セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

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【三年生】ジネブラと俺と日記帳 ②

寮に戻って早々にベッドに入った。カーテンを引けばそこは学校の中では数少ないプライベート空間になる。他寮ではどうなのか知らないけれど、少なくともスリザリンの四人部屋において、許可なくベッドのカーテンをめくることは許可されていない。たとえ監督生であってもそれは越権と認識される、恥ずべき行為だ。

レイは机代わりの板を胡坐の上に乗せる。日記帳を開いて、父が買ってくれたインクの減らない万年筆を取り出した。レイ個人としてはインクをコンバーターで吸い上げる行為も好きなのだが、長文を書くときにはこれに限る。

魔法学校、羊皮紙、羽ペン。そういった形から入るのも好きではあるが、文房具はマグル製品に魔法がかかったものが最高である。日本のボールペンの品質が恋しくて仕方がない。

ヘンをくるりと回して、レイは先ほどであったばかりの知り合いの友人に再度声をかけた。

 

【さっきぶりだね、トムリドル】

『あぁ、ジニーから借りることに成功したんだね。改めて、よろしくね。レイ』

【ジネブラに倣って俺も、トムって呼んでいいかな?】

『ご自由に』

【ありがとうトム】

『君がスリザリン生で良かったよ、ようやく本来の仕事をこなせる』

【本来の仕事?】

『僕は本来はスリザリン生の手元にあるべき品物なんだ。後輩のためにアドバイスができたらいいなって目的で作られているから。寮に繋がる抜け道、とかグリフィンドールが知ってても使えないだろう?』

 

優等生らしい流麗な筆記体にレイは若干解読の危うさを感じる。三年たっても筆記体に慣れないのだ。しかも、日記帳から文字が消えるのは思いのほか早い。語学のテストをされているような気分になりつつも、どうにか文字を目で追った。

 

『あぁ。もしかして。君は母語が英語じゃないのかな』

【なんでそう思うの】

『僕の出す文字群に対して反応が少し遅いから、気になって。後は君の名前。英語圏のそれじゃないだろ。苗字も特徴的だし、日本人、かな?』

 

こちらの思考を読み取ったかのように明確に消えるのが遅くなった文章。そこの調整もできるらしい。まず間違いなくこれがただの日記帳でないことはわかった。

 

【ご明察。俺は日本人だよ。英語学習三年目くらいの。話には聞いてたけどトムは、随分賢いんだね】

『この日記帳を作った時の僕はそれなりに優等生だったからね。ここがホグワーツなら多分、その辺のトロフィー見れば僕の名前も残ってるんじゃないかな』

 

良かったら見てみて。そんな風に言われる。学生時代にこんなものが作れるなんて規格外だということは魔法に疎いレイにもわかった。トムは魔法の天才だったのだろうか。

であれば、どうして今その名前が知られていないのだろう。なにがおかしいのかちっともわからないのに、彼は何かがおかしい。言語化できない不快感が胸につもり続ける。

 

「こんなに精巧な人格転記。魔法一本でできるものなのかな、それこそ、魂でも込めないと……」

 

呟いた声が自分の中で木霊する。自分が知らない、知っていたとしても行使すらできない超高度な魔法。それこそ憂いの篩みたいなものだったりするのだろうか。

 

【ねぇ、トム。本当に君はただの日記帳?】

『それ以外だとしたらなんだと思うの?』

【魂を吸い上げるタイプの闇の魔法具】

『あはは、勘ぐりすぎだよ。でも確かに一部はあってる。僕はほんの少しだけ人の魔力を吸ってはいるんだ。よく気付いたね。でも、それは紙面上に文字を記すために必要な力だから、これくらいは大目に見てほしいな』

 

そう弁解される。確かに、それであれば納得はできる。日記帳はあくまでも日記帳。しかもここまで高度な魔法が使われているのならばよそからの魔力供給は必須だろう。携帯ゲーム機と乾電池の関係だ。動力そのものは外付けで賄っているということなのである。

 

【でも、さすがにトムはトムすぎない?なんか、談話室で先輩とおしゃべりしてる感覚だよ俺】

『僕を作ったころの僕が魔法道具を作るのがことさら上手かったってだけさ。誰かから魂を吸い取って自立思考をしているように見えたのであれば鼻高々だ』

 

内心を言い当てるかのような物言いにどぎまぎした。相手は紙に記された文字にすぎないのに。

この言葉も予想して返答を作りこんでいるのだろうか。お喋りな日記帳に心を奪われていることも気づかずにレイは彼にさらにインクをしみ込ませた。

 

【疑ってごめんね、トム。君は賢い日記帳なんだよね。相談してもいい?俺さ、実は魔法薬学以外に研究してることがあって】

『面白そうな話。いいね。僕で力になれることがあればいいけど』

【魂と魔力について】

『興味深い話題だね。でも、ホグワーツ三年生が手を付けるのには随分早いと思う。未来の学び舎では許されてるのかな』

 

もし、これで闇の魔術に対する深い造形が疑えるような発言があれば、すぐにジニーに平謝りしてスネイプのもとへと届けようと思った。少なくとも生徒の手には余る代物だ。いかんせん、賢いということは人にものを教えるのが上手、ともいえる。

世界にはキッチンで核爆弾を作る人間もいるという。もし、トムに人間らしい理性が備わっていなかったとしたら。その方法をひどくわかりやすい形で馬鹿に伝えてしまうだろう。力を持った馬鹿ほど恐ろしいものもない。彼がどれほど善良な日記帳であっても使う人間一つで悪魔の書になり果てる。

教え上手な天才の日記帳に悪意がないと断言できない以上、野放しにはできない。良くて禁書の棚、悪かったら焚書だ。レイは常であればあり得ない歪んだ正義感を持って彼に語りかける。

 

【ごく個人的な趣味だよ、トム。こんな話は嫌い?】

『歓迎だよ。是非聞かせて』

 

この反応を見るにおそらく、トムにはよほど高度な内容にならない限り禁則事項がない。どこまでの倫理観が仕込まれているかはわからないが、三年生から提供される闇の魔法に傾いた話題にも適応するつもりである。

何にでも共感し、親身になる、というプログラミングかつ、わからないことはわからないというのであれば問題ないのだ。不思議と、スネイプにこの日記帳を渡したくないのでそうであって欲しいとすら思う。

 

【一度抜け出てしまった人の魂は肉体に戻せるのか否か、って気になってて】

『それは……闇の魔術の領域じゃないかな。少なくとも学生が手を出していい内容じゃないよ』

【学生じゃなくてもかなり際どいでしょ。もし成功したら卒業後の神秘部送りは免れない】

『未来でも神秘部ってそういう立ち位置なんだ、というより現存してるんだ、神秘部』

 

トムの反応は思ったより常識的である。レイは一つ安心を覚えた。向こうだって天才が学生だった頃の記憶にすぎない。きっと無理なものは無理と言ってくれるだろう。やはり、杞憂だったのだ。明日ジニーに日記を返そう。

そう思った時だった。トムからの返信が来たのは。

 

『元に戻す、ことに関して僕にの知識にはないな。でも、魂を分けることは可能だよ。方法はここでは言えないけれどできなくはないんだ』

【な、なんでもったいぶるの!?気になるじゃんか!】

『かなり残酷だから三年生に聞かせる内容じゃない。こればっかりは僕としても言いたくないな。大人になったって正直知るべきではないと思う。そもそも、魂を分ける副作用もわからない、そうだろ?』

 

だから、これはいくらお願いされても教えてあげられない。そんな風に言われたものだから、レイはすっかりトムのことを信じてしまった。やっぱり、彼は悪い人間ではないのだ、と。

 

【じゃあ、それについては聞かない。でも、分けれるなら圧縮もできそうだよね?】

『聞いたことないけど、まぁ確かにそれはそうかもしれないな。魂の分割ができる以上、質量があるはずだからね』

【質量があるのであれば触れてもよくない?】

『それはどうだろう。魂が存在していたと仮定して。それでも今まで人類が行ってきた死体の解剖では何も見つかっていない。有機の身体では魂を見たり触れたりすることはできないのかもしれない』

【魂に触れるためには霊体もしくは魂そのものとしての活動が必要かもって話?】

『あくまでも仮説だけどね』

【その仮定を調べる方法は現実的に考えて存在しない】

『そういうこと』

 

レイは大きくため息をつく。息をのんで会話をしていたことに気づいた。酸素が不足して少しくらくらするが、興味深い話を前にして人は無力だ。もっと思考を回したくて仕方がない。

 

『しいて言うなら、魂の質量は二十一グラムだっていう話はあるよね。これに関してはあくまでも創作、というかトンデモだとは思うけど』

【でもロマンチックだ】

『意外、君はロマンを解するタイプなんだ』

【だってその方が面白いから】

 

トムの言葉を借りるのであれば、高々二十一グラム。それに踊らされてると思うと愉快だよね人間って。

そう答えを返してレイはひどく疲れていることに気づいた。興奮しすぎたのだろうか。それとも、ただでさえ少ない魔力をトムに吸われ過ぎたのだろうか。普通の人であれば気づけないレベルのそれでもレイにとっては致命足りうる量だ。

ゆえに、レイは次のやり取りが終わったらトムにおやすみを告げようと思った。もしかすると、時折はジニーが貸してくれるかもしれない。三人でお喋りするもの悪くないだろう。

まるで自分らしくない案だがそういうのもいい。悪くない。

眠さでぼんやりする思考をまとめてレイは日記帳に書き込む。

 

【人の魂に触れる、かぁ。文字に起こすのは簡単だけど実際はどれくらい高度な技なのか見当もつかない。そんな繊細な魔力の運用、俺にはできないだろうしなぁ】

『どういうこと?』

【俺ね、上手に魔法が使えないの。魂の大きさが人の倍はあるから。魂の成長は人の半分で、伴って魔力も年齢一桁並】

 

あれ?と違和感を覚える。どうして今自分はこんなに込み入ったことを日記帳に書き込んでいるのだろう。相手が誰であれ、こんなにぺらぺらと個人情報を喋りたくなっている、なんてとんでもない話である。

レイは日記帳から顔を上げた。景色は変わらずベッドの中。少し目が回るけれどそこまで深刻な魔力不足は起きていないようだ。

ふと、手元にナイフがあることに気づく。これは羽ペンの先を整えるためのものだ。出したつもりはなかったのにいつ手元に置いたのだろう。刃に触れてしまってからでは遅いのでサイドボードの引き出しに戻さなければならない。

 

「っ、いって!」

 

ぼんやりしている中で片付けようと思ったのがいけなかったらしい。まんまと切っ先に指をひっかけてしまった。そんなへまもあるか、とレイは指先にぷくっと浮かぶ赤い雫を見る。

もし、もしも。この日記帳が人の魂を吸い上げるものだとして。トムリドル、の後ろにある悪だくみの主犯の魂が込められているものだったとしよう。

その場合、血液という圧倒的な他者の魔力の塊はノイズになるのではなかろうか。

血液というのはいつの時代も穢れでありながら聖なる雫だ。相反する素養を持ちながら、人を生かし続ける魔法の液体。

繊細に作り上げられている魔法具はこれを忌避するだろう。魂の欠片で作られているのであれば他者と交わることを良しとするはずはないのだ。

レイは指先の血液を日記に擦り付ける。垂らしてしまったインクと同じようにそれは吸い込まれる。そして、黒のインクで文字が浮かんできた。

 

『手、怪我したの?大丈夫かい?』

【あぁ、うん。君を汚してしまってごめんね。眠くってペン先で指突っついちゃった】

『傷口にインクが染みこむと入れ墨みたいになって落ちなくなっちゃうから早く洗うんだよ』

 

トムから帰ってきたのはごく普通の反応だった。吸い込まれこそしたもののなんの変化もない。ペンを離して数分待ってみても何も起こらなかった。

 

「やーーあ、普通だな……えー?俺の思い違い?でもさ、でもさぁ、そもそも、こんなに生きてるみたいに見せることって可能なの?学生が残せる記憶と記録、の域を超えてるでしょ。返答パターンがいくつかしかないならわかる。でも、トムはほとんどここにいるスピードで臨機応変に返事を返してくる」

 

レイは指先に傷薬を縫って日記帳を眺める。もしこれが本当に闇の魔術の代物だとすればトムは優しすぎる。それに、血液なんて言う決定的な他者の魔力情報を吸い上げてもそれを気にも留めず、繊細な魔法が壊れた様子もない。

 

【トムは、本当に闇の魔法日記とかじゃないんだよね?】

『書き手が深層心理で欲している言葉を鏡みたいに反射してるだけのちっぽけな日記帳だよ、僕は』

【ついトムに直で聞いちゃったけど、悪いものが悪いです!って言うわけないか】

『それはね、そう』

【会話がへたくそすぎる】

『ふふ、スレてなくていいと思うよ』

 

インク、魂、魔力の流れ。それらを吸い上げて一体どうするつもりなのだろう。トムのことを考えれば考えるほどに思考にモヤがかかるようだった。

 

「魂の欠片を込めた日記帳なら、もしかして。でも、そんなこと、あぁ、できるんだっけ?俺には教えられないけど、」

 

なにか、この違和感の正体を掴めそうなのに。万年筆を握っている利き手から重怠さが全身に広がる。これを取り落としたらベッドを汚してしまう。そうわかっているのに。まるで一段一段、階段を下っていくように。レイの意識は沈み始める。

 

「……、もっと血液吸わせたらどうなるんだろう」

 

レイは手元にあったナイフを手首に当てた。太い血管を傷つけることはないように、細心の注意だけ払って、不思議な心地で手首に滑らせる。

ためらうことなんてちっともなかった。ただほんの興味だ。日記帳に魔力を注ぎ込んだらどうなるだろう、という。自分の持っている魔力ではあまりにも薄いから、生命の源である血液を注ぐ。

それが魅入られているからだなんてちっとも知らずに。

心臓が脈打つたびに血が滴った。真っ赤になるはずのノートはその血液をすべて吸い上げ、まっさらな姿を保っている。そして、レイは貧血で気絶する前に持っていた止血剤と包帯を用いて簡単に処置した。ずきずき痛んでしかるべきなのに、なにも思えない。

 

「うん。これくらいあればなんとかなるかな」

 

日記から立ち上り、レイの目の前に現れたのは古いタイプの制服を着たスリザリン生。日記から人が立ち上がるなんて異常事態に何の違和感もない。

 

「こんばんは、レイ」

「こんばんは、トム」

 

旧知の仲かのように二人は挨拶をかわす。魂の半分以上をかすめ取られたレイはぼんやりと彼を見つめていた。

 

「普通の人より弱くて軽いんだね、君の魂は。このまま君と遊んでもいいけど、純血の後輩を虐める趣味はないんだ。君の興味のおかげで実体化できたことは感謝してるけれど」

 

すり、と頬に指先を這わせても特段反応は見られない。人形みたいにうつろな瞳はガラス玉くらい純粋だ。体温も低くなり、浅い呼吸をしている。

 

「純血の尊い血液を勝手に使ってごめんね」

 

血液に混ざった魔力を使うのが一番効率がいいんだよ。君が怪我しているのなんか誰も気にかけないだろうし。

好き好んで一人でいる透明な人間くらい付け入りやすいものもない。レイの話し方なんかから見て友達がいるタイプではなさそうだと踏んだ。ジニーを一人ぼっちにさせようとして、面白いおもちゃを見つけた形になる。スリザリン、というのがまたいいではないか。

 

「賢い子は好きだよ。君の視点には見どころがあるし、殺すのは惜しい。いつかまた会えたら沢山お喋りしよう」

 

きっと大人になった僕もおんなじことを思うはずだ。

トムはレイが雑に巻いた包帯をほどく。薬の効果は確かのようでしっかりと止血は成されていた。ただ、本当に必要最低限のそれなのだろう。傷はいまだ生々しい状態で彼の手首を彩っている。

 

「少し借りるよ」

 

トムはレイのポケットから杖を取り出す。嫌がりそうなものだが持ち主を治すためと理解しているのだろう、杖はトムの言うことを問題なく聞いた。流石、治療魔法向きの木材だ。傷は美しくふさがる。

 

「本当は目印をつけたいけど杖が許してくれないだろうな」

 

だから、代わりに。トムはレイに魔法をかける。この赤い瞳に決して逆らえない呪いを。彼すらわからぬ深層心理をそっと縛ったのだ。人の心を惑わす術であれば数限りなく知っている若かりし闇の帝王の最も得意なカースである。

 

「またね、レイ」

 

ごく弱いオブリビエイトはトムの姿だけをレイの記憶から消した。そして、お喋り日記帳として正しい光景を彼に植え付けたのである。妖しく光る紅の瞳のことを、彼は決して思い出さないだろう。

彼のくすくす笑い。それが聞こえたのかレイのぼんやりとした瞳に光が戻り始める。杖を彼のポケットの中に戻すとトムも日記帳の中へと戻った。

そして、今しがた起こったことなんて何もなかったかのように続きを始める。

 

『明日にはジニーのところへ返してくれるかい?彼女、困っていたんだ。僕が話を聞いてあげなくちゃ』

「うん、あー、やばい。トムに魔力吸われ過ぎたのか。ぼんやりする。うー、ちゃんと返さないと俺がおかしくなりそう」

【もちろん、トム。でも、ジニーから魔力吸い過ぎないでね】

『これに関しては僕と君の相性がすこぶる悪いね。もっとお喋りしたいところだけど君の身体が心配だよ』

【ありがと。またあえたら嬉しいよトム】

『あぁ。僕もそう思う。おやすみ、レイ』

【おやすみなさい】

 

レイは日記帳を閉じて、サイドボードに置いた。時計を見れば夕食の時間はとうに過ぎており、この体調であれば朝食にかけた方がよさそうである。

 

「魂の話。楽しかったな。スネイプ先生も専門外だからここまでの話はできないし。俺が弱いばっかりにトムに迷惑かけちゃったかな」

 

普通であればなんだかんだ用心深い彼は教師に相談していただろう。けれど、日記帳はレイのその発想すら抑え込んだ。

スリザリンの男子寮。その寝室、カーテンの内は学校で一番小さな治外法権。レイは何とかローブだけ脱ぎ捨てた。けれどそれ以外は何もかもを無視してベッドに転がる。

魔力不足で目が回る。高揚感と胃のむかつき。ふわふわ浮かんだ不用意な快感の中でレイは眠りに落ちたのだった。

 

 

翌日。レイは何事もなかったかのように日常をこなし、そしてジニーとの約束を守った。トムは九分九厘白だろう。それでも疑念は払拭しきれない。決定的なものは掴めない代わりに完全に安全だと言い切ることもできないのだ。

それに、だ。こんな日記帳が存在するとしたらとっくに世の中の女の子たちが大枚はたいて親に買ってもらっていると思うのだ。悩み事を相談できる私に優しい年上の男の子、なんて思春期女子たちには最高すぎるお題目なのだから。

そうなっていない以上、やはりここに使われている魔法は常識の範囲外と言えるだろう。

レイはジニーに日記を手渡しながらも珍しく忠告なんてことをしてしまう。

 

「ジネブラ、その。悪い日記帳だとは思わない。でも、その日記帳あまりに言葉が上手だからさ。悪い男には気を付けるんだよ」

「レイも、そんなこと言うのね、」

 

明らかに悲しげな眼にレイは首を横に振った。トムは悪い人ではないと思うのだ。ただ、その日記帳に関して正しい、と言い切れないだけで。

 

「ううん。トムはめちゃくちゃいい人だと思う。でも、これは男側からの意見と言いますか、そんな立派なことが言える立場じゃないんだけど。男ってね、女の子をはぐらかしたいときほどいいこと言うんだよ。喜ばせて誤魔化そうと思って。勿論、みんながみんなそうじゃない。トムがそういうやつじゃないってのはわかる。けど、そういう悪い奴も多いから気を付けてほしいなって。俺は思います」

 

真っ白に見えても、一滴の毒はある。その可能性を捨てきれない以上、生きている君を心配してしまうのだ。

 

「はい、お返しします。ジネブラウィーズリー。貸してくれてありがとう」

 

日記帳が指から離れたとき、静電気みたいに魔力が指先から抜かれる。いい品物ではない、とわかりながら中の彼に罪はないのだと考えてしまう。その矛盾が、二人を少しだけ苦しめるのだ。

 

「返してくれてありがと」

「いえいえ、当然のことだから」

 

良かったらこれ食べて、とレイはジニーにチョコレートを差し出した。この間ハニーデュークスで大量買いした名残だ。怪しいものは入ってないからと念のため言えばジニーは笑った。

 

「優しいのね」

「親切にしてもらったら親切を返す。それがしたいだけ。君は俺なんかに日記帳を貸してくれる親切な人だから」

 

レイはスリザリンであることを誇りに思っている。けれど、スリザリン以外からのあたりはそれなりに厳しい。それを知っているからこそ、ジニーの優しさが染みるのだ。

 

「そろそろ行かなきゃ」

「あ、お兄ちゃんたちによろしくお伝えください。それともうこんなところに散歩しに来ないようにね」

「でもここ、とってもいい場所だと思うわ。静かであったかくて」

 

じゃあね、と言いおいてジニーは狭い中庭に背を向けた。中庭の住人たちの心に一輪、花が咲く。みんながみんなあんなに優しい子だったらきっと。この中庭に迷い込む人間は少なかったに違いない。

 

「……。うん、今日こそ続き読むぞ!」

 

レイはハニーキャンディを口に入れて本を開く。そして、中庭にはいつも通りが訪れ、場のさざめきは一定の心拍数に落ち着くのだった。

レイが秘密の部屋事件の首謀者が彼だと知るのはまだもう少し先の話である。

 

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