「レイさんって正装持ってたんっすね」
いつもの制服の着こなしからはありえないような正統派のおしゃれに驚いたのはザビニである。伸ばしっぱなしの適当な赤紫の髪もベルベットのリボンで飾られれば不思議とそういうものに見えた。
ここはスラグホーン主催のクラブ。彼の才能集め、の才はいくつになっても衰え知らずのようだ。
レイとは違う意味で嗅覚に優れているらしい彼は寮の垣根を越えて原石を掘り出す達人らしい。まぁ、その原石がダイヤモンドなのか、はたまたただのガラス質なのか。その真贋はここから見極めていくのだろうけれど。
「あぁ。サビニ、ありがとう。うちのありがたくもお洒落さんな御父上がね、まともな格好して彼女の一人でも作ったら?って一式仕立ててくださったんだよね。まさかこんな立派なパーティだと思ってなかったから大助かり。馬子にも衣裳じゃない?」
「自分で言うことではないっすよそれ」
ザビニに笑われ場の空気が柔らかくなる。レイはてっきりドラコも来るものだと思っていたがその姿はない。父はスラグクラブに名を連ねていると豪語していたし、彼こそいると思ったのだが、そこもまたスラグホーンの感覚なのだろう。もじも、しょげているなら慰めてやろうと心に決めたレイである。
ところで、人というものは同じ枠組みの出身者に甘くなるものである。例えば、ホグワーツでもそれは感じることができる。いかんせん、ここで教鞭をとっているものは、かつてこの学び舎で学んだものが多い。
となると、贔屓までは行かなくとも、自分の所属していた寮に甘くなってしまうのだ。
あのマクゴナガルでさえ、一年生の箒の所持およびクディッチへの参加を才能に対する特例措置として認めさせている。これが、他寮の生徒でも彼女は敵に塩を送る真似をしただろうか。
レイが知る限りかなり公平な魔女ですらそうなのだ。外の世界はさらに特別な配慮、に溢れた界隈もある。蓋を開けてみれば各部署ごとに出身寮に偏りがあることもざらだ。学閥ならぬ寮閥というものは明白に存在している。
しかし、それを唯一完全に無視することができる箔があった。
それこそが、ホラススラグホーンのお気に入りというラベリング。スラグクラブの箔なのである。
その箔は彼が教師を引退したことでいったん途絶えたが、今また栄光は始まろうとしていた。
入会方法は明確で明瞭、彼に気に入られ、声をかけられることだけ。スラグホーンが収集した、お気に入りの才能が集まる交流会だ。金をいくら積もうがスラグホーンが首を縦に振らなければ意味がない。それがまた生徒の希少価値と市場価値を上げるのだ。
卒業生に大貴族や魔法省高官を擁するこのクラブはある種、夢の就職市場だ。ここでの交流が将来的に大きな足掛かりになることも多い。
その上、スラグホーンは人と人とを結びつけることも好んでいる。そこから生まれる化学反応や、名声の高まりをエネルギーとして生きている、と言っても過言ではないのだろう。彼にとっての生きがいだ。ある種、とてつもなくスリザリン的な人物と言える。
「でも君におしゃれだと思ってもらえて嬉しいよ」
スリザリンイチの色男であるザビニに褒められたのは妙な自信になる。グラスを傾けながら微笑むレイは相変わらず少しだけ別人のようだ。
ディナーの後の立食歓談タイム。スラグホーンは生徒の間を回って玉石を更なる篩にかけるのに忙しいらしかった。まだしばらくはこちらに回ってこないだろう。ゆえにレイはは隅っこでカナッペの食べ放題を楽しんでいたのである。しかし、彼の登場でそれらは打ち切られてしまった。幼馴染であるドラコの前ならまだしも、そこまで意地汚い姿を見せることはできない。
「そのカナッペ、美味しいんすか?」
ずっと食べてますけど。と目ざといザビニに言われてレイは首を縦に振る。ずっとここにいるのはバレていたらしい。我慢しようと思った心が揺れるのでこれ以上、恥ずかしくさせないでいただきたいところである。
「念のため聞くんすけど、双子の弟とかじゃないですよね?」
「うちには妹しかいないね」
「妹」
「これ言うたびに驚かれるんだけど、そんなに妹がいるように見えない?」
「まったく見えない」
「傷つくなぁ」
ブレーズ家は美魔女の館であるとは著名な話だ。豪奢な館で昼夜問わず開かれる懇親会。もしかすると、彼はパーティのお作法には厳しいのかもしれない。レイはさも初めて食べますけど、という表情のままカナッペを食んだ。
「で、なんか用?僕に話しかけてくるなんて珍しいよね?」
特段理由はなかった。軽蔑すべきマグル生まれまでいる会場で彼はその立ち位置を決めあぐねていただけなのだ。
そこで、たまたま見つけたのが自寮の先輩がレイだったのである。こういう場合は少しでもそれらしくない人物のそばにいたほうが気も休まるというものだ。
「別に深い理由は。にしてもそんなに気に入ったんすかそれ」
「パーティ飯というのは限りなく美味しい。さっきのディナーから感じてた。スラグホーン先生はグルメだ。魚卵というのはかくも美味しい」
「塩強いからあんまり食べるとむくみますよ」
「そんなはずは……美味しいは体にいいって相場が決まってる……」
知ってる?僕ね、スラグホーン先生の好物一通り食べてみたんだけど、どれもこれも美味しんだよ。一流のもとには一流が集まるよね。さすが魔法薬学の教師。
そんな事を言いながらわんこそばもかくや、とレイはカナッペを貪る。あとからあとから湧くのがありがたい。この皿の担当妖精だけ忙しくなってしまい申し訳ないとは思うが、あるのがいけないし、なにより旨いのが悪いのだ。自分のせいではない。
「ザビニは食べないの?僕が全部食べちゃうよ?」
「そんなにお好きなら食べたほうがいいと思います」
「お言葉に甘えて」
ザビニはウェイター役の学生から赤ワインを受け取り、口に含む。横でそれを見つめるレイには気づかないふりだ。
彼は知っている。この変わり者の東洋人は鼻が高く、横顔が美しい生き物のことが好きなのだ、と。なぜかわからないけれど、惹かれるらしいのだ。自分の目鼻立ちがパッとしないからだろうか。ドラコや自分はかなりの頻度で見とれられている。悪い気はしないが意味は分からない。
それでも、色や欲を含んだ不愉快なそれではなく、絵画を鑑賞するような態度なので許しているのだ。
口にはカナッペとシードル。目にはザビニ、耳はスラグホーンの様子伺いとかつてないほどの情報量。レイの脳は大忙しである。
「本当に食べるの好きですよね」
「やっぱり一個は食べておいた方がいいよ、はいどうぞ」
「どうもご親切に……?」
ザビニはレイに勧められるがままにカナッペを口に招き入れた。噛みしめれば風味豊かなキャビア。普段食べているものより塩の効きが甘く食べやすい。どことなくフレッシュささえ感じられた。レイほど続けて食べるかはおいておいて、味がいいのは確かだ。
「美味しいでしょ?」
「えぇ、まぁ、とても」
「スラグホーン先生に代わってお礼を言っておくね」
「はぁ……?」
ザビニはトンチキな彼を見て気づいた。パーティの本質は社交であり、繋がりを深めたり、同じ思想や意思を持った仲間であると証明すること、である。誰とも話さず隅っこで嬉しそうに何かを食べているなど言語道断であると母から徹底的に教育されている。少なくともザビニの知る限りでは、レイの楽しみ方というのはありえないものだった。
一人であることをものともせず、ただ、美しいものを眺め、美味しいものを口にする。これではわざわざしちめんどくさいパーティに等来ない方がいいだろう。
ザビニは知らないことであるが、このあり方は昔からちっとも変わっていなかっった。大人しく、でも好きに過ごしなさいと父に引率されてやってくる。彼の父は彼に子供としての役割を求めてはいない。成り上がり商家の坊ちゃんは貴族社会に馴染まなくてもいいのだ、とでも言わんばかりに。
だからこそ、ルシウスは頻繁にドラコを近づけた。この息子を懐柔すればまた一つこの商圏における立場が強くなるだろうと。魔法界の純血貴族としてルシウスはあまりに経営者として嗅覚が優れていた。
魔法界の貴族たちはその立場に胡坐をかき、稼ぐ手段を忘れ、没落の一途をたどる家も少なくない。貴族たる青い純血を汚すものか、という信念で家を食いつぶすのだ。
そして、途方に暮れマグルを迎合するか血を途絶えさせるかの二択を迫られる。そんな家はいくらでもあった。働かずとも金が溢れる、なんて家はブラック家のようにほんの一握りだけだというのに。皆そのことをすっかり忘れてしまうのだ。
家を守るためには金が要る。なるべく働かず、手を汚さず、得と損を見極める。ルシウスはそのバランスのとり方が比較的うまい男であったのだ。そしてレイの父もそれに乗った。
それこそが幼馴染というには大人の事情と打算に溢れていて、友達には決してなれない彼らの微妙な距離感の正体である。
「おぉ!ハセオ君だね。セブルスから話は聞いているよ」
「教授のお耳にも入っていたなど……恐悦至極です。僕などまだまだ若輩の身でありますから、今後ともご指導ご鞭撻のほど賜りたく」
声を掛けられ慌てて口腔内を空っぽにする。二秒で営業スマイルに切り替え、声の主の方に顔を剥ければスラグホーンは腹を揺らした。
「はっはっは。若いのにたいしたものだ。今度、君とセブルスの共同研究の話も聞きたいと思っているよ。なんでも、魂と霊魂にも造詣が深いんだとか?君は魔法薬学界に必要な逸材だ。神秘部に引き抜かれないように根回しせんとなぁ」
「僕の人生は魔法薬学一辺倒ですので、このまま研究職につきたいと考えております。後進の育成にも興味がありまして。研究を続けつつホグワーツで教鞭をとることが目下目標ですね。神秘部は新人勧誘が過激と聞いておりますから、教授のお力添えがあるのは心強いことです!」
「ほほほ、才能ある若者の道を開くのが大人の役目だからね。教師以外にも研究職はたくさんある。優れた先達をたくさん知っているからね。今度紹介させておくれ。ああ、ザビニ君。母君のご加減はどうかな?」
「スラグホーン教授。お招きいただきありがとうございます。母も俺が先生にお声がけいただけたことを喜んでました」
「君にそう言ってもらえるとありがたいよ。あの方の開くパーティーはいつでも魅力的だ。次からの授業でも期待しているよ。おっと、老人の話など面白くもないからね。私は行くとしよう。では、楽しんでくれたまえ」
トドのような腹を揺らしながら人の間を機敏に抜けていくスラグホーンを見送り、レイはまたカナッペを食べ始めた。一つ好みの味があるとそればかり食べてしまうタイプの偏食家なのである。
キャビアとチーズのカナッペを食み、酸っぱいシードルで流し込む。この世の春。気を付けないと自分もスラグホーンなわがままボディーに一直線だ。カロリーの高いものは美味い。なにしろカロリーが美味いから。
無論、隣の後輩が何とも言えない顔をしているのは無視した。勿論、彼の顔に浮かんでいたのはお前、そんな流暢な口きけたのか。の驚きである。
ざわざわと会場は会話の波が生まれている。レイも後輩と話そうという気はあるらしく、口を開いた。しかし、本来の社交を何たるか理解していないレイは脳まで"美味しい"でパンパンなため内容はトンチキにしかならない。
「クリスマスツリーはもみの木をリストラしてプロフィットロールと挿げ替えるべきだよね。いいじゃん。大広間にお化けもみの木なんか飾らなくても。シュークリームの山に星形のチョコレートを乗せようよ。スラグホーン監修のシュークリームでさぁ。チョコレートを雨のように降らせてさ。気が向いたらいつでも食べていいことにするんだよ。綿菓子の雲からチョコレートの雨とかよくない?ダンブルドアに提案したら案外通ったりするかな。魔法族はそういう方向にかじを取るべきだ。せっかく魔法使えるんだから」
極端な甘党がこれまた極端な思想を披露してきた。あまりにも滔々と戯言を語るものだから彼に何らかの権力を持たせたら最後、本当にやりかねない。そんな気概すら感じるほどである。
確かにホグワーツ教師の魔法の腕前があれば防虫も防腐もできるだろう。しかし、食べたいだろうか。長期間外気に曝されているシュークリームを。
突っ込み待ちなのかはたまた本気なのか。このわかりやすい癖に意外と読めないジョークのセンスはもう少し磨いた方がいいと思うザビニであった。
「あのさ」
「ロッシーニ絶品だったねザビニ。タレ部分まで美味しくてお皿舐めるところだった」
脳奥まですっかり美味しいに塗り潰されてしまったレイはもはや味のことしか考えられない、まで知能を落としていた。
それほどまでにディナーで出てきたロッシーニの火入れは天才的だったのである。毎晩食べたい。雇ってるシェフ、もしくは屋敷しもべ妖精にコツを聞きたいものだ。
「ソースって言ってあげてください。あとせめてパンで拭って」
「さすがに舐めてないよ」
「よかった」
「本気で心配してる顔やめて?」
先ほどの立て板に水の彼と今の彼は本当に同一人物だろうか。一瞬誰かに乗り移られたんじゃなかろうか。そこまで深い仲ではないが、彼を知っている身としてはこの数年の変わり様はいっそ心配になるものである。
ただ、ザビニにはそこに踏み込む勇気も関係性もなかった。彼が変わったように見える原因を知ってはいても、それ以上触れることはできない。その線引きこそが社交界を上手く渡るコツなのだ。
「あ、さっき急だったから先生のグルメっぷり褒めるの忘れてた、失敗失敗」
そういう細かい褒めって結構大事だもんね、本でちゃんと勉強しました。と得意げな顔をしている。確実に他者の前で言うべきことではないだろう。
その点は詰めが甘いが、やはり彼はレイではないのかもしれない。うふふ、えへへ、と困ったように視線を散らかして、最終的には何も言えなくなるスリザリンで一番どうしようもない先輩は一体どこへ消えたというのだろう。
「アンタ、本当にレイハセオ?」
「あーん?あぁ、今の?年上の相手は慣れたし比較的得意」
僕だって大人になるわけですよ。
そんな風に言ってみるもザビニの訝しげな視線は変わらない。彼は、前の方が扱いやすそうでよかったよなと思いながらも彼を見つめた。そのうちにしっかりした彼にも慣れるのだろうか。
ただ、この異端の外見は見ていてもさほど惹かれない。美人でもないトンチキタヌキ相手に何を思うこともないのだ。変わり種を面白がるのはイケメンの宿命というが、向こうが美しい場合にかぎる。
これ以上彼を気にしていたって仕方がないので、会場を見回しつつ卓上のドライイチジクをつまみ、ワインを口に含んだ。
「そういえばさ。ザビニ知ってる?お酒が美味しく感じるようになるのって味覚細胞が死んでるからなんだってさ」
「あの、さぁ……」
「アルコールや苦み渋みって毒物に近いわけよ。だから、子供の内はきちんとそうだと認識する。人間の器官って繊細だよね。でも、大人になって器官が馬鹿になるからいけるようになる。行けるって勘違いしてあまつさえ美味しいって思うようになるんだってさ……ねぇ、これって会話の種を間違えて植えたと思わない?」
「パーティ追放」
「くっそ、難しいな話題の提供」
「暗に俺の味覚を馬鹿って言ったこと。話題の提供だってなら話しすぎ。挙句、間違いに気づいて会話相手に問うとか、これでも優しい判決だろ」
「えぇ……?ザビニは何でこういう場ではそうやってきちんと判断ができるのにドラコの悪癖に反対してあげないの?」
「破門だ破門!!」
門戸を叩いた覚えのない一門から破門を言い渡されてしまった。何かわからないが悲しい気分である。そこには何の事実も存在しないのに。
そう、レイはずっと不思議なのだ。ドラコというやつはレイや昔なじみの前では案外ちゃんとした人間である。グラップやゴイルに関しては例外とするが、対人関係に難のないきちんとしたお坊ちゃんなのだ。
にもかかわらず、宿敵ハリーポッターの足を掬うためなら、父の意向と財力をブイブイ振りまわしてクディッチメンバー分のニンバス最新モデルを用意し、デザイナーまで雇ってオリジナルポッターこき下ろしバッジを作り、普段であれば絶対にアンブリッジに手を貸したりしないだろうにダンブルドア軍団憎しで親衛隊長になってしまうのだ。あまりの悪癖である。一体何が彼を掻き立てるのだろう。
まぁ、双子に聞いた話ではルシウスも彼らの父親も目を合わせると血で血を洗う争いに発展すると言うし、もしかすると血筋なのかもしれない。紅茶やワインを優雅に嗜む冷たい見た目の彼らからは想像がつかないが、それもまた魅力的だ。
ともかく、ポッター案件は彼を狂わせてしまう。
そして、ドラコの同級生であるザビニはドラコを決して止めない。友達だっていうなら止めてやればいいのに、とレイは思っている。まぁ、レイの目には友達と映っているだけで実際の二人の距離というのは案外遠いのだが。
「ドラコ止めてあげたほうがいいよ。やりすぎにはやりすぎって言わないと」
「あはは、面白いっすねぇ。言えたら言ってるんですよこちとら」
ザビニの顔が悪い意味で赤みを帯び始めたのを察知しレイは沈黙がどうして金なのかを知る。百聞は一見に如かずだ。やはり、イッケイとユウトに言われた通り人間関係の学習を教本に頼るのはやめよう。
これ以上この場でダンスを続けると両手両足が吹き飛ぶ可能性がある。その判断がギリギリで間に合ったレイは神妙な顔をしてザビニからの沙汰を待つことにした。
「主文は後回しでいいですか」
「なんでそんなにピンポイントな日本的言い回しを知ってるんですか裁判長、ヴィゼンガモットでもそういうしきたりある?」
「社交ってのは適切に相手の陣地に踏み込む事なんだわ」
ザビニのほほ笑みは絶対零度。元来階級社会に馴染みのないレイは理解が及んでいないが、家には格というものがあるのだ。マルフォイ家以上、ともなれば魔法界の王家であるブラック家レベル。今現在、星の血脈はこの学校に在籍していない。
「でも、こういう集まりにドラコが呼ばれないなんて珍しいよね。てっきりいるもんだと思ってた」
「集めるトロフィーは綺麗な方がいいってこった」
ザビニの物言いに理解が及んだ。一回目、ということもあって身辺調査はまだ徹底されていないだろうが、少なくとも明確に闇とのつながりがある、と断言できるものはこの場にいない。
「そりゃ慎重になんだろ。こんな時代だぜ。それに、どうせアクセサリーに加工するならカット済みの貴石より原石の可能性が欲しいんだろ」
「あ~……。みんなギラギラしてるもんねぇ、スラグホーン先生人気者だから」
暗くない側に話をすり替え、レイはハングリー精神なんてこれっぽっちもない顔で周囲を見渡した。
彼はある意味で天に愛されたタイプの才能を持っている。レイはスラグホーンが居なくても勝手に名声を高めるだろう。無二の才能故に異端でいることを許される人間だ。もしここに、外面の善さが加わったのならば鬼に金棒といえるだろう。彼の才能は闇でも光でも等しく輝く。
「さぁて諸君。楽しんでいただけたかな?君たちが学生でなければ夜通し語り明かしたいところだがね。そんなことをしては私が叱られてしまう。今日は来てくれて嬉しかったよ。またクラブを開くときには声をかけさせておくれ」
二人が話しているうちにスラグホーンから終幕の声がかかる。ちょいと時計を確認すれば確かに、そろそろ夜間外出の咎を受ける頃だ。
部屋の出口では主催の彼が土産を持たせながら生徒を見送っていた。完璧な段取りはあまりにもスリザリン的だ。ちっとも社交的ではないレイに彼の気持ちはわからないが、あの年齢でここまでの動きができるのはとんでもないバイタリティである。
ザビニは早々に出て行った。残ったのはハリーポッターと自分、そしてスラグホーンだ。
レイが残っていた理由は至極単純。会食中不思議で仕方がなかったことをスラグホーンに問おうと思っていたのだ。何か言いたげなハリーポッターをスルーしてレイはスラグホーンに声をかける。
「おやおや、随分とゆっくりしているね」
「名残惜しくって!今日はご馳走様でした。お料理とっても美味しかったです。今度はもう少しお話もさせてくださいね」
一つ、質問なんですが。とレイはスラグホーンが撫でていた砂時計のようなものに目をやる。エメラルドの砂粒がごく緩やかに下に落ちていく。会食が始まった時からずっとあったが、砂の大きさも速度も物理法則をまるで無視しているのだ。魔法界にそんな概念を持ち込む方がおかしいと理解はしているが不思議でならない。
「その砂時計、ものすごく遅くないですか?」
「いいところに目を付けたね。これは良い時間を過ごしたときには遅くなり、そうでないときは速くなる。そういう砂時計だよ」
「楽しい時間は、ずっとずっと続いてほしいですもんね」
素敵な時計です。とレイは笑った。豊かで実りある時間、というものはいつまでも続いてほしいものだ。ホグズミードからホグワーツへの帰路。その雪道がずっと続けばいいのに、と思った記憶がよみがえる。
「よーし。謎も解けた。ありがとうございました!先生のスペシャリテを口に入れる機会を淡々と伺っておきます」
「おや。ロッシーニでは不満足かね」
「まったくの逆です。初回でこんなに美味しいものをいただける、ということは!まだまだ先があるということ!」
流石、食の豊かな国から来た子だ。そう褒められれば悪い気はしない。ホストに持て成し甲斐がある人間だと思われることは良いことである。できる限り彼の味覚を褒めたたえ続けたい所存だ。
「あのカナッペにかかっていたキャビアはね、魔法運輸部に勤めていた元教え子が送ってくれるものでね。危うく、私の分まで食べられてしまうところだったよ」
「あれ、お気づきでしたか、失礼しました。あまりの美味しさに虜になってしまいまして……。今度はきちんと先生の分まで残さずいただけるように胃のトレーニングをしておきますね」
「こりゃあ、あの子に追加を頼まんといかんなぁ!口にあったようで何より。どんどん食べなさい。学者には体力が必須だ。これも口に合うと思うから寮で食べるといい」
きっと気にいるよ。
そう言われて手渡されたのは深い緑に銀の箔押しが美しい紙袋。選んだものがまんまとスリザリンカラーなのか、はたまたここにもスラグホーンへの取り計らいが働いているのか。計り知れない人徳である。
「では、先生。次回もお呼びいただけるよう精進します」
「またおいで。今日は良い日だった」
「えぇ、先生。また」
見送られ、閉じた扉。レイは帰路に就く。そして、すっかり彼の部屋が遠くなったころに土産袋を覗いてみた。中に入っていたのは縦ニ十センチ、横十センチ程度の箱。意外と重いのでマフィンやマドレーヌのような軽い焼き菓子ではなさそうだ。
行儀が悪いことは理解しつつ袋から出せば菓子屋のショップカードや商品詳細の小冊子も出てくる。冊子と現品をざっと見比べたところ、ショコラテリーヌだろう。レイの脳内でカカオが弾けた。
今すぐかじりつきたいけれど何とか耐える。これは、部屋に戻って食べる。恵方巻の要領で。濃い紅茶を用意して、絶対にそうするんだと強く決めた。
その途中。レイは見慣れたプラチナブロンドを見つける。