あと一話で六年生編終わり。
お察しの通り、次もこれくらい長いです。
踊っている。図体のでかい、同じ顔した男が二人、レイの前で踊り狂っている。満月の日の狼人間だってもう少し大人しいだろう。
煮立たせてる鍋に埃が入るからやめてくれないかな、とレイが双子に声をかけるもその声は届かないようだった。
あれ以来、双子とレイは定期的に顔を合わせて研究会を開いていた。とはいっても彼らの専門はまるきり違うので同じ部屋にいながらまったく別の研究をしている。
ならばなぜ、そんなことをしているかというと三人寄れば文殊の知恵、というやつである。お互いの発言や気づき、発想を組み込めばいつも以上に実験がはかどる。
スネイプ以外の人間に鍋の中を覗かせたことがなかったレイにとっても、いい刺激になったのだろう。柔軟な双子のアイディアを取り入れつつ、いくつかの新薬を発明していた。
「あぁ、もう、踊らないで。鍋に当たったらどうするのさ。いったん落ち着いて。僕に聞かせていいことなら聞かせて。落ち着いて、落ち着いてったら。暴れないで」
そういうことであれば、と手を繋いで回っていた双子は止まる。そして、美しいホールドの姿勢をとると杖を振り音楽をかけた。このためのラジオだとは誰も思うまい。用意周到である。
「なんでそこで社交ダンス始めるんだよ。ダンス側に品格があればいいわけじゃないよ。踊るなって言ってるの。しかもタンゴ。男役と女役をくるくる入れ替える才能は一体何。君たち双子はいくつ才能があるわけ」
結局双子は一曲踊りきり、そこでようやく止まった。随分と情熱的なダンスだったと思うのだが、息が切れていないあたり流石はスポーツマンである。レイがあの情熱的すぎるダンスに巻き込まれていたら、腰から嫌な音がして再起不能になっていたに違いない。
「これは、ユールボールで女の子を喜ばせるために学んだ技術だな」
「おかげでどっちの立場でも踊れるぜ」
「こういう時、双子って便利だよなぁ」
「ユール、ボール……!」
肩を組んだ二人にレイはきらきらとした目を向ける。当時は死ぬほど興味がなかったのでスルーした催しだ。可愛い女の子ならともかく、男一人であんな所に行ったとて惨めなだけである。誘う相手も、誘ってくる相手もレイにいるわけがない。
「へ、へへ……知ってたら教えて、セ、セド先輩は一体何をお召しに……?」
推しのことはなんでも知りたいオタクの視線から逃れるために双子は自分たちの持ち場に戻った。そして鏡を彼に手渡せばその緩み切った表情をきりっと整えてみせる。この状態でもレイは極薄メッキことセドリックの仮面を外すことは避けたいらしい。
レイは先輩の雄姿を想像しながら、緩み切った頬を手で支える。こうでもしないと落っこちてしまいそうだった。ユールボール、正装の先輩。華麗なステップ。想像しただけでも心が弾む。
「危なかった。ありがとう双子」
「「お気になさらず」」
さて、世は大アンブリッジ時代。壁という壁に条例を張り出さんばかりの勢いである。
特に法令二十三号ときたら酷いもので、三人以上の生徒が纏まっているだけで集団扱い。空き教室に引き籠ろうものなら学生運動のそしりを受けるのだ。たまったもんじゃない。
ホグワーツ教師陣権力闘争のトップをひた走るピンク色のイカしたカエルちゃんは他の追随を許さない勢いでおごり高ぶっていた。スリザリンにあらねば魔法族にあらず、とでも言いたげなそれにレイは頃合いを悟る。
哀れにも蛙人間、という種族は人間の歴史から何も学べないようだ。魔法史の教科書をよくよく読み込んでいればこのような特権階級的横暴の行き着く先がどこであるか容易に想像がつくというのに。
古い体制に刃を向けるのはいつだって新しい力。それが喉元に迫っていることすら知らない彼女は今日も今日とて廊下のど真ん中を闊歩している。
レイはなんだかんだ、不自由というものが嫌いだ。今の今まで容易にできていたことが封じられることを是としない。その改定がよほどの合理に基づいた仕方のない判断だった場合以外は反発するタイプである。
アンブリッジの大号令はどれをとってもレイには理解しがたく、不愉快なものであった。ゆえに、わざわざこの場を作ったのだ。反抗と抵抗のつもりで。
ただし、レイは根っからのスリザリン。非公式な集団を作ってもそれが権力への抵抗にならないことはよく知っている。むしろ、それでは相手側に攻撃の種を与えることになるのだ。それは避けたい。その上でこちらが悪事の意識はなく悪事を働いたときに、貴方が許可したのだ、と突き付ける必要があるのだ。
だからこそ、この三人の集まりは学校公認の公式な研究会でなければならないのである。どうせ代表が蛇であれば中身の確認なんかろくすっぽしないだろう。生徒からすればとんでもない人選だということは火を見るより明らかだったとしても。
アンブリッジはロックハートほど軽い人間ではなかったが、それでもスリザリンには多少甘い。それに、だ。レイの家は純血名家でこそないものの貴族社会に顔が利く。それを知ってからというもの、彼女はストレンジャーであるレイにすら目じりを柔らかく下げるようになった。わかりやすく、御しやすい人間である。
これもまた全てはスリザリンなれば。本意ではないが、事実。スリザリンであるからこそ通る理屈がこの学校には存在する。
「にしてもユールボールかぁ。もう開催しないのかなぁ」
「ドクトルそういう催し好きなタイプだったか?」
「ううん!大嫌い!でも社交という面であまりに有用すぎるから使わない手はない。後どう考えてもご飯が美味しいと思うんだよね」
食べ物に関しての欲望は通常運転。なおかつ惚れ薬に始まる様々な薬品での商機を感じているのだろう。レイの目が金貨に溺れるニフラーのごとく光っている。その姿を見て、双子はコイツも大概商売人だなと笑ってしまった。
「にしてもみたか?新しい条例」
「いや、見てない。どれが新しいか分かんないからねもう。僕は僕のできることをするだけです」
隙をついてもぎ取れる限りの権利をもぎ取るレイはダンブルドア軍団において陰ながらバリスタと呼ばれていた。何が何でも向こうに攻撃を仕掛けているように見えるらしいのだ。レイにとっては当たり前を侵されないための当然の権利の主張なのだけれど。
「そもそも、この場だってどうやってもぎ取ったんだよドクトル。蛙と寝た?」
「言葉には気をつけてくれる?裁縫って苦手なんだ」
「返し縫までしっかりするんだぜ、ドクトル」
「ジョージはどっちの味方なんだよ」
双子の疑問は最もである。なにせ、彼らは学校きっての問題児。超ド級のいたずらっ子たちだ。アンブリッジの目もことさら厳しい。
だからこそ、レイはそこを利用した。双子の手綱を握って見せる、とアンブリッジ相手に宣言したのだ。それが功を制したわけである。
その上で彼女だけに語る秘密として、嘘の実験を作り上げた。少々痛みを伴う実験を双子にしたいのだ、と。そう耳打ちをすれば彼女の目はサディスティックに歪み、簡単に三人ぽっちの研究会に認可を出した。
グリフィンドールのウィーズリーと言えば純血魔法族の面汚し。尊い魔法族の血を持つ裏切り者である。
「ま、一つ言えるのは校内政治だけか世界じゃないってことですよ。商売人たるもの見据えるのは最先端の先の先でなくちゃ」
アンブリッジの出自を親にざっと調べてもらった結果、有効な対処法がいくつも浮かんだ。これはそのうちの一つだ。学校の人気者になれなかったことを恨み、半純血であることを憎んでいる彼女にとってこの双子はまさに敵。彼らを虐げたい、なんて戯言に簡単に乗っかったのだ。教師として最悪の選択である。
「そんなわけでいま、校内で僕が双子を乗りこなせるか否かのベッティングが始まってる」
「暴れ馬二匹に縄かけられそうかドクトル」
「俺ら、リー経由で【できる】にガリオンぶっこんでるから是非とも負けないでくれよな」
「馬側が賭けちゃダメだろ」
で、なんで踊ってたの?とレイが聞けば双子はもともとのトークテーマを思い出したらしい。よくぞ聞いてくれました、のユニゾンをレイに披露した。
双子は問題の羽ペンを掲げる。これはドラコに頼み込んで一本だけ持ち出してきた闇羽ペンだ。親衛隊長たる彼は渋ったが、レイが必要の部屋の存在をちらつかせたことで対価となった。なにせ、わかっていようが室内に入れるわけがないのだ。その部屋を本当に必要としている人間の前にしか現れないのだから。
「「解析完了!」」
「ドクトルの見立て通り、もともとはおしおき羽ペンで、現状は闇の品物だなこりゃ」
「えぇ!おめでとうございます~!」
レイは大きな拍手をした。学校を代表してなるべく強く。本当は全校生徒から割れんばかりの拍手を送りたいが、ご時世柄許されていない。
理解できた、のであれば対処法の生成も、改悪も改善も思いのままである。イタズラグッズを作るために魔法理論を文字通りの意味で捻り散らかしている彼らだからこそできた偉業に違いない。
大人の魔法使いが理論を編んだ、それも闇の魔法を解析するなんて並大抵の才能ではない。
「ね。その羽ペンの仕組み、僕に教えてくれない?」
らん、と彼の目が悪い方に輝く。基本的に興味のあるものに関しては知識欲の化け物なのでどんな情報でも知りたがるのだ。
「んー、ドクトルの作るなんかと引き換えなら。成果を教えないこともない」
「双方にとって利益がないならできない相談だ」
しっかり商売人の顔をする双子にレイは首を縦に振った。世界は様々なバランスで成り立っている。天秤の傾きを見誤ることは商人の恥なのだ。
「その情報が僕の薬にとって有用だったらその魔法を薬に落とし込むの見せてあげる。使えないものだったら、いたずらに使えそうな薬のレシピ公開ってどう?今だったら、惚れ薬の改良品とか、元気爆発薬もどきとかある」
「元気爆発薬もどき、って?」
「耳からの蒸気が五倍になるのにすっごい寒くなる。本気でいたずらにしか使えないヘンテコ薬。味はクールミント。夏に最適」
「交渉成立でいいか、ジョージ」
ジョージは首を縦に振る。それにより契約が成立した。双子はレイに個の羽ペンの秘密を語る。それは気づきさえすれば簡単な理論であった。ただ、それを子供に向ける、というのがあり得ない話なだけで。
「呪い……すなわち悪意として魂に書き込んで、それを魔力に乗せてへ運ぶ。発現する場所は任意で調整可能。この呪いをペンに施した悪い魔法使いがいる。えー。おもろ……」
「魔法の流れはそう。単純っちゃあ単純。ほとんどおしおき羽ペンと変わらない」
「おしおき羽ペン。いいな、躾用羽ペンより響きが柔らかいや。ウィーズリー家でも使ってた?」
「滅茶苦茶やらかしたときだけな?俺たちが一回家ごと八歳のロニー坊や吹き飛ばしそうになったときとか。『屋根が吹き飛ぶほどの威力で弟を発射する機械を作ってははいけません』ってな。一週間の長期罰則」
「高い高いを極めようと思って屋根はすっとばしたけど、弟はあのとおり今でも五体満足」
「滅茶苦茶のスケールが英国魔法界すぎる」
さすがに呆れられレイだが、双子ならさもありなん。ウィーズリー家のお母様の心労を慮るにとどめておいた。
その、双子が引き起こした事件も日本であればガス爆発という扱いで夕刊の一面になるだろう。実は国内で起こる派手な事故の一割は魔法族がらみの事件事故だ。まったくもって隠しきれていないが、世界的にも稀に見る非魔法族への擬態のうまさで成り立たせているだけなのである。
それでなくとも、日本人という民族は不思議、に寛容だ。なにせ、魔女や魔法使い、というイメージに対して忌避感がない。歴史上西洋諸国で巻き起こった魔女狩りが起きなかったことも大きいだろう。
それに、だ。近代において大人の魔法使いたちが必死に世に送り出してきた魔女っ娘アニメの影響もある。魔法使いは憧れるものであり、排他される存在ではないのである。
「にしても、なるほど……。今の説明で魔法の形そのものは理解できた。だから、同じ作用を引き起こせばいいってわけか」
レイの脳内はすぐさま材料の選定を始める。魔法にできるなら薬でもできるはず、をモットーにしている薬学の怪物はいくつかの案をはじき出す。調合してみないことには結果はわからないのがこの学問の楽しいところだ。今すぐに実験を開始したい。
「だってこれならあべこべ薬あたりでさぁ……」
それきり黙ってノートに何事かを書き付けだしたレイを双子は見守る。アイディア書き出し中の人間は一点に集中してしまうため、周りが一切見えなくなることはよく知っていた。それに関しては双子も同じだ。しいて言うなら、お互いの声が聞こえるのは彼との大きな違いかも知れない。
双子はレイのノートを覗く。とはいえ、彼らにそれを解読することはまずできないだろう。英語圏に長くいるが、それでも彼のアイディアノートは八割が日本語である。しかも本人だけが読めればいいと言わんばかりの崩れ文字。ある意味ではセキュリティがばっちりの代物であった。
「うーん、そうだなぁ。本人にはわからないでいてもらいたいからなぁ。薬の効き目を二重構造にしようか。だって、本人があべこべだってわかっちゃったら面白くないから。腕が鳴りますよこれは」
それとわからないように魂に傷がついている状態で保護しちゃう。傷を隠すためにラッピング、みたいな、ね。
レイは脳内で魔法薬のレシピを組み立てる。最近できたばかりの魂マスキング薬の試作品が使える上に、データも取れるときた。まさに、渡りに船。非合法人体実験様様である。
本来その薬で想起していた用途は犯人を忘れてミステリ小説をもう一度読むため、である。無論、オブリビエイトでもいいのだが少しばかり効果が違う。
忘却呪文で失った記憶というのは二度と戻らない、というのが定説だ。それに、下手な魔法使いでは小説を読んだ記憶の削除、どころじゃない効果を出してしまう恐れもある。
一方でレイが組み立てていた薬の効能はこうだ。本を読んだ、という記憶はそのまま残る。しかし、その本の内容に関して想起する、という部分にストップをかけるのだ。読んだことがあるのに思い出せない、を誘発するのである。そして、読み終わって記憶が補填されると一回目のことを思い出せるようになる。要するに、薬の効果で強制的に「あれ?この小説どんな話だっけ?」を作り出すのだ。
「ドクトル、また難しいこと考えてるだろ」
「面白いと思うんだけど。どう?」
「「すげーワクワクする」」
傷をつけられたことを自覚できず、なおかつ魂そのものに思い出せない、と思い込ませる。どれだけ思い出させようとしてもピンとこない。そんな作用をもたらす薬。そのプロトタイプがレイの手の内にはある。
ベリタセラムに対する意趣返し。向こうが求めるのが強制的な真実だったら、こちらが要求するのは半永久的なあべこべ。
横暴に対する対価を求められるのはいつの世も抜きんでた特権階級だ。アンブリッジはもう、そこまで至ってしまっている。なれば起こるのは革命。それが自然の摂理というものである。
レイはノートを閉じて、製薬用品を次々とカバンから出した。
「今から作るのはカンペキな無味無臭のあべこべ薬。この一般的なイタズラグッズに加工と細工を施して魂に傷をつける悪魔の薬にします。それすなわち悪用厳禁。僕は双子のことを信じてる。冗談と悪意をはき違えたりしないって」
レイは双子の目を見る。彼らは人を笑顔にするために薬を使ってくれるだろう。けれど、これがかなり際どい薬であることに変わりはない。下敷きにした魔法は間違いなく違法性が高いものだ。他者が魂に触れるなどあってはならないことである。
「絶対に、絶対に。悪用しないって僕と約束してくれる?」
「「生涯腕に刻んだっていいくらいだ」」
「ふふ、そりゃあ安心だ」
じゃあ決まり。そういってレイはカバンの中から小瓶をいくつか取り出した。中には双子が見慣れた素材や薬品も混ざっている。特に、ゾンコ製のあべこべ薬なんて親の顔くらい見慣れたものである。
「これはノーマルのあべこべ薬。効果はご存じの通り、思ったことと真逆の言葉が口から出てしまうってものだね。ゾンコでも扱ってる単純なジョークグッズだ」
そんなことを言いながら、薬瓶から小鍋へと中身をあけた。量にして三瓶分。それを火にかけて煮詰める。
フレッドとジョージはその様子を興味深げに見ていた。なんだかんだレイは企業秘密の多い男だ。実際に新しい効果を持った薬を調薬するところを見るのはほとんど初めてだったのである。
しかも、今回は本人の解説付きだ。開発、という行為は理解している人間からすれば道理が通っているが、端から見ただけでは何もわからないレベルの専門性がある。学生の身でありながら抜きんでた魔法薬学の才能を持つ彼の実験が双子の興味をひかないわけがなかった。
「あべこべ薬の原料には熱すると強いとろみが出る成分が入ってる。すでにとろみはあるけどそれを強化したい。そのために煮詰めてるってわけ。完全新規で組み立ててもいいんだけど正直めんどくさい。市販品の改良で行けるのであればそれが早いのはわかるだろ」
「よくある手だな」
ジョージはそう言いながら興味深そうに鍋を見ている。フレッドはメモ帳を用意しだした。ペンの動きを見るに、調薬の考え方を記述しているのだろう。
そこで彼らの役割分担が見えたレイである。今ある理論や法則を応用して新たな発想を生み出すのがフレッド。フレッドの発想に手を動かし、理想的な品質に引き上げるのがジョージ。そういうことなのだろう。
とはいえ、一人でだって開発から商品化までやってのける男たちだ。ベースの頭は同じく上等で、働かせる部位に好みの方向性があるだけの違いにすぎない。
「今回は、これに追加で君らが解析した闇の魔術に近しい効果が出るように改良……いいや。改悪していくよ」
レイは鍋を鉄製のマドラーにかき混ぜさせながら、いくつかの瓶を開けた。魔法というものは本当に便利だ。これができなかった時分は最初にすべてを用意してから取り組まねばならなかったし、混ぜながら刻む、という曲芸を披露することもしばしばだったのだ。まさに手が足りない状況というやつである。
「あべこべ薬には元来魂に働き掛ける作用がある、ということ。意志とは逆の言葉を口から出してしまうわけだからね」
今回はその効果を永続効果にしたいってわけ。レイはいくつかの瓶を双子に見せながら中身を取り出した。少々えぐい見た目であるが双子は慣れたものである。分量や調合方法の見極めについてレイに問うた。
「こればっかりは勘もあるかな。後は鍋との対話。僕はこれを魔法薬学のセンスって呼んでる」
「はー、鍋との対話、ねぇ……」
「天才はいうことが違うな」
「センスは磨けるから双子も頑張って」
脳内で全材料の特性を思い浮かべる。その上で四則演算をしているにすぎないのだ。欲しい効果を目指し、好ましくない味を抑える。強めたい香りもあれば見せたくない色もある。そのバランスをとり続けるだけ、とレイは言う。目指すものが決まっているのならば話は速い。
「これは考え方、なんだけど。そもそも、魔法薬の効き目ってね、吸収から排出されるまでの時間を見て算出してるんだよね。だから、体調とか体質とかに本当はかなり左右される。こっちに関しては本来癒者が専門にしてるってわけ。薬学者はあくまで薬を作るだけ。処方はしない」
だから今回は簡単なんだ、とレイは双子に告げる。なにせ、これはアンブリッジにだけ効けばいい薬である。再現性も、万人への平均的な効能も一切を気にしなくてよい。
で、あれば。とんでもなくピーキーな薬を作ってもよいということだ。それらしい効果が出る薬をとりあえず作ってから調整、なんてよくある話でもある。
決定的な効果を持つ強い薬を生成し、実験をしながら用法容量を見極める。いつもであれば自分の身体で実験をしているレイだ。それを他人でやるだけのこと。
増血剤を飲み続けながら鼻血ぬるぬるヌガー改良するのに比べれば話が早くて素晴らしい。
アンブリッジの身長体重年齢食生活。そのあたりに見当をつけて有効値をざっくりと計算。決まってしまえばこちらのもので、容量以上の薬を盛ればいいだけのことになる。
「そういや、ドクトル。アンブリッジの杖ってみたことあるか?」
「え?気にしたことないなぁ」
「やたらめったら短いぜ。それこそ俺らの掌に収まっちまうくらいに」
「あれでちゃんと性格に難アリってんだから、オリバンダーが言う、杖が魔法使いを選ぶ、ってのもあながち間違いじゃないんだろうな」
どういうこと?とレイが鍋から顔を上げると双子は杖と精神の関係性についての持論を述べた。魔法使いの杖は短ければ短いほど持ち主の性格に致命的な難があることが多い。無論、当てはまらないやつもいるだろうが今のところ的中率は九割五分。そんな風に豪語する双子である。レイは脳内で杖が見るからに短めなスリザリン生の顔を思い出していた。
言われてみるとそんな彼ら彼女らは、スリザリンって気取ってて陰険な奴多いよね、レベルではない事故人間である。後から何を言われるか分かったものではないので浮かんだ顔は散らしておいた。
にしても。素材や芯材による性格診断の類はレイも聞いたことがあったが長さ、に関して考えたこともなかった。日々、悪戯魔法具の開発に勤しんでいる彼らの視点というのは実に興味深いものである。こういう気付きがあるからやめられない。
「その話、面白いからあとでちゃんと聞かせて。いったん僕は薬作りに集中します」
そういいながらもお喋りなレイは、独り言とも語りかけともつかない微妙な雑学を披露し続けた。迷いない仕草で様々な材料を鍋に入れられる。双子が聞いたことのないような薬草から、子供の小遣いで買えるような簡単な素材まで。
「ニガヨモギって結構いろんなところに使うだろ。でも今回みたいに苦み成分は不要だけど、ニガヨモギにしか入っていない成分が必要な場合ってどうしてもある。本当はその成分だけを蒸留乾燥して常備しとくのが一番。でも、今すぐ必要なんだって場合。なんとオレンジの輪切りで苦みの中和ができる。絶対輪切りね。これ、ティップス」
灰汁や煮崩れた素材をとり除きつつ、煮詰めていく。いつしか白濁していた液体は色を失い、双子には香りさえ認識できなくなっていった。あまりに透明度が高く、波紋が浮かばなければ鍋の中に何も入っていないようにすら見えるほどである。
しいて言うならば。とろみというにはいささか強い粘りがあるので空気を含ませるように混ぜればまた濁る。これを見ていたレイがわらび餅が食べたくなるほどにはもったりとしていた。
後で加工するときに粉物を混ぜるのでこのあたりで止めておいた方が良いだろう。
今回の薬にとろみが重要なのは、消化に時間がかかるようにしたいからだ。いかんせん、これから追加で混ぜ込む成分は効果が出るのこそ早いのだが、即吸収されるものではない。体内での滞留時間が長いほど深く効果を表す。
口に入れた瞬間からあべこべは始まる。けれど、即効性のある薬、というのは押しなべて排出も早いのが相場である。そのバランスをとるのが難しいのだ。
許されるのであれば、超高濃度パッチにして胃壁に縫い付けたい気分である。さすがに無茶苦茶なのでやらないけれど。
「あ、そうだ。この薬、ここまで煮詰めるとベゾアール石も効果薄いから気を付けて。やらないとは思うけどさ」
ヤギの胃で生成される万能解毒薬。それがベゾアール石だ。ただ、ごれにはひどい誤解がある。ベゾアール石、は万能解毒薬などではない。正しく訂正するのであればこの石は万能吸着石だ。
胃袋の中で毒を解いているわけではなく、毒が体外に排出されるまでの間、無力化するというイメージである。
ゆえに、使用する石の大きさには細心の注意を払わなくてはならない。この石は人体に決して吸収されないのだ。無論、石なので胃酸を持ってしても柔らかくなるわけがない。効果が見込めるから、と言って大きめの石を飲み込めばどうなるかくらい簡単にわかるだろう。何事も用法容量を守るべきだ。
「毒成分を吸着しきれないんだよ。とろみが強すぎると。八割水分のスライムを乾燥剤一つで脱水したい、みたいな無茶さがあるのわかってもらえる?」
人間に対して毒である成分の多くを吸着して離さず、効果が出る前に排出までもっていくから万能。勿論、前述の通りこの石で対処できないものも沢山ある。
とはいえ前述のとおり、一般的な毒物であればかなり広範囲で効くのだ。レイもポケットには必ず入れている。
「ってことは。ベゾアール石の解毒効果が見込めるのって、液体状の毒を胃に入れちまった場合ってことか?」
「うーん。厳密にはそうとは言い切れないけど……おおよその認識はそれでいいと思う。毒キノコを丸呑みして胃液で溶け始める前に飲み込めば溶けだした成分を吸着してくれるから。吸収されて血中に運ばれちゃった分は取り返しがつかない」
なんにせよ、毒と思われるものを口に含んじゃった時は初期解毒活動が大切だね。吐き気があるなら一度吐き出させてからベゾアール。
カンッと鍋のふちを叩いてマドラーについていた薬液を落とす。レイの鼻をもってしても香りも透明。これであれば彼女を誤魔化すなんてわけなくできそうだ。
「はい、これで薬自体は完成。ごく少量で試してみるから待ってね」
「試す……?」
「そりゃあねぇ。自信たっぷりに完成させたのにいざ盛ってみて何の成果も得られないってのは避けたいだろ。だから、自分で試す。作った薬は基本的にそうしてきたし。脱狼薬以外は」
レイは透明な液体をスポイトで吸い上げ、一滴手の甲に落とした。そしてそれを躊躇なく舐めとる。
五秒程度変な顔をして口をパクパクしていたが双子の視線に気づいたのだろう。口を開いた。
「ほんとに双子ときたらろくでもないんだから。意地悪だし、僕のこと困らせてばっかり。早くどっか行って欲しい、ってこれ完全に効果ないな。僕って最低。なんでこんな簡単な魔法薬も作れないんだ。カス、ゴミ、才能なし、不器用!」
突然の暴言に目を丸くした双子だったが、後半のセリフでそれが薬の効き目であることを理解した。
レイは基本的に自信のじの字もない生き物であるが、魔法薬学に関してのみは高い自己肯定感を有している。得意教科であるという自負もある。なにより師匠たるスネイプに恥をかかせるわけにはいかない、と自分を貶めるような物言いすらしないのだ。
あべこべ、ということは彼は今、普段だったら恥ずかしくて言えないようなことを考えているに違いない。
双子は両側から肩を組んでレイを振り回したくなったがレイに先手を打たれてしまった。ティースプーン一杯の何かを飲み込み、いつも通りの彼に戻る。
「じゃじゃーん。効果は抜群!これであの蛙人間にも対抗可能です!」
「なるほどな。内側のあべこべ薬の効能は理解した。でも、どうやってこれをわかんなくさせるんだよ?」
まさか、他にも薬飲ませるわけにいかないだろ、一種類でも人の目を掻い潜るのめんどくさいぜ?とフレッドは言いかけたが、考えてみる。その針の穴を通してこその悪戯仕掛人だ。
めんどくさいのであれば、二種類同時に摂取させればいい。時間差で吸収されるようにすれば問題ないだろう。彼であればその調合は可能なはずだ。それに近い薬を作ってもらったことがある。いま、それは頭痛と発熱を時間差で起こすずる休みグッズとして双子のポケットを潤しているのだから。
「二種類の薬を一気に飲ませる。いや飲ませるって考え方が硬いな。口に含ませりゃいい」
ジョージだったらどうする?と相棒に視線を投げかければ全く同じ問答を脳内で繰り広げていたのだろう。揃いのタイミングで目が合った。
「悪魔の薬の効果を忘れさせるために、どうする相棒」
「一番簡単なのは忘却呪文。でも、親衛隊に囲まれてるアンブリッジにどうやってぶち当てる」
「無言呪文が使える練度はないしな」
「「それに。ドクトルが得意げな顔してる」」
双子の視線に応えるようにレイは小瓶を振った。
「そ。忘れさせちゃえばいい」
魂が傷ついているという事実を半永久的に忘れさせることができれば。彼女はそれに気づけない。双子のぎらついた視線が小瓶に注がれるが、こちらはまだ企業秘密。世に出せない非認可成分が過激に入った試作品だ。自分に試すのもはばかられる出来である。なので、今回ばかりは被検体がいて助かった。データをとったら調整をして学会行きを検討できる。
「これまだ普通に違法すぎる薬物だから内容は提示できない。けど、許可が出たらいたずらに使えるくらいに薄めて遊べるようにするからね。ちょっとまってて」
「ちなみに、そのおっかない薬、何目的で作ったんだよ」
ジョージの疑問は最もだ。いくら彼の研究が自由とはいえ内容を明かせないとは、物騒が過ぎるだろう。いくら悪戯共犯者といえど本当の罪を犯すつもりはない。
「これそのものは、凄い単純な考えのもとで作ったもので。オチが秀逸な小説をもう一度新鮮な気持ちで読めるようにするため、とかなんだよね。例えばさ。これと、解毒剤をセットで飴とかにしてもう一度読みたい小説の読む前に舐めると忘れて、読み終わった後に舐めると思いだす、とか。ありじゃない?」
「セット売りか。確かに、悪いコトに使うやつがいないとも限らないもんな」
「そうそう。だから、飲んだら手の甲にマークが出るとか対策打ちたいなとは思ってた。そこに今回の技術ですよ。渡りに船ってやつ。なんでもね、使う人間の心持ひとつって話」
だから今回のこれは僕的には僕の理念に反する行い。でも、そうされても仕方がないって言えるくらい僕はあの蛙を許せない。レイはいつになく冷たい目でそう言い切った。
火から降ろしたあべこべ薬はまだ熱く、粗熱が取れるまでは加工はできない。ゆえに、別の作業を進めることにした。
薬、というものは口に入れなければ無用の長物。双子の考えていた通り、この二種類の薬を彼女の口にどうやってねじ込むか、が重要なのである。とはいえ、レイはそこに関しても抜かりなく考えている。
「すべての薬は美味しくあるべき、なので。僕はアンブリッジ相手でも気は抜きません。でも、たぶんあの蛙ちゃんは美味しい、より可愛いを優先する気がするんだよな」
「クッキーにでも混ぜるか」
「はたまた生クリームたっぷりのピンクピンクパフェか」
「いいねぇ。でも今回のメニューは決まってます」
菓子への混入は半ば双子なりの冗談だったのだが、どうにも正解を引き当てたらしい。
感知不能拡大呪文がかかったカバンから出てきたのは製菓用品だ。ミルクと脱脂粉乳。はちみつと砂糖にレモン果汁、赤色着色料と香料。おまけでゼラチンに小さな桃まで揃っている。わかりそうで分からない双子であったが、最後に現れた可愛らしいゼリー型に彼らはついに膝を打つ。
「ゼリーにミルクシロップかけるってことか」
「確かに二種類を違和感なく口に含める」
「これさぁ、今思ったんだけど吸収される時間差を利用してなんかできそうじゃない?ちょっとパッと浮かばないけど」
「天国と地獄ゼリーは?」
「食べた瞬間甘くてほっぺた蕩け落ちるのに、十分経ったら地獄の辛さ!」
「双子ったら仕事が早い……。ようは味覚マスキングってことだね。なら簡単。後でそれも考えよう」
双子と新しいイタズラグッズの算段をしながらレイは手際よく桃ゼリーを完成させた。無論、ゼリーの中にはレイの薬が入っている。これはさすがのレイも味見する気が起きなかった。
同時に余った材料で作ったゼリーをレイと双子はおやつにすることを決める。ゼリー型なんて面倒なものは使わず適当なバットに流し、すっかり固まったそれを好きなだけ大きなスプーンですくい取った。味を見れば意外と酸味が強く、これならミルクソースとの相性もいいだろう。透明感のあるピンクは何らかの宝石のような輝きを纏っていたし、これなら彼女も満足するに違いない。
「あ、ミルクソースもいる?薬抜いたの作ろうか?」
「んにゃ、十分甘いから俺はこれでいいな」
「これ以上甘くなったら咳払いに影響が出そうだ」
「エヘンエヘン!まぁたウィーズリーの双子ね!?よぉろしい。罰則書き取り三千回よッ!」
「「蛙人間コンテスト優勝」」
不名誉なコンテストの優勝を掻っ攫ったレイは明確に眉間にしわを寄せた。しかし、それはほんの一瞬のことで、すぐさまとってつけたような笑顔に戻る。
「次に今の物まねを見せるときには墓石の前だよ」
双子としては褒めたつもりが不服だったらしい。レパートリーの一つはほとんど永遠に封印されてしまった。
「あ、そうだ。つかぬことをお伺いしますが、パッケージデザインって得意?」
レイはゼリーを突きながら双子に問う。その意味を理解しない彼らではない。脳内常にはせわしく動いておりレイの要望くらいであれば朝飯前であった。
「お安い御用」
「ピンク、ホワイト、リボンにねこちゃんでいいよな?」
「少女趣味バンバンの一品でお願いします!」
じゃあさっそく、とフレッドはノートにデザインを描き始めた。パッと出されたそれの配色センスは幾分か派手である。確かに可愛いが日本的ではなかった。魔法界でもことさら派手でチープな遊びを得意としている双子に一回で落とし込めという方が難しい話だろう。
「もう少し、なんていうか。おしとやかに、いや華やかでいいんだけど、なんだろう、パッケージって難しいね。奥ゆかしさ……?日本っぽさ……?」
「ジャポニズムってやつだな」
フレッドの一言にジョージが反応する。そして目にもとまらぬ速さで図書室から和の文様本を借りてきたときには双子にできないことの方を考えたほどだ。
おまけで日本の実用デザインはこんな感じ、とレイは彼らにいくつかの日本製品を見せた。すると、二人はすぐにそれすら取り込んだオリエンタルなものを作り始めたのである。
あるんだろうか、フレッドとジョージにできないことなんか。いや、たぶんない。空恐ろしい双子だ。
「どうよ、これで」
「三案まであるぜ、お直しは別途料金」
「えー、可愛いなこれ。しいて言うなら三つ目のロゴを二つ目に移植して、メインの柄自体は二つ目がいいなって思うんだけど可能ですか」
「できるけど、ググっと派手になるけどいいのか
?」
「絶対嫌だけど、蛙ちゃんと僕の趣味、ベン図だったら被ってるから、いける」
「ベン図って何」
仕上がったデザインは上々。色をショッキングピンクやキツい紫にしたらレイが欲しいくらいだった。こんなに素敵なものを作ってくれるのなら、今度薬品ラベルの飾り枠を発注をしてもいいかもしれない。
「やっぱり、存在しないものをこの世に生み出す瞬間が一番面白いよな」
「ドクトル、ゼリー型貸してくれ。サイズ計る」
「あいあい。ミルクは外付けでもいいからね。身長高めの瓶に入れるし」
デザインが出せて満足げなフレッドと対照的に真剣みを帯びたジョージである。ここからは彼の領分らしい。カバンの中から厚紙を出してあっという間に立体物を作り上げた。完璧なプレゼントボックスである。
「日本、って別にマグルと魔法族そんなに別れて暮らしてないんだよな?」
「そうだね。魔法族も、非魔法族も日常生活はほとんど同じで暮らしてる。小さい頃はホグワーツみたいに離れた場所で寮生活してるから見つかることほとんどないし」
なんで?とレイが問えばジョージは設計図に持ち手を加えた。
「贈答品として、ゼリー一個ってのはなんだかおかしいだろ。ってことは、これの扱いはゼリーケーキになる。魔法族はケーキの箱だろうが何だろうが浮かせて持ったりするから関係ない。ただ、マグル相手に仕事してるなら別だ。ケーキの箱には持ち手があってしかるべき、だよな?」
でも、まんま持ち手作ると機能的じゃないからなぁ。ジョージが唸りだしてレイも合点がいった。しかし、そこまで細部にこだわるつもりはなかったので驚いてしまう。
「相手はアンブリッジだよ?英国魔法界しか知らないと思うし、日本のマグルの文化まで気にしてないって」
「ドクトルが薬の味にこだわるみたいに、俺はそういうとこ気になんの。それに、もし俺らが知らないだけでアンブリッジに日本文化の知識があったら?嘘をつくなら徹底的に、だ」
神は細部に宿るんだよ。ジョージの眼差しはまっすぐだ。それに動かされないレイではない。
「そこまで思い至らなかった。失礼しました。こういう場合の日本のケーキって、箱と持ち手は一体型になってるんだよね。で、持ち手をはね上げると、ここが透明フィルムになってて、中身がちょっと見える」
「ちょっと待った。中が見えるなら天面のデザイン変えるだろ」
すっかり油断していたフレッドがノート片手に近寄ってきた。いわゆるリボンを解いて開封するタイプの箱ではない、というならばそれなりの工夫が必要だろう。結局やいやい三人で盛り上がってしまい、粗熱どころか鍋肌がすっかり冷たくなるまで箱のデザインに時間を溶かされてしまったのであった。
「……アンブリッジにだけやるの惜しくなってきた」
「俺たちでケーキ屋を開くべき。ピンク過ぎる菓子を作ってマダムパディフットの店に卸そうぜ」
「名案だね。イタズラグッズ専門店が軌道に乗ったら浮いた金で菓子屋開こう……見た目最高の、なんかすんごいやつ、」
ついに捕らぬ狸の皮算用を始めてしまうありさまだ。無論、浮ついたテンションで始めた考え事がロクなものではないことを三人はよく知っている。熱をすっかり納めてしまうためにレイは元気爆発薬もどきを双子と自分で飲むことにした。効果はてき面である。
「さっっむ」
「やーー、さむい。さむい……、」
「求む防寒着、譲るガリオン金貨三枚」
「「のった」」
「冗談だよ。嬉々として今着てるものを脱いで僕に巻こうとするんじゃないよ」
耳から冷たい煙を出しながら三人はその辺に座った。あまりの効き目に単純にこれが欲しくなった双子である。レシピは聞けないにしてもぜひ、店に並べたい逸品だ。これに関しては後ほど交渉しようと決める。
「でも、あのなんだかんだ警戒心があるアンブリッジにこの素敵な贈り物する気なんだよ」
完成した素敵な化粧箱。それを入れる凝った紙袋。何もかもが素晴らしい少女趣味だ。人生がちっとも硬派ではないレイや双子は妹の影響もあって可愛いものの良し悪しが分かる。
レイはすっかり固まったゼリーを箱にしまうとようやく次のアイテムに取り掛かるようだった。
「へへへ、双子ってば。忘れてるようだね、僕のローブの色を」
胸を張って指したのはすっかりなじんだ深緑。こののんきな男に指さされ心なしか蛇模様もゆるい表情に見えた。
「……、もしかしてスリザリンなのをいいことにアンブリッジとお茶会する気、とか?」
「流石フレッドご明察~」
「うーわぉ……ご一緒しても?」
「さすがに君たちが居たら怪しすぎるって」
レイは指先に戻りつつある体温を感じて数回ストレッチをする。表皮に作用して寒いと感じさせるミントスプレーなどとは違って本当に体温が下がるため、スナックボックスに新作として飲み物を登場させることも可能だ。効き目は十分程度だが、そこは濃度と持続時間の調整をすればいいだろう。
今回は三人できっちり分けたため、小鍋を火にかける頃にはすっかり元通りだった。
「さ、ようやく本題。あべこべミルクソース作り。ほんの少しの牛乳と脱脂粉乳。風味づけに蜂蜜と矢車菊。メインは煮詰めたあべこべ薬。これもいい感じの粘度になるまで軽くのばしてー……ちょっと可愛いボトルに詰めたらあっという間に完成」
「ちゃんと美味しそうなのが凄いよな」
「へへっ。パティスリー開業時のメニュー開発は任せてくれ」
手際よく。過不足なく。薬液を作るのはレイの最も得意とするところだ。小瓶にきゅぽん、と蓋をして準備は整ってしまった。
「あたくしは、金輪際嘘をつくことしかできない、ってね」
「あ、墓石ってアンブリッジの?」
「うそ、似てた?そんなつもりなかったんだけど……」
イヤすぎる、と吐く真似をしながらレイは完璧にラッピングをこなした。まず間違いなく、これが生徒の用意した罠だなんて彼女が気づくことはないだろう。
「ほんとにやるんだな、この壮大なイタズラ」
「あはは!さすがに悪戯なんかじゃないよ。これは復讐、だよ」
レイという男は平常時こそのんきな平和主義者であるが、いざ敵に回すと大変にめんどくさい。それにこれはレイとしての線引きでもあった。これを悪戯と呼んだらダメになると思ったのだ。
明らかに悪意を持って、敵意でもって力を行使する。溺れてはいけない感覚だ。人を社会的に殺せるだけの力を持ってしまった自分への明確な線引き。
「人はこれを当然の報い、という」
もう一生、彼女はあべこべのままだ。それを魂に刻み付けるから。そして唯一、解毒の方法を知るレイもその傷を治療してやらない。
薬というものは使う人によって姿を変える、わけではない。使用者がそこに物語が乗せるから善悪が生まれる。であればこれは確実に悪だ。
世界が求めているのは決定的な悪を滅ぼす英雄譚。こんな些細な悪事はニュースにもならないだろう。そう考えてしまうことすら、どうしてか苦しい。
大好きな先輩ならこんな物語は決して紡がないだろう。だから、これはレイの言いわけだ。なりたいものから一番遠い感情を処理するための。
「だって、女の子の……ジネブラさんの肌に傷を残そうとした鬼婆だから。もうなにされたって仕方ないだろ」
不思議なもので、そこから冷たさを感じ取ることすらできなかった双子だ。こんなに恐ろしいことをしようとしているのにもかかわらず。
自分たちのやろうとしていることをきちんと理解できているはずなのに。レイを止めることもできるはずなのに。
それでも、彼がようやく出した明確な怒りを抑え込んでしまうことの方が途方もなく恐ろしいのだ。セドリックがいないことを嘆くことすらできなかった彼が。一人で考えすぎて良からぬことをしでかしてしまいそうに思えたから。
「俺たちは共犯者だって、約束だったろ」
「今更、降りるなんて言うもんかよ」
「……僕は、二度と。誰かを傷つけるためだけに薬を作ったりはしない。その方がいいと思うから」
唇を引き結び、いかんともしがたい表情をしている。魂と感情がちぐはぐになってしまったようだ。どうしてだろう、と考える。別にアンブリッジに対して思うところがあるわけではない。憎い相手だ。
レイにはまだこの感情の正体がわからない。だから、今はいったん。目をつむる。どうせ、あとでわかるのだろう。能動的に"人生"に参加するようになって初めて知ったが、どうにもこういう感情のわだかまりは時間が解決することが多いらしいのだ。
「ところでドクトル。お茶会のご予定はいつ?」
「へ、あ、ああ。うん。ゼリーに関しては魔法で時間止めておけばいつでも使えるし。まぁ明日からスタートでも行ける、はず」
「じゃあ、あべこべアンブリッジ見てから卒業するか」
「それがいいな」
「卒業?卒業って?まだ少し早くない?」
双子の物言いは明らかに何か含みがあった。まるで、もう明日にでも卒業してしまうかのような。ふんわりした寂寥感。せっかくだから僕と一緒に卒業しない?なんて冗談が言えたらどんなに良かっただろう。でも、そういえばそうだ。自分は双子のいない学校で一年をやりきらなければならない。
「僕ももう一年早く生まれたかったなぁ」
「なんで?」
「だってそしたらもう一年双子とセド先輩と一緒に学生生活おくれたでしょ」
「ばっかだなぁ、ドクトル。後一年なんて短いこと言うなよ」
「俺らは死んでも共犯者だ」
「そっか、そうだよねぇ」
今年はなんだか濃密に関わってしまったから余計に寂しい。そう感じてしまうのも無理はないことだろう。
それでも。にんまり笑う双子の門出をどうして自分なんかが邪魔できようか。
「ドクトルのおかげで金銭面も目途がついた」
「愛すべき学び舎だが、ここに収まる俺らじゃない」
「自主退学史上最高に派手に出てってやろうと思ってる」
そう言いながら双子がレイに見せてきたのは事業計画書。共同研究者かつ、出資者たるレイが見るのは当然の権利だろう。
店舗を出すのはダイアゴン横丁。惜しむことなく外装に費用をかけているのは勿論、特筆すべきは立地だ。
「こんな一等地押さえれるなんか出資者の一人として鼻高々!」
ダイアゴン横町はメイン通り。漏れ鍋から出てすぐに双子の店は見えるだろう。派手過ぎるウィーズリーの赤毛。そして年がら年中ハロウィンのお祝いでもするのか、というカラーリング。見るだけでワクワクする建物だ。
「世界は刻一刻と暗くなってる」
「だったら俺たちで多少笑かしてやろうぜってご提案」
「最高!」
手伝えることがあったらなんだって言ってよ!と安請け合いした結果、ずる休みスナックボックスの新作やら悪戯キャンディの作成を任されたレイである。なんだかんだと忙しい身の上ではあるが、彼らに依頼されての新作の開発はいつだって心が躍るものなのだ。
「ってことは、半月以内が出立日だね?明確に期限を決めよう。流石に僕は自主退学はしないけど、お祝いは派手じゃなくっちゃ」
楽しい今の輝きを何倍にも膨れ上がらせるためにレイはひたすら働いた。それこそ寝食を忘れるほどに。
ピーブスまで巻き込んでの大々的なイタズラ。それを先導し、澱んだ空気を入れ替える。
才能あふれる双子が入念に作り上げたバンバン花火は傑作であった。双子らしく、双子の呪文の応用が利いたそれはまさに、冴えたやり方である。
花火とともに嵐を起こして、時代を生む。ウィーズリーの双子ここにあり、と喧伝すれば店のためにもなるだろう。彼らは最大、最高の広告塔だ。
「魔法って本当に面白いなぁ!」
こうして、レイは華々しく早期卒業をした二人を元気いっぱいに見送った。
開店したらフラワースタンドを贈ろう。誰より大きくて派手なヤツがいい。オレンジ、紫、赤に緑でらりこっぱい。なんて思っていたレイがイギリスにもその文化あるのか!?と不安になるのは三分後のことである。