セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

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■1995/2/23 ①

セドリックディゴリーは優秀な魔法使いである。侮られがちなハッフルパフにおいて一人、抜きんでた魔法の才能。それをひけらかさない謙虚さと、誰しもに平等で優しい、高潔な精神。学があるだけでなく優秀なシーカー兼ハッフルパフチームのリーダー。ミスターパーフェクト。

彼の周りにいて彼に期待しない人間などいない。そんな男だった。どこへ行くにも注目の的。そんな彼がトライウィザードトーナメントの学校代表に選ばれた夜のハッフルパフの様子なんて学校史上稀にみる盛り上がりだった。

 

だからこそ、ハリーポッターを恨むのも仕方のない話である。寮のスターに回ってきた主人公枠。その話題ひったくるように選ばれた生き残った男の子。ルールの範疇であればまだ違っただろう。公式なライバルとして認められたかもしれない。それこそ、校内クディッチ大会ではシーカー同士切磋琢磨するライバルである。それに文句を言うものはいない。

けれど、今回はそうではないのだ。校内でも校外でも話題に上がるのはポッターのことばかり。温厚な穴熊が怒りを表すのも仕方のないことだろう。

とはいえ、当のミスターパーフェクトはそれすら気にしていなかった。いるライバルには打ち勝つだけである。それが正当であろうが正当でなかろうが、同じ土俵に立つ以上、関係はないのだ。

 

セドリックを指す言葉としては傑物、それが正しかった。それでも彼の周りはそうではない。その板挟みに疲れ切った時に出会ったのがレイである。

数年に一度いる海外からの留学生。一団の中でただ一人スリザリンに組み分けされてしまった少年。ずば抜けた魔法薬学の才能を持ちながら他はからっきし、そこまでは知っていた。

何せあのスネイプ教授のお墨付きなのだ。かの教授の部屋に悠々と出入りしている生徒というのはひどく限られている。彼はそのうちの一人だ。

ひょんなことからその彼と親交を深めることになったのだが、なぜかセドリックが探しているときに限って彼は見当たらない。昼寝床を探す猫のように神出鬼没なのだ。

 

そして今日も彼は思いもよらないところにいた。禁書の棚である。

 

「ディゴリー先輩、なんすか、許可はありますよ」

 

数回の彼曰く、逢瀬、を経て彼も自分と話すのにもそれなりに慣れたらしい。短くはない時間だと思うのだが、いまだレイブンクローの友達、と仲直りができた気配はなかった。度々セドリックに泣きついている。

魔法薬学の理論はこんこんと語れるのに人間関係の修繕に関してはてんでダメ。要領を得ない相談も根気よく乗ってしまうセドリックの傾聴力の素晴らしさは語るまでもないだろう。

レイが自分の周りにはいなかったタイプの人間だったので興味深く、話を聞いてしまったというのも理由の一つだ。ちなみに友達との仲直り方法を真剣に問うて顔を青くしたり白くしたりするさまがほんの少し愉快だったというのはセドリックだけの秘密である。

 

「一応、規則上ね。君の事疑ってるわけじゃないんだけど」

「はぁい」

 

ぺらり、見せられたのはセブルススネイプの名前が入った許可書。これさえあれば何の問題もなしだ。レイの行動は合法である。

セドリックが監督生である以上、通常入ってはいけない空間にいるの彼に対してこの反応も仕方がない話だろう。

しかし、許可があるならば話は別であるし、悪いことをしているわけでない。なにより仮にも友だと思っている相手から無下に点数は引けない。セドリックは笑って、大丈夫だねと言ってやった。

 

「今日は君に相談があるんだ」

「だから、ディゴリー先輩。何度も言うんだけど、俺魔法得意じゃねぇのよ。先輩に思いつかないことは俺にも無理です、以上」

 

レイは禁書の棚から二冊ほど本をとると手元に積んだ。すでに三冊乗っているが、どれもこれも少々怪しい内容である。

 

「闇の魔術に興味が?」

「闇の魔術、というより魂に興味があるんですよ。魔法族って体バカ強いでしょ。じゃあ魂は?と思って。ゴーストの魂の形は?そもそもゴーストって魂なんじゃない?とか。学術的で、より神秘的な観点」

 

禁書本のコーナーから出たレイはそれらをいったん机に置いた。そしてありえないほどに長くなった貸出カードに一筆記載して許可書とともに図書室の魔女のもとへと運ぶ。

かのマダムは図書館の女王である。さっと目を通すと判をついて本の持ち出しの許可を下した。

 

「わかっていると思いますが」

「禁書本はスネイプ先生の教室に保管します。一週間で返します」

「よろしい」

 

彼は彼専用の検知不能拡大呪文がかかった図書館バッグに本をしまうとようやくセドリックのほうを見た。

 

「ここじゃなんだし、中庭に移動しましょ」

 

とことこ、と歩く彼についていけば不思議と人に合わない。セドリックというのは目立つ男であるのでどこへ行っても声をかけられるのだが、レイといるときは違った。彼曰く、日陰者は日陰者の道を知っている、だそうだ。

途中でレイブンクロー生とすれ違う時に身を固くするが、どうにも目下戦争中の相手ではなかったらしい。血の気の引いた顔をしながらも歩いて行った。

学校の中にこんな場所があったなんて知らなかったセドリックは暗く、涼しい廊下を通り抜ける。そしてたどり着いたのは日差し降り注ぐ中庭。といっても彼が想像していた場所とは違った。清々しく抜けた空が見える場所ではなく、校舎に囲まれた狭い空だけがこちらをのぞき込んでいる。

 

「校舎の中にあるから中庭には違いないでしょ」

 

小さな庭、そのさらに隅っこ。レイは適当に腰掛ける。

美人で人気者の先輩と校舎裏、相手が男なのを除けば憧れのシチュだなぁ。とつぶやいたものの日本語である。セドリックには伝わらなかったはずだ。

セドリックも隣に腰かけたが、足の長さがあまりに違ってレイは笑顔のままそっと呪詛を吐いておいた。むろん、彼には伝わっていないだろう。

 

「で、先輩。相談事って何なんです?」

 

俺にできる範囲なら聞きますけど、と言ってみるものの、ろくすっぽ魔法が使えない自分にできることはかなり限られてくる。正直、彼女さんとかに相談した方がいいのではないだろうか。彼のガールフレンドはレイブンクローの才女だったはずだ。

 

「明日。ついに第二の課題だ。見に来てくれる?」

「そらもう。ディゴリー先輩の晴れ舞台だから」

 

どうにも歯切れが悪い。相談、と聞いていたのに明日の話なんて。レイにはうっすら何事か見えているが、後輩相手に言い出しにくいのだろうか。恥、と感じているのか、はたまたこんなことを頼むのは迷惑かと思案しているのか。命を救われた身としては役に立てるのであれば光栄なのだが、そう言ってやった方がいいだろうか。

なんにせよ、脳内でいくつかの魔法薬の案を出しては消してのタイムアタックを始めていた。万物の中から問題解決に最適な薬をはじき出す遊びはレイの得意とすることである。

 

「水の中に潜って宝探しでしたっけ?」

「制限時間付きで、ね」

 

セドリックは杖を出し、頭の周りを泡で覆って見せた。上等な頭泡呪文である。レイには逆立ちしたってできない。ただ、一つ疑問か浮かぶ。

 

「それって、そんなに長時間持つんです?外からの酸素供給ゼロだよね?」

 

そう。セドリックの悩みはそこだった。割れる心配以上に今この場にある酸素が尽きたら酸欠で死ぬ。そこまでの長時間に対応した魔法ではないのだ。いくらスポーツマンとして心肺機能が優れているといっても湖の中を泳ぎ、何が立ちはだかるかはちっともわからない、となると心もとないどころの騒ぎではないだろう。

この呪文でも多く見積もって一時間半。どうにかできる算段はあった。ただ、考えれば考えるほど不安になってしまったのだ。

第一の課題として魔法使い殺しとして悪名高いドラゴンを、学生にけしかけてくるようなトーナメントが果たしてこれで許してくれるのだろうか、と。海洋生物に変身することも考えた。泡をもっと大きく強固にすることも。魔法薬や薬草学の知恵だって加味して。

 

「泡として強くすればするほど魔力を食う。その上、必要以上に酸素を取り込めば浮力が強くなって体の制御が難しい。全身を覆うことも考えたけど、水中での推進力が格段に落ちる」

 

いうたびにセドリックは様々な魔法をレイの前で見せた。その才能に感心するが、彼はゴブレットに選ばれた男。これくらい朝飯前なのだろう。

小さな空から差し込む光の中で軽やかに魔法を行使する彼は、まさに魔法使い。

レイはその姿に感嘆のため息をつきつつ、そんな彼の最後の協力者となれたのが心底嬉しくなった。

 

「今から最高に失礼なこといいますよ」

「甘んじて受け入れるよ」

「せめて一昨日、いや、昨日でも間に合ったか。もうちょっと早く言ってくれれば総力を挙げて薬作ったんですからね!」

「したことないけど、夏休みの宿題を最後までおいといた時の気分ってこんな感じなんだろうね」

 

困ったように笑いながらセドリックはすべての魔法を解いた。ぱちん、とシャボンのはじける音。そしてレイへ本題を切り出す。

 

「結局。考えたのは鰓昆布。ただこれは高価だし、そもそも入手難度が一般的な薬草と比べれば桁違いだ」

「俺の手持ちにも今はないなぁ、」

 

残念だけど、と視線をずらしたレイの前に差し出されたのはカラフルで可愛らしい箱。それの中身を知っているレイは歓喜のきゃ!を漏らしてしまった。

 

「ディゴリー先輩、どこで俺の扱い方聞いたんです?」

 

この箱は贈答用蛙チョコレートだ。ここには普段は店頭に並ばないフレーバーのものがいる。イチゴとダークチョコレートのマーブル蛙。ここでしかお目にかかれないイチゴヤドクガエルである。

 

「流石にこれはないだろって自分でも思うんだけどね。もしよかったら力を貸してほしくて」

 

柔らかく笑うその顔は人畜無害。そのはずなのに、蜂蜜くらい甘そうなグレーの瞳の奥に燃える計算と計略。短い付き合いではあるが、この表情は彼の持っている公平さが見せるそれとは一味違う。どっちが本物なんだろうと考えるだけ野暮だ。彼にとってはどっちも本当。

いい人、だけではないと分かればレイの心はおのずと開かれる。こういうギャップに弱いのだ。あと、人ってちょっぴり悪いくらいが面白い。

蛙チョコレートを受け取れば契約成立。レイは贈答箱を小脇に抱えて笑った。

 

「ディゴリー先輩。あんた案外抜かりないタイプですよね」

「シーカーだからね。視野が広いって言ってもらえるとありがたいな」

「ね、蛙チョコともう一つ。それの許可が得られたら俺頑張れるかも」

 

敵意も害意もないと伝えたかったのだ。レイは自分が一番いいと思う顔で笑う。ただでさえ自分はスリザリン。自分の寮への愛着と敬意はあるけれど、他寮が自寮に対してよい印象を抱いていない、というのは百も承知なのだ。ミスター公正がそこを気にするとも思えなかったが、なんにだって引いておくべき線はある。

緑は裏切りの色。最も恐ろしい魔法の色でもある。けれど、この身にまとう深緑はまことの友を思う色だ。

 

「ディゴリー先輩。あなたのことセド先輩って呼んでいい?」

 

自分しか呼ばないあだ名をつける。その行為が好きだった。だからあなたは三人目。この学び舎で俺が選んだ指折りの友達。たとえ一方的でも、俺はそう思いたいのだ。

 

「じゃあ僕は君のことをなんて呼ぼうか」

「日本人の名前ってあだ名にできるほど長くないから、レイって呼んでくれればいいよ」

 

先輩に君って呼ばれるのも好きだけどさ。

そう言ってはにかんだ彼の名前。ファミリーネームしか知らなかったことに気づいた。彼の生きてきた国ではどんな風に書くのだろう。それは知らないけれど、響きはこの国においても意味を持っている。

 

「レイ、光って意味もある。いい名前だね」

「……。あれ。もしかして俺って名乗ってなかった?」

「今更気づいたの?」

 

セドリックがくすくす笑うものだから恥ずかしくなってしまったレイである。とんでもない不躾を先輩に働いたものだ。これは切腹ものである。

 

「セド先輩。ハラキリってご存じ?」

「存じてるけどいまここで見たい景色じゃないな」

「それは、そう……」

 

レイは人差し指で腹を一度なぞると、これで腹を切りましたのでこのことはどうか穏便に、と妙に改まった様子でセドリックに懇願した。向こうのクディッチチームにも似たようなしきたりがあると聞いたし、もしかすると日本では一般的な謝罪なのかもしれない。

セドリックは少しだけ面白がりながら謝罪を受け入れた。

無論、これらは全てレイの思い付きであり、日本の文化には一切関係がない。

 

「で、期限は明日。っていってもすぐ貰えると思う」

「それはどうして?」

「俺はスリザリンで一番、魔法薬学がうまい」

「学年で一番って言わないのは日本人の美徳?」

「ううん、今この状況において大切なのはスリザリンであること、だから間違ってない。俺はねぇ、セド先輩。こう見えて教授のオキニちゃんなんですよ」

 

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