セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

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いつもの3倍になっちゃったんですけど、読みにくかったらコメントで教えてください……。
六年生編、ちょっと長めに続きます。


【六年生】躾用羽ペンの正しい使い方について ①

ふくろう試験による受講生の振り落としは行いません。皆さんには平等に、正しい防衛術をお教えするべきですわ、とトンチキなことを言われた瞬間、レイは邪智暴虐という言葉の意味を理解し、その女を敵だと認定した。

 

そもそも、六年ともなれば来たるイモリ試験を見据えて教科選択をする年齢である。ふくろう試験が散々だった魔法系実技を無かったことにしてやろうと考えていたレイにとって、一年から七年まで全員闇の魔術に対する防衛術を受講しなければならない、なんてまさに寝耳に水だったわけである。

ただ、決まってしまったものに関しては仕方がない。魔法省と言うやつはとんでもねぇ権力をもっているな、と諦めざるを得ないのである。

 

いざ授業が始まり配られた教科書は超絶初歩的な教本。杖を振るなんてことはほぼほぼない。レイは鼻高々だった。人生で初めて闇の魔術に対する防衛術で優秀生徒として褒められたのだ。教師が蛙だというのは不本意であるが、ともかく褒められた。

基本に忠実。素晴らしいですわ。貴方のような生徒を模範とすべき!賞賛、喝采、大爆発。レイは鼻高々すぎて危うく蛙を大鍋にぶち込むところだった。あんなにふっくらした栄養満点の大蛙はさぞいい薬の材料になるに違いない。

要するに。レイに闇の魔術に対する防衛術の才能が一切ないことを褒めちぎってくださったのだ。あの野心まみれの天下りは。

 

それどころか、こちらが食べ物を断れないのをいいことにお茶に誘い出し、ベリタセラムを入れる暴挙に走った。教師がだぜ!?教師が生徒のお茶に真実薬盛るって何!?こっちが魔法薬学界でどんな二つ名を持っているかすら一切気にしていないのだ。スネイプとの共同研究の成果は今や学会で知らぬ者はいないほどになったというのに。

 

「あなたのような聡明なスリザリンの生徒はぜひ親衛隊に入って欲しいものですわ」

「もっと適任者がいると思いますよ、僕は」

「そんなことないわ。さぁ、お茶を飲んで」

 

一年ですっかりものにしてみせたセドリック式パーフェクトスマイルを彼女に向ける。ぎこちなさは残るものの、こちらには中々いない東洋人の柔らかさと相まって意外と受けがいいのだ。最もまだまだ極薄メッキなので、ひょんなことで剥がれてしまうが。

 

「魔法省高等次官殿に手づからお茶を淹れていただけるなんて光栄な事です。ところでアンブリッジ教授」

「なんです?」

「このお紅茶、どこのメーカーのものですか?入っているスパイスの精製があまりよくないようですから。仕入れ先を変えることをお勧めしますよ」

 

にっこり、仮面を崩さずレイは蛙を牽制する。人間、できていないことを初手から褒めてくるヤツにろくなのは居ない。ただ向こうも男社会で揉まれに揉まれてきた歴戦の女。顔色一つ変えることなく忠告を聞き入れた。

 

「随分といいお鼻をしているのね」

「これでもこの学校で一番、魔法薬学の成績がいいもので」

「あら、わたくしが何か入れたとでも?」

「いいえ、滅相もない!薬品の嗅ぎわけが得意なので、スパイスの香りに敏感なだけですよぅ」

 

あはは、おほほ、と上辺の会話。しかし、アンブリッジもレイに薬の類を盛ることが無理だと気づいたのだろう。楽しいティーパーティにはそれきり呼ばれなくなってしまった。

まぁ、レイには関係のないことである。それに、闇の魔術に対する防衛術が簡単になることはいいことだ。向こうの態度には業腹であるが、魔法が使えるようになったと言ってもいかんせん訓練不足。特に防衛術の呪文はこの年になるまで成功させたことがないレイの苦手とするところだった。

アンブリッジの施策は全ての教科に筆記テストを入れてほしいと思っているレイにとっては渡りに船でしかない。

この教師が嫌いであるという事実と、テストが楽になるかもしれないという予想を天秤にかけてより重かったのがテストなのである。レイにはそこまでの反骨精神は備わっていない。ただし、彼女が権力を手にし、魔法薬学にまでちょっかいを出すようになったら話は別である。

彼女の魔法省の権力をかさに着た奇行に苛立つことが増えるにつれ、レイの中での可不可の天秤は傾き続ける。それでもまだ、決定的な敵意には変わっていない。

 

そんな中のことである。グリフィンドールの内に不可解な怪我人が増え始めたのは。

グリフィンドールでも指折りの目立つ人材たちが皆一様に利き手を庇って歩くようになったのだ。明らかに不自然な挙動である。

けれど、彼女の暴虐の標的は魔法省に関わり深い権力者の子息を有するスリザリン以外の寮に限られた。ゆえに身内にだけ甘いスリザリンの筆頭であるレイは特段気にするまでもなかったのである。

フレッドとジョージの双子がレイのもとを訪れるまで。

 

「は?僕の作った軟膏が傷に効かない?んな馬鹿な」

 

双子は年を重ねるごとに危険な実験を繰り返すようになった。そのため大なり小なり怪我が絶えない。ゆえにレイは彼らのために無償で傷薬の提供をしているのだ。市販品とは比べれば埒外のな薬効が見込まれるレイ印のそれで治らない怪我となると、よほど物である。

 

「どんな折檻を受けてるの双子は。そこまで行くと僕相手に言うんじゃなくて教育委員会沙汰じゃない?」

「あんのババァ最高にクールな羽ペン持ってんだぜ」

「応用したら面白いことできそうだよな、相棒」

「「ドクトルも一枚かまないか」」

 

差し出された手についに天秤の傾きが変わる。レイは極端に身内に甘いのだ。双子やジニーはとうに自分にとってはこちら側。傷つけられたとあらば黙ってはいられない。

それに、学期早々自分がされたことを思い出してカッと頭に血が上った。

 

「僕の薬が効かないの腹立つから、噛む。それに聞いてよ、アイツ、僕にベリタセラム盛ったんだぜ?許せんだろ。そんなの教師のすることじゃない。教職に対する冒涜!」

 

レイらしからぬ剣幕に驚いたのは双子の方である。のんきで穏健な彼が明確に怒りをあらわにするのは初めて見た気さえした。

とはいえ、これは好都合だ。レイは今も昔も薬学に関する手腕は天下一品。いまや学生にしておくのは惜しいと言わしめるほどになっている。であれば双子を筆頭にグリフィンドールの抱える癒えない傷に関しても何か手立てを考えてくれるかもしれない。

彼は極端に人間に興味がないタイプであるが、最近はどうしてか公平で公正な真人間になりつつある。フックが自分たちであれば傷薬の量産すらしてくれるかもしれない。

「そもそも、僕を誰だと思ってんだ。薬学狂いだぞ。ベリタセラムの無味無臭は、無味でもなければ無臭でもないんだ!」

がるる、と歯をむき出しにして意味の分からないことを叫んでいる彼に双子は待ったをかける。ヒートアップして意味の分からなことを言っているだけと信じたかった。

 

「無味無臭は無味無臭だろ、ドクトル」

「あれはね、入れるもので香りが変わるんだよ」

 

味はあんまり自信ないけど香りは違う。しかも、片方の紅茶には入っているのに、もう片方には入ってないなんてわかりやすいことされたらもうね。丸出しですわよ。

そんな風に憤るレイにさすがの双子も引いた。オタク、というのは実に恐ろしい生命体である。

 

「だって考えてもごらんよ。複雑な構成でできた薬が完全な無味無臭になるわけがなくない?すべての材料には味があり、香りがあり、打ち消しあったとて豊かなんだからさぁ」

「「今、純粋にお前のこと怖いと思ってるよ俺ら」」

「ホグワーツのどこで汲んだ水か、みたいな利き水ゲームなら嗅いだだけで全部当てられる自信がある」

 

どこか恍惚とした表情で言ってのけるレイに怖気だちつつ、双子は彼を信頼に足る唯一のスリザリンとして傷口をさらした。鋭いペン先で皮膚を幾度もひっかいたような痛々しいありさまだ。なるほど、これでは利き手を庇うのもわかる気がする。

 

「適切な処置なしだと長く跡が残るよ、これ」

「だよな……」

「俺らは笑えるし武勇伝の一つとして末代まで語れるけど、女子にこれはきついだろ」

「は?」

 

レイという生き物は女の子を死ぬほど苦手としている。生きている理が違う別の高尚な生き物なのだと。ただし、長らくお兄ちゃんという属性で生活を営んできた実績があった。女の子には優しく。何があっても物理的に傷つけてはいけません。怪我なんてさせるのは男のやることではないのだから。やるときには言葉のみで徹底抗戦の構えをとりなさい。そういう心構えで生きてきたのだ。

 

「もしかしてジネブラさんも?」

「えっ、あぁ、ジニーもだけど」

「ああ見えて反骨精神の塊だからな、我らがプリンセスは」

 

双子のセリフにレイのスイッチが完全に入った。権力大好き蛙のくせに人間様を傷つけるなんてとんでもない女である。ルシウスの手引きがあるとは思うのだけれど、あれに付き従っているドラコにも珍しく敵意が湧いた。

レイは無言で双子の傷を見る。前腕には【我々はふざけた悪戯をしてはならない】と刻まれていた。見れば見るほど腹が立ってくる。

 

「双子って意外と筆跡違うんだね」

「フレッドの方が字が暴れてる」

「ジョージの方が暴れてないだろ」

「なるほど……。双子、じゃんけんして」

「へ?いいけど、フレッド、じゃんけんだとさ」

「はいはい、ぽん……俺の負けかー」

 

で、なに?とフレッドが聞く間もなくレイはじゃんけんに負けたフレッドのいまだ血の滲む生々しい傷跡にいつもの薬を薄く塗った。これくらいの切り傷であればなんてことなく塞がるはずである。そして、その予想通り。傷はすんなり消えた。

 

「消えるじゃん」

「そう。消えるんだよ。でも、問題はここから」

 

ジョージは少しだけ面白いものを見るようにフレッドの腕を眺める。覚悟を決めた、と言わんばかりに短く息を吐いた彼はべたついている残りの軟膏を拭いとった。押し殺したようなうめき声をあげる彼を観察していればその筆致は一文字一文字、薬効をあざ笑うかのようにまた刻み込まれたのである。

 

「いってぇ……」

「治すとこんな具合にまた出てくんだよこれ。嫌味オバサンにはぴったりの魔法だよな」

 

レイはふんふん、とうなずくと今度はジョージに近寄った。そして問答無用で彼の手にも軟膏を塗ってしまったのである。

 

「今の話聞いてた?!」

「魔法薬ってね、誰がどう、何時使っても同じ効果が表れなきゃなんないのね。再現性が死ぬほど大事なわけよ。何ならその羽ペンの被害者全員呼んで再現性を見るのは当たり前なんだよね。今の君らはモルモット。フレッドで起きたことがジョージでも起きるって目にしないとちょっと納得することはできません」

 

レイがべったり塗った軟膏を拭い取ればジョージも同じく再度悶えた。確かに、これは普通の傷ではないのだろう。

 

「肉体に傷をつけるのにも関わらず、肉体を治療するのでは事足りないってことしかわからない。ねぇ。本当に被害者ってたくさんいるの?」

「グリフィンドールの十人に一人はこんなだぜ」

「……。僕がかかわってるって内緒にしてくれる?だったら手を貸す。僕も気になるし」

 

にんまり笑った双子。彼らに気を許しきっているレイはこの瞬間の短慮と無駄な正義感をすぐに後悔することになった。

双子に連れられてやってきたのは必要の部屋。彼らの願い通り現れた扉の向こうにはスリザリン以外がひしめいていた。この段階でレイの人見知りが爆発しかけたが、何とか耐える。

むしろ、部屋の仕組みを聞いてそのあまりの利便性にため息をついたレイである。この場所は追われる側にあまりにも都合がいい。追う側であるドラコがあんなに躍起になっているのも理解できる。つくづくこの城はレジスタンス向きだ。

せめてローブを脱いでくればいいのに、それすらすっかり忘れてレイはその集団の中に招かれてしまった。

 

「ほら、入れよレイ」

「はーい……」

 

何も考えず、ポヤポヤ生きている平和の国からのストレンジャーはまんまと虎穴に入ってしまった。そして、自分の出資先が獅子の寮でどのような立場の人間だったのかも失念しているという平和ボケっぷりを発揮してしまったのである。

ぐいっと押され、目立つ位置に出てしまった。観衆の目がレイに向く。そのままの流れで双子に紹介される。内緒、とはいったいどういった意味の言葉であるか、この双子にイチから教え込まなければならないかもしれない。

 

「ぎゃあ!僕は前に出ないって約束だろ双子!なんで、あぁあ、お許しください。僕は騙されたんですぅっ!」

 

今のホグワーツではスリザリンというだけで針の筵。特に、レイはドラコと口をきいているので、もはや親の仇みたいなもんである。この場でレイの味方になってくれるのは双子とジニーだけだろう。

周囲をざっと見渡せばポッターの一団と、そのほか目立ってしょうがない生徒たち。目の前が真っ暗になりそうな心地であるが気合で耐える。今ここで倒れたら双子あたりに医務室まで運ばれるだろう。それをスリザリンの誰かに見られたら尋問が始まる。

ドーバー海峡を泳いで渡れるほどに視線を揺らがせたレイである。しかし、もう自分は子供ではない。夏休みの経験がここで生きた。心の中に住んでいただいている偉大なるセドリック大先輩の顔を思い浮かべてその仮面をかぶったのである。

 

「やァ。みんな。僕に協力してほしい。その傷、治してみせるよ」

「レイ、本当にレイよね?」

「レイだよ、ジネブラ」

 

当社比さわやかなほほ笑みにジニーは不気味なものを見る目を向けた。そりゃそうである。もともとの自分の性格を知っている人間にとっては気色悪いことこの上ないだろう。それでも、自分はここからの人生をこれで行くと決めたのだ。羞恥なんかで泣いてたまるか。

レイが彼女に目をやると、腕まくりをした利き手には例の傷が刻まれていた。堂々としたその態度はあまりにもかっこよくて流石グリフィンドールと褒めちぎりそうになる。

後輩女子がこんなに頑張っているのだ。手伝いくらいできなくては、ミスターパーフェクトになんてなれやしない。

レイは深く息を吐くと今度こそ仮面をかぶった。多少胡散臭いかもしれないが、別に自分のことを信じてもらいたいわけじゃない。けれど、この場でいい人であったと印象付けるのはきっとこの先何かに役立つだろう。その計算を誤らないのがスリザリン式の狡猾さだ。

 

「僕は君たちみたいな集団が心底苦手だけど。薬学に関しては絶対嘘つかないって決めてる。だから、その傷を治せる薬について考えに来たんだ。それに、こんなの学校の先生がやっていいことじゃない。いくら嫌いでもね」

 

敵の敵は味方。その理論がどこまで浸透するかはわからない。それでもあの魔法省からやってきた女を良い人間であると認識している者の方が少ないのは確かだ。

とはいえ、突然現れた自分を誰が信じるというのだろう。今日の今日まで手なんか差し伸べなかった自分を。双子が言いだされなければ彼らに見向きもしなかった自分を。

 

「この傷、治る……?」

 

レイに声をかけたのは黄色のローブを着た少女。彼女は腕を撫でている。そこに陰湿な虐待の印があるのだろう。

 

「治らなかったらどうしようって不安なの。親にバレたらどうしようって。大人になっても治らなくて、誰かに見咎められたら?夏に腕を出して、誰かにからかわれたらって」

 

流れ落ちる涙を拭うこともなく彼女は語った。今まで口にすることすら自分に許していなかった不安をこぼす。それは、強くはない普通の女の子の言葉だった。

 

「もし。もし。そんなことないって信じてるけれど。レジスタンスに失敗して、世界が闇に落ちたら?この腕の傷はきっと差別を生む。この傷が名誉のものであるうちはいいわ。でも、そうではない時代が来てしまったら」

 

波紋が広がり、覚悟の形を揺らがせる。指導者のいない子供の集団というのは実に短慮だ。

無論、純粋に正義を信じる集団が正しいこともある。けれど、大概の場合はどこかでつまずく。子供の覚悟なんてそんなものだ。

家族に愛され、友と語らい、時代に揺られて不安ながらも笑って生きてきた者が大半だ。致命的な喪失すらまだ体験したことはないだろう。なにより、決めた覚悟を邪魔する顔が一人もない、なんて極端な生き方をしてきたものは皆無に等しいのだ。

 

「私に傷があることで、私以外の誰かを傷つけることになってしまったら」

 

何か言いたげな選ばれし三人組を目で制してレイは彼女の手を取った。塞がりかけの皮膚が引き連れるのだろう。彼女の顔が少し歪む。

 

「君は守りたいものがあったから戦うことを決めたんだね。誰かを守りたいって、凄い覚悟の形だと思うよ。抗い、戦い、血を流すだけが全てじゃない。守りたいって気持ちを持つことが君にとっての革命だもの」

 

その覚悟を馬鹿にするなんて、そんなの覚悟じゃないって言うなんて。僕は絶対許さないからね。

レイの視線が鋭くなり周りを牽制する。らしくないことをし過ぎている自覚はあった。でもきっと。あの人が生きていたらこうやって彼女を守っただろう。視野が広くて、いつでもまっすぐな道が見えてる。そして、セド先輩は誰にでもべらぼうに優しいから。

勿論、自分のやり方が正しいとは思わない。それでも、誰かのために頑張った人が。勇気を出して抗った人が。白い目で見られるなんて絶対に間違っている。

 

「僕を信じてくれなんて大きなことは言えない。入学してからこっち、ずっと自分の殻に籠ってたような男だからね。でも。僕は届く範囲には手を伸ばしたいと思う」

 

それでもいい?と双子に問えば彼らに背中を叩かれた。

 

「女の子の手を握るなんてやるねぇ」

「カッコいい演説だったぜドクトル」

「へ?え!いや!そのなんかすいません、えへ、あとで消毒しますんで、許してください、へへっ……」

 

離した手の先。彼女の頬は少しだけ赤い。彼女の心の動きなんてちっとも理解できないレイはポケットからキャンディーを取り出して彼女に与えた。オレンジと白のしましま。いつものキャンディー。そしてそれはもういない誰かさんを彼女に思い出させるには十分だった。

 

「急に手を握って、ごめんね、えっと、」

「ハンナよ。ハンナアボット」

「ごめんね、アボットさん」

 

彼女は受け取った飴を口に入れる。いつしか寮の先輩が常備するようになっていたこのキャンディー。自分も一度だけ貰ったことがあるこれの、本来の行き先は彼だったのだと彼女の中で世界が繋がった。

 

「ハセオくん」

「はい?」

「セドリック先輩とお揃いね」

 

ハンナにはわからないけれど、きっと彼の中でも深い傷なのだろう。眼前の彼の表情がほんの少しだけ歪む。けれど、すぐに取り繕って綺麗な笑顔に戻った。

 

「そう。セド先輩が教えてくれたんだ」

 

そこから、レイによる治療、もとい実験が始まった。傷薬を塗っては効果を確かめ、首をかしげる。今回は四種類ほど傷薬を用意したが、結果はどれも同じ。しいて言うならば精神の安定成分を含んだものを塗布したグループには傷の再発現が遅い、という特徴がみられた。

 

「もしかして、お前。僕たちのことモルモットだとでも思ってる?」

「思ってないよ、ロナルドウィーズリー」

「あっそ。ならさぁ、」

「君でモルモットなら僕はハツカネズミだ」

 

隣でハリーが噴き出した。レイの物言いがツボに刺さったらしく、ロンに謝罪を繰り返している。しかしながら声の震えが止まらなくなってしまったようだった。彼は意外と笑い上戸なのかもしれない。

憤慨中のロンから薬剤を拭い取ると、腕には相変わらず傷が浮かぶ。今のはちょっとした嫌がらせである。

 

「おい、性格か悪いぞ」

「スリザリンに性格の良い奴はいないんじゃなかったの?」

 

ぺちり、と傷にほど近い位置を叩けば相変わらずロンはむすっとしている。こちらがスリザリン、というだけで気に入らないのだろう。こういうのとは話し合うだけ無駄である。

こういう場合に頼りになるのは見識の広い人間だ。レイは本当は心底嫌である、という感情を心の奥底に押しやって彼女に近寄った。

 

「使われたお道具は羽ペン、でいい?インクは普通のインク瓶。紙は?」

「なんの変哲もない羊皮紙だったわ」

「ありがとうグレンジャー女史。魔法理論はそこまで得意じゃないから断定はできないけど、特別製なのは羽ペン、だろうね」

 

レイは脳内にある一般的な躾用の羽ペンのことを思い出していた。けれど、あれにはここまで苛烈な機能はついていなかったはずである。腕に書いた文字が痛みとともに浮かび上がるのはある機能だが、できた傷に薬を塗っても治らない、はレイの知っている躾用羽ペンの機能ではないのだ。

 

「どうしてそう思うのかしら」

「こんなのはよくある激しめの躾グッズだろ。これを見たことも聞いたこともないって家庭だったらいい家庭だよ。親に感謝した方がいい。あ、グレンジャー家ってバリバリのマグルだっけ?じゃあこれちょっと非人道的に見えるか。でも、マグルの世界にもあるだろ。罰としての鞭打ちとか無意味な長距離ランニングって。要するにあれの魔法使い版。魔法が使えるから一石二鳥スタイルで罰を与えるんだよ。過激な教育ママのいるお宅だと今でもよくある躾ってわけ」

「わざわざ体を傷つけて!?」

「そこが、魔法族とマグルの違うとこだね。この世界には魔法薬があるだろ。マグルの使ってる傷薬とはわけが違う薬効がある。薬さえ塗っちゃえば傷なんてあっという間になくなる。でも、これは違うよね?だから問題があるって話」

 

どんな理由があったとしても、治らない可能性がある怪我を負わせる魔法具は闇の品物に等しい。明確な悪意を持って利用されているならなおさらだ。

 

「でも、普通のものと効果が違うのなら、羽ペン由来ではないんじゃないかしら」

「うーん、あの腐れ教師にそんな知能があるとは考えにくいけど……。羽ペンがそうではないと仮定する。であれば、原因はインクか羊皮紙かってことだろ。インク、に問題がある場合傷がつく、というのは理論が立ちにくい。腕に刻まれているのが傷、ではなく入れ墨だったらインクに問題があるって見立てもできなくはないけど。あくまでも、この傷の問題は治療しても同じ場所に同じ筆跡て引っかき傷及び切り傷が現れるという点だ」

 

レイは己のまっさらな腕に杖を当てた。そして、仮置きとして【私は嘘をついてはならない】と刻みつけてみる。嫌味な痛みも再現すればより一層あの蛙への憎悪が滲む。セルフとはいえさらりと自分を傷つけてみせたレイに周囲の視線が注がれた。生徒に対する仕打ちじゃねぇだろ、クソカエルめ。と悪態をつけば同意を得られる。

 

「だから、悪さをしているのはペンだろうって見立て。書き込まれる側である羊皮紙の呪いも考えたけどこっちはなさそう。この人数がどの回転速度で罰則を申し付けられてるかわからないけど、呪われた羊皮紙を人数分用意して、一回使い切り、なんてのはコストパフォーマンスの観点で最悪すぎる」

 

既存のものを強い悪意で変質させたもの。おおもとになっている躾用羽ペンの入手難度から考えてもこれが正解に近い仮説だろう。とはいえ、これだって現状を見た推測でしかない。盲目的に原因はこれである!と決めつけるのは、事実と異なった時に対処不能に陥る可能性すらある。ゆえに、あくまでもこれは可能性の一つとして心に入れておくべきだ。というのレイの結論であった。

レイが傷薬を塗れば、彼の傷は正しく癒えた。教育の名の下に行われるのであれば、最低ラインはここでなくてはならない。薬で治らない傷、を教師は生徒に負わせることなぞあってはならないのだ。

ハーマイオニーは彼の言葉を聞いて、ようやく彼を信じる気になった。一学年上の薬学に特化しすぎた天才の話はことあるごとに聞いていたし、魔法薬学が得意ということは論理だてて物を考えることができるという証左でもある。スリザリンに対していい印象はないが、彼がきちんとこちらを見ていることが分かれば上等だ。

 

「合格よ」

「はい?」

「あなたの話を聞いて私も同じこと思ったもの」

「なんでそんなに上から目線なんですか、グレンジャー女史は」

「先達は尊敬できる人間に限り敬うべきよ。まだ私はあなたのこと知らないわ」

「僕ら気が合うね」

 

ハーマイオニーの物言いにレイは心の中でいけ好かないのレッテルを張り付けた。これだからグリフィンドールはと言いそうになるのを優等生の仮面でもって抑え込む。

 

「それよりあなた、どうして校庭五周、みたいなマグル文化を知ってるの?純然たる魔法界生まれって聞いてるわ」

「僕の出自なんかどうでもいいだろ、そこそんなに気にする?」

「身の回りにいる純血魔法族がロンなんだもの。魔法界におけるマグル認識が良くわからなくて」

 

きらっと光った知識への欲。今ここで発揮すべきではないだろうに。彼女はこういう好奇心が旺盛らしい。変わった女の子である。だから男二人とつるんでいるのかもしれない。

レイは、まったくもってめんどくさいので適当に答えておくことにした。彼女もまた気になることを放っておけない性質の人間のようだ。解決されない場合はよりこちらへの干渉が深まるだろう。さっきの上から目線も引っかかるし、なにより同族嫌悪である。

 

「僕は留学生だから、君の疑問の解決にはならないと思うな。日本の魔法族は普通にマグルに混ざって生活してるし。歯医者とか普通に行くよ。俺は親知らずの抜歯が今から怖い」

「歯医者……魔法薬があるのに?」

「さっすがにピンポイントで親知らず抜くための薬は存在しないし、そんな極端なもの作らんでしょ。痛いんだったら根本治療、抜歯が最適解」

「それはそうよね」

 

この話関係ある?と彼女に問えばまだ聞きたそうなことがあったが解放された。今すべきは傷の手当である。日本魔法界の面白小話じゃないはずだ。

レイはハーマイオニーの傷を観察する。彼女に塗布したのは精神安定成分が強く入ったものだ。半分だけ拭えば傷は再現するものの、明らかにほかのグループとは違う反応を示している。

ということは。この薬には入っていて他には入っていない有効成分があるということ。そして、それは明らかに精神安定成分である。レイはその事実から推理する。

 

「この薬に入ってる推定有用成分はおそらく、月光夜草。これが単体で作用しているのか、はたまたほかの薬品と混ざることで何らかの効果を発揮するのか。原薬を直で塗る、のは流石に憚られるな……」

 

あー、ドラコに言ったらその羽ペン借りれないかな。だなんて無茶苦茶なことを口走ったレイである。多分、言えば貸してはくれるだろう。けれど、追及を逃れる良い言い訳が思いつかないのでやめておく。

 

「前提条件が間違ってんのかなぁ」

 

何事かを呟きながら薬の調合を変えてみる。傷や痕が残ってもいい、という男どもを募って幾分か成分が強い薬も使ってみた。そこで、興味深い仮説が立つ。

もし、傷ついているのが肉体ではないとするとどうだろう。本来、ペンによって傷つけられているのは別の部位だという可能性が捨てきれないのだ。

あくまでも、その傷が腕に傷として発現しているに過ぎないであれば。表皮をいくら治療したところで根本解決に至らないのは納得ができる。まさに前述の親知らずと同じ原理だ。

腕の怪我、と捉えるから傷薬が効かないという現象が不可解に映るだけなのではなかろうか。だとすると。これは、外傷ではなく呪いを受けている状態だと仮定することも可能である。

呪いであれば薬の構成は勿論、治療方針だって変わる。肉体でないとするならば傷がついているのは魂そのもの。ある意味で、それはレイの得意分野だった。

もし、本当にこの仮説が合っていたとしたら相当たちが悪い呪いだ。その底意地の悪さについ、にやけてしまった。

これは明らかに学生に施す罰則の域を超えている。もはや罰則と呼ぶことも本来は憚られるだろう。

 

「ほんと、舐めてる。あんなのがルーピン先生とかマッドアイの後釜だなんて魔法省も学校側も何考えてんだか」

 

きっと、あの女はこの呪いの解呪方法を知らない。知らないどころか、呪いを解く必要があるとも思っていないのだろう。むしろ生意気な子供に、魔法省として正しい教育を与えたとほくそ笑んでいるいるに違いない。

レイはため息をつくと皆に目をやった。この場にいるスリザリン生は自分ただ一人。それが我が寮の立場の危うさを物語っている。であれば。自分は極めて模範的な生徒でなければならないだろう。それこそ公平で公正でパーフェクトな人間に。

全てはスリザリンなれば。

 

「今回の問題はこれが普遍的な傷薬で治らず、痛みを与え続ける点に重きを置いているという点のみだ。躾でも教育でもない。拷問に振り分けられると思う。それは流石に感化できないし、なにより僕は馬鹿にされるのが嫌いです」

 

そう言ってレイはローブの内から小瓶を取り出した。ラベルには月夜光草の記載がある。この薬草の効き目は月光が心を癒すように穏やかそのものだ。まかり間違っても劇的な反応は出ない。ゆえに、様々な薬に用いられる一般的な薬草でもあった。

深く傷ついた魂に対しては長期服用が必要になるが、裏を返せば薬効を調整しやすいということでもある。魂の傷つきやすさはかなり個人差のあるものだ。一回で完治する薬というのはありえない。

それでも、コスト面と作成に対するリスク。薬品の入手難度をすべて加味して今とれる最善策のつもりだ。

 

「つまり、俺はあの蛙が嫌いなんで反旗をこっそり翻します。君たちの活動は心底どうでもいいし、日和見主義者としては目を背けたい気持ちでいっぱいなんだけど。憧れの先生に文句言われ、知り合い虐められてぼーっとしてられるほどのんきじゃない」

「あいつが憧れの先生なんて、趣味が悪いだろ」

「長らくネズミのおじさんをベッドに入れてやってた君と同じくらい?」

 

レイは笑顔を張り付けたまま、悪態をついたロンの手を取った。学習機能がないってんなら借り物の羽ペンでその腕に【スネイプ先生最高、魔法薬学に栄光と繁栄を】って刻ませるぞと脅せば彼は黙る。腕なんてぬるいこと言わずいっそ額に刻み付けてやりたいが、双子に怒られそうだからやめておこう。

その笑顔のままでロンの腕の傷に軟膏を塗りたくった。その上で、ポケットから月光夜草の薬液を一滴だけ混ぜ込む。目分量で一滴、それを指でぐりぐりにじるなんてありえないほど乱暴なやり方だ。けれどまぁ、ロンならいいだろう。痛くて喚いてもこいつなら許される。

じゅわじゅわ、と音を立てて腕の引っかき傷が塞がった。ここまでは想定内だ。

 

「勝手に塗るなよ!この後、痛いんだぞ……」

「一滴だと効果薄いと思うんだけど。それでも適量を見極める必要があるからさぁ」

 

レイはロンから手を放し、自前の感知不能拡大呪文がかかったカバンから調薬用品を一式取り出した。本来は丁寧に量をはかり、濃度を求めて扱うべきものなのだ、薬というのは。

 

「ちょっと薬拭ってみて、ロナルドウィーズリー」

 

レイに言われて渋々ロンは薬を拭った。とたん、じわっとまた文字が浮かぶ。けれど、今までのものとは明らかに反応が違った。

 

「傷、薄くなってる、よな?それにあんまり痛くない……?」

 

ロンの魂の傷はそこまで深いものではなかったのだろう。一滴でかなり効果が出たらしい。おそらくこいつはハズレ値となるだろうが、効果が出るのは喜ばしいことである。

仮説通り、改悪した躾用羽ペンを用いて魂そのものに傷をつけ、肉体に浮かび上がらせる闇の技術に間違いなさそうである。

だからこそ、精神を安定させるための成分が反応を示したのだ。精神の安定とはすなわち、魂に働き掛ける成分であるということ。魂のこわばりを解き、心と肉体を落ち着かせるのだ。

傷つくことに幾分か鈍感そうで、虐げられると対抗心が燃えるタイプの彼に薬が良く効いて、精神の細そうな少女や下級生たちに効き目が薄かったのも納得できる。

 

「これであの羽ペンは闇の逸品だということが判明しました。これは教育委員会沙汰です」

 

意図的に、教師の判断で、未成年魔法使いの魂が傷つけられている。それはいくらマグルに比べて体が強い魔法族と言えども看過できない傷のはずだ。アンブリッジは教育現場から排除されるべき根っからのくず人間であると証明されたに等しい。

それと同時にレイは立ち回り方を考えなければならない。彼はあくまでもスリザリン。あの寮を居心地の良い場所であると信じている。

ここで彼らに手を貸すことでほんの少しでも我らが蛇のイメージアップを図りたい。そんな思惑はある。絶望的であっても自分のような人間がいることに意味があるだろう。蛇が窮地に陥った時に小さいながら何かのフックになればいいと思うのだ。

この事件の首謀者は元スリザリン。それに付き従ってホグワーツの仲間を売った生徒もまたスリザリン。自分たちのためにならないと分かっているだろうに、子供らしい加虐心と権力からもたらされた疑似的な正義が彼らの心を歪ませてしまった。

それを諫めてやるだけの勇気と立場が、ストレンジャーたる自分にはない。これはスリザリン内での政治の問題でもあったのだ。

 

だったら。レイが今とれる計略はただ一つ。寮生へ向くはずのヘイトを一人に向かわせることだけである。元から蛇の寮の印象が良くないのは重々承知だ。

それでも。どうせこの場からいなくなる一人をスケープゴートにするのは悪い策ではないだろう。

 

「ここまで来たら徹底的に潰したほうがいいよ、あの蛙人間。言い逃れできないくらいに証拠を集めて、二度と教育現場に舞い戻ることなんかできないように」

 

目下必要なのは羽ペンの解析だろう。それと、羽ペンの入手経路。アンブリッジがどうやって、これを入手したのか。効果について知っていたか、つまりは故意か否か。そこが重要になる。

彼女が悪意に対して抜かりない人物であることは自明の理。であれば、この最悪の羽ペンは躾用羽ペンと見た目上はほぼ同一であることが予測できる。入手経路もかなり上流まで辿らなければ悪意の欠片を見つけることすら難しいだろう。

なんなら、こちらの準備が足らない状態で教育上必要な未必の故意と言われたら負ける可能性がある。

慎重に、確実に息の根を止めるためにはかなりの力が必要なはずだ。そして、そのタイプの政治ができる人間はこの場にいない。

無論、ハーマイオニーはそれに気づくだろう。けれど彼女は英国魔法界において最も立場弱きものだ。マグル生まれの一介の学生。後ろ盾なんか一つもない。

ゆえにレイが選ぶのは沈黙だ。そこまでの面倒を見る気はなかったし、彼らの内にレイが身内認定を下した人間がいるだけで、彼らそのものは友達でも何でもない有象無象なのだ。レイにとってはドラコの方が何倍も大切な人間なのである。

芯のところでレイはセドリックではない。憧れ、焦がれているだけ。表層はそうあろうと心がけていても彼は根っからのスリザリンなのである。

 

「ともかく僕が手を貸せるのは傷薬に関して。その一点のみだよ。アンブリッジの駆除はそっちにお任せする」

 

レイは学校内政治活動に関して彼らに決定的なノーを突き付けつつ、手持ちの薬品の残量を見る。

急な大量生産はできないが、スネイプに頼めば幾分かは引き出せるだろう。彼もアンブリッジには嫌な顔をしていたし、ポッター関連と言えど、教師として傷つけられた生徒を無下にはできないに違いない。あとはこれが違法薬物になってしまわないように医務室への根回しも忘れないことが重要だ。

薬学準備室とスネイプのポケットから提供されるであろう薬品類を皮算用。市販品から価格を仮組して、人件費は格安に指定。軟膏に必要な基本的な薬品は手元のものから精製すれば一般的なものより安く上がるはずだ。脳内でソロバンを叩きまくってレイは一つあたりの価格を決める。

 

「大量生産を前提に材料の買いこみをするし、新しい気付きを得られたから開発費はなしでいい。アフターケアと、重傷者のカウンセリング、商品補充込々で八ガリオンと五シックル。商品と僕の価値をこれ以上下げられない」

「今思いついた薬に価値だって!?」

「あのねぇ、薬は無から生まれない。それに、今思いついたって言ってくれたけどそれを思いつく人間がここにはいなかった、だろ?薬品の買い付け、資材の価格。身内にバレないように立ち回ったうえでの労働を加味してトントンにはさせててって言ってるわけ。なんなら僕的には大赤字。でも、傷ついた人間を放っておけるような性格はしてないつもりだよ。知ってしまった以上、関わった以上、僕は僕にできる最善をお届けする。それを善だと信じてる」

 

ロンは何か言いたげに双子を見た。ここに彼を連れてきたのは自分の兄たちである。ロンからすればレイのそれは信じられない物言いなのだが、悪戯グッズ専門店を経営中の商売人としても十分上等な彼らの反応は違った。

 

「「十ガリオンに色付けたって安すぎる」」

「うへっへ、褒めるな褒めるな……、照れる、」

 

格安とはいえこれもまた商売。むしろここまでのものを無償で請け負うと言われた方が怪しいものである。金銭が発生する以上、自分たちのそれはプロ並みかそれ以上を目指さなくてはならない。その自負が彼らにはある。それだけの話だ。

 

「俺らが出す。これでも十分に元手があるからな」

「それで文句ないだろ、ロニー坊や」

 

兄にそういわれてしまっては何も言えることがない。どんな付き合いかはよくわかっていないが、双子とレイの間にはロンの知らない物語があるのだろう。であれば、これ以上の口出しは野暮というものである。

それに、この薬の効果が確かのはロンも知るところだ。如何せん、自分が一番にその薬効をこの身で確かめたのだから。

憎きスリザリン。でも、彼はフレッドとジョージに対等な口を利く。憎らしいことばかり言うくせに初めて、信じてみてもいいかもしれないと思えた。

ロンはすっかり痛くなくなった腕をさすってレイに手を伸ばした。それは彼にできる精一杯の譲歩だった。

その掌を見て驚いたレイは嬉しそうに少しだけ笑って、それでも首を横に振る。レイがその手を掴むことは決してないのだ。どこまで行っても自分は誇り高き蛇。彼らの手を取ることはない。

 

「僕はその中には入らないよ」

「なんでだよ、ここまでしといて逃げるのか」

「入れない、じゃなくて入らない。これは僕の意志。逃げるわけじゃないよ。でも。僕はスリザリンの談話室のこと大好きなんだ」

 

王道を歩むだけの道行を勇気であるとは呼びたくないのだ。全ての人間にそれぞれの思うところがあって、それぞれの願いがある。眩すぎる光を正義と押し付けられるのはレイの正義ではない。

 

「僕は公平で公正でありたいだけ。傷ついているのも僕の知り合い。でも傷つけてるのも僕の知り合い。だったらどっちにも声をかける。僕は僕の思ういつも通りを貫く。どちらにも傾かない。けど、困っている誰かを僕の力で救えるかもしれないなら、そうしたい」

 

我ながら、よくやったと思う。膝は震え始めるし、聴衆の前でこんな演説したのだから。ただ、もう正直キャパシティーオーバー。レイの中にあるセドリック成分は出し尽くしてしまった。正直もう、ベッドに倒れこみたくてしょうがない。もしくは、空き教室に籠ってひたすら軟膏を缶に詰める単純作業だけしていたかった。

 

「頼まれれば、傷薬の手配はする。でも、アンブリッジ親衛隊の動向とかを横流しするわけにはいかない。そこはまぁ、頑張って」

 

明らかに場違いなさわやかスマイル。それを見て双子は彼の限界を悟った。新学期からこっち、頑張って取り繕っているつもりだろうが、なんだかんだ付き合いの長い双子には彼の無茶が手に取るようにわかってしまう。

薬の作成に関しては明日以降頑張ってもらえばいいだろう。こんなところで彼のヒットポイントを使いつぶすのは申し訳ない。

彼らは視線のみで会話し、レイを必要の部屋から連れ出す。嵐のように攫われ、何が何だかわからないレイだったが三人きりになってようやく息ができるような心地だった。

 

「つ、疲れた……こういう関わり方しかできないけど。これでも許してくれる?」

「「ドクトルにしては上等だったぜ」」

 

双子に労わられ、自分がしたことは決して間違いではないと思えた。板挟みなのは本当のところだ。でも、敵の敵は味方というし、今のレイは確実にアンブリッジのことが許せそうになかった。

で、これは約束の代金だ。そういってレイの掌の上にフレッドは革袋を一つ載せた。ちゃり、と金属がすれる音。レイは封を解いて中身を確認する。

 

「十五ガリオン入ってるんだけど、おつり用意した方がいい?」

「こういう時に使ってこその金だろ」

「十五でも焼け石に水なの分かってるしな」

 

これで最高の薬を頼むぜ、と頼られる。その心意気に胸の奥がムズムズした。作ったものを褒められるのは心地よいものなのだ。

今も昔もグリフィンドール二人にスリザリン一人のパーティは目立ちすぎるので物陰に異動した。三人で膝を合わせて契約内容を詰める。こういう時に自動筆記ペンは非常に便利だ。会話の内容を取りまとめて契約書として巻いて見せたのである。

週に一度、人数分プラスアルファで薬の配達をする。魂の消耗具合と傷具合によっては個別対応も可能。配達先は必要の部屋。どうしてもほかのスリザリンを振りほどけない時だけ双子の力を借りる。そこまでが契約内容だった。

 

「難しい立場なのに、ごめんなドクトル」

「でもありがとうな。おかげで助かった」

「お財布開かせちゃった以上、最高の働きをさせて。むしろこうなってる方が僕は都合がいいし」

 

一度とった契約を反故にするっていうのがどれほど僕の信用に傷をつけるか、うちの寮監は知らない人じゃないからさ。

狡猾さを隠しもぜず笑ったレイに双子は声をあげて笑った。心配せずとも抜かりなかったらしい。レイと付き合いがあると、不思議なものでスネイプもそこまで悪い教師には思えなくなってしまうのだ。贔屓の癖が強すぎるだけで。

これをレイに言ったら一段と表情を明るくさせることだろう。だからこそ、あえて二人は黙っておくことにした。レイは好きな人間を好きな人間と引き合わせることも好きなのだ。今更あの教師とお茶会なんてできるはずもないし、どんな顔をすればいいかわからない。たぶん、向こうも同じ気持ちのはずだ。

 

「もし何かも大成功まで持っていけたら僕の信頼度って上がると思う?」

「そりゃそうだろ」

 

そう言い切ったフレッドにレイは作戦の成功を悟る。これは、一つの足掛かりだ。誰にもあの輝きを忘れさせないための。いつか、友達に再会できた日にあなたの友として恥じぬ行いをしてきたのだと、胸を張るための。レイはぴかぴかの笑顔で双子すら誤魔化してしまった。

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