セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

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【二年生】魔法の使えない魔法使い

うすうす感づいてはいた。授業後に異様な疲労感を訴えているのは自分だけであるし。

すっかり医務室を第二の我が家としつつあるレイだ。今はマダムポンフリーに熱を測られながら今日も元気爆発薬をすすっている。そろそろ味でどんな材料が入っているか判別できそうな頃合いだ。それくらいこの味はおなじみとなっているのでどうにかして味変ができないかな、と考えているところである。いい加減、子供用シロップ薬味に飽きた。

 

一年生も初めの頃は学校に慣れていない、親元から離れた子供にはよくある症状だ、と見逃されていたことがいよいよ病的であると認識され始めた。

呪文術、変身術、飛行学。杖や魔力を用いる授業を行った後の彼はフルマラソンを走った後のように疲労困憊。特に飛行学に関しては足で地を蹴ってニメートルも浮けば、その後すぐによろよろと落っこちてしまう有様だった。

魔法が一切使えないわけではない。しかし疲労にいたるまでの閾値が異様に低いのだ。初歩の初歩である浮遊呪文ですら額に浮かぶ珠の汗。一回の授業で二度、三度呪文を行使すれば初手は赤かった顔も青白くなる。

一方で魔力をほとんど使わずともよい魔法薬学、薬草学、魔法史学のような授業では他の追随を許さないほどの才能がある。入学半年の段階で教師たちからは随分とピーキーな性能を持つ学生と認知されていた。

 

「ハセオ、針をイメージするんですよ」

「マクゴナガル先生。できる気はするんですけど、できません」

 

一年も後半になれば明確に遅れが出始める。授業中、マッチ棒が銀色になった段階でレイは喘ぎながら机に突っ伏した。高熱でもあるのか、というほど顔を真っ赤にさせて渾身の力で魔法を放つ彼の姿はグリフィンドールからも応援の声が飛ぶほどである。

いっそ、一切の魔法が使えなければスクイブであると結論付けることもできよう。ただ、使えることには使えるのだ。それが事態をややこしくしている。

ゆえに、二年生になる直前。レイに関する職員会議が開かれた。

 

「私は、絶望的に魔法の才能がない、と言い切るにはいささか早計だと思いますね。彼にあるのはもっと根本的な問題だと思うのです」

「しかし、ミネルバ。あんなに幼い子が授業後に毎度医務室に行かねばならないほど疲労を蓄積させている、というのは見ていて心が痛みますぞ」

「フィリウス。私たちの授業は特にあの子と相性が悪いですからね。私もあの子にとんでもない無理をさせているようで良心の呵責すら感じます」

「最近のあの子は元気爆発薬の味に飽きてセブルスにどうにかならないか、と頼み込んでいると聞きましたわ。私の庭にも薬草を探しに来ますしね」

「そうですか……、セブルス。貴方が一番よくみているとは思うのですがいかがです」

「あれの問題は魔法の行使が致命的にできないということ。しかし、薬学教授として論じさせていただくのであればさすがにあの才能を手放すにはいきませんな」

 

何年かに一度いる、致命的に魔法の才能がない生徒。そんなのは何人も見てきた。けれど、今までの場合はコツを掴めば魔法が上手くなったり、いっそのことすべての勉強が嫌いで何もかもできなかったりとわかりやすいものだったのだ。

 

「なるほど、それは私も思います。一人を特別扱いするのは問題がありますが、根本に問題があるのであればそれ相応のカリキュラムを組むべきでしょうね」

 

無論レイのように極端な才能を持つものだって無数にいた。そういう超専門を持った人間が魔法の進化に貢献してきたこともよくわかっている。けれど。レイの持つ魔力の幅はあまりにおかしいのだ。

 

「夏休み前に一度聖マンゴで見てもらうべきかのぅ」

「校長」

 

どこからともなく職員会議に現れたダンブルドアに教員の目が向く。今日は魔法省へ用事があって外していたはずだが、タイミングよく戻ってきたのだろう。彼の神出鬼没さには慣れている彼らは特段驚きもしなかった。

 

「ポンフリー、癒者としての見立てはどうかの」

「魔力や魂に関しては私の専門ではありませんので断言はできませんわ。ですが、ミスターハセオに関して、ネガティブ魔法はそこまで問題ないと思います。ただ、その器が圧倒的に足りていない、という気はしています。いくら日本人とはいえ歳のわりに小さいのも引っかかるところですね。バランスが取れていないのではないかしら、という見立てです」

 

魔法族が魔法を行使する際。用いている回路は主に二つある。魂由来のネガティブな魔法と後天的魔力由来のポジティブな魔法だ。

前者はいわゆる、子供の魔法。無意識で使ってしまう、いわば暴走しやすい魔法である。魔法族の魂が元来持っている魔力で、誰しもに備わっている。これを律することはできても意識的に行使するのはかなり難度が高い。

なぜならば、この魂由来の魔力というのは前述の通りネガティブな魔法なのだ。無意識下の願望や欲望、抑圧された力の発散がメインとなる。これが上手に発散できない場合、オブスキュラスという怪物になってしまう。

ゆえに、ホグワーツのような学校で力の使い方を学ぶことで魂をある程度矯正し、理性あるものに変化させるのが一般的である。

 

次に後天的魔力由来の魔法。これはポジティブな魔法。魔法族の中には魔力の器、と呼ばれる器官があるのだ。魂の成長とともにこれも大きくなり。溢れだした魔力を貯めることができるようになる。魂の器と呼ばれることも多い。

ちなみに、対比としてポジティブと呼ばれているだけで夢や希望が魔法として現れた姿ではない。

魂を理性をもって制御し、溢れた感情を貯め、魔法として行使する。これが大人の魔法使いである。この二つは同じようでいて全く違う回路で体内を循環している力だ。人間でいうなれば静脈と動脈のように。

前者が感知できないほど少ない状態で生まれ落ちた魔法族をスクイブと呼ぶ。貯めるも貯めないもなく、魔力そのものが備わっていない状態だ。

 

一方で、生まれながらに持っているネガティブ魔力があまりに多く、その発散が適切にできない環境に生れ落ちてしまった場合。ネガティブ魔力に精神を侵され情緒不安定を引き起こす。

これが肉体が耐えきれぬほどに増幅してしまった場合、オブスキュラという怪物になり果ててしまうのだ。

ただ、レイにはどちらの兆候も見られていない。ゆえに、教師陣の見立てではレイは後天的魔力魔法に何らかの問題があると結論付けられた。

 

となれば。ここから先は親の判断が必須となる。とはいえ、レイの親は各国を飛びまわる商売人。ピンポイントで英国へ赴いて病院への付き添いというのも難しい話であった。

子供に対し比較的過保護な国では考えられないような放任っぷりではあるが、幼いころからそうなのでレイは気にも留めていないようだった。

ダンブルドアもその点はわかっているのだろう。彼の親に受診の許可を求める書面を送り付けた。

こういう反応が早いのが商売人のいいところである。すぐさまホグワーツへの信頼と息子の一人でも平気、という宣言をベースに委任状を返送してきたのだった。

こういった場合に白羽の矢が立つのは寮監である。休みの日に申し訳ないな、と思いながらもレイはスネイプに付き添ってもらったのだった。

 

「先生、帰りにお菓子買って帰っていいですか」

「生きて帰ることができればな」

「なんでそんな怖いこと言うの」

「ノクターン横丁では子供の肝臓が高くれるそうだ」

「だからなんでそんなに怖いこと言うの?」

 

最初の内こそ明るく振舞っていたがレイはまだ子供。親に大丈夫といった手前強がるしかなかったのだろう。けれど、いざ建屋の前に来るとそのメッキはすぐに剥がれ落ち、目に見えて怯えだした。

 

「びょう……いん……」

 

俺は健康です。やっぱり行きたくありません……と、一年ですっかり上手くなった英語でレイは呟く。どの地域でも子供の病院嫌いは一緒らしい。

 

「魔法病院ゆえ薬液を注射はされませんぞ」

「え!ほんとですか?」

「採血はあるが」

「それは注射!!!」

 

針が刺さるという点は一緒!と叫ばぬように理性で押さえて、しかし腕をひっこめたレイである。

 

「採取した血液を吸血鬼に売る悪徳癒者もいるそうだ。かの有名な魔法戦士ロックハートはわざとそういった癒者に血液を掴ませ、吸血鬼を己が血液をもって暗闇から引きずりだし退治したらしい。それほどまでにロックハートの血液は美味かった、ということだろうな。ハセオもそうでないことを祈る」

「だからさっきからなんでそんなに怖いことばっかり言うんですか?」

 

学校の中にいないとしても日常生活で襲われたら俺じゃ吸血鬼には勝てません、即死です。

震えあがったレイを診察室に押し込み、診察を受けさせる。採血は五本ですと言われた瞬間に血液がすべて出払ったかのような顔色になってしまい癒者を心配させたのは仕方のないことだろう。

それでも、細い血管からきちんと必要分は抜き取ることができた。ついでに半分ほど魂も口から出ていたが。

 

「病院内ってディメンターいます?」

「いないでしょうな」

「でも、ついさっき俺は魂と幸せな記憶吸われましたよ」

「かつて、注射器などなかったころは吸血虫に血を吸い出させていたらしい」

「さっきから言ってること本当なんですよね?」

「勉強をすればわかることですぞ、スリザリンから一点減点」

 

待合室で待っている間、スネイプはレイの口に売店で買った大きな飴をねじ込んでやった。放っておくと一人でもしゃべっているタイプなのだ。

そして、ついに結果が知らされる。

二人は少し広い診察室に通された。いくつかの検査の結果、レイの魂の器は人の平均の半分しかないと判明した。本来、魂の器は精神の成熟とともに大きくなる。健全な魂は健全な精神から、というわけである。

しかし、レイのそれは五歳児並みだった。成長をしないわけではない。ただ、十二歳の体には間違いなく見合っていないのだ。

どうしてここまで気が付かなかったか、とスネイプは疑問に思うが、それもそのはず。英国魔法界と日本魔法界ではそもそも幼児教育からして違う。

日本はよほどの家柄でもなければ一般住居に住むごく普通の家庭だ。周囲の目が近い分、家の中で魔法をおいそれと使うわけにはいかない。ゆえにマホウドコロに入学するまでは一般人に擬態して暮らすことが求められるのだ。その点の魔法運用が異様にうまい民族なのである。

世を忍び、周囲に溶け込み、有事の際には人知れず持てる力を行使し、ことをなす。それが日本の魔法族の責務なのである。

 

「成長は見られますが、学生の間に年相応の器になるのは絶望的かと、幼児期であれば薬で負担なく成長を促せますが、さすがに年齢が二桁を超えると負担が段違いです」

「へぇー……」

 

魂の魔力そのものは人並みより少々少ない程度にあるが、いかんせん、それをキープしておく器があまりにも小さい。後天的魔力の回路はほぼ機能していなかった。それでもレイが情緒不安定ではないのは、生まれながらにこの状態で慣れてしまっているから。要するにずっと満遍なく情緒そのものは不安定なのである。

貯められなかったネガティブ魔力は自然放出され、体にそこまで残らない。魔法がうまく使えないただのマイナス思考の少年が残る。ある種の特異体質だ。

 

「あとですね。魂の形そのものが異質です」

「異質、というのはどのように」

「通常、魂というのは手の平にちょうど乗るくらいの大きさ、それに見合った量の魔力を有してしています。けれど彼の場合は違う。魂そのものの大きさは平均の倍近い。しかし、そこに含有される魔力は平均以下」

 

いうなればニンバス社の箒を腕力だけで飛ばそうとしている状態です。

レイにはよくわからない例え話であったが、スネイプには理解できたらしい。明らかにこちらへの視線に哀れみが混ざった。教師にこんな顔をさせるなんて自分は相当な重症なのだろう。解決策に関しても時すでに遅し、であれば、自分は立派な魔法使いにはなれない。

 

「……魔法が使えない魔法使いってこと?」

「そう悲観せずともよい」

「空を飛ぶのも、妖精の呪文も、変身術、闇の魔術に対する防衛術も厳しい?」

「ハセオ」

 

教師と担当癒者の顔色はよくない。魔法使いとして生まれた少年がその性質を否定されたも同然なのだ。これではスクイブであると診断されるのとほぼ同義。むしろ希望が残る分厄介だろう。

自然とうつむいてしまった彼をどう慰めるべきか。大人二人が思案しているとレイの声に興奮が混ざり始めた。

 

「厳しいということは、この先、それらに関して俺は、生暖かい目で見られる……?」

「ハセオ?」

「もしかして、実技は大目に見てもらえて、羊皮紙とお友達になれるということでは?で、で、俺は物を書くのが得意……!色んなものの練習に割いてた時間が圧縮される、それすなわち、魔法薬学の実験がはかどる!」

 

やりましたよ先生!思わずハイタッチを求めたレイであるが、スネイプは返さなかった。むしろ眉間を押さえている。今ならマクゴナガルの気持ちが理解できる。こいつは厄介な生徒だ。

 

「その論理は正しいかもしれんが、何があってもフリットウィック先生や、あまつさえマクゴナガル先生に口走らないように」

「俺はそんなにマヌケじゃありませんよ」

 

結局、レイに処方されたのは精神安定薬と肉体の成長を促す薬であった。この程度であればスネイプやポンフリーでも処方できるため、ほとんど通院の必要もないらしい。もし、肉体側に無理が出たらいつでも受け入れる、程度のことを告げられ帰城となった。

ホグワーツに帰り、諸々の報告が済んだスネイプはレイを準備室へと呼びだした。図書室に籠る気だったらしいレイは珍しくめんどくさそうな顔をしたが、菓子をふるまうことを条件にすればのこのこ付いてきたのである。

スネイプはレイの期待通りのティーセットを提供し、彼の本心を覗くことにした。

 

「この後、教員会議で話し合いが行われるが、おそらく期待通りの結果となるだろう。喜ばないように」

「研究時間が増えることは喜ばしいことでは」

 

生徒に対してすべきでないと理解しつつ、スネイプはレイに開心術をかけた。ただ、どこを見ても歓喜狂乱パーティのありさまでこれが本心以外の何物でもないことを見せつけられただけだった。

ハニーミルクを飲みながらレイは真剣な面持ちでスネイプを見つめる。今まで以上に強い意志のこもった瞳に彼が何らかの目標を見つけたのだ、と悟った。

 

「魂と魔力と魂の器、が魔法使いを魔法使いたらしめる因子なのは理解した。じゃあ、それに作用する薬を作ればいい。俺ならきっといつか作れるようになると思う」

 

研究すべきは魂と、魂に直接効果をもたらす薬効成分がある草花。今すぐにでも図書室に駆け出したい気持ちでいっぱいです。そんな風に目を輝かせているので始末に負えない。

ただでさえ考えたいことや知りたいことが多すぎて時間が足りないのだろう。ちなみに、いくら学業優秀でもこういう人間にはタイムターナーの貸し出しは行われない。なにせ、過去にあったのだ。このタイプの一点突破気味の生徒に貸し出した結果、校内で餓死者を出す寸前まで行ってしまったことが。

 

「魂が半分に圧縮されたら魂由来のネガティブ魔法の精度は上がるんじゃないかな、先生」

「精神が持てば、であるがな」

「俺の精神が不安定なのはもういつものことでしょ、いえーい。俺に第二の可能性!」

 

二年生で生ける屍の水薬をほぼ完璧に調合してみせる才能には敬意を表したい。けれど、それとこれとは話が別だ。魔法使いとして生まれ、ほとんど魔法が使えないことを説明されて喜んでいる彼はいくら何でも異物すぎる。

 

「ミスターハセオ」

「あれこれ怒られるトーンのヤツじゃない?」

「ほかの教師が甘いことを言っても我輩は貴様に最低限の魔法を仕込むからな」

「ぐえっ、そんなの無駄じゃないですか!?」

「この世に無駄なことなどあるか、馬鹿者」

 

何がどう役に立つかなどわからない世界。何事においても知識だけですら何らかの助けに代わるのだ。生徒一人に思ってもみなかった深入りをしている自分に呆れつつもスネイプは可愛い後輩に目をかけてやるのだった。

 

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