セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

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【四年生】まね妖怪と狼先生 ③

学年も終わるころ。ルーピンの秘密は暴かれてしまった。それが何を意味するか分からないわけもない。

風の噂でスネイプがルーピンの正体に近づくような授業をした、と聞いていたがレイは特段気に留めなかった。好きな先生のすることに間違いはないし、それで恐慌状態に陥る民衆が悪いのだ。

正しく恐れ、正しく対処することこそが闇の魔術に対する防衛術であるはずなのに。それができない大人があまりに多い。大人が怯えれば子供へも伝播する。

 

そういえば、彼もまた一年でこの職を追われることになった。この教科の教師にはそういう呪いでもかかってるのだろうか。

レイが入学してからこっち、毎年そうであるからさすがに偶然だとは思えなかった。まぁ、たとえ何らかの呪いであったとしても、それはレイの知り及ぶところではない。

 

「せっかく仲良くなれたのに、寂しいです先生」

 

荷造りをする背中に声をかけた。これは紛れもない本音だ。放課後、あんなに賑わっていた教室も今日は誰もいない。

今年は今までの学校生活の中で一番この教室に通った年だった。図書室、中庭、魔法薬学の教室。レイの居場所は三か所だけだったのに、今年に限って四か所目ができた。たくさんの菓子と簡単な呪文。できることはそこまで増えなかったけれどそれでも。

はじめて。この城からいなくなる先生相手に寂しさを覚えている。

 

「来年もいてくれたらいいのに」

「ダンブルドアにも言われたよ。でも、辞退した。これは私なりのけじめでね。教職に就くときに決めていたんだ。私の病が原因で生徒を危険な目に合わせるようなことがあったらその段階で退くと」

「聞きましたよ。ハリーポッターを追いかけて薬飲み忘れたんですってね」

「随分と耳が早い」

「うちの寮監はスネイプ先生なんで」

 

どれほど素晴らしい効き目があったとしても。飲まなければ意味がない。薬は、体に入って初めて効果を発揮するのだ。

脱狼薬がなければ理性のない獣になり果てる。それを何より理解しているであろう人が失敗した。その失敗で人の命を脅かした。彼はどこまでいっても責任感の強い人間だ。自分で自分が許せないのだろう。レイにもその気持ちはよくわかる。

 

「ルーピン先生。先生っておっちょこちょいですね」

「おっちょこちょいで済めばいいけどね。危うく親友の息子をかみ殺してしまうところだったんだ」

「親友の、息子?」

「ハリーのお父さんはね。私の学生時代の親友だったんだよ。若い子は昔話に興味ないだろうから話したことはなかったけどね」

 

ルーピンが杖を一振りすればぱたん、ぱたん、とカバンが閉まる。もとより私物が少なかったのも幸いし、荷造りはすぐさま済んでしまった。これでもういつでも出発ができるだろう。

それを見て、レイは明らかに残念がっている。こんな顔をしてくれる生徒が一人でもいればいい教師生活だったのではなかろうか。

 

「毎日飲みたいほど美味しかったら、飲むの忘れないでいてくれましたか」

「え?」

「ちょっと間に合わなかったんですけど、これ」

 

レイはルーピンに瓶を差し出した。ラベルを見れば脱狼薬。しかし、それとわかりにくいように工夫されたデザインだ。その上で見慣れぬ文言が書き込まれていた。

 

「ココアフレーバー?」

「改良品です。それでもまだ凄く美味しいってわけにはいかなかったんですけど」

「開けてみても?」

「時期になったらちゃんと新しいの送るんで。開封可です」

 

ガラス製のキャップを外せばビターチョコレートのような香り。ココアパウダーの多いココア、とでも言うべきだろうか。少なくともいままでの脱狼薬とは明らかに違う香りが鼻腔をくすぐった。

 

「今初めてこの薬を今すぐ口にしてみたいって思ってるよ」

「一年。お世話になったお礼に、先生を実験台にさせてください」

「随分と物騒なお礼だね」

「俺がこれの味見するとまた胃洗浄の憂き目にあうんでぇ……。だから。先生が味見して俺に感想送ってください。そうしたら、その次の月にそれ反映させて新作送りますから」

 

スネイプ先生から見ても効果そのものは損なわれてないっていう折り紙つきですよ。

ルーピンはレイと瓶とを見比べる。どこまで本気かわからないあんな会話を覚えていたなんて思ってもみなかったから。それに、この薬の味の改善は何度もスネイプに願っていたことの一つでもある。彼なりの復讐だったのか、はたまたレイの才能が本物である証左なのか。考えるだけ無駄だろう。

この可愛らしい生徒は間違いなく自分のために、自分のためだけに労力を割いてくれたのだ。こんな狼人間なんかに。

 

「本当は、もっと根本的な解決ができる薬を目指したほうがいい。味で誤魔化すんじゃなくて、その病気を完治させるような薬を作れるようになりたいって願う方が、先生のためになる。でも、世紀の発明って思ってもみないようなところから偶然生えてきたりするんですよ」

 

世界に無駄なことなんて何一つとしてない、そう習いましたから。

かつて。ルーピンはこれと同じ輝きを見たことがある。比べれば全く違うことはわかっている。それでも、青春の光の中で。友人たちがしていた表情がありありと思い出された。

この場にいるとどうしたって憧憬があふれてしまうのだ。それは仕方のないことだろう。そういった意味でも、ちょうどよかったのかもしれない。ルーピンにとってこの城はあまりに優しく、それでいて親愛なる友たちが誰もいないのは寂しいものだったから。

 

「ありがとう、レイ。お礼に私から最後に二つ。とっておきの魔法を教えよう。片方は杖の振り方と呪文の説明だけ。もう一つはきっと、君でも使えるはずだ」

 

さぁ、杖を出して。そう促されてレイは杖を手に取った。許可を得てから彼の手を取り、杖の振りを丁寧に教える。守護霊の呪文、これはレイにはあまりに高度で取り扱えない。それでも、いつか役に立つかもしれない。頭ごなしに可能性を否定するなんてこと、教師はしてはいけないのだ。

もちろん、レイが一人で振ってみてもモヤすら出なかった。幸せな記憶、にアクセスするには彼の思考は随分とネガティブであったし、なにより守護霊に預けるだけの魂がない。わかっていたけれど、ほんの少しがっかりしたレイである。

 

「大丈夫。そのうち使えるようになる」

 

先生は使える?と問おうとしてレイは口をつぐんだ。いつもであれば実際に見せてくれる彼がわざわざ初手からレイの手を取ったのだ。そこに理由がないわけはない。言いたくない何かがあるのだ。であれば、触れないに越したことはないだろう。人生の形は人それぞれである。

 

「俺にできそうなもう一つって?」

「これは実際に見た方が早い」

 

ルーピンは今度こそ自前の杖を握った。窓という窓にカーテンを引いて部屋を暗くする。そして呪文とともに一振りすれば現れた流星雨。教室内に星が降ってくる。それを捕まえれば穏やかな熱が掌に広がった。

まるで宇宙の真ん中にいるかのような錯覚。手の上で弾ける眩い星光にレイの目も輝いた。

 

「天文学も好きって聞いていたから。これは綺麗なだけの呪文だよ。星の量は魔力量に比例するけれど、君にも使えるはずだ」

 

さぁ、同じように振ってごらん。

見よう見まねで唱えた呪文。ステラカスカディア。ルーピンの出力にはまったく及ばないが、確かに星が現れる。

 

「そこまで明るいものじゃないから、ベッドの天幕なんかに呪文をかけると一人プラネタリウムができる」

「これってもしかして、ホグワーツの天井にかかってる夜空の呪文と同じ?」

「似てるけど少し違う。これはあくまでも流星がメインだから。大広間でこれをやったら夕飯に星が飛び込んでしまうだろうね」

「……双子には内緒にしよ」

「朝食が星屑のシリアルなんて少しロマンチックだとは思うけれど、私もそれをお勧めするよ」

 

ルーピンはさらに杖を一振りして教室を現状回復した。たった一年。魔法が上手に使えない彼には随分手を焼かされたけれど楽しい教師生活だった。

 

「さぁ、レイ。これでお別れだ」

「先生、俺ね、なれるんだったら先生みたいな教師になりたい」

「スネイプ先生ではなく?」

 

少し驚いた表情の彼にレイははにかむ。確かに尊敬する先生はスネイプだ。けれど、彼は教師として厳しすぎるきらいがある。そこが硬派で好きなのだが、レイは誰しもに魔法薬学を楽しんでもらいたかった。ただでさえ嫌われがちな教科だ。

 

一年生のレイの魂が敬愛する教師の思想に震えたのは確かだ。蝙蝠のような寮監から学ぶ全てが心を躍らせた。だからこそ。わかる人にだけ、ではなく誰しもに魔法薬学のすばらしさを知って欲しいと思うのだ。

 

「先生の授業、すっごく楽しかったから」

 

魔法使いが魔法を使えるというのは奇跡だ。当たり前のようでいて、自分にはできなかったこと。そんな自分さえ取り落とされないように彼は趣向を凝らしてくれた。

それは、大変なことだったに違いない。レイが考える以上に。自分と向き合い、友と向き合い、そして生徒とも向き合った。そんな素晴らしい人がたった一つの瑕疵で職すら追われてしまう。

レイは好きなものが誤解されるのがとても悔しかった。

 

「次は薬飲み忘れないようにね、先生」

「あぁ。もう二度と」

 

いつかイチゴミルク味も作ってみせますから、と笑ったレイに手を振って、ルーピンは学び舎から離れた。

そんな彼に、毎月薬が届く。ココア味、チョコレート味、チャレンジングなイチゴチョコレート味、シンプルミルク味に、その応用でミルクティー味。

明確に味がいいものから、そうと言い張るには無理がある味まで。人生で初めてだった。この薬を飲むのを楽しみにすることなんか。

 

「今月のは抹茶ミルク、抹茶、は日本の食材だったかな。あぁ、ほろ苦さを添加させてお茶の香りで散らしてるのか。もう少し甘い方がいいけどこれはこれで、ふふ、」

 

彼らの文通は随分と長く続いた。世界を闇が覆っても、レイは必ず彼に薬を送り続けたのだ。

手を変え品を変え、豊かになる味。それでも彼本人はけっして味見をすることができないのでルーピンの批評を楽しみにした。いつか彼の望んだイチゴミルクにたどり着くまで。

 

元々は敬愛する教師を喜ばせるためだけに始まったが、子供でも嫌がらず飲めるようになったその薬は爆発的に売れた。魔法戦争により図らずも人狼の被害者が増えてしまった、というのも大きいだろう。

必要数が多くなれば、おのずと簡易化が図られ、薬は進化する。一般的になればなるほど、ありふれたものとして消費されるようになる。

戦争に身を投じた愛する者が人狼になってしまう。誰かを守るために人狼に噛まれる。それを迫害することの浅ましさに人々はようやく気が付いた。捨てるべきは偏見。変えるべきは常識だったのだ。

それを薬が後押しした。ルーピンはレイに送った手紙で感謝を述べる。戦火が苛烈になっても。生きる場所が違っても。レイにとって彼は恩師で、ルーピンにとって彼は手のかかる生徒だ。

 

けれど、結局。どれだけ文を重ねても。彼らが顔を合わせることはもう二度となかった。レイはそれでいいと思っていたし、ルーピンもそれで構わなかった。

 

記憶の中で二人はあの日のまま。軽やかに手を振った、あの日のままなのである。

 

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