セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

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◆2020/9/18 ①

レイがたっぷりと睡眠をとり、顔色が薬なしでも元に戻りだしたころ。放課後の教室をノックする音が響いた。

レイは学生にもそれなりに人気のある教師なので忙しくしていることが多いのだが、週に三日、特定の時間だけは彼らのために開けていたのだ。

二人の愛しい問題児は各々用があっても時間をずらしたりなんだりとどうにかして時間を作っていたが、どうにも今日は違うらしい。

開けた扉の向こうにいたのは目を赤く腫らしたスコーピウスだけだった。

 

「いらっしゃいスコーピウス。お兄ちゃんに話したいことがある?」

「パパより年上をお兄ちゃんは無理があるよ」

「君ってば冷静で的確にえぐってくるんだから」

 

ちいこだった頃はあんなに僕のこと好きだったのに!とからかわれつつ教室に入れれば、いつも以上に暖かく湿度が高かった。

 

「なに作ってるの?」

「マダムポンフリーに納めるおできを治す薬の製作中、とあとは来週の実習でもこれ作るから大鍋の配置で危ないところがないか、の検証」

「先生って大変なんだね」

 

出なおすよ、と言いかけたスコーピウスの肩をつかみ、社交ダンスでもするかのような手つきで華麗に椅子に座らせる。驚いているスコーピウスの前にはいつの間にかおやつセットが登場していた。

 

「そんなに悲しい顔をしてる可愛い子を部屋から追い出したとあったら僕が方々から怒られちゃうからね」

 

お紅茶の隠し味にベリタセラムはいかが?とおどけるのでそれは犯罪だよ、と窘めておいた。

 

「今できる顔は二つ。ホグワーツのレイ先生の顔、もしくはスコーピウスのお父さんの知り合いのただのレイさんだけど、どっちがいい?」

 

レイは大鍋を一台火からおろすと器用にその炎でホットケーキを焼き始めた。このホットケーキミックスはイッケイが非常食に、とこの間の夏休みの帰省時に持たせてくれた特別なアイテムである。今が使い時だろう。

貴族の坊ちゃんにホットケーキミックス製のパンケーキを振舞うのは気が引けたがちょっと高級なやつなので許されたい。

魔法の調理器具を使えばあとは全自動だっていうんだから本当に便利なものだ。

 

「レイは、アルバスのこと嫌い?」

 

先生、と呼ばなかった当たり正しい答え、が欲しいわけではないらしかった。友情の悩みで腫らした目元なのだろう。うーん青春。なれば、レイが被るべき仮面は一つ。大好きな先輩によく似た、いい人のそれだ。

 

「えー、おんなじくらい可愛いよ。教師としてはね。ちゃんと導いてやんなきゃ!って思う。スネイプ先生が僕見てる時もこんなだったのかなあってさ」

 

くるん、魔法のフライ返しがホットケーキをひっくり返せばパーフェクトな焼き色。もう片面もきちんと焼いて、お皿にのっけてスコーピウスに差し出す。

 

「これは日本的おやつホットケーキ。バターとメープルで召し上がれ」

 

ナイフとフォークを用意して、濃い目の紅茶に変えればスコーピウスの目はキラキラと輝いた。甘いもの好きの同志としてレイはさらなる誘惑をする。

 

「もう一枚食べるときにはアイスクリームをのせてあげよう……あと赤いチェリー……」

 

ぱふん、と効果音を立てて、二枚目が焼きあがる。全自動、それすなわちほっといても生地があるうちは焼き続けてくれるということ、つまり自分もあちあちを座って食べることができるのだ。魔法万歳。

とりあえずお食べ。僕ら二人なら時間の制限はないからね。君のパパが吠えメールでも送ってこない限り。

そんな風にスコーピウスに言ってやれば小さく手を合わせるではないか。日本式のご挨拶に可愛すぎて目が潰れたかと思った。

いや、やっぱりポッターの目は腐ってる。こんなに可愛い蠍の王子様が闇に染まって見えるなんて。お菓子があれば友達ができると思ってるような少年だぞ。一回目玉を取り出して聖水とかで洗い清めてから戻すべきだ。絶対そう。

もちもちとホットケーキを咀嚼するスコーピウスを見ながらレイは推理する。今日の彼はいったい何用でここに来たのか、と。

 

「直球で聞くよ。アルバスと喧嘩したね?」

「うぅ、優しい言葉を使って、」

「その感覚には覚えがある。でも死のうとしてないだけ偉いね」

「さすがに、レイじゃあるまいし、」

「切れ味がすごいのよさっきから」

 

スコピは無意識が一番強いんだからもー、そんなひどいこという子には二枚目をあげません。

食べるのが早いでおなじみのレイは自分の皿に今しがた焼けたばかりのホットケーキを乗せた。次はチョコシロップと生クリームである。

 

「わ、おいしそう、」

「カラースプレーもかけちゃうんだから」

 

薬瓶の間からケーキのトッピングが現れるのはどうかと思うが、彼は薬学狂い。様々を細々分けて棚に並べるのはお手の物である。

 

「レイはさ、どうやって覚えとくの?棚の中身」

「え、棚?こういうのはね、コツがあるんだよ」

例えば、とレイが指をしたのは花付きの乾燥植物が並んだ棚だ。一見、ごちゃついて見える並びにも理由がある。

「スコピは自分の好きな本って何順で並べてる?作者順?」

「僕は、あんまりわかってもらえないんだけど内容似通り順。気になるもの思い出してもう一回読むときに参考文献が近くにあると便利だから」

「えぇっ、うっそお揃い!親近感~!」

 

俺の薬棚もね、そう。

キャッキャと二人で盛り上がった。今この場にアルバスがいたら疎外感で大暴れしていただろう。

ドラコは息子のこの才を見抜いて、極端な才能の持ち主であるレイを近くに置いておいたのだ。まかり間違ってもこうなってほしいわけではないが、何らかの才能ある者同士は魅かれあうものである。

本棚も薬棚も突き詰めれば同じ。オタクにしかわからないこだわりの配置、で盛り上がる。

 

「まぁ、でもレイの場合は危ないよね。似通った効果のものを近くに並べておいて間違えちゃったりしないの?」

「スコピは同じ版元から出てる、背表紙が似た本だからって本間違える?」

「間違えないね、理解できるよ」

 

いつの間にか生地がなくなりすべて焼きあがったホットケーキ。魔法で保温されているため食べごろは損ねていない。それをいくつか重ねてスコーピウスに約束のものを作った。

仕上げとばかりにアイスクリームの上から糖蜜をかければほとんど致死量の糖分。こんな時ばかりは生活習慣病という概念がほぼない魔法族の体でよかったと思うレイである。

 

「レイさん特性、背徳スペシャル」

「ウィゾー!」

 

きゃらきゃら、ちょこっとざらついた鈴の音が部屋に響く。こうやって大人になるんだなぁ、と子供の成長を喜んでみる。実にジジ臭い振舞いである。スコーピウスにこの心持がばれたが最後「そうだよ」とニコニコされてしまうだろう。

さて、ご機嫌取りもこれまでだ。

レイは満面の笑みを浮かべるスコーピウスに少しだけ意地悪をする。

 

「言葉ってのは裏返しなもんだよね。スコーピウス。君はアルバスのこと、嫌い?」

 

止まったフォークにすべてを悟る。ハリーの手前、とはいえ四年間一緒にいてここまで隣にいない時間を過ごすのは初めての二人だ。離れることで見えることもあるのだろう。いいことも悪いことも、いろいろ。

 

「アルバスに足を引っ張ったのは君だって言われたんだ」

「まってまって、予想外の一言だった。さすがにイラつくからアルバス殴ってくるね」

「レイが殴っちゃったら一生仲直りできなさそうだから駄目だよ」

 

とろけたアイスをスプーンですくう。憂い顔の彼になんて声をかけたものか。教師としてレベルは上がったが、人間性はまるでダメなままのレイは言いよどむ。

 

「殴るんなら僕じゃないと、って。殴っちゃったんだよね」

「まさかフィジカルで?」

「ううん、ちょっぴりママの威光を借りて」

 

君はいいよね、って言っちゃった。

ぽたん、と雨が降る。静かに静かに泣いているスコーピウス。優しすぎる彼にそんなことを言わせるなんて、今すごくアルバスが許せない気分である。

 

「僕ね、少しだけ期待してたんだ。世界がちょっと変わっちゃったってわかったときに。うちに帰ったらママがいるんじゃないかなって。パパにフクロウ便飛ばして、でも何にも変わってなくって。僕は相変わらず僕のままで、」

「うん」

「闇の帝王の息子かもしれなくて、それで、それで、」

「スコーピウス」

 

目と目が合う。レイの明るい茶色は少しだけ好戦的な色を湛えているようにさえ見えた。

 

「やっぱりアルバスを殴りに行こうか」

 

言っていいことと、言っちゃいけないことの区別がつかない友達だったら正してやるべきだ。

レイはスコーピウスの手を取ると立ち上がらせた。そして杖の一振りですっかり彼を美しく仕立てる。どこの誰より美しいのがマルフォイだ。高貴に笑っている姿が一番似合う。

 

「怒れたの、素晴らしい。友達って喧嘩してもいいんだよ。全部を迎合なんてできっこないんだから。友達は一番近くにいるけれど同じものにはなれないんだからね。怒りたかったら怒っていい」

「……レイは、どうしていつも僕が欲しい言葉をくれるの?」

 

ドラコより随分深く見えるブルーの瞳がレイをまっすぐに見つめる。クリスタルガラスと同じくらいの透明度にたじろぎそうになるけれど、彼は可愛い後輩だ。

だったら、俺は先輩でいたい。こんな時に光になってくれる、優しくてかっこいい先輩に。

 

「それはね、僕に優しい言葉をくれた大好きな先輩がいるから」

 

言葉は巡り巡って人を繋ぐ。いい言葉も悪い言葉も、ね。だから、人を傷つけることは言ってはいけないんだ。できない約束もしちゃいけないんだよ。

 

「レイ、ごめん。レイも、レイもなのに」

 

また泣き出してしまいそうなスコーピウスの鼻先をつつく。驚いたのか涙は引っ込んだらしい。

 

「あはは、わかるよ、期待しちゃうよねぇ。たった五分で世界が変わるわけなんてないのにさ。でも彼女は確かに失脚してて。じゃあもしかして?セド先輩が魔法大臣になってたりして!って、思わなかったわけがない」

 

僕らお揃い、傷の形がちょっとだけ似てる。

無論二人で泣いたって良かった。戻らないものを求めて寂しくなっちゃってもよかった。でも、それをしないのはもう一人のはみ出しっ子をぶん殴ってやりたかったから。

これ以上の仲間外れはきっとあの我がままな寂しがりの心を深く傷つけることになってしまうだろう。それはとんでもなく可哀想なことであるし、さらなる拗れを生みそうで避けたいところである。

自分たちはこれから先、卒業するまでは三人でお茶会がしたかったのだ。

 

「ごめんね、レイの友達はセドリックだけなのに」

「あ?うそ。僕の友達セド先輩だけだと思われてる!?あと二人いるよ!?すっごい大切な友達。イギリスにはいないけどね」

「ウィゾー……」

「なにそのちっちゃいウィゾー。蚊がとんでんのかと思った」

 

僕のこれはただただ僕という人間がダメだから友達が少ないのであって、君たちみたいに厄介な外的要因があるわけじゃないんだ。本気の本気で僕が悪いんだよねぇ。

レイは遠い目をしながらマグカップにロを付けた。北欧の海賊もかくやという大きさのそれにはなみなみとストレートティが入っている。

もちろん、これは水分代謝が人の三倍はある自分用。スコーピウスに使わせているのは来客用の美しいティーカップだ。

レイという人間は美しいものが美しいようにある様というのが好きであるので、例えスコーピウスが家ではマグカップを使っているよ、と言おうがウエッジウッドで紅茶を提供することをやめない。

だって、これポートレートにしてドラコに送り付けたら金稼げそうな趣があるもん。しないけど。

 

「喧嘩って、青春の華だよスコーピウス。若いうちにやっといたほうが仲直りの確率は限りなく高い。今のうちにアルバスのわからずやはボコボコにしときな」

「レイもしたの?喧嘩」

「世界が終わっちゃうかと思うくらいのやつをね、一回だけ」

「非好戦的なのに?」

「だからこそ。上手な怒り方がわからなくて。胸の中にため込んで爆発させちゃったんだよね。で、相手も頑固な奴だから正面衝突よ」

 

ホント気を付けたほうがいい。ある程度自分の気持ちには素直になっておくもんだよ。

これは今だから笑って言える話だ。あれから何年もたってあの時は、凄かったねぇ、もう終わりかと思ったもんねぇ。と帰省のたびに三人で話題になる。

中々どうして人生が違うものになってしまったから華やかで麗しい昔話に偏ってしまうのだ。おじさんが武勇伝を語り続ける理由が最近分かるようになってしまって悲しい。

 

まぁ、ユウトもレイもイッケイも各分野、別ベクトルの知識オタクではあるので最近の成果発表に目下研究議題と話題には事欠かないのだが。

おかげで、ニフラーに学ぶ収納術『感知不能拡大呪文の応用と長すぎるパールを一発で巻き取る方法』とか、ホグワーツにも国語の授業を設けるべき、魔法界といえど英国に生まれてシェイクスピアを知らないとはいかがなものか、愛そうよ国文学を!とか、結局、マーリンの髭って慣用句は日本だとなにになるんだろうね、道教の鼻とか?などを語り明かしてしまった。どれもこれも脳に残りやすい話題だ。

ちなみに、その時に自分が提供した話題は万能ひっつけ薬の万能性ってどこまでなの?である。ちなみに、実験として彼らの前でバナナの皮と身を引っ付けて絶対に剥けないバナナを作った。非難轟々だった。

閑話休題。

 

「だからね、スコピが次にすべきは仲直り。嫌いだから喧嘩したんじゃないもんね。アルバスのことが大事で。でも、許せないことを言われたから怒った。何度でもいうけどそれは正しい怒りだ」

 

アルバスもきっと理解してて、仲直りしたいと思ってるはずだよ。そうレイがわざとらしい大声で言えば教室の外からうめき声が聞こえた。

 

「ねー?アルバス?」

「!」

 

スコーピウスの目が大きく見開かれてこちらに何かを訴えかけてくる。けれど、今はバカのふり。何食わぬ顔でアルバスを招き入れればほんのりと赤い眼もとに目が行く。

 

「あの、」

「えっと、」

 

ちらり、お互いを見て目をそらす。話しかけようとしてタイミングがそろってしまい、何も言えなくなる。そのあまりの初々しさにレイは眩暈がした。

ここで割って入って謝罪のコーナーに持ち込んでももちろん良いが、そういうもんじゃない。これは二人で乗り越えなくちゃ。何もかもをいつかの思い出に変えるために。

レイはマグカップを片手に絶対助け舟は出さないぞの態度を貫いた。二人から交互に視線が向けられるので笑い出しそうになってしまったが、両眼をつむって何とか耐える。もう幼児じゃないんだから自分たちで何とかしなさい。

 

「スコーピウス、あの、ごめん。君を、傷つけたかったわけじゃなくて、その、あぁ、でも、結果的には君にひどいこと言った。全部僕が悪い」

「う、ううん、僕のほうこそ、逃げてごめんね」

「足を引っ張った、なんて、絶対にそんなことないんだ。君は頭がいいし、僕が知らないこといっぱい知ってる。絶対にない。君は闇を照らす光だ」

「っ……ありがとう……」

 

謝って、謝られて、お互いの魂の形に触れる。それは途方もなく尊くて青い行為。

羨ましくないと言ったら嘘になる。でも、これは今を生きる彼らのお話だ。戻れも進めもしない黄昏に身を浸している自分とは似て非なる物語。

だから、ちょっと。鼻の奥が熱くなってるのは内緒である。

 

「仲直りはできそう?」

 

レイの声に二人はそちらを向き、合図もなしに同時に首を縦に振った。

明らかに口角の上がった表情の可愛いこと。いままで生徒に覚えたことがない感情である。そもそも、スリザリンの子供たちは幼少期から大人びたのが多いから、ここまで無邪気に友情の光を見せてはくれないのもある。

自分が吸魂鬼だったら幸福の食べ過ぎで今頃破裂していることだろう。幸福感のスイーツビュッフェだこんなのは。

 

「よかったよかった。じゃあ、アルバスも座んなさい。ホットケーキ出してあげるからね」

 

追加のホットケーキミックスをセットすれば、再稼働するホットケーキ工場。ものの数分でまあるい幸せが焼き上がり三人の口を幸せで満たした。

レイはいつも通り二人が話すのを聞いていた。仲良きことは美しきこと。その甘さたるやホットケーキにシロップがいらないほどである。

 

「じゃあ、仲直りついでに、僕から提案がある」

 

レイは感知不可拡大呪文のかかったポシェットの中から一つ、箱を出した。中身はもちろんタイムターナー。二人がなくしてしまったと思っていた違法の代物。

 

「やっぱり先生が持ってたんだ!」

 

アルバスが間髪入れずにタイムターナーに手を伸ばそうとするのでレイは制す。おずおずとひっこめられた手と納得いかなそうな表情。さぁ、不本意だけど可愛い生徒を言いくるめる時間だ。

可愛いからこそ。レイはもう絶対に危険になんてさらしてやりたくなかった。子供は大切にされるべきもの。守られてちゃんと大人になるべき存在。だって、大好きな人たちはそうやって誰かを守ったから。

それは地に足をつけずに教師をしているレイにとって唯一絶対の指標。レイがレイであることを失わないための"正しさ"だ。

憎き誰かの血を継いでいても、子供に罪はない。みすみす危険に突っ込んでいく子供を止めないなど教師のすることではない。それがレイの思うカッコいい大人のあり方だった。

 

「これは渡せない」

「なんで?一緒に方法考えようって言ったのに」

「君たちを危ない目に合わせるわけにはいかないんだ」

「どうして急に大人みたいなこと言うんだよ!」

 

予想通り噛みついてきたアルバス。その言い分がおかしくってレイははにかんだ。子供ってのはやっぱりこういうことに敏感だ。こっちが成長できない大人子供だときちんと理解して仲間の範疇に入れてくれていたってわけか。

ありがとう、仲間に入れてくれて。なんて言ったら場を混乱させてしまうと思うし、なにより大人のメッキが剥げてしまいそうで危ない。

 

「アル、僕こう見えて大人なんだ。そりゃ君たちとそんなにサイズ感変わらないし、ありがたいことに童顔だけどさ、君のパパの先輩だよ?」

 

そして君たちの先生だ。

きちんと突きつければアルバスの視線に失望ともつかない感情が浮かぶ。心が痛むが、これが正論。いくらアルバスでもこの正しさは理解できるだろう。

 

「僕個人としてこの言い方はすごい本位じゃないけど君たちは子供で僕は大人。考えれば考えるほどに君たちを巻き込むのは違うよなって思っちゃって」

 

レイは今までの教師人生で一番真剣に、二人へ言葉を渡す。無論、すべてを聞き分けられる年ごろでないことは理解している。それでも賢いこの子たちであれば響くものがあるはずだ。そう信じて。

 

「ほんの少しの差異で今が変わってしまった。それは君たちも知っての通りだ。もう一回、もう一回と失敗を繰り返せばいつかとんでもない間違いに繋がる。そして、間違ったと気づいた時にはもう取り返しがつかないかもしれない」

 

蝶の羽ばたき一つ。それが何を変えてしまうか、嵐になるまで人間は気づけない。例え奇跡的に嵐の予兆を察知できたとしても、それが蝶の羽ばたきであったことは誰にもわからないものなのだ。

 

「本当にありがとう、アルバス。僕を仲間だと思ってくれて。でも僕らは友達じゃない。教師と生徒だ。それになにより、大人は友達にしちゃいけない」

 

君が怪我をしたとき、息が止まってしまうかと思った。絶対に傷つけさせてなるものか、と思ってた存在が傷ついてどれほど恐ろしかったことか。

 

「君にはまだわかんないと思うけど。親みたいなこと言うつもりもないんだけど。僕は、君たちに傷ついてほしくないって思ったんだ」

 

後輩だったら駒にできると思った。あの瞬間は、確かに。でも、やっぱりそれは難しい。だって、誰かを傷つけた結果で光を取り戻したってレイのお星さまは笑ってはくれないだろう。

彼の持っている優しさと甘さはスリザリンには目映すぎる。それでも、その高潔さをどうして損ねることができよう。

 

「これは僕が責任をもって預かる」

 

レイは円環の輝きを箱に再度閉じ込める。とんでもない誘惑はレイの心を惹きつけてやまないけれど、今はまだその時じゃない。

 

「三人だけの秘密にできるかな?」

 

君の従弟たちは確実に戻してあげるから安心して。子供にするようにアルバスの頭を撫でる。明確な不服がその膨れた頬から見て取れるけれど、つついておくにとどめた。

 

「はい!この話はもうおしまい。今日もそろそろ三十分だ。ホットケーキ食べたら寮に帰んな」

 

最後の一杯を彼らのカップに注いでレイは片づけを始める。と言っても杖を振るだけだ。まじめに働いていた調理器具たちはいそいそとシンクへ隊列をなして進んでいく。

 

「先生は、先生の過去を変えるの?」

 

スコーピウスの呟き。あいまいな表情でレイは言葉を返す。

 

「さぁ、どうかな」

「……。もし、もしだよ。先生が先生の友達を今から救いに行くってなったら何をする?」

「えぇ?そんなの聞いてどうするっていうの」

「アルバスを待ってる間に聞かせて」

 

その言葉を聞いたアルバスはあからさまにホットケーキの租借ペースを落とす。行動のあまりの愛らしさに頬が緩むレイだ。

タイムターナーが自分の手の内にある以上、この子たちにはもう何もできない。それに、だ。レイが一人で時間を変えてしまえばそこで起きた改変が正史となり、今に繋がらなくなる。

手の内をすべて語るわけにはいかないが、少しくらいなら語ってもよいだろう。

 

「ぉーあっえ?」

「アルバス、お行儀悪いよ。飲み込んでから話して」

「もぇん……」

 

むぐむぐ、ごくん。スコーピウスに叱られたアルバスは最後のホットケーキを飲み込んでいつになく熱心な面持ちでレイの言葉の続きを待っていた。

 

「それは、」

 

と答えようとしたとき、子供たちの目が輝いていることに気づいた。これはよくない兆候。教師として二十年。数多くの子供たちを見てきた勘が待ったをかけた。

 

「内緒です」

「「えぇ~っ!」」

「はぁい、片づけるから今日はここまで!時間めいっぱい。怒られたくなきゃ解散!」

 

散った散った!と追い出されてぱたん、と閉じられた教室の扉。これ以上の深入りは禁止、ということだろう。何を言ってもレイの気持ちが変わることはない。そう感じた二人はその場を後にした。

あてもなく廊下を歩く。完全に手詰まり。セドリックを救う方法も、自分たちのしでかしたことの責任を取る方法も失せてしまった。タイムターナーがなければ何一つ変えることはできない。

あまりにも無力。手を伸ばせば変えることのできる過去がそこにある。けれど、その手段を今しがた失ったのだ。

 

「先生も先生だ。あんな寂しそうな顔するのにどうしてセドリックを助けようとしないんだろう」

 

自分たちが置かれた状況のこともすっかり忘れて二人はこっそり、廊下の隅に寄った。

アルバスは口の端に残る甘い夢のあとをぬぐって憤る。セドリックは先生の大切な友達だ。そう聞いた。それはきっと自分にとってのスコーピウスみたいなものである。何があっても離れたくなんてなかったはずだ。

 

「レイ先生は大人だからできないんだよ」

 

スコーピウスは握りこまれたアルバスの拳を優しく包む。その怒りは理解できるものだ。けれど、レイ本人が違うという以上、自分たちができることはない。

 

「でも、もし僕が同じ立場だったら絶対にスコーピウスを助けに行くよ」

 

アルバスの明るいグリーンの瞳の中、星が瞬いてスコーピウスの全部になる。なんだか泣いちゃいそうな心地なのに胸の中はいつも以上にぽかぽかと温かい。

一等大切な友達だ。失いたくない。たとえ世界がおかしくなっちゃっても、スコーピウスは彼と一緒にいたいと思う。

 

「先生、背中を押してほしいんじゃ」

 

大切な友達を取り戻したいにきまってる。けれど、大人の思慮がそれを邪魔する。だったら、自分たちがやろう。そうすれば彼は、あんな悲しい顔で笑わないでいいはずだ。

 

「行こう、先生の友達を助けに!」

 

そうと決まったら行動が速いのがアルバスである。魔法薬学教室に踵を返そうとするのでスコーピウスは止めた。

 

「アルバス、まって?早いよ、作戦ってちゃんと立てるもんじゃないの?」

「大丈夫、何とかなるって」

「ならないよ?絶対にならない。え?聞いてる?アルバス!?アルバスーー!」

 

廊下で許されているギリギリの速度でアルバスは歩き出した。慌てて肩をひっつかめば一応止まる。

 

「なんだっけ、ほら、あれだ。善は急げってやつ」

「なんだっけって言ったからダメ。絶対ダメ。作戦なし反対!」

 

そもそも僕たちは二人でいることさえ許されていないんだよ。今だってレイ以外に見つかったらどうなることか!

そう反対されてアルバスはほんの少しだけスコーピウスと距離をとった。一メートルもないそれはどう考えても意味をなさないだろう。

 

「もう無理だと思うな」

「うん……」

 

スコーピウスはアルバスにくっつくとこっそりとごく小さな声で話始めた。

 

「いまから、僕は何となく必要そうなもの集めるから。アルバスは作戦考えといて」

「わかった」

「集合は十分後、ここで。それでいい?」

「うん!」

 

行ってくるね、と駆け出したスコーピウスを見送ってアルバスは考え始める。うっすら役割分担が逆な気もするけれどスコーピウスがこちらを自分に任せたということは何かあるのだろう。

 

「第一の課題はドラゴン。これは僕たちが歴史を変えてめちゃくちゃにしちゃった。だから、戻ってもこれ以上うまくできない。しかも、制限時間がある。誰にも見つからず、でも、セドリックとパパを同時優勝させない方法。そもそも、第二の課題ってなんだっけ?迷路?湖?どっちだっけ、スコーピ、って今いないんだよ僕の馬鹿」

 

もしも、自分だったら。で考えてみる。トライウィザードトーナメントに出るなんて最悪な体験。目立つし、死にかけるだろうし、最後は闇の帝王ときた。絶対に嫌だ。闇の帝王エンドを知らなかったとしてもエントリーする人間の気が知れない。

きっと目立ちたがり屋で、自信家で、人気者だ。僕の正反対みたいな。

 

「正反対みたいな?」

 

まっすぐ、光の中を歩いてきたみたいな人がとんでもない屈辱感を与えられたらどうだろう。全部嫌になっちゃうんじゃないかな。恥ずかしくて、もうやってられなくて、みんなにいじめられちゃうみたいな。

 

「それ、ありかも……!」

 

アルバスが思いついた悪魔の作戦。それは彼にとってあまりにおなじみの感情。屈辱感を与えるというものだった。

レイ曰くハンサムで完全無欠のカッコいい先輩こと、セドリックディゴリー。きっと今まで一度だって挫折したことがないような。父に愛されていて、誰しもに期待されていて、みんなから好かれる。そんな人。そうに違いない。

 

「迷路でも湖でも風船にしちゃえばいいか?丸く太ってぷかぷか浮かぶのがかっこいいとは到底思えないから」

 

賢者の石の製造方法を思いついたニコラスフラメルみたいに、アルバスの脳内には成功のビジョンが見えた。

あとはこれをスコーピウスに説明するだけだ。

きっと、きっと上手くいく。

こんな完璧な計画。スコーピウスも、パパも、先生も、僕を褒めてくれるに違いない。

 

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