セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

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【三年生】ジネブラと俺と日記帳 ①

レイはゲーゲートローチの配合に頭を悩ませていた。吐き気を催させる薬そのものはすぐにできる。しかし、これはあくまでもずる休みのための薬、だ。本気で医務室に運び込まれたいわけではないのである。

低学年から大人まで、適切な薬効を出し、かつ効きすぎない絶妙なバランスを探るのは中々に骨が折れる作業だった。やりがいはその倍以上あるけれど。

 

古っぽい薬草学の本を借りて、レイは彼が愛している中庭へ散歩に出かけた。部屋に籠って実験三昧でもいいのだが、こういう散歩の中に発見があったりするものである。

内容が内容だけにスネイプにも相談はできない。ある意味ではレイが初めて個人として作る正解のない薬だった。とはいえ、他者の口に入るものとして完成品の精査はスネイプに仰ぐ気でいるのだが。

 

建物の隙間から薄く差し込んだ日の光すら避ける位置にレイは腰かけた。直に日に当たるのは温かくてよいが、いかんせん眩しいのだ。明暗の差に、レイのこげ茶色の瞳は弱い。

読書のお供として口の中にハニーキャンディを入れようと視線を本からずらしたところで珍しいものを見つけた。

燃える赤毛、鼻梁に浮かぶそばかす。新しいローブは新入生のもの。手にしているのは黒地の表紙をした、武骨でおおよそ女の子が持つにはふさわしくないノート一冊。それを抱えて彼女は場所を探すかのようにあたりを見回していた。

ここに来る人間たちの暗黙の了解で、他者への干渉は避けるというものがある。しかし、レイは初めてそれを破ることになった。

 

「ジネブラ、ウィーズリー?」

 

呼ばれた彼女はびくりと肩を震わせた。隠し事でもあるかのようにレイの目からそのノートを遠ざける。

 

「スリザリン。どうして、私の名前を……?」

「あっ、その、いやねぇ。深い何かがあるんじゃなくて、その、フレッドとジョージと最近つるんでるから、顔立ちと、髪色がウィーズリーだなって思っただけで、で、双子から、妹がいる話も聞いてたから、あぁ、不審者通報しないでくれると嬉しいな、あぁ……」

「しないわ」

 

だから落ち着いて、と後輩女子に宥められる気まずさでレイは今すぐこの場から逃げ出したくなった。

 

「う、ふふ、あの、話しかけた俺が悪いでございます。なにとぞご容赦をね、ぅん……」

 

情けなくも縮こまったレイの隣にジニーはおっかなびっくり腰かけた。兄たちから口を酸っぱくしてスリザリンとは関わるな、と言われているが、彼に害意はなさそうである。それに、スリザリンにだっていい人はいると知っている。

 

「おっふぅ……、」

「フレッドとジョージは私のことなんて言ってた?」

 

会話を振られるとは思わず、さらに挙動不審になるレイである。人間との関わり方がいまいち分からない上に、彼女は女の子だ。自分の家にも妹属性の人間はいるが、よそ様の妹と自分の妹を混同するのもおかしな話である。

ただ、ここで無視を決めるのはレイの性格的にはできなかった。いかんせん、他者を不愉快にさせるのはことさら苦手なのだ。しかも、年下の女の子。彼女に無体を強いるなんてことどうしてできよう。

 

「ジネブラは、妹だね……」

「えっ、そう、だけど……」

 

二人の間に現れたのは沈黙である。レイは今すぐにでも爆発四散したくなった。妹に決まってるだろ。末っ子のプリンセスだ、とウィーズリー数え歌でも予習済みだったろうに何を言ってるんだこの口は。

 

「あの双子は、可愛いプリンセスって、言ってましたよ、はい……」

 

えへへ、飴でも食べる?とレイは食べようと思っていたハニーキャンディを彼女に差し出した。お菓子だ。これで何とかなる。女子供はお菓子が好きと相場が決まっているのだ、レイもそうであるように。

彼女はそれを受け取ると、じっと見つめる。レイが全く同じものをポケットから出して、菓子の無罪を証明すればようやく、おずりと口にする。

さすがに、知らない人間からもらったものを即口に入れるような短慮さはないらしい。グリフィンドールなのに賢いな、と自分の中にある偏見を一つ砕かれた気分になった。

 

「それで、ジネブラは、」

「ジニーでいいのに」

「女の子には敬意を持つべきだと、思う、ってことにしておいてる」

「それはどっちなの?」

「ともかく俺は君をジニーって呼ばせていただけるほどには知らないわけで、」

 

その言葉にジニーは小首をかしげたが、これはレイの心持の話ってだけである。本当はウィーズリーさんとでも呼ぶべきところなのだ。ただ、この学校でその名字を呼ぶと赤毛がみんな振り返る。それは困るのだ。

 

「レイはいつもここにいるの?」

「ウィーズリー属性ってみんなお喋りなんだね。あぁ、!違う違う!迷惑とか嫌味とかじゃなくて、ほんとに今のは俺の感想で。おしゃべりな人っていいよね、俺お喋り苦手だから、」

 

英会話と英文化の難しさにレイが頭を抱えると、ジニーは笑った。兄の知り合いだというから明るいお調子者だと思ったのに、今までにないタイプである。

相手がスリザリンであるということもあって張っていたはずの緊張の糸。それが緩んでしまった。

 

「でね、ジネブラ。ここって君みたいに明るい子が来るような場所じゃないと思うんだけど。今日はどうかしたの?」

 

どうにかお兄ちゃんの顔を取り繕って彼女に語り掛けるも表情はぎこちない。誰が見たって、顔に逃げたいと書かれているが、ジニーは見て見ぬふりをした。彼であれば、自分の秘密の友達を紹介してもいいと思えたのだ。

 

「学校の中を一人で散歩してみたい気分になって。友達が、たまにはそういう気分転換もいいものだよって教えてくれたし」

「へぇ……」

 

女の子にしては珍しいことをいう子がいたものである。レイにとって女の子というのはヌーの大群くらい群れているものだという印象があるのだ。彼女に限って虐められていたりなどはないだろうから、その友人側も心からの提案だったに違いない。

 

「気分転換できそう?」

「なんとなくね、誘われるままに来たらこんな風にちょっと暗いところに来ちゃって」

「そうなんだ」

 

いくら散歩がしたかったと言えど妙である。この場所はすべての明るい場所を振り切らないとたどり着けない。一年生の小さな女の子にとっては誰もいない廊下など少々怖くなる道もあったと思うのだ。

レイは単純な興味から彼女に問いかける。

 

「そのお友達って、同い年?」

「……」

 

気まずそうにそらされた視線。おそらく年上なのだろう。同年代に友達が少ないのか、はたまたその年上のお友達、が特別なのか。この質問だけでは測りかねるが、まともな人間ではなさそうだ。

流石に、知人の妹がやばい奴と関わりがあるというのは捨て置けない。何ができるわけでもないが、双子の耳に届けることはできるレイだ。少しだけ聞き取りをすることにした。

 

「悪いお友達ではない?」

「違うわ!トムはいい人よ!」

 

慌てた彼女から出たのは男の名前。より一層疑念が深まるレイである。自分の妹と彼女は違うと分かっているが、もしも彼女が自分の妹であったのなら。年上の男に暗い道に引っ張られているなんてやはり見逃すわけにはいかない。

 

「グリフィンドールの人ってわけじゃなさそうだね。で、もしかして、もしかすると。スリザリンの人だったりする?」

「……。そう、スリザリンの人。でもとっても優しいわ」

 

ウィーズリーに優しい年上のスリザリンに一切の心当たりがないレイである。お互い陰ながらに好意を抱いているロミジュリ的なヤツだろうか。でも、新入生の女の子と?どちらにせよろくな奴じゃないとしか思えない。

 

「彼、スリザリンの六年生なの」

「今すぐやめなさいそんな奴お兄ちゃん許しませんよ!」

 

思わず腹から声を出してしまった。そんなの純粋なお友達なわけがあるか。六年生にもなって他寮の一年生の女の子を暗がりに呼びつけるのは絶対に裏がある。いや、裏とかじゃない。もう、それは純然たる闇である。

超ド級の穏健派レイと言えど文句の一つでも言ってやらねば気が済まない。

 

「どこのどいつですか、ジネブラさん。俺は妹がいる立場の人間として、その男のこと絶対に許しません」

「レイって妹いるんだ……」

 

全く関係のないところで驚いてしまったジニーを置き去りにレイは下手人の名前を再度、問う。その圧に脅かされて、ついに名前を出してしまった。

 

「トムは、トムリドルっていう男の子で」

「リドル、リドル……?誰だそいつ。六年にそんな奴いたっけか……?」

 

少なくとも純血名家の家系ではなさそうだ。であれば、少しだけ黒さがへずれる。とはいえ、闇が黒に変わった程度の変化である。真っ黒に変わりはない。レイが頭を悩ませていると、ジニーは今まで隠していたノートをレイの前に差し出した。

 

「……あのね、これなの」

「これ、とは?」

「これが、トムなの」

 

理解が追いつかない彼はノートとジニーを見比べる。これ、とはすなわちトムのことを指している。トムは日記帳である。日記帳はスリザリンの六年生の男である。なんの話だそれは。

 

「イマジナリーフレンド、的な?」

「ちがうわ、本当の友達よ」

 

心外だ、とでも言わんばかりのジニーの熱量に今度はレイがまごつく番だった。さっきまでの威勢は星の彼方へと去ってゆき、今手元に残ったのはやり場のない握りこぶしと興奮したジニーのみである。

 

「この日記帳はすごく頭が良くて、なんでも相談に乗ってくれるの」

「相談に……」

「信じてないでしょ」

「やあぁ……、」

 

ジニーはレイにペンを出すように申し付ける。威勢のいい女の子に弱すぎる彼は促されるままに万年筆のキャップを開けた。正直、羽ペンを使うのなんか授業中のみである。

深いグリーンのインクで日記帳に書き込む。女の子の癇癪や思い込みには乗ってあげることこそが最大の処世術であると彼は妹で学習している。ゆえに、何も考えることなく日記帳に挨拶をすることができた。

 

【こんにちわ。貴方トムリドル?】

『特徴的な筆致だね。こんにちは、僕はトムだよ。君の言うとおりだ』

 

日記はインクを吸い込んで、こちらのスペルミスまで華麗に指摘してきた。呆気にとられたのはレイの方である。

 

『僕は少しおしゃべりな日記帳だよ。悩み事相談くらいならのることもできるから、たくさん話しかけてほしい。というキミもジニーじゃないみたいだね。キミは誰?』

 

それどころか、向こうは筆跡鑑定の末に自分をジニーではないと認識し、あまつさえ語り掛けてきた。それも、こちらが疑問に思うであろうことをさらりと説明した上で、だ。

今、レイの脳内では興味と恐怖が渦巻いていた。これはもしかしなくても闇の品物なのではなかろうか。

 

魔法族の子供は幼いころ親に口を酸っぱくして言われることがある。それは主に三つだ。

一つ目。急にその場に現れた興味深いものに触れてはいけません。ポートキーかもしれないから。

二つ目。親が危篤と言われても知らない大人と手をつないではいけません。人攫いかもしれないから。

三つ目。脳がどこにあるのかわからないのに流暢に話すものに心を開いてはいけません。闇の魔術かもしれないから。

 

これは明らかに三つ目に抵触するだろう。見た目はただの日記帳なのに紙の向こう側に人間がいるみたいだ。

それでも、子供に備わった好奇心はそれらのお約束を軽々と破らせてしまうものである。レイは、少しだけ、ジネブラの安全のためにと言い訳をして日記帳にもう少しだけ語り掛けることを決めた。

 

【俺はレイ・ハセオ。スリザリンの三年生、ジニーの知り合い】

『よかった。ジニーは側にいるのかな』

 

日記の問いかけにジニーも羽ペンで書き込む。すれば安心したのかトムは比較的弾んだ文字を返してきた。

 

『男の筆跡になった瞬間、凄くドキドキしたんだ。悪い意味で。君が無事で安心したよ』

《驚かせてごめんなさい、トム》

『レイ、君はジニーを虐めたりしない?』

【まーさか!俺が学校中から虐められることはあっても可愛いジネブラにそんなことはありえない】

 

つい、日本にいる妹の顔を思い出して普段であれば絶対に書かないようなことまで書いてしまった。恥ずかしいことをしたな、とちらり、ジニーを見やれば満面の笑顔を見せている。

 

「レイいま、私のこと可愛いって書いてくれた?」

「国民の妹って感じするじゃん。あと、知り合いの妹っていうのはね、大きいよね」

「可愛いって言ってもらえて嬉しい」

「そりゃよかった」

 

インクが吸われるたびに指先がチリチリした。常人であれば気づかないレベルである。実際に普通の魔法使いであるジニーは全く気付いていない。しかし、レイはもとより魔力の容量が少ないのだ。ただでさえ少ない残高から引き出されているため明確に感じ取れてしまうのである。

 

「ね、普通の人だったでしょ」

「普通の人にしては随分と平たいけどね」

 

魔力を吸う日記帳。あまりいいものではないかもしれない。原理はわからないが動力を他者に依存して自立思考をする魔法道具、と考えると間違いなく闇の品だろう。杞憂ならばそれでいい。

それでも、レイは見て見ぬふりはできなかった。

 

「ジネブラ。明日絶対にきちんと返すって約束するから一晩だけこのノートを貸してくれない?明日、同じ時間にここで待ってるから。必ず返す」

 

でも、とジニーの顔色が曇る。それもそうだ。自分は彼女の友達でもなければ本物の兄でもない。たださっきそこで出会った彼女の兄の知り合いでしかない。そんな、ぎりぎり赤の他人でしかない男に大切なお友達ノートを貸してほしいと頼まれたのである。

逆の立場だったらノートを背後に隠すだろう。それならそれでいい。彼女の兄の誰かに報告するまでだ。

ジニーは少し考えた後ノートをレイに差し出した。嫌だな、がありありと浮かんでいたが。

 

「必ず返してくれる?」

「俺は約束だけは破らないって決めてる」

「お兄ちゃんたちに言わないでくれる?」

「それは、どうして?」

「それね。入学準備をするときに買ったものの中に入ってたの。お兄ちゃんのお下がりばっかりで、私のためだけのものってローブくらい。だから、それは私だけの特別な日記帳なの。トムはいろんなことを聞いてくれて、お兄ちゃんたちにできない話もしたわ。私のお友達だから、ちゃんと返してね、」

 

胸の奥をつきりと刺すような告白にレイは首を縦に振った。

 

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