セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

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【五年生】覚悟と理想と新学期

夏休み、のはずである。夏休み。日本で過ごす暑い季節。早々に宿題を片付けぼんやりしてもいい。エアコンで快適に保たれた部屋でアイスとか食べていい。母の里帰りと称して避暑地にあるじいちゃんの家に行ってもいい。そのはずなんだけど。

 

「情緒と体調がハチャメチャな人間を魔法省に呼びつけて、はい、ふくろうテストです、日程です。頑張って、はないだろ……本当に死んじゃうぞ」

 

もういっそ留年させてください、と泣きつくがそうはいかない。それにここは、本来ホグワーツでなければ受けられないはずのテストを日本魔法省で受けられるようにしてくださった校長の寛大な処置に感謝すべきところである。

その上、誰ができた誰ができなかった、みたいな緊張の中で受けずともよいという利点もある。メンタルが絹ごし豆腐並みなレイにとっては渡りに船である。

 

「座学はいい、座学は慌てなくてもあらかた頭に入ってる。問題は実技だ。あー、どうすっかなぁこれ……」

 

レイはあの薬を飲んでからというもの魔法の学び直しに勤しんでいた。ようやく手に入れた魔法ではあるが、いかんせんほかの人間とは全く異なる回路を用いて行使している。ゆえに並の教則本では意味をなさないのだ。

その上、彼には全力で魔力を込める癖がついてしまっている。今の運用でアクシオなんて唱えたら呼び寄せられた物体はマッハを叩くし、ルーモスは画期的な目つぶしだ。

 

「魂由来の魔力ってこんなに扱いづらいの……うへぇ、」

 

軽率だったかもぉ、と絶望を漏らす。しかし薬の力で強制的に回路を開いた以上、元に戻せないのだ。スネイプとの共同研究、として一回目の考査が入っているし、薬の被検体としての立場もあった。

要するに、ここで魔法を使いこなせさえすれば、あの論文の信憑性は増す。ろくに魔法を使えなかった自分がここまでの急成長を遂げているのだ。お偉方はスネイプとレイを認めざるを得ないだろう。

それに、だ。日本魔法省はイギリス魔法省と違って未成年魔法使いの魔法行使に多少甘い。甘い、と言っても魔法族のいる家で、絶対に非魔法族に悟らせないように練習することが許されている程度である。

実家の地下室に籠ってしずしず一般的な呪文を練習する程度であれば見逃されていた。

 

「いってて、あーもう、ほんとにもう、早くこれ抜けないかなぁ!」

 

杖を振りながらレイは関節の痛みに耐える。いわゆる成長痛というやつであるが、レイのそれは一般的なその痛みよりはるかに強いものだった。

 

「てかさぁ身長が一日に五センチ伸びて三日間で十五センチはやりすぎだと思うのね。文字通り筋肉がちぎれる音聞こえたもん」

 

あれはもう二度度聞きたくない音でございます、とレイは太ももをさする。二年のころから成長補助薬は飲んでいたが、魂に引っ張られてほとんど発育していなかったのだ。この一週間でようやく身体の全てが年齢に追いついた形になる。それは想像を絶する痛みであった。それに耐えて、リハビリなんかをした結果、今問題なく動けている。

正直、薬で痛みを軽減させてもよかった。しかし、雨後のタケノコレベルで伸びている身長に悪影響があったら、と思うとおのずと自作の薬を口に含む気が失せる。何もしなければ百八十センチを叩く可能性すらあった。ここまで、小さすぎる人生を歩んできたレイである。欠片でも可能性は潰したくない。

流石に、百八十センチは夢のまた夢であったが百五十七しかなかった身長は百七十二となった。喜ばしいことである。ようやく一般的な日本人の学生サイズと相成ったわけである。

個人的にはあと五センチ欲しいがあの痛みをもう一回浴びて耐えられるほどマゾでもなかった。

 

ともかく、短くもないが長くはない夏休みの間にやることが恐ろしく多かった。去年、ほとんど引きこもって薬学の研究に明け暮れたのがいい思い出である。

退院してまずしたのは、急に伸びた身長に対応するための衣服の買い回りだ。とはいってもこれは妹と母に付き従いマネキンになっていればよかった。服にこだわりはあるが、いかんせんついさっきまで小学生サイズだった自分が選ぶとトンチキなものになってしまうのだ。顔と体と諸々のバランスがまだ一切つかめていないから仕方がないことだろう。となれば外の目に任せるのが確実である。

それに、小さかったゆえの癖でレディースコーナーに迷い込む不審者になるのはいくらレイとて避けたい話である。

 

次は、日本魔法省で泊りがけのふくろうテスト受験。自分的には完璧な筆記試験と、気の持ちよう一つで乱高下する実技試験。一回でできた魔法の再現性がないなんてことはざらだったレイにとって、まだまだ魔法は複雑怪奇。想像していたよりは多少マシだが、相変わらずボロボロだった。

それから、学会に提出した薬の特許やら考査に関してのあれそれと、投げっぱなしだったほかの研究の続き。魂圧縮薬に関してのスネイプへの事後連絡。美味しい脱狼薬に関しての研究と、ルーピンへ今月の成果発送。

さらには、意外と心配してくれたドラコへのお中元送付。夏も盛りになったころには遠方に住む母方の祖父母へのお盆回り。

目が回るような予定の詰まりっぷりに実際に目を回し始めたレイである。みんな大好き元気爆発薬をかっ食らって何とかすべての予定を乗り越えた。

 

そして、日本からイギリスへと戻る前日。レイは自室の鏡の前で杖を振る。そうすれば厄介な荷造りは一瞬で終わった。去年までは大仕事だったのに。

 

「妹ちゃーん、いもうとちゃーん」

「なーにお兄ちゃん。洋服圧縮の手伝い?百均の圧縮袋やめてもう少しいいやつ買った方がいいと思うよ」

 

ひょいと顔を出したレイの妹はマホウドコロの制服を肩にひっかけていた。彼女は彼女で少し早めの荷造り中だったらしい。

 

「なんと今年はお兄ちゃん、一人でできるんですねぇ。魔法使いになっちゃいましたからねぇ」

「おめでとうございます、私はお兄ちゃんのお祝いにチョコレートを所望しています」

「ゴキブリごそごそ豆板でいい?」

「そのお菓子をポケットから出そうものなら手が滑ってお兄ちゃんの旅行鞄の中身をぶちまけてしまうかもしれない、危ないね」

「冗談だよ。これ、ハニデュで俺が一番好きな飴の瓶と蛙チョコレート」

「褒めて遣わす。兄の旅行鞄の安寧は守られた」

「まぁ?今の兄は無敵なので杖の一振りで再荷造り可能ですが」

「お兄ちゃんのくせに生意気なんですけど」

「反抗期?」

 

えへへ、と自分と同じに笑う妹。ついこの間まで声色さえほとんど一緒だった、百六十センチある妹。今はその頭に手をのせることができる。

 

「本当に。お兄ちゃんのくせに生意気」

 

呆れたような表情。それでもレイの覚悟を知っている彼女は兄のポケットにミルクキャラメルをねじ込んだ。

 

「お歳暮にはマホウドコロ、ハセオ宛でハニーデュークスのお菓子送ってよね」

友達も楽しみにしてるんだから!そう言って彼女は部屋へと戻っていった。レイは彼女の背中を見送って私室の扉を閉める。

「じゃあ、最後の仕上げ」

 

部屋の中に小さく保護魔法と防音魔法を張る。カーテンはぴっちり閉めてあるし外から見られることはまずないだろう。

彼は美しい飾りが施された全身鏡の前に座った。ローブはもはやどこの寸法も合わないので手を通すことも難しい。ここに映るのは中途半端に制服っぽい衣服を着た自分ただ一人だ。

 

「鏡よ鏡。世界で一番カッコいいのはだーれ」

 

なんちって。

ガラス製の鏡はレイの心の中にあるただ一人の姿を映してはくれない。それはそうだ。だってこれはごくごく一般的な鏡でしかない。魔術の一つもかかっていないなんてことない姿見だ。

それでも、元来鏡というものは呪術的な側面を持っている。無いものをあるように映し出し、此方と彼方の双方をこの場に顕現させるための舞台装置だ。こと、物語世界においては。

数か月だ。二人きりで話した回数にしたって両手とちょっとだけ。それなのにどうして、自分はこんなにあの人に入れ込んでいるのだろう。きっと、これから先の長い人生においてほんの数回すれ違っただけになってしまう人に。

すっかり緑色が馴染んだ自分が鏡の中にポツンと映る。プライドがあるわけではない。手段を択ばぬ狡猾さがあるか、と問われれば、自分は底意地が悪いだけだとさえ思う。良いところなんて一つもないのに。

 

「セド先輩は俺のこと友達って言ってくれたから」

 

ふざけて鏡に手を伸ばす。触れれば冷たい。自分は、今から最高の人間になる。そう暗示をかけるのだ。

自分の姿に他人を重ねた。これはお芝居、纏うのは穴熊の仮面。世界で一番大切な先輩。柔らかくって、柑橘とお砂糖の香りがする。

 

「欲しいものを掴みとれるように」

 

魔法が使えれば、教師にだってなれる。教師になるためには人柄も重要で、少なくとも今の自分には勤まらない。だったら。自分が思い描くなかで一番素晴らしい人間になろう。

鏡の中にレイにとっての永遠の少年を映し出す。ネバーランドの主はグレーの瞳をもった大好きな先輩。

公平で、親切で、誰より美しい。黄色と黒の華やかで優しい星の光。その先輩の姿を表層に写し取る。

 

「ミスターパーフェクト。品行方正、成績優秀。努力を努力と思わない。セドリックディゴリー。俺の……。ううん、僕の先輩」

 

鏡に向かって何度も唱える。自も他も蕩けてなくなってしまうくらい。レイのぎこちなかった笑顔すら、かの人に近づいていく。あたかも生まれながらにそうであったかのように。

 

「僕はあなたになる」

 

だから、泣き虫はここに置いてくね。

鏡に布をかけて秘密をしまう。これを知っているのは世界にただ一人だけ。自分と、今ここにはいない愛しいお星さま。黄昏の欠片を閉じ込めて蓋をする。それは魂にさえ作用するような魔法だ。

レイはすっかり小さくなってしまったローブを旅行鞄にはいれず、クローゼットへと押しこむ。

 

「レイ、支度できたか?」

「はーい!できてまーす」

 

ノックされたドア。レイが開ければ父がいた。今回は制服を作り直す都合で一足早い渡英なのだ。それに、レイにはレイでやることがある。

 

「これは俺からだ」

「え?なに。パパ上殿から僕宛にプレゼントとか珍しいじゃん。勘当?」

 

冗談めかして言ってみるものの、内心はハラハラのレイである。夏休み前に倒れてふくろう試験を受けられなかった、という盛大なやらかしが脳内でタップダンスを踊っている。学校の特別な計らいがなければ留学先で留年などという不名誉極まりない成績をたたき出すことになる寸前だったのだ。

 

「感動はされていいと思うが勘当の予定はないな」

とりあえずお前はうちの長男だし。出ていきたいなら止めないけれど。そういって渡されたのは衣装箱。許可をもらって開ければそこに入っていたのは仕立てのいいスリーピースだった。

「流石に、リボンタイは似合わないもんね?」

「好きならそれでもいいぞ」

「まだ自認が可愛いなんでぇ……」

 

レイは笑いながら袖を通す。きっちりぴっちり、サイズのあったそれは着心地がよい。身長も体格もすっかり大人のそれになったため、様になっている自信がある。ようやく子供の丁寧着から脱することができた。

 

「じゃあ、今日からの僕は求められてた働きをきっちりこなせるので。極めて遅くなりましたが、僕を大人にしてください」

「では父からの忠告を一つ。もう少し言葉は選んで口から出そうか。適切な表現というものが世の中にはあるから」

「あはは、気を付けまーす」

 

仕付け糸を切ったばかりのスーツを身に纏い、父とともに彼の取引先へと赴く。その場では商家の息子として振舞った。人が変わったような彼に何か思うところもあっただろうが、父は何も聞きはしない。

ただ、学年末に何があったかは学校からの通知があったので理解はしているようだった。その距離感がレイにはありがたかった。

 

新学期の一週間以上も前に英国へと戻る。父の予定と制服の新調の都合だ。父に付いて回ることはレイの希望だった。教師を目指す以上、上等な面の皮が必要だと思ったのだ。自分一人ではまだ、この仮面の取り回し方がよくわかっていない。であれば自分から見て超一流の営業マンである父に学ぼうとするのは至極当然のことだろう。

貴族たちへ挨拶に回り、父に付き添い、理想的な息子を演じる。今までろくすっぽ社交界に関わってこなかったのも功を奏したらしく、以前のレイを覚えている大人はほとんど居なかった。しいて言うならば、ルシウスだけは彼のあまりの変容に曖昧に笑っていたが。

それでも、好青年になる分には誰も問題にしない。美しい仮面を手に入れたレイに足りないのは場数だけ。ただひたすらに彼は大好きな先輩の背中を追った。

ひとたび学友の前に姿を現せば皆、その変貌に舌を巻く。ブルストロード家のミリセントなんかレイの紳士っぷりに頬を赤らめるほどだった。

 

生きているんだか死んでいるんだかわからないような日々を超える。宿に帰ってベッドに倒れこむ。もう無理、と弱音を吐きそうになるたび、手帳に挟んだ彼の完全無欠な笑顔を拝んだ。これは、新聞の切り抜きだ。第一の課題が終わってすぐの。

 

「ふ、へへ……セド先輩、今日も俺、頑張りましたよ」

 

誰も彼もがハセオ家の素晴らしい息子を見ていた。そんな人間どこにもいやしないのに。

 

「嘘は、口にした数だけ本当になる。角が立てばたつほど球に近づくみたいに。百回で足りないなら、千回唱えよう。千で足りないなら、万。万でも足りないのであれば死ぬまでずっと」

 

僕は、セドリックディゴリー、その素晴らしい人によく似た素晴らしい後輩なのだ、と。

 

そして。新学期がやってくる。

 

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