼されてる。にもかかわらず、彼はアルバスの信頼を幾度となく裏切った。

 

「努力をしない奴は得てして何も掴めない。努力をしないで得たものは遠からず霧散する。親は親でいるための努力ってのを忘れちゃうんだ。子供が無償で愛をくれるから。君はアルバスの信頼に応える努力はしたの?」

 

それじゃ、授業があるから、とレイはハリーに背を向ける。できればこれ以上突っ込んでこないでくれーー!と念じたおかげだろうか。レイは無事に教室へとたどり着くことができた。

そして、レイにとっては過酷な授業を三つほど乗り越えて放課後。ようやくスリザリンのロミオとジュリエットに相対することとなる。

 

「さぁ、お待たせ。紅茶とお菓子を用意しよう。そして、変わっちゃった世界と僕たちの認識合わせをしようか」

 

いつも通りの薬学準備室。ホグワーツの建屋そのものには一切差異はない。にもかかわらず何かが少しずつ違うのだ。例えば、ハーマイオニーグレンジャーがこの城で教師として働いていたり、だとか。

たったの五分間だ。けれど歴史をいじったことによるほんの些細な変化は大きく世界を揺るがしてしまった。

 

「僕たちに分かったのは、ロンと結婚したのがパチル家の子ってことだよ」

「僕の従妹がアンジェって子になってたんだ」

「魔法大臣じゃないハーマイオニーはロンと結婚しておらず、ローズとヒューゴも生まれていない、か。なるほどねぇ」

 

レイはマグから紅茶を飲みつつ、ノートに現状を纏める。彼からすればグレンジャー家のあれやこれやなんて興味も湧かない些細な歴史改変だった。

それより、こうなってしまったことで、過去にさかのぼり未来を変えることが可能であると確信を得られたことが大きいだろう。やり方を考えればセドリックを救うことも可能なはずだ。

抜け目なく、徹底的に作戦を練ればセドリック一人助け出すことだってできてしまうかもしれない。だって、俺はそのためにここにいるし。箱にしまって、誰にも気づかれぬところに置いたタイムターナー。これがあれば、また、あの黄昏を取り戻せるかもしれない。

レイはこのところで受けた多大なるストレスが心に負かとして乗っかっていることにも気づかずにふんわり笑った。

 

「要するに、これってどうすれば元に戻ると思う?」

 

俺には、セドリックが必要なのだ。そんな干感情が心の中に渦巻く。あの笑顔が欲しいのだ。ずっと側にいて欲しいのだ。取り戻したい未来が、目の前にあってどうして手を伸ばさずにいられよう。

今の自分だったら、可愛い後輩だって駒として使える。その暗くて重たい感情がレイをそっと縛った。

 

「え?」

「どうしてこうなってしまったのかな?」

 

まるで、失敗した魔法薬の鍋を前にしたときみたいに。優しげな先生は原因を問う。うっすらとおかしい態度にスコーピウスはおぞ気立つも、アルバスは気にならないらしい。

 

「僕が聞いた話だと、ハーマイオニーはユールボールでクラムと踊らなかったんだ」

「うん、それで?」

「クラムと踊らなかったから、ロンは嫉妬しなかった」

「そうだねぇ、それはどうして?」

「え?」

「だから。どうして、ハーマイオニーはクラムと踊らなかったの?」

「それは。えっと、僕らがダームストラングとして、ハーマイオニーに不信感を抱かせた、から?」

「よぉくわかってるじゃないか」

 

レイが湛えているのはいつもの笑顔だ。けれど間違いなく、先生は怒っている。少なくともスコーピウスにはそう見えた。歴史を変えてしまったことに怒っているのだろう。そう結論付けてスコーピウスはうつむいてしまった。

彼も旧知とはいえレイの過去に詳しいわけではないのだ。まさか蛇の計略がその身に巻き付いているなど考えもしなかった。

 

「膨大な時間の流れの内に生まれた一つの違い。それがどこまで未来に影響を及ぼすか、これでわかったね?」

「わかったけど!」

「けど、なに?もう一回やればもっと上手くいく?今度こそって思ってる?そうだねぇ。うまくいくかもねぇ」

 

じゃあ、もっともっと上手くやって世界なんてまるきり変えちゃおうか。もう二度とあんなヘマしないでくれよ。俺と先輩のためにさ。

そう言おうとしたとき、スコーピウスの声が耳に届いた。

 

「先生」

 

はっとしてスコーピウスのほうを見る。自分の呼吸がとんでもなく浅くなっていることに気づいてしまった。血の巡りが悪くなって硬い指先。無意識でアルバスを詰ろうとしていたのだ。

何もかも君のしくじりだろ?だなんて歴史を改変することの恐ろしさをわかってもいない彼にぶつけるなど本来、言語道断。教育者の端くれとして一等許されない態度を子供相手に取ってしまった。

眠さと疲労とでレイの中の正しさの天秤が揺らいでいた。自分の中の指標をきちんと持たなければ、人は欲に飲み込まれる。

 

「おーーーう。一番なりたくなかった人間やってた。ごめんよー。ちょっと待ってね……」

 

レイは立ち上がり一瞬彼らに背を向ける。そして、ローブの中に隠してあった水薬を煽ると一度だけうち太ももをつねる。可愛い後輩をいじめるんじゃないよ、という自戒だ。セド先輩、俺って最悪の教師だよね。

ヒートアップしてしまった感情を抑え込むための薬は即効性。瞬き一つの合間に魂の温度が下がる。

 

「もう怒ってない。ごめんねスコーピウス」

「先生怒ってたの?」

「君はもう少しだけ人の顔色を見ようか、アルバス」

 

鈍感なのもまた可愛いところだけれど、いつか足元掬われちゃうぞ。そんなことを言いながらレイは彼らのカップに紅茶を注いだ。適温に保たれる魔法のかかったポットはいかんせん便利である。

 

「ごめん、そんなつもりはなかったんだって弁明だけさせて。君たちが嫌いとかうんざりしたってわけじゃない。むしろなんかうっすら巻き込んだことに申し訳なさを感じてる」

 

落ち着くべきは僕だね。キャンディーを一つ、口に入れて噛砕く。柑橘のサクサクミルフィーユはレイが学生時代から好んで食べているものだ。それと紅茶の華やかさとのマリアージュを楽しむ。その余裕を無理やりにでも作れば多少は思考がクリアになった。

 

「言い訳の一つとして、案外忙しくて疲れちゃってた、ってことにしてほしい。激闘ハリーポッター戦から怒涛の三授業はどんな体力おばけでも泣き言を吐くと思うんだ。だからって君たちにあたっていいわけじゃない。ごめん、本当に本当にごめんね」

「オヤジがなんかしたの!?」

「あ、まって。今ときめいた」

「「なんで!?」」

 

アルバス、パパって呼んでたのに今はもうオヤジ呼びなんだ。反抗期まっさかりの眩しさに目が潰れそうになった。清少納言フィーバータイム、二度目の開催。いとをかし。外から見ている分には子供の成長って可愛いったらありゃしない。

 

「よし、今度こそ落ち着いた。別になんにもされちゃないよ。ただ、根暗ぼっち系スリザリンの僕にはアルのお父さんが体育会系ムキムキマッチョグリフィンドール過ぎてぶっ倒れそうになっただけで」

「十分な危害だよそれ」

「アルのパパ、すごいよね、頑張って戦ったけど、僕にできたのはこの場を作ることくらいだ」

 

自分に任せろなんて言った割に勝ち取れたものはごくわずか。これにだっていい顔はされないだろう。

 

「この場所も長くは許されてないから、集合する時間と日にちだけ決めようか。それで、作戦をきちんと練って世界を元に戻すための戦いをしよう」

 

時間がないのはわかってるけど、さすがに僕もぐっすり寝たいです、と手を挙げてみる。さまざまな薬の効果でどうにか意識を保っているだけで、寝ろと言われたならば、今すぐ泥になれる。いくら魔法族の生命の源泉が魔法力によるものだとは言え、肉体も酷使したら壊れる、それすなわちこの世の真理……。

 

「ぎりぎりのライン、週に三日、一回あたり三十分。友情を裂くのは大人として万死に値する行為だと思うけどすべてを禁止されるよりはましだと思って。それでも気に食わなかったら、スコピはドラコに手紙を出せばいい。子供の涙に弱くない親なんていないんだから」

 

今日はいったんここまでにしようか。そうレイが言ったのに突っかかるアルバスであるが、物理的に青くなりつつある彼の顔色を見ることはできたらしい。ぐっと立ち止まり、初めて謝った。

 

「先生、ごめんなさい」

「何に謝ってる?」

「誰かがいなくなるの、嫌いって言ってたのに。こんなことになったりして」

 

精一杯の申し訳なさそうな顔。それを覚えていたのに君というやつはどうしてそんな無茶をするんだろうね。

 

「うん、わかった。君を許すよアルバス。これに懲りたらもうこんな無茶をしないように。次にやったらスリザリンから大量減点して今後の君の学生生活を脅かすよ」

「教師が生徒にしていい脅しじゃないだろ、」

 

ようやくいつもどおりが戻った二人にレイはお菓子を横流しする。高級なクッキー缶やハニーデュークスの贈答ボックスというのは手元にあるだけでワクワクするものだ。一流貴族から送られてきた超一流お菓子ともなればなおさらである。甘いものと美味しいものをこよなく愛するレイからすればこれはかなりレベルの高い励ましだ。無論、検品済みである。この薬草特化の鼻はごまかせない。

 

「さ、明日からは授業が始まる。夏休み気分はここまで。ひと夏の冒険にはお別れしてくれよ」

 

僕との約束だ。子供っぽく小指を差し出せば照れくさそうに絡む。スコーピウスにも同じを求めて指を切れば今日のところはお開きとなった。

茶器を魔法で片付けてレイはぐったりと机に付した。お願い、もう今日は終わりにして、と本気で泣きたい。教師の顔ももう全部、全部売り切れだ。誰か励ましてぇ、と嘆くもその声は虚空に消える。たぶん人はこういう時のために恋人とか作るんだと思う。切実に今、誰かが欲しい。

レイは国際時計の機能が付いた腕時計を見やる。日本はド深夜。誰に電話をかけても友情崩壊のタイミングだ。無慈悲である。

 

せめて、明日の授業の準備しなきゃ、朝弱いんだから朝の自分にパスを回したら時空を超えてアバダされる可能性がある。そうわかっちゃいるけど体が動かねえ。

せめて、せめて、と呟きながらレイは額を机に置いたまま今期の時間割表をアクシオした。

ほんの数ミリだけ顔を上げて明日の予定を見る。するとどうだろう。予定表はまっさらだった。

 

「まてよ、時間割的に明日は完全オフ……?」

 

休みだと思うと体に力が湧いてくる現象には名前を付けたほうがいい。

レイは自身に渾身のスコージファイを決めた。そして私室に転がり込む。教師というのはずるいので教科準備室と私室が繋がっているのである。寝坊をしたとて身支度さえできれば十分で教室に現れることができる神システムである。姿現しができないんだからこれくらいは許されたい。

邪魔な髪をくくり上げ、ユウトがくれたふわっふわの寝巻きに袖を通した。天にも昇る心地である。おまけとばかりに小さなアイスを口にねじ込み、好きな香水をこれでもかと寝室に吹いてやった。

無論、レイは住み込みで働いている教師だ。授業がないからと言って何もないわけではない。寮監の仕事やこまごまとした業務は確実にある。それでも、授業という授業がないのはあまりに幸福なことである。

アイスの余韻が残る口のままベッドに倒れこめば好きな音楽が流れる。天井を飾るのは流星群。寝しなの読書も今日はお休み。うす掛けを手繰り寄せ、抱き枕を抱え込めばもうそこは夢の世界。

怒涛の二日間を超えて、ようやく。本当にようやく。

レイは自分のベッドで眠ることができたのだった。

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