セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

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◆教員一年目『面白くもない昔の話』①

自分が卒業するとなったとき。世界は変わった。ダンブルドアは死に、セブルススネイプはやり玉に挙げられた。あの時期は、誰を信じるかが一番大切だった。

だからこそ、あの時、新しい校長としての命令でスラグホーン預かりになった自分は明らかに遠ざけられているのだと分かった。

それでも、自分にとってこの学校に居場所を作ってくれたのは紛れもなくスネイプなのだ。闇が彼の道行きを覆うのならば、自分もそれについていこうと思った。

一年生。言葉もわからぬ異国で眠れぬ夜に一杯のハニーミルクを差し出してくれたのは彼だったから。

 

「先生」

「今は校長だが?ハセオ」

「校長も先生には変わりないので」

 

スラグホーンの目も、カローの目も。レストレンジの目さえも掻い潜って。レイはスネイプとの時間を作る。そもそも純血のスリザリン出身者として闇側からの目はぬるい監視でしかなかった。

裏切り者のスネイプ。そんな風に言われたけれど、レイは構いやしなかった。だって、自分はストレンジャー。英国魔法界のいざこざなんか知ったことか。

 

「先生が校長に推挙してくれるって言ったのに、先生が校長になってねじ込んでくれるとは」

「反故にしたら騒ぐだろう」

「テント張ってでも居座る気でしたね」

「ちょうどアクロマンチュラの毒が欲しかったところだ。刺激的な寝床を用意しよう」

「シン・モリバンとして立派に勤めます」

 

自分は彼ではないからどうしてあんな凶行に及んだか理解できない。二人の間に何があったのか、なんて所詮子供の無駄な勘繰り。ただの想像にすぎないのだ。

それでも自分のとって彼はいまだ信じるに値する大人だった。

誰も彼もがスネイプの校長殺し、に目が眩んでその実を見ようとしない。英雄のいない学校でマグル生まれを守っているのが誰なのか、を。

 

「先生は、僕には教えてくれないんでしょ」

 

学校の長として各国からの留学生の登校に待ったをかけた。そのおかげで、今この校内に日本人は自分しかいない。魔法省が早々に闇との戦争状態にあると宣言をしたことで日本魔法省から渡航禁止命令が出ていたのだ。

新学期から教師となる予定だったレイだけが残された形になる。それだって、スネイプは帰りの航空券まで用意していたのだ。でも、レイはそれを蹴った。

先生が校長の業務で魔法薬作れない今、僕が帰っちゃったら誰がマダムポンフリーからの大量発注を受けるんですか、と冗談めかして言えば呆れた溜息のみが返ってきたことは記憶に新しい。

彼が守るべきものを増やしてしまった、という申し訳なさも勿論あった。しかし、そうなることで、もし死にそうになった時にあの能天気を守らなくては、と思ってくれるかもしれない。死なないでいてくれるかもしれない、という願いもあったのだ。

レイはもう大切な人の誰にだって死なれたくない。

 

「先生は、僕が闇側に行ったら表情を曇らせるだろうからそれはしません」

「そもそも君のような能天気に務まる仕事ではない」

「それもね、そう!基本的には考えなしの意気地なしだから。怖いの苦手だし!」

 

怖いのも苦しいのも集団ばっかりが尊ばれるのも嫌い。だから、本当はこんな世界大嫌い。自由がなければ勉強だって楽しくない。実用から一番離れたものを考えることが一番楽しいのに。

 

「本当は逃げ出したい。今すぐにでも家に帰りたい」

「まだ間に合う」

「でも、ここで逃げたらもう二度と会えない気がする。一生の後悔が増える」

 

瞳の中に輝く星。守ることに特化したアナグマの黄色。緑の黄の取り合わせはあまりにスネイプにとって眩い光の色だった。

かつての自分は闇に傾倒し、呪詛を吐いた。そんなことも忘れて、最後には自分と愛する者が助かればそれでいいと、独りよがりに力あるものに縋った。叶えたい願いが何一つ叶わない世界を呪った。

それでも、愛しいものが残した世界を愛そうと、努力はした。どれもこれも上手くできなかったけれど。

闇も光もなかった。素直になればいいだけだったのだ。人生に後悔はあれど悔いはない。それでもこれを選ぶこともできた、と彼を見て思い出す。

 

「「すべてはスリザリンなれば」」

「ま、今に限ってはホグワーツなれば、って感じしますけどね。グリフィンドール苦手だけど」

「教師として文句なしの心構えだ、ハセオ」

 

いい子にしていれば欲しいものは与えられる、という妄信はレイを強くしていた。ホグワーツという場においてその願いだけは確かなものであるとでも言いたげに。

 

ところで。スリザリンには『陰ながら』という言葉が一番似合う。闇と光の狭間でおかれている立場の都合上、矢面に立つことはできない。けれど、そもそもは貴族の寮。多少なりともノブレスオブリーシュの心構えはある。普段であれば身内にしか向かないそれは少しずつ姿を変えた。

友を匿い、隠し、逃がす。その連携は目を見張るものがある。無論、全員が全員そうではない。闇に取り込まれ、生徒でありながら生徒をを虐げるものは悲しいかなゼロではなかった。

そのうえ、いつだって表立って悪と戦うのはグリフィンドール。それができない蛇はどうしたって孤立するはずだった。

 

けれど、ただ一人。英国魔法界にありながら奇妙な異邦人である彼が橋渡しとなる。

困っていれば分け隔てなく。生徒にほど近い教師はその小さな手で、なるべく多くを救い上げた。彼がスリザリン出身であることなんて誰しも忘れてしまうほどに。

レイは上手に上手に、彼にとって大好きな人を演じる。先輩だったらこうする、と思えば自然と笑うことができた。誰にだって話しかけることができた。

誰しもに平等。公平で、清廉潔白。ミスターパーフェクト。スリザリンにもイイヤツっている。それがレイ。そう呼ばれるために必死だった。

 

ただし、必要以上にいい人間を演じれば闇の手先からの覚えもおのずとよくなってしまう。そんな彼に折檻を与えるのはいつもスネイプ。あらゆるヘイトが彼に向く。けれど二人は気にしたことはない。二人は守るべきを守るべく戦っているだけなのだから。校長室で行われる教育的指導とは名ばかりの秘密のお茶会のことは誰も知らない。

華やかで高貴な香りを漂わせた今日の教育的指導はレイの戯言から始まった。

 

「先生。聞いてほしいんですけど。僕、モテキが来たかもしれないんですね、まいっちゃう」

「同級生を騙った呪いの手紙ではないのかね」

「どっこい、話は最後まで。僕がホグワーツに就職したって聞いた同級生たちからお誘いの手紙がちょいちょい届くんです、どう思いますかこれ」

 

そう言って、レイが懐から取り出したるは複数枚の手紙。ほんの冗談だと思っていたスネイプは思わずその手紙の差出人を見てしまった。

「ホグワーツ教師、モテてモテて困るみたいな話あるんですか?」

「……。確かに、安定した職業ではある。今のように暗い時代でこういった職業についている男は結婚相手と判断するには上等かと。ふむ、エルネット家、ファンドワール家、ディラト家、モンドイーシュ家。どれも申し分ない家柄ですな、没落さえしていなければ」

「没落」

「あらかた君の受け継いだ金庫の鍵目当てでしょうな。嫁いでみるかね?おすすめはモンドイーシュ家だ。門外不出の毒薬がある、と専らの噂」

「毒薬」

「外から招いた夫の不審死が多いことで有名だ」

「なんでそんな怖いこと言うんですか!」

 

こういうのってどこから漏れるんでしょうね、と遠い目をしたレイである。勿論、レイがダンブルドアの財産の一部を引き継いだことは誰にも言っていないし、調剤薬局や私塾運営に関しても父にコンサルタント料を払って依頼しているのだ。レイの名前はどこからも漏れていないはずである。

本当にどうしてこんなことになったのだろうか。

 

「例えば、同窓生がグリンゴッツで君の姿をたまたま見たとしよう。本当にひょんなことから君の持っている金庫の鍵を見てしまう。番号が若いことに気が付かれたら噂は揚々と走り出すでしょうな」

「魔法界のプライバシーに対する感度って最悪ですね」

「緑のカーテンを引いたベッドから出ないのが一番だろうな」

 

レイはおっかなくなって手紙の束をゴミ箱へ投げ入れた。本当は暖炉で燃やし尽くしたいところであるが、煙となって効果が出る何らかの薬がしみ込まされているとも限らない。

婚期を逃すくらいでちょうどいいと思っていたのに、婚姻話が向こうから舞い込んでくるとは露ほども思っていなかった。

 

「先生も、こうでした?」

「……」

「これ以上聞かない方がいいですか?」

「この場合、お前の顔が可愛いのが問題だ」

「え!なんですか急に!褒められましたね!」

「お家再興を任された貴族の子女からすれば御しやすそうで甘っちょろそうなタヌキ顔の受けが良いのだろう。気弱な日本人というのもポイントが高い」

「おっふ、ジョロウグモの館……」

 

そもそも、君にモテて嬉しいなどという感情があった方が驚きだと言われる有様である。この人は自分のことを何だと思っているのだろう。これでも年頃の男の子ってやつである。まぁ、まったくと言っていいほど色恋に興味はわかないが。

 

「僕は先生にモテたい。怖いから好きな人からしかちやほやされたくない、」

 

明らかに怯えてしまった彼に紅茶を注いでやる。立ち上がった香気と熱にレイの頬がようやく緩んだ。用意しておいたいくつかの菓子をスネイプにも渡して二人ぼっちの作戦会議が始まる。

 

「雑談はここまでだ、ハセオ。報告を」

「はーい。ハリーポッターはお外で冒険中。僕には何にも情報が下りてきませんからこれはきっとダンブルドア関係でしょう。なのでホグワーツ内情についての報告とさせていただきます。

最近ではネビルロングボトムがグリフィンドールの旗印ですね。あの大鍋大穴ボーイがたくましいことです。流石のグリフィンドール。以下メンバーはジネブラ、ルーナ、って。この辺はいつものメンバーです。ダンブルドア軍団の頃から代わり映えしません。そのおかげで傷薬屋さんの僕は助かってるんですけどね」

 

必要の部屋を使って上手にやってますよ。流石レジスタンスに優しい城です。

クッキーを割りながらレイが報告すればスネイプも安心したようだった。本当に、双子には感謝しかない。あの瞬間、ダンブルドア軍団に顔を売ってあったことがここで生きてくるなんて思いもしなかったから。

 

「スリザリンの半純血組が闇に靡かないように説得するのも進んでます。スラグクラブはいい隠れ蓑なので存分に使わせてもらいつつ、順調に。うちの子たちは賢いですから。つく側を測り違えるヘマはしないでしょう。

レイブンクローは静観の姿勢。フリットウィック先生からの通達が効いてるみたいで。流石の天才ギャング達も寮監には逆らえないみたいですね。でもどう考えても水面下で動いてそうな予感があります。何せあいつら引くほど頭いいんで。

そして、ハッフルパフ。あの子たちやり手ですよ。スプラウト先生の手腕もさることながら騎士団の兵站が崩れないように必要物資を寮に隠してるんです。こんな状況なのに凄くないそれ?って思っちゃいましたよね。まぁ、これに関しては相手方の侮りを逆手に取ったんでしょう。スリザリンの純血貴族って"俺たち"か、"俺たち以外"か、みたいに物を考えますからね」

 

今のホグワーツに必要なのは連携だけです。そう言い切ったレイの指の爪が何本か飛んでいることに気づいたスネイプである。こういった底意地の悪い魔法を使うのはベラトリックスだろう。彼女の機嫌が悪かった時に遭遇してしまったに違いない。

 

「痛むか」

「あっ、これ?薬使ったんですけど、どうにも治りが悪くって。あんの性悪ババア何の考えもなしに魂に引っかき傷作るレベルの闇の魔法飛ばしてくるから始末に負えないですよ!ほんと!こっちがアンブリッジで予習してなかったら被害拡大でした」

 

命まで至らなければ軽傷。機動力が落ちなければまだ戦える。生きていれば爪の一枚や二枚どうってことない。それがレイの言い分だった。

本当は荒事も痛みも厭うはずの彼が教師の仮面一つでここまでできるとは思っていなかったスネイプは表情を暗くする。彼の覚悟がどうしたって正しいものだとは思えないのだ。

無論、他人がとやかく言うことではない。彼ももう大人だ。その責任を他者に拭わせることがないように努力するだろう。

けれど、スネイプにとってはそれでも彼もまた生徒なのだ。

 

「手を出したまえ、ハセオ」

「へっ?手ですか?」

 

どうぞ、と差し出されたのは爪が生えそろった方。無意識なのか、はたまた意図的なのか。彼の考えることは時折分からない。

スネイプは黙ってもう片方の手を取った。そしてまじまじと見る。傷こそ塞がっているが、爪の補修に関して精度が出せていないのは明らかである。

あの魔女相手に下手をうったことに減点を申し付けようかとも思ったが、彼はもう引く点を持っていない。スネイプは黙って傷用の軟膏を塗ってやった。

 

「傷を塞ぐ薬、と爪を生やす成分は同一ではない。わかるかね」

「身に沁みて……いってて……!」

「塞がった肉を割って癒着するように生えるから痛いに決まっている。薬品を用いての適切な処置ができないのであれば杖に頼ってはいかがか」

「いご、きをつけ、いーっ……」

 

すっかり元に戻った指を痛みで振りたくる。これで散らせるわけではないが、気はまぎれた。しかし、この痛み、剥がれた時よりもひどい気がするのはなぜなのか。

 

「傷薬の改良版作ります、頑張ります……でも、先生は何で爪用の軟膏を?」

「あの女の趣味は嫌というほど知っている」

「うーん、闇深い……」

 

妖怪ナマヅメハギなどとレイかふざけた名前を付けるので脳裏に彼女が野性味を帯びた姿で現れてしまった。切実に帰って欲しい。もし、本人に会ったら思い出し笑いをしかねない。

 

「他は?」

「爪だけです。本当に」

 

レストレンジはスリザリンであっても半純血には容赦ない女だ。抜け目ない彼女は下級生が今の体制への不平不満を漏らしたのを聞き逃してはくれなかった。

常であれば気を抜かないだろうに、たまたま運が悪かった。その子供を蹴倒し、杖を向ける。その狂気に震え、動けなくなる子供達をレイは見てしまった。

すべて、タイミングが悪かったのだ。

寮生の失態は寮監の失態。僕の不徳の致すところである。割って入ってそう告げれば彼女の目は三日月のように歪んだ。

帝王のお気に入りであるスネイプの、さらにお気に入りを正面から害することができる。降って湧いた正当な理由。上機嫌な彼女相手に爪程度で済んだのは行幸であった。

とはいえ、加害欲に濡れているのに凍てついたあの目をレイは忘れられそうにない。

 

「僕が近くに居ながら子供の爪を剥がさせるわけにはいきませんでしたから。可愛い後輩の身代わりなら安いもんです」

 

殺されはしない、というのはわかっていた。なにせ、レイは日本人。英国魔法界も落とせていない状態で外交問題に発展させるわけにはいかない。さしもの闇の帝王も二国を相手にするのは分が悪いと思っているらしい。異邦人の身分も使いようだな、と思う次第である。

 

「蛇らしく、を忘れないように」

「目立ってないとは思うんですがねぇ……。でも最高のタイミングでのお茶会でした。先生、ありがとうございます」

 

闇の陣営のガス抜きのために先生の株価が大暴落するのだけが痛いですけどね。

そう。今やレイは良い教師の筆頭だ。下級生ほどレイの仮面に騙される。彼の学生時代を知らないから余計に、だろう。先生というよりは面倒を見てくれるお兄さん的存在と捉えられている節もある。

そんな彼が定期的に校長室へと呼ばれ顔を腫らせて帰ってくるのだ。人というのは目に見えるものだけを真実だと思い込む性質がある。ただでさえ善と悪は二分化されやすい項目だ。

勿論、この二人がどんな仲なのかを知っている上級生はスネイプがレイに折檻を加えるなど信じてはいないだろう。それでも、これが二人の策であるかどうかまでは確認されたことはない。本当にお茶会をしているだけなのに、誤解を受けるというのは悲しいことである。

 

「個人事業の方はどうかね」

「結構てんやわんやですよ。スラグホーン先生が学校業務をかなり受け持ってくれてるから何とかなってますけど、レッスンに行くも情勢的に厳しくて。それでも、ご家族のために皆さん頑張ってくれてます」

 

年明けからホグズミード村のはずれで開催しているツゴモリ私塾の運営はレイの人生に大きく食い込んできている。人に教えるということは自分の中で理解することの三倍は考えることが増えるものだ。脱狼薬を作るための講義準備ともなれば生半可なものではない。

それに、誰しもが魔法薬学に心得があるわけではない。学生時代にこの教科を苦手としていて、卒業後は専ら調剤薬局製のお世話になっている、なんて魔法使いも少なくないのである。それでも、ルーピンとダンブルドアの名のもとに勇気をもって通ってくれる人々を失望させたくはなかった。

 

「おかげで僕が叫びだしそうですよ」

「満月以外の夜に発狂してくれたまえ」

「あはは、わっらえねー」

 

人狼は今窮地に立たされている。人狼界で最も名前が売れている男が完全に闇の陣営に着いたのだ。それに伴ってアウトローたちはヴォルデモーの軍門に下った。その甲斐もあって喜ばしいことに人狼に対する印象は過去最悪を叩いているのだ。

そんな不安が蔓延る界隈に声をかけたものだから疑心暗鬼。何とかルーピンの人徳で人狼症の関係者を三人ほど集めたものの、彼らはレイが姿を現すその瞬間まで一斉捕縛の罠だと思っていたという。

こういう時に人畜無害フェイスというのは便利である。極限の緊張のただ中、レイの能天気なほほ笑みを見て泣き出した女性を慰めるので初日は終わってしまうほどだった。

 

「調合者が味見ができないのが痛いですが、ご家族が美味しい薬を口にしたことがあったみたいで。その反応から自分も作りたいと志願してくれたらしいです。これに関してはルーピン先生のおかげですね」

 

動き出してしまえばあとは止めないだけ。転がる岩になれば、いずれ誰からも手が出せないレベルにまでなるだろう。戦争ごときでその火を消させてなるものか。

 

「ここが正念場だ。励むように」

「んっふふー、先生にそう言われたら頑張るしかないなぁ」

 

褒められればそれなりに調子づくのがレイという男である。それに、様々な立場、様々な学力の人々にものを教えるというのは教師としてよい経験になるだろう。

何が人生の役に立つか、どんな関わりが人生に影響を与えるか。分からないからこそ人と人とは積極的に関わりあうべきなのである。それが本人にとっては途方もない負担であろうとも。

レイにとって全くの他者と人間関係を築くことは、まったくできないこと、から、できるけどやりたくないこと、に変化しつつあった。

 

「僕からはこんなもんなんですけど、先生側から申し伝え事項ありますか?」

「マルフォイに関してだ」

 

スネイプの口から語られたのは彼の心配だった。ルシウスとスネイプは世代が近い。ゆえに、彼からドラコに目をかけてやって欲しいと頼まれている。最も、ナルシッサと交わしたそれ以上の理由もあるのだがそれはレイには伏せておいた。破れぬ誓いを結んだとあれば、ただでさえ少ないリソースを割いて解呪の薬を作り出しかねないだろう。そこまでの価値が自分にはないのにもかかわらず。

正直に言ってしまえば、スネイプは自分がこの戦争を生き残れるとは思えなかった。二重スパイという性質上、どちらからも恨まれる。何があっても変わらないのは眼前の変わり者くらいだろう。

彼の傷になることは承知していた。彼の中で自分がどれほど大きな存在なのかも理解しているつもりだ。だからこそ。スネイプはレイに託す。

 

「できるのであれば。救ってやって欲しい」

 

残していけるものがあるのならば。彼がこれ以上の後悔をしなくていいように。セブルススネイプの運命を受け入れられるように。たとえ、自己が揺らいでしまっても、世界の端っこで引き留めてくれる声があるように。

彼はどこまでも危なっかしい生徒だから。

 

「非行に走る生徒を止めるのも教師の仕事だ」

「世界を震撼させるタイプの非行少年でしたからね」

 

まったく、親の顔が見てみたいもんです、だなんて軽口を叩いた。

今のホグワーツではダンブルドアを狙ったのはドラコである、という噂がまことしやかに語られている。

レイの知るドラコはそこまで大それたことができる性質をしていない。ある種、覚悟が決まった他人に優しくないレイならまだしも、彼が人を殺めるなどありえないと思うのだ。

 

「先生、僕がドラコに負けて殉職したら墓前にはキャンディとチョコレート供えてください。化けて出ますんで。助教授って二階級特進すると何になるの?学年主任?」

「ホグワーツは不眠不休で働ける無償の教師を二人も獲得したことになる。喜ばしいことだ」

「死んでまで働きたくないなぁ」

 

紅茶を飲んで一息つく。ろくでもない話だが、墓前に花を供えてもらいたくないレイである。花は食べられないから。

死んだ後、人がどうなるのかは知らないが、絶命日パーティーでは食事が出るという噂がある。だったら、もしかしてもしかするのかもしれない。

 

「先生は何がいいですか?ファイアウイスキー?」

「……百合の花を。一輪でいい。それがあれば十分だ」

 

意外な回答にレイの目が丸くなる。百合の花、とは思いがけない趣味である。聞いておいてよかったかもしれない。

 

「花を、愛でる余裕がある人生であったら、と考えることもある」

 

何かを慈しむように、寂し気に揺れた彼の表情を見て、レイは悟った。おそらくは、それこそが彼の魂についた傷の形なのだろう。であるからこそ。レイは深くは探らない。

 

「じゃあ、ちゃんとオーキデウスの練習もしておきます。なんか、攻撃魔法じゃない方が上手にできるんですよね。ネガティブ魔法由来の癖に」

「薬学一辺倒だから気にしたことがないだろうが、その杖は攻撃魔法には向いていない木材だ。買いに行ったときに説明されただろう」

「えへへ、英語ほっとんどわかんなくてぇ。曖昧に笑って誤魔化した記憶があります」

「まったく」

 

人は愛を傾けた人間がずっと幸せの中にいますように、といもしない神様に懇願する。別れが一生来ないで欲しいと叶わない願いをかける。平穏は不変であると思い込み、指の間から命が零れ落ちるなんて考えもしない生き物なのだ。スネイプだってそんな人間の一人だった。

レイと出会ってからの数年。存外、教師も悪くないと思えた。愛しいものを死に追いやった自分にここまで懐く子供がいるだなんて、思ってもみないことだったのだ。

死んでくれるな、と思うのだ。どうか君の人生に幸多からんことをだなんて、柄にもないことを考えてしまうほどに。彼のことをしっかりと愛していた。

死せるときは百合の花を共にしたい。間違えても彼を連れて行ってしまわぬように。

 

「……もしも。吾輩に何かあったらこの瓶を」

「え、こわ……怖いこと言わないでくださいよ。先生にはあと百年くらい生きててもらわないとならないんですからね」

「ダンブルドア以上に生かしてどうする」

「俺の最期を看取るのは先生って決めてるんで、」

 

どこまでもにこやかに不吉なことを言う元生徒にスネイプは眉間を押さえた。戦争がそういうのもだとは理解しているが、懇意にしているほぼ二十も年下相手にそれを言われると心が潰れそうになる。

彼の支払った代償に関して忘れたわけではない。それでも。可愛がっている相手のろくでもない話なんて聞きたくないものである。

 

「ハセオ。吾輩に言われたくないと思うがね」

「はい、なんでしょう?」

「他者に向ける感情としていささか重たいそれは何とかならんのか」

「重っ……!?重いですかこれ!」

 

嘘ぉ……と驚いているレイにさらに頭が痛くなる。普通は分散させるべき感情を、片手ほどに人数に集約している彼の人生的にはどうってことない話だったらしい。おそらく逆の立場であれば簡単に首を縦に振るのだろう。

そこまで面倒を見させるな、と言ってやるべきなのだろうか。けれど、頼まれたら見てやらないでもないのだ。複雑すぎる胸の内をいっそどうしたらいいか分からなくなるスネイプである。

 

「ともかく、だ。何かあった時、というのは言葉のあやだがこれは君に預けておく。人生で一番大変な時に飲みなさい」

 

渡されたものは小瓶。遮光密閉のレベルが生半可ではないと一瞥しただけで分かった。

水薬というものは超長期保存に基本的には向いていない。魔法界でもそれは道理であり水分がある以上、必ず腐敗する。鮮度を保つための魔法もあるが、完全ではないのが実情だ。

 

「本当に大変な時っていつ……というよりこれは何の薬ですか」

「それは飲めばわかる」

「え、えぇ~?今飲んでもいいですか?」

「なんのためにそこまで厳重に封をしたと思っているのかね」

 

呆れられてしまったレイである。しかし、いくら師匠の力作と言えど中身を知らない薬を飲むのは勇気がいるものだ。せめて用法容量を教えてくれればいいのに、なぜかスネイプは頑なだった。

来たるべきのためにとっておきなさいなどと言われても、有事の只中にいる今こそそうなんじゃと思ってしまうのだ。

 

「長期保存できるって言っても、ガラス瓶一本でしょ。しくじらないとも限らないしなぁ……なんか、ケースとか……あっ」

 

レイはダンブルドアに貰った成人祝い兼就職祝いのことを思い出した。お菓子の保存ができるのであれば、薬の保存もできるだろう。スネイプの知恵や魔力を駆使して風がされているということはかなりの長期保存ができる薬であるはずだ。しかし、念には念を入れた方がいい。

なにより、このボンボニエールは世界最高の魔法使いがくれた魔法具だ。

 

「先生の長期保存処理に校長のパワーまで加われば末代まで保存可能でしょ」

「そこまでの効果はないと思うが」

「安心してください。俺が末代なんでね」

 

中に入れていた菓子を出して、サイズ感を見る。瓶はそう大きいものでもないので入れることは簡単そうだ。

薬瓶を柔らかい布に包んでボンボニエールの中に収める。隙間はキャンディーやチョコ掛けヌガーで埋めておいたので動いてしまうこともないだろう。

中身が何であるか気になるが、今じゃないと言われているのだ。忘れることにしよう。

ボンボニエールを収めたポケットを撫でてみる。そんなことはないはずなのに、ポカポカと心の中が温まる心地だ。

 

「引き続き、務めるように」

 

その言葉はお茶会のお開きを告げるもの。楽しい時間というのはどうしたってあっという間。かつて見せてもらったスラグホーンの砂時計だったらきっとまだ砂の一粒だって落ちていないに違いない。けれど、あの砂時計だって実際の時間に干渉するものではないのだ。名残惜しいが時の進みが誰しもに平等な以上諦めるよりほかない。

 

「はーい、じゃあ、最後にいつものお願いします」

 

スネイプが杖を振ると頬が腫れて口の端が切れる。痛みはないが十分派手な折檻の跡。その上でレイは血みどろヌガーを口に入れた。

 

「ストレス発散に殴ってくれてもいいんですよ」

「君を殴ってなんになる」

 

スネイプはレイの顔に目立つ大きなガーゼを貼った。本当は目元に細工をするのが一等それらしいのだが、片目の能力を低下させるといざとなった時に危うい。眼帯のカッコよさは重々承知だが現状に適切ではないだろう。

 

「憧れますよねぇ、オッドアイとか」

「マッドアイに憧れるとは、予想外だ。闇祓いの伝手を紹介しよう」

「オッドアイです!オッドアイ!ノット油断大敵!」

 

レイは鏡の中の自分を見る。中々の男前だ。そうだよなぁ。セド先輩とか競技後のボロボロぼさぼさでもハンサムだったもんなぁ。自分もあんな風にかっこよくなれただろうか。

 

「ハセオ」

 

スネイプに声をかけられてレイは彼の顔を見る。蛇も穴熊も、防衛戦が得意なのだ。こんな面白くない時代に負けてたまるか。ニパッと笑顔を見せれば彼も呆れたように笑う。

大きな嘘を信じさせるために幾重にも本当を重ねよう。幾千にも幾万にも、彼の嘘を本当にするために。

偽物の味はクランベリー。吐き出した紅は血みどろヌガー。大丈夫、まだ戦える。

 

「教壇こそが我が戦場」

 

レイは自分に言い聞かせるようにつぶやく。早く、こんなつまんないこと終わらせて世界で一番愉快な場所を主戦場に据えたいものである。

 

「さぁ、行こうか」

 

敬愛する教師の声とともに開かれたドア。外の世界はあまりにも暗い。けれど、その空にだって星の瞬きくらいは見えるはずだ。

出力こそ違うものの似た者師弟は各々の戦場へと再び足を踏み出した。

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