セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

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【六年生 夏休み】薬学教室クライシス

「来年からはスラグホーン教授が魔法薬学で教鞭をとる。あの方もある種スリザリンらしい性格なので上手くやるように」

「な、なななな、なんですって!??ご冗談でしょう!?」

「我輩が今まで冗談を言ったことなどあったか」

「えっ!ちょっと信じられない。やだうそおねがい、うそうそうそ、嘘だと言ってよスネイプ先生!あなたが魔法薬学の教師を辞めたら僕はどうなっちゃうの!どこでこの違法ギリギリ趣味の魂に作用する魔法薬の研究すればいいの、んねぇ!ねえったら!嘘、嘘よ信じないわよ、そんなの!ここまで自由にやらせといてそんなのってないわ!本気で言ってる?先生、意地悪しないで。いじわるはいや、いやだ、先生!僕は、最高学年でも、先生の魔法薬学を受けるんだい!え、ちなみに先生、これ以外に何教えるの」

「闇の魔術に対する防衛術だ」

「おおう!?!?!!!?俺のこと嫌いになった!?!?!うそでしょ!!??!!?俺が最上級生としてその科目とれる成績だとお思いで!?!?!!ええっ!きらわれたーきらわれたー先生に嫌われたー。死にます。グッバイ今生、来世はニフラー」

「やかましい」

 

思わず一人称が俺に戻ってしまったレイである。もうだめだ、死んだを連呼する彼は今、世界で一番哀れな人間であった。半月程度死期を速めてしまったのである。それもこれも日本人特有の早めの登校があだになった。

航空券の都合や、観光をしたい、という各種都合で数少ない日本人組は夏休み前倒しでイギリス入りすることが多い。幼いころは親が付き添ったり友達同士で渡航することが多かったが、最高学年ともなればみな自由なものである。レイも今年は八月末に大型台風が来るというのでかなり早めにイギリス入りをし、ダイアゴン横丁に宿をとっていたのだ。

それを知らずにスネイプは漏れ鍋へ息抜きをしに来てしまったのである。

夏休みの間も教授職というのは何かと忙しい。マグル生まれの新入生に対してのフォローなどでも飛び回るため自宅に帰ることができるのは二週間程度である。学生自分には長すぎてこちらを困らせた夏季休暇も大人になったら短すぎてこちらを困惑させる。時間というのは余らせている間にはその大切さに気付けないものなのだ。

 

スネイプは喚いているレイにシレンシオをかけて黙らせた。教師が生徒にして良いことだとは思わないが、この場は学校ではないし許されたい。このままだとほかの客に迷惑がかかるのは自明の理である。

珍しく、レイから話しかけてきたと思ったらこれである。彼は人見知りかつ極度のめんどくさがりなので、目が合いでもしない限りは自分から誰かに話しかけるなんてことはしない。

ただし、大好きな先生となれば話は別らしく。バタービール片手にお隣いいですか?と笑いかけてきたのだ。

うきうきの表情を浮かべた彼に、来季は魔法薬学の教鞭をとらないと告げたのは間違いだった。いや、始業式で知るほうが酷だろう。彼の愛すべき先輩たちはもう一人も学校にいない。慰めてくれるような人間はいないのだ。最高学年というのはそういうものである。

スネイプが手のかかりすぎる生徒の観察をしていれば彼は、開かなくなった口の代わりに元気いっぱい泣き出した。

 

「むぐん、むぐぐ、んむーーー」

「静かにできるかね、ハセオ」

 

こっくりと首を縦に一つ。それと同時にスネイプは呪文を解いた。むぶぇだかなんだか音をだして、レイは机に突っ伏してしまう。

 

「双子に倣って僕も退学しようかな、魔法薬学の教室で花火するの……何もかもを滅茶苦茶にしてやる」

「脅しにしても、もう少し本気の目をしたらどうかね。そんなことできない、がありありと見えるが?」

 

基本的に、最高学年ともなれば今までの成績で取れる授業が決まってくる。レイはいまでこそ達者に魔法を使うことができているが、もとはといえばとんでも落第生。進学すら危ぶまれていたレベルである。

ホグワーツにも稀に一点特化型天才というのは現れるが、レイもある意味ではその極端な人間の一人であった、といまなら笑い話にできる。

しかも、五年生のふくろう試験は例の事件の直後だ。六月も終わりに倒れて新学期まで学校へ行くことが叶わなかった身の上である。一年かけて試験対策はしていたものの、日本で無理やり受けた追加試験の結果は言わずもがな。世界が夏休みを謳歌している間にレイは地獄の苦しみを受けていたのだ。

それでも落第、留年を逃れることができたのはいくつかの教科で類い稀なる成績をたたき出したからでしかない。

 

「そもそもセド先輩があんなことになって、倒れた精神薄弱の僕にはい、テストですよって言うほうが間違ってる。受けさせてくれただけありがたいけどさぁ」

 

不貞腐れたように唇を尖らせた彼はサンドイッチをつまむ。バタービールに合わないような気がしたが、よく見ればそれは生クリームが挟まりチョコレートのかかった甘そうな一品である。見ている側が糖分過多で胸やけを起こしそうだ。

 

「今年のいもりではそれなりに点数取れる気がするけどね。フクロウは、フクロウはさぁ、はあぁ、なんであの薬早く飲んでおかなかったんだろう」

 

今からでも規定緩んで闇の魔術に対する防衛術の授業取れるようになったりしませんか?と問うこの男。該当教科のフクロウは鳥類であることをすっかり忘れて地を歩んでいる、どころか最早地面にめり込んでいた。そんな輩の受講を認めたら学校への批難は免れないだろう。仕事を増やさないで欲しい。

 

「去年はテストで満点でしたから何卒、」

「君が羊皮紙上の空論を新薬と呼べるとは知らなかった」

「無理ですよねぇ……へへ、知ってた……」

 

とんでもない罠である。せめて後一年待ってもらうことはできなかったか。卒業してから恩師が教科替えならまだよかった。先生ってそんな才能もあったんですね!尊敬!とでも言えただろう。でも今はそうじゃない。薬学教室がほかの先生のものになるなんて信じられない心地でいっぱいなのだ。あそこは蝙蝠の住処ぞ。

明らかにしょげくりかえっているレイを見ているとスネイプの中にある罪悪感が首をもたげる。ダンブルドア直々の申し出だ、と言ったら彼はどうなるだろう。

考えてみたが、行き場のない憤りで憤死しかねないので黙っておくことを決めた。

スネイプからすれば、長らく希望を出していた教科の担当につけるというのは願ってもないことである。けれど、この心配過ぎる生徒にとっては悲報に他ならない。そこまで入れ込まれていることに喜んだほうがいいのか、はたまた嘆いた方がいいのか。

スネイプは痛む頭を押さえながらレイに問うた。

 

「ハセオ。どこまでの呪文が使えるようになった?」

「教科書に載ってるのは一通り。いざできるようになったら楽しくてぇ。あとは怒られない程度の上級呪文もちょっと」

 

バタービール製の髭を舐め取りながらレイは答える。呪文なんてどうでもよいが、愛してやまない先生がその教科で教鞭をとるというなら話は別だ。今からだってパーフェクトに上手くなってみせる。受講できないという点においては時すでに遅しではあるが。

 

「宿はこの辺に取っているのか」

「へぇっ、ああ、はい。とってます」

「それを飲み終わったら直々にテストをする。その出来如何では個人授業を開いてやらんでもない」

 

死んだ魚みたいだったレイの瞳に光が宿る。人並か、それ以上に魔法が使えるようになった今、間違いなくその課題はクリアできるだろう。あまりの幸福感に守護霊だって呼び出せる心地だ。

 

「僕、未成年ですけど。宿で魔法使っていいの?」

「あれは匂いなどと呼ばれているが、魔法行使の痕跡を見ているだけだ。その場に未成年しかいなければ正しく裁かれる。何も未成年だけが何かを発している、というわけではない。幼少期の純血魔法族が魔法の練習をできるのはそのためだ。成人がいる空間においては『誰が使ったのか』までは判断ができない」

「わー、とんだ抜け道……」

 

できんとは言わせませんぞ、と強気に出られる。ふと、四年生の時のボガートの授業を思い出した。あの頃自分が一番怖かったのは、この先生に失望されること。唯一居場所をくれた人。教室の隅においてくれた人。その人に嫌われたくなかった。

でも、今の視線は違う。こちらができると信じているから、難しい課題を投げる。試して、無理だと喚かせたい大人の顔だ。まぁ、その無理も乗り越えてやるんだけどさ。

 

「舐めないでくださいよ。僕は方々で先生のお気に入りって名乗ってるんですからね」

「恥ずかしくないのかね」

「冷笑さえ俺の前では有機肥料」

 

びゅーんひょい、の要領でレイが杖を振れば手元にあった紙ナプキンが浮いた。一年生にだって使うことができる超初歩的な魔法。けれどそれを難なくこなす彼を見てスネイプは思わず笑みをこぼした。

どれほどの練習を重ねたのだろう。幾夜の絶望を積み上げたのだろう。けれど、それを褒めるのは違う。マイナスをゼロに戻しただけだ。褒めてやるにはまだ早すぎる。

 

「多少はマシになったようですな」

「僕は学校の先生になりたいんで、これくらいはできて当然です」

「左様。まだスタートラインだ」

「でも、ようやくスタートできますよ」

二人は各々注文していた飲み物を飲み終わると宿へと向かった。

 

スネイプを招き入れるという一大事にレイが加減を誤ったスコージファイを唱えれば、どことなくすすけた部屋は眩しいくらいに輝いてしまった。いっそ落ち着かないレベルである。

 

「ホグワーツって清掃係募集してます?」

「屋敷しもべ妖精の権利を守る個人グループが学校運営に関わるようなことがあったら喜んで雇い入れるだろうな」

「……反吐が出そうなんでやめときます」

 

後ほど宿屋の主にレイが清掃しすぎた旨を伝えれば喜ばれ、それどころか全室全力スコージファイで宿代不要というのですっかりバイトをすることになってしまったレイである。最も、その話は今は関係ないので隅に追いやっておこう。

 

「基礎から順に見せたまえ」

「ではざっと、教科書通りに」

 

レイのアクシオで教科書が手元に現れる。変身術と妖精の呪文、そして闇の魔術に対する防衛術。それらを一年生レベルから総ざらいだ。

汗を浮かべることはなく、疲労にふらつくことなどありえず。時折、力加減を間違えることはあるが淡々と魔法を披露していった。

そして最後に、レイは彼にとっておきを見せる。降り注ぐ流星。大粒になってしまわないように神経をとがらせた。これはレイが一番得意とする魔法だ。ルーピンに教わってからこっち、あまりに綺麗でつい唱えてしまう。

満足したらフィニートを唱えてすべての呪文の効果を打ち消す。さすがに疲れたがベッドに倒れこむほどではなかった。

 

「最後の呪文は教科書には載っていないと思うが」

「これは、ルーピン先生が教えてくれたんです」

「……随分と絆されたようですな」

「先生は、ルーピン先生のこと嫌いなんですよね」

 

同世代のグリフィンドールとスリザリン。因縁なんてごまんとあるだろう。それを今に引きずるな、と言いたいわけではないのだ。人生には無理なものは無理と声高に叫んだ方が関係性がましになる瞬間というものはどうしたってある。

下手すると、死んでくれたって構わないと思っていたかもしれない。学生生活、特に全寮制の学校でのそれを円滑に回せる者ばかりではないのだ。

そして、レイはそこに踏み込むことはしない。人には人の過去があり、それを蒸し返すのはひっくり返した石の下にダンゴムシのコロニーを見つけるのと同じようなものだ。向こうから語られない限り、必要ないとすら思う。

 

「直線的な物言いは感心しない」

「大人の会話術って難しいですよねぇ」

 

レイは思うのだ。たとえ、かつて敵対していた相手に正しく脱狼薬を処方するのは魔法薬学に従事する者としての矜持なのだろうと。

寡黙なうえに陰気で皮肉屋。おまけで性格に難がある、というのは対人関係を円滑に進める中では致命的な欠陥である。ただ、スネイプのそこに害意はないのだ。

彼を敬愛するレイですら普通のカリキュラムをすっ飛ばしてまで人狼の授業をするのはいかがなものかと思わないこともないけれど。

 

「絆された、わけじゃないんです。たぶん」

「随分と曖昧な答えだが?」

「僕は、ルーピン先生好きです。いい先生だったなって思いますし」

 

レイからすればルーピンは教師としては間違いのない資質を持っていた。詰めの甘いところもあるが、彼は人を教え導くものとしての正しさをきちんと有しているように見えたのだ。該当教科の教師が今までかなり難があったから相対的にそう見えるだけかもしれないが。

飛び切りの落第生であるレイへのフォローは一級品。あのまま教師という職業のプロフェッショナルになっていたら、とさえ思う。教師を目指す上でレイは彼の仮面も欲しいなと考えるようになっていた。

いかんせん、恩師の仮面は対子供にはあまりに向かない。笑顔を見せない分勘違いされやすいだけ、と付き合いが長く、同寮の後輩である自分は思う。しかし、教授のとっつきにくさは教科のとっつきにくさにも繋がっていると考えるのだ。であれば先達のいいとこどりをするのが後輩の役目だろう。

 

「それに後天的人狼を人ではないと迫害するのであれば、魔法がろくすっぽ使えない僕なんかも同じように迫害されるべき、でしょう?」

 

魔法薬学の才能があったから特例的に見逃されているように見えるだけで。レイの魔力状況はスクイブ同然だった。低学年の頃はいじめの対象となってしまうほどに。

それでも、魔法使いとしてこの学校に通うことを許され、魔法薬学の才能があると拾い上げられたからこそ今がある。加害者側と被害者とでは何が違うのか。それは当人の努力では到底直しえない部分が他人と決定的に違う、という一点のみ。

だからこそ、レイは人狼症患者への扱いに対して苦言を呈さずにはいられない。

 

「だって、別にどうだっていいじゃないですか。冷たい言い方をすれば、ですけど。僕は教室にケンタウロスが混ざって授業受けててもなんとも思わない。他人を害する可能性、なんて生きてれば誰にでもある」

 

レイからすれば、人生はあまりにも短い。ゆえに他人にかかずらっている場合ではないのだ。私、という個さえ害されなければいいと彼は本気で思っている。

 

「確かに、ルーピン先生は好きです。でも、それが理由で庇ってるわけじゃない。心根が優しい人が損をする世界って嫌だなっていう、世の中が分かってない青少年らしい嫌悪感です」

 

人狼が教室内にいようがいまいが構わない。いいや、構わないなどという感情が最早おこがましいのだ。人狼は居る。それを承知したうえで自分たちにとって危険だからと言って排除する。その排除がまわりまわって【危険な人狼】を生み出していることに気づけない。

 

これは魔法界に今の残る根深い偏見の話でもあった。脱狼薬ができた今も彼らは人間として扱われていない。人狼に噛まれる前は純血の魔法族であっても、発症したが最後。人ならざる者の烙印を押されてしまうのだ。

迫害された子供は、一般的な教育を受けることもままならない。ホグワーツを卒業し、一年とはいえ教鞭をとったルーピンは稀有な境遇と言えるだろう。その彼だって、狼人間であることを隠さずに定職に就くのは至難の業だ。

魔法族は魔女狩りを忌むべき歴史として認識している。そのくせ、自分たちも少数派に対して同じ行いをしているのだ。その二枚舌にレイは怖気すら覚える。

特定の病を患ってしまった同じ人間を、人間ですらないと貶めることの愚かしさ。その中にあったかもしれない才能の種を土に蒔くことすらしない狭量さ。レイが呆れるとしたらそちらだ。

病気程度の極めてどうでもいいことで何者かの未来を摘み取ることは、進化に対する冒涜であるとすら思う。

 

「これが僕特有の感覚なのか、はたまたこれこそが日本人らしい感性なのか分かんないですけどね。でもたぶん前者です。主語を大きくするのは本意じゃないので」

 

レイが杖を振れば卓上にティーセットが用意された。それと同時にスネイプ側の椅子が引かれる。言葉を使わない魔法をさらりと使いこなして見せた成長にスネイプは少し驚く。促されるままに座って紅茶に手を付ければ、丁度よい温度だった。

 

「随分人道的な物言いだが、それも穴熊の生きる知恵かね?」

「えへへ、わかります?メッキの具合もよくなってきたでしょ?」

「本音七割と言ったところだろう。もうすこし爽やかな笑顔、を心掛けられるようになればより一層素晴らしいだろうな」

「表情を自覚的に管理するのってかなり大変ですよねぇ」

 

ぽやん、と表情を緩めたレイを見やる。もっともらしいことを言ったつもりだろうが、レイが他人に興味がないことなど百も承知だ。どんなお題目を唱えたところで、自分が好きな人間が虐められるのを許せない、でしかない。

本人は認めはしないだろうが、ルーピン以外の人狼などどうでもいいはずだ。レイが執着するのは自分に優しくしてくれた人間のみ、なのだから。

山のように詰まれたドラジェを無邪気にかみ砕く人間に、まったくの他者の幸福を掛け値なしで願う心は搭載されていない。

けれどスネイプはそれを悪だとも善だとも言わないのだ。善悪というものは彼の行動を見た他者が決めることでしかない。今この場で、彼に影響を与えることができるスネイプが彼を定義してしまうことこそ問題のある行いだろう。

 

「……。自信が持てない決断は一生物の傷になる。覚えておきたまえ」

 

それはある種、今のレイを抉る言葉だった。先生にはお見通しかぁ、と彼は恥じる。ごく正しく言えば、自信が持てない決断、というわけではなかった。少なくともきっかけは明確であったし明瞭に害してやろうという気持ちを持っていたから。

ただ、その手法として自分が一等自信のある方法を使ってしまった。そのことが誇りを持って尽くしていた学問を穢してしまったような気さえするのである。

引き返すことはできたのに、そうしなかった。

ふ、と。レイはスネイプの顔を見る。そこに浮かんでいた表情は思ったより明るくない。

 

「先生、僕のこれは自業自得の産物なんですけど。その……もしかしてルーピン先生追い出したこと後悔してる?」

「まさか。吾輩直々に奴のチョコレートに毒物を盛る前に城から出てもらったにすぎん。まだ、アズカバンに送られてやるつもりはない」

 

納得できていない表情のレイにスネイプは小さく零した。無論、彼の胸を刺しているのは後悔ではない。安易な復讐に手を染めたことは認めるが、心は晴れなかったのだ。

いっそ、あの傷だらけの顔を一度くらい張ってやればよかっただろうか。

 

「……学生時代に遺恨がある。あれはジェームズポッターの一派だった。本来は貶すところが人狼だから、しかないような男だ」

「人狼は貶すところなんだ?ってか、ポッターって、ポッター?」

「……。教師の過去の話など聞いたところで人生の糧にはならん」

 

そういうもんですかねぇ。とちょっとだけ過去の因縁が気になったレイである。二世代にわたってポッターと言うのは目立つ生徒だったのかもしれない。以前だったら双子に話を振るだろうが、わざわざふくろう便を出してまで聞くことでもないだろう。

グリフィンドールの事情はわからないのでスネイプが語りたがらない以上、レイにも必要のない話であると結論付けた。

 

「あ、先生。ルーピン先生ついでに脱狼薬の味変について質問なんですけど、なんで先生はルーピン先生の希望に応えて美味しくしなかったんですか?砂糖がダメってのは成分的に仕方ないと思うんですけど、先生ならできたんじゃ?」

 

それはあの頃浮かんだ単純な疑問。脱狼薬の味を変える、なんて自分でも考えつくようなこと、スネイプの力量であれば簡単にこなすに違いないのだ。

問われた教師は小さくため息をついた。確かに可能である。けれど、過去の因縁やらなんやら以前に、彼に言われるまでそんな発想すらなかったのだ。

スタンダードな薬をより完璧に作るのが彼にとっての魔法薬学である。これはどこを完成とするのか、という意識の差でもあった。

 

「ハセオ。ここで言っておかなければならないことがある」

「なんですぅ?」

「魔法薬を美味しく飲みやすくしようなどと、とち狂ったことを考えているのは、おそらく英国魔法界においてはお前だけだ」

 

レイからすれば衝撃的な言葉である。口に入れるものはすべからく美味しくあるべきだ。そうでなければ口に入れる価値がないとすら考えている。

 

ところで日本魔法界には他国からは考えられないほど紳士的な味覚を持った者たちがいる。

彼らは鍋いっぱいのベニテングダケやらカエンタケと言った著名な毒キノコを煮出し、イボテン酸たっぷりの毒きのこスープとして爆発的な旨味と舌の痺れを楽しむ。

釣り上げたばかりのフグの卵巣を刺身として食らう。それに飽き足らずとれたてジビエもショウガ醤油で刺身としてたしなみ、刺激的だから、とコンニャクイモをポテチ感覚で薄切り素揚げにし、トリカブトやヒガンバナをどうにか弱毒化しておひたしにしてみようと意気込むのだ。

野食をハントし、天然物の旨味を味わうって最高。山の幸も海の幸も毒があろうと何だろうと押しなべて滋味豊かである、むしろ多少やばいくらいが美味い!と咽び泣く者がいる。

そして、彼ら彼女らは体が強い魔法族に生まれてよかったー!と秋には銀杏をポップコーン感覚で食べながら叫ぶのである。なぜかというと美味しいから。

もっとも、魔法族の身体の強さを加味しても体調を崩すレベルで食べ過ぎて胃洗浄の憂き目にあうものやら、ベゾアール石の飲み込みすぎで外科的手術が必要になる者もいるのだ。

なお、ごくごくまれに魔法族用の料理店にマグルが迷い込んでしまい、食中毒という形で店が保健所送りになったり、流通経路を間違えてちりめんモンスターの中にフグが混ざったものが販売されてしまうこともある。

ともかく、日本人ときたら美味しい、に並々ならぬ情熱も燃やす民族なのだ。そこを考えればレイの言動はもっともなのである。これは食に対する深くて根深い溝の話だ。

閑話休題。

 

「えっっ!?嘘でしょ?お、おおお、美味しいほうがいいじゃない!?」

「薬品には悲しいかな、乱用という言葉がついて回る」

 

美味しすぎるのは罪である。と言い切られてしまった。確かに。前述したように、毒を摂取しすぎて医療機関の世話になるのは馬鹿である。いくら体が強い、マグルとは違う、と言ってもボディそのものは人間だ。吐き気も腹痛も起こる。それでも、用法容量を守らない方が悪いのだ。そんなことを言い出したら砂糖にだって致死量はある。

 

「用法容量は守らない方が悪い、」

「もし、とんでもなく味が良かったら、どうなると思うかね。低用量元気爆発薬の作者殿」

「くっ、学年末の乱痴気騒ぎにはコーラ味がおすすめっ……!」

 

言いたいことが分かってしまい、レイは天を仰いだ。ジャンキーが出ないように調整はしているが、時々完全にキマった眼でレイの商店に現れるものがいる。テスト前など、時期物の気狂いには注意だけして売るが、そうではない彼らには何があっても売らない。むしろそのまま医務室直行便コースだ。

手軽にアクセスでき、体調回復と気分の高揚、体温上昇が見込まれる。耳から出る湯気をなるべく少なくした配合は生徒に受けがいい。ただ、乱用すればそれらは体を間違いなく蝕む。気づかないうちに、だ。それが薬というものなのである。

 

「でも諦めませんからね!僕ぁ骨生え薬をリンゴジュース味にするんだっ!!」

 

腕から骨を丸ごと抜き取る呪文がなくならない限り僕は抗ってみせる。みんながみんな魔法に対抗できないのであれば、せめてそうしたい。

決意を改にするレイにスネイプは何を言ったものか思案する。興味がないわりに肝心なところで優しい人間なのだ、これは。美味しい方がいい、には自分の想いと同時に少しばかりの他者への思いやりが含まれるのだろう。そこを含め複雑な男である。

ただ、彼はあまりにも悪に対しての解像度が低い。悪意に曝されるとはどういうことなのか。正しく理解できていないのだろう。持ちうる技術を誰かの笑顔のためではなく、自分の笑顔のためだけ、に変える邪悪がこの世界には蔓延っていることすら。

 

「ハセオ。考えろ。人間には猛毒となる脱狼薬が最高のイチゴシロップだったら、どうする。誰かのゴブレットに混ぜて舌を喜ばせてやりたいと思わんかね。混入したが最後、致命たりうる薬を知らんわけあるまい」

 

その言葉に明確にレイの表情が曇った。この間のやらかしも記憶に新しいだろう。脅威を認知していなかったとは言わせてやらない。

この学問を突き詰めるものにとって、その配慮はあってしかるべきなのだ。人間に悪意が備わっている以上、薬が百パーセント正しく使われるとは限らない。

勿論、脱狼薬の味が悪いのはそれが理由ではない。これに関してはもっと単純な問題で、それを専門に調薬する学者がいないから、の一言に尽きる。

研究する者が居なければ、技術は発展しようがない。脱狼薬の一般化が進まないのはそれが原因だ。簡易化が図られないのも、需要はあるのに薬が高価であることも、そのせいと言って過言ではない。

 

なにせ、そんなものがなくとも普通の魔法使いは困らないのだ。ということは商売にならない。経済生活を送る八割の者に対して視線を向けるのが商売というものである。

ごくごく少数の善い人狼のために私財を投げうってまで奉仕するものはいないだろう。学者だって生活をするためには金が必要だ。

品質の安定しない野草を摘んで、一定の火力を保てない暖炉の炎にぼろぼろの鍋をかける。これで得られる薬にどんな効能が見込めるだろう。

必要最低限の品質を生み出すためには、それ相応の資材が必要だ。そしてそれは必ず人の労働を介してしまう。そこには必ず金銭のやり取りが発生するのだ。

 

なんにせよ物を作る以上、それが完全無償になることはありえない。商家の息子であるレイは、援助がない慈善活動に先はないと理解していた。

だったら、いや、だからこそ。レイは脱狼薬をどこでも買える普遍的な薬にしてしまえばいいと思うのだ。様々な死に至る病に固有の名前がついて、予防接種で軽減できるようになったのと同じように。マグルの世界のドラッグストアで簡単に医薬品が買えるようになったのと同じように。

いくらマイノリティ相手の商売とは言え毎月必ず飲まねばならない薬というならば商機はある。何はなくとも固定客に売れるのだ。発症してから死ぬまで。根本的治療薬が生まれるまでは確実に。

惜しむべきは、この病を他人に知られるということがその後の人生において考えうる限り最悪の結果を招いてしまう、ということだろう。薬を手に取ることこそが患者であることの証左となってしまう。

商売に落とし込むのであれば、人狼の立場が確約されるまでの間はそうとわからぬ方法で売り込むしかないだろう。

それでもマネタイズさえできてしまえば、人は我先にとパイを奪いあうに違いない。第一人者というのは嫌でも儲かるものだ。その先にあるモノこそ技術の円熟であり、普遍化なのである。

 

無論、法側の制度を整えて、人狼を救うべき、とまでは言えない。けれど、人狼病は一般化されるべきなのだ。恐ろしいのは人狼病を患った犯罪者であり、人狼病キャリアその人ではないのだから。

 

「よ、世の中には、飲み難いほうがいい薬というものが、あるなって、おもい、ます……でも、脱狼薬は美味しいことに価値があるとも思うんです!怖いから近寄らない、恐ろしいから目を背ける。そんな風にしてるから誰も正しく理解できなくなる。薬と毒は紙一重。それを知ってるからこそ僕らは正しく薬を使うべきだって」

 

本当にそう思ったんです。

消え入りそうな声でレイは彼にとっての正論を述べる。揺らぐのは自分にそれを言う資格がないから。彼女に薬を持ったのは短慮だった、と自分を責めるから。

 

「もし、もっと身近だったら。普通の薬みたいに選びようがあったら。人が飲むものであるとして人の目に付けば。無意味な分断は避けれると、思うんです。まだ、思うだけ、ですけど」

 

先の魔法戦争に巻き込まれず、日本で生きてきたレイは根本的に人は善であると信じるきらいがある。比較的平和なホグワーツしか知らない彼は英国魔法界が今なお、ある種の戦争状態にあるなんて考えてもいないのだろう。

彼のその根性は人間としての美徳であり、研究者としての致命的欠陥だ。

 

「それに、間違った使い方をする方が罰されるべきなんだと、思います。脱狼薬で人を害するなんてことあっちゃいけない。僕が言えた義理はないですけれど」

 

今までだったらありえない言葉尻に、ようやく彼もこの学問の学者としての心構えが備わったのだと悟った。

夏休みを忙しく過ごす中でも自分のしたことに対する折り合いのつけ方が見つからなかったのだろう。学年末から進歩がない、と言ったらそれまでだが、スネイプは教師だ。彼に教えを与える立場にある。

アンブリッジを害した記憶がレイの中である種特別なものとなってしまったのは間違いない。けれど、それは人間が誰しも持っている加害性に気が付くための第一歩。

いくら他者にその行為を正だと言われても。自分の中で黒い染みになってしまったら汚れていなかったころには戻れないのだ。

本人がどこまで呑み込めているかはわからないが、少なくともスネイプはその薄ら暗い欲望の萌芽について、かけるべき言葉があった。

 

「その善性、忘れることのないよう務めることですな」

 

いつか誰かが自分と同じ気づきをもって人を害したら。レイの持ちうる善意で形作られた味のいい薬を悪用されたら。販売、という形を持って手を放してしまったレイは未然にそれを止めることはできない。

もし、もしも。イタズラグッズがそれ以上の効能を持って人に盛られてしまったら。それが途方もない分断を産んだら。想像の翼はたくましく、羽ばたいた風でレイを傷つける。

 

「僕は、怖いことをしたんでしょうね」

 

ぎゅっと、拳を握ったレイの手を取る。珍しく手が冷たかった。きっと今、彼は薄い困惑の中にいるのだろう。自らが害意を持って薬を使うことと、良かれと思って作った薬が誰かを害すること。それらは人を傷つけるという意味では同じなのに、天と地ほどの差がある。

だからこそ。スネイプはいつも通りの表情で彼に告げた。

 

「ただ、確かに骨生え薬がリンゴ味になるのは素晴らしいアイディアだ。学校で使う基本的な治療薬が飲みやすければポンフリーも低学年に処方しやすかろう」

 

彼は体質からして難儀な生徒だ。どうしたってアンバランス。入学当初から見ているわけであるが人の善性を信じている割に、身内以外には極端に興味がないという特性は明らかに強まっている。

それは、薬学という力を得たことで、四年生になるころには一層強い性質になっていた。好いたものにはめっぽう弱く、脱狼薬の改良に励む一方で実技を伴う呪文学や変身術にはちっとも手を付けるそぶりがない。そのくせ、闇の魔術に対する防衛術の補習には足しげく通うのだ。

該当教科に関してできない、と諦めたわけではない。無駄だ、と切り捨てたのである。無論、マクゴナガルに血の涙が出るほど怒られて羊皮紙二巻きの反省文を書かされていた。

学問だけならまだしも、人間に対してもその態度になる。横柄なわけではない。ただ、友達の枠組みに入っていないものを切り捨てた。他者を怖がるというレベルを超えて、いないものとして認識するようになったのだ。話しかけられれば驚き、狼狽え、一線を越えることを拒むように曖昧に笑う。

 

限られた狭い狭い世界で一人、深化し続ける。四年生のレイはヤマアラシすら嫉妬するほど尖っていた。本人の自認がどうだったかは知らないが、少なくとも寮監であるスネイプの目にはそう映っていたのである。

そんな彼を丸くしたのは日本人の学友に加えて、双子やセドリックとの交流だろう。それがなければ彼はダンブルドアの懸念した通りの人間になっていたかもしれない。

アンブリッジ失脚の裏でレイの暗躍があったことに感づいているのはごく一部。一介の学生が使えるコネを全て使って彼女を英国魔法界から排除してしまったなんてことに誰も気づかないだろう。

これがもし、義憤にかられたわけではなく敵味方の判断を明確な意図のもとで行い、自分へ疑惑の視線が向かないようにしているのだとしたら。学校内での彼の評価は一転するに違いない。

 

「本当に……?」

 

褒めてほしい、と褒められる行いではない、の二つの感情の中で揺れていることは自明の理。善悪の判断がついていないわけではない。けれど、彼の中の基準はまだまだあやふやだ。

そんな彼を闇側に引き渡すわけにはいかないだろう。彼の愛した人間が、世界を愛する人間だったから、レイはこちら側にいるにすぎない。そこまで含めて自分と彼はよく似ていると思うのだ。

 

「ハセオ。聞きたまえ。これは愚かな誰かの辿った道で、寓話だ」

 

愛するものを取りこぼした、愚かで哀れな悲劇。いいや、まぬけな喜劇と言われても仕方がない有様だ。

善なるものとともにあるために、違えてはいけない道がある。ただし、それは選択次第でやり直すこともできる。自分はことごとくそのチャンスを棒に振ってしまったが。

どれほど切に願っても変えることができなかったのだ。それは本質と呼ばれるもの。闇に傾倒し、一度黒く染まってしまったが最後。どんな魔法を用いても元に戻ることはない。

あの日、側で咲いてくれた純白の百合を手折ったのは紛れもない自分自身だ。

スネイプはダンブルドアが語る愛の範疇にレイの本質がないことは理解している。かといってこの青年の中に愛がないわけではないのである。

もはや愛、だなんて矮小な世界でレイは生きていない。ならば、定義からして変えるべきなのだ。

 

「友のために生きるのならば、光となりなさい。レイ」

 

星すら照らし、輝かせるもの。

自分の叶えられなかった夢を子供に託すだなんて、とんだエゴだ。それでも。こう言いつけてしまえば、彼は無関心ではいられない。

レイはスネイプの言葉を聞いて胸の奥から何かが込み上げるのを感じた。そして直感的に思った。あぁ、今ならもしかして、と。

レイはスネイプの手の中から杖腕を逃がすと、杖を握った。そして溢れる感情を杖に込める。かつて教わった呪文。振り方と、言葉だけ。

 

「エクスペクトパトローナム」

 

杖を振れば淡い靄が出た。あの頃ではありえなかった足がかりにレイは見るからに表情を明るくする。

 

「どこで習った」

「杖の振り方と概要だけ、ルーピン先生から」

 

流石に集中力が持たなかったのだろう。少量の靄が出たのみで、すぐに枯れてしまった。ルーピンに倣った形、と教科書に載っていた理論だけは知っている。けれど、それでそう易々と出せないのがこの呪文の難儀なところなのだ。

それでも、このモヤが出せるだけだって。レイの魔力から考えればとんでもない進歩である。

 

「何を思い浮かべた?」

「思い浮かべたっていうか、先生に光になりなさいって言われて、今ならできるかもっていう、なんだろう、こう、錯覚?思い込み?」

 

出せてないですもんね、有形守護霊。

肩を落とすレイである。誰かとともに魔法の練習をする、という経験がないので判断基準が自分だけになるのは仕方がない話だ。落ち込んでいるが、最高学年とはいえ、靄を出せるだけでも大したものである。

しかし、ここで安易に褒めないのがスネイプだ。見て倣えを体現すべく杖をとった。

 

「魔法には、イメージも大きく関わる。想像力が抜きんでた君であれば容易かろう」

 

そう言ってスネイプが杖を振ると雌鹿が現れた。美しい彼女はゆるりと頭を下げる。それに倣ってレイも挨拶を返した。

触れることはできないけれど、青い炎由来の温かい風に魂を撫でられたような気さえして、心に平穏が訪れる。

 

「綺麗、ですね」

 

守護霊というのは、いわば魂を持たぬ生命エネルギーの塊だ。であるからして魂を食い物にする吸魂鬼とは極めて相性が悪い。

例えるならば、吸魂鬼にとって人間は蟹かウニのようなものである。中身が美味しいことは百も承知だが、外殻を取り除かねばお目当てにありつけない。

ゆえに、彼らは毒を用いるのだ。二重にも三重にも効果を示す濃密なそれは人の心を折ってしまうのに最適化されている。

側に寄るだけでも不安感が皮膚の下に容易に潜り込む。思考力を奪い、幸福へのアクセスを制限し、悪意への抵抗力を著しく下げてしまうのである。

柔い魂を守るべく身に着けた鎧を剥がされてしまってはひとたまりもない。邪魔な生命エネルギーを極限までそぎ落とした上で、不幸は魂と肉体の結着を緩めてしまうのだ。

そうなれば最後、人という革袋の明確な穴である口から彼らにとってのご馳走を吸い上げるだけになる。それが吸魂鬼のやり方なのだ。

 

ただし。この毒に対抗する術が一つだけある。それは、魂を持たないこと、だ。魂があるからこそ毒が浸潤する余地が生まれる。であれば、生命エネルギーで形作られているが魂を持たないものを盾にすればいい。

その理念から生まれた呪文こそが守護霊の呪文だ。

魂の代わりに幸福な気持ちを核に作られた守護霊。それに吸魂鬼は惹かれる。思考力のない亡霊のような彼らには人間と守護霊の見分けはつかないのである。

しかし、守護霊はあくまでも魂の似姿。そこからいくら幸福な思い出を吸い取ろうとも満たされることはない。

 

「守護霊の呪文を行使する際に最も気を置くべきはその核だ。核の強さが呪文の効能と直結する」

「核の強さ……えっと。守護霊の呪文において一番重要視されるのは、何?ってことですよね、つまり。幸福な、記憶?」

 

レイは再度しっかりと杖を握った。あの美しい雌鹿。優しい魔法、先生はどんな記憶を核にしているんだろう。

 

「そう、だなぁ。僕だったら」

 

考えてみるのだ。幸せなことを。

魔法に彩られた美しい世界。本来あるべき魔法。あの時一人で降らせた流星群の美しさ。

先生がくれたハニーミルクの甘さと、先輩がくれるキャンディー。美味しいクッキーに紅茶の味。おまけで血みどろヌガーも入れちゃおう。それと、忘れちゃいけないチョコレートファッジ。

レイの幸せはいつだって甘いものに彩られていたから。

 

「よし、もういちど」

 

真心を込めて、レイは守護霊の呪文を唱えた。さらさらと杖先から零れた光の粒が何かを形作りはじめる。

個人的には強そうな生き物がいい。ゴリラとか、恐竜とか。機動力も隠密力もないけど、やはり大きくて強い生き物はロマンだろう。人によっては守護霊が魔法生物だということもあるらしいし、ズーウーあたりもいいかもしれない。猫っぽいし可愛いではないか。

しかし、レイの憧れははかなくも無残に砕け散った。

杖先から生み出されたのは柔らかそうな毛並み。もふりとまぁるく、つぶらな瞳。レイの守護霊は日本固有の可愛らしい生き物の姿をとっていたのである。

 

「タヌキだ……」

 

なんか、せめてワニとかが良かった。咀嚼力が高いから、としょげるも、この動物は確かに自分に似ている。間が抜けていそうなところとか、攻撃意欲があまりにも薄そうなところとか。

スネイプも有形パトローナスを出せたレイを褒める以前にこの生き物のことが分からないらしく、珍しく虚空を手びねりしていた。

 

「えぇっと、この生き物はですね、ジャパニーズタヌキです。なんか、いないらしいですね。西欧にこいつ。温厚で危機感が薄いと噂の野生生物」

 

そんな説明を受けて彼はレイとタヌキとを何度か見比べる。温厚で危機感が薄い、丸い生き物。守護霊は使用者の魂の形に呼応して姿を変える。であれば、これは間違いなくレイらしい生き物だろう。

 

「随分と丸い」

「えぇ……まぁるい……」

 

レイがため息をつくと守護霊は消えてしまった。魔力はともかく集中力が途切れてしまったので仕方のないことだろう。

すっかり疲れてしまったレイは椅子に座ると自分で用意していた菓子に手を付けた。疲労感には甘味が染みると相場は決まってる。

 

「随分可愛かったんですけど、あれでいいんですかね?なんか、ディメンターにけしかけるの可哀想な気がしてきた」

「魂や想いの形から派生するもので、変わることもある」

「あはは。なるほど。納得しました。まだ自認は可愛い、なんだなぁ……」

 

アイシングクッキーに手を付けて、紅茶で甘みを散らす。すれば、不思議なもので次に手が伸びる。甘いだけでは舌が痺れるし、かといって紅茶の渋みだけではこの人生を生きていくには少し寂しい。レイにとって三時のお茶のおやつ選びというのは人生みたいなものである。

 

「感覚を忘れないうちにもう一回」

「うぉう!先生ってばスパルタ!」

 

三枚目に手を伸ばす直前、スネイプによる喝が入る。レイも再度守護霊の呪文を唱えるが、いかんせん集中力が切れてしまった。いくら魔力が増えたからと言ってもこの数時間はフルスロットル。極限を超えたところに成長があるとは言うが、今のレイの杖先はごく薄い靄を発するだけでそれ以上は何も出ない。

 

「せんせ、ギブアップ……、」

「闇の魔法使いは魔力切れの子供だからと言って見逃してはくれませんぞ。五点減点」

「あぁっ!俺の獲得点数の総合計が二十八点になった!いやまてよ、新学期前だからノーカウントでは……!?」

「二十八というのはどこから来た点数なのかね」

「去年末に貰った五十点と今までに先生から受けたマイナスを計算した数です。学期前なので今三十三ですね、危なかった」

「…………」

「先生って時折俺のことを見る目が気色悪い素材の瓶詰見てる時と同じになりますよね」

 

その不気味なものを見る感じ。傷つきますよ!とレイが喚くのでスネイプはいつも通りの表情に戻った。

相対して座った男に正直気味の悪い記憶力を提示され、この程度の顔で済んでいるのだから優秀である。

 

「いまからでも遅くないですよ。魔法薬学の教授がいいです、って言いましょう?恥ずかしいなら僕が校長先生に言ってきましょうか?」

「やめろ」

 

もはや彼の見た目は可愛くもなんともないのに、抜けない癖なのだろう。ちぇ、と唇を尖らせている。

いくら希望した教科の担当になれるからと言って本当に彼の面倒を見なくてよいのだろうか。スラグホーンにとんでもない迷惑をかけやしないだろうか。

レイを信頼していないわけではないが、スネイプの悩みの種である。彼にとっての嫌なこと、に対する態度の悪さはある意味でピカイチなのだ。

何が何でも納得させなければならないだろう。

 

「そもそも、我輩が付きたかったのは闇の魔術に対する防衛術の教職だ」

「あー、よかった、先生が魔法薬学の教授で……。今初めてダンブルドアを崇拝しそうになった」

「どうしてそうなる」

「だってここまで来たら呪いでしょ。闇の魔術に対する防衛術の教授は何があっても一年しか持たないって。よかった、スネイプ先生が学校にいなかったらとっくに自主退学してたもんね」

「その理論でいくと来年にはホグワーツを辞めているでしょうな」

「うわっ縁起でもない」

「言い出したのはそちらだが」

 

いやだよぉ!先生がいないホグワーツには通えないよう!と泣き言をいうのでもう一度シレンシオをかけようか悩んだスネイプだ。

レイその人の魂は彼の作った秘薬により小さくなり一応は精神的安定を見せている。とはいえ元はどうしようもなく子供っぽいままだ。成長因子が満ちて、精神的なものが彼の年齢に追いつくまでにはそれなりに時間がかかるだろう。

魂は人と人とが関わりあうことで変質する。一人で生きていては決して満ちぬ器官なのだ。人間は社会的動物である、などというがそれは各人の魂を高めるためなのだ。善い魂は善いものと惹かれあう。その逆もしかり。少なくとも教師を目指すのであればヤマアラシではいられない。

そこを徹底的に教え込みたいのだが、いかんせんスネイプ。それを説いてやるだけの人間力を持ち合わせてはいなかった。二人はある種の似た者同士。困った師弟なのである。ダンブルドアがこの場を見たのなら笑い出すだろう。

 

「茶菓子を口に突っ込まれるのと、信頼を失うのではどちらがいい?」

「くっ……!黙ります、」

「ともかく、だ。ハセオ。閉心術や開心術。教えるべきことはまだまだ多い。魔法薬学はこのままの成績をキープし、魔法実技に関しても吾輩が見よう。この調子であれば教師も視野に入る。一年で仕上げる」

「と、いうことは!?」

「週に三度、だ。日程は追って伝えよう」

「やったぁ!!先生の授業も、スラグホーン先生の魔法薬学も全力で取り組みますね!」

 

その言葉にとたん元気を取り戻す。数分前に魔法薬学の双子印のバンバン花火で教室を消し飛ばそうとしていた人間とは思えぬテンションだ。

こうして、彼は見事に個人レッスンの権利を勝ち取ったのである。

 

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