セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

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■1995/2/24

あ、たぶん夢だったなぁ。だってあの王子様が一般市民でしかない俺に何かを求めるなんておかしな話だもんね。全部持ってるでしょあんた。うふふ、とレイはベッドから飛び出した。

昨日はいろいろあったせいで疲労困憊。ベッドに転がってようやくセドリックに鰓昆布の使い方を教えず帰ってきてしまったことに気づいたが、もう気力が持たなかった。

 

それに、だ。相手はミスターパーフェクトディゴリー。さすがに鰓昆布の使い方を知らないような優等生ではないから時間などに関しては心配いらないだろうと踏んだ。

競技が終わったら話しかけることくらいはできるだろうか。それとも寮生たちが群がってそれどこれではないだろうか。うーん、多分後者。間違いなくそう。多分どの状態でも至難の業だ。自分は彼氏でも彼女でも穴熊寮でもない。一介の外側の友達である。

 

諸々が終わったら話しかけよう。そうしよう。人間だらけで賑やかなのはおっかないし。

レイはそんなことを考えながら身支度を整えた。そして不思議と熱気のある大広間に降り立つ。指定でもないけれどいつも通り隅っこに座って視線を巡らせればドラコと目があった。笑う彼の顔に「約束を違えるなよ」と書いてあるではないか。夢じゃなかった。

 

「ひぃん、」

 

レイが一つ鳴くもその声は誰にも届かない。朝食時にはいまいち腹の減らない便利な体に牛乳でトーストを押し込んで大広間を離れた。

今日は競技の都合で授業もないし、暇は暇である。であれば彼が向かうのはたった一つ。図書館だ。

図書館は閑散としていた。穏やかで和やか。レイにとっては心地の良い静寂である。適当な棚の前の椅子に陣取り本を読む。集中してしまわないようにこれと言って興味のないジャンルのものをあえて手に取った。集中したら最後、試合のことなんてすっかり忘れてここに根を生やしてしまうからである。こちらが行くといった以上、セドリックを無視することはできなかった。

 

ぱらぱら本をめくる。面白そうな個所をピックアップして手帳にメモを取る。そんなことの繰り返し。いつもと違うジャンルが功を奏したのか考えたこともない所見もありそれなりに愉快だった。

大きな手で読書を遮られるまでは。

 

「わーお、おてて大きいですねぇ。このタイミングで図書室にいていいんですか」

「君は図書室にしかいないの?」

「湖でも寮の前でもあったでしょうに、セド先輩」

 

随分とラフな格好をしたセドリックはレイの持っていた本を閉じ、棚に戻してしまった。そして昨日渡した瓶を取り出す。

 

「本当に用意してくれるとはさすがに思わなかった」

「俺はスリザリンなんで。友達に嘘つきませんよ」

「どうやって感謝を伝えればいい?」

「貰ってるよ、蛙チョコ」

「あれは随分打算的な選択だった。友達に対して申し訳ない」

 

友達。セドリックの口からそれを聞けただけで充分おつりがくるほどだ。誰かに友達と認めてもらえることなんて人生において数度もないだろう。その一回を今使ったのだ。心臓はドキドキしているし、頭の中は沸騰しそうである。

一方的に友達だと思っていたかった相手からの思わぬ返答にレイがどぎまぎしてしまうのも無理ないことだろう。

 

「俺、セド先輩の友達?」

「ほかの呼び方で適切なのありそうかな」

「ううん、ないよ。ない、友達!」

 

ひどくご機嫌な彼につられてセドリックの緊張も和らいだ。寮の友人に囲まれているとどうしたって気を張ってしまう。自分以上に緊張している仲間を見ているとおのずと力が入ってしまうものなのだ。

 

「それが一番だよ。セド先輩。それで充分。でも、もし足りないって思うのなら、俺がユウトと仲直りできるように祈ってて、それがいいな」

 

そんなことでいいの、と言いそうになった口を止める。彼にとってはそれで世界を失ってしまってもいいと思えたほどの深刻な悩みだ。どうしてそれに軽い言葉をかけれよう。

 

「祈る、じゃなくて一緒に悩むよ」

「ほんと、ミスターパーフェクト、」

「その言い方はいやだなぁ」

「ごめんね、セド先輩」

 

ほら、戻ったほうがいいよ。俺も後で応援に行くからさ!とん、と背中を押された。自分と彼の不思議な関係に名前がつく。友達。学友でも親友でもなく、軽くて柔い繋がりだ。

 

「せっかくだから少し歩かない?」

 

セドリックからすれば緊張を紛らわすための提案だった。けれど、その言葉にレイの瞳は輝く。あまりに分かりやすいのでセドリックはおかしくなってもう一つ提案をしてしまった。

 

「キャンディーもあるけど」

「い、至れり尽くせり……!」

「薄っすらとある罪悪感の代わり、には軽すぎるけど」

 

どうぞ、とセドリックはハニーデュークスのキャンディー缶を開いた。この後輩があまりに気に入っているから常備しているのだ。つい自分でも食べてしまうのは誰にも言っていないことである。

 

「イギリスっていいよね、個包装じゃなくても飴ちゃん死なないもんね」

 

レイはいただきます、と断ってから一つキャンディーを取り出した。いつでも同じ味。飽きない甘酸っぱさだ。今度ホグズミードに行ったら自分でも買おうと心に決める。

 

「ところでセド先輩。少しってどこまで?」

「競技場まで」

「それはさすがにセド先輩公式応援団に後ろから刺されかねないから図書室から広間までにしましょ。ってか、そうだ!鰓昆布!」

 

服用方法は知ってますよね。とレイが問えばセドリックからはきちんと調べたよ、と返ってきた。予習復習を欠かさない男、偉すぎる。

根っからの日本人であるレイにとって鰓昆布は美味しそうなねばねば系海藻でしかないのだが、生まれも育ちもイギリス魔法界なセドリックにとっては違う。口に入れるのも抵抗感があるだろう。

英国でだってねばつく食材を手に入れようと思えばオクラくらいは手に入る。しかし、こちらも一般的ではない。食感の関してレイはもう、がんばれ先輩!としか言ってやることしかできないのであった。

この昆布の薬効はそのねばねばにこそ含まれているので、軽減などはもってのほかなのである。

 

「あ、でね。基本的には一株一時間程度が目安。でも今回は一株半あるから全部食べてね。一時間過ぎても一応平気なくらいはある。開始の合図とともに一気にもぐもぐごくんがいいと思います。鰓ができるときちょっと痛いけど耐えられない程度じゃないよ」

 

淡々と解説をしながらレイが手渡したのは全く別の小瓶。そこに入っていたのは透明な液体だった。セドリックはそれがなんであるか見当がつかず彼の解説を待つ。

 

「これは汎用解毒剤。俺が作った薬。厳密には鰓昆布の成分は毒ではないんだけど。鰓呼吸って地上では息できないじゃん?早く終わっちゃったとき用ね。いつまでも水の中に居たら寒いし、一位で帰ってきてもインタビューに答えられなくなっちゃう」

 

ポッケに入れとくとなくしそうだから近くに控えてる応援団に渡しといて。そういって小瓶を握らせてから小さな手でセドリックの手を包み込む。もう間もなく大広間だというのに、今日のレイはなんだか少し大胆だ。薄着なのに暖かい彼の手を握り返してセドリックも笑みをこぼした。

 

「さ、今度こそ。いってらっしゃい、かっこいい俺の先輩!」

「うん。いってくるよ、レイ」

 

手を振って背中を見送る。どうかどうか、セド先輩が怪我無く帰ってきますように。そして俺の頑張りが少しでもあの人の役に立てますように。そんな風にお祈りをしてレイは身をひるがえした。

結局。当初の予想通り試練その日には彼に会うことはできなかったけれど。少しだけ間を開けて二人、あの黄昏の中庭で小さくも盛大に一位のお祝いをしたのだった。

 

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