セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

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◆教員一年目『面白くもない昔の話』②

目を配る。すべてを知ることはできなくても。

レイは日陰のことならよく知っていた。ホグワーツにいる時間はいつだってこっち側がレイのいる場所だったから。日が当たらずとも心地よい場所があることを誰より良く知っているつもりだ。

彼らに傷薬を配り歩き、無理のない範囲で誰かに声をかけなさいとアドバイスをする。それがどれほど難しいかよく知っている。けれど、今だけはそれが君たちを守る盾にもなるのだからと言い聞かせた。

何時しかいつもの中庭はちっとも人が居ない空間になっていた。それが正解なのだ。

レイは誰もいない小さな空の下で仮面を外す。適当に腰かけて、ぼんやり空を見つめた。悩んだときはこうするのが好きだ。一時的とはいえ全てを忘れることができるから。

 

「なんて声をかけようかな。困ったなぁ……」

 

何かいいアイディアはないものか、と手帳を開いた。教師としての経験値はまだまだ足りていない。悩み多き最高学年と戦うにはどうすべきか考えあぐねているのである。

今まで生きてきた中で貰った様々な言葉をレイは書き溜めていた。本当に取るに足らない雑談中の一文から、ダンブルドアから貰った言葉まで。捲っては溜息をついてみた。

 

「なんか、一撃必殺!みたいなキラーワードあればいいのに、ね。セド先輩」

 

レイは挟まっていた写真に話しかけた。

これは第二の課題の後、グリフィンドールのコリンクリービーが撮ったものだった。学校新聞に使われていた物とは別カット。正直、新聞に使われたものよりこちらの方が彼のハンサム度が高い気さえする。

トライウィザードトーナメントの後でどうしても欲しくなって、双子に経由で頼み込み現像してもらった物。とっておきの一枚である。

 

「っ、あーーーー、セド先輩……」

 

歳をとらないキラキラの笑顔。夢でしか会うことができない大好きな先輩。たった数か月で自分の全部を変えてしまった人。何もかもがバラバラになりつつある世界でレイの唯一絶対。永遠の青年はこちらに手を振っている。

 

「俺、あんたの自慢の後輩やれてるかな」

 

正直に言えば、レイにはもうわからないのだ。なにもかもが正しく進んでいる気がする。でもその一方で何もかもが間違っている感覚がある。この覚悟に関して泣き言を漏らす先がない。自分を他者として塗り替える非常識を誰に分かってもらえるわけもないのだ。

だから、もう。信じてやるしかない。貫けば、きっとこの顔さえも真実になる。いい子にしていることが一番の近道なのだ。彼との約束を果たすためには。

レイは肺に溜まっていた澱みを吐く。そして改めて彼の写真を見た。同じように笑えるだろうか。

 

「ううん。できなくたっておんなじ風に笑うんだよ」

 

厚くなったメッキ、その仮面。ドラゴンに相対しても揺らがない精神。水中戦すらこなす機智。そして何より後輩を守る勇気。全部、全部欲しい。

レイは頬を叩く。そうすればきちんと切り替えることができた。見上げた空はあの日と同じ狭さ。

 

「おせっかい、おせっかいのフリをする。セド先輩だって理由なく声をかけてくれたんだから」

 

手帳を閉じて胸元に抱えた。その状態で目をつむって深呼吸をすればなんだか大丈夫な気がするのだ。

もう一度目を開ければ灰色の校舎。闇の影がもうそこにまで迫っていることは明らか。だからって、それに飲まれることはない。ここはホグワーツ。レジスタンスに優しい子供のための城。

立ち上がって土を払う。黒いローブは意外とゴミが目立つのだ。ちなみに、一番目立つのはミセスノリスの毛である。足元をくるくる回ってくれる愛くるしいレディーはレイのローブをいい感じのマーブルに染め上げてくださるのである。可愛いからよし。

 

「目標はドラコマルフォイの確保、保護。できる限り、やれるだけ、なんでも、いくらでも」

 

たくさんの薬品が入ったローブを翻す。わざと大きく動かすのはスネイプの真似だ。だってあれがカッコいい。仕方のないことである。

暗い校舎を歩く。不本意な責めを受ける生徒を助け、不足した傷薬をそっと配るのも忘れない。端々に目を向けつつ、レイはドラコを探した。この状態で一人、明るいところにいられるような子ではないのだ。付き合いの長い自分にはわかる。

であれば。きっと。一人で寒いところにいるのだろう。悲しい子供は太陽の下にはいられないから自然とそういうところに引き寄せられる。ありとあらゆる人が居ない廊下に詳しいレイだ。今の時間帯だったらいじめられっ子御用達の隻眼の魔女の廊下、あたりが最有力だろう。

 

「はい、ビンゴー!」

「っ、何の用ですか」

「はぁい。ドラコ。顔色悪いけど薬いる?」

「教師になってずいぶん性格が変わったんですね」

「まぁねぇ。あれじゃ先生は勤まらないからさ」

 

あれ、が差しているのが本来の彼の性格だと察したドラコだ。人は様々な仮面を持ち、正しく使い分ける必要がある。それが上流のやり方だ、と教育されているドラコにとっては特段の違和感にはならなかった。この異様に子供っぽかった彼も、世間に揉まれて大人になったということだろう。

それに、だ。初めてのスラグクラブの後からこっち、彼と自分はあまり話さなくなってしまった。ドラコはドラコで寮での存在感を増した代わりに、しなければならないことがぐっと増え、レイに構っている暇がなくなってしまったというのもある。人の目のないところで二人。こんな状況どれくらいぶりだろうか。

 

「ここで会ったのも何かの縁ってことでさ。お喋りしない?スラグホーン先生はほぼいないから、準備室は実質僕の私室なんだよね」

「……」

「疑われてるなぁ。ま、そうだよね。ドラコにはドラコの立場があるもんね」

 

無理強いはしないよ。そう言ってレイは手を振り、去ろうとした。勿論これは策だ。いつもの彼であれば絶対に引っかかったりしないような意地悪。それでも、彼は手を伸ばした。

ぎゅう、と掴んでしまった手は驚くほどに温かい。

 

「っ、その、これは……」

 

その手を軸に距離を詰められる。抱きしめられてしまうのではないか、という距離まで詰められればレイからは薬草の溶ける独特な甘い香りがした。

昼下がりの光は遠く、斜陽の影。なぜだか涙が出てしまいそうになるほど懐かしい、平穏な日々のにおい。

 

「ホットミルクと、紅茶と、コーヒー。この辺なら用意できるよ」

 

着いておいで。と促されドラコは準備室へと足を向けた。中に入ってみるとスネイプという厳格な主を失ったそこは新たな主の柔らかさで和らいで見えた。息がしやすくて心が少し、ほどけそうになる。

 

「ん?どっか痛い?ケガしてる?」

「いいえ、してません」

「そりゃいいね。好きなところに座ってて」

 

レイはフラスコの中に牛乳を入れるとコルクで蓋をしてグラグラ煮える大鍋に放り込んだ。レイさん、それ何が入っていたものですか?とは聞けない。その視線を察したのだろう。レイは慌てて弁明を始めた。

 

「おん!ごめん。これは、その!僕がいつもやってる手法で!これは!フラスコに見えますが!僕としてはミルクパンみたいな!洗ってるし、これに薬を入れたことはただの一度もありません!信じて!」

「ふふ、信じましょう」

「た、たすかりぃ……」

 

いつもの彼が見え隠れする様に好感を抱いた。彼は彼が望んでいないだけで、人の懐に入り込むこと自体は案外上手いのだ。外交的ではないからその才能が発揮されることは基本ないけれど。

ドラコは時折ずきりと痛む闇の印を無意識に撫でてしまう。これを付けられてからというもの、落ち着かないのだ。父と同じになったはずなのに。彼に力を認められた嬉しい印のはずなのに。どうしたって、これがあるからドラコは後戻りができないと思わされてしまう。

 

「ドラコ。どっか痛いなら言うといいよ。根本解決にはならないかもしれないけど。君の痛みを聞くことはできる」

 

レイは鍋から瓶を取り出して温度を見た。人肌程度のそれは口にするに丁度いい温度よりはまだ少しだけ低い。

そっと角度を変えて大鍋の中に戻す。ここまで来たらそう時間はかからないだろう。

 

「レイさんに言ったって解決しません」

「解決はしないけどさ」

「あなたに何がわかるんです?」

 

思わず荒らげた声。らしからぬ大きな声に驚いたのは何を隠そうドラコ自身だ。余裕がない。優雅じゃない。こんなのマルフォイじゃない。心に圧し掛かる重荷でさらに余裕をを失う悪循環だった。

 

「この学校内において僕が知らないことなんてないよ、って言えたらカッコいいんだけどねぇ。残念ながら知らない。でも、ひとつ知ってることがある」

 

それ、痛いんでしょう。

レイが指さしたのは服で隠れた腕。まるでそこに何があるかを知っているかのように。ピンポイントで傷をえぐる。その見透かすような瞳に、ドラコは思わず腕を後ろに回した。

 

「ビンゴ。闇の印か。そっかぁ……」

 

レイはローブの内ポケットをまさぐると小瓶を取り出した。透明なそれに入っているのは淡い緑の液体。恐ろしい緑ではなく、黄みがかった新緑の色だった。

 

「もしも。君が後悔してるっていうなら僕は助けになる。本当は後悔してなくても可愛い後輩に手を差し伸べたいけど、そういうのは望んでいないだろうから」

 

どうする?と問うた声は優しい。年齢にしてたった一つ。人生経験だって下手すれば自分以下の彼をどうして頼れると思うのだろう。何をもって大丈夫だなんて言えるのだろう。

自分の父すら指の一本で虐げるあの恐ろしい人の前では、彼なんかきっと心もとない蝋燭の光でしかないのに。

でも。それでも。こんな自分を。学校に闇を呼び込んだこの身を。助けるといったのは後にも先にも彼だけだった。

ドラコが発したのはごく小さな声。それをレイは聞き逃さない。仲間を助けられなくて何がスリザリンか。狡猾に、誇り高く。君を助けると誓おう。

 

「それってね、肉体が痛んでるわけじゃなくて。魂を握られていることによる痛みなんだよ。だから、肉体に与えられるそれよりずっと強烈。よく頑張ったねドラコ」

 

ドラコが感じている違和感の正体もそれである。本来は何よりも自由な魂を縛り付けられ、監視されることの不愉快さ。肉体と思考と魂が一致していない状態。それこそがこの痛みの正体なのだ。

レイは、淡々と支度を進める。彼は薬学のプロフェッショナル。魔法が人並みに使えるようになった今でも杖を振るよりこちらの理を通すほうが得意だった。

 

「これは今世紀最悪の闇の魔法使いがかけた呪いの一種だから解呪はできない。でも、痛みを軽減することはできるんだな、これが」

「どうやって……?」

 

あらわになった痛々しい印に軟膏を塗れば皮膚の張りは幾分か和らいだ。これだけでも十分気が軽くなるが、まだ奥の手を隠しているらしいレイにドラコは小首をかしげる。泣いたことで貴族らしい余裕が切れたのだろう。どこか幼く見えるその表情にレイの中の何かが騒ぎだしたが、いったん黙らせておいた。レイは綺麗なものが好きである。

 

「杖の魔法は表層に効くものが多い。魔法薬は内部に効果をもたらす。だから内側から保護すればいい。僕のサブ研究対象は魂と肉体。訳あってそんなに熱心には勉強してないけど」

 

レイは小瓶をつつきながら笑う。これの中身はレイ渾身の魔法薬だ。いつぞやのアンブリッジ騒動時の治療薬が役に立った。あれをベースに改良を重ねたのだ。人生、何がどこにどう役に立つかなんて誰もわからないものである。

おそらく、これを世に発表したら闇の勢力に命を奪われる可能性がぐんと上がるだろう。だから、今はまだ。ごく一部の人間しか知らないレイのとっておき。

 

「ドラコが閉心術が得意そうだから教えるね。これ飲めば大事なところには鍵をかけれるようになるし」

 

レイが作ったのは魂を保護する薬、だ。未検証で未認証のこれには明確な薬品名は存在していない。

理論だけを組み立てて大急ぎでスネイプと作ったものだった。自分たちでしか薬効を試していない。最新も最新のそんな薬を貴族名家の子供に飲ませるなんて正気の沙汰ではないだろう。平常時であれば。

薬効は、魂の保護。自分の魔力で薄膜を作り魂を保護する。悪意ある魔力や害意から魂を守る効果が見込める。開心術はもちろんある程度のレベルであれば服従の呪文への抵抗も可能だ。自分とスネイプで実効を確認済みである。

 

「そこまで強いものではないから、闇の帝王レベルの魔法を直で食らったら厳しいけどね。でも闇の印の疼痛くらいならかなりガードできる。向こうには多分まだ気づかれてない」

 

スネイプ先生で実証済み。と微笑めば釣られて多少表情が柔らかくなる。さあ、あとは飲んでもらうだけ。レイはすっかり温まったミルクをマグに注ぎ入れた。

 

「でも、まだ今の僕は生徒から、ううん。後輩から信頼を勝ち取れている立場じゃないからさ。作るとこ見といて。その上で嫌なら飲まなくていいよ」

 

瓶の中から三滴。マグに垂らして混ぜる。透明な液体を白いものに入れた、ように見えたのに柔くクリーム色に変わった。

 

「おまけでこれをひと垂らし……」

 

ハニーディッパーからちょっと考えられないような量の推定はちみつが垂らされた。これをおまけのひと垂らし、と呼ぶのならば彼は蜂の労働に対してかなりの敬意をはらったほうがいいだろう。

 

「はちみつにも意味が?」

「はちみつは趣味です」

 

どうぞ、と差し出されたマグカップを受け取る。熱すぎないそれは手のひらで覆っても心地よい。自分の指先がどれほど冷たくなっていた気付いた。

 

「ディメンターにはチョコレート。闇の帝王にははちみつ入りホットミルク。流行らないかな、」

「流行らないと思います」

 

本当に。信じてしまっていいのだろうか、この異邦人を。確かに父に面倒を見るように言われた。彼の家とは仕事上の付き合いがあるから。いつしか、友達のいない彼に勝手にシンパシーを抱いた。なのに、彼は外に友達を作った。うらやましかった。友人を選べる立場が。

本当は、本当は。外を駆け回って、鼻の頭を泥で汚したかった。気の合う友達と好きなクディッチ選手についての討論で夜だって明かしてみたかった。でも、それは決して叶わない望みだから。

父の期待に応えたかった。失望なんてされたくない、自慢の息子でいたい。それだけだった。

 

「……ベリタセラムとか」

「それは疑心暗鬼が過ぎる、と言いたいところだけどご時世柄仕方ないね。とはいえ生徒にそんなもの盛る教師は僕が直々にアズカバン送りにする」

 

用法容量を守った安心配合だよ。とレイが言うので、はちみつ以外はね、と意地悪く笑ってやった。

形のいい唇がマグカップにつく。ドラコの喉がこくり、と小さく動いてレイは安堵した。飲んでさえくれればこっちのものだ。青白い頬には赤みが差し、表情が緩んだ。ホットミルクの効果か、心も緩んだのだろう。アイスブルーは潤み、静かに涙を零した。

 

「ドラコ、よく頑張ったね」

「っ、僕は………」

「いいことでも悪いことでも、どっちだっていいよ。別にさ。そこじゃない。ドラコはドラコの大切なものを守るために頑張ったんでしょ、僕からすればそっちが大事」

 

かなり軽減されると思うからちゃんと痛がるフリをするんだよ。いいね?

そんな風に言われて闇の印に杖を突きたてられた。あんなに痛くてたまらなかったのに今、胸の奥はちっとも痛まない。

救われてしまったのだ、と思う。いつかのお菓子の対価としてはあまりに重すぎる報酬。返しきれない恩をどうしよう。無論、自分の立場が変わったわけではない。闇の帝王の呼び出しには即座に答えなければならない。それでも。自分は彼に救われてしまった。

 

「僕は何を返せばいい?」

「うーん、別に欲しいものないけど。あ、じゃあ。今みたい俺に接してよ。敬語で話しかけられるよりなんかしっくりくるし」

 

僕らは仲間だから親愛の印、とレイはドラコのポケットにキャンディをねじ込んだ。

それはいつものキャンディー。無くしてたまるかとレイが一手に買い手を担っている、いまや定番の新商品だ。

 

「あ、もう一個お願い。僕ね、この飴。大好きなんだよ。よかったらマルフォイ家のお気に入りにして、どうにか僕が生きている間は終売品にさせないで」

「ふ、ふふふ……わかったよ、約束する。レイ」

 

変えられる未来が目の前にあった。だったら変えるべきだ。選んでつかみ取るべきだ。親の敷いたレールはいったん置いておいて。僕らは大事なものを大事というべきだ。

まだまだ子供側のレイはそうやってホグワーツ内部の結束を高めた。

大怪我を負っても死喰人に立ち向かうグリフィンドール。親や友に傷ついてほしくないと保守に回るスリザリン。レイブンクローはその頭脳で後方支援を徹底し、ハッフルパフは持ち前の優しさと強かさで学校中を支えた。

全ての人間の言い分が正しくて、致命的なところでちぐはぐだった。でも、その瞬間。ホグワーツは確かに一つの生き物だった。誰も彼もが、ホグワーツ生なれば、と手を取り合った。

 

 

だから、闇が絶えて、すべてが終わって。大好きな先生の姿が見えないことに気づいたとき。レイは、思ったのだ。きっと、あの人が全部持って行ったのだ、と。誤解されがちなあの優しい人が。

びっくりするほど意地悪で、口を開けば嫌味ばかり。でも、レイにとっては大好きな先生だ。今も昔も。

貴方は闇を照らす光だ。

そんな風に言ったらどんな顔をしてくれたんだろう。

 

 

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